リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第7週   〜〜〜
2月28日 (月) 雨
ホイアン
・ミーソン遺跡ツアー
支出 2600円
  ベトナムには遺跡といった遺跡があまりありません。唯一名前が知れているのは、ホイアン郊外にあるクメールの流れをくむミーソン遺跡です。だから遺跡好きな私にとって、ミーソン遺跡はベトナム観光の中でも外せない観光スポットであり、楽しみにしていた場所の一つでした。しかし訪れるにはかなり交通の不便な場所にあり、自力で行くのはほぼ不可能。いやタクシーなどをチャーターすれば行けるものの、値段や手間を考えるとあまり現実的ではなく、ホイアンから頻繁に出ているツアーで訪れるのが一般的な方法でした。またツアーか。そう考えると修学旅行のような状況を思い浮かべてテンションが下がってしまいます。でもまあ移動手段と割り切ればいいか。そうしよう。きっとどこで頼んでも一緒なんだろうと、やる気なく宿のフロントで申し込むと、例のごとくシン・カフェツアーでした。一度どこかのツアー会社に参加してしまうと、宿、移動のバス、観光ツアーなどが、同系列のツアーで固められてしまうのが、ベトナム観光の宿命のようです。

  朝、仲のいいシマさんとバスに乗り込んでみると、またもや日本人だらけでした。しかも昨日同じバスに乗っていた連中ばかりでした。う〜ん。そろそろこの観光ペースも何とかしないといかんな。まるでベトナム縦断修学旅行ではないか。気合の入った人や、目的意識のある人ばかりならまだしも、なんかだらだらとツアーに参加しているような人ばかりで、みんなで足を引っ張って気合が抜けまくっている感じです。厄介というか、うっと惜しく感じるものの、自分もそのメンバー構成の一員だからなんとも言いようがありません。

ミーソン遺跡
  とりあえず遺跡観光を楽しもう。ベトナムの中でも楽しみにしていた場所だし。ミーソン遺跡に到着し、歩き出すものの、遺跡自体はボロボロというか、草がぼうぼうでした。しかも遺跡自体までもが雑草で覆われているのって・・・ちょっとは手入れをしろよってな感じです。でも近づいて見ると、これって・・・引っこ抜いたらドミノ崩しのように全て崩壊したりして・・・。遺跡の周りの草が刈られるところを考えると、崩壊防止のためにそのままにしているのが正解なのかな。遺跡自体に生えている雑草に関してはどっちにも解釈できそうです。でもまあ、そもそも遺跡自体がボロボロだし、これはこれで風景的には南国っぽい雰囲気があっていいかもと見学しながら思い直しました。

  ただ、許せなかったのが、遺跡が自然に朽ちたボロボロさだけではなく、人工的にも壊されている事です。話によると、ここはベトナム戦争時にレジスタンスの拠点となっていたとか。まったくもって人が銃を持つとろくな事がない。打ちたくてたまらなくなり、標的に彫刻された仏像などをパンってな様子がすぐに浮かんできます。それにアメリカ軍の空爆を受けたりもしたようです。不発弾とか埋まっていなければいいけど・・・。日本人観光客が遺跡を見学中にベトナム戦争時の不発弾を踏んで・・・といった三面記事になるのは嫌だな。ツアーで訪れたのでツアー客だらけだし、遺跡はボロボロだし、特に博物館とかもないし、ちょっと期待はずれでした。今後訪れる予定のカンボジアにあるアンコールワットと同じクメールの遺跡との事なので、まあいい予習ができたことにしよう。そんな感想で遺跡を後にしました。

ホイアンの土産物屋
ホイアンの運河沿い
  それにしてもなんとしてもこの修学旅行状態から抜け出さなければいかんな。遺跡ツアーから戻ると、すぐに出発の準備をしました。本来なら2泊する予定だったけど、どうもこの町は私と相性が良くない。それに今日出発すれば、少なくとも同じメンバーから開放されるぞ。そして次はあまり観光客が行かないファンティエットへ行ってみようではないか。今の修学旅行ペースでは、極端な話、ここに居る人全てが同じ旅をしているようなものです。それでは何の為に貴重な時間を割いて旅行しているのか分からない。時間があるのだからこそもっと思い切った旅をしなければ。ここにきてようやくベトナムの観光ルートの王道からそれる決意をしました。そして今夜のニャチャン行きの夜行バスのチケットを買い、夕方までは最後のホイアン観光を行いました。

  夕方、預けた荷物を取りに宿へ戻ると、チャリダーのヤマさんがいました。そういえばここホイアンで自転車旅行はやめるんだったけ。自転車はどうしたんですか?と聞くと、昼間、市場へ持っていって売ったんだとか。なんか値札をつけておいたらすぐに売れたみたいです。そうなんだ。そんな簡単に売れてしまうもんなんだ。外国人相手なのに・・・。よほど人がいいんだな。ベトナム人は。とりあえずこの後のバスでホイアンを去る事を告げると、まだ出発まで時間がある事だし、これでお別れだしと一緒に夕食を食べに行こう誘われました。そうだね。そういえばホイアンにはホワイト・ローズという名物料理があったな。一人だと行くのに抵抗があったけど、連れがいるならそこへ行ってみよう。早速有名な店へ行ってみました。ホワイト・ローズは簡単に言うと、海老ワンタンみたいなもの。白い米粉の皮に薄いピンク色の海老のすり身が包まれているので、ホワイト・ローズと英語で呼ばれているようです。味の方は・・・とびっきり美味しいというわけでもなく、う〜ん、なんか普通というか、想像通りの味というか、食べたことがある味というか、感想するのに困ってしまうような味でした。

  その後、旅行者用の移動ツアーバスの発車する通りに行くと、シマさんがいました。わざわざ見送りに来てくれるとはありがたい。でもまあ、ヤマさんにしてもシマさんにしても同じようにユーラシア大陸を横断する旅をしているので、またどこか出会う事になるんだろうな。そもそもユーラシア大陸横断といっても東南アジアルート、シルクロードルートの違いはあれど、道は一本道。似たようなルートになってしまいます。まあ早ければホーチミンで一回目の再会かな。そしてアンコールワットでぐらいで二回目の再会。そしてバンコクで・・・。なんかそう考えるとちょくちょく会いそうな気がするな。まるで旅の同期生といった感じなのかな。笑いながら話をしていると、バイクが横に停まりました。ん、なっ、また、ダグラスだ。な、何でここにいるの。聞くと、もう一泊することにして、ここの通りの飯屋で他の旅行者と食事をしていたんだとか。まったくよく会うものだ。でもこれで本当のお別れだ。シマさん、ヤマさん、ダグラスに別れを言ってバスに乗り込みました。
2月29日 (火) 晴
ファンティエット
・ローカルバスの旅
支出 1900円
  朝、外国人観光客用夜行バスはビーチリゾート地として有名なニャチャンに到着しました。ここには大規模なビーチがあり、ベトナムでも外国人に人気のあるリゾート地となっているようです。実際、フエの日本人宿で話した日本人の観光客の人たちのほとんどがここでの滞在を楽しみにしていたり、楽しんできたようでした。基本的に外国人観光客専用のツアーバスは観光地から観光地を結んでいます。今回は古い町並みで有名なホイアンからビーチリゾートで有名なニャチャンへ。だからそっくりそのまま観光客が移動している感じで、ここも外国人観光客がうじゃうじゃといった感じでした。それに北上、南下といったものはありますが、ツアーバスに乗るとだいたい同じような顔ぶればかりといった感じです。これは交通の不便なベトナムの道路事情と、国土が南北に細長いので道が一本道に成りやすい観光事情なのでしょうが、やはりほとんどの旅行者が同じバスに乗って同じ場所しか訪れていないのはたまらない。だからどうしても修学旅行に思えてしまいます。

  ニャチャンに到着すると、このベトナムのツアー縛りの旅から脱出したいと思い、とりあえず手始めとして、海沿いの町ファンティエットに行ってみる事にしました。ここはほとんど観光客が訪れないと言うし、ツアーバスで途中下車すればいいみたいなので第一歩としては最適なはず。到着するなり乗り継ぎのバスを探すものの、乗り継げるはずのツアーバスはもう既に出発していました。う〜ん、これは困ったぞ。ここに滞在して明日の朝出発するか。いや、ここで滞在してしまったら負けだ。ここは禁断のローカルバスに乗るしかない。かなり危険だとか、時間がかかるとか、ぼられるとか、ローカルバスはまるでいい評判を聞かないけど、でもそれは乗ってみないと分からない。それに昼間の移動なら少々ボラれるぐらいで安全に関しては大丈夫なのでは・・・。

  ローカルバスターミナルに行き、ファンティエット行きのバスを探すと、すぐに見つかりました。そして乗るところまではよかったのですが、その後はツーリストバスと違って思うようにいきませんでした。料金は案の定というか、やはりぼってくるし、出発してからも凄まじいほどの各駅停車ぶりを発揮して、あっちで停まり、こっちで停まりとなかなか進みません。それでも初めての体験だったので、乗ってみるとなかなか楽しいものでした。特に客が乗ってくるたびに大量の荷物を積み込できて、その荷物が多種多様なのが面白い。家財道具やら、スクーターやら、中には生きたアヒルが詰まったカゴなどを持ち込んでくる人もいて笑ってしまいました。乗っていること自体が観光だと思えばこういうのも悪くないかな。なんか旅をしていますといった感じだし。でも朝に出発して250キロの道のりを到着したのは夕方でした。

ファンティエットの夜景
  ファンティエットはガイドブックにちゃんと載っていないような町なので、宿を探すのが大変でした。歩き回って何とか苦労して宿を見つけると、もうくたくた。でも充実感いっぱいの心地いい疲れでした。ちょうど夕暮れだったので、桟橋の方へ行ってみたのですが、あいにくと西の空は曇っていてきれいな夕日は見ることはできませんでした。でも町の中心へ戻ってみると、川沿いにある給水塔のような塔がライトアップされていて、こちらはとてもきれいでした。その後夕食を食べつつ、町を散歩してみましたが、なかなかこの町は雰囲気がよさそうな感じです。それに外国人観光客の姿がないのがいい。明日からの滞在が楽しみになってきました。
3月1日 (水) 晴
ファンティエット
・ヌックマム(魚醤)の町
支出 1500円
朝の風景
  ファンティエットは町の中央を川が流れていて、町を二分しています。中心部付近には3本の橋がかかっていて、その内2本は車も通れる普通の大きな橋ですが、一本だけは細くて自転車や歩行者専用でした。朝早く起きてその橋のそばに立っていると、通勤、通学の人々がひっきりなしに行きかっていました。ありふれた普通のベトナムの風景だけど、なんか人間が生活していますっていった感じがいいかも。とりわけアオザイを着た女学生がわんさと通過して行くのが更に高ポイント。フエでは天気が良くなかったけど、ここでは快晴。青い空に白いアオザイが映えて綺麗でした。やっぱりベトナムって感じだな。情緒を感じる。朝っぱらから一人で感激してしまいました。きっと通行しているベトナム人にしてみいれば、こんなつまらない風景を何で写真を撮っているんだろうと首をかしげていたに違いありません。

  昨日のローカルバスといい、ベトナムの日常を垣間見れる事が本当の旅なのかもしれない。そう考えると、ベトナムの日常から隔離されたツアーバスは一体なんなんだろう。ふつふつと疑問がわいてきました。やはり利便性や安全性を追求していくと日常でもそうだけど退屈・・・いや味気なくなってしまうのかな。まあ、それはそれ。あまり考えないようにしよう。旅は人それぞれなんだし。さて今日は何をしよう。特に見るべきもののない町だし、移動しようか。いや、もう一泊しよう。理由は明日の朝またこの風景が見たいからといった単純なものでした。それにアオザイ姿のベトナム人はかわいいし。特に南に来てそう感じる。うむ。なんか結局のところ不純な動機だな。我ながら苦笑い。

船の溜まり場
大通りの様子
ファンティエットの夕暮れ
  昼間は特に当てもなく、町を歩いてみました。この町の凄いところは町中にヌックマム(魚醤)の臭いが立ち込めていることです。どうやらベトナムの中でも有名な産地らしい。海沿いに行くと、多くの船が並んでいて、またヌックマムを製造しているカメが並んでいました。最初は魚の腐ったような臭いを不快に思っていたのですが、慣れというものは恐ろしく、何時しか気にならなくなっていました。日本でも醤油の産地の野田市などに行くと、あちこちから醤油の臭いがしてくるもんな。そこに住んでいる人は気にならないけど、外から来た人は醤油臭いぞとすぐに気になるのと同じことにちがいありません。 このヌックマム。実際に食べるとなると、醤油に慣れているとやはり最初は魚醤の臭いに戸惑ってしまいましたが、味自体は意外とすっきりとしていて美味しかったりします。ベトナムに来て食事に関してストレスを感じていないのは、このヌックマムが口に合っているからに違いありません。

  それはさておき、ここファンティエットは全くといっていいほど観光客ずれしていないので、歩いていて楽しい事。「お前は何人なんだ?」とよく話しかけられ、日本人だと答えると、笑顔が返ってくるのがうれしいところです。市場を散歩している時に喉が渇いたので露店に入ると、「うちの娘を嫁に貰ってくれないか」と、露店のおばさんが言ってくることもありました。冗談かなと笑っていると、本人を連れてきてしまい、こっちは大慌て。人間もメイド・イン・ジャパンブランドは凄い人気かも。って笑っている場合ではない。とりあえずこりゃまずいぞ。すたこらと逃げ出してしまいました。全般的にはなかなかのどかな町でしたが、やはりこれといったものがないので、ちょっと退屈気味。中途半端に都市化しているからなのかな。夕方に夕日を見ると、まるですることがなくなってしまいました。もうちょっと田舎へ行ってみよう。ガイドブックを見ると、ここから少しいった所に砂丘のあるムイネという魚村があるみたいです。次の目的地はそこがいい。そういった田舎ならもっとベトナムに触れ合うことができるかもしれない。
3月2日 (木) 晴
ムイネ
・観光ルートから逸脱
支出 900円
  ファンティエットの東にムイネという漁村があります。ガイドブックには小さな小欄でしか紹介されていないけど、風景がよくてなかなか面白そうな場所です。思い切ってそこへ行ってみよう。宿・・・小さな村でも一軒ぐらいはあるのでは。なければ戻ってくればいいし。情報が少なすぎて不安でしたが、まあそれはそれ。ベトナムに来てからベトナム人の親切さは身にしみて分かっているので、行けば何とかなるといった気持ちで出発しました。

  さて、どうやって行こう。距離にして20kmぐらい。宿の人に聞くとよくわからないというか、バスがないような感じでした。じゃあバイクタクシーか。いくらかかるのだろう。一応バイクタクシーの値段を宿の人に聞いて、宿をチェックアウトしました。そして暇そうにしているバイクタクシーの人にムイネに行きたいと言うと、同じような値段を言ってきました。外国人にはあってないようなバイクタクシーの値段と思えるのですが、相場というか、暗黙の領域というか、ちゃんと値段があるんだなと感心してしまいました。それよりめちゃくちゃ言葉の分からない外国人観光客に対してボッてこないのがいい。今まで観光客に対してボリまくっている印象しかなかったバイクタクシーが好印象だと、全てが健全に見えてしまうものです。

ムイネへの道
ムイネの港
ムイネの人々1
ムイネの人々2
  ファンティエットの町から出ると、ひたすら漁村と浜辺の風景の連続でした。なんかとんでもなく素朴なところへ来てしまったな。時々ヌックマムの強烈な臭いが鼻につきながら、椰子の木の生い茂る道を走ってムイネに到着。特に何もない小さな漁村だけど、港には船が並び、私の思い描いたベトナムの漁村そのもので、第一印象はかなり気に入りました。それにしてもバックパックを背負いながら20kmという長距離をバイクタクシに乗るのは初めてでした。なんか背中が変な感じで、後ろに引っ張られるというか、自縛霊に取り付かれている感じでした・・・。

  ここで滞在したいな。とりあえず宿を確保しなければ・・・。外国人が物珍しいのか、何人かが私の周りに集まってきたので、安宿の単語を見せると、ごにょごにょと相談をし始め、向こうと指差してくれました。よかった。とりあえず安宿があるんだ。念のため、どのくらいと聞くと、遠いとの事。小さい漁村のはずなんだけど・・・遠いってどういうこと。みんながバイクタクシーに乗っていけと言うけど、こいつらはバイクタクシーの回し者なのだろうか。でもやはり遠いのかな。まああまり疑うのもよくないし、値段を聞くと安いし、バイクタクシーに乗ることにしました。そしてバイクタクシーに乗る事、数分。バックパックを背負って歩くにはちょっとしんどいかなといった距離を走るとムイネ村の郊外の砂浜に到着。そして、砂浜近くの宿に落ち着くことになりました。どうもベトナム人のリゾートホテルみたいな感じの宿でした。って、ムイネはリゾート地なんだ。だから外国人がリゾートにやってきたなと、ここにつれてこられたんだ。納得。でも少々がっかりでした。もっと観光化していない漁村だとばかり思ってきたのだから・・・。

  でもリゾート化しているのは浜辺だけのことでした。宿に荷物を置いて、ムイネの村を歩いてみると、外国人観光客があまりやってこないようで、歩いていると同じ黒髪なのに結構目立っていました。顔立ちが若干違うのもあるけど、眼鏡をかけているのが目立っている原因なのかな。そして大概あれは何者だといった感じで、じろじろと見てくるのですが、ただじろじろと見られているばかりでは、こっちも癪なものです。ならば、相手を見つめ返す修行を始めてみました。少しは私の照れ屋も治るだろう。そう思い始めてみると、なかなかベトナム人も照れ屋さんが多いみたいで、目が合うとすぐそらす人が多かったです。にらめっこ勝負、私の勝ち・・・かな。でもおかげで多くの人と仲良くなることができ、一緒に写真を撮ったり、写真を撮ってあげたりしました。目を逸らさないこと。これは意外に重要なのかもしれないなと新たな発見でした。

  夕方からは店も閉まり、全くすることがなくなってしまいました。宿の部屋に戻り、ボーと日記を書いていると、ふと外に出たくなってきました。なんか外の方が涼しいかも。夕涼みだ。それに手が疲れた。ふぉぅ〜と背伸びしながら外に出てみると、おっ、これは・・・素晴らしい。空は満天の星空。そして海には漁火が灯っていてなかなかの光景です。ここはかなり贅沢な場所だな。とても気に入りました。しばらくのんびりと過ごし、体を休ませつつ、ベトナムを満喫しようかな。
3月3日 (金) 晴
ムイネ
・早朝の水浴び
支出 1000円
早朝の浜辺
日の出
  宿は浜辺のすぐ近くにあり、しかもここの海岸は東側が太平洋に開けています。となれば早起きして朝日を見るしかない。目覚ましを6時前にセットして寝ることにしました。そしてふと目が覚めると、外から人の話し声が聞こえていました。うっ、寝過ごしたか。慌てて時計を見ると、まだ5時半過ぎ。こんな朝っぱらから一体何事だろうと外に出てみると、空は薄明るく、浜辺では地元の人々が水浴びをしていました。こんな朝早くから・・・寒くないのか。そういえば日本を出国する前にベトナムについての本を読んだときに、早朝の水浴びはベトナムの文化とかなんとか書いてあったような気がする。これがその事なのか。早朝は空気がうまいけど、海の水もそうなのかな?まあいいや。慌ててカメラを持って浜辺へ行き、その様子を写真に撮ったりしていると、朝日が水平線から昇ってきました。とても綺麗な朝日でした。そしてその朝日を背景に水浴びしている人々は、とても神々しく見えて感動しました。いや〜、よかった。朝から気分は爽快。フィルムもなくなったし、部屋に戻るか。部屋に戻ってみると、セットしていた目覚し時計がけたたましく鳴っていてせっかくの雰囲気はぶち壊しでした。

  さて今日は何をしよう。昨日一応ムイネは一回りしてしまったので、特にすることもない。とりあえず午前中はここのところ移動続きだったので、溜まっていた洗濯物を片付けました。かなり気温が高いし、干す場所も沢山あるしと、これはいい機会だとばかりに靴やバックパックの中のほとんどのものを洗っておきました。おかげで洗濯物が終わると、絞りすぎで手がかなり荒れていました。

ムイネの砂丘
ムイネの人々3
  午後からは浜辺や砂丘を歩いてみました。てくてく歩いていると、非常に暑い。というか、暑すぎるだろ。気温で言うなら冬から一気に真夏になったので、慣れていない体が解けていく感じ・・・。結構体に堪えます。さすがに暑い時間帯なので、あまり砂丘や砂浜に人はいなく、砂丘を一人で占有している感じがしてよかったのですが、周りに砂しかないのも暑さが増してきて滅入ってくるというものです。それにしてもここの砂は赤っぽい黄色をして面白いというか、特徴的です。今までも何度か砂漠ツアーというものに参加するぐらい砂漠が好きな私ですが、ここのは砂丘ながら規模がでかく、私なりには満足でした。

  砂丘を見学した後は、昨日同様にムイネの町を散歩してみました。その途中で昨日撮った写真を現像に出していたので写真屋に受け取りに行き、地元の人が写っている分はその人のあげるとえらく喜んでいました。なんかフエからバイクを借りて行ったドン・ハーの市場を思い出すな。世の中はギブ・アンド・テイク。写真を撮らせてもらっている以上、こういったお返しも必要だと思うのですが、おかげで「ユネスコのお兄さん」ってなんだかよく分からないあだ名で呼ばれるようになってしまいました。でも撮り出したら私も撮ってくれとキリがなかったりします。ほどほどにしておかないと破産してしまいそうだ・・・。
3月4日 (土) 晴
ムイネ
・運命の日
支出 3400円
  諸事情により宿をチェックアウト。と言うのも、宿の人と宿泊料金の事でもめたからです。平たく言うとお互いの思い違いといったとこだけど、やはり納得いかないし、こういったもめごとの後はこれ以上ここには泊まりたくないもの。さてどうしたものか?これを機にファンティエットへ戻るか。でもなんかムイネにもムイネの人々にも愛着がわいてしまい、もう2、3日滞在したい気もします。どっちにしろ今夜の泊まる場所が決まっていないので、早く決めないといけないな。ただ、一つ厄介なことがあり、昨日フィルムを写真屋に現像に出したままになっていました。これは今日出来上がるとか言っていたけど、確か夕方だったよな。これをなんとかしなければムイネを去ることができません。

  とりあえず鞄を持って写真屋へ行く事にしました。もしかして急いでやってくれるかも。しかし、写真屋で聞いてみると、夕方にしか出来上がらないとの事。そもそもここに現像機があるわけではなく、ファンティエットにフィルムを輸送して現像しているとかで、配送される便が夕方に到着するそうです。ってことは夕方になるのは確実か。それは困ったな。夕方まで動けないではないか。そんな私の表情を察してか、「夕方にはちゃんとできる。外は暑いから、それまでここにいなさい。」と言ってきて、昼食やら果物をご馳走してくれました。

写真屋の娘達と
  食後もかろうじて英語が通じるといった感じの会話で、雑談をしながら過ごしました。なんか今ベトナムでは日本のドラマの「東京ラブストーリー」が流行っているようで、その話題や主題歌で盛り上がっていましたが、見た事のない私は適当に相槌を打つしかありません。私って日本人なのか?せっかく話題を作ってくれているのに・・・見ておけばよかった。そうこうしていると、「今晩どこに泊まるのか」と聞かれ、「当てがない」と答えると、「家に泊まっていきな」とも言ってくれました。なかなかベトナムもいい所だ。最悪その言葉に甘えよう。暗くなってしまってからファンティエットに行くのは嫌だしな。旅というものは人がいる場所なら人の親切によって何とかなるもんだな。しみじみ思いました。

漁師のおじさんたちと宴会
  そして写真屋でそうこうしていると夕方になり、やっと写真が出来上がってきました。やれやれ大分日が傾いているな。でもまだやる事がありました。昨日約束した人に配って歩かなければ・・・写真が好きとはいえ、変な約束をしてしまったものだ。確かこの辺だったよな。勘を頼りに一緒に写真を撮った人の家などを尋ねていると、そのうちの一軒で、「まあ飲んでいけ」と捕まってしまいました。ほとんど英語が通じないけど単語帳でやり取りすると、どうやら漁師の家らしい。そのせいかお酒は日本酒のような強烈なものを飲み、おつまみも魚関係のものが多い。どっちも生臭さというか、独特の臭みがあり、慣れない私にはかなり強烈なものでした。一体この食べ物の正体はなんだろう。そもそも魚醤が生活必需品になっている土地柄なのだから、魚を発酵させたものとかは得意なんだろうな。きっと日本のクサヤとかも大好きなんだろうな。このおっさん達。何にしても臭い酒と臭い料理に慣れないせいか、そんなに飲んでいないのに酔っ払ってしまいました。

トゥアの家の前で
  そんなに言葉が通じるわけではないし、おつまみも箸がすすまないという事で、30分ぐらいでお暇することにしました。外に出るともう暗いし、酔っ払ってるしと、これからファンティエットに行くのはちょっと・・・無理っぽい。では写真屋に泊めてもらおうかな。駄目だったら今飲んでいた家でもいいか。まあどこでもいいや。頼めばみんな泊めてくれそうな感じだし。人類はみな兄弟だ。なんかアルコールが入っているせいか、気が大きくなっていたりして・・・。そしてふらふらする足取りで写真屋に戻ったのですが、最後に写真屋の前に住むトゥアに捕まってしまいました。そういえば彼とは昨日一緒に写真を撮ったな。これが出来上がりの写真だよと渡すと、どこに泊るんだと聞かれ、当てがないと答えると、そのまま彼の家へ連れ込まれてしまいました。そして気が付けばトゥアの家にお邪魔していました。
3月5日 (日) 晴
ムイネ
・砂丘へデート
支出 0円
  尿意を感じ目を覚ますと、蚊帳の中で寝ていました。う〜ん、ここはどこ?昨夜は酔っぱらって・・・、写真屋に戻って・・・、その後どうしたんだっけな。そうだなんか写真屋の前のトゥアの家で最後に捕まって、ここに泊まる事になったような・・・。あまりよく覚えていない・・・。どういう経緯でここに泊まる事になったのかさっぱり覚えていないけど、どうやらトゥアの家のベッドの上で寝ているようだ。それよりも・・・・う〜ん、小便がしたい。トイレはどこだ?部屋の中は薄暗いし、この家の間取りがさっぱり分からない。かといって下手にうろちょろすると、女の子の部屋に入ってしまい、「キャー痴漢」とか、あるいは「泥棒よ〜」なんて思われ、大変な事態になりかねないし・・・これは困ったぞ。

トゥアと3人の娘と
  我慢しつつ朝を迎えると、外から喧しいアナウンスが流れてきて、みんなが一斉に起床しました。な、なんだこれ。まるでイスラム教のコーランみたいではないか。さすがは社会主義の国だな。いやそれよりもトイレだ。トゥアが起きたのかといった感じで声をかけてきたけど、それよりもトイレが先。「トイレ」と言ってみるとちゃんと通じ、指差してくれました。うむ、ベトナムではトイレでも通じるんだな。妙に感激。しかし民家のトイレって・・・汚いし、ゴキブリが普通にいるし・・・。こんなもんか。トイレに行って落ち着くと、改めて自己紹介をしました。私が泊まったのはトゥアの家。写真屋の真ん前にある家で、ビデオと写真のカメラマン兼、テイラーを営んでいます。子供は三人いて、全て女の子でとてもかわいい三姉妹でした。トゥアと話していると、すぐに朝食がでてきました。あまりベトナムの朝食は好きではないけど(特に生野菜系)、でも幸せ。

子供たちと砂丘へ
  その後、日本人が泊まっていると聞いてか、朝からこの家は人がぞろぞろと顔を出してきました。毎回毎回自己紹介してくれるのはいいけど、そう記憶力がいい訳ではないので、右の耳から左の耳へと抜けていく。う〜ん、一度に何人も紹介されても聖徳太子じゃないんだから覚えられませ〜ん。せめてジョンとか、マイケルとか分かりやすい名前にして欲しいって、ベトナム人がそんな名前のはずないか。

  しばらくすると今日は日曜日で学校が休みなので家の娘3人とその友達とで、ムイネ名物の砂丘へ行くことになりました。女の子6人とのデートだ。またもや、幸せ。こっちだよと案内されたのは、一昨日訪れた場所とは全然違う場所でした。こっち側にも砂丘があったんだ。しかもこっちの方が絵になるかも。しかし、砂丘を歩くのはみんな慣れているようで、さっさっと登って行く事。お〜い。待ってくれ。年寄りの私だけ息を切らせて、汗を大量にかく羽目に。君達と体のつくりが違うんだから、ちょっとは遠慮してくれ〜って外国人を知らないと無理かな。砂丘の見学後は女の子の一人の家で椰子の実ジュースをご馳走になりました。なんか朝からあちこちでおごって貰ってばかり。いいのかな。こんな見も知らずの外国人なのに・・・。私のほうが心配してしまいました。

写真屋のおじさん達と海岸で
  そして一回りしてトゥアの家へ帰宅すると、夕方にはトゥアと子供たちと前の写真屋のおじさんと一緒にスクーターに乗って夕食を食べに行きました。ベトナムでは一家4人でバイクに乗っているというのはよくある光景です。危ないなと笑いながら見ていたのですが、今日始めて私も4人乗りを体験しました。分かっていたことですが、これって一番後ろに乗るとかなり危険。やっぱり4人乗りはまずいでしょ。ちょっとの震動でもバイクから転がり落ちてしまいそう。身の危険を感じつつ乗っていると、途中で海岸で一度停まりました。そして記念撮影。私に気を使ってくれたのだろうか。そして再びバイクに乗り、少し行った海岸沿いの店に入りました。ここの店ではヤギ鍋みたいなものがでてきました。食べてみると、これがモツ煮込みみたいでなかなか美味しい。ベトナムは食事も美味いし、人もいいしといいところだ。そして帰宅後、何時の間にか私はトゥアの家族の一員となっていました。なんでこんなに簡単に打ち解けてしまったのだろう。やはりベトナム人の心の広さなんだろうか。でもまあこういう体験も悪くないし、もうちょっと甘えてみようかな。
第1部 北風 ・・・ 南進編  〜 第7週 〜
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