ジェラシュ遺跡
Ruins of Jerash, 1996, 2001アンマンの北約50kmの位置にジェラシュの町があります。ここでは古来より人の生活が営まれていたようで、紀元前6000年頃の石器人の遺跡が発掘されています。
ジェラッシュが町としての体裁を整え、重要な位置をしめるようになったのは紀元前332年頃、アレキサンダー大王の時代です。
ローマ時代以前はゲラサと呼ばれ、アカバ、ぺトラ、フィラデルフィア(現アンマン)、ダマスカスと続く内陸隊商路の要所の一つでした。
ローマ時代には、デカポリス(十都市連合)の一つとして発展。3世紀頃最盛期を迎え、多くの神殿や建物が建てられました。
その後は海上輸送の発達などにより、徐々に衰退していき、747年に起こった大地震では人口が25%も減少するような大被害を受け、衰退が決定的になったと言われています。
12世紀になると十字軍がやって来て町は破壊され、神殿や劇場が城塞として改造されます。その後は小さな集落として存続しますが、誰も省みる人がいなくなり、1806年にドイツ人のゼーツェンが遺跡を発見するまで歴史から忘れ去られていました。
現在、ジェラッシュにはローマやビザンチン時代の遺跡がいい状態で残っています。その規模から中東のポンペイ遺跡ともいわれているほどです。近年では修復にも力が入れられ、ペトラに次いでヨルダンを代表する遺跡になりました。
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* ヨルダン情景素写 *
96年のサウスブリッジとジェラシュの町並みです。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
川を挟んだ町側にイ-スタン・バス(ローマ風呂)があります。
以前は遺構の周りがミニバス乗り場になっていました。
今はきれいな広場になっているようです。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
South Gate
現在の遺跡のメインゲートとなっています。
きれいに修復され、新しく横にアーチが造られました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
サウスゲートから楕円形フォーラムを見た様子です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
ゼウス神殿の辺りからサウスゲートを眺めた様子です。
柱上部のレリーフが置いてありました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
96年のゼウス神殿と円形劇場の様子です。
この頃はまだゼウス神殿の柱は少なかったです。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
外側は補修されていて、見ごたえがありますが、
アルテミス神殿同様に内部は特に何もありません。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
一度下に落ちたものを載せているので、柱頭がボロボロです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
ゼウス神殿の前に楕円形の広場があり、
列柱道路が真っすぐ続いています。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
南の円形劇場を観客席の上から見た様子です。
感動的な素晴らしい眺めです。
劇場もきれいに造り直されていて、美しいです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
結構大きな劇場です。
舞台に立つと観客席が聳えるように見えます。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
かなり急な傾斜がついています。
高いところが苦手な人は少し怖いかと思います。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
大勢で遺跡に遊びに来ていました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
Oval Plaza
楕円形をした広場の周りにはきれいに円柱が並んでいて、
その様子がとても美しいです。
ジェラッシュを特徴づけている遺構です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
別の角度から見た様子です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
楕円形の広場の中ほどには円柱が建てられています。
元々は噴水があったとされています。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
楕円形の広場から北門まで一直線に柱が並んでいます。
ローマ遺跡の特徴である列柱通りです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
楕円形広場から列柱通りを進んだ最初の交差点です。
ローマ遺跡では大きな交差点には四面門が造られています。
ここにはパルミラ遺跡で有名な
台座の上に四本の柱が立つタイプのものが設置されていました。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
南の四面門からサウスブリッジやジェラッシュの町方面です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
南の四面門からアルテミス神殿や北の四面門方面です。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
柱の並びはほとんど変わっていませんでしたが、
北側の交差点に四面門が新しく建設されていました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
列柱通りにあるローマの噴水です。
191年に建てられ、弧を描いた2階建ての建物の前に噴水が置かれていました。
上部は幾何学的な装飾が素晴らしいレリーフで飾られています。
よく修復されていて、建物の2階部分は新しく造り直し、屋根を載せたようです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
ひと際大きな柱が立っているのがアルテミス神殿です。
周囲に柱がずらっと並ぶ様子も美しいです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
立派な柱の割にはといった感じでした。
神殿は後に砦として改築されたので、あまり多くは残っていません。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
神殿前に階段が造られ、見学しやすいようになっていました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
11本の聳えるような柱は圧巻です。
柱頭部の装飾が美しいです。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
砦に改造されたので、内部は特に何も残っていません。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
アルテミス神殿の広い敷地は柱で囲まれていたようです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
絶妙なバランスで柱が積まれていました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
石の隙間からたくましく草が生えている様子です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
Church of Saints Cosmas and Damianus
ビザンチン時代の教会の一つです。
美しいモザイク画が床にあります。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
North Tetrapylon
北側の交差点にあるテトラピロン(四面門)は、
2000年に新しく造らました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
Northern Theatre
南の劇場よりは小ぶりで、大がかりに修復されています。
オリジナルは会議に使われるような小さなものだったようです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
観客席部分に古い石が使われているので、
昔の劇場がよく残っていたと感じますが、
壁や床など新しく石を積み上げていて、ほぼ新築の劇場です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
テトラピロン(四面門)から北側の列柱通りです。
ここから柱がイオニア式になっていました。
この先には今では北門が造られています。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
何もない感じは今も変わらないでしょうか。
夏は草が生えていないので、荒涼とした感じがより強くなります。
(Jerash, 28 Aug. 1996)
夕日の遺跡
横から夕日を浴び、柱の影が伸びた遺跡は美しかったです。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
地元の人や学生などが夕方の散歩を楽しんでいました。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
楕円形フォーラムの柱が夕日を浴びた様子は圧巻です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
女学生の集団も訪れていました。
イスラム圏の遺跡といった光景です。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
円形劇場にいた子供たちも帰っていくところでした。
(Jerash, 12 Apr. 2001)
ジェラッシュには1996年と2001年に訪れました。最初訪れたときには、大きな遺跡の割には人が少なく、閑散とした感じでした。その時は入場料も2JD(250円)と安く、ペトラとの差に驚いたものです。
5年後に訪れてみると、遺跡内は歩道がきれいに整備されて歩きやすくなっていることにまず驚きました。そして遺跡内を多くの観光客や地元の人が歩いていて観光地らしい活気があったのも驚きでしたが、入場料も5JDと観光地らしく高騰していたのに驚きました。
現在ではペトラと並ぶほどの人気の遺跡になっていて、入場料も更に値上がりし、10JDになっているようです。
遺跡自体はアクロポリスに大きな都市遺跡が広がっていて、これぞローマ遺跡といった雰囲気のいい遺跡です。その規模から中東のポンペイと称されていたりしますが、新しく作り直した建物が多いので、凄い遺跡というよりは雰囲気を楽しめる遺跡のテーマパークといった感じがしました。
ジェラシュ遺跡
Ruins of Jerash, 1996, 2001 -風の旅人- (2019年12月更新)