リアルタイム旅行記 道標ない旅
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<2009年5月改訂版 Ver.3.1>
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第1部 北風 ・・・ 南進編  (2000年1月20日〜4月30日)
<香港、中国、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール>
〜〜〜   第3週   〜〜〜
1月31日 (月) 雨
シンセン
・中国一人暮らし模擬体験
支出 600円
シンセンの町で
  当初の予定になかったことですが、急に今日から友人が所用で3日間香港へ行かなければならなくなってしまいました。ビザの問題などは何とかすればいいので、私も一緒に香港へ行きたいところなのですが、今回は友人にとって大事な私用。むしろ付いて行くと無粋になってしまうので同行するのは遠慮する事にしました。さてどうしよう。旅立つか。でもいきなり旅立つというのも心の準備が・・・。困った事になったなと思っていると、友人はいない間勝手に部屋を使っていいよと言ってきました。友人としても急な予定変更で申し訳ないと思ったのでしょう。ここは甘えて友人宅で一人で留守番する事にしました。という事で今日から3日間友人の部屋で中国一人暮らし模擬体験が始まりました。と言っても外は雨。友人を見送った後、する事もなくごろごろと読書。あまり日本の日常と変わり映えがしない気もするけど、雨では仕方ない。

  夕方にはやっと小降りになったので買い物へ出かける事にしました。相変わらずどこに行っても凄い人。そして混み合っているところでは必ず大声が飛び交っているので、更にうっとしく感じます。でも大声で自己主張する事も大事なんだな。これだけ人が多ければそうしないと自分の要求が通らないからです。おとなしく黙っていてはいつまでたっても物を買うことができないのが中国の現状なのです。中国語が大きく聞こえるのはきっっと文化的なものに違いない。そう思えば少しは納得。私も頑張って・・・と言いたいところですが、中国語ができないので無理。せめて片言の英語でも通じればいいのですが、全くダメな状態ときたらお手上げです。スーパーで大人しく買い物することにしました。そこでも顔立ちが中国人とよく似ているので何のためらいもなく中国人として応対をしてくるのが辛い。中国語ができないとエライ疲れる国だと悟りました。そして暮らすという事は旅行とはまた違って大変なんだと実感しました。
2月1日 (火) 曇→晴
シンセン
・風邪悪化
支出 500円
  起きると頭がガンガンしていました。どうやら鼻風邪がまたひどくなってしまったようです。頼りにしていた友人がいなくなったことで、気が緩んでしまったのかな。更には所変わればなんとやらといった感じで、日本と違った食事、水、空気などが微妙に体調不良を長引かせているのかも。何にしてもこんな状態ではせっかく天気が良くなったのに外出どころではありません。これは早いところ治さなければ後に響くぞ。と、大袈裟な理由をつけ、昨日に引き続き一日中ゴロゴロしていました。

  今回の旅では挑戦という事でホームページにリアルタイム旅行記を載せながら旅をする事にしました。ただ製作に関してはパソコンを持って旅行するのは色んな意味でリスクが大きすぎるので(破損、盗難、重量、接続、電源)、日本にいる友人(管理人代行)に頼むことにしました。はっきり言って私も管理人代行もインターネットのシステムに詳しくないし、こういった試みをする人がほとんどいないので情報がほとんどなく、手探り状態でした。大きな試みではあったのですが、まあそんな感じで手探り状態で始めたものだから、正直言って製作にしても内容にしてもお粗末なものでした。とりあえず今日は友人のパソコンでそのホームページの製作を頑張ってみました。予め日本でパージの骨格を作ってあるので、作業は日記の文字などを打ち込むだけ。夕方には何とか旅日記が仕上がったのですが、実際に出来上がったデーターを送信しようとすると、回線が切れてしまって送信ができませんでした。そういえば友人が中国のインターネットは公安のフィルターがかかっているとか言っていたな。もしかしたらそのせいなのか。いまいち知識がないので困ってしまいます。さてどうしよう。せっかく作ったのに・・・。そうだ。ファイルをばらばらにしてメールに添付すればいいかも。この方法だと何とか送れました。後は日本にいる管理人代行が更新してくれるのを待つだけ。最初の更新からこのような状況だと今後はもっと大変なんだろうな。でもまあ何とかといった感じでしたが無事に最初の更新を行うことができました。

友人のマンションからの夜景
  その後は疲れたのでのんびりとお菓子を食べながらVCD鑑賞。中国ではVCDというものが一般的で、どこの家庭にもVCDデッキがあります。このVCDというものはビデオCDの略。簡単にいうと普通のCDに映画が圧縮して入っているものです。画質はまあなんとか見れる程度で許せるのですが、2時間の映画だったらCD2枚になるのがちょっと不便。そして重要なのが、CDというのはコピーが簡単にでき、CD自体が安価だということです。だから違法コピーのVCDが市場に大量に出回っているのが、中国の現実です。人気のある日本製のドラマなどはかなり種類が多いし、勝手に中国語の字幕が付いていたりします。そのため友人宅にもVCDが沢山あり退屈しないというわけ。海外で暮らすにはある意味なんとも便利な世の中になったものです。そんな事を思いつつも、子供のときに見たフランダースの犬を見て涙を流していたのでした。がんばれ〜パトラッシュ〜〜〜〜。いや、私の方こそ頑張らなければ・・・。
2月2日 (水) 曇り
シンセン
・シンセン最後の日
支出 100円
  今日はシンセンでの中国模擬一人暮らし最後の日。友人が夕方帰ってくるので、それまでに掃除洗濯を済ませる事にしました。ここのところ雨が多いにも関わらず基本的にシンセンはホコリっぽい町で、床に埃がすぐ溜まってしまいます。お世話になったので一応エチケットとしてきれいにしておくかと、掃除を始めてみた次第。やり始めるとキリがない事が判明。目に付く場所だけとりあえずきれいにしておきました。よく考えると日本ではあまりやらない事、これも旅ならではなのかな?

蛇口港にあるモニュメント
  昼過ぎからはバスに乗り、蛇口という地域へ両替にでかけました。こっちで暮らす留学生にとって闇両替で替えるのが一般的のようで、先日友人に教えてもらった場所で両替を行いました。銀行よりも少しレートがいいので、旅行者にとってもありがたい存在です。しかし計算してみると・・・、そもそも両替する金額が大きくないので思ったほど差がなかったりします。当然か。しかしこっちで暮らす人間には日々の積み重ね。塵も積もればなんとやらといった感じなのでしょう。でも捕まったら・・・。よく分からないけど、考えないでおこう。無事に闇両替を終えると、蛇口辺りをぶらぶらと散歩して回りました。ここ蛇口は香港からのフェリーが到着する場所です。ぐちゃぐちゃと混雑している陸の国境とは違って、こっちは船の値段が高いためちょっと高級感があります。それにシンセンに工場を持つ商社関係の人の出入りが多く、港の前から広東行きのバスなども出ています。港付近はきれいに整備されていて、なんか中国っぽくない感じでした。

  その後友人宅に戻り、VCDを見ながら友人の帰宅を待っていると、夕方遅く香港から無事戻ってきました。これで色々肩の荷が下りたと、一安心。やはり一人で他人の家にいるのは心細いものです。そして夕食を一緒に食べに行き、シンセン最後の夜を過ごしました。
2月3日 (木) 曇り
シンセン→広州
・恐怖の寝台バス
支出 3800円
  予定ではシンセンで5日の旧正月をやり過ごしてから、中国内陸部へ旅立とうと思っていたのですが、友人に急な都合が入ってしまいそうもいかなくなってしまいました。友人は気を使って居てもいいよと言うけど、あまり迷惑をかけるのもよくない。なんせ風来坊の居候の身。旅立つことに決めました。しかし元旦をはさんで前後約一週間の旧正月中は多くの店が閉まり、移動するにも困難を極めるのが中国の正月事情のようです。動くにしても無鉄砲に移動するのはやめた方がいい。なるべく害のなさそうな大観光地桂林へ新天地を求める事にしました。シンセンからは直通バスが出ているかよく分からないので、ひとまず観光がてら友人と広東省の省都広州に向かいました。

広州の神社にて愛想のいい仏様
(これってピースサイン?)
  大都市広州に着いてみると旧正月前とあって駅前は凄い人込みでした。みんな荷物を持っているところをみると、民族大移動が始まっているようです。かろうじてバスのチケットを手に入れ、出発の夕方までは友人と広州の市内観光をして回りました。広州は寺を中心とした古い町で、ガイドブックに載っている観光スポットもお寺ばかり。なんか暇つぶしにお寺めぐりをしてしまったといった感じでした。

  そして夕方お世話になった友人に涙ぐましい別れを告げて、バスに乗り込みました。さらばじゃ。また帰国の時に寄れたら寄るよ。で、乗ったバスは中国独特の寝台バスでした。これは車内の座席をとっぱらって無理矢理2段ベットを並べたものなのですが、めちゃくちゃ狭いし、後ろの人の足がすぐ頭の近くのくるので臭い。おまけに乗っていると変にスピード感があって怖いと、乗り心地の最悪のバスでした。う〜ん、気分悪くなってきたぞ。酔ってしまった。次に夜行バスに乗るときは絶対に普通のバスだ。寝台バスなんて二度と乗るまい。それにしてもこの寝た体勢で事故ったら・・・・・事故らない事を祈るしかない。昼間の寺廻りの時に交通安全祈願をしておけば良かった・・・。南無さん。
2月4日 (金) 曇り
陽朔
・中国の巨大爆竹
支出 2600円
2階建てバスと陽朔のバス発着場
  朝5時、無事に桂林に到着しました。眠い。ほとんど寝れなかったので睡眠不足状態だし、バスを降りるとなんか体のバランス感覚が・・・。まったくもって寝台バス恐るべしといったところです。それにしてもこんな早い時間に到着してもまだ町が活動していないので何も出来ません。しょうがないのでバスターミナルの茶屋で茶をすすりながら時間を潰す事にしました。6時すぎになるとようやく陽朔へのバスが来ました。が、またもや寝台バス。桂林経由陽朔行きのバスのようで、座席が開いているからこれに乗って行けといわれました。さすがにこの時間は寝台として使っていないのですが、横を向いて座らなければならなく、なんとも乗り心地が悪い。できれば普通のバスの方がよかった・・・。昼も夜も寝台バスは使えない。さて目的地の陽朔と町は、友人が教えてくれるには桂林と違って安い宿が多く、私のような外国人バックパッカーの溜まり場となっているとこの事。正月でも観光業で成り立っている町だから問題ないだろうと思うものの、ただ時期が時期だけに空室がないというような事はないだろうか。これが一番の不安材料です。安宿が満室でない事を願うのみ。

売られている爆竹
売られている鳥かご
鳴らされる爆竹
  陽朔に着いてガイドブックに載っているお勧めの安宿に行ってみると、思いの他宿は混んでいないようで、どの部屋がいいといった状態であっさりと部屋を確保できました。そういえば昔香港を訪れたときも旧正月の大晦日だったな。意外とこの時期は旅行用の宿は混んでいないのかな。そして一息ついた後、町を散歩しに出かけました。今日は旧暦の大晦日ともあって町は賑やかで、活気がありました。特に目を引いたのが至る所で売られている爆竹や鶏。爆竹は蛇のように巨大なとぐろを巻いたもので、なんといってもでかい。これはでかすぎだろ。飛ぶように売れていくのですが、買った人も持ち運ぶのに大変そうでした。また市場や通りでは竹で編んだ鳥かごがすらっと並んでいました。中には鶏が数羽入れられているのですが、これもまた飛ぶように・・・いや、爆竹ほどではなかったので、ぼちぼちといった感じで売れていました。なんにしても人間にとってはめでたい日でも鶏にとっては厄日にちがいありません。

  昼過ぎになると、どんどん通りの店が閉まっていきました。それと同時に店じまいということで、先ほどの巨大な爆竹が鳴らされていました。歩いているとあちこちで爆竹が鳴り響き、なんとも中国の旧正月らしくていい。そもそも爆竹の一つ一つが日本の爆竹の何十倍もの大きさなので、近くで聞くとこれが喧しいってものではありません。耳がツゥーンとする感じです。でも慣れてくると気分がスカッとするような快感があったりもします。中には唯でさえ喧しいのにそれでも物足りないのかバケツの中などに入れて、更に音を大きくしている人もいて笑ってしまいました。まるで暴走族が爆音を競い合っているみたい・・・。とりあえず爆竹もいいけど、私にとっては夕食の方が心配。全て店が閉まってしまったら、明日の朝まで何も食べれなくなってしまうではないか。念のため早い時間に食料を調達しておきました。観光客とはいえ年を越す準備をしなければいけないとは、なんとも面白い体験かも。

  準備万端で夜を迎えると、さすがに町は真っ暗となり、通りを歩いている人もほとんどいませんでした。よかった食糧を買っておいて。でも宿の部屋でボソボソと一人で食べるのも・・・なんだかなといった感じ。寂しく夜を過ごしていると、時々外から爆竹とか花火の音が聞こえてきました。みんな楽しそうだな。そういえばやっぱり年が変わる午前0時には爆竹を鳴らすんだろうか。一応それまでは起きている事にしました。そして日付が変わる瞬間になると、一斉に爆竹が鳴り始めました。これが凄い。一斉に鳴らすものだから地響きがするほどの爆音が続き、部屋の中に居ても強烈に火薬の臭いが立ち込めてきました。お〜、これはまるで空襲中といった感じではないか。これは凄いぞ。思わず通りに出てみたものの、既にピークが過ぎてしまったようで、人影はほとんどなくひっそりとしていました。ただ人影のない通りは靄がかかったように煙がたちこめ、強烈に火薬のにおいが鼻につきました。これってやはり戦時下の町といった感じ。みんな爆撃のために表通りに出れなくて、家の中で早く戦争が終われと震えているんだろうな。次の砲撃が自分のところに落ちるなんて考えると怖いんだろうな。勝手に想像を膨らませていると、私自身がそんな戦時中のような錯覚に陥り、怖くなって慌てて部屋に戻りました。
2月5日 (土) 曇り
陽朔
・元旦の貧乏川登りツアー
支出 1000円
陽朔付近の川
  桂林といえばボコボコと筍のような岩山が辺り一面にあり、その風景の中を川が流れているといった山水の風景が有名です。その風景を船で川を下りながら眺めるのがここの観光の王道となっていて、せっかくここに来たならやはり船に乗らなければもったいないというものです。そのツアーは沢山あり、桂林の町から食事をしながら川を陽朔まで下り、バスで桂林に戻るツアーが主流のようでした。しかしこのツアーには国の定めた料金協定というものがあって、外国人は恐ろしく高いのが現実のようでした。が、到着地点となっているここ陽朔は貧乏バックパッカーの溜まり場。抜け道というものがちゃんと用意されていました。なんと裏をかいたような川登りツアーというものがあり、食事などは付いていないけど格安でした。話では下った船はまた元来た場所に戻らなければならなく、それを利用して空で戻るよりも安く人を乗せたほうがいいといったものと聞いていたのですが、そうではなく一応川の定期船として運行されているみたいでした。建前としてツアーではないで安いのかな。

早朝の町
川下り中の風景
河岸の様子
  早朝、船の時間に合わせて桟橋に向かいました。町を歩くと、いたる所で爆竹の残骸が散乱していました。特に商店街はひどく、まるで赤い雪が降ったような感じでした。これが昨夜の地響きの原因なのね。凄い音だったもんな。これだけの量を一度に鳴らせば地響きも起こるわな。火薬の量にするとでかい花火の何十発分とかになるはず。そう考えると昨夜の体験も納得がいきます。それにしても本当に中国人は爆竹が好きなんだな。ひたすら続く爆竹の残骸を見ていて思いました。

  桟橋についてみると、おんぼろの船が待っていました。まあ安いからしょうがないか。出港前に年始めという事でここでも爆竹を鳴らし始めました。本当に昨日から爆竹三昧だな。それが鳴り終わると、出発。私の他に10人ちょっとの乗客が乗船していました。西欧人もいましたが、大学の友達どうして休みを利用して来た香港人が多かったです。座席は自由席。でも特等席はやはり船の屋根の上。ちょっと冷たい風に吹かれながら風景を眺めることにしました。曇っていて少し靄がかかったようになっているのが雰囲気がいいと感じるか、視界が悪いと感じるかは人それぞれだと思いますが、私なりにはなかなか雰囲気があっていいように思えました。それにしてもでこぼこと岩が・・・まるで生えているよう。そう筍のように見えてきました。昔トルコのカッパドキアに行った時は岩がきのこのように見えたっけな。ふと思い出してしまいました。

  しばらくは順調に川を進んでいたのですが、途中でいきなりトラブル発生。船のエンジンが止まってしまいしばらく川を流されるというハプニングが起きてしまいました。10分ほどで直ったのですが、この後もう一度起きるというなかなかのオンボロぶり。他の船にぶつかったり、座礁しなくてよかったです。オンボロといえば、途中から上流から次から次へと格好いいツアーの豪華船が下ってきて、すれ違う時はあまりにもオンボロな船なのでちょっと惨めでした。何よりも失敗したのは、予備のフィルムを宿に忘れてしまった事。途中でフイルムを交換と思ったら・・・ない。あっ、そうだ・・・宿の机の上に忘れてしまった。その後は写真を撮ることができず、がっかり。せっかくいい景色なのに・・・。

  夕方前に陽朔に戻ると、桟橋付近の店の多くは営業していました。そして朝散乱していた爆竹の残骸はきれいに掃除されていました。さすがは観光地だな。正月よりも商売か。これだけ多くの観光客を乗せた船が下っていれば当然といえば当然か。でもとりあえず安心しました。そして友人に感謝。これで無事に正月を乗り切れそうだ。おかげで夕食は久しぶりにレストランで食べる事ができました。
2月6日 (日) 晴れ
陽朔
・月亮山登頂
支出 2500円
  川下りだけがここ陽朔の魅力ではないようです。宿に張ってある大きな観光用のマップには、郊外の見所が写真入りで載っていて、その中でも月亮山が川下りの次に人気があるとか。なるほどそんな場所があるのか。写真を見ると、この月亮山は面白いことに満月のような真ん丸い穴が山の中央に開いています。だから月亮山なんだろうな。これは面白いかもしれない。よしっ、行ってみよう。その他にも変わった形の岩山とか公園やらがあり、宿で自転車を借りられるようなので、今日は陽朔郊外へ出かけてみる事にしました。

陽朔郊外の田舎道
月亮山
山頂からの眺め
(写真だと雰囲気がいまいちでした)
  今日は快晴。絶好のサイクリング日よりでした。宿で自転車を借りて、陽朔の郊外へ向かってペダルをこぎ出しました。それにしても今日もまだ爆竹が鳴り止まない。今日から仕事始めの人が鳴らしているのだろうか。さすがに爆竹の音に飽きつつ思いました。でも、郊外に出ると、近くで喧しく鳴ることがなくなったので、そんなに気にならなくなりました。近くでいきなり鳴らされると腹が立つけど、遥か遠くで鳴る分にはいいものだな。時々遠くで鳴る爆竹を聞きながら、田舎道のサイクリングを楽しみました。それにしてもここはのどかなところです。まだ稲を植えていない田んぼでは子供達が遊び、その横で牛が寝ているといった風景の連続でした。昔の日本もこういった景色だったのだろうな。なんか心落ち着くというか、心洗われるといった感じがしました。

  途中あちこち寄りながら走っていると、ようやく月亮山が見えてきました。これは面白い。まさに写真で見た通りに月のような丸い穴があいていて、一発でこれだって分かりました。写真を撮った後、麓まで行ってみると、ちゃんと登山道が整備されていて、登山する事ができるようでした。登れるんだ・・・どうしよう。登ることまでは計画していなかったのですが、迷っている私に売店のおばさんが話しかけてきました。40分ぐらいの登りだし、眺めがとっても素晴らしいから登るべきだとの事。それならば・・・と、頑張って登ってみることにしました。しかしながら、これが結構ハードでした。そもそもここに来るまでに自転車をこいでいるわけだし・・・。そして足が棒のようになりながら山頂に到着。でも、その景色の素晴らしさに感激。欧米人も何人かいて、口々にグレートじゃの、ワンダフルじゃの言いながら写真やビデオを撮っていました。ここからの眺めは桂林の山水画の結晶とも言えるような眺めで、辺り一面ぼこぼこと竹の子のように岩が突き出ていて幻想的でした。ちょっと辺りが霞んでいるのが残念だけど、これはこれで雰囲気があるのかな。何にしても登ってよかった。売店のおばさんに感謝。う〜ん、いい眺めだ。景色が気に入ったのもあったけど、なにより足が疲れてしまい、しばらく動けずここで景色を眺めて過ごしました。

お祭りの獅子舞
  夕方、町へ戻ってみると、通りに露店が沢山でていてちょっとしたお祭りをやっていました。これがまた昔の日本のお祭りみたいに素朴なもの。こりゃいいや。退屈な夜はこのお祭りを楽しむことにしました。祭りの一番のハイライトが獅子舞というのが中国らしいところ。でも人が集まっている割には、獅子舞がしょぼいような気が・・・。それに爆竹ばっかり鳴らしているし・・・。これはちょっと期待はずれでした。もしかしたら都市部の派手なものと違って、何かしきたりでもあるのかな。その他は輪投げやら、射的みたいなゲームで子供達が楽しんでいました。こういう光景を見ていると、なんか素朴でいいな〜と心に染みてきます。シンセンの友人には悪いけど、友人に所用ができて旧正月の時期にここに来れて良かったとしみじみ思いました。
第1部 北風 ・・・ 南進編  〜 第3週 〜
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