リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版>
旅のトラブル帳
< 2000年9月〜12月の詳細 >
* 2000年9月の詳細 *
上旬  頭痛がひどく病院へ! <ジョグジャカルタ>
  デンパサールから続いている頭痛、高熱が治らなく、もしかしたらマラリア、デング熱等々生命に関わる病気ではないか。一度不安になると負の連鎖が始まり、なかなか治らないものです。もしかしたらと恐くなり、とうとう保険会社に電話して病院を手配してもらいました。診察を受けてみるとこれがなかなかいい加減。問診をしてからちょっと診察をしてすぐ終了。「喉が腫れている風邪ですね。」って片付けられてしまいました。喉が痛いのは頭が痛くいらいらしていてたばこをプカプカ吸っていたせいだって!全く。こっちも必死だったので、頼んで血液検査をしてもらいました。看護婦さんたちがわざわざ保険で来た患者だよ。大袈裟だよね。とひそひそ話をしているのが嫌な感じ。ちょっとはインドネシア語が分かるんだぞ。で後日、検査結果が届くと数値にばらつきはあるものの正常とのことでした。もはや峠を越していたので風邪との判断だったに違いない。ずっと続いた脳が炎症しているような頭痛、高熱の苦しみはただの風邪ではなかったはず・・・。いやそんな怖い病気よりも単純に風邪のほうがいいかな。再発等の心配もないし。って、病気の自慢をしてもしょうがない。何にしても病院に行って安心したせいか、その後少しずつ良くなっていきました。ある意味病院は神社みたいなところかも。お参りして、ある程度の診察料を払えば効果があるってか・・・。
中旬  乗ったバスが事故る! <ソロ>
  スラバヤのカメラ屋に急いでカメラを引き取りに行こうとして、珍しくエアコン付きのデラックスバスに乗りました。普段は経費節減と一番安いクラスのバスに乗るのですが、明日からカメラ店が休みなので、今日の閉店前までにどうしても着きたく、料金は高いけど速くて快適に行く事が出来るエアコンバスを利用することにしました。涼しくて快適だな。いつもみたいに急停車して客を乗せるようなこともないし、こりゃいいやと安心してうとうとしていると、いきなりの急ブレーキ。飛行機の着陸並の重力がかかり前につんのめりました。こりゃやばい!とっさに衝撃に備えたものの大事には至らなく、バスは路肩に突っ込み上下左右に恐ろしく揺れて停まりました。時速100q位で突っ走るインドネシアのバス。まともにぶつかるとえらい事になります。実際ぐちゃぐちゃになったバスが道路脇に放置してある光景はよく目にしているので、最悪の事態は容易に想像できてしまうの怖いところ。それにしても路肩の広い所でよかった。運転手と車掌はすぐバスを降りて、いきなり飛び出してきたらしいトラックの運転手の所へ。我々乗客はバスを降りて交渉の行く末を待つしかありませんでした。バスの横腹はトラックとの接触したようで傷だらけ。トラックの方はバンパーが壊れるなどちょっと重傷。結局交渉の為しばらく足止めを食らうことに。早く快適なはずのエアコン付きデラックスバスは私が乗るとそうではなくなるようだ。でもなんとかシャッターの下りる寸前にカメラ屋に到着することができました。いや、本当にぎりぎりでした。
中旬  南京虫の襲撃に遭う! <スラバヤ>
  スラバヤに着き、いつも使っている宿へチェックイン。今日は今までと違いちょっと薄暗い感じの部屋でした。まあいいか。特に気にもせず、夜寝ようとベットに横になりうとうとしていると、何かが足を這う感触がしました。ん?そしてチクチクとしたと思ったら強烈な痒さを感じました。慌てて電気をつけて足を見ると大量にかまれていた。どれも線状に複数かまれています。この噛まれ方は南京虫か?ノミやダニではないはず。しかし噛まれた後ではノミでも南京虫でもどっちでも構わなく、もう噛まれなければそれでいい。虫除けを塗り、電気を点けたまま痒いながらも寝ました。翌朝起きてみると虫除けを塗り忘れた所を中心に何箇所かかまれていました。インドネシアで買った安い虫除けでしたが、一応ちゃんと機能しているんだ。でもこれ以上この部屋に泊まるのはたまらない。部屋を換えてもらい、虫除けを新たに購入しておきました。この手の虫は一度かまれ始めると暫くは服などに引っ付いていてかまれる続けるので厄介です。この後は大量にかまれることはありませんでしたが、しばらくは何処かしらかまれる生活を送らなければならなく、痒い日々が続きました。
中旬  直らないカメラ! <スラバヤ>
  ソロからそろそろ(笑)カメラが直っただろうと確認のためカメラ屋に電話してみると、修理には更に2ヶ月かかると言われてしまいました。聞き間違いかと思い、もう一度念を押して聞いてもやはり2ヶ月かかるとの事。2週間で直るというから貴重な時間を割いて修理に出したというのにどういうこっちゃ。電話ではよく分からないので直接カメラ屋へ行くと、メインコンピューターが壊れているのでインドネシアでは直せず、シンガポールに送らなければならないから2ヶ月かかるんだとの事。レンズもしかり。なるほど筋が通っている。っていうか、最初っから言ってくれ。それぐらい分かることでしょ。インドネシアで修理しようとしたこと自体間違っていたようです。こんな事なら修理に出さなければよかったと、この2週間の行動を振り返り思いました。それにしても最近はカメラに振り回され続け、本当にろくなことがない。
下旬  第5回腹痛! <ボンドウォッソ>
  マドゥーラ、スラバヤとここのところ小さな腹痛が続き、なんかちょっと変な感じが続きました。特に下痢をしているわけではなく、なんかお腹が痛むといった感じ。もしかして胃炎とか、腸が荒れているとか、嫌なタイプの病気なのだろうか。でも体は元気だからそんなわけないか。そんなに気にしていなかったのですが、ボンドウォッソに着いてからは腹痛がひどくなり、下痢、頭痛を伴うようになりました。起きているのが辛い症状。これはベトナム以来久しぶりの細菌性食中毒のような。この程度ならもう慣れたもの。薬と水を大量に飲みぐっすりと寝ることにしました。原因が分かっている病気なら気が楽です。多分2日ぐらいでこの細菌性食中毒は治ったと思うのですが、この後続けざまに風邪を引き、再び腹痛に苦しむ事になってしまったので定かではありません。
下旬  カメラ、三脚が壊れる! <パルトゥディン>
  カワ・イジャンという火山に登り、下山している途中、下り坂を一気に駆け下りていると後ろでガシャと音がしました。振り向いてみると、地面にはなんと私のカメラが落ちているではないか!えっ!慌ててリュックを見るといつの間にか開いているし・・・振動で勝手に開いてしまったようだ。なんてこった。カメラを拾いスイッチを入れてみても動かない。まだ新しいカメラなのに・・・一瞬頭が空白に。とりあえず下山して、宿でカメラをいじくってみると本体は何とか動くようになりました。しかし問題はレンズ。落ちた衝撃で根元部分のプラスチックが折れてしまっていて、何とか使えないこともないけどしっかりと手でレンズを押さえて固定してやらないと写真が撮れない状態でした。メインレンズに引き続き予備のレンズまでも破損してしまうとは・・・私のカメラ運は相当悪いようだ。こうなったのもリュックのせい。よく見るとチャックがおかしくなっていて、何の抵抗も無く重力だけで開いてしまうではないか。今後使う時には気をつけなければ。更に悪いことは続いてしまいました。次の朝再び山に登り朝日の写真を壊れたレンズで何とか撮っていると、今度は三脚が縮まなくなってしまいました。チャックは簡単に開くのに三脚は・・・まったく、えいっと力を入れるとポキッ。もはやどうでもよくなりました。そのまま火口に向かってえいやっと投げ捨てると、仙人が出てきて、「あなたの落としたのは金でできた壊れていない三脚か、それとも壊れたアルミニウムの安い三脚・・・・・・以下省略」
下旬  セーターを盗まれる! <パルトゥディン>
  カワ・イジャンの登山は麓の山小屋に宿泊して行いました。山小屋は国立公園の管理事務所をかねているので地元の大学生などの宿泊が多く、夕食時には大学生や山を管理する事務員の人々と仲良くなり、とても楽しく過ごせました。しかし翌日去ろうとするとセーターがないのに気が付きました。あれれれ?さっきまであったのに、一体誰が?狭い社会なので犯人は限られてきます。セーターは結構気に入っていて日本からずっと持ち歩いていたもの。それがなくなったのは悔しいけど、長旅なので消耗品と思えば済む事。それよりも仲良くなった人々の中に犯人がいてそれを疑わなければならないのが辛い。ちょっと後味の悪い登山となってしまいました。もっとも完全に安心しきってセーターをほっぽって置いていた私も悪い。こういう後味の悪い思いをしないためにも常に物の管理は怠ってはいけないとしみじみと実感した次第です。
下旬  風邪を引く! <パルトゥディン>
  ここの所腹痛が続き、体調があまりよくなかったのですが、それに追い打ちをかけるように風邪を引いてしまいました。しかもかなり状態は悪く、頭は重くて体がだるいし、鼻水はずるずる滝のように流れ、咳、くしゃみが止まらないといったひどいもの。お腹も引き続いて痛いし、カメラは壊すしとまるでいいことなし。カワイ・ジャンの山小屋で寒い中寝たのが原因と思われます。夜中寒くて何度も目が覚め、睡眠不足で体が弱っていいる中の登山をしたせいで余計悪化してしまったのかもしれない。まもなくインドネシアから出国してタイなどに戻る予定。インドネシア旅行のラストスパートだと張り切っていた矢先の事だったので、しばらく静養しながら旅をしなければならなく、かなり歯痒思いをしました。
* 2000年10月の詳細 *
中旬  実家の車が盗まれそうになる! <マラッカ>
  長いことインドネシアの島々を渡り歩いた後、今年の5月に自転車を盗まれ、しょげてやってきたマレー半島のマラッカに戻ってきました。ユーラシア大陸に戻ってきたんだ。なんかホッとする。そして久しぶりにインターネットをつないだところ、親からのメールに我が家の車が盗まれそうだったと書いてありビックリしました。今まで自分の事ばかり心配していたけど、実家のことも心配しなければならないんだ。車自体は盗まれなく窓ガラスを割られて、少しいじくられた程度で済んだようです。でもこれが身内に起こった不幸とかだったらすぐに帰国しなければなりません。やはり日本と無関係ではいられないな。しみじみと実感した次第。それと少し日本が恋しく思えるようになってきました。
下旬  サンダルが壊れる! <アユタヤ>
  アユタヤ観光はバンコクの宿に荷物を預けての観光でした。もちろん暑いのでサンダル一足でやってきたのですが、アユタヤからバンセに移動する列車の中で足を踏まれた際に鼻緒が切れてしまいました。このサンダルはインドネシアのスラバヤのショッピングセンターで奮発して買った日本製。壊れにくいと思ったのですが、そうでもなかったようです。ここの所強烈な日差しとスコールの連続、おまけに自転車に乗って遺跡を歩き回っていたのでゴムが弱くなってしまったのだろうか。滑りにくいのはよかったのだけど、案外日本製も頼りないかも。でも何が一番困ったかというと、列車の中で壊れてしまったものだから、列車を降りてからが大変でした。履くに履けないサンダルではさすがに歩けません。といっても裸足で歩く気にもなれないので、無理矢理なんとか履いて歩いたのですが、みっともない事。すぐにリクシャーを捕まえて市場へ行き、旅始まってから6足目のサンダルを購入したのでした。
* 2000年11月の詳細 *
上旬  転ける! <パクセ>
  久しぶりに単純に転けてしまいました。ちょっと鞄の整理をしながら歩いていると、東南アジアではよくあることなのですが、溝ぶたが中途半端に開いていて、それに足をとられて”どてっ”。その拍子に鞄からカメラが放り出されて”ガシャッ”。またやってしまった。一瞬頭が真っ白になりました。せっかくバンコクで今まで使っていたカメラを修理に出し、代わりに中古の安いカメラを買い、更にはもう壊さないようにとカメラバッグまで購入したというのに・・・。なんてこった。すぐに拾ってレンズが割れていないのを確認してスイッチを入れると・・・反応がない。やばっと顔面蒼白に。もう一度スイッチを入れ直してみるとウィーンとモーターの動く音がして、ふぅーとまず安堵。正常に動くことを確認すると、ようやく思考回路が正常に戻り、胸を撫で下ろした次第。しかし安心したら、足が痛いのに気が付きました。かなり強く打ち、そして擦り剥いたようでちょっと痛々しい。でもこの程度の怪我ならカメラと違って消毒さえしていれば治るはず。本当にもうカメラだけは壊したくないもんだ。
上旬  川に落ちる! <バン・ヴィエン>
  バン・ヴィエンといえばバックパッカーの溜まり場として有名な村です。本当にのんびりしたところで、時間が緩やかに流れているのを実感できてしまうような場所です。ここでは洞窟観光などが有名ですが、バックパッカーの間ではメコン川の支流をタイヤのチューブに乗って下ることが人気です。では私もと挑戦してみました。川下りといっても流れは緩やかなので、スリリングなどという言葉とは無縁の代物でした。まるでバン・ヴィエンの空気そのもの。個人的には結構退屈してしまいました。それはそうと、上流から川を下ってきて、さて岸に上がろうとした時の事だったのですだが、目の前の川を荷物を持って渡ろうとする女の人達がいました。これはシャッターチャンス。ラオスらしい光景だ。こんな時の為に用意していたコンパクトカメラをビニール袋から取り出し、もう少し左、もっと左とタイミングを待ってシャッターを”カシャッ”。そして”ドボン”。まんまとバランスを崩してチューブからひっくり返り、川へ落ちてしまいました。もちろん浅い川で、流れも緩やかだし、濡れてもいい格好をしているので、本当はなんら問題もないはずだったのですが、落ちた場所が悪かった。岸付近だったので川底はヘドロだらけ。その結果体中が臭くなってしまい、悪い事にこの時に水を少し飲んだせいだと思うのですが、次の日から長い下痢生活が始まってしまうし、更に目に水が入ったせいか、これまた次の日から目におできが出来てしまいました。もちろん手に持っていたカメラが大変な事になったのは言うまでもありません。中のフィルムは駄目になった上に、カメラは泥だらけ。モーターなどが入っていない簡単な作りのカメラなので中を開けて大掃除。壊れなかったのだけがせめてもの救いでした。まさかこんな程度の川に落ちた事でこんな大惨事になるとは思ってもみませんでした。
中旬  続く下痢P1! <ムアン・シン>
  バン・ヴィエンで川に落ちてから始まった下痢が一向によくならなくて心配です。時々治りかけて、そしてまたひどくなっての繰り返しが続いていました。そこまでひどくないし、この程度なら今までの経験からそのうち治りそうな感じもするし、私の腹はかなり強いという自負もあるしと、ほったらかしにしていたのですが、ここムアン・シンに来てから急にトイレに駆け込む回数が増えました。正露丸等の薬を飲んでみるものの、あまり効き目がないようで、さすがにこう長く続くと不安になってきます。それでもまだ病院に行くほどでもないし、こんな片田舎にまともな病院があるとは思えないので、引き続き自分で治療というか、ほっておく事にしました。ひどくなるようだったら、日本語が通じ、設備が整っているバンコクに戻ったときに病院に行けばいいやという気持ちがあったからです。それにしてもこの下痢は一連の病気なんだろうか、それともその都度何かにあたっているのか、その辺がはっきりしないのが一番の不安でした。
下旬  続く下痢P2! <バゴー>
  ラオスからバンコクに戻ると、軟便は出るものの、そんなに調子が悪くなかったので下痢については気にしないようにしていました。これはもう治る寸前。気にすることもないや。下痢について忘れつつミャンマーに入国しました。そして首都ヤンゴンに飛行機で降り立ったまではよかったのですが、バゴーに移動してから再びひどくなりました。せめてバンコクでひどければいい病院が沢山あり、しかも日本語で診察を受けれたのにと、下痢に苦しみながら恨めしく思ったのでした。この下痢もやはり川に落ちた時からの一連の病気なのだろうか。ちょっと前の小康状態は治ったのではなく、波というやつなのだろうか。でも食欲はあるし、普段の生活は元気だし、・・・もしかして腹の中に何か住み着いていて、栄養をどんどん吸い取っているとか・・・。日本で訪れた事のある寄生虫博物館でのおぞましい光景が頭をよぎり、寒気がしてきました。さすがに私の腹の中には体長10mクラスのギョウチュウはいないよな。10mなくても変なものが便と一緒に出てこないよな。そう考えると不安になり、便のときには注意深く観察するようになってしまいました。
* 2000年12月の詳細 *
上旬  続く下痢P3! <カロー>
  下痢を抱えながらもミャンマー旅行を続けていました。何とかしなければと思いつつも、切羽詰って苦しい訳でもないのでほっていたのですが、カローでトレッキングをした日から激しく滝のような下痢が出るようになりました。またもやスイッチオン状態。どういった周期でスイッチが入るのだろうか。下痢の多い日をチェックしていればなんかバイオリズムというか、病気の症状が分かるかもしれません。今回も昼間は気が張っているせいかそんなひどくはないのですが、夜になると大変でトイレから離れられない状態でした。さすがにこれはやばい気がする。病院に行くのが面倒と言っている場合ではないかも。さすがにズブイ私でも危険信号が灯り始めました。かといってミャンマーの片田舎であるカローにちゃんとした病院があるはずもなく、とりあえず頑張って次の訪問地マンダレーまで我慢することにしました。ここまで下痢が続くと腹に寄生虫なり、悪性の細菌がいるに違いない。ここ一ヶ月、固い普通の便をしていない事を考えると固い便が恋しく思えたのでした。
中旬  続く下痢P4! <マンダレー>
  マンダレーでも相変わらず滝のような下痢が日に十回弱も出る生活が続いていました。しかし昼間歩く分には特に問題なく、辛いのは朝晩のみという変わった症状でした。さすがに病院に行かなければと思ったものの、よくよく考えるとミャンマーでちゃんとした病院があるのだろうか。保険会社に電話するのにめちゃくちゃ面倒臭いのではないか。色々な手続きを考えると億劫になり、まだ我慢できる範囲と手続きが簡単に済むだろうと思われる首都ヤンゴンまで我慢する事の方を選びました。そして我慢して次の訪問地バガンに到着。ここは世界三大仏教遺跡の一つ。昼間は自転車で遺跡を観光して回ると、やはり夜になると滝のような下痢が出るといった症状に変わりはありませんでした。しかしバガンでの滞在中、知り合いの日本人に再会しました。そして自分の誕生日も重なり一緒にビールを飲みに出かけました。腹痛がひどくなるのではと心配して恐る恐る飲んでいたのですが、なぜかその逆。翌日からぴたりと下痢が止まってしまいました。今までの苦しみは一体なんだったのだろうか。ビールと共に悪い病原菌が流れ出たのだろうか。それともビールのアルコールで消毒されたのかな。しかし本当に治ったのだろうか。単にビールを飲んだだけだというのに。これではまるで漫画のような展開ではないか。何にしても下痢から開放されて、やっと人並みの生活が送れると思うとうれしい。後は再発しない事を祈るのみでした。
中旬  瞼が膿む! <バガン>
  仏教遺跡で有名なバガンに到着した日の夜、目が痛いなと鏡を見ると左目にものもらいのようなものが出来ていました。比較的ものもらいが出来やすい体質なので、厄介な事になったなと思いつつもいつもの事とあまり気にせず、とりあえず目薬を差して寝る事にしました。翌日特に気にせず、埃の舞うバゴーの遺跡を自転車で観光して回りました。途中目が痒くて何度か目をこすったのがよくなかったのでしょうか、夕方宿に戻ってみると目の腫れがひどくなっていて、かなり痛みがありました。これは困ったと思うものの、さすがに目だとどうする事もできません。再び目薬を差して寝る事にしました。翌朝起きてみると、左目だけ目やにがひどく出ていました。やっぱりなんか悪いおできができてしまったようだ。その日は一日中左目から目やにが出続けました。翌日これは参ったと薬局へ行き、薬局の人に症状をみせて目薬をもらいました。腫れはひどいけど、こっちの目医者に行くことの方が怖いかも。その日の夜、一体どうなってるんだと瞼を裏返してよく見ようとすると、かなり膿が溜まっていたようで勢いよく膿が飛び出してきました。今までの目やにはどうやら膿だったようです。これを機に回復していったのですが、しばらくは朝起きると左目に目やにが溜まっている症状が続きました。
下旬  風邪を引く! <ダージリン>
  インドで年を越す事が決定して、さてどこで年を越そうかと考え、思い浮かんだのが紅茶の産地で有名なダージリンでした。標高が高く寒いので雰囲気をぶち壊すような観光客は少ないはずだし、この時期は空気が澄んでいるので山が綺麗に見えて最高。ヒマラヤの山々を見ながら紅茶をすするのも悪くないな。そう思い、意気揚々にダージリンに向かったのですが、到着してみると予想以上に寒くて大慌て。ジャケットなどの防寒着を買い揃えたものの、今まで暖かい所を旅行して来たので体の調整が上手く出来なく風邪を引いてしまいました。予想通り外国人観光客は殆どいなかったものの、寒い所で一人風邪を引いている程寂しいものはありません。こんなことになるんだったらカルカッタでみんなと同じように南下して、年越しパーティーとやらに参加すればよかったかな。なかなか治らない鼻水に苦しみながら思ったのでした。
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