シャーリー要塞(シワ)
Schally (Old Siwa), 1996, 2001シワ・オアシスの中心部には泥と塩を練りこんで造った城壁のある旧市街、シャーリーがあります。現在では放棄され、風化が著しいですが、風格ある佇まいは訪れる者を魅了しています。
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* エジプト情景素写 *
町の中心の方は高い城壁が残っています。
モロッコのカスバを思い起こすような佇まいです。
内部の建物が朽ちて、輪郭がギザギザなところがシャーリーの魅力です。
シワ・オアシスへのバスは中心部にある広場に到着します。バスを降りて、まず目の前の丘にある土壁で造られている城塞に驚くことでしょう。大きいとか、凄いというよりも、風化によって絶妙な感じで朽ちている様子にです。
この城塞はシャーリー(Schally or Shali)と呼ばれる古代の要塞化した町の跡です。シワ語で「シャーリー」とは町を意味します。現在では人は住んでいなく、たまに降る雨や風によって徐々に侵食され、崩壊が進んでいます。
陸の孤島のような立地のシワ・オアシスですが、古くからベドウィンからの攻撃に苦しんできました。度重なるベドウィンの攻撃によって人口も減少していき、もっと丈夫で防御のしやすい町をということで、現在の場所に城壁に囲まれたシャーリーを建設しました。恐らく1200年頃か、それ以前の話のようです。それまではアモン神殿のあったアグルミの丘で暮らしていました。
シャーリーは堅い天然の岩盤の上に建設されました。ここの城壁や建物は泥と塩を混ぜたカーシフで作られ、建物を強化するための梁としてヤシの幹が使用されています。砂漠の民の建築方法で、モロッコのカスバなどに共通点を見出すことができます。
風が強く吹く砂嵐もシャーリーの崩壊を手伝います。
塔のような部分は古いモスクです。
監視塔としての役割もありました。
城塞の上から見た塔の様子です。
シャーリーの上に立つとなかなか眺めがいいです。
屋根がなく、壁がボロボロになっている建物が一面に広がっています。
1819年にエジプトに加盟してからは徐々に治安が良くなり、シャーリー内で暮らす必要性が薄くなると、外で暮らす人が増えていきました。
シャーリーが廃墟となる決定的な出来事が起きたのは1926年のこと。この地に3日間の大雨が降り、泥の家の屋根や壁が壊れ、人が住むことができなくなってしまいました。
その後はたまに降る雨と激しい日差し、砂嵐によって崩壊が進んでいきました。崩壊する一方でしたが、近年では地元の人々によって昔と同じ伝統的な方法で修復作業が行われ、シワの象徴としての存在感と、そして観光の資源としての役割を担っているようです。
空気の澄んでいる朝の様子です。
場所によっては歩くのが困難なほど土の塊が散乱しています。
アグルミでは小石が沢山使われているので、少し違った印象を受けます。
泥の壁がそのまま自然に戻っていくといった感じです。
薄い板チョコのようにすぐ折れてしまいそうな壁です。
丸太で建物自体は補強していますが、壁のもろさが致命的です。
かつてモスクに使われていた建物でしょうか。
東南のアル・ダクルル山方面です。
こちら側は特にナツメヤシなどの緑が多いです。
北の死者の山(ジャバル・アル・マウタ)方面です。
南の砂漠の方向です。
確か軍の駐屯地があったような気がします。
5年後の南側のようです。
新しいモスクや集合住宅が建てられ、どんどんと近代化の波が押し寄せているようです。
夜にはライトアップされます。
なかなか幻想的な景色です。
シワ・オアシスを訪れ、バスを降りた瞬間、この異様な形をして、独特の存在感を放つシャーリー城塞に圧倒されてしまいました。
実際に城塞内を散策してみると、ボロボロで実に朽ち加減が実にいい。よくもここまでほっておいたもんだと感心してしまうほどです。
砂漠の真ん中にあるオアシスにある朽ちた城塞跡は、ロケーション、風格、風化具合と全てにおいて満点を付けられるような美しい存在でした。
シャーリー要塞(シワ)
Schally (old Siwa), 1996, 2001 -風の旅人- (2020年1月更新)