リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第13週   〜〜〜
4月10日 (月) 晴
プノンペン
・ポルポト派の町プノンペン
支出 1200円
キャピトルホテルの監獄部屋
  目覚めると、監房のような部屋に寝ていました。そう今泊まっているホテルは宿泊費が安いのはいいのだけど、窓もなく狭い監獄のような部屋でした。う〜ん、さすがに目覚めが悪いな。昨日はプノンペンに到着した時にはもう暗かったし、移動で疲れ果てていて宿を探して回る気力がなかったしと、ツアーバスで降ろされた有名な安宿キャピトルホテルにそのままチェックインしてしまいました。狭い部屋だと覚悟はしていたものの、やはり精神的によくなかったな。今日は宿を換えようか。そう思ったものの行動に移す気力がありませんでした。まあいいか。一度宿を決めた後に他の宿に移るのはよほどの理由がない限り面倒なものです。それにまだ少し無気力な状態で、思いつきでガンガンと行動できる状態ではありませんでした。とりあえず部屋にいては苦痛だ。気分がすぐれないまま、朝からプノンペンの町を観光を兼ねて散歩しました。そういう意味では居心地の悪い宿に泊まってよかったのかもしれないな。快適な宿なら昼まで寝ていただろうし、下手したら一日中宿にこもっていたかも。監獄ホテルも使いようによってはいいかも。歩き出してから変なことに気がつきました。

プノンペンの王宮
  まずは町の中心っぽい王宮方面に向かってみました。カンボジアか〜。なんかやっぱりベトナムと雰囲気が違います。ベトナムが中国っぽかったの対して、こっちはタイっぽい感じがします。それにプノンペンの町を歩いて気になったのは、ベトナムと比較すると道に車が多い事でした。道路に車が走っていることに感動するって・・・なんか我ながら変な感じです。ベトナムのバイクの多さが異常すぎたんだよな。おまけにそれが当たり前のようになるまでベトナムに長く滞在してしまったし・・・。その他には人々の肌の色が一段と黒くなった気がします。そんなに緯度的には変わらないんだけど、こっちの方が暑いのかな。それとも人種とか文化が違うのかな。どっちにしろ更に暑くなるようだったら嫌だな。そんな事を考えていると王宮に着きました。が、「これが王宮か〜」といった感じでした。もうちょっと立派なものを想像していただけにちょっとがっかり。あまりにも普通っぽいというか、その辺にありそうな寺院っぽいというか、建物に高級感がないというか・・・、内戦が終わって急遽造り直したのかな。まあそれならしょうがないと勝手に納得しておきました。それに王宮周辺の風景もなんか無理矢理きれいにしているといった感じでした。王宮という響きに誇大妄想を抱き、一人で打ちひしがれてしまった感じです。

ツール・スレーン博物館
  その後はぶらぶらと散歩しながらプノンペンの町を歩き回りました。歩き回っていると、なんとなく人々に元気がないような感じるのが気になります。原因はやはりポルポト派の内戦のせいだろうか?まだ完全に立ち直っていないのかな。それとも私の思い込みなのか。ポルポト派に関しては詳しくは知らないけど、カンボジアといえばよく耳にするので勝手にそういうことにして納得しつつも、やはりプノンペンに来たらここを訪れなければならないのかなといった結論にいたりました。それはポルポト派の虐殺現場をそのまま展示しているツール・スレーン博物館です。戦争関係の悲惨なものはあまり見たくはないのですが、カンボジアを知る為には外せないかなと訪れてみました。

  博物館を訪れた時点で、外壁が刑務所のような高い塀に囲まれていて気分が萎えてくるのですが、中に入ると殺害された人の顔写真が壁一面にびっしりに張ってあり、げっといった気分。おまけに頭蓋骨で地図を作らなくてもいいのに・・・。もうこの時点で勘弁してといった状態でした。実際に収容されていた部屋には拷問器具やパネルでその様子が描かれていたりと、なんともたまらない。おもけに見学中誰とも出会うことがなく、一人で薄暗くて狭い監獄などを歩いていると、なんか湿気が体にまとわりついてくる感じがしてたまらない。いや、私は関係ないから取り付かないでね。思わず背筋がぞくってしてしまい、最後は早足で館内から出てしまいました。

プノンペンの民家で
  どうも明るい感じのしない町だ。それでもぶらぶらと住宅街を歩いていると、民家の軒先でお酒を飲んでいるカンボジア人に「まあちょっと飲んでいけや」と誘われ、一緒にお酒を飲む事となりました。気前のよさと陽気な飲み方はベトナム人と変わらない。ホッとしたのと同時にとてもうれしくなりました。しばらくすると近所から英語を話せる大学生がやってきて色々と話に加わってきました。彼も正月休みでプノンペンに戻ってきているとの事。なるほど。コンピューター関係の勉強をしていて将来プログラム関係の仕事がしたいとか。う〜ん、感心なことだ。カンボジアの為にも頑張って欲しい。その後、一緒に夕食を食べて、夕方には宿に戻りました。泊まっていきなよと誘われたのですが、さすがに今はホームステイはちょっと勘弁といった気分。悲しみばかりが肩にのしかかってきそうです。丁寧に断り、お別れを言って宿に戻りました。そして宿に戻ると、すっかり忘れていたのですが監獄のような部屋が待っていました。思わずツール・スレーンの部屋とダブって見えて、部屋の前で呆然と立ちすくんでしまいました。
4月11日 (火) 曇→雨
プノンペン
・たくさんの頭蓋骨
支出 4500円
  今日は宿のツアーに参加して、プノンペン郊外のポルポト派が大量虐殺を行った現場に行ってみました。一般的な交通手段がないということでツアーに参加したのですが、さすがに卒業旅行シーズンが終わってしまったので、ベトナムのときのように日本人だらけという事はなく、むしろ欧米人ばかりでした。それはそれで話相手がいないというか、寂しいものがあります。って、それはなんか気分次第のご都合主義だな。

キリング・フィールドの頭蓋骨
キリング・フィールド
  バスに乗って出発したものの、すぐに道が悪くなり、相変わらずでこぼこな道を走り続けました。首都のプノンペン郊外ですらこういう状態ということは、カンボジアの道がよくなるというのはかなり先のことになりそうです。1時間弱揺れに耐えていると到着。敷地内へ入ると、奥に大きな塔が建っていて、辺りは穴ぼこだらけといった簡素な場所でした。英語のガイドの人がこっちですと案内して、まずはその塔に近づいていったのですが、間近に見てびっくり。なんとその塔には大量の頭蓋骨が積んであったからです。な、なんとも恐ろしい光景だ。何人殺したと数だけ聞いてもあまりピンとこないけど、これだけ殺しましたと頭蓋骨を並べられれば、いやでも実感がわいてくる。というか・・・(絶句状態)。う〜ん・・・。合掌。

  これはさすがに気が滅入ってきました。付近に開いている穴はこの頭蓋骨の主が埋められていたのを掘り起こした跡だとか。わざとらしく人骨が落ちていたりもして、ガイドの人がそれを指差し、「2万人の人がここで殺されました。まだ土の中に多くの人が眠っています。」と口調を荒くしてポルポト派を非難していましたが、うん、その通りだ。思考力が停止した状態なので、条件反射的に頷いていましたが、ふと周りを見ると、全員が同じように張子の虎のように頷いていたりして・・・。だいたい名前からしてキリング・フィールド(殺人の丘)だもんな。普段骸骨を見慣れていない私にとって、ここはあまり長居できる場所ではありませんでした。昨日のツール・スレーンといい、やっぱりプノンペンでは明るくなれない。これ以上滞在していると気が滅入ってきそうだ。例え泊まっている狭い監獄のような部屋を5星の明るい日の当たる部屋に換えたとしても・・・。明日シェム・リアップに行こう。ツアーは半日だったので昼過ぎにプノンペンに戻ると、すぐに明日のバスのチケットを購入しました。

セントラルマーケット
プノンペンの子供たち
  昼食をとった後、昨日同様にぶらぶらと町を散歩してみました。ただ今日はなんか空模様がよくない。プノンペンの巨大な市場などを見学し、ちょっと北へ向かっているとスコールのような雨が降ってきました。こりゃたまらない。地元の人に混じって雨宿り。同じ軒下に警官も何人かいたのですが、ムイネでの一件があってからこういった制服はどうもいい印象がもてなく、避け気味。一種のアレルギーとなってしまったかも。しばらくすると雨が上がりました。さて歩くかと思ったら、交差点のロータリー内にある拳銃のモニュメントでは子供たちが元気に遊んでいました。雨に濡れても元気だな。やはりこういう子供たちが笑いながら元気に遊んでいる光景が一番落ち着きます。こういう子ども達の笑顔があればそのうちこの町も元気になるんじゃないかな。その後はまた雨が降ってきたらたまらないので、宿へ戻りました。

  泊まっているキャピトルホテルは一階部分がレストランになっています。夕食は初めてここを利用してみました。部屋が安くて独房みたいな事で有名ですが、それ以外にも有名なことがあり、ここのホテルは児童買春をする日本人のおっさんの溜まり場になっています。聞くところによると、郊外にそういった売春村があるとか。そしてその情報というか、武勇伝というかがここの情報ノートに書かれているそうです。レストラン内には何人かおっさんがいるものの、はてこのおっさんがそのおっさんなのか、はたまた普通の旅行者なのかよく分かりませんでした。

  噂の情報ノートというか、ゲテモノノートをちょっと探してみたものの、誰かが読んでいるのか見つかりませんでした。ホーチミンで出会った旅人はわざわざ日本大使館まで行って、日本の恥だからあのおっさんどもを何とかしてくださいと抗議したそうですが、その成果でおっさんが逮捕され、情報ノートが証拠品として没収されたのかな。それならばいいのだが・・・。もしおっさん達がまだいたら何とかしてくださいと頼まれていたものの、ムイネのホームステイショック、昨日のツール・スレーン、今日のキリング・フィールドとテンションが下がっているのに、更に児童買春ショックが加わってしまうと・・・。これ以上の深入りはやめておこう。今の私には精神的に無理でした。
4月12日 (水) 晴
シェム・リアップ
・苦痛の移動
支出 600円
休憩した村で1
休憩した村で2
  朝6時半、アンコール・ワットのお膝元であるシェム・リアップ行きのマイクロバスは出発しました。ベトナムのホーチミンから考えると大型バス、ミニバス、マイクロバスとどんどんグレードが下がっているのが気になるところ。聞くところによると、この区間もかなり道が悪いとか。でも、ようやくこの陰鬱な町から脱出できる。どうもプノンペンにはいい印象があまりなかったので、正直ホッとするような旅立ちでした。

  しかしながら出発して10分も経たないうちにバスはひどく揺れ出してきて閉口。本当にカンボジアの道は最悪だ。プノンペンでこの状態だから、プノンペンを離れるとひどいってもんじゃありませんでした。まるで荒れた海を船に乗って移動しているような感覚です。道路にあいている穴を避ける為、絶えず左右に揺れ、タイヤが穴にはまると上下に揺れる。だから何かにつかまっていないと座席から吹っ飛んでしまう状態です。うっかり寝ようものなら、ゴンと窓などに頭を打ちつけてしまい、たんこぶだらけになってしまいます。しかしながら、道は平坦かつ真っ直ぐだから腹が立ってきます。何で道路にこんな深い穴が大量に開いてるんだ。これでは道路といえないではないか。早く直せ!くそっ。延々10時間、こんな状態だったので、さすがに不機嫌になってしまいました。

  車内には3人の日本人の旅行者がいました。男性1人と女性2人の変わったグループだったので、どういう仲間なのかなと話しかけてみると、女性2人の旅行者に男性が引っ付いているだけでした。なんだそういうことね。気持ちは分かる。けど・・・、同じように西へ向かって旅行している長期旅行者のようですが、まあ馴れ合っていてはいい旅はできないかな。ちょっとうらやましいけど・・・。夕方になると、道がまともになってきて、ようやくシェム・リアップに到着しました。やっと到着だ。これで拷問のような移動から開放される。実際途中でうとうと寝てしまったもので頭にたんこぶができ、ちょっと首が痛いと散々な状態でした。そしてマイクロバスから開放された捕虜のように降りると、う〜、体が変な感じ。平行感覚が狂っているようで、ふらついてしまいました。おっとやばいやばい。じっとしていてもジェットコースターに乗った後のように体がふわふわするからたまらない。カンボジアの道路、恐るべしだな。

  さて降りると目の前が安宿でした。ここはキャピトルホテルと提携している宿か。さてどうしよう。というより今日も疲れ果ててうろちょろしたくない状態でした。値段を聞くと、まあこんなものかなといった感じ。部屋もそこそこ広く、プノンペンの独房のような部屋からすると合格といったところ。一緒に乗ってきた3人組の日本人は今日はもう動きたくないので、ここに泊まりますとの事。じゃあ私もそうしようかな・・・。私が迷っているのを見て、君は一人だから特別に安くしてあげると耳元でささやき、一気に宿泊費が安くなりました。その代わりさっきの3人組には言わないでねって付け加えるのですが、そんないい加減でいいのか。客をだますようにこそこそとやるのはちょっといただけない。卒業旅行シーズンが終わり、雨季が始まって客が少ないんだろうけど・・・。まあいいか。おいらには関係ない事だ。ここに泊まることにしました。

  部屋に荷物を置き、外に水とかを買いに行ったりとうろちょろしていると、日本人の女性に話しかけられました。「私ササコゃん(仮名)と言うの、アンコール・ワットの見学は広いからバイクタクシーでするのが一般的で1日5ドルでここにいる人たちがやってくれるよ。・・・云々」との事。「・・・・・?」なんなんだこの人は。初対面の人に自分のことを「○○ちゃん」なんて言うような人は今までの経験上関わりたくないのだが・・・しかも30前後?ってやばくない。そういえばこの宿はカンボジア人の若者がやたらと多くうろちょろしているんだけど、みんなバイクタクシーの運転手なの。で、この日本人は何?女王様。なんかよく分からない展開になってきました。プノンペンに続き、ここでも宿の選択を失敗してしまった予感が・・・。
4月13日 (木) 雨→晴
シェム・リアップ
・鞭打ち症
支出 1100円
  朝5時に起床。しかし起きてみると、外はバケツをひっくり返したように大雨でした。これではアンコール・ワットを見学しに行くどころではありません。晴耕雨読。アンコール・ワットの観光は明日からにしよう。午前中は寝て過ごしました。ある意味この雨は恵みの雨でした。昨日の長いハードな移動のせいで、疲れとともに体の節々が痛い状態だったからです。特に首と足が痛く、どうやら軽い鞭打ち症になってしまったようです。途中バスの中で寝てしまったのが間違いだったな。思いっきり首が振られて、何度か頭や足を打ってしまいました。首の痛さや青くなった足の打ち身の跡を見ると、もう二度と昨日のようなバスには乗りたくないものだと改めて思いました。

シェム・リアップの橋
シェム・リアップの市場
  午後からは暇なので床屋に行ってみました。そんなに髪は伸びていなかったのですが、今まで中国、ベトナムと床屋に行っているので、せっかくなら訪問国全てで床屋に行ってみようかなと思い立ったからです。手動バリカンでゾリゾリと刈上げてもらい、まあ納得の髪型になりました。それにしてもやたらとベビーパウダーを塗りたくられました。カンボジアではそういう習慣なのだろうか。確かに日差しがきついので肌に優しいベビーパウダーは良さそうな気もするのですが・・・髪を切る時に髪にペタペタと塗りたくるのって一体どういう事なんだろう。でもまあベビーパウダーなんて子供のとき以来なので、パタパタと振りかけられると懐かい香りが辺りに漂い、郷愁を感じながらの散髪となりました。

  床屋から出ると、曇っていた空が晴れていました。午前中の雨が嘘のようだ。じゃあとりあえずシェム・リアップを散策するか。あてもなくぶらぶらと町を散歩しました。といっても、アンコール・ワットのお膝元として近年活性化した町なので特に何もない感じで、所々橋や道路脇に遺跡を模ったモニュメントがあるぐらいがここの特徴でしょうか。ぶらぶらと歩いていると市場を発見。そうだ。今のうちに絵葉書を買っておこう。市場にあったお土産屋で絵葉書を購入しました。どうやら噂では日本へ届かない事も多々あるらしい。今回は滞在日数も少ないことだし、出す枚数を減らすことにしました。

  夕方宿へ戻ると、あ〜!といった感じで懐かしい顔と再会しました。ハロン湾のツアーで相部屋だったイギリス人のジョンです。同じ宿に泊まっていたんだ。しかもいつの間にか女の人を連れているし・・・。って、それよりもまだこんなところを旅してるんだ・・・。「それにしても私並にペースが遅いね。どこへ行っていたの?」と尋ねると、カンボジアにあるビーチリゾート地でゴロゴロとしていたとか。カンボジアでビーチリゾート???まるで想像がつかない。それゆえに人が少なく、ビーチがきれいで本当にいい所だったとしきりに言っていました。その時にこの女性と知り合ったのかな。いや女性と知り合ったからそっちへ行ったのかな?まあいいや。これで退屈そうなこの宿での滞在が少しは面白くなってきた感じです。こういった偶然の出会いも長旅の面白いところです。
4月14日 (金) 晴
シェム・リアップ
・アンコール・ワットの遺跡
支出 5800円
アンコール・ワット寺院
  今日も朝5時に起床。外に出て空を見上げると、曇っているものの雨は降りそうにないような感じです。よっし、今日こそはアンコール・ワットに行くぞ。アンコール・ワットとは・・・、ちょっとややこしいのですが、ふつうにアンコール・ワットというと、東京23区ぐらいの広大な範囲に広がっている遺跡群のことを差し、その中にアンコール・ワット寺院とか、アンコール・トムとか、タ・プロームといった有名な遺跡があります。これだけ広範囲に散らばっているからバイクタクシーなり、ツアーに参加するなりして見学するのが一般的になっています。といっても、先に挙げたような有名な寺院の多くは中心地域に固まっているので、それだけを見学するならそこまで移動はきつくなかったりします。でも歩いて回るのはちょっと厳しいので、とりあえず初日だし、土地勘もないし、バイクタクシーを1日チャーターして中心部にある有名な遺跡を回る事にしました。

  バイクタクシーの方はどうやら私の担当はひそかに決まっているようで、昨日同様に一人の若者が外で待機していました。これもサゴちゃんの入れ知恵なのか。ちょっと嫌な感じがしましたが、でもまあ身元が分かっている分、安心は安心かと思い、その辺は気にせずにバイクタクシーに乗り込みました。そしてしばらく走ると途中でチェックポストみたいな場所があり、そこで入場券を買いました。1日券、3日券、1週間券と3種類あるのですが、どう考えても1週間もいないので3日券を選択。入場料はカンボジアの物価から考えると40ドルと馬鹿みたいに高いけど、これはしょうがない。払わないと入れないし、一応修復費に使われているらしいという話です。とはいえ、これも諸説紛々あって、本当に使われているのか、気持ち程度しか使われていないのか、別のことに使っているんだとか色々と噂を聞きますが、あくまでも噂なのでよく分かりません。でもまあ遺跡を直すぐらいなら、カンボジアの人々の生活を向上させる方が優先事項のような気もしますが・・・。

アンコール・ワットの夜明け
早朝のアンコール・ワット
アンコール・ワット寺院
壁のレリーフ
寺院の建物上部
  まずは定番の日の出ポイントを目指しました。日の出ポイントとは、アンコールワット寺院のすぐ近くにある丘の事で、ここからはアンコールワット越しに日が昇るとか。しかし、カンボジアの正月のせいか、朝っぱらなのに遺跡付近はカンボジア人だらけでした。う〜ん、凄い人だ。これでは日の出ポイントは大混雑しているに違いない。そもそも空が曇っていてきれいな日の出が期待できないのに、混雑した日の出ポイントへ行くのは嫌だな。それよりもすいているうちに遺跡の見学を始めてしまう方が利巧か。丘に登るのも面倒だし・・・。という事で、バイクタクシーに作戦変更を伝え、アンコール・ワット遺跡群の中心であるアンコール・ワット寺院前で降ろしてもらいました。バイクタクシーの人はそこで待っているからと待ち合わせ場所を教え、バイクに乗って消えていきました。まあいいか。しばらくは遺跡の見学から戻ってこないのだから。

  よしっ、見学開始だ。それにしてもでかい。アンコールワット寺院は周囲を掘りに囲まれていてまるで城砦といった感じです。こんなでかい寺って今まで見たことがないよな・・・。堀の中に作られた道を通って中へ入って行くと、予想通りこっちはそんなに人がいませんでした。それにしても広い。外から見た感じで中の広さは想像がついていたのですが、改めて中に入ってみてその広さに感嘆。参道のような中道を歩いていくと、タイミングよく寺院の後ろから日が登ってきました。おっ、なかなかいいではないか。って、もしかして日の出ポイントに頑張って行けばよかったのか。いやいや、ちょっと霞んだ日の出なので、むしろこういう中途半端なほうがいいはず。きっと・・・。ここからでも十分すぎるほど感動できたことだし。

  敷地内に入っただけで感動の嵐だったのですが、近づいて見ると、更にびっくり。石がきっちりと積み上げられていたからです。場所によってはこれはインカの石組みではないかと思ってしまうぐらいきっちりと組まれていました。う〜ん。これほどまでに凄いとは。しかも寺院の壁などはレリーフが壁一面に彫刻されていました。これがまた凄い。エジプトなどの遺跡も凄いけど、こっちの方がはるかに石が硬くて彫刻が難かしかったはず。それもびっしりと精巧に・・・。一体どれだけの時間がかかったんだろう。もしかしたら寺院の建物を造る時間よりも、レリーフを造る時間の方がかかったのでは・・・と思うぐらいの凄さでした。建物の中に入る前からスケールの大きさに感動しまくっていました。

  更に進むと寺院内にも入ることができ、尖塔のように聳える部分にも登ることができました。ただ階段が急なこと。これは手すりにすがらないと危ない。見た感じではちょっと修復しているようだけど、それより先に階段が壊れそうな感じ。恐る恐る登るとアンコール・ワット寺院遺跡が一望できました。それにしても素晴らしい。ジャングルの中にある巨大遺跡。まるでマヤのピラミッドみたい・・・。壮大だ〜。でも大きさもさることながら、その精巧さが本当の感動を与えてくれているような気もします。ただ大きいだけではない素晴らしさ。それはエジプトのピラミッドでも感じたことです。4辺の長さがほぼ同じで、三角錐の角度も全て同じ。内部にいたっては・・・といった代物です。大きく且つ、精巧に造ること。これが古代から現在にまで残る素晴らしい遺跡の条件となっているような気がします。とは言うものの、果たして古代の人にこれほどの技術があったのだろうか。まだ訪れたことがないマヤ文明とかインカ文明の遺跡にしても同じです。クメール人が住む前からアンコール・ワットの遺跡の幾つかが存在していたとかいう噂も耳にしたことがありますが、果たしてどうなのでしょう。もしクメール人が一から全て造ったとしたならとても凄いことだと思いますが、私的には今の文明の前に文明があってもおかしくないと思っているので、この遺跡もそういった類のものに違いないと思えました。

バイヨン寺院
  その後は宗教都市跡のアンコール・トムへ。ここにはでかい顔の像で有名なバイヨン寺院があります。さすがにアンコール・ワットをあまり知らない私でもこれは見たことがあるといった彫刻が多かったです。でも実際に見てみると、なんかハリウッドの崖に彫られた顔を思い出してしまいました。って、全然違うと思いますが、他に思い浮かばなかっただけだと思います。また同じように顔の形をした門、象のレリーフなどなどとにかく、このアンコール・トムもアンコール・ワット寺院に負けないぐらい凄い。もうこの時点で感服といった気分でした。やっぱり世界的に有名なアンコール・ワットだけはある。世界三大仏教遺跡と言われていたりもするけど、やはり世界一スケールのでかい仏教遺跡という表現が一番ふさわしい気がしました。

  その後は小さな遺跡を幾つか見学するとお昼になりました。よしっ、次は昼飯・・・いやあまりお腹すいていないな。もうちょっと見学してからにしようかな。じゃ次に行こうか。バイクタクシーの人に言うと、昼のこの時間は暑いから昼休みした方がいいとの事。いや、元気だからいいよ。次行こう。いやこの時間は休む事になっているんだと言い出しました。そんな決まりがあるんだ・・・って、聞いたことないぞ。大体私が遺跡を見学している間ずっと休んでいるやんけ。何でこんなに働かないんだ。妙に馴れ馴れしいし。これも・・・あの女の入れ知恵か。結局働こうとしないので、戻ることにしました。次の出発は3時とか。やれやれ、飯食って寝るか。

  軽く一眠りした後、再び遺跡に向かいました。前回見終わった遺跡は中心の遺跡地帯の周回でいうならアンコール・ワット寺院のちょうど反対側付近なので、かなりの距離をバイクタクシーで移動しなければなりませんでした。バイクに揺られていると、なんか午前中よりもカンボジア人が増えている感じでした。しかもやたらと攻撃的で、路上とトラック、バイク同士、トラック同士などで風船に水を入れて投げ合っていたり、バケツや水鉄砲で攻撃していました。かなり危険。所々で水を補充しつつ、単に中心の遺跡地帯の周回を回っているだけといった感じです。う〜ん、観光客にしてみればたちが悪い連中です。当然我々のバイクにもとばっちりが来るわけで、おちおちと乗っていられない。常に臨戦態勢にしていないと、いきなり攻撃をくらってびっくりすることも。これがカンボジアの水掛け祭りってやつか。車の中とかにいればみんな頑張っているね。とか面白そうだねといった感じで、笑っていられるのですが、バイクだと・・・悲惨。さえぎる壁がなければ、二人乗りなので敏捷性もないし、下手に避けようとすれば道が悪いので転けそうだし、おまけに外国人が乗っていると目立つしと、いい標的となってしまいました。

遺跡地帯を周回するトラック
タ・プローム
  水掛祭りの噂は他の旅行者に聞いたことがあり、とくカメラを壊したとか言っていたので、私も壊さないように必死でした。でもまあ、大体すれ違いざまとかにかけてくるので、運転手の背中にぴったりと引っ付いていれば私はさほど濡れなかったのですが・・・。遺跡についてみると、バイクタクシーの若者はズブ濡れ、おまけにベビーパウダーだ爆弾みたいなものを食らったようで、胸元は白くなっていました。う〜ん、私の壁としてよく頑張ってくれた。その姿を見て、思わず笑ってしまいました。まあこれで私の機嫌の悪いのが治ったので、それはそれでこの若者にとっても良かったのかもしれません。

  その後は幾つか遺跡を見学しました。午前中の遺跡に比べてこちら側は全般的にジャングルに埋まっていたようで、木が遺跡を覆っていたり、破壊している場面に何度も遭遇しました。そして最後にジャングルに埋もれた遺跡として有名なタ・プロームを見学しました。さすがに有名だけあって木による浸食が一番激しかったです。木が門と一体化していたり、壁に根っこが絡みついて壁の上に木が立っているようだったりと凄い。やっぱり自然は偉大なんだな〜。というか、都会の雑草のたくましさやコンクリートを突き抜けている木の根っこを普段見ていれば、長年放置されればこうなるのも当然かな。でも遺跡を木の根っこが破壊している様子は天空の城ラピュタさながらの光景で、良かったです。満足して夕方遅く宿に戻りました。

ディスコで
  宿に戻るとイギリス人のジョンに呼び止められました。「今日はみんなでディスコに行くんだけど、お前も行かないかい。」との事。う〜ん、どうしようかな。疲れているしな・・・。迷っていると、「カンボジアの若者はハッピーニューイヤーのカウントダウンをディスコで祝うんだぞ。面白そうじゃないか。」と付け加えてくれました。そりゃいいや。夜遅く、ジョンのカップルとサゴちゃんとバイクタクシーの連中とでディスコに向かいました。そこはジョンの言うとおり若者の熱気であふれていました。でもなんか・・・変な雰囲気。生ぬるいというか、蒸し暑いというか・・・言葉に表せない異様な感じがしました。それはみんな踊るというよりも体を揺らしているだけだったからです。だからテンポのいいロックが流れても、この空間はゆったりと時間が流れている・・・。って、この耳から入ってくるテンポと目から入ってくるテンポの矛盾している状況は、あ〜〜〜見てるといらいらしてくる。慣れるまでは無性にじれったく感じ、不快指数100の蒸し蒸しした状況の中にいる感覚でした。しばらくすると、ロックから一転してクメール音楽が流れ始めました。今度は何だ。また一段と独特な雰囲気となり、みんなが踊り始めました。おっ、・・・・・。これって・・・。みんな踊りだしたと思ったら、体をくねらせてフィンガーダンスっぽい踊っているではないか。これにはジョンもびっくり。カンボジアのディスコはとんでもないところかも。でも、カンボジア人に真似て踊ってみると、なんか・・・これって・・・盆踊りのくねくね版みたい。そう思うと、なんか踊りやすいかも。最後はやっぱり同じアジア人なんだなって思ってしまいました。ジョンはひたすら「インタレスティング(興味深い)」とつぶやいていましたが、恐らくその本当の意味は「変なの」といったところかな。
4月15日 (土) 曇り
シェム・リアップ
・ずぶ濡れの一日
支出 800円
  昨日は一応中心部を一通り回ったので、今日は中心部から離れた所にある遺跡に行こうと計画しました。昨日同様に朝5時に起きると、昨日同様にバイクタクシーの若者が待機していました。「今日はどこへ行くんだ」と聞いてくるので、「今日はこの離れた場所に行きたいんだ」と地図を見せながら答えると、そこは遠いからとえらい高い値段を言ってきました。予想外の値段だったので、「それは高くないかい?」と聞くと、「そういう料金になっているんだ」との事。そりゃ遠いのは分かるけど・・・、距離にするなら昨日みたいに中心部を2周回るのと変わらないではないか。それで3倍の値段っていうのはちょっとボリすぎではないか。これもあの女が変なルールを作るからではないのか。そして日本人はそういう決まりになっているからとでも言えば納得すると教えられているのだろうか。昨日も昼間は仕事放棄していたし、やっぱりここのバイクタクシーは使えない。なんか無性に腹が立ってきて、バイクタクシーは断りました。すると一気に値段を下げてきたのですが、もう聞く耳を持っていませんでした。

  断ってしまったものの、どうしよう。別のバイクタクシーを頼むか。いやそれよりもちょっとやってみたい事がありました。それはレンタル自転車です。先日町中を散歩したときにレンタル自転車屋を見つけて、自転車で回るのもいいなとチェックしていました。それに今は正月シーズン。昨日のような水掛け祭りが自転車だと間近に見れるのではないだろうか。せっかく正月に滞在しているなら正月にしか味わえないことを味わおうではないか。遠い遺跡なら明日何とかすればいい事だし。よしっ、そうしよう。って、それならこんなに早く起きている必要はないよな。店もやっていないだろうし。それに昨夜はディスコに行ったので非常に眠い。むしろよく起きれたなといった感じだ。7時までもう一度寝ることにしました。

  7時に起きると、町の中心部へ歩いて行き、自転車を借りました。マウンテンバイク風の自転車なので、ちょっとぐらいの長い距離なら大丈夫・・・のはず。問題は私の足か・・・いやいや何とかなるだろう。デポジット(保障)としてパスポートを預け、遺跡へ向かいました。昨日バイクに乗っていったときにはあまり感じなかったけど、結構シェムリ・アップの町から遺跡まで遠かったです。おまけに妙に道がまっすぐだし・・・。そしてアンコールワット寺院が見えても、正面入り口までは堀を半周しなければならなく、なかなか着かないと、スケールの大きいこと。自分の足で進むということは遺跡の大きさ分かっていいかも・・・。それにしても・・・雲っているというのに朝っぱらから蒸し暑い。遺跡にたどり着くまでにもう汗をしっかりとかいていました。

  最初の遺跡アンコール・ワット寺院に到着。昨日朝日を見た場所です。まあここは昨日しっかり見たからいいか。入り口で一旦は停まったものの、スルーして次のアンコール・トムに向かいました。昨日はアンコールワット遺跡初見学だったので、ひたすらバイクタクシーに連れ回されたといった感じでした。おかげで好きな場所を好きなだけ見ることができなく、ちょっと消化不良。まあこれはバイクタクシー云々の問題ではなく、遺跡がでかすぎなのと、私の予備知識の不足によるもの。そもそもバイクタクシーとしてはリクエストがなければ一般的な観光客が訪れる有名な遺跡から遺跡へ移動するだけだろうし・・・。そう考えると今日は昨日よりも予備知識もあるし、自転車なので好きな場所で好きなだけ滞在できるので思う存分遺跡見学が楽しめるはず。とりわけ昨日あまり見ることのできなかった巨大な都市遺跡であるアンコール・トムをしっかりと見たいと思っていました。

象のテラス前の広場
自転車と子供達
象のテラスの祭壇で
  人の像を模った門をくぐると、アンコール・トムの場内へ入ります。まずは中心のバイヨン寺院へ。相変わらずでかい顔が印象的な寺院です。昨日と違って自転車で徐々に近づいていくのもまた乙なものです。とりあえずここで自転車を降り、最初の観光を行う事にしました。しかし、自転車をどうしよう。自転車は自由にあちこち行けていいんだけど、駐輪場があるわけではなく、停める場所に苦労することに気が付きました。一応ワイヤーロックみたいなものを持ってきたものの、停める場所が・・・。その辺の木に寄りかけて停めておくか。盗まれないよな・・・いや、盗まれるかも・・・、う〜よく分からない。どうしようか迷っていると、その辺の売店から水とか本を持った女の子達が寄ってきました。「ウォーター、ウォーター」っていらないよ。私が日本人だとわかると、今度は少し大きな子供が日本語のアンコール・ワットの解説書をどうだと薦めてきました。これって・・・コピー本ではないか。いくらって聞くと、3ドルとの事。まあ買ってもいいか。持っているガイドブックはまるで役に立たないし。「じゃあ2ドルでどうよ」と言うと、あっさりと「いいよ」と返ってきました。高かったかな。でも、なんか彼女達を見ているとあんまり値切っては可哀想に思えたし、ついでに自転車の面倒も頼むことにしました。更についでに自転車と一緒に写真を撮ってもらうことにしました。これでアンコールワットを自転車で回ったという証拠写真が撮れたぞ。

  アンコール・トムには色々見所が多く集まっています。昨日はアンコール・トムを都市遺跡と理解していなかったので、バイヨン寺院とその他をちょこっと見ただけでこれは凄いなと観光を終わらせてしまいました。宿に帰ってから他の人のガイドブックを見せてもらうと、ここが宗教都市跡で王宮跡などがあると知りました。うっ、しまった。ちゃんと見ていないぞ〜。それがちょっと心に引っかかっていたので、今日再び同じルートでここにやってきたようなもの。まずは象のテラス周辺に向かいました。ここは象の彫刻が壁にずらっとある場所です。昨日も来たのですが、よく分からず象の写真ばかり撮って終わっていました。でもこの奥には王宮後とかあるようなので、奥へ向かいました。おまけに今日は先ほど購入した解説書があるので、それを見ながらふむふむといった感じで見学することができるので、なんか為になっている気がする・・・かも。象のテラスとは・・・全長350mの長いテラスでテラスの壁部分に象の彫刻が施されているから象のテラスで呼ばれているとか・・・云々。象のテラスの上に登ってみると、簡易的な祭壇が設けられていて、子供達がぎこちなく祈っていました。一体何を祈っているのだろうか。それとも大人の真似をしているだけなのかな。象よりもこっちの方が面白いかも。やっぱり彫刻よりも人が写っている写真の方がいいな。

  象のテラスから奥に入っていくと、寺院があり、僧侶がカンボジア人に水を掛けていました。アンコール・ワットは今でもカンボジア人に使われているんだ。古い遺跡が健在というのはいいことです。それにしてもこれはお払いの一種なのかな。さむそ〜・・・いやいや、ここはカンボジアだっけ。日本的感覚では正月の寒い中でこのような光景をよく見るので、一瞬そう見えてしまいましたが、よくよく考えればここは正月でも夏なんだよな。では効果があるのだろうかと心配もしてしまいますが、まあここはカンボジア。日本じゃないので心配御無用といったところかな。写真を撮らせてくれるようにお願いして後にしました。

祈祷所?
アンコール・トムの門
雨の中の子供達
  更に奥に入っていくと、なんか黒魔術のような祭壇みたいなものがあったりして、なかなか興味深い。ここでカンボジア人が正月を祝うのかな。それとも何かの儀式をとり行ったのかな。なんか日本でいうなら家を建てる前の地鎮祭みたいな感じだな。よくよく考えればさっきから日本で見かける祭礼に良く似たことばかりだな。気候の違いなどはあれど、やっぱり同じものが根底に流れているに違いありません。まあこれはベトナムでホームステイをしている時にも感じたことなので、きっとアジア全体がそうなんだろうな。アジア人はみな兄弟。う〜ん、いい言葉だ。などと微笑んでいたら、いきなり大粒の雨が降ってきました。これはたまらない。ちょうどいい事にテントの待合所みたいなものが作られていたので、そこで雨宿りさせてもらうことにしました。それにしても凄まじい雨量だ。やっぱり熱帯の雨は違うな。実はこれも水掛祭りの一貫で、神様からの贈り物だったりして・・・そう考えると少し幸せな気分になれるかも。

  ちょっとすると小降りになり、そして止みました。なんと引き際鮮やかな雨だこと。再び遺跡見学を始めました。それにしてもスケールがでかいな。アンコール・トムは。昨日同様にいたるところで感動のしまくりです。一通り見学すると、自転車を取りにいき、アンコール・トムの城門を見学しに行きました。アンコール・トムの城門はバイヨン寺院みたいに塔の上部が顔になっているのが特徴です。なんか巨人の口の中に入っていくというか、腹の中に入っていくというか、御伽噺にでも出てきそうな雰囲気があって好きです。日本的感覚で言うならこのまま中に入ると胃につながっていて消化されてしまうといったところかな。そうしたら鬼太郎が助けに来てくれて・・・テレビの見すぎだ。さてカンボジアではどうなのでしょう。それにしても雨上がりで周りの緑がくっきりとしている事。部分的に風景を切り抜くと森の中の遺跡って感じがして、神秘的な雰囲気を感じます。案外雨の中のアンコール・ワット見学は正解かも。より自然に近いというか、ありのままというか、雰囲気がいいです。そういえば遺跡を歩いている子供達も、周りの木々同様にずぶ濡れになっていました。これもまた自然と共存?なわけないか。でも、その方が子供達も可愛らしく見えるのかも。

  アンコール・トムを後にすると、次の遺跡までは少し間隔があいていました。何もないような一本道を走っていると、いきなり後ろからビシャ〜〜〜〜って、水を掛けられてしまいました。またこれか〜。後ろから来たカンボジア人満載のトラックから掛けてきたようで、なんか楽しそうに荷台から手を振っていたりします。そりゃ掛ける方は楽しいかもしれないけど、さすがに自転車で掛けられる方としては両手がふさがっているし、自転車では遅いし、どうすることもできません。せめて水鉄砲ぐらいで笑える範囲内にして欲しい。でもなんか頑張れといった感じで手を振ってくれているので、我慢して引きつった笑顔で手を振っておきました。

遺跡に佇む僧侶
雨に濡れた遺跡
  次に訪れたのはプリヤ・カンという寺院遺跡。長い参道がありましたが、雨で地面がぬかるんでいました。どうしようかな・・・昨日も着たことだしな。でもまあ行っておくか。雨だとまた違って見えるかもしれないし。ぬかるんだ道を注意しながら歩きました。やっぱり熱帯だと土壌が泥みたいなので水はけが悪いんだろうな。奥に進むと神殿にたどり着きました。中に入ろうとすると、パラパラと辺りから音がしたと思ったら、雨が降ってきました。先ほどのように強くないのが幸い。木の下で雨宿りすることにしました。なんか今日は雨やら水掛祭りやらよく濡れる日だな。雨宿りしていると、僧侶が傘を差して見学・・・いや見回りなのかな、とにかく遺跡で佇んでいました。う〜ん、なんか絵になってるかも。ここでの雨の日は何もかもが自然に見えてしまう。

  しばらくすると雨が上がり、この遺跡を見学しました。ここはかなり荒れているというか、多くの石材が散乱していました。多くのパーツがあると言うことは元はかなり大きかったということで、どんなだっただろうと散らかっているパーツと土台とをあわせて想像してみるとなかなか面白かったりします。雨上がりなので、緑が美しいのもある事ながら土の香りもきつく、なんかジャングルの遺跡にいるんだなと思いながら見学をしました。そして再びぬかるんだ参道を歩いて自転車のところに戻りました。その時に失敗したのが、カメラを鞄にしまわずに肩に提げたままで歩いてしまったことです。自転車に戻ってカメラをしまおうと手に取ると、なんと泥だらけ。歩いている時に自分のサンダルの泥が跳ねたようです。だ、大丈夫なのか。スイッチも入ったままだし・・・。慌てて泥を落とし、オートフォーカスしてみると、ん、う、動かない。エラーマークが液晶に表示されているよ。おいおいどうなってるんだ。一度スイッチを切って、再びオンにしてシャッターを押すと、カシャッと簡単にシャッターが降りてしまいました。なんだ大丈夫なのか。もう一枚。あ、あれ、やっぱり動かない。なんか調子悪くなってしまいました。どうやら接触が悪くなってしまったようで、一度電源を切るか、或いは電池を入れ直すかをしないとシャッターが下りないという状態。そもそもちゃんと写っているのだろうか。なんとも心配。何で肩にぶら下げたままだったんだと後悔してももう遅い。楽しかった気分が、ちょっと憂鬱になってしまいました。

  この後の遺跡は一つ一つが距離があり、移動するのが大変。そう自転車で移動するのは道は平坦なので大した事はなかったのですが、水の攻撃をかわすのが大変でした。そもそも自転車というのがここでは一般的ではないようで、走っているだけでかなり目立つし、スピードは遅いし、外国人が乗っているということでもういい標的でした。遠慮して手だけ振ってくれる人、喜んで水をかけてくる人、容赦なくバケツでぶっかけてくる人など様々でした。しかも曇り空から一転して今度は晴れてきて暑いこと。

遺跡内の道
  ニャック・ポアン、タ・ソムと遺跡を見学し、プラダック村との分岐点に差し掛かると、ここでは若者の集団が待ち構えていました。さすがに地上部隊に水を掛けられたらひとたまりもない。ちょうどトラックが通りかかったこともあって上手く避けて通ったのですが、何人かは寄ってきてさすがに水を掛けたらまずいと思ったらしく、顔にベビーパウダーを塗ってきました。まあこれならいいか。そう思ったものの、下が濡れた泥の上でハンドルを持ってくるものだからすっ転んでしまいました。足を少し切り、手をちょっとすりむいてしまい、なんか場がしら〜とした雰囲気となってしまいました。「ごめん。大丈夫?」とすぐに謝ってきたので、「大丈夫だよ。」と言って立ち去りました。まあわざとじゃないから怒りたくはないけど、なんか水を掛けられっぱなしで、しかもこかされてと、ちょっとストレスを感じつつありました。

  若干不機嫌になりながら幾つか遺跡を見学して、本日最後の遺跡タ・プロームを訪れました。ここはジャングルに遺跡が埋まっていく象徴のような場所です。昨日も訪れているのですが、あの木によって侵食された迫力ある光景を再び見たいなと思って寄ってみました。で、訪れてみると、今日は雨に濡れているせいか、一段と木に迫力があるような気がして、また一段と遺跡が壊れたように感じます。雨に濡れた姿こそ自然なのかな。熱帯雨林だけに雨だと木々が生き生きしてくるのかもしれません。写真を撮っていると、物売りの子供が寄ってきました。ん、そういえば君は・・・。昨日写真を撮らせてもらった子供でした。カメラを指差して覚えている?みたいなゼスチャーをしてみたのですが、反応はいまいち。覚えてくれていないのかな。残念。まあ多くの人が訪れるわけだし、いちいち一見の観光客を覚えているわけないか。

  さて一通り回ったことだし、戻るか。タ・プロームを後にして、アンコール・ワット寺院の方へ向かいました。すると、道路脇に子ども達の水掛け部隊が待機していました。うっ、だめ!水を掛けようか、掛けまいか迷っている雰囲気だったので、ゼスチャーで水を掛けるなと伝えました。もう先ほどの二の舞でこけるのは勘弁です。でも子供達は私が反応してくれたことがうれしいと見えるのか、やっぱり掛けてこようとするのが怖い。むしろ知らん顔してにらみ付けるように通り過ぎれば良かったのかな。もう一度駄目と伝えるといたずらっ子達も完全に諦めたようで投げようと手にしていた容器を下ろしました。ふぅ〜危ない危ない。

水を掛ける子供達
待ち構える子供達
  その横を通り過ぎようとすると、トラックがやってきました。そして通りすがりながらトラックの荷台に乗っている人達と子ども達の水の掛け合いが行われました。今回は不意を付かれたトラック側の完敗といった感じで、子ども達の勝利。子供達は歓声を上げて、意気揚々と近くの井戸で水の補給を始めました。自転車に乗っていてあの勢いで水を掛けられたらたまらないな。でも、これは面白いかも。近くに自転車を置いて写真を撮りながら観戦することにしました。

  しばらくすると子供の一人がペットボトルにくんだ水を持ってきてくれました。ん、私も参戦しろということかな。よしっ、任せろ。次にトラックが来ると、あれに投げるんだといった感じで子供が私に合図をしました。で、水を掛けようとすると、予め向こうも我々を察知していたようで、バケツで水を掛けてきました。私にはかからなかったものの、子ども達の被害は甚大で・・・って、怪我をするわけではないのですが、今回は私が参戦したにもかかわらず敗戦といった感じでした。一番水を掛けられた子供は悔しかったのかすぐに水の補充に向かっていました。私もこのままで帰れないので、子供に頼んで水をくんでもらいました。

  次こそは・・・と待ち構えていると、再びトラックがやってきました。今度こそは・・・えいやっ。相手は投げ返す余裕がなかったようで、今度は我々の勝利だ。なんか気分がいいぞ。さっきまであれだけ水を掛けられていたもんな。だいたい大の大人が水を掛け合って何が楽しんだと思っていたけど、実際に水を掛ける方に回ってみると案外面白いかもしれない。これはいいストレス発散だ。こかされた分やカメラが壊れた分も含めて今までのお返しだ。と次のトラックにも水を浴びせ、気分爽快。満足しました。何度も水をくんでくれた子供達に何か差し入れでもしてあげたかったのですが、いかんせん辺りには何もない場所。お礼を言って後にすると、笑顔で手を振ってくれました。いい子達だ。変な気遣いは無用だったかな。

混雑するアンコール・ワット寺院
塔に登る人々
  楽しかった余韻に浸りながら自転車をこぎ、アンコール・ワット寺院まで戻ってきました。まもなく夕日の時間。アンコール・ワット寺院が西日を浴びてなかなかの佇まいをしていました。おまけに多くの人が訪れていて賑やかなこと。ちょっと寄ってみるか。入り口まで行くと、朝はがらがらだった遺跡だと思えないほど多くの人が訪れていました。これって・・・カンボジア人が初詣感覚でお参りしているのではないか。せっかくだから昨日同様に中を見学しました。中に入ると、多くの人でごった返していました。仏像が置いてある場所などでは人々が祈っていたり、寺院の中庭などでは説法みたいなことが行われていたり、もちろんツアー客も混在。一番奥の塔の部分にも多くの人がいて、急な階段を慎重にぞろぞろと登っていました。なんか面白い光景かも。 次第に日が傾いていきましたが、あいにくと西の空は雲で覆われていたので、きれいな夕日は見えませんでした。

  夕日が見えなくなると、観光客は一斉に出口の方へ向かい始めました。私も暗くなる前に帰ろう。自転車も返しに行かないといけないし。でも今日は感動したな。やっぱり自分の足で観光するに限るな。満足しつつ遺跡を後にしました。そして自転車のところに向かうと、後ろから日本語で声をかけられました。振り向くと同じ宿に泊まっている三人組の男性でした。あら偶然。後の2人の女性陣は?と尋ねると、あまり体調がよくなくて宿で寝ているとかで、彼は暇だから一人で夕日を見に来たんだとか。そうなんだ。どうやってきたんですか?と尋ねてくるので、「この自転車で」とちょっと誇らしげに言うと、「自転車か〜」とがっかりした態度。失礼な・・・。更には「乗れませんよね」と聞いてくるので、「どうしたの?」と尋ねると、宿のバイクタクシーは嫌だから外でバイタクを拾ってここまで来たんだけど、帰りのバイクタクシーが捕まらなくて・・・と困っていました。私の自転車も荷台がついていないから無理だな。いや何とかここに足を引っ掛けて乗れば・・・って無理じゃい。

  困っていると、今度はイギリス人のジョンが「ヤッホー」と声をかけてきました。あらっ、どうしたのと尋ねると、今日帰った旅行者にチケットをもらって、正月だし夕日を見に来たんだとか。なんか偶然にしては同じ宿の人によく出会うものだ。でもこれはちょうどいい。ジョンに頼んでバイクタクシーの後ろに乗せてもらい三人乗りで帰ってもらう事にしました。で、私はその後ろからチャリで走ったのですが、遺跡からシェムリ・アップへの道はバイクだらけでちょっとした渋滞でした。なんかバイクは遅いぞ。えぃ抜いてやれ〜。気合を入れてダッシュとばかりにバイクを追い抜いたら、ジョンが追いかけてきて思いっきりベビーパウダーを塗ったくって行きました。この〜!と思っても、こうなるとやっぱり自転車は非力。バイクに本気をさせれてしまうと追いつけない。おまけに他のカンボジア人もこれはいい標的とばかりに便乗して水やらベビーパウダーを掛けてきました。って、なんでこうなるの。最後の最後でまたしてもずぶ濡れ。せっかく乾いていたのに・・・今日は雨やら水掛祭りやら何回ずぶ濡れになったことやら。

  シェムリアップに戻ると、そのまま自転車屋に自転車を返しに行きました。すると、出てきたおばさんに「あらまあ〜、」と大笑いされました。そして「カンボジアの正月は楽しかったでしょ」と言われ、素直にうなづきました。自転車を借りて正解だったな。いい思い出ができた。やっぱり旅はありきたりではいけないな。楽しかった今日一日の思い出の余韻に浸りながら宿へ戻りました。
4月16日 (日) 雨
シェム・リアップ
・最悪の日
支出 300円
遺跡内の寺院でのお払い
  起きると雨。時期的に雨季の始まりとはいえ、なんかここのところ雨が多いな。やっぱり俺って雨男なのだろうか。シンセンでもそう言われたしな。今後の為にもお祓いを受けた方がいいのかな。そういえば昨日遺跡内の寺院でお祓いをやっていたっけ。水掛け祭りっぽく水を掛けてもらっていたけど・・・ご利益があるのかな。でも日本的感覚で考えると、寒い時にやらないとご利益がないような・・・気もする。それよりも今日はどうしよう。昨夜立てた予定では、朝からレンタルバイクを借りて郊外にある遺跡へ行くつもりだったのですが、この雨ではな〜といった感じ。さすがに雨の中、というか泥だらけのぬかるんだ道を走る度胸はありません。とりあえずアンコール・ワットの3日券は今日までだし、一応遺跡に行ってみるか・・・でもこの雨がな・・・。でもなあ40ドルも払ったので、使わなければもったいないしな・・・。なんかいまいち気力が沸いてきませんでした。雨もそうですが、昨日自転車をかなりの距離こいだので足に結構疲れが残っているのと、昨日の体験があまりに素晴らしく、もはや何が何でもアンコール・ワットを見たいといった意欲がほとんどありませんでした。もう十分アンコール・ワットを堪能したからいいか。日曜日だし。お休みの日。とベッドに横になってしまうと、昼まで寝続けることに。その後起きてもなんか熱っぽい感じもするしと、一日中ゴロゴロし続けました。なんか今日は今回の旅始まってから一番最悪の日のような気がする。

  夜にはこれはまずいと絵葉書を書いたのが唯一の生産的行為でした。明日はこの絵葉書を郵便局へ出しに行ったりして、明後日にはさっさとタイに向かおう。カメラも壊れたので早く修理に出したいし、何よりここの宿の居心地が悪い。サゴちゃんという日本人女性が何ヶ月も居座ってバイクタクシーとかを仕切っているというか、勝手にルールを決めているというか、色々と迷惑なこと。やたらとバイクタクシーをやっている若者は馴れ馴れしいというか、宿泊客に節度がないし。このままいくときっとジゴロ化していくだろうな。実際大使館の人が来て親からの捜索願が出ているからと女の子が連れ戻されたとか言っていたし。ほんとあんた一体何やっているのといった感じです。同じ日に一緒にこの宿に来た三人組の日本人は一週間券を購入してアンコール・ワットを見学するんだと張り切っていたのですが、今日、別の宿に宿替えしていきました。理由を聞くと、やはり私と同じような原因でした。それに昨日チェックインしてきた定年退職バックパッカーですというなんか初々しいおじさんもカンボジア人の若者の態度が不愉快だと愚痴っていました。別に何ヶ月滞在しようがそれは本人の自由だし、どうこう言うつもりはないけど、やはり他人に迷惑がかかるような事を教え込む事はやめて欲しい。そもそもカンボジアの若者の為にもならないだろうし。なんかこういう日本人を見ると腹が立ってしょうがない。
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