風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~
旅や旅人にまつわるエッセイ#13

旅のまやかし、情報ノートの妙

安宿に置かれている旅人同士の情報交換を目的とした情報ノート。現地で手に入る鮮度の高い情報を重宝する旅人にはとてもありがたい存在であると同時に、ちょっと悩ましい存在でもあったりします。

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1、旅人と情報

旅人にとって情報というものはとても重要なものです。よりよい旅をしようと思う旅人は情報収集に余念がありません。それは旅自体が一期一会的要素が強く、また限られた時間で行われるからです。今回の機会を最大限生かしたい、時間を効率よく使いたいと思うなら事前に多くの情報を収集しておいて、その多くの情報の中から自分の行きたい場所、行くことが可能な場所を選んで訪れるのが一番いい方法です。

それにせっかく博物館を訪れても休館日だったり、バスの時間が変更されていて、長時間待たなければならなくなったり、行き先を変更しなければならないといった事は是非とも避けたいものです。まあそういったトラブルからいい出会いとか、貴重な体験が生まれたりするもの旅の面白さですが・・・。そういった要素は今回は除くとして、国境の越え方にしても国際情勢の変化などで突然方法が変わる場合があり、出来る限り最新の情報が欲しいものです。

細かいことでいえば、バスなどの運賃が最近値上がりしている場合、ガイドブックに書かれているよりも高いけど、ボラれているのだろうか・・・と面食らうかもしれません。当然のことですが、大分前に情報を集めて作られたガイドブックよりも、昨日実際に国境を越えてきた人やバスに乗って来た人の話のほうが参考になるというものです。情報は生ものとよく言われます。時間が経てば経つほどその鮮度は下がってしまいます。だからガイドブックの情報をそのまま当てにせず、旅をしながら自分で最新の状況を確認するのがいい旅を行う秘訣なのです。

ではどうすればよい情報が手に入るのでしょう。一人で個別に情報を求めて歩き回っていては旅をするための情報集めをしているのだか、情報集めをするために旅をしているのか分からなくなってしまいます。手っ取り早いのは現在の生の情報を持っている観光案内所や他の旅行者に聞くことですが、そう都合よく旅人にめぐり合うとは限りませんし、観光案内所も大きな町にしかない事が多いです。

そういう時に役に立つのが情報ノートというものです。旅行者がよく集まる宿には必ずといっていいほど情報ノートというものが置いてあります。これは名前の通り訪れた旅人が生の情報や体験を書き綴ったノートで、これもまた生きた情報源であり、旅に欠かせないものとなっています。置いてある宿にとっても旅人集めのいい商売道具だったりもしますが・・・。

旅の情景スケッチ ペンション沖縄の写真 旅の情景スケッチ
ペンション沖縄

ペルーのリマにある日本人宿です。

~ 情報ノートとは? ~

情報ノートが今回のテーマなのですが、あまり情報ノートについて知らない人のために書くと、情報ノートとはバックパックを背負って旅するような人が集まる安宿に置かれているノートの事で、もちろん誰でも閲覧、そして記入することができます。

書く内容は他の旅行者へ伝えたいメッセージで、例えば自分が苦労した場面などを書くことによって後から来る旅行者が苦労しないで済むようにといった旅人の善意が基本となっています。ですから、書かれている内容は面倒な手続きのある国境の越え方やガイドブックにはまだ載っていない穴場的な観光地、両替率のいい両替商やら今まで訪れたいい宿、もしくは最悪な宿。付近にあるおいしい食堂やら日本食を食べれる場所。たまに犯罪にあったケースなども書き綴ってあり、暇つぶしに読むのも面白いものです。

こういった情報ノートを見てて思うのは、日本人の書き込みが多いということです。もちろんまんべんなく各国の旅人が集まる宿の情報ノートでの話です。しかも英語などの文字はノートの横線など構いなしに斜めとかに書かれているのですが、日本語のものはきちんとラインに沿ってきれいに書かれています。書かれている内容も英語の文章では「どこそこの景色は魂を揺さぶられるほど感動した」というような簡単かつ大げさなコメントしか載っていない事が多いのに対して、細かくその様子やら行き方まで書いてあり、几帳面な国民的性格が現れているなとつくづく思います。

その傾向は日本人がよく集まる日本人宿に行けばより顕著に現われ、情報ノートというよりも旅人の感想文を集めた文集みたいになっていることもあります。そして老舗の日本人宿ではナンバーを重ねた情報ノートがあり、旅人の歴史を感じることもあります。

情報ノートで一番有名なのは、エジプトのカイロにあるサファリホテルの情報ノートでしょうか。バインダーに整理され、地域ごとに分厚いファイルがどさっとありました。情報ノートの量では間違えなく世界一です。情報の少ないアフリカ地域を周ってきた旅人達がアフリカの旅について書き綴ったものが中心で、これからアフリカやら中東を訪れる人にはこの膨大な情報は重宝するものだったりします。

ただ、肝心のカイロに関してはT/Cをドルキャッシュにする方法とか、ビザの延長方法とか、旅の裏技的なことばかり載っていて、私が訪れたかったラクダ市に関してはほとんど記載がないというありさまでした。管理人に頼まれて面倒だなと思いつつラクダ市について記載したのですが、他のサイトを見ていたら私の情報を見て訪れた人がいてちょっとうれしく思ってしまいました。現在ではこの膨大な情報ノートは事情によりサファリホテルにはなく、どこかの旅行会社に預けられているとか聞きましたが、どうなったのでしょう。

また、俗物図鑑とも呼ばれる情報ノートも悪い意味で有名でした。これはカンボジアのプノンペンにある安宿キャピトルの情報ノートで、児童買春が盛んというか、横行しているカンボジアにたまりこんでいる日本人のおっさん達が書いたノートです。本来は旅用の情報ノートだったのが、いつの間にやら売春の情報ノートというか自慢ノートみたいなものになってしまいました。当然内容は卑猥かつ、腹ただしく感じるものです。それゆえに俗物図鑑と呼ばれていたのですが、これはいつの間にやら無くなってしまいました。物好きが持ち去ったとか、カンボジア警察が押収したとか言われていたりしますがどうなのでしょう。

旅の情景スケッチ ペンションアミーゴの写真 旅の情景スケッチ
ペンションアミーゴ

メキシコシティーの日本人宿です。

~ 情報ノートが問題になった事件 ~

ここまでだったら単なる情報ノートというエッセイになってしまうのですが、ここからが「妙」と付けた部分。そしてこのエッセイの本題でもあります。2004年の10月にイラクでバックパッカーの香田さんがテロ集団に殺害されるという出来事が起きました。なぜ危険なイラクへ行ったのか?今となっては分からないことですが、きっと自分の中で思うところがあったのでしょう。

しかし、テレビでは何を考えているんだといった非難のコメントの嵐が吹き荒れていました。数ヶ月前にもボランティアの人が同じくイラクで拘束され、大バッシングの中での帰国だったことを考えれば、風来坊の旅人という立場なら当然の反応といったところでしょうか。しかしながら何気なくテレビを見ていると、どこの局だったか忘れましたが、情報ノートについて取り上げていました。

問題の一端はここにあるといった感じのコメントでした。なるほどいい視点です。国際情勢やら外交などの専門家がただ闇雲に非難のコメントしている番組とは違って、香田さんの立場になって物事をとらえているというか、旅についてちゃんと分かっている人が製作している番組なんだなと感じました。

その番組で出てきたのはヨルダンの首都アンマンにあるクリフホテルです。アンマンはイラクやイスラエル、サウジアラビアなどへ向かう人の前線基地であり、それなりに情報がそろう場所でもあります。そのアンマンで人気があるのがクリフホテルです。昔は他にも2つ肩を並べるホテルがありましたが、覗きが横行していたり、汚いとかでクリフが何時の間にやら日本人などの旅行者の定番ホテルになったようです。

もちろん拘束されたボランティアの人や香田さんもここに泊まっていたので、このホテルが取材を受けることになりました。テレビでは「香田さんはどのような人でしたか?」「どんな様子でしたか?」などと聞かれ、宿の従業員も「やめたほうがいい」と忠告したんですけど・・・とむしろテレビ局への対応に困っている感じでした。

そして問題の情報ノートを映していました。私が滞在した2001年当時も情報ノートにイラクへの行き方というものが書いてあったり、実際にイラクへ行ってきた人にも会いました。ボランティアの人は初めから行く意思があっての滞在だったと思うのですが、香田さんに関してはもしかしたら迷いがあったのではないかと思います。行こうかなどうしようかなと迷いながら来て、ここの情報ノートを見て行く決心をしたのかもしれません。それが旅に関して経験の浅い人が勘違いをしてしまう「情報ノートの妙」という部分です。

ちなみに・・・というか関係ない話なのですが、「ぶちぶち歯医者日記」に出てくるアンマンで診療受けた歯医者というのが、このクリフホテルのオーナーだったりします。また2人部屋が基本なので、他の旅行者と話が弾んで仲良くなれたり、女性旅行者と相部屋になってえらく気まずかったり、色々と思い出のあるホテルだったりします。

旅の情景スケッチ コンヤペンションの写真 旅の情景スケッチ
コンヤペンション

イスタンブールにある日本人宿です。

~ 情報ノートの厄介な部分 ~

話を戻すと、ここでは香田さんの例を出したのですが、実際のところイラクやアフガニスタン、イスラエルなどといった危険な地域に足を踏み入れている旅行者が多かったりします。話題性があるからとか、危険な地域を他の人よりも先に見たいとか、スリルを味わいながら旅したいといった事はとても魅力ある事かもしれません。でもやはり万が一の結果を考えなければなりません。日本的な野次馬根性は海外では想定以上のしっぺ返しを食らうことになります。

テレビのニュースで名前を聞いた事があるからという理由だけで、イスラエルのガザ地区に出かけていって大怪我をして帰ってくる人。麻薬を買いにいくと怪しい人と出かけたきり返ってこない人。今が旬だとアフガニスタンに行くといって、行方不明になった人。香田さんの事件は政治的に問題になったから報道されたわけで、多くの旅行者が世界中で様々事件に巻き込まれて死んだり、行方不明になっています。

その原因の一端は私も情報ノートにあると思います。もちろん行く人も行く人だと思いますが、旅の経験の浅い人にとって勘違いしやすい部分でもあるのも確かです。なぜなら情報ノートにこういった地域を訪れた人が誇らしげに、安全だ、問題ないと書いているからです。もちろん自分は凄い事をやったんだぞといった誇張が含まれているわけで、いかにも簡単に成し遂げたが書かれていたりするのでタチが悪かったりします。そして、それを見た旅行者が同じように行動して殺されるということもあります。

旅人というのは冒険心を持った人、好奇心の旺盛な人が多いです。例えばイラクの隣国を旅行中に安全にイラクに行けるなら行ってみたいと思うのは旅人として自然な考え方です。現在自宅にいて同じような文章を見ても絶対に行かないと思っている人でも、旅先、とりわけすぐ行ける場所でそういった情報を目にすると行きたくなってしまうものです。それが旅の魅力であり、魔力でもあるかと思います。

でも旅に慣れてくると本当に安全だろうか。いつの情報?誰の情報?実際の情報?などと疑問を持ってその情報をしっかりと吟味することができます。しかしながら初心者や日本での感覚のままで考えてしまうと、他の人が大丈夫なら自分も大丈夫と勘違いしてしまうことがあります。これは日本人の国民性ともいえるかもしれません。その人の場合はたまたま安全に旅行できただけかもしれないと、出所のわからない情報は疑ってかかることが大事です。

旅の情景スケッチ バンコクのカオサン通りの写真 旅の情景スケッチ
バンコクのカオサン通り

安宿に食堂、旅行会社などなど、
旅に関することなら何でもそろう場所です。
世界中の旅人が集まってくるので、情報に事欠きません。

~ 情報ノートとの付き合い方 ~

結局のところ、情報ノートというものは誰が書いたのか分からない不確かな情報が詰まったものです。俺は危険な○○に行ったといったような自慢話やら、ぼられたりスラれたという愚痴話に、俺はこうやって期限切れのビザを延長したとか、入場料を無料にした方法といった旅の裏技といったことは、もしそれが本当だったとしてもあくまでもその人の体験であって、他の人ではあてはまらない場合があります。

その一方、4月からビザ取得に日本大使館のレターが必要になったとか、この町でトラベラーズチェックをドルに両替できる銀行の場所といった旅に直結する役立つ情報も書かれています。旅に慣れてくるとその二種類をきっちりと見極めることは簡単なのですが、そうでないととんでもない勘違いをしてしまうことがあります。

私の出会った旅行者でも危険な地域に行こうとしている人がいて、「何でそんなところへ行くの、大丈夫なの?」と聞いたら、「情報ノートに問題なく行けたって書いてあったし、行き方もメモしてきましたから大丈夫です」との返事。「この前会った人は日本人旅行者が暴動に巻き込まれて怪我していたのを目撃したと言っていたけど・・・。その情報は確かで、実際に行った人の話は聞いたの?」、「それに万が一危険な目に遭った場合、現地の言葉は喋れるの?」と聞いたら、とたんに顔が曇ってきました。彼は重大な勘違いに気がついたようです。

情報ノートはガイドブックのように情報の正誤が確かではありません。もちろん投稿方式のガイドブックなどもある意味そうかもしれませんが、ガイドブックの場合は制作者がある程度情報の取捨選択をしてくれているので、まだましかなといったところ。情報ノートの通りに行動してトラブルにあっても誰も責任を取ってくれません。香田さんの事件の時のように世間からなんでそんな場所に行ったの?自業自得じゃないのって片付けられてしまうのが落ちなのです。

もっと簡単な例を紹介しましょう。旅人の間で情報ノートの鉄則みたいなものですが、「女の書いた情報は疑ってかかれ!」というものがあります。何も女の人が嘘つきだ!というわけではないのですが、女性の書いた情報は疑問を持ちながら目を通すようにしないとひどい目にあうぞ!という意味です。

例えば、バスの便がないちょっと不便な場所にある遺跡を訪れる場合、女性の書いた情報では「簡単にヒッチハイクが出来て、全く問題なく行けます♪」と書かれていたとします。でも実際に行ってみると、ことごとく車が通過していくということはよくある話です。女性が一人で立っていたらそれこそ急ブレーキをかけてでも停まるけど、男だったら知らん顔という国はよくあります。というか、そういう国ばかりです。

どこそこの遺跡は学生だと頼むと無料にしてくれたうえにガイドもしてくれたと書かれていても、男の学生が行くと同じ係員なのにちゃんと金を取られた上にめちゃくちゃ無愛想やんけという事も日常的なこと。紛らわしいのでわざわざ情報ノートに書かないでほしいものです。また~~人は親切でガイドをしてくれた上に夕食までご馳走してくれましたといったコメントも、そりゃ下心丸出しじゃないといったもの。よく無事に戻ってこれたね・・・といった感じです。女性の書き込みにはこういった似たり寄ったりの書き込みが多く、言葉通りに受けとらずに気をつけようというのが鉄則になっています。これもまた情報ノートの妙ってやつで、間違ってはいないけど正しいともいえない情報なのです。

旅や旅人についてのエッセイ
#13、旅のまやかし、情報ノートの妙

ー 風の旅人 (2019年9月改訂) ー

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