リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第5週   〜〜〜
2月14日 (月) 曇
サパ
・ベトナム人の大学生
支出 1800円
モン族の人々と
モン族の集落で
  サパは山奥にあるので、さすがに2月のこの時期の朝晩の冷え込みは厳しいものがあります。サパののんびりとした雰囲気が気に入り、しばらく滞在してみようかなと昨日のサンデーマーケットを見た後は思ったのですが、さすがに・・・我慢できなくはないけど、やっぱりちょっと寒すぎです。時期が悪かったって事で諦め、今日の夜の夜行でハノイに戻ることにしました。ラオカイ行きのバスを調べると、ちゃんと夕方に夜行列車の出発時間に合わせて何本か出ているから大丈夫との事。じゃ、それまではちょっとサパ周辺を歩いてみる事にしました。

  宿でもらった地図を見ると、近くにはモン族の村が多くありました。町なかでは無愛想なモン族の人々も、地元では昨日のマーケットみたいに笑顔が素敵かもしれない。ちょっと期待をしつつ歩き始めたのですが、結果はそう変わりませんでした。でも何人かは話しかけてきてくれ、一緒に写真を撮ったりといい思い出もできました。やはり彼らの地元に足を運ぶという事は無駄ではなかったのかな。と、納得しておきました。それにサパ周辺の景色は素晴らしく、新鮮な空気を吸いながら歩いていると気分もリフレッシュ。やっぱり山を歩くというのはいいものです。でもよくよく考えると、歩いていても歩いても山とか谷とかしかないような・・・。いやいや自然はいいものです。さりげなく立派な棚田があり、アジア人としての心意気も見せてもらいました。

  夕方にはバスに乗って再びラオカイへ向かいました。さりげなく置き忘れた寝袋を探すものの、当然出てくるはずがありません。残念。ハノイ行きの夜行列車に乗ってみると、同じコンバートメントにはベトナム人の大学生がいました。ん、英語が通じるではないか。話し始めると、趣味が同じカメラとあって話がドンドン弾んでいきました。そして色々と文化の違いや将来の夢、コンピューターの事や恋人の事を話し合いました。お互い英語があまりうまくないので、スムーズな会話ではなかったのですが、十分相手の言いたいことは理解でき、結局話に夢中になり、夜明かしをしてしまいました。ベトナムに来て初めてベトナム人の友達ができ、そしてベトナム人の考え方に触れることができて、とてもいい思い出になりました。それにしても同じコンパートメントに途中から乗り込んできた子連れのお母さんが、子供達を買わないと言ってきたのにはびっくりしました。ベトナムがあまり裕福な国ではないというのは、通りすがりの観光客でもすぐに分かるのですが、まさかここまでだとは思いませんでした。私にとってちょっとショックな出来事でした。
2月15日 (火) 曇
ハノイ
・ダグラスとの再会
支出 600円
  朝5時、列車はハノイ駅に到着しました。う〜、眠い。それに朝早すぎる。宿までどうやって戻るか。荷物はそんなにないことだし、歩いて行くか。仲良くなった大学生が言うにはタクシーで宿まで行った方がいいとの事。そんなに危ないのかな。地元の人が言うのだからな。まあ安全第一。何かあったら嫌だし、彼の忠告を聞き、タクシーで荷物を預けている宿に向かいました。もちろんこの時間に開いているはずもなく、ごんごんとシャッターを叩いて「戻ってきたぞ、開けてくれ〜」と大声を張り上げなければなりませんでした。

ハノイの墓石屋
路上の野菜売り
  ほとんど徹夜状態だったので、昼過ぎまで寝て過ごしました。シャワーを浴びた後、明日からハノイの東にある世界遺産であるハロン湾へのツアーに参加しようと、旅行会社を探しに外出しました。旅行者が集まる通りに行くと、ハロン湾ツアーの看板が沢山路上に出ていました。さすがは世界遺産。大盛況だな。う〜ん、でもどこの旅行会社がいいのかな。これといった情報を持っていないので自分の感に頼るしかありませんが、なんかどれも同じような値段だし、旅行社の名前がシン・カフェとか、キム・カフェといったカフェと名が付くものばかりなのが気になるところ。ベトナムはそういう文化なのか。それともいわゆる西洋カブレ。まあいいや。一回りしてみれば意外なところに穴場のツアー会社があるかも。と、ハノイ36番として有名な商店街を歩いてみました。面白いことにここでは通りごとに同じような店が集まっているので、通りごとに違った雰囲気を楽しむことができます。旅行社やカフェが多い通り、服屋が多い通り、靴屋、かばん屋などなど見ていて面白い。なかには墓石を扱っている店の多い通りもあって、この一画はベトナムっぽいというか、変な雰囲気でした。

  一回りしてカフェの多い通りに戻ると、店先に並べられたテーブルに座っているダグラス君を発見。お〜ダグラスじゃないか。よっ、久しぶり。そのまま一緒にテーブルに着き、どこへ行っていたのかなどを話しました。彼は宿の人の知り合いからバイクを購入して、ハロン湾に行って来たそうだ。そうか、バイクを買ったのか。うらやましい。その後、ダグラスの知り合いの他の欧米人旅行者と一緒にビールを飲みに行ったりしていたら、一日があっという間に終わっていました。宿に戻ってから、なんか忘れ物をしているような・・・。う〜、この喉に小骨が引っかかっているような感じはなんだ。まあいいか。さて明日は・・・、あっ、しまった!ツアーに申し込むのを忘れた。これはダグラスのせいだ。って、とりあえず悔しいのでダグラス君のせいにしておきました。
2月16日 (水) 小雨
ハノイ
・ハイテク化が進むバックパッカー
支出 5000円
うどん屋のおばさん
町角の露店
  本当は今日からハロン湾へのツアーに参加するはずだったのですが、昨日申し込み忘れてしまったので、特に予定のない日となってしまいました。何をしよう。今日も地味に観光をして回ろうか。いや、これはちょうどいい機会だ。と思い付いたのがホームページ(HP)の原稿製作でした。シンセンを出発してから今までの書き溜めた日記があり、そろそろ友人に郵送したいと思っていたところです。ここは一番清書して送ってしまおう。朝食を食べに外出したついでにツアーの申し込みを済ませ、その後宿に戻り、HPの原稿を書き続けました。そして昼前に完成。早速郵便局へ出しに行きました。

  果たして無事に届くのだろうか。やっぱコピーして保存しておいた方がいいかな。ちょっと不安になりながら窓口に提出。なんか願書とか履歴書を送っているような気分だな・・・。郵便局に行ったついでに自宅にも電話をしておきました。電子メールという便利な通信手段がありますが、たまには肉声で親に無事の報告をしておかないと・・・きっと心配しているだろうな。これで原稿も出したし、親にも電話したしと一安心。ちょうど喉も渇いたことだしと、なんとなく近くの露店に座り、ジュースで乾杯することにしました。今までは氷を入れて飲むようなことはしてなかったのですが、今日は頼んでもいないのに、勝手に氷を入れて持ってきてしまいました。大丈夫だろうか?赤痢にでもなったらシャレにならんぞ。捨てるか。ちょっと迷ったものの、地元の人が大丈夫なものだったら、同じ人間である私も大丈夫なはず。原稿を送った後で気分もいい。こういう気分のいい時は腹を壊さないものだ。えいやっと飲むことにしました。もちろん今回の旅が始まってから、まだ一度も正露丸のお世話になっていないという、自分の腹の強さに自信があってのことでした。

  その後、少し中心部から離れた博物館を見学していると、再びダグラス君と再会してしまいました。ほんと「再会してしまいました」といった表現がピッタリ。小さい町ではないのに本当によく出会うものだ。なんか変な糸が付いているのではないだろうか。可愛い女性旅行者なら歓迎なんだけど・・・。で、彼はちょうどいいところで会ったとばかりに歓迎してきました。と言うのも彼はHPを作ろうとパソコン、デジタルカメラを持って旅行しています。昨日一緒に飲んだ何人かの欧米人の旅行者も同じようにパソコン等を持って旅行をしていました。バックパッカーもハイテク化の時代なのか、持ち物に電気製品というか、精密機械が増えているのは確かです。でも実際に必要かどうかは、その人次第かな。それに精密機械は壊れやすいし、電気がないと動かないしと、バックパッカーにふさわしくない一面を持っているので、場合によっては逆に不便になる事もあります。それはそうとHPの製作で困ったことがあるから見てくれとのことでした。やれやれ、この前自慢げに教えるんじゃなかった。すっかり先生扱いだ。まあ夜までは特にすることもないからいいか。変な糸がついている仲だし・・・。彼のバイクに乗せてもらって彼が泊まっている宿へ行きました。ちなみに彼のバイクは旧ソ連製の軍事用バイク。アメリカ人が楽しそうに乗っているのを見ると、なんだかなといった感じです。その後少し指導してあげて、そのお礼として夕食をおごってもらい、今度こそ「ファイナル、シー・ユー・アゲイン」といってダグラスと別れました。

水上人形劇
夜のホアン・キエム湖
  夜になると、ベトナムの民俗芸能である水上人形劇の公演を見に出かけました。そんなに興味があったわけではないのですが、ちょうど今日の夜が公演の日ということだし、どのみち夜は暇だし、せっかくだから見てみようかなといった感じでした。入り口でもらったパンフレットによると、ベトナム名物というより、ハノイ中心の伝統芸能のようです。チケットの席を探すと、安いチケットなので当然ながらかなり後ろの席でした。まあ前のほうでやる気なく見ていては失礼だし、後ろの観客も不愉快だろうからちょうどいいかな。とまあ、リラックスした状態で鑑賞。実際に見てみると、ある程度は想像していたとおり、こんなものかといった感じでした。ただ、水上でやる事によって普通の人形劇よりも奥行きのある動きができるのがメリットかなと思いました。それと火薬を使っても、燃えない事。派手なパフォーマンスもいくつかあり、そういうことが大好きな欧米人が歓声を上げていました。しかしながらどうも私には伝統芸能というものが苦手で、退屈をしないで見れるのはやはり10分程度。最後のほうはかなり暇をもて余してしまいました。でも人形劇が終わって演技者が裏から出てきてびっくり。みんな水の中で演技していたんだ。こんな寒いのに。その事に妙に感動して、他の観客に混じって拍手喝采。思っていた以上に満足して劇場を後にしました。

  外に出ると、目の前にあるホアン・キエム湖の中ほどにある寺院がライトアップされていました。へぇ〜、ライトアップしているんだ。ベトナムもやるべき事はやっているんだ。ちょっとびっくりしました。それにしてもなかなか湖面に映る様子がきれいです。ちょうど高感度のフィルムを入れているし、三脚を持ってきていることだしと、何枚か写真を撮って宿に戻りました。
2月17日 (木) 小雨
ハノイ→ハロン湾
・雨の中の世界遺産
支出 1500円
  今日からは世界遺産に登録されているハロン湾への1泊2日のツアーです。朝早く指定の場所に行くと、大型観光バスが待機していました。さすがは世界遺産へのツアーだけはあるようです。でも大勢の観光客と団体行動するのはうっと惜しいな。と思ったものの、乗り込んでみると、席はガラガラでした。それでも20人ちょっとは参加しているのかな。まあこの寒い時期だから観光客も少ないんだろう。それにしても日本人は私一人か。情報収集を兼ねて気軽に話せる相手がいればいいなと思っていたので、ちょっと残念。卒業旅行シーズンが始まっているはずなのに変だな。それとも日本人はここのツアー会社を使わないだけなのかな。ここのところダグラス君とつるんでいたので、西欧人の溜まり場に行くことが多く、気が付くとお勧めの場所やツアーが西欧人好みになっていたみたいです。

  途中、手工芸品を作っている工場とそれに付随するかなり高い手工芸品店を見学させられ、その後に昼食を取りました。それにしても安いツアーだからしょうがないとはいえ、ツアーの飯がまずい。というか、ちょっとひどすぎ。普通のベトナム人ですら不味いと感じるような食事ばかりでした。不味いと箸が進まず、箸を止めて周りを見る時間も多くなるというものですが、周りのテーブルでは欧米人が不器用に箸を使い、ボロボロと米粒などを撒き散らしながら食べていて、これまたげんなり。う〜ん、更にまずく感じる。

ハロン湾のツアー船
曇ったハロン湾の様子
ハロン湾内の洞窟
  その後少し移動してハロン湾の桟橋に到着しました。クルーズ船や土産物屋が並んでいて、物売りの子供の姿も多い。典型的な観光地に来ましたといった感じです。ここからは船に乗るわけですが、今日泊まるホテルはハロン湾内にあって、ハロン湾クルーズをしながらホテルのある島へ移動するという行程になっています。クルーズと聞くと、ちょっとワクワクしてきますが、あいにくと空はどんよりと曇っていました。しかも今にも雨が降り出してきそうなほどの悪天候です。ハロン湾は海の中に竹の子のように岩山が突き出ている景勝地で、ちょっと前に訪れた桂林の山水画が海になった感じの所です。本来ならこの桟橋からも見えるはずなのですが・・・、ほとんど見えない・・・といった感じなので、クルーズの方もこりゃ期待できないなとちょっと諦めムードでした。

  船に乗ろうとすると小雨がパラパラと降ってきました。いや〜とうとう降ってきた。雨具が必要かも。子供達がここぞとばかりにビニールの安い雨合羽を売って歩いていました。どうしようと思っていたら、品のよさそうな年配の欧米人夫婦が私の分まで買ってくれました。というより、正確には3個で1ドルで3つもいらないからちょうど側にいた私に幸運がめぐってきた感じ。お礼を言いつつ国籍を聞くと、アメリカ人との事。なんか最近アメリカ人と縁があるな・・・しかも性格のよさそうな。その老夫婦は別のツアーのようで他の船に乗り込んでいき、私も自分のツアーの船に乗船しました。そして出港。船が走り出すと乗客のみんなが外の景色を眺めるものの、靄がかかっていて遠くの景色がよく見えませんでした。桂林ならうす曇などのほうが雰囲気を楽しめたりするのですが、ここは桂林と違ってキャンパスが大きすぎ。全然岩山が見えないというか、岩山の下の海面付近しか見えないので、なんかありきたりの風景となっていました。ここは視界のいい晴天時に訪れないと世界遺産級の風景を楽しむことができないようです。せっかくの世界遺産も曇空には勝てなかったか。残念。おまけに地面が湿っていて滑りやすく、途中で寄った洞窟では歩いているときにツルって転んでしまいました。尻餅をついたのでズボンが泥だらけになってしまって最悪。あまりいい事のないクルーズとなってしまいました。 明日は同じルートで戻るので、明日の天気に期待するしかありません。

  宿に着くと二人で一部屋との事。独り者の私は同じように一人あぶれたイギリス人のジョンと同じ部屋となりました。この人の容姿は厳つい体格をしている上にスキンヘッド。一体何者なんだ。恐る恐る自己紹介をすると、急に笑顔になって自己紹介してくれました。なんだこの笑顔は・・・もしかしてホモ・・・。ちょっと引きつりながら話を続けると、日本で1年ほど働いていたことがあり、日本人は親切だから好きだとの事。そしてほんの少しながら日本語の単語で話してくれました。お〜意外な展開にびっくり。どうやらまともな人のようだ。よかった〜。そして安心しました。その後は色々と気さくに話してくれました。
2月18日 (金) 小雨
ハロン湾→ハノイ
・赤痢の恐怖
支出 300円
  夜中激しい腹痛で目が覚めました。う〜ん腹が痛い。とりあえずトイレに駆け込むと、ひどい下痢でした。旅に出れば下痢はつきもの。出すものを出せば大概治るはず。でも一応正露丸も飲んでおこうかな・・・。再び布団に入ったものの、下痢も腹痛も治らないし、寒気はするしとなかなか寝れたものではありませんでした。一体何に当たったんだ。まったく。隣で寝ているイギリス人はスヤスヤ気持ちよさそうに寝息を立てているのに・・・。

曇ったハロン湾
  朝起きても、事態は変わっていなく、頭はボーとするし、腹は非常に痛いと最悪。食欲はないけど食堂に行ってみると、他の面々は眠たそうな顔はしているものの、みんな普通の顔色をしていました。どうやら青い顔をして苦しんでいるのは私だけ。となると、ツアー中の食事はみんな一緒なので、原因はツアー前なのかな?とりわけツアー参加前日に飲んだあの氷入りのジュースが怪しい。しかし発生まで24時間もかかるものなのか。いや重大な病気ほど潜伏期間が長いものだ。たぶん・・・。食欲があるはずもなく、食事は適当に過ごし、再び船に乗り込みました。う〜ん、だるい。体がしんどい。でもツアー中に病気で看病されたり、みんなにつまらん同情をされるのは嫌だな。ひたすら一人で我慢していました。といっても今日のツアーはハノイに戻るだけ。昨日と同様にあいにくの曇り空だし、ツアーの食事も不味いときたら、体調が悪くてひたすら寝続けている人間がいても目立ちませんでした。でもなんで俺だけこうなんだ。普段の行いはいいはずなのに・・・。八つ当たりをする方向が分からないので困ってしまいます。

  クルーズ船、そしてハノイへ戻るバスの中でもひたすら寝続けていたので、さすがにハノイに着いた時には周りの人もおかしいと思ったらしく、「大丈夫?」と声をかけてきました。あんまり大丈夫じゃないけど、「ありがとう、大丈夫だよ」と反射的に笑顔で答えたのですが、きっと青い顔をして引きつった笑顔だったに違いありません。バスを降りると、すぐに馴染みの宿に戻ってベットに直行しました。本当に起きているのが辛い。一体どうしちゃったんだ、私の体は。やはり思い当たるのは一昨日飲んだ氷入りのジュースしかないよな・・・。となると食中毒か。まてよ、これだけしんどいということは赤痢ってやつではないか。或いはコレラとかクララとか・・・あっ、これはハイジに出てくるお嬢様か〜。きっと名前しか聞いた事のないような伝説的な重病になっているんではないか・・・。そうだとしたらやばいぞ。明日ひどかったら病院に行こう。とにかく体がだるいので今は寝よう。寝る前にふと鏡を見たのですが、青ざめた自分の顔にたまげてしまいました。明日の朝はちゃんと目覚める事ができるだろうか・・・。そのまま意識が・・・って考えると更に不安になってしまいました。
2月19日 (土) 曇
ハノイ
・回復の兆し
支出 3000円
  夜中から朝方にかけて何度も目が覚めました。その度にトイレに行き、出すものを出し、水を大量に補給し、パンを胃に詰め、汗でびっしょりの服を着替えて寝ました。ひたすらその繰り返し。そして昼頃ようやくベッドから出ることができました。昨日から一体何時間寝ていたのだろう。本当によく寝たものだ。そのせいか布団から出てみると、かなり頭がすっきりしていました。そしてすっきりした頭で改めて部屋を見渡すと、ベッドの周りには夜中に何度か着替えた服やら、パンの食べかすやら、空のペットボトルやらが散乱していました。それにベッドは気持ち悪いほど汗で湿っていました。これぞ一晩中奮闘した壮絶な痕跡。我ながらよく頑張ったものだ。しかし、見ていると昨日の苦しさを思い出してしまい、再び腹が痛くなってきました。う〜ん、まだ治っていないようだ。慌ててトイレへ行って出すものを出してみると、うれしいことに便の方も昨日よりはマシになっていました。どうやら峠は越したようだ。この分だともう一日頑張れば治りそうな感じです。病院へは行かなくても済むぞ。そう思うと元気が出てきて、汗で湿っている服を脱ぎ、シャワーを浴び始めました。そして部屋の空気を入れ換え、散乱している服の洗濯に取り掛かりました。

宿の従業員と
  昼過ぎからは暇だし、動く元気も出てきたので、少し散歩することにしました。外の空気を吸ったほうが体にもいいはず。そう信じながら歩き出したものの、歩く振動で腹が痛み出してきました。やはり今日はあまり動かないほうがいいみたいだ。一度宿に戻り、宿を切り盛りしている少年達・・・というか、青年に「髪を切りたいのだがいいとこある?」と尋ねると、親切に知り合いの床屋に連れて行ってくれました。この若者は兄弟で切り盛りしていて、年の割りになかなかしっかりしています。見た目が若いのでどうしても子供っぽく見えてしまいますが、一応20歳は越えているし、英語もぺらぺらです。具合も悪かったし、ハノイを出たり入ったりしていたので、何かと滞在中はお世話になってしまいました。話を戻すと、ちょうど髪も伸びてきたことだし、これからどんどんと暑くなるし、気分的にもさっぱりとする事にして、同伴してくれた少年に通訳してもらって一気に短く角刈りにしてもらうことにしました。これで気分はさっぱり。頭もよく冷えるはず。ついでに体調のほうも・・・と淡い期待を抱いていたのですが、こっちの方はかなわず、夕方になると再び頭痛と熱がひどくなってきました。やっぱりこんなことでは治るわけないよな・・・。でも快方に向かっているといった安心感からか、今日の夜は落ちついて寝る事ができました。
2月20日 (日) 晴
ハノイ
・ハノイの曇り空
支出 2400円
  起きると、昨日まで続いていた腹を刺すような痛みはなくなっていました。まだ時々お腹がゴロゴロと雷のように鳴るものの、確実にトイレに行く回数も減っていました。頭の方も今のところは調子いい。かなり回復したようです。こうなれば気分を入れ替える為にもハノイを脱出しようと思い付きました。ハノイは連日曇り空で寒過ぎます。南に行けばここよりも暖かく、天気もいいはず。落ち着いて体調を回復させるにはその方がいいはず。本当はハノイからベトナム中部の都市フエまでは幾つかの町を寄りながら南下することにしていたのですが、今はそんな元気がないので、一気にフエまで南下する事にしました。移動は何のストレスもない夜行のツーリストバスをりようする事にしました。盗難の心配もないし、途中で腹が痛くなってもすぐに対処してくれるはず。観光客ばっかりを乗せたバスなので、旅の情緒は全くありませんが、今はそんな贅沢な事を言っていられる状態ではありません。

ホアン・キエム湖
物売りの少女
  午前中に今夜の夜行便のチケットを買いに行きました。夕方のバスの時間までは特にすることもなかったのですが、部屋は12時でチェックアウトしなければならないので、ぶらぶらと町を歩くことにしました。もちろん延長料金を払って部屋を使ってもよかったのですが、それなりに体調もよく、夕方までなら必要もないかなと思ったからです。ただ再び頭痛、腹痛がひどくなるのが怖いので、熱心に歩き回る気にはならなく、町の中心にあるホアン・キエム湖の周りの公園でゴロゴロと過ごす事にしました。

  ベンチに座っていると、次から次へと物売りの少年や少女が寄ってきました。いつもだったら面倒くさいので相手をしないのですが、今日は暇な身。町中で買うよりも高いけど、タバコやお菓子などを購入したり、まず当たらないだろうと思われる宝くじを購入してみたりしながら彼らの相手をしてみました。相手をしながら思ったのは、彼らのすべての口から出てくるのが「貧しい」の一言です。今まで旅行していて貧しさを肌で感じることはあっても、ここまで人々が貧しいと口をそろえていう国はありませんでした。貧しい国ベトナム。貧しくても人々の心は温かく、豊かな自然が残っているではないかと言うと、怒ったように経済の豊かさが全てだと言ってきます。所詮は観光客の場当たり的な慰めでしかなかったようです。我々観光客は貧しい国の人々の心をすさませる為にやってきているのではないだろうか。これはある意味文化侵略ではなかろうか。本当に心の豊かさは経済の豊かさの上に成り立っているのだろうか。様々な疑問が頭をよぎり、ハノイの曇り空のように私の心の中も曇ってきました。私も所詮は金持ちの観光客の一人。興味本位での旅に過ぎない。せめて私と仲良くなった人々だけでも幸せになってほしいと思うだけ。それでいいはずだ。きっと。今はそう信じて旅を続けるしかありません。きっとそのうち私なりの結論が出るはず。この沈んだ気持ちと、苦しみ続けた腹痛、そして滞在中ずっと続いたぐずついた天気はハノイに置いて行こう。そう思いながら夕方フエに向かうバスに乗り込みました。
第1部 北風 ・・・ 南進編  〜 第5週 〜
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