風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
海外短編旅行記

極寒のモスクワ散策記
#2 ビザと入国審査

<1997年12月3日>

ソビエト連邦が崩壊してから6年後、政情、経済が不安定だった1997年の冬、トランジットでモスクワを半日ほど散策した旅行記です。(全12話)

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2、ビザと入国審査

シェレメチェボ空港内の様子
シェレメチェボ空港内の様子(2001年訪問時)

目が覚めると、7時を過ぎていた。空港内は薄暗く、ちょっと陰気な雰囲気がする。昔読んだ本には、ここの空港は燃料の削減の為、照明を半分しか付けていないと書かれていた。

その時はいくらロシアが財政難だといっても国の玄関である国際空港がそんなひどい状態なわけがないだろうと思ったのだが、現実にこの薄暗さを体感すると本当にそうだったんだと納得してしまった(*エコとか、節電の概念がなかった時代です)。

さて、そろそろオフィスも開いたかな。再びイミグレーションオフィスへ行ってみるものの、相変わらずドアは閉まっていて、窓にはカーテンが閉まったままだった。勝手に開けていいものだろうか。もしかしたら24時間体制で中に人がいるのかも。いやいや、ここは社会主義だぞ。そんなサービスがいいわけがない。

役人のさじ加減で何とでもなってしまいそうな社会主義国・・・。しかもロシアという強大な国。単なる学生の旅行者がどうあがいたところでどうにもできない。そういった強大なプレッシャーを勝手に感じてしまい、扉が背丈の何十倍も大きさがあるように思えてきた。

こんな重くて大きな扉は一人では開けられない・・・。きっと誰もいないだろうし、こんなに朝早くだと迷惑に違いない・・・、と自分に言い訳して、再びベンチに戻った。

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ベンチでうとうとしていると、今度は騒がしくて目が覚めた。目を開けると、ちょうど目の前を白人の団体客がにぎやかに通り過ぎていた。期待に胸を膨らませといった感じで、とても楽しそうな表情をしている。きっとこれから旅が始まるのだろう。

私も旅を始めなければ・・・・。時計を見るとちょうど8時だった。さすがにもう開いているに違いない。イミグレーションオフィスに足を運んでみると、カーテンは締まっているものの、扉が少し開いていた。

中に誰かいるのは確かだ。このままグダグダしていてもしょうがない。意を決し、軽くノックをして扉を開いた。

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中に入ると、いかついおじさんが椅子に座っていた。アラブ人がみんなサダムフセインに似ていると感じるように、どうも私の頭の中ではロシア人は映画の中のマフィアに似ているように思えてしまう。

ちょっとビビリながら「グッドモーニング」と挨拶をしたものの、こんな朝早くからなんだよ。いきなり仕事かよ。といった感じで、こっちをジロッと見ただけだった。

予想通りの反応だな・・・。きっとこれはロシア式の挨拶なのだろう。ここでたじろいでは駄目だ。今までの経験からすると、こういった場合はオドオドするよりも毅然と行動した方がいい。

椅子に座って、「トランジットのビザを発行して欲しい。」と用件を伝えると、係官のおじさんは間髪いれずに「パスポートと航空券を出しなさい」とぶっきらぼうに言ってきた。

形式的というか、愛想の欠片もないな。でも愛想よく誰にでもポンポンとビザを発給する係官が日本の空港にいたなら、それはそれで嫌だな・・・。そう思うと、これはこれでいいのかもしれない。

それよりもビザが手に入らなければ、この後に拷問のような退屈さを受け入れなくてはならない。堂々とした態度で、尚かつなるべく印象がいいように、そう就活用笑顔でパスポートや航空券を渡した。

係官は提出されたパスポートと航空券をまじまじと眺め、「どうして入りたいんだ?」とか「何をするつもりだ?」とか聞いてきた。存在に迫力があるので、尋問されているような気分になる。

でもめげてはならない。「私は観光客です。クレムリンに行きたい。乗り継ぎ時間が長いので観光をしたいのです。お願いします。」と頼んだ。

すると「ちょっと待ってろ。確認する。」と、パスポートを持って奥の部屋に入っていった。後はおとなしく結果を待っているしかない。

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5分が経った。大丈夫だろうか・・・。まるでテストの結果発表みたいな感じだな。狭い部屋に一人ぼっちで待たされていると、落ち着かない。

やっぱりあのおじさんは偉い人なんだろうか。一人で任されているからにはそれなりの立場の人に違いない。見た感じも貫録があるからな。何等書記官とか、審議官とか、そういった肩書があるのかな。暇なので色々と想像してみる。

しかし、そのおじさんはなかなか戻ってこない・・・。ブラックリストなどといったものを調べているのだろうか。そうであってもそのようなものに載るような事はしていないので、多分大丈夫だろう。

ただ、一つだけ懸念があった。それは、今私の着ている服がモロッコの民族衣装ということ。明らかに日本人らしくない格好をしている。

モロッコを旅している最中に、モロッコの人が来ている服と同じ服で旅してみようと思い立ち、モロッコの民族衣装を買って、それを着て旅をしてみた。

これはモロッコ人にも好評で、色々な場面で地元の人にも馴染め、楽しく旅ができた。ここまではよかった。

この後、モロッコを出るまではモロッコの民族衣装を着ていよう。そしてモスクワに着いたら着替えようとこだわってしまったのが、ちょっと失敗だった。

アエロフロートで乗り継ぎのある場合、荷物を預けるとかなりの確率でモスクワ空港で鞄を盗まれるという話は、旅行に詳しい人にはよく知られている。

そうならないよう往路同様にバックパックを機内に持ち込むつもりだったのが、最初の搭乗手続きの時はよかったものの、飛行機に乗る寸前の搭乗チェックで、この鞄は大きすぎるから駄目だと言われ、どう粘っても持ち込めなかった。

離陸した後に「そういえば服が・・・」と気が付いたものの、もう後の祭り。着る服は全て預けた荷物の中に入っているので、成田で荷物を受け取るまで他に着る服がない。

そういった事情で日本人でありながらモロッコの民族衣装を着ているといった状況なのだが、さっきから空港を歩いていると視線を感じるし、自分でも怪しく見えるから、やっぱり他の人が見たら怪しく見えるに違いない。

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不安になりながら待っていると、ようやく係官が奥の部屋から戻ってきた。相変わらず仏頂面のままだ。

もしかして駄目だったとか・・・と、一瞬頭をよぎったが、すぐ「ビザの許可は下りた。」と言ってきたので、ホッと胸をなでおろした。

しかし、私のパスポートを手に持ったまま「君はムスリム(イスラム教徒)か?」と聞いてきた。やはりこの服が怪しく見えるらしい。

私は「いいえ。仏教徒です。この服は前の訪問地モロッコで買ったものです。単なるモロッコの民族衣装です。」と答えた。

すると、「その格好では入国できない。他の服に着替えなさい。クレムリンは神聖な場所です。宗教的な問題が起きると大変だ。」と言ってきた。

「わかりました。」と作り笑顔で答えたが、なんだか雲行きが怪しくなってきた。でもビザが降りた事実には変わりない。ビザ代40ドルを払い、パスポートとビザを受け取った。

ビザのレシート
ビザのレシート

渡されたのは3日間有効のトランジットビザだった。12時間の為に40ドルか。3日もいないから半額にしてくれればいいのに・・・と貧乏旅行者らしく思ってしまうが、これはどうにもならない事。きっとモスクワ市内には40ドル以上の価値が待っているに違いない。

面白い事にロシアのビザはパスポートに押されるのではなく、三枚綴りの書類になっていた。係官が言うには、入国の時に一枚切り離して、出国の時に残りを回収するシステムをとっているとの事。だから絶対になくすなとの事だった。

なくしたらどうなるんだろうと疑問がもたげてきたが、この無愛想な係官にそんな冗談交じりの質問をする勇気はなく、ビザを受け取った後は「ありがとう」と言って、速やかにそこの部屋から退散した。

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ビザをもらったらこっちのもの。普通はそうだけど、社会主義のロシアだと何が起こるかわからない。

入国審査官に「お前は怪しいぞ。日本のパスポートを持ちながら日本人ではないな。」などと拒否されるかもしれない。

着替えろって言われたけど、今はこの服しかないからどうすることもできない。何か言われたら「入国してすぐ買います。どうしても観光がしたいです。」って言おう。観光目的の大学生だから、お願いすれば何とかなるはず。

不安になりながら入国審査へ向い、恐る恐る入国審査台に行くと、審査官は女の人だった。書類を提出すると、私の顔を一瞥しただけで、パスポートにスタンプをポンと押し、すぐに返してきた。

あれっ・・・、力の入っていた体から一気に力が抜けていった。書類さえそろっていれば問題ないといった感じであっけないほど簡単に終ってしまった。

これが社会主義の象徴であるロシアの入国審査なのか。イギリスやアメリカ並みの質問攻めにあうと思ったのに・・・。ちょっとあっけなさすぎるぞ。

次は税関だったが、小さなリュック一つの私は調べようともしなかった。なにより係りの人はおしゃべりに夢中だ。

こんなにあっさりと入国できるとは・・・。色々と最悪なパターンを考えすぎたせいか、強烈な脱力感を感じてしまった。

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