風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

極寒のモスクワ散策記
#6 クレムリン宮殿

<1997年12月3日>

ソビエト連邦が崩壊してから6年後、政情、経済が不安定だった1997年の冬、トランジットでモスクワを半日ほど散策した旅行記です。(全12話)

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6、クレムリン宮殿

帽子売りの大学生に教えられた通りに進んで行くと、チケット売り場の建物があった。

開いている窓口は一か所だけで、その窓口には20人ほど並んでいた。しょうがないな・・・。列の最後尾に並んだものの、困ったことになかなか列が進んでいかない。

購入者が窓口で受け答えを始め、窓口を離れるまでの時間がとても長い。なんで入場券を買うだけなのにこんなに時間がかかるの?というぐらい長いのだ。

多くの観光客が押し寄せ、数をこなすのに時間がかかっているのならしょうがないなと思う。遊園地のアトラクションのように列が進むのにある程度時間がかかるのもしょうがないと思う。

銀行の窓口のように処理に時間がかかるのもしょうがないと思う。でも、ただ入場券を買うのに極寒の中を待たされるのは・・・、苦痛に感じる。

苦痛だけどクレムリンに入るには耐えるしかない。なるべく順番が早く来ることを願いながら待ち続けた。

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並んでいる列の中、ちょうど私の2人前にとても目立つ人物がいた。身長が2mぐらいある大男で、奥さんらしき女性とガイドを連れていた。

大きいだけなら大きな人で終わってしまうのだが、大きいうえに中央アジアらしき独特な民族衣装を着ていて、星占いに使うようなジャラジャラした感じのアクセサリーも幾つか身に付けていた。まるで物語の世界から出てきたような格好だ。

入場券を買うときに財布の中が見えたのだが、大きな財布の中には札が分厚く入っていた。なかなかの金持ちのようだ。やっぱりどこぞの酋長なんだろうか。どこの地域の人だろう。人種は何人になるのだろう。もの凄く興味を引かれる。

思い切って話しかけてみたいところだが、英語が通じるのか微妙なところ。案外、中央アジアで広く使われているトルコ語とかの方が通じそうな気がする。トルコ語なら自己紹介程度は出来るが、違っていたら目も当てられない。やっぱりやめておこう・・・。

独特な雰囲気から色々と想像をかき立てられ、列で並んでいる時間を潰すにはもってこいな人だった。

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酋長らしき人がクレムリンに入っていき、その次の人がチケットを買い終えると、ようやく私の番がまわってきた。長かった・・・。そして寒かった・・・。

クレムリンは遊園地のように全体の入場券があり、個別の建物に入りたければその分を上乗せしてチケットを買うようになっている。この確認のために一人一人の対応時間が長くなってしまうようだ。

Aコース、Bコース、或いは一律でお得なハッピーセットなどと売るチケットを絞ればいいのにと思ってしまう。

さて私の番だ。ずらずらと書いてある料金表は全部ロシア語。見ても何が何だかわからない。それにクレムリンといっても実はよく知らない。いや、ほとんど何も知らない。なので、とりあえず入場券だけを買うことにした。

さっきの帽子売りの学生達が言うには、後で入りたければ、そこでお金を払っても入れるとの事。だったら中に入ってから決めたほうがいい。

そう係の人に伝え、お金を払うと、プリンターでチケットの印刷し始めた。時間がかかって渡されたチケットには、どこに入れるのかが印刷されていた。

これはこれで管理しやすい気もするけど、一枚の券で7カ所を全て管理しようとするからこんなに時間がかかっているような・・・、ロシアらしいシステムのような気がした。

クレムリン宮殿のチケット
クレムリン宮殿のチケット

入場券を購入して中に入ると、ゲートの先には警備の兵隊が待機していて「鞄の中を見せてください」と、荷物検査をされた。

持っているのはリュックだけ。中を開けて見せたら、すぐに「いいぞ」と通してくれた。このへんは入国審査の時と一緒。書類を揃えるまでが大変といった感じだ。

クレムリン宮殿の入り口 トロイツカヤ塔
クレムリン宮殿の入り口
トロイツカヤ塔
クレムリン宮殿の塔
クレムリン宮殿の塔

セキュリティーチェックを受けた後は、少し登りの傾斜がある石橋を渡ってクレムリンに入っていくことになる。

橋の向こう側にはお洒落な感じのトロイツカヤ塔が待ち構えている。とても雰囲気がよく、まるでロールプレイングゲームの城に入っていくようなシチュエーションだ。

さあ、新たな冒険の始まりだ。といった感じで、気持ちが高ぶってくる。足取り軽く塔に向かって進んでいった。

進んでいくと、塔がどんどんと大きくなっていき、目の前に聳えるような大きさになった。お洒落な塔だが、近くから見上げるとなかなかの迫力だ。

橋の横の方を見ると、お洒落な塔がいくつも聳えていた。宮殿と名がついているが、やっぱりここは城砦のような感じがする。でも色彩が明るくポップなので、城が持つ武骨な印象はなく、おとぎ話に出てくるようなおもちゃの城といった印象だ。

内側から見たトロイツカヤ塔
内側から見たトロイツカヤ塔

トロイツカヤ塔をくぐると、いよいよクレムリンに入場。胸をときめかせながら塔の下をくぐった。

中は広々とした空間となっていて、立派な建物が幾つも並んでいた。小さな町があるというのは大袈裟だが、雰囲気のいい小さな集落がすっぽりと収まっているような感じだった。

それにしても・・・、先ほど買った帽子のおかげで耳の痛さはなくなったものの、チケット売り場でじっと並んでいる間に体が冷えてしまったようで、寒さが身に沁みる。体の芯から凍えるような感じだ。少し早足に歩いて、体を温めてみたりした。

しかしどうにも堪らないのが鼻。時々鼻の奥がツーンとした感触がし、痛くて涙目になっていた。これは堪らない。手袋で顔を覆いながら歩くことにした。

大男の一行
大男の一行

しばらく歩くと、先ほど列にいた民族衣装を着た大男が前を歩いていた。それにしても彼は目立つ。後ろで観察していると、ほとんどのロシア人が振り向いていた。

そういえば・・・、ビザを取るときに「クレムリンは神聖な場所だ。ムスリムが行くと問題になる。その服では行くな。」と、係りの人に言われたことを今になって思い出した。

モロッコの民族衣装で来たらまずかったんだっけ。あまりに寒すぎて、すっかりそのことを忘れていた・・・。

いきなり後ろから銃で撃たれるなんてことになったら最悪だ。思わず背筋に悪寒が走り、後ろを振り返ってしまったが、もちろん誰も銃口を向けてはいなかった。

少なくとも撃たれるなら前を歩いている大男のほうが先だろう。私以上に目立っているし、ムスリムっぽい。そう考えるとあまり気にならなくなった。それに先ほど購入したコサック帽を被っているので、頭はすっかりロシア人仕様になっているしな。

内部の教会群
内部の教会群
いわくありそうな鐘
いわくありそうな鐘
大砲
大砲

敷地内を歩いてみると、屋根に丸いドームがたくさんあるような立派な教会が建ち並び、いわくのありそうな大砲や大きな鐘なども置いてあった。

大砲の前などには解説板が設置されているのだが、全てロシア語。英語での案内は一切なかった。

米ソの冷戦時代を知るものとしては、町中に英語が全くなくても違和感を感じないが、せめてここはロシアを代表する観光地なので、「なんちゃらのベル」「なんちゃらの教会」などとタイトルだけでも英語で記していて欲しい。これでは何がなんだかさっぱり分からない。

チケットにしても案内板にしても全てロシア語。英語のパンフレットを置いてあるような観光案内所もない。これでは私のようにガイドブックを持たずに来た外国人はどうしようもない。

ウスペンスキー大聖堂
ウスペンスキー大聖堂

よくわからないまま敷地内を歩いてみたが、あるのは教会ばかり。ここはもしかしたら・・・ようやく理解できた。宗教施設の集まりなんだ。

宮殿と名がついていたので、歴代の皇帝とかが暮らしていた建物を中心とした豪華絢爛な宮殿が建ち並んでいて、それを見学して回るのかとばかり思っていた。

きっとそういった重要な場所もあるのかもしれないが、観光客が訪れることができるのは教会のあるエリアだけのようだ。

それと同時にビザ取得の時に係の人が言っていた神聖な場所だとか、危ないとかいった意味がようやく理解できた。何を大袈裟なとその時は思っていたのだが、宗教施設なら納得だ。

クレムリンの様子
クレムリンの様子

それと同時にあまり面白味がなくなってしまった。何よりも勉強不足で教会に葬られている人など知らないし、教会にこの格好で入っていいものかどうかわからない。

何か言われても言葉が通じないのも不安だ。ここはロシア。問題があったら有無を言わさずすぐ連行されそうで怖い。

結局、クレムリンには来てみたものの、どこにも入らずにブラブラと一回りして外に出てしまった。

こんなことなら最初に全部のチケットを購入しておけばよかったな。そうすれば貧乏性の私のことなので、もったいないと全て見て回っただろうに。

或いはせめてクレムリンのページだけでもガイドブックのコピーを持ってくればよかったな。何があるのか、どういった謂れがあるのかが分かれば、入っていく勇気もわいてきただろうに。

こんな簡単に観光を終わらせてよかったのだろうか。ちょっと後ろ髪を引かれる感じがしたが、ちゃんと後悔できるほどの博識になったなら、その時にまた来ればいい。

何よりも今は鼻が痛い。さっきからツーンとした感触が続いていて、完全に涙目になっていた。

極寒のモスクワ散策記97'
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