風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 異文化や歴史についてのエッセイ ~

§3、水上で暮らす人々

大地に根を張って生きる。日本では大地の上に家を建てて暮らすことが当り前で、そのことに何も疑問を感じないのですが、世界では水の上で暮らしている人々も多くいます。水の上で暮らすといっても幾つかのパターンがあり、単純に船を家として暮らす人々。筏の上に家を建てて、川岸に固定して暮らす人々。川や海の上に高床式の家を建てて暮らす人々などが代表的です。

単純に船で暮らす人々というのは、水の上に暮らすことに馴染みのない日本人でも何か事情があったり、そういう習慣があるのかなといった感じで分かる気がしますが、わざわざ水上に家を建てて暮らす生活に関しては「えっ、何でわざわざ水の上なの?」といった感じで、その背景を知らないとなかなか理解できるものではありません。ここではそういった水上で暮らす人々について少し書いてみました。

line
香港仔の写真

香港仔

湾に船がびっしり並んでいます。

line

日本人が一番連想する水上の民といえば、香港の水上生活者を思い浮かべるかもしれません。香港は日本から比較的近く、日本人にも馴染みのある土地なので、観光などで訪れて知ったり、そういった事がニュースや話題になったり、或いはブルース・リーの映画など昔の香港映画を見て知った人もいるかもしれません。

水上生活者が多く集まっていたのは香港島の香港仔で、1970年ごろには水上に暮らす人が15万人いたというからビックリです。その後、政府の政策や考え方の変化、時代の流れによって陸上に定住する人が増えていき、1990年には3万人となり、現在では数少なくなってしまいました。海上で暮らす事は子供にとって海に落ちるという危険が伴います。それに籍をちゃんと入れないときちんとした教育を受ける事ができません。そのような事が陸に上がっていく主な原因となったようです。

かつて水上生活をする人たちの船が密集し、「水上浮城」という形容もなされた香港仔ですが、残念ながら現在訪れても船が多いというぐらいで、あまり当時の様子を思い浮かべる事はできず、水上生活の場といった雰囲気もありません。歩いているとおばちゃんが「サンパン、サンパン」と湾内廻りの船を勧誘してくる事が唯一昔の名残りといった感じでしょうか。

line
フエの水上集落の写真

フエの水上集落

難民というか、生活に困窮している感じです。

line

香港の水上生活者の多くは蛋民(たんみん)と呼ばれる華南の広東省、福建省、海南省出身の人々が中心だったそうです。現在でも広東省の地方の沿岸と海南省周辺を中心に8万人程度が船上で暮らしているそうですが、訪れたことがないのでよく分かりません。ただ中国全体で見てもその数は減少しているそうです。

その一方なかなか数が減らないのがベトナムです。ベトナムでも古くから船の上で暮らす文化があり、特に王朝が開かれていたフエでは18世紀のグエン王朝時代にまでさかのぼります。当時の水上生活者は、船上での仕事(漁業、運搬業など)をしながら、移動生活をしていました。現在でも市の中心部を流れるフォン川とその支流で多くの水上生活者が暮らしています。

ただここの場合は習慣や仕事柄といったものではなく、貧困による部分が大きく、生活者、行政側共に陸上の定住化を希望していても財政難や土地不足など、様々な理由で政策は難航しているようです。フエ以外にも多くの地域で船上で暮らす人々がいますが、湾などで海の上で暮らす人々もいます。彼らは漁をして魚を売って、風向きによって場所を移動したりしているようです。私がホームステイしていた漁村にもいて、お椀のような船で陸と行き来している様子はなんて言うか、面白い光景でした。

line
海上に伸びる集落の写真
海上に伸びる集落

台風のときとか大丈夫だろうかと心配してしまいます。

独特の船と集落の写真
独特の船と集落

こういう様子を見ると楽しそうに感じます。

line

それ以外にも世界各地で船に暮らす人々はいますが、大部分が陸上の生活から派生して水上生活を営んでいたり、貧困などの理由で都市に近い場所で水上生活している人々です。こういった人たちと違って伝統的に海で暮らしている民族もいます。海洋民族と呼ばれる人たちで、インドネシアやフィリピンマレーシアなどの沿岸に暮らしているバジャウや、ミャンマー南部沖からインド洋のメルギー諸島海域を漂泊しているモーケンなどが知られています。

彼らは家族ごとに小型の家船で暮らすのですが、単独であったり、船団となって海上の村を形成したりと柔軟に生活形態を変えています。彼らは海を移動しながら漁業を生業とし、特に干しナマコとフカヒレといった稀少価値のある交易品を売ることで現金収入を得ています。そのためナマコが捕れなくなるというのが船を移動して、生活場所を変えるというきっかけの一つとなります。

ただ近年では行政の指導や、国境が明確に引かれた事から定住化が進んでいるようです。定住化といってもやっぱり海の上が好きなようで、海辺の浅瀬に杭を打って高床式の家を建てたり、都市部沿岸の水上集落で暮らしていたりすることが多いようです。

line
川に浮かぶ筏ハウスの写真
川に浮かぶ筏ハウス

離れがトイレになります。

川辺に並ぶ家の様子
川辺の様子

家までは板の橋が架かっています。

line

船は船でも筏の上に家を建てたような、まるで水に浮かぶ家といった住居を川に固定して暮らす人々もいます。筏ハウスとでもいうのでしょうか。川沿いに筏ハウスが並んでいる様子はちょっと異様に感じます。こういった人々は水上への生活がどうのこうのと言うより、恐らく家を建てる土地が買えなかったり、税金対策でこういう筏ハウスを造ったのではないでしょうか。実際に水の上だと土地代がかからなかったり、税金もかからないといった地域もあります。行政から退去を求められたら家ごと移動。そんな事が想像できます。

細長い船よりもちゃんとした住居の形をしているので居住性は良さそうですが、川を船が通る度に波で家が揺れるのが難点でしょうか。また家の形をしていても電気が通っていないので、夜になると暗く、板を渡しただけの陸と行き来するのが危なかったり、大雨のときなどの増水時も危険度が増します。

この応用バージョンというか、巨大な浮島を作ってその上に家を建てている民族もいます。南米のペルーにあるチチカカ湖は標高3800mと富士山よりも高い場所にある湖なのですが、この湖にはトトラという葦で作った人工の浮島が沢山浮かんでいます。この浮島に家を建てて生活の場としているのですが、それは伝統的なものではなく、その昔、スペインの迫害や部族間の争いから湖に逃れ水上の民となったようです。

実際に訪れてみると、葦の地面というのはなんとも変な感触で、慣れるまで歩いていると気持ち悪いです。おまけに現在では観光地化が進んでいて、観光収入のために昼間こっちに暮らしているといったような感じの人もいて、生活感が希薄なところもガッカリでした。

line
チチカカ湖の浮島の写真
チチカカ湖の浮島

ズッボって底が抜けないか心配です。

川に浮かぶ変わった家の写真
川に浮かぶ変わった家

漫画のような家です。

line

そして最後に高床式の家を水の中に建てて水上に暮らしている人々もいます。これは東南アジアでは一般的で、どの国でもよく見かけます。立地場所は河川や海辺、そして湖の畔や湿地帯、ジャングルの中など様々です。家自体は木造で作られている物がほとんどで、日本的な考え方をすると、なぜ水上に暮らすのかといった以前に、木が腐って崩れないのだろうか。大雨の時に流されないのだろうか。虫がわいて大変ではないのか。そもそも地震が起きたら簡単に崩れてしまうのではないのだろうか。などといった疑問やら興味が次々とわいてきます。

少し話がそれますが、ジャングルの奥地にある伝統的な住居に泊まったことがありますが、彼らは高台に高床式住居を作って暮らしていました。夕方になるとスコールが降ってくるのですが、高台にあるとはいえ、すぐに家の周りの地面がぬかるんでしまい、雨が多い場合には水たまりだらけなってしまいます。よっぽど排水をよくしていないとそんな場所に普通の家は建てられないなと実感しました。都市部ならインフラや排水がしっかりしているので日本のようなコンクリート土台のしっかりとした家を建てることが出来るのでしょうが、そうでない場所では材料費や建築費を含めて、高床式で作るのが一番効率がいいようです。

それに以前カンボジアを雨期の初めと雨期の終わりと二回横断したのですが、乾期の時には普通の高床式の家だったのが、雨期になると辺りが水没していて、水上の家となっていました。このように多雨と粘土質の土壌といった土地柄、普通の家ですら高床式にしなければならないというのが、熱帯雨林地域の住居事情だったりします。

また高床式にすることで色々なメリットもあります。床が高いことで熱や湿気を持つ地面からの距離ができるし、床下に空気の流れもでき、蒸し暑さが幾分解消します。また熱帯は想像できると思いますが、虫の多い地域です。そしてマラリアとか、デング熱といった死に至るような病気を介する蚊も多くいます。高床式にすることで居住部が高くなり、幾分蚊や地面を這ってくる虫が少なくなります。そしてネズミなどの小動物の進入も防ぎやすくなります。日本でも弥生時代に高床式倉庫に米とかしまっていましたが、ジャングルで暮らす人々は今でも高床式の倉庫を使っています。

line
カンボジアの高床式住居の写真
カンボジアの高床式住居

乾季は陸上、雨季は水上といった地域もあります。

二つ屋根が特徴の住居の写真
二つ屋根が特徴です

こういった屋根の建物が多いです。

line

といった感じで熱帯雨林地域のインフラが整っていない地域では高床式住居が一般的です。そして、こういった建物が川などの水上に立てられたものが、水上集落となります。水上になると陸上とは何が違うのでしょう。それは陸上と同じように水上でも高床式の家では床下に風が通るのですが、川辺に吹く風は気化熱によって陸地よりも少し冷たいので、陸上よりも更に快適となります。日本の夏でも夕方に川に夕涼みに出かけたりするのではないでしょうか。そういった事の延長上と考えればわかりやすいかもしれません。

そして下水の問題もあります。当り前のように下水の環境が整っている日本で暮らしていると分かりませんが、熱帯地域ではインフラが整っていない場所が多いです。そういった地域では生活排水が溝とかに垂れ流されるのでいたるところで悪臭がします。しかしそれが水上だとそのまま川などへ垂れ流せます。気温が高いと微生物の働きも活発で、少々の汚れも浄化してしまうものです。

日本的感覚からすると汚いといった感じを受けますが、逆に清潔・・・というか、陸で同じレベルで暮らすよりも清潔な環境が得られるのです。そのため都市部の河川ではトイレのみが川に浮かんでいて、そこで排泄や洗濯が行われているところもあります。ある意味これもすごい光景なのですが、熱帯地域ならではの発想といえるかもしれません。

line
ポンティアナの大規模水上集落の写真
ポンティアナの大規模水上集落

結構大規模な集落です。

屋根が美しいパレンバンの水上集落の写真
屋根が美しいパレンバンの水上集落

水上集落にも地域性があって面白いです。

line

しかしながら問題がないとも言えません。大雨や高潮などで家が流されるような事や老朽化によって家や通路が崩壊といった事もあります。日常的にも子供が転落といった危険もあります。色々と不便な熱帯地域とはいえ現在では多くの地域で電気が使えるようになり、扇風機や冷房が使えたり、水道や下水が整備されたりして陸での暮らしも快適になりつつあります。

それに仕事も陸にある都市部の方がたくさんあります。だから危険性の少ない陸上へ暮らすのが一般的です。それでも水上に家を建てているのはやはり土地が買えないとか、税金対策といった面もあります。カンボジアのトンレサップ湖にも水上生活者が多いのですが、ここで暮らしている人はボートピープルとして逃げてきたベトナムの貧困層が勝手に住みついたものです。水上は土地ではないので家を建てるのにお金がかからないし、カンボジアも政情が不安定で誰も文句を言わなかった為どんどん増えてしまったとか。

色々な集落でそれぞれの事情があるかと思いますが、基本的には水上集落はスラム街となっている事が多く、水上集落を歩いているとひったくりに気をつけろとよく声をかけられますし、宿の人に水上集落を散歩してくると言うと、危ないからやめとけみたいなことを言われます。今のところ私はそういった目にはあっていなく、楽しく散策をさせてもらっていますが、場合によっては危険な思いをすることになるので、お気をつけください。

line
カンポンアイールの写真
カンポンアイール

アジア最大の水上集落です。

水上の学校
学校なども水上に

これにはたまげました。

line

中には生活水準が上がっても水上で暮らすことがやめられないといった人々もいます。その象徴的というか、変わった水上集落を紹介すると、産油国であるブルネイの首都バンダル・スリ・ブガワンの中心部を流れるブルネイ川の南側に、世界最大の水上集落と言われてるカンポンアイール(Kampong Ayer)があります。ここには約3万人が住んでいると言われてます。

ブルネイは豊かな産油国で教育費などは無料となっているほど生活水準が高いにもかかわらず、多くの人が水上で暮らしているのです。しかも政府から内陸部への移住を好条件で促されているにもかかわらずです。ここの水上集落の凄いところはコンクリートで土台が出来ていたり、なんと学校などの巨大な建物も水上にあったりします。

個人の住居は外観でいうなら他の水上集落と同じような感じなのですが、中が凄いのです。電気が普通に通じているので、家の中を覗くとオーディオ機器が揃っていたり、冷房が付いていたり、車の代わりにモーターボートが横づけられていたり、他の国の水上集落とはちょっと、いや、かなり雰囲気が違います。唯一一緒なのは生活排水が垂れ流しだと言うことぐらいでしょうか。ここを訪れると水上集落の価値観が一転してしまいます。一度水上で暮らすとやめられないと言う人もいましたが、この集落を見るとなるほどと頷くと同時によほど水上が好きなんだなと思ってしまいました。

line
コタ・バルの水上集落での写真
コタ・バルの水上集落で

引き潮のとき地面のごみがすごいです。

水上集落の子供たちの写真
水上集落の子供たち

人懐っこい子が多かったです。

line

私自身水上集落の雰囲気が好きで、あちこちの水上集落を散策して回りました。風景に生活感があるというか、自然とうまく生きているというか、やっぱり人が好感が持てるのでしょうね。歩いていると良く声をかけられたり、家にも招待されました。人々は明るく、なんていうか下町っぽい雰囲気があるのです。同じ水を使っている仲間意識みたいなものがあるのかもしれません。

でもやっぱり見ていて気になるのは、下水が垂れ流しなのに、その水で体とか洗っていたりする事です。さすがに普通の日本人の感覚を持っている人ならしたくないはずです。それと川の場合はまだいいのですが、潮の満ち引きのある海にある集落の場合、潮が引いた時に姿を見せるゴミの量には閉口してしまいます。

流れのある川の方がまだましかなといった感想を持ってしまいますが、ジャングルで不足しがちなタンパク源となる海産物があり、潮風にマラリアやデング熱を介する蚊が吹き飛ばされ、照りつけられる太陽でコレラなどの悪性の病原菌が追い払われる海での暮らしの方が、川よりも健康的となるようです。でもあまりにも衛生環境が悪いとその限りではないはずです。

こういった水上の建物や居住スタイルは、この地で暮らす人々が生活の中から産み出したもので、そこで暮らさない日本人の感覚からしたら色々疑問に感じるのですが、その仕組みを理解すると実によく自然や風土を理解しているなと感心してしまいます。自然と共存していた時代には居住の快適性や必然性から人々は水上に暮らしたのです。いわゆる熱帯雨林地域の生活の知恵から生まれた住居スタイルが水上集落だと考えば納得できるのではないでしょうか。

なかなかこういった住居で暮らすような体験はできませんが、タイなどでは水上にあるゲストハウスもあります。せっかく南国を訪れるのならそういったところで水上生活を体験してみるのもいいのではないでしょうか。

・風の結晶 INDEXに戻る↑

<異文化や歴史についてのエッセイ §3、水上で暮らす人々 2013年5月初稿 - 2015年9月改訂>