風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

極寒のモスクワ散策記
#11 旅の締めくくり

<1997年12月3日>

ソビエト連邦が崩壊してから6年後、政情、経済が不安定だった1997年の冬、トランジットでモスクワを半日ほど散策した旅行記です。(全12話)

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10、旅の締めくくり

モスクワのマイルドセブン
モスクワのマイルドセブン

出国審査を終えると、免税店に寄り、バイト先や友人達のお土産を物色した。

休みをもらっているバイト先へはお菓子の詰め合わせを買っておこう。できるだけロシアっぽいやつがいい。チョコレート菓子とかがいいかな。

後は自分用、そして友人などに配るのにタバコを買っておこう。とりわけ聖ワシリイ大聖堂のプリントがされているマイルドセブンはお土産に最適だ。きっと「テトリスタバコだ!」って喜ぶに違いない。

この観光地の写真が入ったマイルドセブンは日本人観光客が多く訪れる国の免税店で売られている。中身や味が変わるわけではないけど、なかなか旅情緒あふれていていい。友人に配るだけではなく、自分でコレクションし、並べて飾りたくなる代物だ。

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次に海外へ行くのは随分先になるだろう。この機会に自分の香水でも買っておこうかな・・・と香水が売られているブースを訪れた。

ショーウインドウを眺めていると、綺麗なロシア人のお姉さんが、「何かお探しですか?お手伝いは必要ですか?」とお決まりの言葉を掛けてきた。

「香水を探しています。」と言うと、「奥さんにですか」と聞いてきた。

「違う」と言うと、今度は「婚約者にですか?」と聞いてきた。展開から考えると、次は「ガールフレンドですか?」とか、姉や妹、母親って続きそう。そしてまた「婚約者」に戻り、エンドレスな展開になったりして・・・。

きれいなお姉さんなんだけど、表情がつかみにくい。言い方が悪いけど、どうにも私にはアンドロイドのような機械的な感じがしてしまい、エンドレスな会話が続きそうに思える。

そんな恐ろしい展開は勘弁だ。と、自分から「自分が使うもの探している。」と正直に言うと、間髪入れずに「これなんかどうですか。今小ビンが付いていてお徳ですよ。」と言って商品を取り出した。

はっきり言って香水の事はよく分からない。愛用しているわけではないが、普段時々使っている「カルバン・クラインはありますか?」と聞くと、商品をすぐに出してくれた。

しかし、商品を手に取る間もなく、先に出した商品の説明が始まった。値段はカルバン・クラインよりも安い事を考えると、どうしてもこれを買って欲しい事情があるようだ。

そして10分後、どっちつかずの私は、まあいいかとその香水を買っていた。どうもロシアの綺麗なお姉さんの売り子は頑固で、苦手だ・・・。というよりも私の性分的に合わないのだろう。

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買い物はこれで十分だ。お金が無くなってしまう。免税店を出て、自分の乗る便の搭乗ゲート前に行くと、さっきの師範らしき人が一人で椅子に座っていた。やっぱりミヤギさんっぽく見える・・・。

一体何をやっている人だろう?体全体から発するオーラが半端ない。もしかしたら何かとんでもなく凄い人だったりして・・・。確かめてみたい。ムラムラと好奇心がうずいてくる。

クレムリン宮殿では酋長らしき人に興味を持ったが、話しかけることとができなかった。しばらく日本語をしゃべっていないし、今回は日本語だ。頑張って声をかけてみるか。

近くの席に座り、思い切って話し掛けてみた。日常では怪しい人になってしまうが、旅では、特にこのような日本人が少ない場所では同じ日本人には話しかけやすい。登山の時に挨拶をするような感覚だ。

「こんにちは。観光ですか?」と聞くと、「あ、どうも、こんにちは。日本人の方でしたか」と返ってきた。

今回の旅行では何度もこの言葉を聞いた。モロッコの民族衣装を着ているので、日本人から見ると東洋人までは分かるけど、日本人には見えないようだ。きっと日本人は日本人とはこういうものという固定観念が強いのだと思う。

それはさておき、色々と話を聞くと、このおじさん、いっそのことミヤギさんと名付けよう。ミヤギさんは日本料理を教えにモスクワに来ていた。

なんだ、料理人なんだ・・・。なんかもっととんでもないことをやっているような雰囲気を感じていたので、ちょっとガッカリしたが、そう言われればそういう雰囲気を感じる。

でも体格がいいし、長髪というのは料理人らしくない。冗談で「最初見かけたとき空手の師範かと思いました。」と言うと、ミヤギさんは笑いながら「空手もやっていました。」と言い、続けて「面白いことに、こっちの人は日本人はみんな空手をやっているように思っているんですよ。ロシアのマフィアも日本人の空手に一目置いているんですよ。」と教えてくれた。

やっぱり空手をやっていたんだ。我が目に狂いなし。旅行を通じて私も人を見る目ができてきたのかな。

疑問は晴れたものの、どうもロシアと日本料理ってなんかイメージが重ならない。

「ロシア人に日本食は口に合うのですか?」と聞くと、「今はまだ日本食が高級料理だから上流階級の人しか来ません。後は日本人の駐在員や外交官、その他の国の外国人が主な客層です。」との事。

でも日本料理店自体少ないので結構繁盛しているらしく、今回は日本から調理の指導ができる専門のコックを送ってくれと頼まれて、このミヤギさんが派遣されたようだ。

指導員か。「ロシア人って働きますか?」と聞いてみたところ、「ぜんぜん彼らにはやる気が見られない。サボることしか考えていないから大変です。」と少し憤然として言っていた。

「私も中華料理屋で4年、パン屋で少しバイトしていたので料理は得意だ。」などと言うと、「もし興味があったら電話して下さい。」と、すかさず名刺を取り出し、渡してきた。

どうやら人手が足りないらしい。旅好きなので、海外での勤務には抵抗はないけど、正直なところ、こんな寒いとこでは働きたくないな・・・。南国ならちょっと考えてもいいけど。

一応名刺を受け取ったものの、ミヤギさんの店は名古屋だったし、いい返事はできそうになさそうだ。

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その後、ミヤギさんはちょっと失礼と言って、免税店の方に向かった。何か買い忘れがあったみたいだ。

ミヤギさんが去った後、今度は日本人のツアーの団体がやってきて、すぐ横の椅子に座った。

客層は年配の人ばかり。おじさん、おばさんと呼ぶべきか、おじいちゃん、おばあちゃんと呼ぶべきか、人によって判断が分かれる年代の集団だった。

会話などの雰囲気から察するに、これからモスクワ経由でどこかへ行くようだ。

どこへ行くのだろう。年寄りの集団なので、冥土の土産に・・・って言ちゃ悪いけど、イギリスとかフランスにでも記念に行くのかな。

最近のヨーロッパ行きの安いツアーは飛行機代の安いロシア経由が多い。私もモロッコ行きの一番安い航空券を選んでここにいるわけで、手間がかかるけど時間が許すなら安さは魅力だ。

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でもどこに行くのだろう。なんか今日は話しかけると気分がいい。そういう巡り合わせの日なのかもしれない。よし、聞いてみるか。

すぐ隣に座ったおばあちゃんに、「こんにちは、これからどこへ行くのですか?」と尋ねてみると、思いもよらない返事が返ってきた。

「あっ、こんにちは、今からトルコに行くのですよ。」

え~~~、トルコ。想像していなかった返事にビックリした。な、なんて元気な老人たちだ。話す顔も生き生きとしている。

「トルコとは珍しいですね。」と私が言うと、「いや~この年になると色々見て歩きたくてね。思い切って異国情緒のある国にしたんですよ。それにシーズンオフみたいで意外と安かったのですよ。」との事。

いくらシーズンオフで安かったとしても、この年になってトルコに行こうとすること自体が凄い。普通はヨーロッパの町並みとか、なんちゃら城を見たいとかになるはず。

私がトルコには昨年行った事があり、それなりに詳しいと話すと、「トルコは治安はまずまずいいみたいだけど、バスが怖いらしいですね。そんなに頻繁に事故があるのですか?」と尋ねてきた。

感心な事によく調べているようだ。「トルコのバスはよく飛ばすので時々事故があって、ひどい時にはバス同士でぶつかって大惨事になっています。」と正直に言った。

実際に私が訪れていた時もバス同士がぶつかるといった大きな事故があり、40人も死亡したことから新聞やテレビで大きく報じられていた。そのニュースばかり目にするものだから、バスに乗るのが怖くなったほどだ。

この事故以外にも何度か新聞やテレビでバスに関わる事故が報じられているのも目にした。本当にバスの事故が多い国といった印象だし、トルコでも社会問題となっているようだった。

「でもそれは一般のバスのことで、ツアーの専用バスは比較的安全なはずです。」とも付け加えた。ツアーのバスは時間に追われていないので、事故が少ない。それもよく知られていることだ。

その後、簡単なトルコ語をレクチャーしてあげていたら添乗員の人の「皆さん行きますよ。」との声がかかった。「良い旅行を」「色々と教えてくれてありがとう。」と言い、おばあさんと別れた。

それにしても見た目は老人の集団といった感じだが、潜在するパワーは高校生の修学旅行に匹敵しているように感じる。

「旅は若返る泉だ。」とアンデルセンが言っていたが、まさにそんな感じがした。

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おばさんたちの集団が去ってからしばらくすると、ミヤギさんが戻ってきた。顔は満面の笑みを浮かべている。なにやらうれしそうだ。

私が話しかける前に、「上質のキャビアが安く手に入りました。」と言ってきた。よほどうれしかったようだ。価値が分かるところはさすがは料理人ってやつだな。

「そんなにいいものなんですか」と聞くと、「これが日本だったらいくらするのですが、こっちだといくらでした。」と説明してくれたが、キャビアのことなどさっぱりわからない。そもそも食べたことがない。

でも「それは良い買い物ができましたね。さすがは料理人ですね。」と相槌を打つと、また一段とうれしそうな顔になった。

その顔を見ると、私も買おうかなと一瞬思ってしまったが、さっき香水を買ってしまったし、もう無駄遣いはよそう・・・。

とまあ、安ければ初キャビアだ!となったのだけど、結構いい値段がすることもあって、思い切って買う度胸が湧いてこなかった。きっと卵の持ち腐れ。いや、宝の持ち腐れになってしまうだろう。

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その後ミヤギさんと少し話をしていたら、搭乗ゲートが開けられ、機内へ案内が始まった。

ミヤギさんはビジネスクラスなので、ここでお別れ。「お話ができて楽しかったです。気が変わってロシアで働きたくなったら連絡します。」と言い、エコノミークラスの搭乗口に向かった。

今回の旅行もこれで終わりだ。座席に付いて一息つくと、モロッコの旅、そしてモスクワでの散策と色々な思い出が頭をよぎった。

感慨にふけっていると、飛行機は動き出し、滑走路に向けてゆっくりと移動し始めた。窓の外は滑走路の誘導灯が光っているだけで真っ暗。窓には自分の顔がはっきりと映っていた。

色々うまくいかなくて衝動的に日本を飛び出てしまったが、少しはましになっただろうか?

もう一度窓に映った自分の顔を見ると、そこには出発前よりも引き締まった自分の顔があった。

極寒のモスクワ散策記97'
#11 旅の締めくくり
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