風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

極寒のモスクワ散策記
#9 灰色の空

<1997年12月3日>

ソビエト連邦が崩壊してから6年後、政情、経済が不安定だった1997年の冬、トランジットでモスクワを半日ほど散策した旅行記です。(全12話)

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8、灰色の空

クレムリンの城壁とボリショイ・モスクヴォレツキー橋
クレムリンの城壁とボリショイ・モスクヴォレツキー橋

聖ワシリイ大聖堂から外に出た。やっぱり外は寒い。いや、寒いというよりも、「外は痛い」という言い方が適切かもしれない。気温差がありすぎて急に寒いところへ出ると、むき出しになっている目や鼻の粘膜などがピリピリと痛く感じる。

さて、どうしよう。聖ワシリイ大聖堂よりも先にも赤い壁は続いていて、モスクワ川に向けてなだらかに下っていた。モスクワ川には立派な橋が架かっているのも見える。

このまま下って橋の上からクレムリンや聖ワシリイ大聖堂を見上げるようにして見ると素敵かもしれない。それに川沿いにはいい風景があるかもしれない。そう頭の中では思うものの・・・。雪のある下り坂を進んでいくのは・・・、ちょっとためらう。

途中で滑って転びそうだし、戻ってくるのも大変そう・・・。却下だな。広い坂道がスキーのゲレンデのようになっていては先へ進むのを尻込みしてしまうのもしょうがない。

では、他の場所に行こう。モスクワにはプーシキン美術館、エルミタージュ美術館など有名な美術館が多い。クレムリンなどを見た後はそういった美術館のどれかに行こうかと思っていた。

しかしこれまで観光してきたことから推測するに、きっと訪れても読めないロシア語表記ばかりだろう。芸術に言葉はいらない。確かにそうだ。流し見る分には何も問題ない。

でも言葉が全く読めないと、行くまで、そして入るまでも大変だし、何が有名で、それがどこにあるのかを探すのも難しい。本当にこの国は何をするにして大変に感じる。

それにこの寒さ。暖かいところへ入ったり、極寒の中に出たりを繰り返していると、体が寒さに慣れるどころか、外に出るのがダルく感じる。もし美術館に入ったなら、残りの滞在時間的にも外にもう出たくなくなるだろう。

とりあえずどうしても行きたいと思っていたクレムリン宮殿と赤の広場への訪問は達成した。美術館に行って今日の観光が終了するよりも、後は気楽にモスクワの町をブラブラし、ロシア人でも観察して過ごすほうがいいかな。

聖ワシリイ大聖堂の前で
聖ワシリイ大聖堂の前で

といったことで、赤の広場を抜けて町の方へ行こう。そういえば、自分が写っている写真がないな。あまり積極的に自分の写真を撮ることはないけど、遙々こんな寒いロシアまで来たんだ。一枚ぐらいは証拠写真を撮っておかなければ。

ちょうど近くにいたおじさんに頼んで。聖ワシリイ大聖堂を背景に写真を撮ってもらうことにした。

言葉が通じないのでジェスチャーで頼んだのだが、頭にはロシアのコサック帽、服はモロッコの民族衣装、足元はアメリカ製のトレッキングシューズを履いた東洋人は奇異な存在に見えるようで、こいつは何者だといった感じで変な顔をしていたのが、印象に残ってる。

赤の広場から見る国立歴史博物館
赤の広場から見る国立歴史博物館

赤の広場を戻っていき、国立歴史博物館の横にある門から町へ出た。気ままに少し散歩してみよう。体がきつくなったら建物に入ればいいし。

少し歩くとまたマックがあった。店内をのぞくとここは結構客が入っていた。探せば3号店も、あるいはそれ以上あるのかもしれない。だんだんとこの国もアメリカ文化に蝕まれていくのかな。

昔は反米チームの代表だったのに・・・。そう考えるとマックが町の至るところにある様子はあまり想像したくない。

モスクワの町で
モスクワの町で

外は相変わらず寒い。こんな寒いところによく住めるなと思ってしまうのだが、慣れというのは怖いもので、耳当てをせずに歩いている人が多い。私ほど薄着の人はほとんどいないが、極端に着こんでいる人もいない。

風景的には東京の冬の街並みとさほど変わらない感じがする。寒いのが普通だと思えば何てことないんだろうか。

灼熱の砂漠やジメジメとしたジャングルでも人は暮らしている。標高の高い酸素の薄い場所にも人が暮らしている。人間って慣れればどんな環境でも過ごせてしまえるものなんだなと、改めて思ってしまう。

とはいえ、この寒さは数時間で簡単に慣れるものではない。この寒さに慣れていない人間にはやっぱり寒さが堪える。歩けば歩くほど寒さに体がどんどん蝕まれていく感じがする。

今日一日だけなのだから我慢しよう。と頑張って歩くものの、しだいに顔の感覚がなくなり、体の動きも悪くなってきた。

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そうだ。何か温かいものでも食べよう。そうすれば力もわいてくるはず。何かないかなと探していると、歩道でホットドッグを売っていた。日本でいうリアカーでの焼きいも売りといった感じで、モクモクと湯気が上がっているのが旨そうに感じる。

安いし。これにしよう。複雑な入場券と違ってホットドッグの注文は言葉が通じなくても簡単。指をさして書いてある値段を払うだけ。

って、よく考えると、ホットドッグはアメリカを代表する食べ物だよな。それがこんな町中で売られているのも驚きだ。

冷戦時代はもう終わったんだな・・・とホットドッグの露店を見ながらしみじみと感じてしまうが、私がそんなことを思いながらホットドッグが出来上がるのを待っているとは露店のおじさんは思ってもいなかっただろう。

出来上がったら笑顔で渡してくれた。どこかで食べる当てもないので、露店の脇でほおばっていると、露天商のおじさんが興味深げに話しかけてきた。

が、何を言っているのかわからない。分からないとジェスチャすると、「ヤポーニィ?」ってな感じで聞き直してきた。どうやら最初の質問は「どこの国の人?」ってな感じで、次の質問は「日本人か?」ってな感じなのだろう。

ジャパニーズとか、ジャパンという言い方が世界中通じるように思ってしまうが、国によって「ハポン」「ヤポン」「リーベン」「ヤーバン」など色んな言い方をする。

多分、日本人ということだなと思い頷きながら「ジャパン」と言うと、通じたようで「そうか」といった感じ頷き、また何か質問してきたが、今度はさっぱり分からない。会話はここで途切れてしまった。

せっかく話しかけてきてくれているのに言葉が分からないのは、やっぱりくやしい。

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しばらく気が向くままに町をブラブラとしてみた。ただ現在地を見失うのは怖いので、いつでもクレムリンに戻れるようにその周辺をウロウロとするだけに留めた。

そして顔が痛くなるとショッピングセンターや地下の商店街に入り、ロシアでは何が売れているのだろうかと興味深く観察してみたりした。

デパートに入ると、木彫りの置物の物産展みたいなものをやっていた。写真入りの案内板から推測すると、地方の少数民族っぽい人々が作ったものらしい。

これはいいお土産になると3つばかり買った。計算してみると、日本円にして1000円もしなかった。こういうものはロシアでは安いようだ。

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歩いたり、建物に入ったりを何度か繰り返すと、辺りが少し暗くなってきた。時計を見ると、まだ3時になったばかりだった。暗くなるのが早いな・・・、モスクワは。

飛行機の出発時間は7時なので、まだ時間があるといえばあるのだが、勝手のわからない国だし、暗くなってきたことだし、そろそろ空港に戻ったほうがいいかも。

それに暗くなったら恐れていたマフィアが登場してくるかもしれない。空港行くのバスが途中でバスジャックに遭ったりしたら最悪だ。

暮らす人々のイメージはよくなったものの、国自体や政府に対してのイメージがよくなったわけではなく、まだロシアに対する不信感が拭いきれていない。

最悪の事態だけは避けなければ。という事で、地下鉄の駅に向かうことにした。現在地はクレムリンや赤の広場から少し離れていて、隣の駅の方が近そう。その駅に向かったのだが、地下鉄の駅が見つからない。

地図で確認しながら歩くものの、町中はロシア語ばかりなので方向が分からない。どうやら迷子になってしまったようだ。

しばらく迷いながら歩いていると、再び赤の広場に戻ってきてしまった。でもよかった。これで地下鉄に乗れる・・・。

時計を見ると3時40分。辺りはかなり暗くなっていた。なんて昼間の時間が短いんだろう。これもモスクワに来て驚いた事の一つだった。

日の当たる時間が短いモスクワ。そして、灰色の空を持つモスクワ。雪が積もり銀世界のモスクワ。ロシア人の肌が色が白いのもこういった事情があるのかもしれない。

そんなことを思いながら赤の広場横にあった駅から地下鉄に乗り、来た時同様にバスを乗り継いで空港へ向かった。

極寒のモスクワ散策記97'
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