* 亀戸天神社 節分追儺祭について *
東京の東に位置している亀戸天神社は菅原道真を祀っている神社です。太宰府天満宮に対し、東の宰府という意味で「東宰府天満宮」と呼ばれていたほど関東の天神信仰の中枢を占めていて、今なお多くの参拝客があります。また、藤の名勝としても知られているでしょうか。その亀戸天神社では節分の日にちょっと変わった「鬼やらい」の儀式が行われます。
節分の起源は、平安時代に遣唐使によって伝えられた「追儺(ついな)」という儀式です。神社によっては節分追儺という言葉を使っているのはこれに由来します。この追儺は大晦日の夜に宮中で行われる儀式で、災厄を鬼に見立てて追い払うものです。俗に「鬼やらい」とも呼ばれます。これを行っていたのが方相氏という術師で、手にした楯と矛を打ち鳴らし、「鬼やらい~」と大声で叫びながら宮中を巡ったそうです。しかしこの方相氏は4つの金色の目を持つといった異形の姿をしていました。そのため後世では立場を転じられ鬼扱いされたり、或いはいつしか鬼になってしまったという説もあります。亀戸天神社ではこの方相氏にちなんでいると思われる金色の四つ目をした鬼が登場します。
亀戸天神社の追儺式は辺りが暗くなった夕方5時半から行われます。まずは社殿内で式典などが行われ(結構長い)、年男達が福升を手にしてぞろぞろと社殿から出てきます。かなりの人数だったのでビックリしました。関係者が出揃うと太鼓が鳴らされ、いよいよ鬼やらいの儀式が始まります。手前にかがり火が炊かれた太鼓橋の向こうから赤鬼、青鬼と記された提灯を持った人が現れ、その後ろには赤色と緑色の四つ目の鬼がいます。橋を渡ると観客を威嚇しながら社殿に向かっていきます。社殿では神官役の神主が待ち構えていて、鬼を中に入れないようにします。そして鬼問答が始まります。最後に神官が「ここは大和の国、汝早々に神国を去り、汝の故郷へ帰れ」と言うと、神官の後に控えていた年男達が一斉に「鬼は外」と豆を投げ、鬼は去っていきます。
これを機に、拝殿前から豆まき舞台まであふれるようにいる年男達が豆をまき始めます。撒かれるのは豆だけで、撒く人も多いので、そこまで激しい争いにはならないかなといった感じです。この神社では豆をまくときは「鬼は外」のみ。豆まき行事は本来「鬼やらい」と呼ばれた儀式で、疫病を追い払うのが目的です。したがって「鬼は外」だけを連呼する方が本来の目的に添っているからだそうです。
豆まきが終わると子供達にお菓子が配られます。この辺はしっかりと安全を配慮しているようです。といった感じで進行されるのが亀戸天神社の節分祭です。四つ目の鬼はなかなかレアな存在なので一見の価値があるかもしれません。
風の祭事記 亀戸天神社 節分追儺祭
風の旅人
<2012年訪問 - 2019年2月更新>