ラッカの町並み
Cityscape of Raqqa, 2001ラッカと聞くとあの悪名高いISの首都だった町といった印象が強くなってしまいましたが、歴史的に古い町で、アレキサンダー大王によって造られた町とされています。
ラッカの特徴は、かつての町の部分、旧市街全体が城壁に囲まれていることです。円形の城壁に囲まれた円城都市バグダード(バグダッド)を手本にして建設され、ラッカの場合は南をユーフラテス川が流れているので、南側が直線の馬蹄形の城壁となりました。
実物を見ると頑丈そうな城壁都市のように見えますが、1258年のモンゴル軍の襲撃で町は壊滅し、その後のオスマントルコ時代では再建されず、歴史にはほとんど登場しない小規模な村となってしまいました。
第二次大戦後に再び町として整備され、農業を中心にシリア6番目の都市にまで発展しましたが、シリア内戦で再び壊滅状態となってしまいました。
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* シリア情景素写 *

たしか旧市街の真ん中の通りです。
(Raqqa, 17 May. 2001)

町のシンボル的存在です。
かつてここには12世紀の城壁がありました。
12世紀の城壁は1950年に撤去されました。
(Raqqa, 17 May. 2001)

Baghdad Gate
12世紀に建造されたものです。
城壁の南東部、バグダッドの方向にあります。
ラッカの町はバグダッドをモデルに建設されました。
(Raqqa, 17 May. 2001)

Qasr al-Banāt
バグダッド門と同じ時期、12世紀の建造物です。
かつての宮殿の一つで、小規模な中庭を中心に建物が建てられています。
開いていなかったので中には入れませんでした・・・。
(Raqqa, 17 May. 2001)

旧市街の中心の少し北側にあります。
周囲を囲っていた周壁の一部と、
礼拝室だった部分の壁だけがオリジナルです。
現在見えるミナレットや礼拝所は後に造られたものです。
(Raqqa, 17 May. 2001)

敷地の大きさは約百メートルの方形だったようです。
手間のは水道橋のような遺構は礼拝室のファサード壁です。
(Raqqa, 17 May. 2001)

なんとなく遊び心で。
(Raqqa, 17 May. 2001)

12世紀から13世紀にかけて築かれた城壁が広範囲にわたって残っています。
城壁は2重に造られ、現在目にすることができるのは内側の壁になります。
当時、壁の高さは10m、厚さは約6mあり、
35mごとに円形の突出した防御塔が造られていました。
(Raqqa, 17 May. 2001)

大きく巨大なので、城壁と言うより堤防みたいな感じです。
内壁と外壁の間には20.8メートルの空間がありました。
外壁の壁は4.5mの厚さがあったそうです。
(Raqqa, 17 May. 2001)
デリゾールでカメラを壊してしまい、インスタントカメラしかなかったので、私にしてはあまり写真を撮っていません。というよりカメラがないと行動力がなくなるのが私の悪い癖です。
周辺の遺跡にもいかず、市内の遺跡も外から見ただけで、ラッカを後にしてしまったのを今ではすごく後悔しています。内戦から復興し、再び町に安定と繁栄がもたらされたなら訪れたいと思っています。
ラッカの町並み
Cityscape of Raqqa, 2001 -風の旅人- (2019年12月更新)