リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第11週   〜〜〜
3月27日 (月) 晴
ムイネ
・ベトナムの中にいる私
支出 100円
  今日もトゥアの大声で目が覚めました。また朝の水浴びか。いや、この冷たさは修行っぽいから沐浴って言った方がいいかな。などと思いつつも、今日は寒いからと遠慮することにしました。それにしても宿に泊まるようになってから朝起きたときの目覚めがいい。訳の分からない不快な放送で起こされることもないし、何より誰にも気兼ねなくぐっすりと寝れています。トゥアの家に泊まっているときは、まあそれなりによく寝れていたんだけど、マットやベットを一人で使ってしまっていて申し訳ないなと感じていたし、やはり色々と気を使っている分気疲れがあったし、医者の家は論外。医者の家に泊まる事を考えると、なんて幸せなんだろう。しかもすぐそばが海なので、風というか、空気が気持ちがいい。椰子の木と海の匂いが安眠効果倍増といった感じなのでしょう。

ビデオ撮影をするトゥア
ファンティエットの市場で
  さて、今日は久しぶりにトゥアとファンティエットを訪れました。最近撮った写真を現像したり、トゥアが撮影したビデオを編集したりする為です。写真の現像はまあ現像機が置いてある写真屋ならどこでもできるのですが、ビデオの編集はそれなりの機材が置いてあるところでないとできません。それに恐らく同じ編集するにしても編集者によって腕の差というか、センスの差が出てしまいます。安心して頼めるところがいつも行くプロの写真家のいるスタジオのようです。ベトナムでは結婚式や葬式のビデオ撮影が流行っています。日本人の目から見れば、ちゃちな画面構成に見えてしまうのですが、ベトナム人にしてみれば写真よりも大事な記憶方法となっているようです。この辺の事情はみんなが居間に集まって暮らすベトナム人にとって、みんなで一緒に見る事ができるビデオの方が好まれるのかもしれません。欧米人がスライドフィルムを好むのと同じなのかな。という事で、まずはスタジオに行き、ビデオの編集を頼み、出来上がるまでの間、昼食食べに出かけたり、トゥアの弟の家で昼寝したりして過ごしました。

  昼寝をしながらふと思いました。なんかいつの間にか当たり前にベトナムでの生活を送っているな。というよりベトナム人となりつつあるような気がする。こんなんでいいのだろうか。俺って旅人じゃなかったけ?う〜ん、やっぱ定住していては旅人じゃなくなってしまうよな。歩き出さなければ・・・。でも今の生活もいいかな。心の中で色々と葛藤がありました。昼寝から起きると、トゥアは先週の結婚式のお宅などに行くからと出かけていきました。私は家にいても暇だし、奥さんと二人というのも微妙に気まずさを感じるので、久しぶりにちょっと旅人に戻ってファンティエットを散策してみました。少しでも旅人の感覚を戻しておかなければ・・・。しかし、ぶらぶらと歩き回ってみるものの、なんか旅人としての燃えるものを感じない。知った町だからなのか、それとも好奇心というものが薄らいでしまったのかな。ちょっと心配。

  夕方遅くにはビデオが仕上がりました。そのままムイネに帰るのかと思ったら、その前に市場へ寄りました。そして馴染みらしい店で裁縫道具やら布やらを大量に仕入れていました。そうか、テイラーもしていたんだ。おかげでバイクに荷物が満載。載り切らない荷物は私の両腕に。う〜ん、重い。なんで私が指がちぎれる思いをして重い荷物を持ってるんだ。どうみても私のこの姿はありふれたベトナムの風景の一部になっているような気がする・・・。そう、今まで私が物珍しく写真を撮っていた風景の・・・。そう考えると、ちょっと複雑な心境になってしまいました。
3月28日 (火) 晴
ムイネ
・ムイネ滞在の区切り
支出 500円
浜辺の造船所
造船所の人々
ムイネの市場
  今日も朝からトゥアの大声で目が覚めました。相変わらず元気がいいな。今日は調子がよかったので一緒に海に入ってみました。う〜ん、やっぱり冷たい。でもこの前ほどでもないかな・・・。やっぱりこういうのは気持ちの持ちようなのかな。気合を入れれば火もまた涼しいとか言うしな。って、ベトナムでは言わないか。海から上がると、シャワーを浴びて軽く洗濯をすることにしました。荷物がトゥアの家とこことに分散しているから色々と面倒なことも多かったりします。服の大半は向こうにあっても下着はこっちにあったり、タオルなどもこっちといった感じで、両方で洗濯をしなければならないから大変です。洗濯が終わると、今日は海岸沿いを歩いてトゥア家へ向かうことにしました。ムイネは漁村で多くの船が停留していますが、その船を直したり、造ったりする造船場も海岸沿いに幾つかあります。宿からすぐそばの海岸にもあって、写真を撮りながら歩いていると、上がって来いよと誘われました。朝早くからご苦労さん。でも昼間は暑くて寝ているんだよな・・・。椰子の木と素朴な木造の造船所。なんか南国といった感じです。そんな光景を写真に撮りつつトゥアの家へ行きました。

  午前中は先週から書いていた絵葉書を全て書き終えたので、郵便局へ出しに行きました。今回は時間があったので、全ての国から出すと約束した友人などの他にもお世話になった人など多くの人に書いたので、結構な枚数になってしまいました。果たして無事に届くだろうか。ホーチミンとかだったらそれなりに安心なんだろうけど、ムイネからだと・・・ちょっと心配。国際郵便を扱っているホーチミンに着くまでにどっかにいってしまいそうな予感が・・・。そのついでに近くにあるムイネの中心にある市場などを散歩しました。市場へはちょくちょく来ているので、大分ここでも顔を知られてきている感じです。写真を撮っていると時々声をかけられたり、また来たのかといった笑顔で迎えられるようになりました。

  昼前になると先週葬式のあったトゥアの親戚の家から昼食の招待がありました。昨日現像してきたばかりの写真を朝トゥアが届けたみたいで、評判はなかなかいいようでした。案外こういうのは物珍しい目で見る外国人のほうが上手く撮れたりするんだよな。とりあえず、よかった。よかった。昼食を食べながらも、私がごく自然にここの人々の一員となっているのに、どうも違和感を感じてしまいます。やはりそろそろ潮時なのだろう。と言いながらも、なかなか腰が重かったりします。

  ただ昨夜一人になったときに色々と考え、もうすぐ4月になるし、このままズルズルとしているのもよくないし、ちょうどキリがいいから私のムイネ滞在は4月1日までにしようと決めました。それに延長したビザももう少ししたら切れてしまうし、ビザは一度しか延長できないし。トゥアにそう伝えると、寂しそうな顔をして4月5日まで居て欲しいと言ってきました。その日はトゥアの親父の法事で、墓参りをしたり、親戚が集まって食事をする大事な日なんだとの事。子供たちもそう願っているし、急いでいないのなら居て欲しいとの事。そうなのか。そうだな。実際に急いでいるわけではなく、単に区切りがいいからと決めただけだしな。断る理由はないし、ここまでお世話になっていたら嫌とは言えないな。よしっ、それが終わってから出発しよう。正直、若干滞在が延びたのはうれしかったです。

  という事で、また前回のように夜行バスで出発するとして、私のムイネ出発は4月5日の夜、正確には日付が変わるので翌日の深夜2時までと決まりました。そういえば5月の連休に友達がシンガポールを旅行するとかで、会えれば会おうと約束をしたのだが間に合うだろうか。シンガポールか〜。カンボジアを越えて、タイ、そしてマレー半島の先端だよな。その旅路を思い描き、少し旅の高揚感を感じている自分を発見。なんか止まっていた歯車がようやく回り出したって感じだな。
3月29日 (水) 晴
ムイネ
・今日も飲んだくれ
支出 100円
トゥアの奥さん
  今日もありきたりなムイネでの一日が始まりました。ここのところ毎日忙しく過ごしていたのですが、今日は特に予定のない日でした。毎日毎日トゥアも動きっぱなしでは大変です。そもそもトゥアの家はテイラー(仕立て屋)が本職だったようです。普段は奥さんがミシンをいらっていることが多いのですが、何度かトゥアも仕立てに来た人にメジャーを当てて、布を切って、ミシンで服を仕立てていることもありました。普段はビデオカメラなどで撮影している姿しか見ていなかったので、あまりにも似合っていなく、思わず噴出しそうになってしまいました。

  でも昔はきっと技術を叩き込まれてテイラーを本職でやっていたのでしょうから、今でもそれなりに技術を持っているはずです。しかしながら、恐らく・・・推測ですが、本人はいまいちテイラーが好きではないようです。だからカメラとか始めたのではないでしょうか。また家にはボタンなど裁縫関係のものやら雑貨を置いているショウウインドーがあります。一度外国人が虫除けを置いてあるかと尋ねてきて私が相手をさせられたことがありましたが、来る客のほとんどは女性なので私的にはうれしかりします。トゥアの奥さんがボタンやフックなどを内職をしている人に売っていたりするのですが、家に上がると私がいて、キャーってな事も。お化けじゃないんだから、勘弁して・・・。

  特に今日は仕事もなく、する事のなかったのか、はたまた最近の仕事でまとまったお金が入ったからなのか、トゥアが友人などを誘ってみんなで飲みに行くぞと言い出しました。まあそれはそれでうれしいのですが、ムイネに滞在していると何か事あるごとに飲まされています。だからほぼ毎日のように飲んでいる感じなので、たまには飲まない日もいいのではと内心では思ったのですが、夕方から音楽仲間などと飲みに行き、ヤギ鍋をつつきながら夜まで飲みました。いつもの事ながら気がつくと一番飲まされていました。私自身そんなに酒は強くもないのですが、それ以上にあまり飲める人が多くないようです。ベトナム人は日本人よりも酒に弱いのかな。それともこの暑い気候では自然とそういう体質になってしまうのかな。何にしても経済的でいい気がします。そして、いつもの事で私の支払いは誰かがしてしまい、お金を払わせてくれません。ここに来て一体ビールを何本飲んだ事やら。少なくとも一日一本平均は飲んでいる計算になりそうなので、1本5000VNDだとして計算すると30日で150,000VND。ビールだけで10$を軽く越えているようです。ここの10$は日本の10$と比にならないほど価値があることを考えると、ほんとみんな気前がいい。
3月30日 (木) 晴
ムイネ
・歌が好きなベトナム人
支出 100円
早朝の浜
ムイネの浜
  今日はいつもよりも早く起きて早朝の浜辺を散歩してみました。やっぱり漁村は早朝が一番絵になる。底引き網を引っ張る人たちもいれば、船から魚を水揚げしている人もいる。そして陸に上がった魚を運ぶのですが、ここではトラックという感覚があまりないせいか、バイクで運んだり、水牛だったりするのが、ムイネらしいというか、ベトナムらしいというのかな。おかげで素朴そのものです。浜辺を歩きつつ写真を撮っていたらトゥアがやってきて、一緒に朝の水浴びを行いました。さすがに朝から少し歩いて体が温まった後だと、海に入っても寒くありません。やっぱり起きて、ちょこっと準備体操をしただけでいきなり海に入るっていうのは良くないよな。

  その後トゥアの家に行くものの、今日は何か来客が多い日でした。さて散歩にでも出かけようかなと思うと、タイミングよく誰かしらやってきて、「調子はどうだ。」「いつまでいるんだ。」などと話が進んで行き、ちょっと市場まで行きたかったのですが、行きそびれてしまいました。昼ごろにはトゥアが友人からギターやらアンプを借りてきました。そして子供たちが学校から昼食食べに帰ってきて、なぜかカラオケ大会。ベトナムの家は玄関や窓が開けっ放しが多く、それで大音量で歌えば隣近所だけではなく、通りまでも筒抜け状態。道行く人も何事かといった感じで家の中をのぞいていくのが、当たり前の世界。なんとも近所迷惑なといった感じなのですが、こういったケースでの近所迷惑や恥ずかしさという感覚がベトナム人にはないようです。でもその反面、人見知りをしたり、人前では歌ったりしないのが不思議なのところ。もっと長くここで暮らしてみないとその辺の感覚は理解できそうにもないようです。

ギターを弾くトゥア
  夕方にはトゥアの友人がもう一本ギターを持ってきて、そしてみんなで合唱しました。ベトナム人は本当に歌が好きだ。トゥアはギターが上手い。葬式等で演奏して金を貰っているだけはあります。私もギターは弾けなくもないのですが、音を鳴らしてみるとなんか違うぞ・・・。どうもチューニング(調弦)が違っている感じ。おまけに片方のギターは弦が5本と普通のギターと違うし・・・。なんかウクレレとギターの相の子みたい。そして歌に関しても、ベトナムの歌はベトナム語の強烈なイントネーションのために凄まじい抑揚があります。幾つか歌を教えてもらうものの、う〜ん、発音が難しい。紙にカタカナで歌詞を書いてみるものの、歌の中で音階を外さす、イントネーションも気をつけなければならないなんて・・・ちょっと無理でした。でもみんなが楽しく歌っているのを見ているだけでもなんか楽しいかも。日本のカラオケボックスに行くのと違ってみんなで協力して楽しんでいる感じがするからなのかな・・・。それとも雰囲気なんだろうか?
3月31日 (金) 晴
ムイネ
・迷い
支出 200円
ムイネ市場
  昨日行きそびれたので、午前中に市場へ行き、オセロを作る為に厚紙を購入してきました。前回ホーチミンに行った時に探したものの、ベトナムにオセロというものはありませんでした。言葉が分からなくてもみんなで楽しめる様なゲームというと、やはりオセロしか思いつかず、結局自分で作ることにしました。子供がいない間に作ってしまおう。絵葉書を製作していたときもそうだったけど、何か作り始めると、何ができるんだと好奇心旺盛に寄ってきてなかなか作業がはかどりません。といっても、好奇心旺盛なのは子供だけじゃなかったりするのですが・・・。でも、のりを乾かしたりしていると、昼食を食べに子供たちが帰ってきてしまいました。そしてなんか作ってると大騒ぎ。やれやれ、また午後の授業に行ったら作り始めよう。

  昼寝した後、再び作り始めました。一人で作りながらも、あと5日でムイネを去らねばならない事を考えると、なかなか作業が進まない。やっぱり長居をしすぎたな。情が移ったというか、体が慣れてしまったというか、去るのが非常に辛い。このムイネ滞在で一体何を得たのだろうか?色々な体験が頭をよぎります。これ以上世界を歩き続ける必要があるのだろうか?もう探し物は見つかったのでは?ここに暮らしてはどうか?様々な迷いが頭を支配していきます。どうすればいいのだ。どこへ行けばいいのだろうか。あまりの長居に次の足が出にくくなっているようです。しかし、私は旅人だ。歩き続けなければならない。それが今の自分のすべき事ではないのか。それでもって必要なら戻ってくればいい。そう言い聞かせると少しは気が楽になりました。夕方になんとか手製のオセロが出来上がりました。ルールを教えるまでがちょっと大変でしたが、まあオセロの楽しさを少しは理解してくれたかな。でも私がいなくなった後、ベトナムに浸透するだろうか。まあ作ってはみたものの、そこまでは責任もてません。いなくなったらゴミ箱行きになっていたりして・・・。

  そういえばすっかり忘れていたのですが、ホーチミンで買ってきたビデオ「となりのトトロ」と「魔女の宅急便」は、やはりというか、少女による冒険活劇的な感じの強い「魔女の宅急便」の方が受けがよかったようです。タイトルは「魔女のキキ」見たいな感じになっていたと思いますが、面白がって何度か見ていました。「となりのトトロ」の方は内容が日本的過ぎるというか、私がベトナム語で解説できないのもあり、背景が分かり辛かったのか、いまいち人気がありませんでした。そもそもお化けみたいなのが大嫌いな風土のせいもあるのかな。
4月1日 (土) 晴
ムイネ
・納得のいかない宿替え
支出 1900円
  とうとう4月になりました。日本人の感覚からすると4月になるという事は一つ年を取る感じがするほど重要な事なのですが、ここではそういう感じは全くありません。それにエイプリルフールという西欧の訳の分からない行事も浸透していないので、ありふれた一日でした。4月か〜。それにしても4月という感じのしない4月だな。第一桜も咲いてはいなければ、ひたすら暑いときたものだ。それにしても日本を出発して三ヶ月弱も経っているのに未だにベトナムを旅行中か。中国滞在は予定よりも短かったというのに、随分と出国前に立てた計画よりも遅れてしまっていました。やっぱり1年で戻ってくるのは無理かな。でもまあいいか。計画通りにいかないのが旅だし、これといって急いでいるわけではないし、第一それなりに有意義に暮らしている気もするし。

夕方の浜辺で
夕暮れの浜辺
  一人で感慨深くなっていると、午前中泊まっている宿のおじさんがやって来ました。トゥアの友人で、時々一緒に早朝の水浴びをしているおじさんです。そういえば今日の朝の水浴びのときに滞在許可の更新をするからパスポートを渡してくれと預けていたんだっけ。返すついでに遊びに来たのかと思ったら、これ以上私の滞在許可がでなかったといった深刻な用でした。そしてよく分からないまま、今まで泊まっていた宿の近くの宿に引越ししました。ベトナムには外国人の泊まっていい宿と悪い宿があるようです。そういった理由で警察の許可が下りないものだとばかり思っていたら、後で聞くところによると、今まで泊まっていた宿は警官が飲みに行かないから駄目で、今のところは仲良くしているから大丈夫だとの事。法律で駄目なものは駄目とはっきりとしていれば納得するのですが、警官の好き嫌いで法律が変わるのには納得がいかない。こういった社会システムが社会主義国の悪いところに違いない。やはりここでは私は暮らせない。きっと事あるごとに賄賂ばかり要求されるんだろうな。まあそういった諦めがついたのはよかったのかもしれない。

  それ以外は今日は特に何事もない一日でした。夕方からは何時ものように浜に行き、夕日などの撮影を行いました。嫌な事があっても浜辺でムイネの人達と接していると気分が晴れてきます。結局、人と人の付き合いというのは何人とか、宗教、政治云々ではなく、その個人の問題なんだな。ムイネでもいい人もいれば悪い人もいる。それは日本人でも同じ事。他の民族が信用できないと当り散らす人もいるけど、日本人だって信用できない人はいる訳だし。何人がどうこうともっともらしく言うのは今後はやめよう。そう思いました。
4月2日 (日) 晴
ムイネ
・墓参り
支出 100円
  今日はムイネでの最後の日曜日です。学校も休みなので、5日の法事に備えてトゥアと子供達とその友人、トゥアの甥や姪、総勢十人もの団体様でトゥアの両親の墓参りに出かける事になりました。ハイキングを兼ねての墓参りのようで、朝から食材とか氷とかを用意していました。でもなんか必要以上に念入りに用意しているような。貝とかまで用意しているし・・・なんて大袈裟な。もしかして私のためにバーベキューとかを計画してくれっちゃっているとか・・・などと思って出発したのですが、ちょっと予想外の展開になってしまいました。

砂丘のハイキング
トゥアの両親の墓で
親戚の家の庭で
  てっきりお墓はよく行く近くの砂丘にある墓地の一角にあるとばかり思っていたら、甘い甘い。その砂丘の墓地を通り過ぎ、砂丘を突っ切り始めました。あれっ、どこまで行くの?聞くと、まだかなり先だとの事。そして砂丘を突っ切ってしまい、森を横切り、更にはステップ地帯を横切ると、ようやく一軒の家がポツンとありました。この家はトゥアの親戚の家との事。炎天下の中、ここまで一体何キロ歩いた事だろう。全くもって遠かった。汗が噴出し、体が干からびてしまった感じです。とりあえず持ってきた食材などをここに預け、墓参りに行きました。それにしても辺り一面何もないではないか。こんな所でよく暮らせるなと感心してしまいます。

  お墓はここから10分ぐらい歩いた場所にありました。またしても何もない場所。なんでこんな場所に・・・といった感じです。はっきり聞かなかったので分かりませんが、きっと昔はここに住んでいて、一度墓を作ってしまった後では動かすのが・・・といったところなのかな。まあ墓参りの様子は日本と同じで、墓を掃除して、線香を立てて、手を合わせて終了。この辺の感覚はベトナム人も日本人も同じなんだろうな。最後に記念撮影をして今日一番の目的は達成しました。

  その後は再び親戚の家へ戻り、持ってきた食材で食事を作りました。親戚のおじさんがいないなと思ったら、果物とでかいトカゲを捕まえて戻ってきました。これも食べるの・・・・。やっぱりこんな辺境の地に住んでいる人間は只者ではない。貝は茹でて、トカゲは丸焼きにして食べました。鳥みたいな感じで不味くはなかったのですが、どうも気分的にいまいち。取ってきた木の実はマンゴだったのですが、色が真っ青でした。マンゴって黄色に熟れてから食べるんじゃないの。やはり食べるとまるですっぱいきゅうりといった感じでした。これでは甘くて果物の王様といわれるマンゴがもったいない。でも一番問題だったのは水。喉が渇いても雨水を溜めたような水を飲まなければならなく、ちょっと心配。いや、かなり心配。ベトナム人並にお腹が強くなったといえども、所詮は日本人。ひどくお腹を壊さなければいいが・・・。

  その後昼間の暑い時間はここでのんびりと過ごし、日が翳り始めた夕方前に再び長い道のりを歩き始め、トゥアの家へ戻りました。やれ疲れたな。ちょっと遠くてしんどいハイキング兼墓参りでしたが、ムイネの最後の日曜日の思い出としては最高のものとなりました。
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