風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
トルコ旅行記96'

§1 カイセリ商人の洗礼
#1-4 絨毯工場への勧誘

<カイセリ 1996年7月27日>

乗り継ぎで立ち寄ったカイセリ。名の響きに惹かれ、町を散策してみると、思い出に残る出会いが幾つもありました。(全5ページ)

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8、絨毯工場への勧誘

食堂でケバブを食べ終わり、時計を見ると12時45分だった。もう少しで13時か。カイセリの散策はもう十分だな。そろそろバスターミナルに戻ろう。

といっても今からだと14時のバスになってしまうな。少し時間をつぶさないと・・・。ガイドブックの地図で現在地とバスターミナルの場所などを確認していると、すぐ近くに電話局があるのが目についた。

そうだ。自宅に電話しておこう。日本を出国してからまだ一度も連絡をしていない。そろそろ連絡をしておかないと心配するぞ。

トルコと日本は時差が6時間あるので、昼すぎから電話局の閉まる夕方までにかけなければつながらない。日本は朝の7時前。親は6時半ごろに起きているから今なら大丈夫なはずだ。

という事で、食堂を出ると電話局へ行き、日本で心配していただろう両親に国際電話をし、トルコで順調に旅をしている旨を伝えた。

時計塔とアタチュルク像 カイセリ トルコ旅行記96'の写真
時計塔とアタチュルク像

電話局で両親に無事の報告を終えると、私の方も安心した。さて、バスターミナルに戻るか。14時のバスにはまだ時間に余裕があるから、もう一度カイセリ城の中を歩いてから向かえばちょうどいい感じかな。

電話局の前の交差点にはカイセリのもう一つのシンボルである時計塔とトルコ建国の父のアタッチュルク像があり、カイセリの中心部といえる場所となっている。電話局の前から歩き出そうとすると、その交差点の信号が赤に変わってしまった。

ガイドブックを持ったまま信号を待っていると、さりげない感じで一人のおじさんが声をかけてきた。背は私と同じ170cmぐらいで、年齢は・・・人種が違うと判断しにくいけど、30代後半か、40代前半か。

そのおじさんは、「日本人か。トルコにようこそ」といった感じの会話の後に、「この奥に古い絨毯工場があるのを知っているかい。カイセリでも有名な所だから見たほうがいいよ。」と教えてくれた。

へぇ~、そんな有名な場所がカイセリにあるんだ。ガイドブックにはそんなこと書いていなかったぞ。トルコ絨毯といえば世界的にも有名だ。その工場、しかも歴史があるというのならぜひ見ておこう。地元の人がお勧めというのなら間違いない。

それにしてもうまいタイミングで親切なおじさんに出会ったものだ。親に電話しておくものだな。トルコの青空の下で思ってしまった。

町中の古い建物 カイセリ トルコ旅行記96'の写真
町中の古い建物

信号が変わったので、「ありがとう。行ってみるよ。さようなら」と言って、そのおじさんが指し示した方向へ一人で歩いていこうとすると、おじさんは慌てて追いかけてきた。

そして「そこは狭くて迷子になるから、私が案内しよう。金はいいから。」と言ってきた。

ははぁ~ん。こいつは怪しいな。私の頭の中で「絨毯工場+無料のガイド=絨毯屋の客引き」という単純明快な公式が描かれ、危険信号が点滅した。善良な市民と思わせておいて、実は悪徳絨毯商人なんだろ。正体を見破ったり。

今回の旅初めの地はイスタンブールだった。イスタンブールでは人気の観光地となっているトプカプ宮殿やアヤソフィア寺院周辺を歩いていると、嫌というほど絨毯屋に声をかけられた。

「うちには古い時代の絨毯がある。」「うちの屋上からはアヤソフィア寺院がよく見える。」などといった勧誘は何度も聞き、実際に入ると絨毯を買えとなかなか帰してもらえない。しかも変な日本語を交え、日本人大好きだとか、日本人は友達だと連発してきてなかなか鬱陶しかった。

もう既にそういったことを経験しているので、私にはしっかりと絨毯屋の免疫がついている。だから絨毯工場をガイドして絨毯を買わせるような単純な手口には引っかかるつもりはない。

面倒だから拒否しよう。そう最初は思った。が、ちょっと待てよ。今日は朝から気分がいい。何をやってもうまくいきそうな感じがする。虎穴に入らざれば虎子を得ず。トルコといえば絨毯。絨毯の販売店ではなく、実際に稼働している古い絨毯工場を見れるということにとても惹かれた。

できることなら見てみたい。ツアーならそういった場所がコースに組み込まれているかもしれないが、個人だとなかなか訪れる機会がないのが実際だ。

それにこのおじさんからはそんなに悪徳商人といった雰囲気を感じなかった。何て言うか、イスタンブールの時のような「鴨が来た。騙してやろう。」というようなガサツな雰囲気がしない。

ここはだまされたと思ってついて行ってみるか。今日の俺なら何とかなるだろう・・・。ということで、「分かった。一緒に行こう。」と返事をした。

9、古風な絨毯工場へ

おじさんと「学生か?」「どこのホテルに泊まっている?」「日帰りだ。」などと他愛のない会話をしながらカイセリ城の横を歩いていった。

そしてカイセリ城のすぐ横にある古めかしいマーケットを指さし、「あれがべデステン(Bedesten)マーケットだ。中世からこの付近は衣服や布のマーケットがあったんだ。絨毯工場はあの奥にある。」と言った。

確かにこの付近は古風な感じのマーケットになっている。店頭には衣類がたくさん並んでいたり、綿とか羊毛が積まれていたりと、日本でいう衣類や裁縫の問屋街といった感じだ。このおじさんが言う古い絨毯工場があるというのは嘘ではなさそうだ。

その一角、商店が何軒も並んでいる間の通路におじさんが入っていった。なんか薄暗い。これを入っていくの・・・。ためらっているとおじさんは「大丈夫だ。この少し奥に工場があるんだ」と気にかけない様子。ずんずんと奥へ進んでいく。

仕方ないな・・・と少し警戒しながら後ろをついていった。しかし10mも進んだら通路に店がなくなり、辺りは薄暗くなってきた。明るいところに目が慣れていたのもあるけど、本当に暗く感じる。

このまま進んではまずいかも・・・。人目のある場所でなら何とかできる自信は少しあるものの、人気のない場所で拳銃を突きつけられたり、大勢に囲まれては降参の一択しかない。

どうするか。ここは君子危うきに近寄らずってなもので、引き返すのが得策か。躊躇していると歩くペースも自然と遅くなっていく。おじさんとの間隔が少し開いた。今なら逃げるのは簡単だ。

・・・ん、あれ?もし無理やり絨毯を買わせたり、最悪のケースとして強盗などを計画しているのなら、鴨である私が途中で逃げないように横を歩いてしっかりと誘導するはず。こんなにさっさと一人で前を歩いたりしないよな・・・。そう考えるとこの先に危険が少ない気がする。

それに通路には所々羊毛が落ちていて、隅っこには袋に入れられた羊毛が積まれているなど、すぐ奥に絨毯工場がある雰囲気がする。

虎穴に入らずんば虎子を得ず。でもやっぱり虎穴に入るのは怖いよな・・・。などと思っていたら、目の前の通路脇から羊毛の入った袋を担いだ子供が飛び出してきた。そして私と目が合うと、笑顔で「ハロー」と声をかけてきた。

あまりにもとっさのことだったし、心の準備ができていなかったので、挨拶を返す事ができなかった。でも今の子供の笑顔でこの先には身の危険はないと確信できた。ここまできたら前に進むだけだ。朝のエルジェス山の時と同じだ。

暗い路地を抜けた辺り カイセリ トルコ旅行記96'の写真
暗い路地を抜けた辺り

暗い路地を抜けると、大きな中庭に出た。しばらく暗い所にいたせいか、それとも緊張していたせいか、太陽がとてもまぶしく感じる。

辺りを見渡すと、中庭は重厚な古い石造りの2階建ての建物に囲まれていて、敷地内では多くの人が働いていた。原料となる羊毛や綿が隅っこに無造作に高く詰まれ、2階のテラスや中庭には大きな絨毯が何枚も干してある。まぎれもない絨毯工場だ。しかも由緒ある絨毯工場に違いない。

この絨毯工場のある空間は、中世で時間が止まっているかのようだった。暗いトンネルを抜けたらそこは別世界。違う世界に迷い込んでしまったという表現がまさにピッタリで、映画とか、ゲームに出てくる世界に入ってしまったような気分だった。

何て素晴らしい場所なんだ。そして雰囲気のいい絨毯工場なんだ。感動が込み上げてきた。そして「絨毯工場はほんとにあったんだ!おじさんは嘘つきじゃなかったんだ!」と天空の城ラピュタのパズーのように呟いてみた。疑心暗鬼からの冒険。そして安心。更には中世的な雰囲気を含めてその言葉がピッタリに思えた。

ホッとしながら周りを観察していると、おじさんが建物の2階から手を振っていた。いつの間にあんなところに・・・。流れ的に「シーター」ってな感じで大きく手を振り返したりはしなかったが、軽く手を挙げて、階段を登った。

おじさんのところへ行くと、「どうしたんだ。遅かったじゃないか?」と聞いてきたが、最初の怪しさ満載に感じていたのと、後で感動しまくったのとがごっちゃになって、うまく返事が出来なかった。

絨毯の補修をする少年達 カイセリ トルコ旅行記96'の写真
絨毯の補修をする少年達

おじさんは「こっち」と言って、沢山ある部屋の一つに入っていった。続いて私も部屋の中に入ると、私よりも年下と思われる少年が絨毯を繕っていた。

おじさんの話では彼らは絨毯の修理をしているとの事。そして、良い工場は修理できる人が多いんだと熱を入れて話し、暗に「うちはいい工場だぞ」と伝えていた。

なるほど。そういうものなのか。そう言われればそういう気もする。でも彼らはあまりにも若すぎるような気がする。職人の数に入れてもいいのかな。まだ見習いの修行中って感じなんだけど・・・。

直接的に言うと悪いので、「彼らはまだ若いですね。修理をするようになって何年なのですか」と軽く突っ込んで聞いてみると、そういう聞かれ方をするとは思っていなかったらしく、「問題ない。彼らは十分技術を持っている。修理というのは基礎になるんだ。彼らはまだ修行中で、修理から基礎を積み上げて一流の絨毯職人になっていくのだ。」と、少し慌てた感じで答えていた。

しかしこんなに若いうちから大変だな。コツコツと腕を磨き、末は一流の絨毯職人を目指しているのかな。それとも本当はやりたくないのだろうか。

黙々と働いている様子から色々と想像してしまうが、海外から物見遊山でやってきた若い観光客が興味本位で聞くことではないよな。邪魔しては悪いと思ったが、未来の絨毯職人に「写真を撮っていいか?」と聞いてみると、「いいよ」と頷いてくれた。

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#1-5 未熟な旅人と狡猾な絨毯商人 につづく Next Page

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