リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第9週   〜〜〜
3月13日 (月) 曇
ムイネ
・ムイネに戻ったものの・・・
支出 3300円
  ホーチミンへはハノイで購入したお土産や溜まったフィルムなどの日本へ郵送したい荷物を携えてきました。邪魔なのでこの機会に一度日本へ送ってしまおうと思ったからです。せっかく持ってきたのだからムイネに戻る前に送らなければ。だからこそ出発を今日に延ばしたのだし。朝早く起きて郵便局に行ってみると、まだ営業していませんでした。ムイネ行きのバスの時間は確か9時とか聞いていたので、それまでに荷物を送り終えなければならない。しばらく待ってみるものの、どうも郵便窓口は8時半まで開かないらしい。う〜ん、7時に開くと聞いたんだけどな・・・困ったな。でもこれ以上待っていては、今度はバスに乗り遅れてしまう。もういいや。どうしても今日送らなければならないものでもないし。今回は諦め、再び大きな荷物を背負ってムイネ行きのバス発着場に向かいました。ちょっと失敗。パスポートをずっとビザ延長のために預けていたので、送れる機会がなかったからしょうがないか。

  郵便局の前からバイクタクシーを拾って、先日もらった名刺を渡してムイネ行きの乗り場へ向かいました。そして駐車場のような発着場に着いてみると、バスの発車は10時すぎとの事。えっ、この前9時って言ったやんけ。どいつもこいつも・・・こんなことなら・・・手に持っている重たい荷物を恨めしく思ったのでした。やっぱりベトナムで日本のような正確さを求めてはいけないな。何はともあれ、10時過ぎにバスは出発し、夕方前に無事にムイネに到着しました。

トゥアの家
居間
  6日ぶりになるのかな。トゥアの家の前で降ろしてもらったので、すぐに子供たちや奥さんの歓迎を受けることとなりました。あれっ、トゥアは?まあいいや。家に入ってくつろいでいると、トゥアが戻ってきました。そしてしばらく雑談をした後、「警察へ行くぞ」と言い出しました。うっ、とうとう私の正体がばれてしまったのか・・・ってどういう正体だ。なんか許可がどうのこうの言っているようですが、いまいちよく分かりません。何事かと思いながら2人で警察へ行くと、トゥアがしきりに何かをお願いし始めました。どうやらこの国では民家に外国人が泊まってはいけないらしく、その許可をお願いしていたそうです。しかし係りの人は一向に首を縦には振りませんでした。しばらく警官とトゥアは話していましたが、私にはさっぱり話が分かりません。時々「ホーチミン」の言葉が出てきていたので、ホーチミンでそういう許可をもらわないといけないという事なのだろうか。結局分からないまま、30分後警察を後にしました。

  その後はトゥアに連れまわされてムイネの権力者の家や、警察署長らしき人の家を渡り歩きました。どうも私のために色々と頼み込んでいる感じでした。一応どこでも笑顔で迎えてくれ、歓待されるのですが、ここでも話のほうはさっぱり。しかし、なんかあちこちでトゥアがヘコヘコしているのを見ると気の毒に感じてしまいます。でもトゥアの表情が冴えないところを見ると、やっぱりうまく話が進んでいない感じだな。夜になるとトゥアの家に戻り、結局今日はトゥアの家に泊まる事となりました。明日からはどうなるのだろう。せっかくビザを延長して意気揚々と戻ってきたというのに・・・。なんか雲行きが怪しくなってしまいました。
3月14日 (火) 晴
ムイネ
・病院に入院!?
支出 0円
トゥアの子供と友達
トゥアの甥っ子と
  久しぶりにやかましい街頭スピーカーの音で目が覚めました。う〜ん、この喧しさ、ムイネに戻ってきたんだな。改めて実感。いつもどおりの懐かしい朝を過ごしていると、警察の人が訪ねて来ました。聞くところによると、ホーチミンに問い合わせたが、私の民家への宿泊許可は下りなかったらしい。もっとも私の推測なので、本当に問い合わせてくれたかなどの詳細は不明です。何にせよ、今日からはトゥアの家に滞在できなくなってしまうという状況となってしまいました。せっかくホームステイを楽しもうとビザを延長してきたというのに・・・。なんだかなといった感じです。

  厄介なことになったな。全く持って変な法律だ。社会主義だからしょうがないにしても、やはり納得がいかない。みんな口々に日本ではどうだとか聞いてくるが、そんな法律は日本はもちろん、他の国でもほとんどない・・・はず。なじみも沢山できたことだし、しばらくここで滞在したかったのに・・・。でもムイネに滞在してはいけないということではないので、宿に泊まればいいのか。トゥアが言うには、朝起きてトゥアの家に来て、夜寝るときに宿に戻ればいいとの事。そこまでしても私に居て欲しいというのもうれしい。まあ考えようによっては自分の部屋が持てるわけだし。その方が疲れも取れそうだし。トゥアの家族の負担も減るだろうし。まあそう考えれば、これはこれでお互いのためにいいかも。でも変なホームステイだな。と言うより、これはホームステイというのだろうか。

  そうこうしていると夕方になり、近所の顔なじみの医者がやって来ました。しばらくトゥアと話した後、辞典みたいな物を家から持ってきて、何か調べ始めました。どうやら病院には外国人は泊まってもいいらしいとか。料金は1泊5千ドンと格安で、しかもトゥアの家のすぐそばです。でもこれって・・・入院するって事じゃないの?泊るという意味が違うような気もするのだが・・・、まあいいか。その時は特に気にしていなかったのですが、夜になって実際に泊まりに行ってみると、なんとも殺風景な部屋でした。というより、オンボロな家でした。ベトナムの医者って・・・貧乏みたい。案内された部屋はカヤがかけられてて、ござが引いてあるだけでした。あんまり掃除をしていないようだし・・・変な菌をもらわなければいいが・・・。それになんだか虫に混じって霊も漂っていそうな雰囲気。一応病院だもんな。この部屋に死体を安置していたという事はないよな・・・。いや、この雰囲気はあるかも・・・。でも言葉が通じないから取り付かれることはないのかな・・・。なんか虫やら菌やら霊やら色々と心配な夜が始まりました。
3月15日 (水) 晴
ファンティエット
・医者の同居人チョウ
支出 0円
  朝5時。いつもの街頭アナウンスで目が覚めました。しかし、今日は起こす人がいない。おまけにトゥアの家よりもスピーカーから離れているせいか、放送の音が小さい。こりゃいいや、う〜ん、もうちょっと寝るか。いつもよりゆっくりと寝ることができました。

医者の同居人チョウ
  起きると、医者とその家の同居人のチョウと一緒に朝食を食べました。この同居人のチョウはファンティエットの人ですが、医者の家の一室を間借りしてゲームセンターを開いていました。しばらく話に付き合っていると、なかなかの博識ぶりにびっくり。他のムイネの人と違って海外のこともよく知っていました。それもそのはず話を聞いていくと、チョウの息子はフランスに留学しているらしい。納得。優秀な息子がいるんだ。でも父親はこんな片田舎で小さなゲームセンターって。なんかよく分からない家族だけど・・・、まあいいか。やたらとベトナム政府の批判ばかりしているし、あまり詮索しないことにしよう。医者は医者で年をとりすぎているせいか、話がほとんどかみ合っていないし・・・。こんな医者に診てもらうのは嫌だな〜。ほんと変な家に滞在することになってしまったものだ。

ムイネの共同井戸
  しばらくチョウと話してからトゥアの家に行くと、今度はトゥアと朝食というか、カフェに行ってコーヒーで一服。ベトナムのコーヒーはとっても濃く、コンデンスミルクをたっぷり入れて飲むという凄まじいものです。ハノイでアメリカ人のダグラスと一緒にコーヒーを飲んだら、「これはココアだ」とダグラスが文句を言っていたぐらいの代物です。でも慣れるとなかなか美味しい。ホットだと胃に悪そうだけど、氷を入れて薄めつつアイスにするとちょうどいい感じ。その後、昼間はいつも通りぶらぶらと散歩して過ごしました。何時歩いてもムイネは素朴なのがいい。さりげない光景がとってもいい被写体となるのですが、住んでいる人にとっては何でこんなものの写真を撮っているの?といった感じで、写真を撮っている私の方が物珍しい存在となっていました。

  そして夕方になると、ファンティエットに住むトゥアの姉の家が葬式との事なので、ファンティエットへ泊りがけで行く事となりました。まずはファンティエットの町中にある映像スタジオを訪れました。ここではビデオの編集を手がけたり、カメラの撮影を行ったりしています。そしてそこのオーナーである有名な写真家を紹介されました。彼は日本の写真コンテストで何度か受賞するほどの腕前との事。そういえばハノイへ向かう夜行列車で知り合った大学生が尊敬するベトナム人カメラマンがファンティエットに居るとかいっていたような気がしたけど、もしかしてこの人か。でもその割には普通の人っぽい感じ。でもコンテストに入賞した写真を見せてもらうと、なかなか味がある写真でした。やっぱり写真はセンスだよな。時間があればちょっと勉強させてもらいたい。そこを後にすると、1時間ほどバイクで走りトゥアの姉の家へ。とんでもない片田舎でした。おかげで外国人は珍しいとばかりに歓迎され、大量に飲まされてダウン。ビールはまだしも、お酒の方がね。独特な風味でなかなか慣れない。
3月16日 (木) 晴
ムイネ
・ベトナムの葬儀
支出 0円
ベトナムの葬儀
トラックで出棺
  夜遅くまで飲まされ、ちょっと仮眠していると、みんなが一斉に起きだしてきました。そしてテレビの前へ。何事だろうと思ったらヨーロッパのサッカー中継が始まりました。ベトナム人もサッカーが好きなんだ。新たな発見でした。そして私が日本人だとわかると、「ナカタ」の名前が出てきて、後2年後に行われる2002年ワールドカップが日本で行われることが話題に上りました。その時は日本に行きたいって言われても困ってしまいますが、中田選手の活躍などは日本では特に感じるものがなくても、海外に出ると頑張っているんだと身にしみて感じてしまいます。国際的に活躍している日本人は、私のような旅人にとっては非常にありがたい存在であり、誇りに思うこともあります。最初のうちは一緒にサッカーを見ていたのですが、やはり眠い。すぐに睡眠モードに入りました。

  そして次に起こされると、いよいよ出棺との事でした。みんなバタバタと慌しく葬儀の準備をしていて、私は邪魔にならないように見ているだけ。そしてみんなで故人に祈りを捧げ、一連の葬儀が終えるといよいよ出棺。みんなで担いで棺桶をトラックの荷台へ載せました。これがベトナムの葬式か〜、というより、非常に眠い。何枚か写真を撮り、出棺を見送りました。

  その後はファンティエットへ戻り、トゥアの弟の家で少し寝た後、再び昨日訪れたスタジオに行きました。今日は少し時間があったので、色々と写真について教えてもらいました。仕事場の人々も愉快な人が多く、なかなか楽しいところです。また機会があればぜひ来たいな。というか、日本でもそうだけどカメラマンとかを目指す人はやっぱりこんなキャラクターになるのかな。日本でカメラマンを目指している友人などを思い出しながら思ってしまいました。

  その後ムイネに戻り、部屋でくつろいでいると、手にジンマシンみたいなものが発生しているのを発見。何時の間に・・・。これは飲みすぎか?それとも病気発生?とりあえず少し昼寝をしたらだいぶん目立たなくなりました。悪性の病気ではないようで一安心。海外で病気になると不安になってしまいます。ましてこういう田舎で生活していると、気が付いたらとんでもない病気になってしまったという事もありえそうです。でも今病院で寝泊りしているんだっけ。なら安心か。でもその病院で変な病原菌をもらっていそうな気もするのだが・・・。医者のおじいさんも頼りないし・・・全く心落ち着く場所がない。それはそうと、今日の宿泊はなぜか寺でした。寺の内庭にござをひいて、蚊帳を無理矢理つけてトゥアと寝ました。医者が出張か何かだったのかな。何にしてもこれはぐっすり寝れなく、もう勘弁。ただでさえ疲れる生活をしているのに、これでは疲れが溜まる一方です。中途半端にホームステイをするのなら、宿に泊まるほうがいいかなと思い始めました。
3月17日 (金) 晴
ムイネ
・難しいベトナム語
支出 400円
ムイネの人々
  かれこれ最初にムイネに来てから2週間が経ちました。知り合いも多くでき、小さな町というか村なので、歩いているとよく名前で呼ばれるようになりました。結構有名人かも。ていうか、変人扱いなのかな。どういう評判になっているのか分からないけど、とりあえず私の存在が評判になっているのは確かなようでした。もちろん声をかけられると挨拶はするのですが、実際のところ誰だかわからない事が多かったりします。普段からよく会っている人なら名前は出てこなくてもさすがに顔で分かるのですが、一度だけどこかで紹介された人や、何気なく写真を撮った人などはう〜ん誰だっけな?ってな感じです。それに10人兄弟がざらな国だけに、誰々の親戚、兄弟と血縁関係が多く、似た顔が多いのも厄介です。簡単に覚えられるほうがおかしい。おまけに名前もよく似てるし、覚えにくい名前も多い。これはもう感覚で対処するしかありませんでした。

  それとともに滞在を楽しくするために意識してベトナム語を覚えようとしているのですが、これもまた簡単に覚えられるものではありませんでした。記憶力というより、アクセントでつまづいてしまったからです。声調が5つもあり、それも間違えると同じカタカナ読みでも意味が違ってきます。例えば「ma」という言葉、アクセントを変えるとお化けになったり、母親になったりするから厄介。トイレに行きたいとベトナム語の単語帳から「トイレ」という単語を日本語読みにして言うと、「お前どこへ行くんだ。隣町にしかないぞ」といったような返事が帰ってくることも多々ありました。中国語が四声で漢字の筆談ができることを考えると、ベトナム語の方がはるかに厄介です。言葉のアクセントは小さい頃からそういう習慣が身に付いていないと、そう簡単に耳で判断できないとか中国で留学している友人が言っていました。まあ数日でマスターできるものではないからと、半分諦めているものの、ムイネでの滞在の勝手がなんとなく分かってきた現状では、「あれをしたい。」「これをして欲しい。」「こういう提案をしてみたい。」「日本の良さを伝えたい。」などといった事が上手く表現できないのが非常にストレスに感じます。といっても、頑張ってもなかなか上手く発声出来ないし、いろんな意味でジレンマを感じる時期に入ってきました。ちなみに今日の宿泊は再び病院でした。
3月18日 (土) 晴
ムイネ
・プロカメラマンと砂丘撮影
支出 500円
ムイネの渓谷で
  今日は一番下の子の通う小学校が休みなので、午前中はトゥアに連れられてその友達数人とデート。ちょっとした渓谷へ遊びに行きました。そこは椰子の木に囲まれたオアシスみたいな場所でした。東南アジアでは悪質な吸血虫が川の中にいるんだよな。日本出国前に読んだ海外危険情報では、川遊びは注意しなさいとか書かれていたような・・・。でもここは透き通るような水だから大丈夫か。きっと悪い寄生虫は汚い川にいるはず。そうだよな。ちょっと不安になりながらも、じゃぶじゃぶ小川で水遊び。それにしても人も風景も素朴でいい。こういったところで暮らしていれば悪い心というのはそんなに芽生えないような気もします。素朴な場所で育てば人も素朴になり、都会のような複雑な場所で暮らせば人もややこしくなるというのだろうか。ムイネで暮らし始めてからそう思うようになりました。

砂丘の撮影
ムイネ砂丘
  昼食を食べて家に戻ると、恒例の昼寝の時間。こちらでは昼寝は当たり前の習慣。慣れるとやめられなくなってしまいます。それはさておき、今日は昼寝をしていると珍しく起こされました。何事かと思えば、ホーチミンからプロのカメラマンが砂丘の撮影に来たから一緒に行ってこいとのこと。何でこういう事になるのだろうと、寝ぼけた頭のまま向かいの写真屋に行くと、三人のカメラマンが準備をしていました。気持ち程度英語が通じ、各々と自己紹介したのですが、もちろんすぐに聞いた名前が頭の中から抜けてしまいました。

  そしてえっちらと一緒に砂丘へ向かいました。他のカメラマンが重そうに機材を担いでいるのに、私は身軽というなんとも場違いな感じ。まあどこでどういう撮影をするのかとか、撮影ポイントなどを勉強できればいいかな。そう思って彼らの後をずっと付いて歩いていたのですが、なんかセンスがいまいち。・・・のような気がしました。いや、気がしただけです。撮りたい写真は人それぞれだし、予めどういう用途に使う写真と決まっていれば、それに合った写真を撮るので、センスとか構図の問題ではないですし・・・。でも人が撮っているのを後ろから見ているのもそれなりに面白いものですね。なかなか楽しく過ごせました。

  夕方まで砂丘の撮影に付き合って、トゥアの家に帰宅しました。カメラマンの人たちは写真屋に泊まって、明日の早朝再び砂丘に行くみたいで、明日の朝も来るかいと誘われたのですが、私は・・・やめておくことにしました。一緒に写真屋に泊まれれば行ってもよかったのですが、警察に見つかると後々大変な事になるかもしれないし、医者の家から早く起きていくのも面倒そうだったからです。そういえば私がムイネに滞在する数日前に日本のカメラマンなどが来てムイネで撮影していたとか。私が日本人だとわかると何度もその話題が出てきたぐらいこの小さな町では大事件だったようです。カメラマンの人たちにはお別れを言って、トゥアの家へ戻りました。そしていつも通り、夕食を食べて、ホテル病院にむかいました。
3月19日 (日) 曇
ムイネ
・ムイネの日曜日
支出 100円
ムイネのメイン通り
トゥアの家の前付近
ムイネの海辺
  ここムイネは、日曜日になると平日とは違った活気があります。普段は静かなメイン通りも、日曜日になるとかなりの数の観光バスが通ります。その大半はホーチミンからのベトナム人観光客と中華街に住む中国人観光客の貸切バスのようです。ホーチミンに行った時、出会ったベトナム人にムイネに滞在しているんだと言うと、決まって風景の綺麗な所だと返ってきました。ムイネはホーチミンに暮らすベトナム人にとって、日帰りや一泊二日で旅行する観光地の王道となっているようです。その反面外国人観光客の姿はほとんど目にしません。たまにレンタルらしい自転車で通り過ぎていく欧米人などがいると、「お〜外国人が通っているぜ」といった感じで熱い視線を送っています。そう考えると、私がここでホームステイをしているのはかなり大事件なのかもしれない。

  最近ではひそかにムイネに日本人宿を作れば面白いかもなと思うようになりました。がっぽり儲かるわけではないけど、ここでのんびりと暮らす分には十分すぎるほどの収入になるはず。でもベトナム語が・・・難しい。それに過ごし難い夏とか雨季を体験していないしな。一歩踏み込んで考えるとちょっと無謀な気もしますが、宿のオーナー兼カメラマンとしてここでのんびりとした生活も悪くない気もします。でもその為にはムイネに観光客が来るようにしなければなりません。ベトナムの観光ルートは交通事情が悪い為、幹線道路沿いに集中しています。それに日本のガイドブックにはムイネのことなどほとんど載っていなかったりします。修学旅行にどっぷりと浸かっている旅行者が、ガイドブックにほとんど載っていなく、定期便のバスがあるかないかよく分からないようなムイネに来ようとするだろうか。いや今までのツアーを振り返ってみてもほとんどありえない気がします。でもここに日本人宿ができれば違ってくるはず。修学旅行バスをここに通してしまえばいいのだから。でもなぁ、よくよく考えると、知られていないおかげで私もこうしてのんびりとできるのだし・・・。ムイネが観光客ずれしていくのも嫌だな。素朴なのが私的には気に入っているのだから。色々考えていくと、暮らすというのはなかなか難しいものだと改めて知りました。そう考えると、出会って2週間とかで現地の人と結婚を決めてしまう日本人女性旅行者の決断力には驚いてしまいます。いや単に何も考えていないのか・・・。

トゥアの音楽仲間と
  それはそうと、今日の夕方に近所にあるトゥアの友人宅に呼ばれました。訪れてみると、みんなでビールを飲みながら楽器を弾いて歌っていました。聞くと、トゥアの音楽仲間との事。そしてトゥアの演奏が上手いこと。色々できる人だと思っていたけど楽器までこなせるとはなかなか驚きです。人間カラオケマシーンになってみんなで大合唱。でも、こんな風通しのいい家で歌えば隣とかはうるさいだろうに・・・。近所迷惑とか考えないのだろうかと思うのですが、それはお互い様らしい。その辺は当たり障りなく近所付き合いをし、不満があるとうじうじと溜める日本人と、お互いやりたい事はやって少々のことは我慢しましょというベトナム人の違いなのかな。いや、なんか根本的なところから考え方が違っているような気がするような・・・。何はともあれ、楽しい時間を過ごしました。
第1部 北風 ・・・ 南進編 〜 第9週 〜
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