風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~
文化、歴史、雑学についてのエッセイ#7

ピラミッドにまつわる不思議

エジプトを象徴するギザの三大ピラミッド。ピラミッドパワーというのが流行ったようにピラミッドには様々な神秘的な秘密が隠されています。

広告

1、ギザの三大ピラミッド

エジプトに観光に来るほとんどの人が訪れるのがギザにある三大ピラミッドです。というより、ピラミッドが目当てだといっても過言ではありません。それは紀元前でも同じような状況だったようで、ギリシャ人のヘロドトスが旅行記にもピラミッド観光について書かれています。昔から人々にインパクトや興味をひきつけ、万人に知られるほど有名なピラミッドなのですが、どれだけピラミッドについて知っているでしょうか?

例えば三大ピラミッドはそれぞれクフ王、カフラ王、メンカウラー王の墓だと学校で習った覚えがあり、現在でもそう信じている人が多いのですが、本当にそうなのでしょうか。私もピラミッドを訪れるまではそう信じて疑うことすらしませんでした。

しかし実物を見てからというもの、それだと何かおかしいのではないか・・・と違和感を感じるようになりました。そして「ピラミッドの謎」、「アトランティス大陸の謎」といったような本を読み始めるようになっていきました。

カフラ王のピラミッドを背景にしたスフィンクスの写真
カフラ王のピラミッドとスフィンクス

観光客に一番人気のある構図です。

ピラミッドを単純に考えると、石を積み上げた四角錐の遺構なのですが、一時期流行ったピラミッドパワーに象徴されるように、何か神秘的というか、不思議なパワーを秘めているようなロマンを感じたりもします。その何かを感じさせる魅力は一体何なんでしょう。

それは実際に訪れてみると分かるのですが、まずはその大きさにあります。丘の上に造られているので、まずギザの町から見てその大きさにびっくりし、敷地内に入場して改めて三つのピラミッドの大きさ、そしてその均整のとれた形の美しさにも驚きます。そしてピラミッドの目の前に立つとその感動は頂点を迎え、聳える高さに驚愕します。

同じ巨大遺跡でも万里の長城みたいに目的がはっきりしているものなら、その大きさになるほどと納得できてしまう部分もあるのですが、目的がはっきりしていないのにこの大きさは何なんだと疑問に感じてしまいます。

王の威厳のために造ったにしては尋常ではない大きさですし、しかもこれだけ大きい建造物なのに見事なほど均整が取れて美しいのです。もちろんそれだけでは私の感想的な話でしかなく、訪れた事のない人には全く理解できないことです。でもそれは写真や数字で見るとその特異性がはっきりします。

ここでは数字などからピラミッドの謎といわれることについて書いています。一応注意書きを書いておくと、ここで取り扱うピラミッドは本家本物、ピラミッドの中でもキング オブ ピラミッドと言われるギザの三大ピラミッドのうちの最も大きいクフ王のピラミッドについて取り上げています。ピラミッドの秘密に関しては多くの本で書かれている事で、ここではピラミッドに秘密があるといった事を紹介する程度の記述しかしていません。興味がわいたならばそういった本をご覧になるといいと思います。ページの一番下に参考文献を載せてあります。

ちなみにピラミッドとはエジプト独自の建造物だと思っている人もいるようですが、アメリカ大陸のメキシコにもアステカ文明やマヤ文明のピラミッドがあったり、東南アジアのインドネシアにも小さいながらピラミッドがあります。そしてなんと日本にも幾つか存在したりするのですが、単なる山のような、ピラミッドにも見えるような・・・というような感じです。これは諸説紛々あるし、あまり関係ないので取り上げませんが興味があれば調べてみてください。

クフ王のピラミッドの傾斜の写真
クフ王のピラミッドの傾斜

傾斜角51度50'35” 底辺の長さ230.45m
高さ146.7m 230.45X4/146.7=2π

2、ピラミッドの精度

ピラミッドの四辺が東西南北の方位に向いている事は有名なので、多くの人が知っているのではないでしょうか。ではどれくらい精確に向いているかというと、その誤差の範囲は0.015%。ほぼ直角で東西南北に四面がきちんと向いている事になります。もちろん方位に対してそれだけ精確に直角を取得する技術にも驚きますが、それを成し遂げるにはまず精確な直線がなくては出来ないことです。建造物が曲がっていては直角と定義することができません。

で、ピラミッドの底辺部の四角形ですが、こちらもまた凄い数字が出てきます。まず四辺の長さが230.25m~230.45mと20cm(=1%未満)のずれしかなく、おまけに四隅の角も90度03'02”~89度56'26”と1度未満のずれしかありません。素人にはあまりピンとこないのですが、この数字を現在の建築に当てはめてみると、かなり驚異的な数字になるそうです。

現在のオフィスビルでここまで正確な精度で造られているものはないし、ここまで正確に造る必要もないそうです。肉眼で見ても1%の長さや角度のずれは分からないし、正確に造れば造るほど時間が掛かり、それに伴ってお金もかかるので不経済的だからです。

古代人がここまで正確に造る知識を持っていたことにも驚きますが、一体どういう必要性があってこれだけ正確に造る必要があったのでしょうか。単に自分の威信の為だけだったら大きく造ればいいだけの事です。なぜなら見た目には正確さなんてほとんど分からないのですから。それに現在人よりも寿命が短かった時代に悠長に時間やコストをかけて正確に造るという発想自体に疑問を感じてしまいます。

もしピラミッドが世間で言われている通り墓だとしたら、子供や孫にも負担を掛けるような大事業だったに違いありません。子供や孫たちが手間やコストをかけて最後まで正確さにこだわってピラミッドを完成させたでしょうか?途中から面倒になったり、10段目より上が雑になっているといったことになっていてもおかしくありません。親のピラミッドよりも自分のピラミッドを・・・と考えるのではないでしょうか。そう考えると、なるべく大きなものを短時間で造りたかったはずです。となると、この驚異的な正確さからは墓というよりは何か意図があった別の建物と考えたほうがすっきりします。

例えば、これだけの精度を必要とするということは何かを測定、観測する為に造られたとか、もしくはあるものの精巧なミニュチュア、あるいは何か未来の人々へ向けての何かしらのメッセージとか・・・。そう考えるほうが理論的ではないでしょうか。

また、ピラミッドの高さは月への距離の何倍だとか、円周に対して高さをどうのこうのといった感じで数字をあれこれと割ったり掛けたりすると、円周率が出てきたり、ある共通の数字が出てきたり、地球の何分の一かのミニュチュアに出来ているんだといった計算などがあったりします。色んな本で色んな人が色んな角度からピラミッドの数字に挑戦しています。

しかし、数学者ならともかく素人にはこういった数字は結果ありきのこじつけなのか、理論的に正しいのかが分かりにくく、うまく解説できません。ただ、正確な精度で造られているからこそいろいろな不思議な数式が導かれる事だけはよく分かりました。そして、その正確な精度にはある数字を導かせるための作為的な計算があるような事もなんとなく理解できます。それは偶然に選んだ数字にしてはあまりにも色々な数式が出来上がっているからです。

クフ王のピラミッドの入り口の写真
クフ王のピラミッドの入り口

盗掘の跡が現在でも内部への入り口になっています。

3、ピラミッド建設の謎

ピラミッドが不思議な建造物とされている第1要因は、なんと言っても建築方法ではないでしょうか。造り方さえ分かってしまえば、ここまで人類が騒ぐほどの謎ではなくなるはずです。

ピラミッドは底面積5万3000㎡の上に約230万個といわれている数の石灰岩と花崗岩を積み重ねて造られています。その総重量は600万トンもあるそうです。さらに、かつてはピラミッドの表面(8万9000㎡)には1個10トンほどの化粧石が1万5000個据えてあったそうです。これは地元住民にはがされてカイロ市内の建築資材として使われてしまったとか。現在ではカフラ王のピラミッド上部にその名残りが見られるだけです。

それにしてもクレーン車や大型の重機がなかった時代にこれだけ多くの石をどうやって積み上げたのでしょうか?傾斜路を造り、大勢でよいしょっと引っ張って上に持ち上げたというのが定説になっているのですが、実際に可能だったのでしょうか?仮に100mの高さに持ち上げるとしたら、その10倍の1000m=1㎞もの坂を造らなければならないそうです。角度が10度以上だと石が重すぎて効率よく引っ張れないからです。

そして、その坂は粘土やレンガだと地盤が柔らかくて何十トンもある石の重量やそれを引っ張る多くの人間の重さに耐えられません。仮に石灰岩で造ったとしたら、製造、解体の労力を考えるとピラミッドを10個ぐらいを造るのに等しい労力です。第一、解体した傾斜路の材料は何処へいったのでしょう。ピラミッドの周りにある小さな施設だけではちょっと少なすぎる気がします。

まず一番大きなクフ王のピラミッドを造り、使った傾斜路の資材で次のピラミッドの製作にかかったとも考えられます。しかしそうなると製作年代や誰が造ったかといった根本的な常識が崩れてしまいます。近年では螺旋式に傾斜路を造って積み上げていったという説が脚光を浴びています。これだと大掛かりな傾斜路がいらなく、理論的には素晴らしいと思いますが、時間的には今までの説以上にかかったと思われます。

また、ピラミッドはナイル河が氾濫して農業が出来ない3ヵ月の間に、農民10万人を動員して20年で造られたとされています。果して可能なのでしょうか?20年間、1年の3ヵ月で230万個以上の石を据えるのには、1日12時間働いたとして1時間あたり105個の石を据え付けなければなりません。10トンの石を1分間に2個弱。しかも現在のビル以上に正確な精度で積み上げていくのです。とても可能だったとは思えない計算になります。

仮に20年間、毎日12時間働いたとしたら1時間あたり26個、2分に1個の割合になります。これならまだ底辺部分なら可能かもしれません。しかし作業場が狭くまる中段から上部にかけてはちょっときつい数字に思えます。もちろん傾斜路が多ければ作業もはかどるのでしょうが、傾斜路を多く造るならそれはそれで時間もかかるだろうし、そう考えると20年間毎日働いたとしても厳しいと思えてきます。

50年で計算すると1時間あたり10個、100年だと5個強の計算になります。石を色んな場所から切り出したり、近くまで運ぶことは人海戦術を取る事で早く出来きるでしょうが、設置するのは1個1個正確にやらないとずれてしまいます。クレーンで吊り上げてといった効率のいい方法がとられていたわけではないので、最低50年はかかったと考えるのが妥当に思えてきます。

とはいえ、ただ積み上げるならともかく、後述する精巧なピラミッド内部を造ることを考えたり、600万トンの石を支える土台やら傾斜路を造る事など考えると、今ある定説通りに造ったなら最低100年はかかったと考えるのが妥当のような気がしてきます。まあこれは私の勝手な想像なのですが、実際に実物を目にすると、その途方もない規模に学者の定説など簡単に吹っ飛ぶことでしょう。

大回廊の写真
大回廊の様子

ピラミッド内部も精巧に造られています。
長さが46mあるので、結構登らなければなりません。

4、ピラミッド内部の秘密

ピラミッドの外観について書いてきましたが、内部も謎だらけでロマンあふれています。内部には多くの謎がありますが、ここでは分かりやすく、有名な物を二つ紹介します。

・大回廊 (天井1.04m、床2.05m)

長さ46.6m、高さ8.53m、傾斜角が26度の大回廊です。私などは何も考えず上ったのですが、ここは科学者などからはピラミッドの内部で一番謎の多い場所だと言われています。ピラミッド上部の重さを支えなければならない事を考えると、水平の回廊でも難しいのに、精確に26度の角度で46.6mもの長さで造りあげられているからだそうです。

しかも一つの石に負担がかからないように工夫して石を設置されているのです。このことから並々ならぬ技術力を持っていたと考えざるを得ません。今では木製の階段が設置されていて、誰でも登れるようになっているのですが、発見された時は滑り台のような磨かれた坂だったそうです。一体何の為にこの様な正確な坂道が必要だったのでしょうか?床も階段にすれば造ったり、上ったりするのに楽だったと考えると、きっと26度の坂でなければならなかった理由があるはずです。

その理由は何かと考えると、なぜなんだろうといった感じで、疑問にぶち当たってしまいます。もちろん科学者によってはその延長上に何があるかとか、望遠鏡の役割をしていたとか、色々理由が挙がられていますが、いまいち説得力不足のような感じです。ただ大きなクレーンの役割をしていて、上部に積み上げる石を持ち上げるのに使われたという説には若干頷けるかなといった感じです。

玄室の石棺の写真
玄室の石棺

王の間の隅に置かれています。
ここはとても蒸し暑く、
人々の汗が充満している感じです。

・玄室の石棺

王の間は高さ5.8m、奥行きが10.5m、幅が5.25mでピラミッドと同じで東西南北を正確に向いています。その部屋の西側の片隅に置いてあるのがクフ王の石棺といわれている物です。この石棺は花崗岩をくりぬいて造られていて、蓋はなく、長さが2.27m、幅が0.98m、高さ1.05mの大きさです。素人が見ても、これだけのピラミッドを建てているのに、こんな小さい簡素な石棺一つとはあまりに矛盾しているのでは?と感じます。それだけではあまりにも説得力がないので、この石棺についての不思議を書いてみましょう。

その1、内部容積1166.4リットルで外部寸法の容積が2332.8リットル、ちょうど2倍になる。その2、花崗岩は非常に硬い石なのでそれを正確にどうくり抜いたかが説明つかない。工業時代のドリルで、何とか機械の力を借りてやっと作れる代物らしい。

との事です。ある意味とんでもない棺桶とも言えるのでしょうが、本当に王の石棺だったのでしょうか?そうでないとしたら王の墓だったという定説も崩れてしまうので、なかなか安易な結論が出せないのが実際なのでしょう。

その他、三大ピラミッドの配置がオリオン座の真ん中に三つ並んでいる星と一緒だとか、ギザ以外にあるピラミッドと組み合わせて天体の配置と同じで、ナイル川が天の川となっているとか、その天体の配置が何時の時代のものだとか、色々な事が言われていますが、そう言われればそんな気がしてくるといった感じで、素人には実際に見て実感できるものではないし、なかなか理解しにくいことです。

スフィンクスの横顔の写真
スフィンクスの横顔

ピラミッドの番人のような位置にあります。

5、スフィンクスの謎

ライオンの身体と人間の頭を持つことで知られているスフィンクス。エジプト語では「アブル・ホール」、畏怖の父という意味です。このスフィンクスはピラミッドとは違い大地の石灰岩を彫り込んで造られています。そして、あまり知られてはいませんが、スフィンクスは歴史の大半を砂に埋まって過ごしていました。過去の記述によると、掘り返してもまたすぐに砂で埋まってしまっていたようです。

ただ、いつも頭だけは大地にさらされていたので、頭部の破損だけは著しく、真っ先に修復されました。そして、見つめる先は真東の地平線。スフィンクスは後ろに写っているカフラー王のピラミッドの守り神とされ、スフィンクスの顔もカフラー王の顔に似せて造ったと言うのが定説になっています。実際、高校の授業でもそう習いました。

しかし、スフィンクスがカフラー王の建築したものだと考古学者が判断しているのは、スフィンクスの前足に建てられた碑文の13行目にカフラーの文字が不完全な形で書いてあった事に起因しているようです。カフラー王が建てたという文字は現存する遺跡や文章を探しても何処にもありません。そのような安易な解釈がいつのまにか定説になってしまっているのが、歴史の面白いところでしょうか。

明け方のギザの大地の写真
明け方のギザの大地

満月だったので訪れてみましたが、
敷地外からはうまく重ならなかったです。

スフィンクスはギザの大地の岩盤を削り込んで造られている為に、放射性炭素による年代測定法が使えません。よって造られた正確な年代がわかりません。しかし、幾つかの年代を特定する為の推理は出来ます。

1、スフィンクス周辺で大規模なピラミッド建設用の石灰岩の採石を行ったクフ王が、スフィンクスの周りの岩盤には手を付けなかったことは、スフィンクスが既に存在したか、造る計画があった事を意味している。これは比較的多くの学者が賛成している。

2、スフィンクスに降雨による浸食跡が見られる。この事はギザの大地が、今のような砂漠気候になる前の温暖で降雨があった頃には建てられていたことになる。そうなると氷河期の前、今から7000年~1万2000年も前の事になる。それと同時にこの時代だったら周りは緑で囲まれていて砂に埋まる場所でもなかったはず。砂に埋まる場所にこのような建造物を建てた不思議も解決する。

3、スフィンクスは獅子を意味している。そして獅子座が真東から昇るのは1万2000年もの前のことである。

2と3を認める事になると、我々の文明の前にも文明があった事を認めなければなりません。それがアトランティス大陸だとか、ムー大陸だといった事も言われていたり、天文学的要素が詰まっているので宇宙人説も噂されています。もっとも安易に結論が出せないようなテーマなので、かなり説得力ある物的証拠が必要になります。現在までのところではピラミッドを含めて決定的な証拠が見つかっていません。あくまでも推論の領域です。

ただ、調査でスフィンクスの下に隠し部屋の存在が明らかになったりと、新たな謎を解く鍵が入っているのではないかと期待は高まりますが、こういった正統派のエジプト学を覆そうとするような学説や調査はエジプト考古学庁から目の仇とされ、なかなか発掘の許可が下りないそうです。

果たして今後歴史が覆されるような驚くべき大発見があるのでしょうか。ただの空想で終わってしまうのでしょうか。もしエジプトにピラミッドを見に行くことがあれば、ピラミッドを見ながら自分で色々な想像をしてみるといいでしょう。よりピラミッドが、そしてエジプト旅行が魅力的に感じると思います。

カフラ王のピラミッドの写真
カフラ王のピラミッド

中央に位置していて、高さはおよそ136m。
頂上部に化粧石が残っているのが特徴的です。

6、ピラミッドの登頂

ここ最近、クフ王のピラミッドに登り、その様子の写真や動画を流したり、裸になって抱き合ったりといったニュースを目にするようになりました。広く知られているようにピラミッドに登ることは禁止されています。

禁止されたのは1983年で、それまでは自由に登ることができました。エジプトの大学に留学していた小池東京都知事が、卒業記念にピラミッドの上で着物姿で撮った写真が有名でしょうか。見たときは合成写真かと思ったのですが、どうやら上で羽織ったそうです。さすがに着物ではあの大きな岩をよじ登ることができません。

禁止されたのは遺跡の保護と安全のためです。特に登る階段があるわけではなく、好き勝手に観光客が登っていけば、石がもろくなっている箇所では石が崩れ、ピラミッドの崩壊が進んでいきます。実際、その落ちる石で怪我したり、観光客が滑落する事故も起きました。また、ピラミッドは想像以上に角度が急です。登ったはいいけど、降りるときに足がすくんで降りれなくなる人も多かったそうです。

禁止になったとはいえ、人間の好奇心は収まりません。その後も警備の目をかいくぐってピラミッドに登る、いわゆるピラミッド盗頂が行われてきました。2000年以前にエジプトをバックパックを担いで旅行したという人に「ピラミッドに登ったことある?」と聞くと、「ある」とか「俺はないけど、同じ宿の人が登っていたよ」といった回答が普通に返ってくることでしょう。この頃はいろんな面で寛容だったので、登りたい人は賄賂を払うなどして登っていました。2000年を越えたあたりから徐々に法律や警備が厳しくなり、社会的状況からも下火になっていきました。

比較的寛容にピラミッドを盗頂できた時代の人は、ピラミッドに登って写真や動画を撮ったり、上で裸になったぐらいで世界的なニュースになってしまうご時世に時代の流れを感じるはずです。昔のテレビ番組が今の時代では流せないのと同じでしょうか。

もちろん今も昔も違法な行為というのは変わりませんが、当時には当時の価値観があり、冒険とか、好奇心に満ち溢れ、そういった好奇心から新しい想像力がどんどんと生まれていました。ピラミッドに登ることよりもピラミッドの上で何をしたらピラミッドパワーを授かれるだろうか、何をしたらユニークだろうかといったことを考えるのが楽しかった時代だったように思えます。

現在では法的にも厳しくなり、警備も厳しくなっています。もちろん社会的な目も厳しくなっていて、登ることに対するリスクは非常に高いものとなっています。それに遺跡自体の風化が一段とひどくなっていて、警備員と追いかけっこをしながら焦って登ったりすると、遺跡を崩したり、自身が転落し、命を落とす危険もあります。登っては駄目と書いても登る人は登ってしまうのでしょうが、事後のリスクもきちんと考えないと想像以上にダメージを追うことになります。

どうしてもピラミッドに登りたいのでしたらメキシコに行くといいです。太陽と月のピラミッドは登ることができ、立地場所が標高2000メートルということもあり、登りがいもあります。

* 参考文献 *
・「ピラミッド 秘密の地下室」 ~解読された惑星コード~ 倉橋日出夫著
・「神々の指紋」「惑星の暗号」など グラハム・ハンコック著
・「シリウス・コネクション」 ~人類文明の隠された起源~ マリー・ホープ著
・「オリオン・ミステリー」 ~大ピラミッドと星信仰の謎~ ロバート・ボヴァル/エイドリアン・ギルバート著
・「天空の蛇」 ~禁じられたエジプト学~ ジョン・アンソニー・ウェスト著
・「失われた文明」 ~1万2千年前の世界~ A・ゴルボフスキー著
・「ムー大陸の謎」「アトランティス大陸の謎」 金子史朗著

文化、歴史、雑学についてのエッセイ
#7、ピラミッドにまつわる不思議

ー 風の旅人 (2019年10月改訂) ー

広告

広告