風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

旅で気になる「ラストプライス」と「ノープロブレム」

英語の「ラストプライス」、海外旅行に出るとよく耳にする言葉です。旅ならではの言葉と旅での言葉についてちょっとつづってみました。

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1、ラーストプライス

旅に出ると耳にたこが出来そうなぐらい聞かされ、印象に残る言葉があります。訪問する地域によりますが、その横綱となるのが「ラーストプライス」です。普段日本では馴染みのない言葉ですが、値札の習慣のない国で買い物をする時に、必ず最後にこの言葉を投げかけられます。

買い物ということを値札を見て支払うだけの行為としか認識していなかった人にとっては、交渉して値段を決めるという事は頭で考えているほどやさしいことではありません。特に観光客慣れしている土産物屋などを相手に交渉するのは至難の業で、「ラーストプライス」に悩まされ、ラーストプライスノイローゼになってしまうこともあります。

文化の違いに慣れるということ自体大変なことですが、特にお金が絡んでくる問題では相手は容赦なく大人の本気モードになるのでなかなか厄介です。

タイのトゥクトゥクの交渉の写真 旅の情景スケッチ
乗り物の交渉

交渉する場合は相場を知らないとしんどいです。

「ラーストプライス」が使われるケースととしては、タクシーなどの交渉でお互いの言い値が合わなかったときに使われたりしますが、やはり観光客としては土産物屋での交渉が一番厄介に感じます。とにかくしつこいですから。

例えばとても興味を引くものが置いてあったとします。値札がついていないので一体いくらなんだろう?安かったら買おうかな。そう思い、店の人に「いくら?」と聞くと、「10ドル」と返答が返ってきます。こっちが「いらない」とか、「高い」と言うと、「8ドル」といった感じで少し下げた値段を言ってきます。それでも「いらない」と言うと、この「ラーストプライス(君にとっての最終価格はいくら?の意)」がお目見えします。

こっちがいくらと言ってしまい、それが相手にとって利益があるのならすぐに交渉成立してしまうので、相場を知らないと下手に値段を言う事が出来ません。相場が分からない旅行者としては、不利な買い物のシステムです。もちろん値段を言った後に「やっぱりいらない」と言う事もできますが、奥ゆかしい・・・、いや度胸のない日本人には言いにくい事です。あまりにもスムーズに交渉が成立してしまった場合は、高い値で買わされてしまった・・・と考えた方がいいです。

もともと不利な条件での交渉なので、毅然とした態度で断る事もありだと思います。例えば「ちょっと値段を聞いてみただけだよ。」といった感じに。ただ、あいまいにへらへらと笑いながら断っていると、「今いくらと言ったではないか。とっとと金を払え!」と脅してくる事もありますので気をつけましょう。日本人はこの手でやられることが多いような気がします。もっとも日本人のこういった適当な態度が小馬鹿にされていると感じる人も多くいますので、交渉事はある程度真剣に行わないと痛い目をみます。

この交渉は、値切り方のコツをつかめるようになればゲーム感覚で面白いのですが、慣れるまでが大変で、毎度毎度断るのに苦労したり、ボラれ続けると「ラーストプライス・ノイローゼ」になってしまい、土産物屋に入ったり、人に物の値段を聞くのを極度に避けるようになってしまいます。それぐらいしつこいほどラーストプライスと言ってきます。

商売熱心なのか、ボリ上手というべきなのか、この買い物システムに不得手な日本人はよく狙われているようです。まあ観光客からいくらボッても後腐れがないし、日本人は金払いもいいし、しつこく言えば折れることが多いし、困ったら脅せば何とかなる場合が多いしと、まあ向こうの人には日本人はネギを背負ったカモに見え、自然と口から「ラーストプライス」が出てくるのかもしれません。

エジプトのラクダ市場での写真 旅の情景スケッチ
らくだの売買(エジプト)

普段ニコニコしているエジプト人もこのときは真剣な顔でした。

2、買い物下手な日本人

日本も昔は商店街の八百屋で大根一本にしても、「いくらにしなさいよ」と言うのが当たり前の時代がありました。海外に出て思ったのは 、定価に慣れすぎているのか、日本人が買い物下手になっているという事です。

何処の国に行っても日本人だと分かるとぼってきます。相場の2~3倍は当たり前、ひどい所は10倍以上もぼってきます。馬鹿にしているのかと唸ってしまうのですが、向うも前例があるからそれだけの値段を言ってくるのでしょう。日本人観光客にはとりあえず10倍の値段を言っておけ、みたいな。

仮に相場で100円の物があったとします。売り手は相場が分からなそうな日本人の観光客だと分かると、これは500円だと言います。相場が分からないけど、ちょっと高い気がするな。遠慮深い日本人としては 半額ぐらいから値段を交渉するのがエチケットだと、250円ぐらいでどうだと言います。向うは引っかかったと思い出来るだけ値段を吊り上げてきます。そして、400円ならいいと言います。遠慮深い日本人はやっぱり半額は安過ぎたと思い300円でどうだと言います。 売り手は350円に値を下げてきます。このへんから妙に日本人は強くなるみたいで300円から値を上げなくなります。

そして、最終的に300円で交渉成立。めでたしめでたしとなるわけなのですが、交渉を始めた時点で既にぼられているのでは話になりません。お土産などはどこにでも似たようなものが売っているので、できる限り一回目では買わないで相場を確かめるだけといった心づもりで値段を聞くのがいいかと思います。日常生活でも時間がない急な交渉というのは足元を見られやすいものです。

でも、よくよく考えるとこの交渉ではお互い200円ずつ得したわけです。買い手は500円の物が300円になったと思い込んでいるので、俺の交渉力は凄い、200円も得して目当ての品が手に入ったと考えるし、売り手は100円の物が300円で売れて、日本人はボロいぜと200円の臨時収入を得たわけです。知らぬが仏とはよく言ったものです。

そう考えるとこれはこれでいいのかなと思えてくることも。それにあそこで買っておけば・・・といった悔しい思いをするよりは、少々高くても手に入れることができたという考え方もあります。慣れない土地での買い物は観光客にとってとても悩ましい問題です。

カトマンドゥの市場通りの写真 旅の情景スケッチ
カトマンドゥの市場通り

独特の雰囲気があって好きです。

3、ノープロブレムと5分待て

「ラーストプライス」の次によく聞き、同じようにノイローゼになりやすい言葉が「ノープロブレム」です。邦訳は「問題ない」という意味なのですが、日本的感覚からすると、実に問題ありありの言葉です。我々日本人が細かい事を気にしすぎているのか、向うの人が大雑把過ぎるのか、何か文句や不平を言うと、言い訳のようにこの言葉が返ってきます。

インドでの出来事ですが、インドの電車は時間に遅れると聞き、乗り継ぎ時間を2時間半ぐらい取って予約を入れたのですが、最初の電車が2時間40分遅れてやってきました。駅員の人に次の電車に間に合わない、どうすればいいかと聞いたところ、「ノープロブレム、多分向うの電車も遅れてるよ。」との回答。そう言われるとなんとなく安心してしまいます。

しかし、実際に乗り継ぎの駅に着いてみると、乗るべき電車は定時にやってきたようで、えらい困った事がありました。その時は「何がノープロブレムだ!」と一人で憤慨していたのですが、今思えばその後何とか苦労しながらも旅は続けられたし、親切な人に出会ったし、やっぱりノープロブレムだったかなと思えるのが不思議です。

そういったトラブルに慣れてくると、本当に問題ありな事などこの世には僅かしかないのではないのかな。この世はノープロブレムで溢れているんだ!などと思えてきたりします。私のように旅に出てからそう感じるようになった人もいるのではないでしょうか。

でもやっぱり短期での旅行中に、ホテルの設備が壊れて使えない。バスが動かない。などと問題が起きたときに、何とかしてくれと苦情を言って、「問題ない」と言われれば、「何が問題ないだ。」「何もしていないではないか。」と、殺気立ってしまう日本人も多いです。そして「問題ない」と言われる度にイラっとくるノイローゼになってしまう人も少なからずいます。

また日本人は時間にうるさい人種でもあります。日本では「少々お待ちください」とか、「5分お待ちください」と言われれば数分、或いは5分ぐらい待てばいいんだなといった認識です。でも日本以外の国で「Just a moment.」「Please wait a second」(ちょっと待ってください)、「Please wait 5 minute.」「5 minute more」(5分待ってください)といった返答は普通に10分、30分待たされることがあります。

特に中東では「5分」という言い回しが好きなようで、やたらと5分を強調して言ってくるので、全然ちょっとじゃないじゃないか!5分じゃなかったのか!と日本的感覚では怒りたくなってしまいます。これも文化の違いというか、言葉の使い方の違いなのです。日本では5分は5分だけど、海外での数分とか、5分という言い回しはしばらくという解釈になることもあり、そのしばらくも結構長かったりします。時間に厳格な人とか、うるさい人は「ラーストプライス」よりも「5分待てノイローゼ」に悩まされることになるかもしれません。

なんていうか、日本人は細かいことを気にしすぎなのでしょうか。それとも寛容性がなかったり、応用力がないのでしょうか。郷には入れば郷に従えといった感じで海外へ出たならその国の感覚に合わせ、なすがままに旅をしていかないとストレスが溜まってせっかくの旅が台無しになってしまいます。

カトマンドゥの路上市場の写真 旅の情景スケッチ
カトマンドゥの路上市場

多くの土産商が路上に品物を並べていました。

4、日本語をしゃべる外国人

この他で海外に出て印象に残る言葉は、「こんにちは」です。って、そのまんまの日本語ですが、アクセントがめちゃくちゃな「こんにちは」のことです。どの国に行っても観光地では、必ず「こんにちは」と声をかけられます。そして「ともだち・・・」と続くことも多いです。それほど日本人が海外に出ている事だと思いますが、善意で挨拶してくるよりも日本語で安心させようとか、話すきっかけをつかもうといった下心丸出しで声をかけてくる場合が多いです。

それは言い過ぎでは・・・。向こうもせっかく日本語を使ってくれているのだし・・・。そんな程度のことを気にしていては旅は出来ないんじゃない。などと思う人もいるかもしれませんが、実際問題として観光地で「こんにちは」と声をかけてくる人間の9割以上が下心のある人間です。

物価の安い国の物売りや商人が言うには「日本人はお金持ちだし、次から次へと多くやってくるし、お土産なども多く買って行くし、同じような話術で交渉すれば言い値で買ってくれるので、日本語を覚えればいい商売になるんだ」との事。旅に出ると財布がゆるむ日本人観光客はよく狙われます。

ツアーで有名な観光地ばかり巡っているような旅をしていると、徐々に「こんにちは」という言葉が耳に触るようになってきて、またかといった感じで顔がしかめっ面になっていく人も多いです。本当なら日本語で挨拶されるとうれしいのですが、なかなかそうも言っていられないのが現在の観光事情です。

とはいえ、昔は海外を旅行する東洋人といえば日本人ばかりでしたが、最近では日本人よりも中国人の方が旅に出ているので、「ニー・ハオ」と声をかけられることも多くなりました。客引きの人も、「こんにちは」だけではおいしい思いができなくなりつつあるようです。

イスタンブールのグランドバザールの写真 旅の情景スケッチ
イスタンブールのグランドバザール

とても大きな市場です。
観光客も多くくるので結構ボッてきます。

5、旅と言葉

とまあ色々書いてきましたが、言葉は文化に根付いたものです。時間厳守とか、規則厳守とかがうるさい日本では、どうしても言葉も厳格になりがちかなと思います。5分は5分でしかなく、問題がありそうなことに問題ないとは言えません。

そういったことにルーズな国では少々のことは問題ないで済むし、5分待てと言われれば5分以上でも気長に待つことでしょう。その国の言葉、或いは言い回し、文化を見ていくとその国の国民性みたいなものが分かるので面白いです。

そのためにはやはり苦労してでもその国の言葉を覚えると楽しいです。旅の楽しみ方は色々あります。観光地を巡るのも楽しいのですが、現地の人との会話でその国の文化を知ったりするのも旅の楽しさの一つです。

言葉というのは簡単な会話でさえ覚えるには苦労します。でも苦労した分だけ、楽しみも増えます。自動翻訳機があるじゃないか。いやいや言葉はキャッチボールです。テンポの悪い会話は長続きしません。最低限の会話程度の言葉だけでもいいので覚えていきましょう。旅の楽しみが一つ増えること間違いなしです。

異文化のエッセイ
旅で気になる「ラストプライス」と「ノープロブレム」
風の旅人 (2020年3月改訂)

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