極寒のモスクワ散策記
#7 ロシアのイメージ
<1997年12月3日>
ソビエト連邦が崩壊してから6年後、政情、経済が不安定だった1997年の冬、トランジットでモスクワを半日ほど散策した旅行記です。(全12話)
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7、ロシアのイメージ
クレムリンから外に出ると、来た道を戻るように赤の広場へ向かった。
先ほど帽子売りの大学生と出会った場所を通りかかったが、そこには彼らの姿はなかった。また会えるかな・・・。ちょっと期待していたので残念。
話していた通りに授業に向かったのだろうか。それとも儲かったぞと食事に出かけたのだろうか。
どちらの可能性もあるが、きっと授業に向かったのだろう。いい奴っぽかったからな。そのほうが私もうれしい。
それよりも今は鼻が痛い。そろそろ鼻の痛さも限界だ。クレムリンのすぐ隣が赤の広場なので、このまま寄っていきたいところだが、長い時間耐えられそうにない。
後回しにして、ひとまずどこか建物に入ろう。お腹もすいたし、トイレにも行きたい。
地図を見るとショッピングセンターが赤の広場近くにあった。ちょうどいい。目的地を変更だ。


踏みつけられるドMなスズメ・・・。
ショッピングセンターに向けて歩き出すと、この寒さの中、子供達が鳩と遊んでいた。ベンチの背もたれに留まっている鳩たちは、子供たちが手を伸ばすと、その手に乗りそうなぐらい人懐っこかった。
他の国だと気にならない光景だが、ロシアだと少し違和感を感じる。ロシアといえば冷酷、冷血、非情の国。しかし、どうもこの鳩の様子からして普段から人間に脅かされていないような感じだ。
ということは思っているほどロシアに暮らす人達は冷酷ではないのでは。朝スカーフをもらってからというもの、どんどんと日本から持ってきたそのイメージが崩れていく。
それよりも鳩って寒いのは大丈夫なのだろうか。見た目は日本にいる鳩と変わらない。そういえばモロッコにも同じような鳩がいたな。
よくわからないけど見た目は一緒でも寒冷地専用の鳩とか・・・。さりげなくその辺にいる鳩でも、極寒の地モスクワに来てみると色々と興味深く感じてしまう。

ちょっと歩くと、馬の像が雪をかぶって寒そうにしていた。円形の丸い枠の中にあることから普段は噴水になっているのだろうか。雪が積もっていると普段の様子がよくわからない。
馬を眺めながら歩いていると、高校生ぐらいの女の子の集団がぎこちない英語で、「こんにちは、何人ですか?(Hello Where are you from?)」と、話しかけてきた。
もしかして私ってロシアではもてるのか・・・?ちょっと勘違い気味に立ち止まり、「私は日本人です。あなた方は高校生?」と、答えるだけではなく、尋ね返してみたのだが、「きゃー」と言いながら小走りに逃げていった。
なんだ・・・。何か変なことを言ったかな・・・。唖然としつつも、立ち止まっていては寒いだけ。早いところ建物に入りたい。
歩き出したら再び数人が恐る恐る寄って来た。そして今度は「いくつ?」「名前は?」と聞いてきた。もしかして珍獣扱いなのか・・・。
でもせっかく可愛らしいロシア女子に話しかけられたのだからと、名前を名乗り、「何才に見える?」と、めげずに問いかけてみたのだが、やっぱり「ワァ~」と言って逃げていった。
な、な、なんなんだ。会話にならない・・・。仕方なく歩き出すと、再び寄って来て、同じ事が繰り返された。
嫌がらせをしている感じではないけど・・・。こんなやり取りが続くと、いくら可愛い女学生相手とは言え、相手をするのがうっとおしく感じる。
今回は「どこへ行くの?」と聞いてきたので、「トイレ」と言ったら「きゃー」と言って、今度は誰もついてこなかった。
どうやら話している内容はちゃんと理解しているようだけど・・・、これもロシアの文化なのだろうか?それとも覚えたての英語を試してみたかったのだろうか。
そうだとしたら意外に日本人みたいにシャイな一面があるのかもしれない。

近くのショッピングセンターに入った。店内は12月ともあってクリスマスの飾り付けがしてあり、華やかな感じだった。
中は暖房が効いていて暖かく、しばらくぶらぶらしていると鼻の痛さが収まり、顔に血色が戻ってきた。
ショッピングセンター内の雰囲気は多分世界中どこ国でもそんなに変わらないと思うが、大きなロシア帽をかぶっている人が多いのがロシアっぽく感じる。
二階のテラスから眺めると、頭が大きく見え、アニメチックというか、少しデフォルメされているような感じでちょっと面白い。

お腹が空いたな。何か食べよう。せっかくならロシア料理でも・・・。ん、あれ、ロシア料理ってなんだ?
せっかくロシアに来たのだからと考えるものの、さっぱり思い付かない。日本の日常生活にロシア料理ってほとんどないような気がする。
フードコートを訪れてみると、相変わらずロシア語だらけで読めない。現物で探すか・・・。ショーウインドウで揚げパンを発見。そうだピロシキはロシア料理のはず。ピザ屋でピザとピロシキを指でさして頼んだ。
立ち食いのテーブルでロシア人に交じながら食べてみると、ピロシキはカレー味がしないカレーパンというか、味の薄い豚まんというか、いまいち何かが足らない感じ。これは旨い。もう一個とはならなかった。
ビザの方は普通というか、おいしい。日本よりもチーズがよく伸びる。伸びすぎてちょっと食べにくいな・・・と食べていると、なんとなく視線が気になる。
食べ方が変なのか・・・。いや。そうだ。モロッコの民族衣装を着ていたんだっけ。ずっとこの格好で歩いていたので、すっかり忘れていた。さっきの高校生達もそれで声をかけてきたのかもしれない。
理由が分かると、視線も気にならなくなるというもので、近くで見ていたおじさんたちに美味しいよ!といった感じのジェスチャーを笑顔でしてみたが、ちょこっと笑っただけでいまいち反応がない。
ボクシング映画のロッキーの気持ちが少しわかる(ロッキー4)と言えば大袈裟だが、このへんの愛嬌とか、人懐っこさがモロッコから来ると、物足りなく感じてしまう。ちょうど今食べたピロシキのように。

食事を終えると、体力回復。顔が痛かったのも気にならなくなった。よしっ、赤の広場に戻るか。と、いきたいところだが、その前にマフラーが欲しくなった。
最初にもらったスカーフだけでは首がまだ寒いし、マフラーならマスク代わりに口や鼻の辺りに巻く事もでき、鼻が痛くならないはず。実際に町を歩くロシア人がそうしている。
ということで、ショッピングセンターの中をウロウロとしつつマフラーを探し始めた。
何軒か店を回って、どうせお金も余っているし・・・と、日本でも使えそうなおしゃれな店でマフラーを買った。これでまた一段と防御力がアップ。どんどんと旅人は強くなっていく。気がする・・・

それにしても・・・、私の知るロシアは物がなく、物を求める長い人の列ができているのが当たり前。そういう世界だ。
しかしここでは物が溢れかえっているとまでは言い切れないけど、普通にものがある。日本と変わらない感じだ。それに人の列もできていない。
物がないといった世界観を持って実際に来てみると、拍子抜けすると同時に、色々なことに違和感を感じてしまう。
もちろん報道されていたのは数年前とかの過去の話だ。でも一気に色々と改善されたとは思えない。人々も穏やかだし、日本で植え付けられたロシアのイメージは何だったんだろう。
それともこのショッピングセンター内は一部の特権階級の人間によって作られた世界なのだろうか。出会った人たちはロシアのイメージをよくするために雇われている諜報部員とか。
ここはロシアだ。そういうことも考えられる。でも・・・、やっぱり自分の目で見た感じでは、報道されていたロシアのイメージが見つからない。
というよりもロシアは普通ではないか。報道では大袈裟な部分だけ強調され過ぎているのではないだろうか。
それにその後のことは知らされないから、大袈裟な部分の印象だけがずっと記憶に残り続けてしまっているのではないだろうか。実際に自分で見て歩くことはそれを払しょくできるいい機会なのかもしれない。
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