アムラ城とデザートキャッスル巡り
Quseir Amra and Desert castles, 2001アンマンから東は広大な砂漠地帯が広がっています。かつてアンマンからバクダットなどの東方に向かって通商路が開けていたので、この地域の幹線道路沿いには商人や旅人の安全を守る為に造られた要塞やキャラバン・サライ(隊商宿)などが点在していました。
現在でもそういった遺構が保存されていて、それを見て回るのをデザートキャッスル巡りと言います。ハイライトはウマイヤ朝時代の宮殿、アムラ城で、建物には当時の優れたイスラム芸術が用いられており、世界遺産に指定されています。
こういった砂漠の城を見学するのには、アンマンから一日もしくは半日のバスツアーがでているので、これを利用するのが安上がりです。公共のバスは走っていなかったり、走っていても1日数本なので、ヒッチハイクを覚悟すればといった感じです。
一番楽な方法はタクシーのチャーターです。安宿ではタクシーでのツアーの勧誘もやっていて、人数が集まればツアーが開催されます。一人ならこういったものを利用するのも手です。
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* ヨルダン情景素写 *
ビックリするぐらい何もない道です。
飛ばす大型車が多いので、自転車やバイクだと非常に怖いです。
(In Eastern Jordan, 13 Apr. 2001)
アムラ城(カスル・アムラ) Quseir Amra
アンマンからハラナ城を経て、更にアズラク方面に15km行った道沿いに世界遺産となっているアムラ城があります。
見学ルート的にハラナ城を見た後でここに来る事になるのですが、アムラ城があまりにも小さく、そしてかわいらしい佇まいなのに驚くことでしょう。そして、なんでこれが城なんだろうと思うはずです。
アムラ城は7~8世紀にダマスカスを首都としたウマイヤ朝が建てた別荘的な施設で、浴場、狩猟ロッジとして使われました。城にも色々な意味がありますが、宮殿とか、離宮といった種類の建物です。
建物内部は2つの浴室から成り、微温浴室と高温浴室に分かれています。イスラムの浴場施設として最古の部類に入ることと、室内の壁や天井には優れたフレスコ画が描かれていることが評価され、世界遺産に指定されたようです。
建物内の壁や天井に描かれたフレスコ画は、ヘレニズムのイコン画やペルシャ美術の影響を受けた初期のイスラム絵画になり、玉座に腰掛けたカリフ、裸婦像、イスラム教徒の敵(西ゴート王、ビザンチン帝国皇帝、ササン朝ペルシャの支配者など)などが描かれています。
4ヵ所の窓から自然光が差し込む仕組みになっている浴室部のドーム型の天井には、天国、北半球の星座、十二宮の星座が描かれています。室内はほんのりと温かみのある明るさで、なかなかロマンチックな浴場です。
薄暗い浴室、壁には裸の女の人の絵、そして町から離れた砂漠の真ん中・・・。実際は敬虔なイスラム教徒の目の届かない場所で王が女性と楽しむのに使われたようです。
Quseir Amra
正面の入り口です。
入り口の前には風呂に使用する井戸があります。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
正面の左手、浴室のドームにある入り口です。
砂漠の中にある家といった佇まいです。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
ドームや壁がきれいに修復されているのが分かります。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
壁や天井にフレスコ画が描かれています。
保存状態はあまりよくありません。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
裸婦が横たわっている様子はなかなか強烈です。
それ以外はこの付近で描かれているモザイク画の延長といった感じです。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
アムラ城を建設している様子を描いたものとされています。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
ドーム部分はボロボロに朽ちていましたが、
4つの窓からほんのりと光が差し込んでくる様子は素敵でした。
(Quseir Amra, 13 Apr. 2001)
ハラナ城 Qasr al-Kharaneh
アンマンからアズラクへ続く道を東へ55km、見渡す限りの平原の中にどっしりとした2階建ての石造建築物、ハラナ城があります。この城はウマイヤ朝の遺構で、ここから発見された碑文には「紀元711年9月築城」と記されているそうですが、それ以前のローマ、ビザンチン時代の遺跡の上に建てられたと考えられています。
一辺35mの正方形の城で四隅に円塔がある。見た目は堅固な城砦で、荒々しいイメージを持ってしまうのですが、61もの豪華なつくりの部屋があることから、ウマイヤ朝の指導者達が贅沢な会合をした宮殿と考えられています。
外壁もさることながら、見事なアーチ状の屋根と細部まで行き届いた装飾、惜しみなく漆喰が使われていた2階の広間など、この城の保存状態はなかなかのものです。特に西側の壁の保存状態はよく、下から眺めていると様々な形の岩がうまく積み上げられているのがよく分かります。
Qasr al-Kharaneh
右側のトラックが走っているのが幹線道路です。
周囲には全く何もありません。
何でここにあるの?何を守っていたの?といった立地です。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
一辺がだいたい35mの四角形です。
入り口のデザインが素敵で、キャラバンサライを連想してしまう建物です。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
後ろの一部は崩れています。
修復跡も目立ちますが、全体的にはうまく修復されている感じです。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
城塞には防御塔が取り付けられていることが多いですが、
ここのは小さく、デザイン的に設置された感じです。
日本で
市役所などのコンクリート造りの建物を思い浮かべてしまいました。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
石が層になって積み上げられている様子がとても美しいです。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
真ん中には中庭があります。
内部はセメントと漆喰での修復が目立ちます。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
多くの部屋があり、探検気分で楽しいです。
採光窓が少ないので全体的には薄暗い感じでした。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr.
2001)
背後に大きな城だけがあるという様子は、違う世界に来たみたいで面白いです。
(Qasr al-Kharaneh, 13 Apr. 2001)
アズラク城 Qasr al-Azraq
アズラクはアンマンの東115kmに位置する水量豊かなオアシスの都市です。ここはイラク、サウジアラビアに向かう幹線道路が交差する交通の要衝であり、この付近の砂漠にあるオアシスとしてはパルミラに次ぐ大きさです。
「アズラク」とはアラビア語で「青」の意味で、四つの大きな泉から湧き出る水にちなんで名づけられたそうです。有史以前はこの付近一帯が大きな湖であり、今よりもかなり肥沃な場所であったとされています。
この地に最初に戦略的要塞を築いたのはローマ帝国で、3世紀の終わりにアズラクの生命線である水源を防御するために要塞が建設されました。
その後ビザンチン帝国、ウマイヤ朝、マムルーク朝、そして近年ではオスマントルコが軍隊の駐屯地として使用し、城塞を改築しました。
アズラク城は付近で産出される黒玄武岩を使って造られていて、城全体が真っ黒なのが特徴です。要塞はほぼ正方形で、モスクのある中庭を取り囲むように城壁が築かれています。このモスクはマムルーク時代に建てられたもので、その隣りにはかつては城の生命線だった大きな井戸があります。
この城を有名にしているのは、かのアラビアのローレンスが1917年のオスマン・トルコに対するアラブの反乱の際に、この砦を作戦司令部としていた事でした。入り口のすぐ上の部屋で彼が作戦を練ったそうです。ただ、実際にはロレンスが活躍したと言う話はなく、ただの通信連絡係だったとも言われています。真偽の程はどうなのでしょう。
またアズラクの南12kmにショウマリ自然保護地区という動物保護地域があります。1975年にアズラク地方に棲息する野生動物の保護を目的として開設され、アラビアオリックス、ダチョウ、野生ロバ、各種ガゼルなどアズラク地方に棲息する野生動物を主に繁殖の目的として飼育しているそうです。絶滅の危機に瀕していたアラビアオリックスを繁殖させて、一時期有名になったのですが、近年は深刻な水不足が起こり、チーターや狼などは姿を消してしまったようです。遺跡ばかりは嫌という方は訪れてみてはどうでしょう。
Qasr al-Azraq
入り口付近はきっちりと修復されていて状態が一番いいです。
入り口の上部にはブレテーシュ(石落とし)が設置され、
スリットの入った2階の部屋にアラビアのロレンスが滞在したとされています。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
小さな石が積み上げられているといった感じです。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
入り口側は修復されたようで、
比較的きちんと石が積みあがっています。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
中庭にはモスクとして建てられた建物があります。
元々はビザンチンの教会があり、それを建て替えたようです。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
底部が心もとないです。
建物内は石が黒いのもあって暗い感じがしました。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
細長い石で天井は覆われています。
大勢の兵隊が城壁の上に上がったらと考えると、危うい感じがします。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
馬のレリーフがありました。
比較的新しい時代のものでしょうか。
(Qasr al-Azraq, 13 Apr. 2001)
アムラ城って世界遺産になったんだ。96年にヨルダンを訪れたときにはほぼ無名の遺跡で興味がわかなかったのですが、世界遺産になったのならと今回は訪れてみました。
しかし訪れるまでが大変でした。訪れる人が少ないのでミニツアーの人も集まらず、一人でタクシーをチャーターするのは高すぎるので、他の遺跡を見ながら人が集まるのを待ち、なんとか同じ宿に泊まっていたイギリス人3人と一緒に訪れることができました。
訪れた人からは「小さくて落書き程度の絵しかないよ。」といった感想ばかり聞かされていたので、そんなにがっかりすることもありませんでしたが、世界遺産の割にはあまり見るべきものが多くないなといった感想になるでしょうか。世界遺産だと大きな期待を込めて訪れると少しがっかりするかもしれません。
ただ砂漠を横断中といった感じで車が砂漠の中の一本道を爆走していく道中や、何もないところにデザートキャッスルがある様子など一連のデザートキャッスル巡り自体はなかなか楽しいものでした。
アムラ城とデザートキャッスル巡り
Quseir Amra and Desert castles, 2001 -風の旅人- (2019年1月更新)