風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~
旅や旅人にまつわるエッセイ#2

長期の旅や留学の利点と弊害

「若いうちに旅に出ろ!」「旅は若者の特権だ!」などという言葉をよく聞きます。若い人が旅に出ることはどういったメリット、デメリットがあるのかをちょっと考えてみました。

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1、若いうちに旅に出よう

「若いうちに旅に出ろ!」などと書かれた本を目にする事があります。実際に旅で出会ったバックパッカーや長期旅行者の旅人のほとんどが若者でしたし、私自身の経験からいっても確かにその通りだと思います。

旅は日常の生活と相反するものなので、日々目新しいことの連続で精神力を使います。言葉や文化などの新しいことに対して柔軟に対応できるというのも若い人の特権です。もちろんこういったことは気持ちの持ちようなので、気持ちの若い年長者でも問題なく、50の手習いといった気持ちのある人にも旅は向いているかと思います。

ただ、有名な観光地をスーツケースを転がして旅行するのではなく、バックパックを担いで様々な土地を旅して回るとなると、少々事情が異なってきます。不便な場所へ行くほど交通の便が悪く、また道も悪くなり、スーツケースを転がしてといった旅はできなくなります。また宿にしても食堂にしても自分の求める基準以下のものしかない場合もあります。ないものを求めても仕方がなく、自分のできる範囲で我慢するしかないのですが、衛生面や健康面、精神的な部分も含めて体力勝負な部分が多くなります。

「一人旅は若い頃にしておかないと年を取ると出来ないぞ。」とよく言われるのも、体力的な部分、胃腸などの健康面、融通のきく柔軟さや慣れない環境に我慢し続けられる精神面において、やはり無理の効かない年になると限界値が低くなり、一度つまづいてしまうと帰国願望が強くなってしまいます。

それに、そもそもの問題として家庭を持つと旅どころではなくなります。1ヵ月も2ヵ月も仕事を休んで旅に出ていたら、それこそ家庭が崩壊してしまいます。更に家庭を持ち子供が出来ると、自分の人生が子供を育てるための人生に変わってしまいます。比較的自由に時間を使えるという面、色々なことに挑戦する好奇心旺盛な精神状態、また旅に出ている間に親が日本にいて、荷物等を預かってくれたり、行政など何かしらの手続きをしてくれたりといった面からも、やはり長期での旅は若者の特権だといえます。

しかし、ただ闇雲に旅や留学に出るのはどうかと思います。旅や留学は短い時間に得る事の出来る経験が多い反面、自己破滅の道も用意されている諸刃の剣でもあるのです。そういった事をちゃんと認識していないと、帰国後に後悔する事になりかねません。そういった事情を理解した上で旅や留学に挑戦して欲しいと思い少し書いてみました。

旅の情景スケッチ ベトナムでの葬式の行列の写真 旅の情景スケッチ
ベトナムの葬式行列

盛大な行列で死者を墓まで運びます。

2、旅に出るメリット

所持金いくらで世界を周ったとか、今までに何ヶ国訪れたとか、何年も海外を旅したとか、海外に留学していたとか、ワーキングホリデーで2年海外で暮らしたなどと自慢げに話す人が目の前にいたら、「いいな。私もやってみたいな。」「私には無理だけど、うらやましいな。」「この人は凄い経験をしたんだ。」などと思う人がほとんどだと思います。普通の人とは違った経験をした人はやはり輝いて見えたりたりするものです。

実際、長期で旅をしたらどういったメリットがあるのでしょうか。やはり一番に挙げられるのは、自立心が養われるという事です。旅とは自分でプランを決め、そして自分で行動する。言ってみれば、脚本、演出、主役を全て一人でこなす舞台みたいなものです。描いたシナリオ通りに事が運ばれなければ、その場で臨機応変にシナリオを書き換えなければなりません。その繰り返しが自己鍛錬のいい機会にもなります。

壁にぶち当たれば自ずと自分自身の能力の限界がわかってきます。そして自分の性格や体力、気力、そしてその国の事情を徐々に把握していくことで、ここは耐えるべきだ。いや避けるほうがいい。初志貫徹、自分を信じて進もう。といった判断をすることができます。また、旅していると、移動、食事、宿泊、観光などの場面で様々な人と接します。色々な種類の人と出会う事で人というものを知り、自分と違った考え方の人を多く知ることは、自分を知ることにもつながります。

それ以外のことでも、例えば町歩きをしていて道が分からなくて人から助けてもらうことや、逆に詐欺や置き引きなど人に騙されることもあります。人に助けられ、人に傷つき・・・というのは歌の歌詞によくありますが、人生の縮図である旅においてとても実感できる言葉です。

騙されたりすると人間不信に陥り、声をかけてくる人がすべて悪人に思えてきますが、旅で騙されることは日常で騙されることを考えると、まだましかなと思えます。旅で失敗した分は普通の人生に生かせばいいのです。失敗を積み重ねた分、自分が騙されていないかというような判断力や人間の観察力も徐々に身についていくことでしょう。少なくとも世間でいうオレオレ詐欺や還付金詐欺などに対してはかなりの免疫力が付くはずです。

このように様々な事柄が頻繁に起こるのが旅です。日々変わる状況の中できちんと判断して、自分自身の判断で行動する事。その積み重ねが経験値となり自分自身を逞しくし、多くの場数を踏むことで精神的に強くなり、また実行力ある人間に変化していくはずです。そして外部の要因にあまり左右されずに計画が進められるようになっていくと、旅人として、また一人の人間として進歩したともいえるかと思います。当然こういった経験は日本での生活にも役立ち、今後の自分にとって大きな財産となります。

「青春を旅する若者よ、君が歩けばそこに必ず道ができる。」というのは、長井雲龍さんの「道標ない旅」の歌詞の一部です。旅に出てみようかな。新しいことに挑戦してみようかなと、やり始めるときに必ず迷いがあるはずです。特に長期の旅行は行うのに勇気がいります。でも勇気をだして歩けば、そこには必ず何かしらの道ができています。人生に無駄な経験はないのです。

しかしながら誰でも旅に出れば自立心が養われ、行動力ある人間になるとは限りません。目標や目的のない船は舵が定まりません。うまく流れていく場合もあるし、悪い方向へ流れていく場合もあります。旅によって自分を変えようとか、自分を成長させようと思うのなら、旅の目的が必要だと思います。ただ、闇雲に行って帰って来たのより、当然目的を決めそれに向かって旅をしてきた方が積み上げられるものも多く、後で自分の為になります。

シルクロードの研究と題してシルクロードを歩き続ける人もいますし、世界の山を登りながら旅をしている人、動物に興味があり世界中の変わった動物を写真に収めている人、建築を仕事にしている人で建物をテーマに写真を撮り続ける人、歴史を追い続ける人、世界中の食事や食材を研究しながら食べ歩いている人、語学を実践に生かしながら文化に触れる人々など様々な旅人がいます。

もちろんどんな旅が一番いいかなどは他人が決める事ではありません。本当に大事な事は旅や留学をしたことではなく、そこで何を学んだか、何を経験したかという事です。長く旅をしたとか、長期で留学したから凄いとかではありませんし、何か国訪れたとか、予算いくらで世界を回ったというようなことでもありません。たとえ短い旅や留学であったとしても、自分の目標や目的のために努力したなら努力しただけ人に自慢できる何かが必ず残っているはずです。そしてそれは自分にとっての自信につながり、今後の人生にプラスとなる何かを与えてくれるはずです。

旅の情景スケッチ ガンジス川での沐浴の写真 旅の情景スケッチ
ガンジス川で沐浴をする人々

祭礼日には多くの人が沐浴場に集まります。

3、自分探しの旅の弊害

旅が好きだから旅をしている人は旅に何かを求める事はないでしょう。その人にとっては旅は旅であって、それ以外のものではありません。趣味、単に余暇の過ごし方の一部なのです。だから今後の人生を・・・とか、旅で自己鍛錬を・・・などといった余計な事を旅に求める事はありません。旅が楽しく、自分が素晴らしい経験ができればそれでいいのです。そういった事が分かって旅をしているのなら目的がなくても何の問題も起きません。その後に続く日常生活のために何をすればいいのか、何をすべきなのかをしっかりと認識しているはずですから。

しかし一番厄介というか、扱いに困ってしまうのが、「自分探しの旅をしています」といった部類の旅人です。なぜならそういった旅の場合、旅をしたいのか、旅に身を置きたいのかが明確ではなく、旅の目的も曖昧で、そこに旅を行う必然性を感じない場合が多々あるからです。だらだらと当てもなく旅をしていてもそれは単なる「放浪」でしかありません。とりあえず旅に出ては見たものの、特に何がしたいわけでもないし、みんなユーラシア大陸を横断しているから私も・・・というような人は、あっちの誘惑、こっちの誘惑に流され、楽な方へ楽な方へ流れていくような旅になる傾向があります。結局のところ「自分探しの旅」というのは失恋旅行のような感じで、旅に逃げ込むための言い訳でしかないような気がします。

仕事や私生活が嫌で逃げるように仕事を辞め、旅で自己発見とか自己鍛錬をするんだといった人は特に注意が必要です。旅に何かを求めるなら、まず何かしらやりたい事やテーマを見つけ、その上で旅を自己鍛錬の場として活用するべきだと思います。しっかりとした目標がなければ単なる旅行です。楽しい旅行では気分転換になるぐらいでしょうか。仕事を辞めてまでやるべきことではありません。本当に旅に出たいのなら上司や同僚にコネや根回し等々、自分が出来る限りの手段をフル動員して長期休暇を取得し、旅に出ればいいのです。

仮に自分を探したいと本気で思っているのなら、なんとなく旅をするのではなく、そのことに対して真剣に取り組まなければ何も見えてきません。では、自分を探すために何をすればいいのでしょう。これは私の考え方ですが、多くの人を知ることが自分の発見につながると思います。例えば住んでいる地元の良さを言える人は少ないです。他の地域の旅人が訪れ、「この建物は凄いね」「この景色は珍しいね」といったことから、「へぇ~、この建物は珍しいんだ」などと地元のいい部分が見えてきます。地元から出たことのない人に地元の本当の良さがわからないように、自分と周りの少数の人間しか知らないと、なかなか自分の良さや他の人との違いは分かりません。

旅をしていれば多くに人と出会います。でもそれは買い物などの値段交渉ばかりで、テレビゲームの会話の延長上といった感じです。語学力がなければ、踏み込んで会話をする機会もほとんどありません。でも何かテーマを決めて真剣に旅をしていれば必然的に多くの人と接することになります。疑問に思ったことを誰かに尋ねたりしていると、語学力も自然と身についてきます。情報を得るために多くの旅行者と話すこともあるでしょう。そうすることで今まで出会ったことのない種類の人とも出会い、話すことができます。多くの種類の人間と出会うことで自分というものが他の人と何が違うのか、或いは他人の価値観を知ることで自分の違った一面を発見することができると思います。

それにテーマを決めてこだわった旅をしていると、想定外の事ばかり起こり、自分の新しい才能を発見したり、人生の応用力までも身に付くかもしれません。場合によっては異国の知識に異国の友人なども手に入り、一石三鳥にもなったり・・・というのはあくまでも理想論ですが、そのように旅を活用して人生を成功している人もいるのも事実です。ただ単に自分を探してさまよっていてもなかなか自分を見つけるといったことができません。何かしら目標を決めて、必然的に困難を伴うような旅をしていくことで、何かしらの手掛かりが見つかるはずです。

そもそもの話、本当の自分自身を探すなら極限の状況に身をおかなければ何も見えてこないものです。部活にしても、受験勉強にしても、就職活動にしても・・・。そういったものから逃げてばかりいても後で苦しくなるばかりです。

旅の情景スケッチ インディオのダンスの写真 旅の情景スケッチ
インディオのダンス

頭に独特の羽飾りをつけて踊ります。

4、理由なき留学の非勧め

留学に関しても同じような事が言えます。きちんと何を学びたいのか、将来何をしたいと決めて留学を選択した人、もちろん専門的に海外で学びたいといった人は何も問題ないですし、快適な日本よりも進んで言葉の不便な海外へ出るだけのやる気と根性は立派だと思います。こういった挑戦という言葉がふさわしいような留学は仮に最初に決めていた事とは別の道に進むことになったとしても、きっと人生的には成功といえるものとなるのではないでしょうか。

しかしながらテストも受けずに入れるような大学への留学とか、英語がしゃべれるようになるための語学学校への留学といった中途半端な留学には疑問を感じます。留学する以前からやる気が感じられないからです。向うに行ってから頑張ろう。海外に出て学校に通えば英語が喋れるようになるでしょう。と言っている時点で結果はほぼ決まっているものです。そこにはこじつけたような理由しかないからです。

これはワーキングホリデーでも同じ事が言えますが、そもそも海外に出て語学学校に通うメリットは何でしょう。現地の4年生大学に進むのにまず専門的な言葉を学ぶため語学学校に通うとか、海外赴任になってしまって語学を学びたいからといった事は理解できるのですが、とりあえず英語がしゃべれれば何とかなる的に海外留学して語学学校に通う事には疑問を感じます。もし本当に英語を勉強する気があれば、日本でもある程度は出来るはずです。どこかの英会話スクールのキャッチフレーズの「駅前留学」とはよく言ったものです。

言葉はコミュニケーションの道具でしかありません。基本的な事さえ覚えれば、わざわざ学校で学ばなくとも経験で身につくものです。だから語学学校に通う事のメリットというのはほとんどなく、むしろ同じような立場の日本人となれ合う事のデメリットの方が大きいような気がします。わざわざ海外へ出て日本人となれ合っていていても語学は上達しないだろうし、日本語でコミュニケーションがとれる環境に身を置く事が、海外に出て真剣に語学を学ぶに相応しい環境とは思えません。

それに多くの日本人が通っているからとか、まず語学学校に通うのが一般的だからなんていう考え方をしているようではやはり覚悟が足りなかったり、目的のない人間がとりあえず・・・といった保険的な考え方でしかないような気がします。そういった人間が大勢集まってしまえば・・・、どういう結果になるかは容易に想像が付くのではないでしょうか。

仏陀の言葉に、「旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分に等しい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならぬ。」とあります。愚かな者というのは覚悟のない人間と考えるべきで、もし本当に自分がやりたいことを決めているのなら、周りがどうだからという事は考えず、自分が進むべき最善の道をまっすぐ進んでいくべきです。

旅の情景スケッチ ミャンマーの伝統芸能の写真 旅の情景スケッチ
ミャンマーの伝統芸能

インレー湖周辺の踊りです。

5、安易な逃げ場となる海外

ワーキングホリデーで英語の勉強をしてくると言い、遊び癖を身に付けて帰ってくる人、旅に出て見聞を広めて来ると言い、麻薬に溺れてしまう人。このような例をあげれば切がないのですが、海外へ出て出国時よりも駄目になって帰ってくる人の共通点は、きちんとした目的とそれに突き進む覚悟がなかった事が一番多い理由のような気がします。

ただ遊びたいだけで海外に行くのなら、最初からその国を車で一周するとか、ダイビングの免許を取ってダイビングスポットを制覇するとか、遊びでもこだわった目的を一番の目的にすべきです。中途半端に英語の勉強のためだとか、語学留学が・・・なんて理由を付けない方がいいと思います。海外に行くのなら語学留学でなければと体裁がつかないなんて考えているようでは、やはり覚悟が足りない場合が多いですね。気持ちは分からないでもありませんが・・・。

実際のところ海外へ出てその国に溶け込んだ生活しているだけで語学、厳密に言うなら会話程度の語学は身についてしまうものです。逆にせっかく海外へ出ても語学学校などに通って日本人ばかりと生活していては、現地に溶け込まない生活をしているようなものなのでなかなか語学は上達しません。

それに本当にやりたい事があるのなら自然と必要とする語学を身につける努力をするはずです。なぜなら言葉ができないと面白さや楽しさが半減してしまい自分自身が歯がゆい思いをする事が多いからです。だから中途半端に語学学校に通って時間をつぶすよりも遊んでいる方が・・・、という言い方は微妙ですが、一生懸命というか、真面目に遊ぶ事の方が自分自身の為になる事もあるのです。もちろんそれなりの覚悟や信念を持っている場合の事ですが。

結局のところ、理由も目的もなく旅や留学に出ている人の事を冷静に考えてみると、本来快適なはずの日本を旅立つという事は現実に何かしらの不満を持っている人という事になるのではないでしょうか。旅や留学を隠れ蓑にして現実逃避するのは簡単なことです。まさに旅や留学は現実から逃げるには最適な場所だと思います。

しかし、人生で難しい事は答えを得る事ではなく、現在直面している問題を正しく認識し、解決することです。ヘミングウェイの「あちこち旅をしてまわっても、自分から逃げることはできない」という言葉にあるように、旅や留学に出ても問題を解決するのは旅や留学ではなく、自分自身なのです。現在の自分にとって何が問題となっているのかを正しく直視し、それを解決するために行動しなければなりません。問題から逃げていると、後からより大きな問題となって自分に降りかかってくるのが世の常です。

それに現実から逃げてばかりいると、問題を直視する事が出来なくなり、常に安易な方向へ選択肢を求める生き方になってしまいます。だから日本がつまらないとか、安易な理由で旅立とうとか、留学をしようなどと思わないで欲しいです。何かきちんとした目的や目標を持たないと、これは旅や留学に限らないかと思いますが、何事も中途半端になってしまいます。長期で海外に出るような場合には殊更自分が何をしたいのか、そのために何をすべきなのかを考えるべきです。そして他人がこうだからとか、一般的にこうだからといった考え方はするべきではないと思います。

旅の情景スケッチ インドネシアの伝統芸能の写真 旅の情景スケッチ
インドネシアの伝統芸能

インドネシアは伝統芸能が盛んな国です。

6、本当にやりたいことをやる覚悟をもつこと

せっかく旅や留学をしようと決断したのなら、自分の足で自分の決めた道を歩いてみませんか。そして人がうらやむような充実した旅や留学を行いませんか。長期の留学や旅というのは一生に何度も経験できる事ではありません。後で中途半端なことをしたなと後悔するのはとてももったいない事なのです。そのためには自分が本当は何をやりたいのか、旅や留学を隠れ蓑に自分の気持ちに嘘をついていないのかを真剣に考えるべきです。

そして自分なりの目的や目標を決めたなら、そのために単身で頑張る覚悟を持つ事が大事です。他にも同じ境遇の人がいるだろう。誰かの真似をすればいいや。向こうに行けば誰かが助けてくれるだろうといった事が前提の計画では簡単に計画は崩壊してしまいかねません。

多くの人が歩む道を歩くのは楽な事です。しかしそこには心から満足する達成感がありますか。多くの人が進む道を歩く事は簡単ですが、自分自身の成長もそれなりのものにしかなりません。ありふれた経験しか手に入らないのではないでしょうか。その一方、ほとんど人が歩かない道を手探りで歩くのは困難や苦労が伴います。まず歩き始めるところから勇気がいることでしょう。

その両者が同じ場所に辿り着いた時、どちらの方が達成感を得られた顔をしているでしょうか。他人には歩んだ過程は見えません。でも目に見えなくとも得た自信が顔に表れ、オーラとか雰囲気でわかるものです。重ねた苦労の分だけその人は成長しているのですから。長期旅行にしても長期留学にしても、本当に自分がやりたい事に全力投球してこそ、自分の力となったり、後でかけがえのない思い出や経験になっているのです。そのことをぜひ心に留めてもらいたいです。

旅や旅人についてのエッセイ
#2、旅や留学の利点と弊害

ー 風の旅人 (2019年9月改訂) ー

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