風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 異文化や歴史についてのエッセイ ~

§4、超高地アンデスと高山病

世界を旅してみて実感したことは、人間は少々暑かったり、寒かったりしようが、砂漠のオアシスやジャングルの中、氷河地域、山間部、絶海の孤島といった不便な場所だろうが、水さえ確保できればなんとか暮らせてしまうということです。旅をしていると人間の適応力や生活の知恵に感服させられることが多々あります。ゴキブリは人間以上に生命力が強いと言う人もいますが、知恵を持っている人間は間違いなくそれ以上の存在です。

とまあ、驚くような環境適応力を持っている人間の暮らしぶりですが、なんと富士山の頂上よりも標高の高い場所に都市を築いて暮らしている民族もいたりします。そんなに標高が高ければ酸素が薄くてまともに生活できないのでは・・・、なんて思ってしまいますが、少々酸素が少なくても普通に生きていけるのが人間なのです。改めて人間は丈夫だなと感心してしまいました。ここでは高地に多くの人が住む南米のアンデス地域と自分自身が高山病になった経緯を含めて、標高の高い土地での生活を書いています。

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エクアドルの首都キトでの写真

エクアドルの首都キトで

アンデスといえば「コンドルが飛んでいく」を
思い浮かべてしまいます。

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標高の高い場所、例えば標高4000m付近に小さな村が散在しているのなら、ある特殊な民族の暮らしといった事になるのですが、南米にあるボリビアという国は首都のラパスが標高3650mとほぼ富士山と同じ高さに立地しているからビックリしてしまいます。標高といっても町は広く、すり鉢状の盆地に位置しているので、少し移動すればすぐに標高が上がってしまいます。山の標高と違って町の標高はなかなか数字では表せないのが実際のところです。

この町で特徴的なのは標高が上がれば酸素も薄くなるわけで、金持ちは谷底に、貧乏人は丘の上に暮らすといった、山の手と下町が逆転した世界でも珍しい町となっている事です。普段の生活で酸素の量が多いなどと気にしない我々からするとまるで想像の付かない世界です。

同じくボリビアには標高約4070mのポトシといった世界一標高の高い都市があったり、すぐお隣の国ペルーのチチカカ湖のほとりにある町プーノも標高3850mと富士山よりも高い町となっています。これらの町はアンデス山脈にあるのですが、この他にもアンデス山脈にはエクアドルの首都キト(2850m)、空中都市として有名なマチュピチュ遺跡(2430m)、その玄関口となっているクスコ(3400m)など多くの町が高地にあります。

これだけ標高の高い場所に都市があれば一部の民族といった定義ではなく、標高の高い場所でも当り前に人間は暮らせるんだといった認識になってしまうのですが、いくら都市を形成していて利便性はいいとはいえ、標高の高い場所で暮らすのは大変です。ちなみに日本の標高の高い都市(役場が基準)は茅野市(長野県)が801m、人口20万人以上と考えるなら同じく長野県の松本市が592mとなっています。

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キトとアンデスの山並み
坂の多いヨーロッパ調の町並み

エクアドルの首都キト
坂の多いヨーロッパ調の町並み

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標高が高い場所と平地との違いをあげるとなると、誰でも真っ先に思いつくのは酸素が薄いことでしょうか。山などに登ったときにすぐに息があがって苦しい思いをしたこともあるかと思います。逆にそれを利用してスポーツ選手が高地トレーニングをして心肺機能を強化する事もよく知られているかと思います。これは高度が上がると空気中の酸素の割合が減少するのではなく、気圧の関係で空気そのものが薄くなり、それに準じて酸素の量も少なくなるというのが正しい解釈になります。

実際にどれくらいの割合で酸素が減少するのかというと、平地との割合で千メートルだと88%、2千メートルで78%、3千メートルで68%、4千メートルで60%となります。ボリビアの首都ラパスでは我々の60%程度の酸素で暮らしていることになります。もちろん人間の体はその環境に合わせて体を適応させていくので、彼らの体は酸素が少なくても生活できるように血液中の酸素を運搬するための赤血球やヘモグロビンが多くなっているようです。

ある意味これも特殊な能力となるようで、例えば南米にはサーカー強豪国のブラジルやアルゼンチンがいますが、ワールドカップ予選はホームアンドアウェイで戦うのがルールです。標高の高い場所に首都のあるボリビアやエクアドルは、標高の高い地の利を生かしてホームの試合ではブラジルなどに勝ってしまうこともよくある話だそうです。逆にアウェイではこてんぱんに負けてしまうので、なかなかワールドカップに出場とまではいかないようですが・・・。

ちなみにエベレストなど8千m級の山頂は平地の35%ほどの酸素しかありません。普通に立っているだけで息苦しい世界です。登山家や冒険家の人たちはよく登るよな~と感心してしまいます。

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ペルーのクスコ
ペルーのクスコ

ヨーロッパ的な風景のする町です。

クスコの中心部の広場
中心部の広場

観光客の多い場所です。

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気圧が低く、酸素が少ないことで起きる弊害は多くあります。一番よく知られているのが高山病だと思います。高山病とは低地から酸素の少ない高地に上がった時、低酸素状態に体が順応出来ずに起こる一連の症状の事で、正確には病気ではなく高度障害となります。

発病には個人差があって、だいたい1800~2500mを越えると発生する危険があるようです。高山病はなった人にしかその苦しみは分かりませんが、頭痛、吐き気、体のだるさなどが初期症状で、重度になると手足のむくみや運動失調などが起き、もっとひどくなると脳がむくむ脳浮腫や肺水腫といった症状となり、呼吸不全で命を落とすこともあります。

基本的には初期症状が出たら運動を控え、じっとしていれば一日ぐらいで自然治癒してしまいます。ただ日程が詰まっているからとか、せっかく来たのだからと我慢して動くと、症状がひどくなってしまい、にっちもさっちもいかなくなって病院行きとなってしまいます。また体調による部分も大きく、高地に慣れた人でも体調不良の時に標高の高い場所に上がると高山病になることもあります。

日本から地球の裏側に当たる南米に向かう観光ツアーの場合、長時間の飛行機のフライトは避けられません。飛行機や初日の観光でクタクタになった状態で標高の高い都市、例えばマチュピチュの玄関で知られるクスコ(3600m)に到着した場合など、高山病になりやすいそうです。特に適応力や回復力の弱いお年寄りの方で発症するケースが多く、南米に来たものの念願のマチュピチュに行けずじまいとなってしまう人も少なくないとか。現地で日本人ツアーを請け負っている方が言っていました。

実は私もこのクスコで高山病になってしまいました。一度高地から低地に下り、そこであまりの気温差で風邪を引いてしまい、その状態で高地に戻ったら高山病になってしまいました。風邪も引いていたので、どこまでが風邪でどこからが高山病なのかよく分かりませんでしたが、頭痛の酷さと体のだるさは忘れることが出来ません。

重度でないからほっといても治るよと地元の人に言われたのですが、せっかく海外保険に入っていることだし、宿でじっとしているだけで他にすることもなかったので、興味半分といった感じで医者を訪れてみると、君の場合は風邪を引いて体が弱っていたから高山病になったんだよ。高地に慣れているといっても体調不良の時は気をつけないと駄目だよと言われてしまいました。

ちなみに南米旅行のハイライトとなっている空中都市マチュピチュ遺跡はクスコから鉄道で行くのが一般的です。マチュピチュの方が標高が千メートルぐらい低いので、クスコで高山病になってしまった人でもマチュピチュへ到着すると治ってしまう人もいます。ただ息を切らして歩くと再発し、標高の高いクスコに戻ることが出来なくなってしまうので気をつけなければなりません。

このマチュピチュへの鉄道ですが、山間をぬって線路が敷かれているので結構難所が多く、土砂災害で不通になってしまうことも時々あります。運が悪いと高山病にならなくてもマチュピチュに行けなかった・・・って事もありえます。また終点で降りる人がほとんどですが、時間のある人は一つ前の駅で降りてインカ道と呼ばれる古道を歩いて遺跡へ向かうのも雰囲気があっていいようです。

遺跡自体は高いところにある遺跡といった表現がぴったりでしょうか。ロケーション的には素晴らしいのですが、遺跡自体は普通かと思います。ただ斜面に階段のように設置された段々畑は標高を考えると感動的かと思います。

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マチュピチュ遺跡
マチュピチュ遺跡

訪れるのが大変です。

マチュピチュ遺跡の段々畑
段々畑

標高の高い地では作業をしたくありません。

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また高地ではアルコールに酔いやすくなります。高地や飛行機の中などは気圧の影響で空気中の酸素が少ない状態です。そのため体の血中酸素も少なくなります。アルコールは胃などから血液に取り込まれ、主に肝臓で酸素による酸化で分解されます。ただでさえ不足しがちの酸素を使うので、少量のアルコール摂取でも早く酔いがまわった様に感じるそうです。これは高山病になる原理と同じなので非常に危険なことです。

標高の高い土地に無事に到着したとばかりにいきなり宴会など始めるなんていうのは自殺行為となりますのでご注意を。と、えらそうに書いていますが、かくいう私も実は一度大変な思いをしたことがあります。山小屋とか、山にいる状態だとさすがに気をつけるのですが、これが都市に滞在していると標高が高いことを忘れてしまうことがあります。

世界屈指の大都市メキシコシティーは標高2240mあります。訳あって長く滞在していたのですが、滞在している内に標高が高いという認識がなくなっていき、つい他の旅行者と深酒してしまいアルコール中毒になってしまったことがあります。なんていうか、意識はあるんだけど息をするのが精一杯で動くことが出来ませんでした。まるで酸欠の金魚状態でした・・・。えらく苦しい思いをしたので、くれぐれも気をつけてください。

酸素が少なくなることで不自由するのは人間だけではありません。酸素が少ないことは燃焼効率も悪くなり、車などのふけ上がりも悪くなれば、石油ファンヒーターなどの燃焼もうまくいかない場合があります。例えば車レースの最高峰のF1がかつてメキシコで行われていた頃、高地専用のセッティングやチームによっては高地用のエンジンを積んでいたのを思い出します。

酸素が少ないのは気圧の影響なのですが、どのくらい気圧が下がるかというと、千メートルで約0.9気圧、3千メートルで約0.7気圧、4千メートルで約0.6気圧となります。気圧の変化自体はお菓子の袋がパンパンになったりとそこまで影響を感じる事はありませんが、日本人にとっては一つ重大な影響があります。それは気圧の影響で沸点が低くなり、お米がまともに炊けないのです。

具体的には千メートルだと97度、2千メートルで94度、3千メートルで92度、4千メートルで89度というように沸点が下がります。ペルーのクスコで高山病になった私はおにぎりが食べたいとお米と塩などをふらふらになりながら近くの商店で買ってきて、宿の調理場を借りて鍋でお米を炊いたのですが、出来上がってみるとべちゃべちゃ、しかも芯が残っている状態でした。

変だな。いくら高山病になったからといってもお米の炊き方を間違えるはずはない。とりあえずもう一度水を入れて炊いてみたら今度はおかゆになってしまい、余計に頭が痛くなってしまったという経験があります。高地では圧力釜や圧力炊飯器を使用しないとお米をあまく炊くのが難しいのです。

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アンデスファッションのおばちゃんたち
アンデスファッションのおばちゃんたち

独特のファッションです。

チチカカ湖の独特な船
チチカカ湖の独特な船

乗ってみたかったですね。

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酸素が少ないこと以外にも多くの問題があります。まず気温の低さ。色々な条件があって一概にそうとは言えませんが、一般的には標高2千m付近まで標高が100m上がるごとに0.6度気温が下がるといわれています。ペルーの首都リマは標高0m付近にあります。ここの1月の平均気温が最高26度、最低20度です。似たような緯度にあり、マチュピチュの玄関口となっている標高3600mのクスコの場合最高気温が19度、最低気温が8度です。標高差を考えると21.6度ぐらい違うはずなんですが、あまり差がなかったりします。

特に最高気温にいたってはあまり変わっていません。実際に旅行してみると昼間は少し涼しく、朝晩はかなり冷え込むなといった感想になるかと思います。気温というのは太陽熱が地面を暖めることで上がるものです。盆地など暖められる地表が多くあり、空気があまり移動しないような場合、実際の標高よりも気温が高い場合があります。気温自体はまあ許せるとしても水の冷たさは厄介です。電気がちゃんと通じている場所はいいのですが、そうでないと水浴びや洗濯が大変です。昼間の太陽が当たっている時間でないととてもでないけど水が冷たいので水浴びは無理です。

また紫外線が強いのも高地ならではです。標高の高い場所や山の上はなんて空が青いんだろうなどと感動ばかりしていられません。高地に暮らす人の肌が荒れているのは紫外線の影響をもろに受けているからです。最近のデジタル写真ではあまり関係ありませんが、フィルム時代では紫外線をカットするフィルターを付けないとかなり影響が出たほどです。

具体的には100m標高が上がるごとに約1%増加すると言われています。千メートルで地上より10%増、三千メートルで30%増といった具合です。紫外線自体は季節や時間帯、大気の状態によって数値は左右しますが、紫外線量が多いと、女性の大敵で知られているシミやソバカスなどといった皮膚へ悪い影響が出たり、最悪皮膚癌になったりします。

それからあまり知られていませんが、紫外線は目にも悪い影響を及ぼします。特に角膜炎や白内障といった症状の原因になりやすく、現地の人で目を患っている人が結構多かったので、なるべく紫外線対策としてUVレンズのサングラスをしておいた方がいいかと思います。これは冬場のスキーや夏の浜辺などでも同じです。

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高地の動物の写真

高地の動物

アンデスといえばリャマやアルパカ
といった独特の動物がいます。

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色々と標高の高い土地での弊害を書いてきましたが、日常的に一番問題なのは、ちょっとそこまで買い物に行くのですら坂を降りて登るのが大変な事です。これにつきます。重い物を持って歩きたくもないし、急ぐなんてもってのほか。あっ、宿に忘れ物をしたと思っても、戻るぐらいなら我慢しようといった感じです。私の場合高山病になったせいもあるのですが、とにかく動くのが面倒に感じました。

そして思ったのでした。ちょっと階段を上っただけで息切れがするし、疲れやすいし、動くのも億劫だし、おまけに酒の酔いも早いし、これって・・・まるで老後の自分ではないか。そう、標高の高い土地での暮らしは自分が年をとったらこんな感じになるんだろうなといった老後体験が出来てしまいます。ぜひ体験してみてください。もちろん何年も暮らすと体が適応してくるし、感覚的にもそれが当たり前になってしまうでしょうが。

最後に天空世界というと、天国とか、極楽浄土に近く、なんか幸せな世界とか、お金持ちの世界、避暑地なんていったイメージを持つ人もいるかもしれませんが、人間はエネルギー消費の少ない老人モードだし、お湯も90度未満で沸くし、車のエンジンのふけも悪いしと、社会全体が75%の省エネモードで動いているような世界です。そりゃエコでなおさらいいじゃないか。と思ってしまうかもしれませんが、酸素が薄く、お湯がちゃんと沸騰しなく、その他生活するには色々と問題が多いこの土地は、どちらかというと苦しい世界というのが実際でした。

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<異文化や歴史についてのエッセイ §4、超高地アンデスと高山病 2013年5月初稿 - 2015年12月改訂>