§1 カイセリ商人の洗礼
#1-2 エルジェス山に一目惚れ
<カイセリ 1996年7月27日>
乗り継ぎで立ち寄ったカイセリ。名の響きに惹かれ、町を散策してみると、思い出に残る出会いが幾つもありました。(全5ページ)
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2、エルジェス山との出会い
カイセリに到着し、バス会社の人に乗り継ぎ便のことを聞くと、「カッパドキアのギュレメ村行きのバスは7時から1時間おきに出ているから、都合のいいのに乗ればいい。」と教えてくれた。
時計を見ると6時10分。次のバスまでは後50分もある。その間このオトガルでじっとしているのは退屈だ。せっかくだからちょっと町に繰り出してみるか。朝食もどっかで食べたいし。それに7時じゃなくとも8時のバスでもいいわけだし。
そう思ったのは「カイセリ」というなんか妙に響きのいい名前に惹かれたのかもしれない。バス会社のカウンターで荷物を預かってもらい、町の散策へ向かうことにした。
カイセリの町を歩く事は全く予定にしていなかったので、全く予備知識がない。右も左も分からない状態だ。
ガイドブックを読むと、カイセリの名はローマ時代にティヴェリウス皇帝(AD14~AD34)がこの町の美しさに感動して、カエセレア(皇帝カエサルの町の意味)と改名したことに由来しているとか。なるほど響きのいい名は皇帝カエザルに因んでつけられたのか。
町の見所としては、中世に建てられたカイセリ城が今でも町の中心に残っているようだ。カイセリの象徴って感じだな。よしっ、とりあえずカイセリ城を目指してみよう。
地図を見る限りではバスターミナルからカイセリ城のある市内中心部までそんなに距離はない。朝の散歩にちょうどいい。歩いて行く事にした。
バスターミナルから町へ向かって歩き出した。迷子にならないように地図を見ながら、なるべく広く、分かりやすい道を進むようにした。
地図を見ながら歩くと首が疲れる。コリをほぐすように首を回す感じで、右後ろを振り返ると、そのまま首が固まってしまった。筋や骨を痛めたわけではなく、朝の澄んだ空気の中にとても美しい山が聳えていて驚いたからだ。
バスターミナルからは全く見えなかったので、突然の出会いに驚くとともに、あまりの美しさに心を奪われてしまった。
これが私とエルジェス山との運命的な出会いで、一目見た瞬間、この山に魅せられてしまった。ここからだと建物が邪魔だ。もっとよく見たい。磁石に引き寄せられるように町の中心への道を右折し、山の方向へ歩いていた。
エルジェス山を見失わないように気を付けながら、早朝の静まりかえった住宅街を一人歩き続けた。
静まり返った異国の住宅街っていうのはとても不気味に感じてしまう。日常の姿が分からないから、実は誰も住んでいないのでは・・・などと怪奇映画みたいな事を想像してしまうからだ。
特にこの付近は道路は立派なのに建物が遺跡のようにボロボロという変な状態。再開発でもするのだろうか・・・。それともトルコではこういった光景は当たり前なのだろうか・・・。よくわからないけど、煙突から煙が出ている家を見つけるとほっとした気持ちになる。
人に会うこともほとんどなく、孤独な旅路が続いた。大通りを二本横切ると、目の前に小高い丘が見えてきた。とりあえずあの丘の上に登ってみよう。きっと見晴らしがいいはずだ。
今までは何となく山に向かって歩いていたのが、ちゃんと目標が定まると、精神的にも歩く足にも活が入る。
大きな通りから丘の方へ向かっている細い坂道に入っていった。こんな細い道を歩いていたら後で戻れなくなるのでは・・・。何かトラブルに巻き込まれるのでは・・・。初めての海外一人旅なので何かと心配が尽きない。
でもこの先に行けばきっと山がよく見える!エルジェス山に会いに行くんだ!といった強い気持ちが背中を後押ししてくれる。これは一目惚れの力というやつか。恋は盲目なりっていうものな。
恋する乙女は強いかもしれないが、きっと恋する青年だって強いはず。よしっ、頑張って進むぞ。気合を入れ直して歩き出しすものの、民家の犬に吠えられ、再び不安な心境に逆戻り。何も悪い事をしていなくても地元の犬に吠えられると、何か悪い事をしているような気分になってしまう。
更に歩くと、目の前にモスクが現れ、その横には丘へ通じていると思われる砂利道があった。この先は舗装されていない道か・・・。どうしよう。地元専用といった感じで、観光客が歩くにはどうにも心細い道だ。
今のところトルコでは温かい人が多いからこういう場所でもトラブルになるようなことは起きないはず・・・。それにここまで来て引き返すのも悔しい。大丈夫だ。なんとかなる。そう思いつつも不安からか忍び足で砂利道を登っていた。
モスクから100mぐらい登ると、今度は何かの施設が道の脇にあった。こんな辺鄙な場所にありながら妙に近代的な建物で、おまけに高い塀で囲まれている。ちょっと不気味な存在だ。
もしかして、これは軍の施設か何かではないのか。そしてこの先に行くと軍の大規模基地があり、スパイ容疑で捕まったりしないだろうか。不安が不安を呼び、スパイ映画のような場面が頭をよぎってきた。
せめてこの不安を分かち合える相棒がいてくれれば・・・。そう思うものの、あいにくと一人旅。ここは自分の為に自分で勇気を振り絞るしかない。
とはいえ、できるだけ建物と視線を合わせないようにして、その建物の前を通りすぎた。まるで建物なんか見えませんでしたと言い訳できるように・・・。
最初の一人旅というものは勝手がわからないから、ガイドブックに書かれていないような事を行う時には本当に不安になる。
3、感動の風景
しばらく砂利道を歩くと、道は丘から逸れていった。どうやらこの道は最初に目標にした丘ではなく、もっと奥にある丘へと続いているようだ。
先ほどの施設を通過した時点で、もう引き返すといった迷いはなかったので、そのまま奥に進んでいくことにした。
この先には何が待っているのだろう。どんな景色があるのだろう。何があるかわからないからこそワクワクするし、楽しい。今まで心の奥底で縮こまっていた冒険心が心の中に広がっていた。
右手に朝日を浴びるカイセリ市街を見ながら登り続けた。そしてモスクから歩くこと20分、ようやく少し開けた場所に出た。
後ろを振り返るとカイセリの街が朝靄に包まれていてなんとも言えない雰囲気を醸し出していた。同じ場所から右と左を見てこんなに見える景色が違うとは面白い。
それにしても結構登ってきたな・・・。いつの間にかそれなりの高さまで登っていることに気が付き、ちょっと驚いてしまった。
更に歩くと完全に開けた場所に出た。そして、しばらく丘の影に隠れて見えなかったエルジェス山が広々とした風景と一体となって現れた。
なんて素晴らしい景色なんだろう・・・。感動的な光景に唖然としつつ、トルコなのに頭の中ではハイジの主題歌が流れ、ヨーゼフやヤギが走り回り、ハイジがブランコで空高く・・・といったスイスの山の風景が思い浮かんでいた。
でもここはトルコ。この風景がトルコらしいのか、トルコらしくないのかよくわからないけど、私の心を揺さぶるほど素晴らしい景色なのは間違いない。
冷静になって周囲を見渡すと・・・、見事なほど何もない。草がぼうぼうというわけではないので、何かに使用しているのだろうけど・・・、何だろう。牧草地か・・・。ちょっと不思議な場所だ。
よくわからない場所だが、周りを見渡しても誰もいない。広々とした風景の中に自分一人しかいないと思うと、なんかちょっとうれしい。
ちょっと先の丘の上には朽ちかけた遺跡のようなものが見える。眺めがよさそうな場所にあるから、かつてはカイセリ城の見張り小屋として使われていたのだろうか。それとも単なる地元の人の小屋が壊れただけとか・・・。
面白そうだから行ってみようかな。ここよりも眺めがいいはず。そう思ったものの、今いる場所からはそこそこ距離があるし、一度下ってから登らなければならない。ちょっと大変そう・・・。思いとどまることにした。
それにしてもすがすがしく感じる。誰もいないから開放的にも感じる。あまりにも気分がいいので、大声でヤッホーと山に向かって叫んでみる。急に逆立ちがしたくなり逆立ちをしてみた。
本当に感動すると、じっとしていられないものだ。誰も見ていないことをいいことに一人ではしゃぎ回っている私がいた。
こんなに離れていてもいい眺めなら、山の麓まで行けばさぞかし素晴らしい眺めだろうな。
そう思うと、更なる欲が出てきた。麓までとはいかないまでも、もうちょっと近づいてみるか。ずっと平坦な道のりみたいだし。
気分を良くしていた私は無意識のうちに歩き始めていた。しかし30m歩いたところで現実に戻った。さすがにそれは無謀というものだ。行くならカイセリの町に戻って、バスなどで麓まで行ったほうがいい。
どうしよう。今日はカイセリに宿をとってエルジェス山の日とするというのもありかな。色々と頭の中で考えるものの、この景色を見れただけでもう十分ではないか、といった結論となった。
でもまあ、とりあえずすぐそばに小高い感じの丘があったので、その上まで登ってみよう。
ということでちょっとした丘に登ってみると、東側はまだ靄が晴れていなく、靄に包まれた二つの小高い丘が太陽の光を浴びてちょっと幻想的な感じになっていた。
エルジェス山の方を見ると、澄んだ青空の下に佇んでいる様子は変わらない。でも、ちょっと高くなった分だけさっきよりもすっきりした感じに見える。本当に素晴らしい景色だ。
周辺の風景と合わせてみると、やっぱりトルコらしく見えないな・・・。もう8月というのに雪をかぶっているからかな。
気がつくと、太陽はずいぶんと高い位置になっていた。自分で頑張って見つけた風景なので、ちょっと名残惜しい気もするがそろそろ戻ろう。
行きはビクビクしながら歩いた道も今は太陽の光で明るく照らされていた。なんだありふれた田舎道ではないか。さっきは妖気がまがまがしく渦巻いているような雰囲気があったのに、すっかり消えている・・・。
問題の施設の前を通る時は少し緊張したものの、よく建物を観察してみると軍事施設にしてはお粗末な感じだ。もしそうだとしても少なくとも警備の兵隊が立っているはず。きっと水道か電力関係の施設だろう。
なんていうか、怖いと思うとお化けが見えてしまうのと同じことだ。ビクビクしながら歩いていただろう自分の姿を想像し、笑ってしまった。
でもこの建物のおかげで冒険らしいスリルをが味わえ、その事によって山を見た時の感動が倍増したのも事実なので、感謝すべきだな。
モスクの横を通り、行きと同様に犬に吠えられながら大通りに出た。後ろを振り返ると、エルジェス山がとてもきれいに見える。
それにしてもいい天気だ。絶好の青空が広がっている。まるで私の心の中を象徴しているかのようなに晴れ晴れとした青空だ。
早起きは三文の得というけど、まさにその通りだ。今日は朝から素晴らしい。きっとこのまま1日中素晴らしいことの連続に違いない。軽やかな足取りで町へ向かっていった。
トルコ旅行記96'§1、カイセリ商人の洗礼
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