風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 異文化や歴史についてのエッセイ ~

§2、熱帯雨林での雨水生活

砂漠に憧れ、次は熱帯雨林、いわゆるジャングルに興味を持ちました。そのきっかけはベトナム南部のムイネという漁村での1ヶ月間のホームステイ体験でした。このベトナムでの生活は熱帯雨林やジャングルというよりは南国の漁村での生活といった感じで、水道は共用の物があり、電気やガスも不安定ながら使える物でした。だから暑さと衛生面の不安を除けばちょっと不便な生活といった感じで、現地に友人も多くできたことからそれなりに楽しい日々を過す事ができました。

普段日本で暮らしているときと一番違うと感じたのは、熱帯の生活はのんびりとしていることと、朝が早いことです。なんていうか、この暑いのにイライラしても余計に暑くなるだけといった感じで人がとてもおおらかなのです。朝が早いのは、まあ昼間が暑いからで、その分昼間は寝て過ごしたりする習慣があるのも、のんびりとしていると感じた部分です。

熱帯はなんていいところだろう。ギスギスしていないし、こういった所で暮らすのもいいかも。女性も目元が優しくて美人だし。ここで結婚して暮らすか・・・なんて思ったりもしましたが、ベトナムでは外国人が民家に泊まってはいけないといった法律があったり、軍隊や警察が力を効かせている国なので、事あるごとに賄賂を要求されたりと別な意味での問題もありました。それでもここでの楽しかった生活体験が熱帯、或いはジャングルへ足を向かわせるきっかけとなったのでした。

line
ムイネの渓谷で子供たちと

ムイネの渓谷で子供たちと

ベトナムのホームステイ先で

line

地球上に熱帯雨林、ジャングルと呼ばれる地域は数多くあります。東南アジア、インド、アフリカ、南米、太平洋上の島々といった地域になり、共通しているのは赤道から回帰線付近にあるということです。熱帯雨林気候というからどこも雨が多く、木が生い茂りというのは一緒ですが、それぞれの大陸ごとに生態系が異なっていますし、大陸と島では大陸の方が生物や植物が多様で、その規模も壮大といった感じです。一方、島では生物の独自性があり、また暮らす人々も独特の文化を持っていることが多くなっています。

熱帯雨林という気候に馴染みのない日本人からしてみればタイのバンコクでさえ本場の熱帯と感じ、バンコクから周辺の遺跡や水上マーケットを訪れるとそこは絵に描いたような熱帯雨林と感じるかもしれません。とはいえそういったところはインフラが整備されているので、雰囲気だけを楽しむにはいいかもしれませんが、熱帯雨林の自然の中で暮らす人々とは少し価値観が違います。

line
インドネシアの王宮

インドネシアの王宮

船をモチーフにした独特の屋根が特徴です。

line

熱帯雨林での暮らしは砂漠と同じように暑い世界ですが、砂漠の方は灼熱といった感じで焼けるような暑さに対して、熱帯の暑さは湿度があるのでムシムシと蒸されるような暑さです。どちらが暑いか、苦しく感じるかは人それぞれでしょうが、カラッとした暑さの場合には日陰に入るとかなり楽になるのに対し、湿度のある暑さの場合には日陰に入ろうが、風がないと蒸し暑さは解消されることがありません。そういった気候なので、熱帯雨林地域の建物は風通しの良さが重視されています。

マレーシアやインドネシアにはかつて王様が暮らしていた王宮が幾つも残っていますが、ここにある王宮はとても造りが簡素です。王宮といえばヨーロッパなどの重厚な造りの建物を想像してしまいがちですが、当然のことながら風通しが重視され、後は大きさなどで権威を示すといった感じなのです。形ばかりにこだわっても風が通らなければ、建物の中は不快さ満点の牢獄のようなとなってしまいます。

別の角度から見ると、風通しがいいということは防犯といった面、プライバシーといった面では問題があるように思えますが、それは日本的な価値観でのこと。基本的にはおおらかな雰囲気の場所なのであまりそういった事に心配しなくていいのかなといった印象を持ちました。なんていうか、昔の日本の長屋的な感じでしょうか。

line
ジャングルにある原住民の家
雨水を貯めるバケツ

ジャングルにある原住民の家
雨水を貯めるバケツ(右)

雨水は貴重な水資源です。

line

湿度満点の熱帯雨林地域よりも木陰や建物の中に入ってしまうと楽な砂漠の方が過ごしやすいと感じる人が多いと思いますが、暮らすとなるとまた別問題です。熱帯雨林地域ではスコールが毎日のように降ります。季節にもよりますが、夕方頃に降ることが多く、ある意味生活のリズムとなっています。このように熱帯雨林は雨が定期的にまとまって降るので、人の生活に絶対必要な水の確保が比較的容易です。そのため砂漠ほど自然の厳しさを感じることはありません。

ただ、川の水はよほど上流に行かない限り濁っているので、川の近くに住んでいても飲用の水は空から降ってくるといった認識になっています。雨樋はそのまま体を洗ったりするための水槽につながっていたり、スコールが降り始めると屋根の下にバケツを置いて水を貯めるといった光景は熱帯雨林地域ならではかもしれません。定期的にまとまった雨が降ってくれるので水に関しては困らないのですが、結構まとまって降るので、一気に窪地が大きな水たまりになったり、道路が冠水したりと大変です。

特に熱帯雨林地域に敷かれる道路はアスファルトの熱対策も大事ですが、道路の土台部分が日々のスコールで流れないようにしなければならなく、高い技術力が要求されます。日本からの技術もODAなどで提供されていて、俺たちの造る道路はすぐに穴だらけになるけど、日本が造ってくれた道路はなかなか壊れないんだと私が日本人だと分かると教えてくれる人もいました。

line
ジャングルを走るバス

ジャングルを走るバス

バンパーは邪魔なのでとっていました。
ラリー仕様のバスです・・・。

line

雨は恵みの水をもたらすと共に厄介なものももたらします。雨上がりの夕方から夜にかけては湿度が高くなり、何とも寝苦しいこと。更には闇と共に虫の活動が活発となり、蚊などの襲撃にも気をつけなければなりません。こっちの蚊は大きい種類のものがいて、かまれるととんでもなく腫れ上がることがあります。腫れ上がるだけならいいのですが、田舎や未開の島では蚊を介した病気、マラリアやデング熱といった死に直結する恐ろしい病気にかかるリスクも高いので気をつけなければなりません。

その他湿気が高い事で物が腐りやすく、コレラ、赤痢といった細菌性の食中毒になる心配などと衛生面でも不安もあり、天から恵みの雨が毎日のように降ってくるものの、水以外にも色々と厄介な物をもたらしているのが実際のところでしょうか。

line
ジャングルにある村
ジャングルにある村

電線のない世界です。

プツッシバウの市場
西カリマンタン、プツッシバウの市場

大きな町には周辺から農産物が集まってきます。

line

熱帯雨林やジャングルでは定期的に雨が降り、水が豊富で、樹木も多いしと、物が豊かとまではいかないにしても物には困っていないようなイメージがありますが、物があまりないというのは砂漠と一緒かもしれません。ジャングルといえば果物があるではないかという気もしますが、大がかりな農場をつくらない限り、なかなか生産性を上げることは出来ません。基本的に大地が粘土質でやせているので、いくら周りには木が生い茂っているとはいえ生産性という点では乏しいのです。

食べ物に関しては、海や大きな川があれば魚を食べることが出来ますが、そうでないと狩猟を行わなければなりません。しかしながらジャングルには食用に適した動物はあまりいません。ジャングルでは木が多い為、大型の動物に適した環境ではなく、小動物や木登りの得意な猿やチンパンジーなどが多いのです。インドネシアでは森の人と呼ばれるオランウータンが有名でしょうか。そういった動物はすばしっこいので吹き矢で射るか、罠を作って捕獲します。

とはいえ、いつ捕獲できるか分からないので、鶏を家の周りで放し飼いにして飼育しているのが現状です。タンパク質が不足しがちですが、そこは昆虫で補います。昆虫といっても成虫ではなく、幼虫です。ジャングルで暮らす人の好物がカブトムシなどの幼虫というのには驚きました。日本では南国のカブトムシやクワガタムシが珍重されて高く売られていますが、現地ではその幼虫は食用になっていたりするのです。

ジャングルには食用にも出来る甘い木があり、こういった幼虫はその柔らかい木のなかに多くいます。一緒に探しに出かけたのですが、見つけると食べるかと聞いてきて、「いらない・・・」というと、大事そうに袋の中にしまっていました。とてもおいしく、一番の好物なんだとか。

line
壁一面の骨
原住民の家にあった壁一面の骨

自慢らしいけど気持ち悪いです。

猿の頭蓋骨が並ぶ様子
猿の頭蓋骨が並ぶ様子

自分も翌朝こうなっていたり・・・と心配になります。

line

ジャングル、特に島にあるジャングルでは人食い人種、首狩り族というものが他の地域に比べて多いです。さすがに今ではそういった野蛮な習慣はほぼ残っていないと思うのですが、インドネシアを旅していると未だにジャングルの奥には人食い人種や首狩り族が住んでいるから気をつけろといった話を聞くことがありますし、首狩りに関しては近年でも民族対立で行われたことがあるようです。

実際のところ、なぜ人を食べたり、首を狩るのか。これは宗教的な考え方で、部族によっては食べることによって相手の持つパワーを自分のものとするという考え方があったり、首を狩ることで一人前となり、結婚できるといった部族もあるようです。また頭部には生命力が宿っていると考えられ、その生命力は持ち運びできるという信仰があったり、身内などの首を保存しておく事が供養になったり、悪霊退散になるといった宗教観がある部族もあります。

さすがに観光客が訪れるような場所に人の首がつるされているといったことはないと思いますが、奥地に入ると先祖の首が大事に保管されている家もあるようです。私が訪れたところでは猿や水牛の頭蓋骨が壁一面に飾られている家もありました。さすがにそういうのを見ると背筋に寒気が走ってしまいます。私も背後から首を切られてここに並べられるかも・・・、などと考え始めると一番後ろに後ずさりしていました。

でもまあよく考えれば、日本人も古来は首狩り族といってもいいかもしれません。戦国時代の戦争、相手の大将の首取った方の勝ちといった首取り合戦でしたし、さらし首といった事も行われていたし。そう考えると懐かしいような・・・・、ってことはないのですが、観光で訪れて力試しとか、首を何個取ったという自慢のために殺されては溜まりません。

日本人といえば、第二次大戦中に日本兵が東南アジアの島々を侵攻していきました。その時に島の人間を虐殺したといった碑があちこちに建てられているのですが、そういったところで話を聞くと日本人も結構首を狩られていたりします。日本軍が残していった大砲がロングハウスの守護神として置いてあることもあります。

本当かどうか知りませんが、その時に日本兵も結構食べられていたとか何とか聞きました。噂では当時の日本人は質素な食をしていたので、肉に臭みとかがなく、おいしかったとか。白人は油が多く、塩っぽくてまずかったとか。こういったことは色々と話に尾がつくものなので話半分に聞いておくのが良さそうです。それにそういった地域で日本兵の残留孤児の人にも出会っているので、必ずしも悪い人たちばかりではないのは確かです。

ジャングルでの生活はタンパク質が不足しがちです。人食いは栄養を補うためではなく、宗教感に基づいたもので、女子供を食べることはなかったといった記述もありますが、実際はどうだったのでしょう。こういった風習は部族ごとに違いますし、その部族の中でも川の流域ごとに風習が違ったりするので複雑です。猿ばかりを捕獲して食べていたら人間もといった発想になってもおかしくないかもしれません。ジャングルで過ごしていたらそういう風に思えてきました。

line
木の皮をなめす様子
木の皮をなめす様子

服とか作ります。

ジャングルの食事を作る女性
ジャングルの食事を作る女性

基本的に質素な食事です。

line

ジャングルで暮らす人々は小柄の人が多いです。先に挙げたようにタンパク質が不足しがちといった栄養状態が影響していると考えられますが、それ以外にも理由があるように感じました。ここでは台地が粘土質なので、一旦スコールが降ると地面がぬかるんで滑りやすく、とても歩きにくいのです。大柄な欧米人と一緒にジャングルを歩いたときのことですが、ほんとうに彼らはよく転びます。がたいが良くて強そうな欧米人ですが、ジャングルでは形無しでした。

現地の人と並んで歩いているのを見ると、歩き方からして重心が高すぎるのがよく分かりました。おまけに体質的に暑がりなもので、すぐに蒸し暑さにバテててしまい、食事もパンなど馴染みのものがなく、精神的にも肉体的にも参ってしまい、早くジャングルから出たいと泣き言ばかりでした。

なぜアジア人が短足で小柄なのか。それは雨が多い気候故にぬかるんだ道を歩きやすいためではないでしょうか。日本人も田んぼで育ったことを考えれば何となく分かるような気がします。そしてベトナム戦争でもアメリカ軍がジャングルで苦労したのもその一例と言っていいでしょう。

line
原住民の人たちと
原住民の人たちと

同じ格好に挑戦してみました。

狩りに出かける
狩りに出かける

収穫はバナナ一個でした。

line

近年ではジャングルにも文明の波が押し寄せてきています。半裸で暮らしていた人たちは服を着るようになり、靴を履き、懐中電灯なども常備しています。町から近い場合には車のバッテリーに電気を充電し、それで蛍光灯を付けていたりもします。食に関しても保存が利き、手軽に調理できるインスタント麺がジャングルで暮らす人々の必需品となっていました。交通の不便な島やジャングルを多く持つインドネシアがインスタント麺の消費が中国に次いで世界二位というのも無関係ではないはずです。

そういった文明の波が徐々に入り込んでいてもやはりジャングルはジャングル。蒸し暑さをしのぐにはどうしたらいいのか、定期的に降る雨を生活にどう生かすか、虫との折り合いなど自然と共に生きているのです。そしてその生活が好きだからこの地に住んでいるわけで、あれこれと日本の様子などを聞いてくるものの、そうかそうかといった感じで大して興味がなさそうでした。

話を聞くと、ここでの基準は椰子の木を何本所有しているか、バナナの木を何本持っているかが、ステータスとなるようです。これは同じように物のない砂漠で椰子の木が何本、羊やらくだが何頭というのと一緒です。日本では車を持っているとか、マンションを持っているといった感じと同じかもしれませんが、あまりにも価値観が違いすぎて、話していると時々こんがらがってしまいます。

line
カリマンタン島のロングハウス

ここは立派な形をしていました。

ロングハウスの内部

長いもので230mありました。

line

最後に私自身ジャングルで苦痛に感じたことを書くと、まずは蚊。特にマラリア危険地域で蚊にかまれたときには、発病したらどうしようとちょっと心配になりました。それから一ヶ月後、熱帯夜だというのに寒くてたまらなく、毛布にくるまって震えていたといった事もあり、これはマラリアになってしまったのでは・・・とえらくたまげたことがありましたが、恐らく単なる体調不良だったようです。

ジャングルに限らずその土地に暮らしている人よりも免疫力が少ないせいか、本当に旅しているとよく蚊にかまれます。一度に何カ所もかまれると痒くてたまらないし、マラリアとか心配だし、傷口からの感染症とかも心配だしと本当に蚊に対してはなんとかしてくれよといった感じで気が滅入ってきます。

もちろん蚊以外にもダニやノミ、ヒルなどの吸血虫やハエやゴキブリなどの鬱陶しい虫たちも厄介です。でも最初の頃は虫を見るのも嫌でしたが、当たり前のようにウロウロされると次第に慣れてしまうものです。というより、毎回毎回驚いていたら疲れてしまいます。

line
カリマンタン島のロングハウスの写真
奥地にあるロングハウス

日本人で初めて泊まりました。

一泊お世話になったダヤク人の家族
一泊お世話になったダヤク人の家族

楽しい思い出です。

line

それ以外のことでは、たった一つのことを除いてはそこまで苦痛に感じることはありませんでした。梅雨や蒸し暑い夏を毎年経験している日本人にとって短期間のジャングル生活なら恐らく私同様にある程度は我慢できることでしょう。我慢できなかったのが、茶色い水でした。

ジャングルの水は雨水をためたものが基本です。都市部でも水道が発達していない場所が多く、水道があっても茶色い水が出てきたりします。そういった水は沸かしたとしても泥の味がして、おいしくありません。雨水にしても透明なグラスに入れるとやっぱり茶色いのです。いくら旅をしながらお腹を鍛えたといっても普段当たり前のように透明な水を飲んでいるとかなりのストレスになります。そのうち病気になるのではないか、透明なおいしい水が飲みたい、おいしくなくても泥の味がしない水が飲みたい。長くジャングルにいると結構切実な願いとなっていきます。

そして思ったのが、お茶の文化というのは水を湧かして消毒し、泥の味をごまかすために茶の葉っぱを入れているのではないだろうかと。実際紅茶などにして飲むと色も味もごまかされて気にならないものです。アジアといえばお茶の文化。そして泥が多い地域です。昔はどこも茶色の水だったはずです。それ故に茶の文化が発達したのかもしれないなと思ったのでした。

・風の結晶 INDEXに戻る↑

<異文化や歴史についてのエッセイ §2、熱帯雨林での雨水生活 2013年5月初稿 - 2015年9月改訂>