リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第15週   〜〜〜
4月24日 (月) 曇
パタヤ
・パタヤの夜
支出 2000円
  パタヤに来てから3日目の朝を迎えました。ってもう3日目か。一応書き物をする為に滞在しているわけですが、何をするわけでもなく長居をしている感じです。これではまずいではないか。今日にでも移動したほうがいいでは。この町の雰囲気もいまいち良くないし、これといって観光する場所もないし・・・。でも原稿が・・・まだ完成していませんでした。とりわけ日記に時間がかかっていました。やっぱり日記は溜めるものではないな。後から書くと、思い出に浸ってしまって思い通りにはかどらないこと。あの時こうだったなと筆を止めてにやり。ふと気が付くと、30分経っていたりして・・・。とにかく早く書かなければ。せっかく時間をとったんだし。それにどの道バンコクに戻っても狭い部屋しか待っていない事を考えると、もう少しここで粘る方がいいような気がします。そもそも持っているガイドブックが東南アジアという大雑把ものなので、タイの細かいことが載っていなく、今の私にはバンコクとパタヤの二択しか選択肢がないのが辛いところでした。バンコクに戻ったらタイのガイドブックを買おうかな。せっかく日本の書店紀伊国屋があることだし・・・。

  午前中は宿で原稿を書いていたのですが、いまいちはかどりません。午後からは再びマックに筆記用具を持って行き、そこで書くことにしました。なんか受験勉強をしている学生の気分。って何でタイでこんなことやってるんだろ。ほんとリアルタイム旅行記なんて面倒なことを始めてしまったものだ。でも・・・やることがあって、いや、やらなければならないことがあってこれはこれで楽しいかも。読んでくれる人もいれば、旅をしていても自分が日本とつながっている感覚もいい。などと思いつつも、マック効果はてきめんで、夕方にはほぼ書き終えました。しかし手が・・・感覚が麻痺するぐらい手首や指の関節が痛くなってしまいました。

夕暮れ前の繁華街
夜の繁華街
  これで明日は思い残すことなく、バンコクに戻れるぞ。そう思うと、あまり好きではないパタヤといえども少し未練を感じるというもの。今日はちょっと夜の散歩をしてみました。今までもそうでしたが、夜になると町中にピンク色のネオンが灯されて、ピンク色一色に染まります。普通の屋台までがピンク色のネオンをともす必要があるのだろうか。一体この現象は何なんだろう。観察しながら歩いてみるものの、ピンク色のネオンが灯った果物の屋台では、普通に客が果物を買っていましたし、ピンク色のネオンで灯された土産物屋でも、年配の欧米人夫婦が普通に買い物をしていました。って、照明がピンク色だけで普通じゃないか。何かあると思ったのに・・・。これは他の店よりも目立つ為とか、お下がりで安かったとか、そういった類ではないのかな。或いはこういう文化だったりして・・・。少しは安心しました。

  しかしちょっと夜遅くなると、酔っ払いが増えてきて大変。この町にはバーがやたらと多い。本格的なものもありますが、大半は祭りの露店のようなもの。至る所にピンク色のネオンを灯したバーがあり、タイ人の女性がカウンターにずらっと並んでいました。まるでショーウインドーに並んだ女性・・・って、実態は売春婦なんだろうな。私が一人でその前を通ってもあまり勧誘の声はかかって来ませんでしたが、欧米人が通ると、女の子達は路上まで出てきて踊り出す始末。見ていると面白い・・・。いやいや、何やってんだといった感じ。バーで飲む習慣のないアジア人よりも欧米人をターゲットにしているのだろうけど・・・。う〜ん、どうせなら私にも・・・って、そうじゃなくて、しらふで見ていると妙に虚しくなってしまいました。一体みんなで何にやってるんだ。町全体が狂ってるぞ。まるでバブル期の六本木の夜みたい・・・。
4月25日 (火) 晴
バンコク
・再び断念!バイクの旅
支出 1400円
  再びバンコクに戻ってきました。懐かしい反面、渋滞している車やバス、バイクを見ていると暑さも倍増してきます。何やかんや言ってもパタヤのほうが過ごしやすかったな。これはやっぱり人口密度とか、海の近くとかいったものなのだろうな。そして荷物を預けていたので、再び同じ宿にチェックイン。今まで少し広い部屋だったので、一層部屋が狭く感じてしまいます。これはやっぱり監獄部屋だな。たまらない。なるべく早くバンコクを旅立つようにしよう。そして次から他の宿にしようと決めました。ただ、部屋が狭い以外は宿の人も親切だし、シャワーやトイレもきれいだしと部屋の狭さ以外は文句がなかったりします。

市バスの車内で
  バンコクに戻ってきたものの、カメラの修理が終わるのは明日なので、今日は特にすることがなかったりします。何をしよう。そうだ。パタヤからバンコクにバスで向かっている途中で、バイク屋の前を通ると恐ろしく安い値札が付いていたな。もしかしたらタイはバイクが安いのかもしれない。インドシナ半島バイクの旅計画はまだ諦めていない訳で、バイクを見にバイク屋へ向かうことにしました。以前観光案内所でもらった観光ガイド地図を持ちながら市バスに乗ると、車掌に「どこで降りるのだ?」と聞かれ、「ここだ」と地図を指差すと、車掌さんは親切にそこなら後いくつ先だからと言い、俺に任せておけみたいな感じでした。しかも切符代を払おうとすると、お金は要らないとの事。これにはちょっとびっくり。バンコクの市バスに乗ると、例外なく親切な車掌さんなのですが、無料にしてくれたのはこの人が初めてでした。バス賃は値段にすると10円ぐらい。車掌にしてみれば、ようこそバンコクへといった感じだったのでしょうが、しかし・・・、うれしいような、周りの乗客の事を考えると迷惑なようなちょっと複雑でした。

  車掌さんに次だと声をかけられて無事に下車。しかも手まで振ってもらっちゃったりして・・・。至れり尽くせりだな。お金払っていないのに・・・。さてバスを降りると、すぐ目の前にバイク屋がありました。結構沢山バイクが並んでいて、そこそこ大きなバイク屋でした。早速中に入ると、中年おじさんが出てきました。英語で大丈夫かと聞くと、大丈夫との事。それは心強い。というより、私のほうが心配なので、鞄の中に英語の辞書を持参していたりして・・・。で、あれこれ聞いてみると、手続きに10日はかかるとの事。それに値段に関しても、安いと思ったらタイでは独特の値段の付け方をするので、値札どおりではなく、中古といえども結構高い事が判明しました。う〜ん、これは困った。払えなくはない金額だけど、結構しんどいところだな。シンガポールに行って、マレー半島を回って、タイとラオスを回って、最後に売ればそれなりの楽しめるだろうけど、今は差し迫ってシンガポールに行きたいしな。10日も手続きにかかっては友人との約束の日に間に合いません。ちょっと検討の必要がありだな。とりあえずありがとうといい、バイク屋を出ました。

  宿に戻って色々考えてみましたが、やはり現実的に5月の連休にシンガポールに行けないのが痛い。こんなに時間がかかるとは・・・って普通に考えれば、日本でも登録には時間かかるよな。パタヤに行く前にやっておけばよかったな。そうしていれば間に合ったかも。まあしょうがない。中古で他人名義ならすぐにでも乗れるぞと教えてくれましたが、それでは国境が越えられるかどうか分からないので、諦めました。ならどうしよう。そういえばマレー半島を縦断する豪華な寝台列車があったはず。パラパラとガイドブックをめくるとありました。なかなかこれはよさそうだ。よしっ、ここは奮発して冷房の効いた快適な鉄道にしよう。鉄道か〜、久しぶりだな。やっぱり鉄道の方が旅情を誘うよな。でも全ては明日カメラがちゃんと直ってからだな。それから全てを始めよう。
4月26日 (水) 曇
バンコク
・更に砕かれた計画
支出 3700円
  今日は待ちに待ったカメラの修理が終わる予定日です。カメラが直らないとどうにもこうにも動きが取れないので、ぜひとも直っていて欲しいものです。それかむしろ直らない方がいいかも。そうすれば新しいカメラを買う口実ができるし・・・。一番最悪なのは後1週間かかると期日が延びることかな。とりあえずカメラ屋に行く前に、今日はカメラの修理代やら鉄道の切符代やらと出費がかさみそうなので、多めに銀行で両替をしておきました。そしてバスに乗って修理を依頼した店を訪れてみると、うれしい事に修理は完了していました。修理費も2千円ちょっとと日本では考えられない安さ。よかったよかった。これでバンコクを旅立てるぞ。

フォアランポー駅構内
  直ったカメラで久しぶりに色々と写真を撮りたいけど、その前に色々とやっておかなければ。その足で昨日計画したマレー半島縦断鉄道の旅を実行する為に、早速バンコクの中央駅であるフォアランポー駅に向かいました。そして窓口でシンガポール行きの列車の切符を購入しようとしたら、明日は満席との事。まあしょうがないな。今日の明日だし。では明後日を。と、端末で調べてもらうと、またしても満席。あららら。では何時空いているの?と聞くと、5月3日まで満席との事でした。えっ、そんな先まで満席なの。これは大誤算でした。これでは5月4日にシンガポールで待ち合わせをしている友人に会えないではないか!参ったぞ。会えないのならシンガポールに行く意味がないしな〜。快適にエアコンの効いた寝台列車でマレー半島を下ろうとした私の計画はあえなく砕かれてしまいました。何事も計画的に行わないと駄目だな。そもそもがカメラが壊れた時点で歯車がずれてしまったんだよな。まあ過ぎてしまった事はしょうがない。

  さてどうしたもんか。これは観光どころではない。でもその前に昼食を食べよう。繁華街へ行き、以前に気になっていた日本のチェーン店のラーメン屋のトム・ヤム・クンラーメンを挑戦。ん、辛い。若干、日本人好みに近い方向性で味が修正されているものの、ちょっとこれは失敗かも。食後はガイドブックを広げて作戦会議。ここは冷房も効いているし、日本の環境に近いのでなんか落ち着いて考えられるかも。さてさて、鉄道が駄目なら後は飛行機か、バスということになるのかな。でも飛行機は高いよな。それにここまで飛行機を使わずに大陸を移動してきたのにここで飛行機を使ってワープというのも気が引けます。バスはちょっと遠いような・・・。地図を見る限りバンコクからシンガポールまで2000kmはあるぞ。それに途中下車しながら行くのと違って一気に2000kmのバス旅って・・・、しんどくないか。それよりもシンガポール直通のバスは出ているのだろうか。ガイドブックにはそういったことは載っていないけど・・・まあ最悪乗り継げばなんとかなるか。大きな半島だし。でもなんか最近苦労を背負っての移動ばかりのような・・・。とりあえずバスでシンガポールに下るのが今の状況だと一番無難そうな感じでした。

夜のカオサン通り
  せっかくカメラが直ったものの、観光する気分ではなくなってしまい、少し町を歩いた後、カオサン通りに戻りました。困ったらカオサン通りだよな。ブラブラと歩いていると、幾つかの旅行代理店の看板にシンガポール行きのバスの案内が張ってありました。なんだちゃんと出ているんだ。一応時間とかを聞いてみるか。そのうちの一軒に入り、シンガポール行きのバスのことを聞くと、直通は出ていなく、タイ南部の都市ハトヤイで乗り換えてペナン経由でうんちゃらこうちゃらと、面倒臭そうな感じでした。どうも説明している人もあまりお勧めではないといった感じでした。もしお金があるなら鉄道がお勧めだよ。切符の手配をしようか。と言ってきましたが、予約が取れなかった話をすると、じゃあ飛行機はって・・・。こうなったら自力で行く方がいいな。どっちにしろツアーバスはベトナムでいい思い出がないのであまり使いたくもないし、これはこれでよかったかもしれないな。
4月27日 (木) 曇
バンコク
・新たな野望
支出 1300円
  今日にでもシンガポールへ向けて出発したかったのですが、シンガポールで会う友人からのメールを待ったり、5月中旬にタイへやってくるという親に電話をする為、もう1日バンコクに滞在する事にしました。色々と持ってきてもらいたいもののリストを先日送り、ツアーのスケジュールもメールで送ってもらい、後はどこで待ち合わせるかといったメールでした。最悪ホテルに押しかければ何とかなるだろうけど、時間を決めておいたほうがお互いに安心というものです。

  さて昼間は暇なので、再び観光案内所に歩いていき、今度は中古のカメラを売っている店と自転車を売っている店を教えてもらいました。中古のカメラ屋はよくラーメンを食べに行っていたショッピングセンター内にあって、びっくり。こんなとこにあったんだ。ラーメンを食べるのに夢中になっていたので気が付かなかった・・・。で、さっそく訪れてみると、結構品揃えがしっかりとしていて、あまりじっくりと見ているとこれが欲しい、あれも欲しいとなってくるので、早々に退散。差し迫って買い換える必要もないけど、次に壊れたときとかにもっと性能のいいカメラが欲しいなといった感じです。今度バンコクに戻ってきたときにでも考えようかな。

  その後は自転車街というか、何件か自転車屋が並んでいる場所に行き、少し自転車を物色しました。昨夜、ふとバイクが駄目なら自転車でマレー半島を縦断したら面白いだろうなと思ったからです。もちろん今買っても私の体力では約束の日にシンガポールにたどり着けないのは必死なので、今日は下調べだけ。買うとしたらシンガポールに着いてからだな。バスでシンガポールに行き、自転車で戻ってくるというのはいいかも。往復なんていったら苦痛だろうけど、片道ならまだ挑戦してみようといった気になります。それに部分的にマレー半島だけの自転車の旅とすればゴールがはっきりしているのでやりやすいだろうし、もし上手くいけばその後も続けることもできます。やはりカンボジアでの自転車での遺跡見学の楽しさが引き金になったようです。そういえば自転車でベトナムを縦断していたヤマさんにも影響を受けたな。彼は今ラオスにいるようです。メールによると私がバンコクに着く二日前にラオスに向かったんだとか。

  とりあえず両方とも今は買えないので下調べをしただけでした。最近繁華街に出てうろちょろとしている割にはあまり買い物をしていないのが実際です。見ているだけで、使うとしたら日本食などのちょっと豪勢な食べ物ばかり。今日も昼に日本食を食べました。バンコクでは日本食が流行っているのか、日本食の店が多く、値段も思ったほど高くなかったりします。なんかある意味幸せかもしれないけど、日本食は日本で当たり前に食べられるんだよな。わざわざここで食べているのもなんだかなといった感じです。同じようにわざわざタイでだらだらと過ごしているのも虚しい事かも。こんな生活をしていたら駄目になるんだろうな。ちょっと反省しつつありました。
4月28日 (金) 曇
バンコク
・一路シンガポールへ
支出 2000円
  いよいよバンコクを出発の日。なんやかんやいって長居してしまったな。もしカメラを壊していなければ、もっと色々な場所に行けたのに。こんなにだらだらと滞在する事もなかっただろうに。最近の行動を振り返るとそう思えてしまいますが、そうなってしまったものはしょうがありません。そもそも旅は因果応報の繰り返し。ムイネでのホームステイも宿ともめた為に起こったものだし、アンコール・ワットの自転車での楽しい思い出もバイクタクシーの人ともめておこったもの。トラブルもいい事の前触れだと考えれば気が楽というものです。

  午前中に宿をチェックアウトして、パタヤに行ったときと同じ南バスターミナルに向かいました。今日は大きな荷物があったし、比較的早い時間だったので、混雑している市バスに乗るのがちょっと大変でした。ただ、町の繁華街に着いてしまうと一気に乗客が降りてしまったので車内はガラガラ。それ以降は悠々と座ることができました。そしてバスターミナルへ着いてみると、やはりシンガポールへの直通バスはありませんでした。カオサン通りの旅行代理店で言われたのと同じで、マレーシアとの国境近くの町ハト・ヤイまでが一番遠くまで行く限界でした。そもそも国境を越えるバスが走ってないんだな。でもハト・ヤイで乗り換えればシンガポールへも行けるはず。そのバスに乗ることにしてチケットを購入しました。出発は夕方から夜にかけて3本あり、一番早いものを選びました。それでも出発まではかなり時間があるので、荷物を預けて町の中心をブラブラすることにしました。

プラ・プムでのタイ舞踏
水上バス乗り場
  といっても、最近の傾向からすると町歩き=デパート巡りが私のスタイルなってしまっているので、いつもと同じようにデパート街へ。そしてショッピングセンターなどをブラブラ。そうそうしばらく日本食を食べれないかもしれないので、日本食の食べ納めをしておくか。と毎度のパターンでした。でもこれでは芸がないな。食後はちょっとデパート周辺を歩いてみました。この辺で見るものといえば、そごうの隣のプラ・プムと呼ばれる祠ぐらいか。ここには何度か訪れているけど、たまに女の人たちが民族衣装を着てタイ舞踏を踊っていたりするんだよな。あれはやっぱり観光客目当てなのかな。今日は地元の人が幾人かおまいりしているだけで、タイ舞踏は行われていなく、ひっそりとしていました。それにしてもこんな一等地に・・・と考えてしまうのは私だけではないはず。そういえば日本の大手町の一等地にも平将門の首塚といったものがあったけな。なんか似ているかも・・・。

  そのほかは特に当てもなかったのですが、デパート周辺を歩きました。あまりバス路線から外れると戻ってくるのも大変だし、バスターミナルへ行くのも大変なので、かなり消極的。でも歩いていると、小さな運河に水上バスが走っていました。そういえばバンコクでは水の交通も盛んだとか聞いたことがあったな。これがそうなのか。バス並みに大盛況です。一体どこまで行くのだろう。ちょっと乗ってみたい気もしましたが、今は漠然と乗ってしまうと大変なことになりそうなので、写真を撮るだけにしておきました。

南バスターミナルの公営バス
  夕方前には、再びバスに乗ってバスターミナルへ。そして荷物を受け取り、ハト・ヤイ行きのバスに乗り込みました。バスはパタヤに行ったときと同じ公営バスで、外観も同じ青色に塗られていましたが、中は結構豪華にできていました。シート間は広く、椅子のクッションもいい。さすが超長距離バスだけはあって快適な空間になっていました。そして走り出すと、TVでは映画が流れ、ジュースなどのサービスもあると、なかなか至れり尽くせりといった感じでした。しかしながらやはり長時間のバスの旅は退屈というものです。しかも14時間と半日以上なので、椅子やサービスなどはいいとはいえ移動そのものが苦痛でした。
4月29日 (土) 曇
ハト・ヤイ
・国境の町ハト・ヤイで
支出 2100円
  外がまだ暗い朝5時、バスはハト・ヤイに到着しました。こんな早い時間に到着するとは・・・ちょっと予定外でした。こんなことならもう一本後のバスに乗ればよかったな。かろうじて開いているターミナルの窓口で聞いてみると、マレーシアの国境を越えるバスはなく、旅行代理店の運行しているバスに乗りなさいと言われました。まあ何にしてもこんな朝早くからでは何もできまい。ベンチで寝て待とうかなと思っていたら、バイクタクシーのおじさんが声をかけてきました。さっきの会話を聞いていたらしく、代理店に連れて行ってくれるそうだ。でもな・・・、時計を指差しながらまだ開いていないよと言うと、笑顔で大丈夫との事。そうなの。じゃ連れて行ってもらおうか。ここにいても退屈だし、バスの時間とかも知りたいし、場合によっては後1時間後に出発とかだったら洒落にならないしな。と、バイクタクシーに乗ると、ものの5分も走らずに到着。バスターミナルのすぐ外やんけ。思わず苦笑い。

  もちろん着いた先の代理店のシャッターは閉まっていました。やっぱり閉まっているではないか。そう思ったものの、おじさんは構わずシャッターを思いっきりガンガンと叩き始めました。おい、そりゃいくらなんでも強く叩き過ぎだろう。日本ではありえないなと思いつつ成り行きを見守っていると、代理店の人が何事かといった感じで出てきました。普通だと不機嫌になると思われるのですが、バイクタクシーの人に事情を聞き、こんな朝早く起こされたのにも関わらず代理店の人は笑顔で私を迎えてくれました。そしてまだ朝早いからと椅子で寝かせてくれたり、起きるとシャワーを貸してくれたりと、とても親切に対応してくれました。やっぱり微笑みの国だよな。タイは。

ハト・ヤイの町で
ハト・ヤイ駅
  出発までかなり時間があったので、午前中はハト・ヤイを歩き回ってみる事にしました。とはいえ、全く土地勘がないので、一度バスターミナルに行き、そこの窓口で町の地図をもらいました。それによると鉄道の駅周辺が賑やかで面白そうだ。他には・・・特に何もなさそう・・・。正直見所のない小さな町のようです。でも国境の町というのは両方の文化が混じっていて面白いもの。そういった光景を探しつつ、ちょっと距離がありそうだったけど駅に向かって歩くことにしました。歩いているとなんか南国の匂いが強く感じます。バンコクでは排気ガス臭かったもんな。そしてバンコクでは見られなかったのですが、イスラム教のスカーフをした女性を多く見かけました。そうか、お隣のマレーシアはイスラム教の国か。仏教とイスラム教の境界がこのあたりなんだろうな。国境が近いのをひしひしと実感しました 。

  駅に着くと、構内に自由に入ることができるので、ホームに入ってみました。ちょっと前に列車が着いたようで、到着した列車がホームにいました。そしてふと駅の案内板を見ると、ハト・ヤイステーションではなく、ハト・ヤイジャンクションになっていました。ジャンクションということは分岐点って事。でも駅は駅だよな。なんか日本の感覚でいうと変に感じますが、まあこれもタイの文化なのでしょう。ちょこっと歩き回ってみましたが、これぐらいしか面白いものを見つけることができませんでした。

  駅前から大通りっぽいところを歩くと、道の脇にタクシーみたいなのが沢山停まっていました。そして私が通りかかると、ペナン、ペナンと声をかけてきました。マレーシアのペナン島行きの乗り合いタクシー乗り場のようです。こんな町中から出ているんだ。どうりでバスターミナルが閑散としているわけだ。しばらくこの周辺などを歩き回りましたが、特に面白いものを見つけることもできずに、昼過ぎには代理店のあるバスターミナルへ戻ることにしました。

代理店の並ぶ通りと大型バス
  バスターミナルなどでお菓子などを買い込んで、時間が来たので代理店に戻ると、店内にはタイ人らしき乗客が待機していました。同じバスに乗るのかな。そして時間が来ると、代理店の人がバスに乗ってくださいと、店の前に待機していたバスに乗り込みました。まあバンコクからここまで来たバスには及ばないものの、ちゃんとしたバスだったのでひとまずは安心。それに混んでいないので、2席使えるのがいい。って、こんなに空席があって大丈夫なのかな。先ほど親切にしてもらっているので、心配になってしまいます。そして面白いのが、乗客は私を除くと全てタイ人の団体客でした。しかも全て女性で、ほとんどがおばちゃんでした。う〜ん、一体何なんだろう。シンガポールは普通のおばちゃんが気楽にワイワイと行ける国とは思えないんだけどな・・・。それとも気楽にいけてしまうのか?まあいいか。何にしてもこれが奇妙な感覚で、まるでタイ人の日帰りバスツアーに混ざった感じで、なかなか騒々しくもあり、楽しい道中となりました。

マレーシアの国境
  走り出すと、すぐマレーシアとの国境に到着しました。入国審査は形式的といった感じで、みんながすぐに終わりました。そして国境を越えると、道や建物などが気持ち整然とした感じを受けました。そう感じるのはやっぱり国力の差なのだろうな。最近経済の調子もいいようだし・・・。そんなことを考えながら車窓を眺めていると、最初の休憩のためにバスが停まりました。休憩所というか、レストランみたいな場所に入ったのですが、ここで重大なことに気がつきました。私はマレーシア通貨を持っていないではないか。これでは何も買えないぞ。よく考えると惨め。腹減ったなと思っても、う〜ん、食べれないではないか。タイのお金が使えるのだろうか。でもまあシンガポールへ着くまでの我慢か。さっきバスターミナルで多めにお菓子を買っておいてよかった。よかった。
4月30日 (日) 曇
シンガポール
・シンガポール入国
支出 2100円
  バスはひたすらマレーシアの高速道路を南下し続け、早朝にシンガポールの国境に到着しました。噂ではシンガポールの入国審査は、飛行機とかなら簡単なのですが、陸の場合は日本人でも出国用のチケットがないと所持金を提示させられたり、色々と質問されたりと厳しいと聞いていました。さぞかし面倒だろうなと覚悟していたのですが、あっけなく終わってしまいました。持っている服で一番まともなのを着ていたおかげなのか。真面目そうな顔立ちのおかげか。う〜ん、やっぱり人は見かけが重要かもな。などと思うものの、勝てば官軍というやつで、後からなら何でも言えるというもの。

  しかし同じバスに乗っているタイ人達は大変でした。なかなか戻ってこないと思ったら、しばらくして一人一人興奮しながらバスに戻ってきました。タイ語が分からないので詳しくは不明ですが、その様子からは何を聞かれただの所持金を見せられただの興奮しながら話しているようでした。やっぱり国籍が重要なんだな。なかなか見ていて面白いのですが、中には1時間もオフィスで尋問を受けた人もいて、やはりシンガポールの入国審査は大変なんだと実感しました。それと同時にこのタイ人の人たちは一体何をしに来たのだろうかと改めて疑問。どう見ても普通の観光客ではなさそう。確か荷物はほとんどなかったので、何か仕入れに来たのだろうか。

  何はともあれシンガポールに入国しました。シンガポールか。随分と遠くまで来たものです。思えば・・・全然意識していなく、ふとバスの中で気が付いたのですが、結果として香港からシンガポールまでひたすらバスで移動してきたことになります。本当は中国国内も鉄道で移動したかったけど旧正月と重なって無理だったし、今回のマレー半島にしてもそうであるように、特にバスにこだわっていたわけではないので、どうこうといった感動はないのが実際です。でもまあよく頑張ったかな。ここまで。飛行機でも半日近くかかるのだから・・・。って考えると、非常に虚しい気が・・・。

  シンガポールに入ると、更に道路が良くなり、ビル群が整然と車窓に流れるようになりました。日本を出国してすぐなら何も感じないのでしょうが、今の私の感覚でいうなら都会というより近代的といった表現がぴったりといった感じでした。そして早朝の町をひた走り、町のどこかで停まりました。一体ここはどこだろう。辺りを見渡すとすぐに通りを示した看板があり、なんとも便利。さすがはシンガポール。地図と照らし合わせると、バスターミナルの近くのようです。さてどうするか。安宿のある中心部付近まで少し距離があるけど・・・歩くか。タイ人が入国審査で時間を稼いでくれたものの、まだ早朝。のんびりと歩きつつ時間を潰す事にしました。

  とりあえずガイドブックに載っている安宿へ向かいました。歩いていると、何もかもが整然としている感じがします。ゴミがほとんど落ちていないので、更にそういった感じがするのでしょう。そして宿に着くと、ドミトリーと個室があったのですが、値が張るけど個室にしました。さすがにバスに揺られ続けて疲れ切っていたから、誰の気兼ねなく寝たかったからです。値段は冷房がついた狭い個室でしたが、今までと比べようにならないぐらい高くなりました。一気に物価が上昇といった感じです。でも冷房がついているのはいいことだ。部屋に落ち着くととても涼しくて気持ちいい。まだ銀行も開いていないだろうし、一眠りするか。

  ボーとベッドに横になると、今までの旅のことが思い浮かんできました。トゥアはどうしているかな?もう日本に帰ったと思っているんだろうな。また会いたいな。ベトナムで出会った同じようにユーラシア大陸横断を目指すシマさんやヤマさんはどこまで進んでいるのだろうか。ダグラスはもう帰国したのかな。ジョンはさすがにカンボジアは出国したよな。案外まだいたりして・・・。でもやっぱりベトナムでの体験は強烈だったな。修学旅行のようなツアーから始まってホームステイだもんな。これからの旅はどうしよう。とりあえずシンガポールまで来たもののといった感じかな。でも今までの旅を振り返ってみても何か人とは違うことをやらなければ、単なる旅行であって旅人としては埋もれてしまいそうです。自分らしい旅をしよう。これからは普通の旅というよりも今しかできないことをやろうではないか。そんな事を考えながら夢の世界へ旅立っていました。

〜〜 第1部 北風 ・・・ 南進編  完 〜〜〜
第1部 北風 ・・・ 南進編 〜 第15週 〜
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