リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版>
旅のトラブル帳
< 2001年1月〜4月の詳細 >
* 2001年1月の詳細 *
上旬  靴に穴があく! <シッキム州>
  年が明けて最初のトラブル発生。新年早々インドの山奥というか、中国との国境近くのシッキム州をトレッキングして回ることにしました。大して見所はないのですが、山歩きというか、素朴な集落めぐりをしてみたいなと思ったからです。で、そのトレッキングの最中に長年使っていたトレッキングシューズの底に穴が開いてしまいました。このトレッキングシューズは一番最初の海外一人旅からずっと一緒に旅行してきた相棒です。今回の旅でも何度も山に登り、かなりガタがきていたので、そろそろやばいかなといった状態でした。でも履きやすいし、中途半端に安いものを買ってもすぐ壊れそうだしと、我慢して使っていたらとうとう壊れてしまいました。さすがに靴底に穴が開いてしまってはもはやこれまで。そう思いつつ靴を探してみるものの、やはりなかなかいい靴が見つかりません。そこらで売っている安物の新しい靴などよりも、雨の日は靴底から雨水が浸水してきてもこのボロ靴の方が履きやすく思えました。多分履き易さは世界一。何やかんや言いながらも結局3月にレバノンで靴を購入するまで履き続けたのでした。
中旬  山頂でカメラのバッテリー切れ! <サンダクプー山>
  久しぶりに本格的登山をする事にしました。冬とはいえこっちの方では乾季なので、まず雪などの心配はいりませんが、やはり冬は冬なので念入りに防寒対策をしなければなりませんでした。おかげで荷物が重い事。でも我慢だ。えっちらこっちらと登って二日目にサンダクプー山に到着。そして山頂で神々しい夕日の写真を撮っているといきなりシャッターが下りなくなってしまいました。ん!また故障か。いや、よく見るとバッテリー切れでした。あまりの寒さでバッテリーがすぐなくなってしまったようです。え、まじ!この前バッテリーを換えたばかりなので予備のバッテリーを持ってきていませんでした。まして山頂の山小屋に一眼レフ用のバッテリーが置いてある筈もありません。という訳でお手上げ。翌朝の写真はなんとかポケットでバッテリーを温めながら写真を撮りましたが、これ以上は限界。写真を撮れなければここから先に行く気にもならなく、1週間の予定を縮めて下山する事にしてしまいました。私が登山をするとどうもカメラ関係のトラブルが多いな。今までの事を考えると、今回はカメラを壊さなかっただけ良かったと考えた方がいいようのかな。でもせっかくここまで登ったのに残念だ。
中旬  水虫になる! <カトマンドゥ>
  ここ3週間は今までになく寒い所を旅行してきました。その為今まであまり使う事のなく鞄にしまっていた靴を履く機会が多かったし、夜は寒いので靴下を2足重ねて寝るような生活をしていました。東南アジアでは滅多に靴や靴下を履く生活をしていなかったせいか、カトマンドゥに着く頃にはとうとう水虫になってしまいました。症状はちょっとひどく、足に小さな水ぶくれが沢山出来てしまい、見ていると気持ち悪いし、なんといっても痒い。なるべく昼間はサンダルを履き、夜寝る時にも靴下を履かないようにするものの、なかなか治りません。知り合った旅行者は水虫を侮っているとひどい目にあうよと教えてくれるものの、治し方までは知らないようでした。病院に行くか。いやそんな大袈裟なものではないはず。自分の足で見て回る旅人にとっては、足はとても重要です。とりあえず何でも効きそうな万能薬タイガーバームを塗りたくっていると、大分良くなってきました。なんか匂いで治っている様な気がするのがいいかも。しかし表面的に治ったかなと思っても、長い時間靴を履くと再び悪化してしまいます。これは靴を履かない生活をしないと治らないのでは。なんとも厄介な病気だ。誰か治し方を教えて下さいといった状態です。
下旬  レンタルバイクの故障! <タンセン>
  私がレンタルバイクを借りると決まって故障してしまう。このジンクスはやはり続いているようで、ここネパールで1週間バイクを借りて旅行している最中にも起こってしまいました。最初のトラブルが発生したのは5日目。ギアが上手く入らなくなってしまい、急な坂を登らなくなってしまいました。まあ何とか動くからいいかと我慢して走っていたら、翌日はガソリンが漏れ出してきました。流石にこれはまずい。引火したりしたら大変。すぐ近くにあったバイク屋に駆け込んで、修理をしてもらいました。長いこと掛かったらどうしようと心配していたのですが、両方とも比較的軽い故障だったようで1時間ちょっとで修理完了。修理代も100円程と安く収まりました。この後は壊れることなく、無事にカトマンドゥに帰還しました。今回も事無きを得たのでよかったのですが、トラブルが多いのも困ったもの。私の運転が荒いのか、バイクがボロ過ぎるのか。昔同じ様にネパールを周った時にはパンク2回にテールランプの故障1回と3回もバイク屋に足を運んだ事を考えれば、今回はまだましだったのかな。
* 2001年2月の詳細 *
中旬  ホームシック症状! <イスタンブール>
  私の旅もとうとう1年が経過しました。今まで特に家に帰りたいとか日本が恋しいなどと思うことはなかったのですが、イスタンブールで1年1ヶ月ぶりに親と再会してしまったのがホームシックの発端となってしまいました。なぜ親がトルコにいたかというと、友人と冬の格安トルコツアーに参加していたからで、ついでに色々と荷物を持って来てもらい、私も一気にデリーからイスタンブールへ飛行機で飛ぶ事にしました。しかしイスタンブールに着いてみると、とんでもなく寒いではないか。雪が舞っているほどです。そんな中ツアーの自由時間を利用してイスタンブールを案内して回ったりしました。そして親が帰った後はこの寒さが2倍にも3倍にも身にしみて感じました。そろそろ日本へ帰ろうかなどと帰国という考えがしょっちゅう頭を過ぎり、旅にやる気が起こらない状態でした。とりあえず帰国するにも思い入れのあるトルコだけは回って帰りたいと思ったのですが、トルコの東部を観光しようにも雪の為一部行く事が出来ないといった状態なので、暖かそうなエジプトのカイロに向けて旅を始める事にしました。しかしながら気温は暖かくなるものの、こんなホームシック状態では今までと同じ様な旅が出来るはずもなく、日本人旅行者と喋ったり、何もしなかったりと、だらだらと過ごしてしまう日々が続いてしまいました。
* 2001年3月の詳細 *
上旬  カメラの故障! <バールベック>
  最近はカメラの扱いも慎重になったせいか、愛機の一眼レフが壊れる事などなく、カメラに関しては何の問題もなく旅を続けていました。写真の腕の方も段々と上達してきたようで、撮った写真はなかなかいけているかも。などと調子に乗っていたら、バールベックの遺跡を観光している最中にカメラを遺跡の岩にぶつけてしまいました。やばっ。慌ててスイッチを入れてみるものの、うんともすんとも動かなくなってしまいました。またか〜、久しぶりに頭が真っ白。慌てていじくり回してみても動く気配がありません。気が動転していたせいか、フィルムカバーの蓋まで開けてしまい、それまで撮ったフィルムもパー。やれやれ。そういえば予備のカメラがあったな。ここには移動の最中に寄ったので、バックパックを遺跡の受付に預けていました。その中から予備のコンパクトカメラを取り出し、久しぶりにフィルムを装填して写真を撮る事にしたのですが、やはり一眼レフに慣れているのでいまいち写真を撮っている感じがしません。なんかやる気が出ない。挙句の果てにイライラいていたのでカメラを振り回して歩いていると指からストラップが離れカメラが宙に舞ってしまいました。そして地面に落ちた拍子にフィルムカバーが開いてしまい、こっちのフィルムもパー。入場料も高いし、素晴らしい遺跡なのですが、ふてくされてしまいもう写真を撮る気は全くありませんでした。その後、ベイルートに向かい、宿で落ち着いて一眼レフをいじっていると、電池を入れ直しただけで元通りに動くようになりました。なんだ。よかった。ホッと胸を撫で下ろすものの、フィルムを2本駄目にしてしまった経緯を考えると何とも複雑。でもこれって自業自得なんだよな。
中旬  転落!? <トリポリ>
  大事に至らなかったものの、久しぶりに恐怖体験をしました。仲良くなった日本人とトリポリの城砦へ行った時の事。遺跡の高台へ登り、これはなかなか眺めがいいなとカメラを構え、ファインダーを覗きながらもう少し左かなと微調整をしていると、気が付けば足の下に地面がなくなっていて、体が宙に浮いていました。などと書くと大袈裟で漫画ちっくなのですが、要はカメラに夢中で足元が疎かになってしまい、階段が急になくなっているのに気が付かなく転落してしまった次第です。その瞬間は頭が真っ白。まず何が起こったのか分からなく、カメラをから目を離すとまず最初に見えたのは20mくらい真下の地面。自分が空を飛んでいる感覚でした。冷静にならなければと思い、真下を見ると2メートル下に細い通路のような地面がありました。こう書くとなんだと思うかもしれませんが、カメラを覗いていていきなり地面がなくなり、カメラから目を離してまず最初に見る事が出来るのは下斜め45度が限界で、真下なんて見ることが出来ません。冷静になれたおかげで上手く着地する事ができ、カメラを壊す事もありませんでした。一部始終を見ていた日本人の上げたプレートはなんと6.5。着地のポーズがなっていなかったとの事。じゃなくて見ているほうもかなり慌てていたようで、よくピンチを迎えると周りの風景がスローで見えるのですが、見ているほうもスローに写ったようです。そしてよく着地出来たねと聞かれれば、自身満々に何度も死にかけてるからこういう時は冷静になれるんだと勝ち誇ったように答えてみました。しかし夜になると着地の衝撃のせいで膝が痛く、奥歯もずきずきして大変でした。これからはカメラの撮影時には気をつけなければ・・・。さすがに生死に関わる怖い思いをしたので、これ以降はファインダーを覗く際はかなり注意深くなってしまいました。
下旬  時計を紛失! <ベイルート>
  最近の私はたるみっぱなし。貴重品管理のいい加減さはかなりのもの。と、全然自慢にならないのですが、シリアではバスの中に財布を忘れるし、ここレバノンでもトイレの中に財布を置き忘れるなどなどひどいものです。両方とも親切にすぐ人が教えてくれて事なきを得たのですが、痛い目に遭っていないせいか相変わらず懲りていなかったりします。この前の日曜にマーケットに行った時に前から欲しかったアラビア数字の書かれた腕時計を購入しました。これは日本では売っていないはず。早速腕に巻いてみてふと思った。そういえば最近日本から持ってきた腕時計を最近見かけないな。慌てて鞄を引っくり返し探してみても見当たりません。どこぞの宿に置き忘れたか、はたまた盗られたか、それとも落としたのかさっぱり解らない。長年使っていた愛用の時計だったのでちょっと後悔。後悔するぐらいならちゃんと管理すべきだうろうな。少し物の管理も含めて気持ちを引き締めようと思ったのでした。ちなみに長年使っていた靴も新しい靴を購入したので、ここで処分しました。だんだんと日本から持参した物が少なくなってきました。後は人間と、バックパックぐらいか。
* 2001年4月の詳細 *
上旬  歯痛発生! <アンマン>
  シリア観光を終えてヨルダンへ入国し、首都アンマンに到着しました。前日から少し歯が痛むような感じがありちょっと心配していたのですが、アンマンで迎える最初の夜はあまりにも歯が痛くて眠れないほどの歯痛に苦しみました。痛さの元凶はどうも前歯のさし歯のようです。このさし歯はインドネシアで外れ、いい加減に取り付けられた歯です。もしかして中が虫歯になってしまったのか?とにかく痛いぞ。とりあえず鎮痛剤を飲んで寝ることにしました。それでも薬の効果が切れると痛くて目が覚める状態、う〜ん、痛い、最悪だ、、、明日治っていなければどうしよう。でも次の日の朝起きてみると、幾分痛みが和らいでいました。口の中に鏡を入れて歯をよく見てみると、さし歯の隣の歯、そして下の歯、更に生えてきた親知らずと虫歯が出来たのか黒ずんでいました。さし歯が痛むのはこれらの虫歯のせいで神経が炎症しているだけなのか?それなら虫歯を処理すれば歯の痛いのが直るかも。とにかくこの4箇所が痛いような気がする。さてどうしたものか。再び鎮痛剤を飲んで考えました。ヨルダンで治療するより文化水準の高いイスラエルの方が確実ではないか。でもイスラエルは今自爆テロが流行っているんだよな。入国も面倒だとか聞いたし。でも歯痛には代えられないよな。よし、イスラエルへ行こう。ついでに気の進まなかったイスラエル観光もできるし。翌日イスラエルに向けて出発しました。エルサレムの宿に夕方着いてみると、歯の痛みは大分ひいていました。明日行こうと歯医者の場所を確認だけはしておきました。その晩は何度か顔を合わせた事のある旅行者が何人かいて、これは久しぶりと一緒に宴会。そういえばミャンマーで腹痛に苦しんでいるときも酒を飲んだら治ったんだっけ。今回も都合よくそうならないかな。次の日起きると、あら不思議。ほとんど痛みがなくなっていました。きっと一時的な炎症と精神的なものが重なっただけなのだろう。歯医者嫌いでは評判のある私の事、歯医者へは行かないに越したことはないと行くのを止めたのでした。
中旬  再び歯痛発生、歯医者へ行く! <アンマン>
  一回は治ったかのようにみえた歯痛だったのですが、イスラエルからヨルダンに戻ってくると、再び悪化してしまいました。鎮痛剤を飲んでしのいだものの、これで日本から持ってきた鎮痛剤は使い切ってしまいました。薬局に行き鎮痛剤を買うものの、これが全く効かない。もうこれは我慢できないぞ。こんなことならイスラエルで歯医者に行っておけばよかった。そもそも歯痛が酒を飲んだぐらいで治るわけないよな。意を決して歯医者へ行く事にしました。よりによってヨルダンで行かなければならんとは・・・最悪だ。でもどこへ行けばいいんだ。宿のフロントの人に聞くと、思ってもいないことにこの宿のオーナーが歯科医との事。なんとも不思議な巡りあわせというか、こんなことならさっさと行っておけばよかったかも。とりあえず外国人には慣れていると思うし、宿の評判にも関わるのでコミュニケーションが取りやすいに違いない。そして診察を受けると、虫歯だと思っていた所は単に煙草の吸いすぎでヤニがこびり付いているだけとの診断。問題なのはやはり差し歯そのものでした。この辺を見抜くところは流石かも。これなら大丈夫と思ったのはここまで。ここから治療は地獄絵巻となってしまいました。前歯に麻酔を打つのはいいけど、いきなり歯茎のど真ん中にぶすっ。これが痛いどころの騒ぎではなく、歯茎から血がドバッと噴出し、口や顔が血だらけ。さすがに私も悲鳴を上げてしまいました。これは治療どこではないと、これで治療終了。薬を飲めば直ると薬の処方をくれ、おまけに高い治療費を請求してきました。麻酔が効いて引きつった顔で抗議すると幾分安くはなったものの、納得がいかない。大体麻酔を一本打っただけなのに・・・それにディスカウントの効く歯医者なんて聞いた事がない。本当に最悪な体験でした。そして一週間近く神経が腫れ上がって大変でしたが、その後歯の痛みが不思議となくなってしまいました。あの吹き出した血と共に悪いものが一緒に出てしまったとか。或いはとんでもない名医だったとか。それともショック療法だったのかな。
下旬  ピラミッドに登って捕まる! <カイロ>
  これはトラブルというよりも自分でこうなると承知で起こした事なので、トラブルというのかちょっと疑問ですが、ちょっと警察にご厄介になってしまいました。現在エジプトのピラミッドは登頂禁止となっています。そもそも安全の問題でそうなったのですが、現在では遺跡保護の観点から禁止になっています。しかしながらそれを登る事は旅行者の間では比較的ポピュラーな事となっていたりします。一番メジャーな方法は深夜忍び込んでご来光を頂上で拝む事。昔は大してうるさくなかった警備も年を追うごとに厳重となっていて、今では警察に見つからずに登って帰る事はかなり至難の業となってしまいました。私にとっては人生2度目のピラミッド登頂を他の4人の旅行者と試みました。予想通りというか、登るまでは良かったのですが、やはり降りてからが大変。警察署へ連れて行かれ説教。のはずなのですが、最初のうちは係りの人と談笑。そのうち係りの人も飽きてきたようで、中庭で座っていなさいとほったらかしにされてしまいました。そして「まだ〜」と尋ねると、「寝ていろ」と言われる始末。多分、我々のように登って捕まる人が多く、一応規則で説教をしてから釈放となっているようなのですが、係りの人達も毎回毎回説教をするのが面倒のようで時間が来るまでほったらかしにしている感じ。そして最後に警察の台帳に名前とサインをして終了。思えば何かやらかして警察の台帳に署名するのはベトナム以来の事だな。
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