風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

佐渡島一周ツーリング
#10 佐渡金山の金塊

<2003年8月>

バイクに乗って友人と2人、1泊2日の行程で佐渡島一周を試みた旅行記です。(全22ページ)

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10、佐渡金山の金塊

金山そばを食べた後は、いよいよ佐渡金山探検の開始。坑道の入り口の窓口でチケットを買って坑道へ入っていった。

坑道内に入ると、「おっ、涼しい!」と声に出してしまうほど、空気がひんやりとしていた。まるで天然のクーラーがギンギンに効いているかのよう。佐渡の日差しに焼けた体が冷やされ、とても気持ちいい。

金山の坑道内 佐渡島一周ツーリングの写真
金山の坑道内

坑道の見学コースは、通路や階段がきちんと整備されていて歩きやすくなっていた。照明も明るく、階段には手すりもちゃんと設置されている。さすがに最近流行りのバリアフリーとはいかないが、お年寄りにも優しい感じの坑道となっていた。

もっと秘境のような雰囲気を期待していたので、ちょっと思い描いていたのとは違うかな・・・と思ってしまったが、それでも金山鉱山の中を探検しているといったワクワク感には変わりがない。探検隊になったような気分で奥へ進んでいった。

坑道内で働く人形1 佐渡島一周ツーリングの写真
坑道内で働く人形1
坑道内で働く人形2 佐渡島一周ツーリングの写真
坑道内で働く人形2

文句も言わずせっせと働いていました。

坑道内では所々に動く人形が設置されていて、人形を使って当時の作業の様子が再現されていた。暗闇の中で不気味にスポットを浴び、黙々と動いている人形があるのはどこの鉱山でも一緒。

ただ規模が大きい分、今まで見た炭鉱よりも見ごたえがあった。やはり日本一の金山と詠われるだけはあるな。でも結構リアルな感じなので、一人で寂しく歩いていたら不気味に感じるかもしれない。

坑道内で働く人形3 佐渡島一周ツーリングの写真
坑道内で働く人形3

できれば金の欠片でも見つけてお土産に・・・。坑道内で働く人形が多いと、まだどこかに金の混じった石が落ちているかもしれん・・・などと思ってしまう。それが金の魔力というものだ。

どこかに金が落ちていないかな・・・なんて思いつつキョロキョロと足下を探してみるものの、そんなものが見つかるはずがない。低くなった天井で頭を打つのが落ちである。

金山の坑道内 佐渡島一周ツーリングの写真
儀式の様子

やわらぎの儀式で、今も行われているとか。

最初のうちは涼しく、あれこれと興味深く感じた坑道もそのうち単調に感じ、子供心のような冒険心が薄れた頃、ちょうど坑道見学コースが終わった。

坑道を出ると、そのまま付随する資料館に入った。ここは金山の歴史とか、金山で働く人の生活、大判小判などの作り方などが分かりやすく展示されていた。

金山の坑道模型 佐渡島一周ツーリングの写真
坑道模型

まるでアリの巣のようです。

金山の歴史などには色々と興味があったものの、あまり時間に余裕がないので、一つ一つじっくりと資料を見ている訳にもいかない。

流し読みといった感じで資料を見ていったが、いかに当時の佐渡が栄えていて、また炭鉱の労働がきつかったのかがよくわかった。

せっかくなので簡単に書くと、佐渡は古くから金の島として知られていたようで、平安時代に書かれた今昔物語集に佐渡と金のことが書かれている。また室町時代の能役者・能作者の世阿弥が佐渡に流刑となり、ここで地でつづった小謡集の題名が「金島書」となっていることも金に関連付けられる。

実際に佐渡の金が有名になるのは江戸時代で、1601年に鶴子銀山の山師によって相川金銀山、現在の佐渡金山として知られている鉱脈が発見された。

金が出たってことで、幕府の直轄地の天領となり、幕府主導で坑道がどんどんと掘られ、金と銀の採掘が行われた。金山近くの相川集落はそれまで20軒ほどの小さな集落だったのが、鉱山の発展とともに人口5万人という巨大な町に変わったとか。急激な発展ぶりに驚くとともに、金のあるところには人が集まるもんだなと妙に納得してしまう。

掘って掘りまくった坑道は、東西3,000m、南北600m、深さ800mに渡っていて、まるでアリの巣のように拡がっている。その総延長は約400キロ。例えとして佐渡~東京間の距離と同じほどと書かれていたが、関東在住としては東京~博多間と宣伝している足尾銅山に比べると少しインパクトに欠けてしまうかなといったところ。

坑道内で働く人形4 佐渡島一周ツーリングの写真
水替人足

水を運ぶのが一番重労働だったそうです。

金の採掘で一番の悩ませたのが、湧水だったようだ。最初は露天掘りだったのが、金を求めてどんどんと坑道を地下へ掘っていくにつれて、坑道が海面下に到達。湧水が大量に出るようになってしまった。

もちろんこの水も人力で運ぶしかないが、これがとんでもなく重労働だった。溜まった水を排出する労働者を水替人足といって、給料はそこそこよかったがあまりの重労働でなり手がいなかったそうだ。

いくら江戸時代でも3Kの象徴のような仕事にはなり手がいない。慢性的な人手不足となり、最終的には罪人などを使ったという話である。

明治維新以降は官営佐渡鉱山となり、その後三菱合資会社に払い下げられた。戦後も採掘が続けられていたが、平成元年にその長い歴史に幕を降ろすこととなる。

佐渡金山で今まで採掘された金は78トン、銀は2,330トンと銀の算出の方が金よりも30倍も多い。それじゃ佐渡銀山と呼ぶ方がいいじゃないかと少しビックリした。また金の採掘量は日本で2番目になるようで、日本一は鹿児島県にある菱刈鉱山というのにも驚いた。

訪れるまで抱いていた金ザックザックの日本一の金山といったイメージと少し違っていたが、江戸幕府の財源を支え、石見銀山とともに世界に名が知れるほど大量の金と銀が産出された事実には変わりがない。世界遺産の登録を目指しているそうだ。

金山の金塊 佐渡島一周ツーリングの写真
金塊

頑張っても持ち上がりませんでした。

金山見学の一番最後、お土産物屋の売店のところには箱の中に小さめの金塊が入っていて、なんと実際に触ることができるようになっていた。

これはお土産にちょうどいいな。持って帰ってやろう。と期待を込めて小さな小窓から手を突っ込んでみると、金塊はひんやりとした手触りで、いかにも金属の塊といった感触だった。

見た感じは羊羹とか、カステラサイズなので、頑張れば持ち上がり、その後どうやって取り出すかが肝だなと頭の中で思い描いていたのだが、実際には想像していたよりも重い・・・。おまけにつかみにくい。

バイク乗りなので握力には少々自信があったが、いくらやっても腕の血管が浮かんでくるだけ。あまり頑張り過ぎて血管が破裂してはかなわない。こりゃ駄目だ。友人と交代した。

やっぱり無理だったか・・・。って、私程度が簡単に持ち帰ることができるぐらいなら、もうここに金塊はないよな・・・。でも、仕掛けに引っかかったようでなんかちょっと悔しい。

佐渡島一周ツーリング03'
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