風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 旅や旅人にまつわるエッセイ ~

§14、消えゆく寝台列車から感じる現代の旅

~ 寝台列車の魅力 ~

「寝台列車の旅」と聞くと、何かワクワクする感じがしませんか。心ときめくような旅というか、情緒ある旅というか、そこにはある種の不思議な魅力があるような気がします。それは朝起きたら別世界へ着いているからでしょうか。それなら夜行バスでも同じ事が言えてしまいます。

では何が寝台列車をそんなに魅力的な存在にしているのでしょう。それは列車特有の雰囲気や空間であったり、レースの上を走る音や揺れなどといった事かもしれませんし、或いは気持ちの問題で寝台列車に乗ると旅先で旅館に泊まるのと同じような気持ちの高ぶりがあるかもしれません。もちろんこれは私の個人的な思いなので、実際にどう感じるかは人それぞれです。

でも少なからず寝台列車には単なる移動手段に加えて何かしらの魅力が備わっているのは確かなようで、過ぎ去りし良き時代の全盛期には日本中を縦横無尽に寝台列車が走り、多くの人々の憧れる移動手段となっていました。夏休みなどにはミステリートレインといった目的地の分からない寝台列車も走っていたほどです。

しかしながら月日が流れた現在ではそのほとんどが廃止となってしまい、残念ながら寝台列車の旅というのは身近な移動手段ではなくなり、豪華客船のように雰囲気を楽しむものになってしまいました。どんどんと寝台列車が消えていく事にあれこれと思う事があったので少し寝台列車と旅について書いてみる事にしました。

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六郷橋を渡るブルートレインの写真

六郷橋を渡るブルートレイン

ちょっとした撮影ポイントになっていました。

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~ 寝台列車の象徴 ~

寝台列車の象徴というか、寝台列車の王様というか、寝台列車の代名詞的な存在といえば、やはりオリエント急行でしょうか。数々のミステリーや小説、映画の舞台となり、特に映画などに出てくるゴージャスな雰囲気には思わずうっとりしてしまいます。そしてこんな列車に乗って旅をできたらな~などと多くの人が思った事でしょう。

それにオリエントの名前からも分かると思いますが、ヨーロッパ(パリ)とアジア(イスタンブール)を結ぶスケールの大きな国際列車でもあったのです。言ってみれば、ロマン(旅心)、富(高級な雰囲気)、そして別世界(ヨーロッパから見たアジア)へ向かう好奇心と三拍子揃った乗り物だったに違いありません。残念ながら1977年にイスタンブール便がなくなり、その後はオリエント急行の名は引き継がれたものの、ヨーロッパ内だけでの寝台列車となり、それも徐々に距離が短縮されていき、最終的にはストラスブール(フランスの東端の都市)~ウィーンまでといった細々とした運行となってしまいました。

それもとうとう2009年末には廃止され、オリエント急行の名が付く定期列車は歴史から消えてしまいました。その様子がテレビで放映されていましたが、多くの人に見送られてといった感じではなく、なんともあっさりとしたものでした。日本で列車が廃止される場合にはとんでもないほどのお祭り騒ぎとなるはずなのですが、これも文化の違いというべきなのでしょうか。時代から消えていく者といった哀愁がそこに漂っていました。

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ヨーロッパの寝台特急の食堂車の写真
ヨーロッパの寝台特急の二段寝台車の写真

ヨーロッパの寝台特急の食堂車と二段寝台車

リスボンーマドリードを結ぶ列車です。

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~ 寝台列車の相次ぐ廃止 ~

日本でもちょうど同じ年、2009年3月に行われたダイヤ改正で東京や大阪から九州へ向かう寝台列車が全て廃止となりました。日本の寝台列車も色々とありますが、やはり一番知られているのはその青い車両からブルートレインの愛称で親しまれている寝台特急でしょうか。ブルートレインの編成には寝台車両だけではなく、食堂車やロビーカー、個室寝台なども連結されていて、かつては「走るホテル」とまで言われていました。

最盛期には東京と九州を結ぶ便だけでも「あさかげ」「さくら」「みずほ」「ふじ」「はやぶさ」などが運行されていて、夕方の東京駅に行くと、次々と旅立っていく寝台列車がかっこよく見えたものです。とりわけ年少期を地方で暮らした私にとって、長距離列車であるブルートレインへの憧れは並々ならぬものがあり、これに乗ったら東京に行けるのか。これに乗って旅をしたいなとずっと憧れていました。そういった子供の憧れるような列車、そう形や格好とかではなく、その存在に夢や憧れを抱ける列車が廃止となってしまったのはとても残念でなりません。

現在運行されている寝台列車は北海道方面に向かう北斗星などといったリゾート志向の強い列車が数本だけのようです。花形列車であるブルートレインがこんな状態なので、その他の夜行各駅停車や急行列車などといったものは当然そのほとんど全てが廃止されてしまいました。かつてはその存在が当たり前と感じていた夜行列車だったのに、今ではどの路線を走っているのか捜さなければならないほどです。これが現在の日本の鉄道事情なのです。

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ブルートレイン個室寝台の写真
ブルートレイン個室寝台

ちゃんと案内係がいます。

個室寝台の内部の写真
個室寝台の内部

一度は乗ってみたかったですね。

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廃止となった理由は、鉄道会社側として客車の老朽化や深夜に列車を走らせる事のコスト高、鉄道の民営化によって地域ごとに会社が分離してしまった為に長距離列車運行の連携が取りにくい事などがあげられるようですが、それ以前に利用客の減少(ニーズの低下)が一番大きな要因となるはずです。利用客が少ないという事は人気がないという事になるのですが、最盛期には大人気の花形だった事を考えれば、単純に時代の流れに取り残されたと考えるのがいいような気がします。

その原因は高速鉄道網の発達、飛行機の低価格化、長距離バスのサービスの向上と超低価格化、路線網の拡大、そして高速道路のサービスエリアの発達などがすぐに上げられるかと思います。でもよく考えるとそれは外的要因でしかなく、結局のところ単純に移動手段としての価値で考えると、寝台列車は値段が高い割には時間がかかるし、寝台自体も寝台料金を払っている割には快適とは言えないし、その他サービスもいまいちだしと現代人に魅力がなくなってしまったと言うべきでしょう。

なんていうか・・・、現在の交通事情の中で考えると、やはり寝台列車というのは中途半端な位置づけになってしまう感じです。単に移動と割り切って考えるなら夜行バスの方が安くて早い場合が多いし、便数も多くあり、到着時間も選べたりします。もっと急いでいる場合は飛行機、或いは新幹線+一般交通で移動すればその日のうちに目的地に着けてしまう場合がほとんどです。そう考えると時間に余裕がなかったり、せっかちな性分の現代人にとっては使いにくい乗り物となってしまった感じです。

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インドの寝台列車の写真
ベトナムのゴザが敷かれた寝台の写真

インドの寝台列車(上)
ベトナムのゴザが敷かれた寝台(右)

後進国の寝台はチャレンジングです。

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~ 現代人の旅の仕方の変化 ~

そしてもう一つ寝台列車が廃れてしまった理由を上げると、それは現代人の旅に対する考え方が変わった事です。寝台列車がなくなると聞いて、まず私が思った事は「旅の移動手段が一つ減ってしまう・・・」という事でした。私自身、近年ではバイクでの移動ばかりとなってしまいましたが、それ以前は青春18切符を利用して各駅停車で日本を回ったり、毎年祖母の家がある広島まで各駅停車で向かい、帰りはお金を持っている祖母に切符を買ってもらって寝台列車で東京に戻ったりしていました。

東京から広島までは新幹線なら5時間かかりませんが、それはただ座っているだけの移動でしかありません。通過していく土地の雰囲気も人々の様子も肌で感じる事ができません。でも各駅停車なら乗り降りしていく人や停車する駅の様子から色々と土地の様子が分かるものです。次はどこの駅で乗り換えてとか、どこの駅で少し途中下車をしてなどといった事を考えながら乗っていると退屈しないものです。このように単なる移動に旅情や楽しさを求めて各駅停車を利用したり、寝台列車を利用する事で祖母の家に行くという行為も立派な旅になってしまうから不思議なものです。

このような例を挙げたのは移動と旅が密接な関係にあるという事を簡単に伝えたかったためです。旅の本質は辞書に書かれたままで書くと「旅とは純粋な人の空間的移動」ということになります。この意味は、旅というものは人が義務や強制、経済活動などといった日常のしがらみから抜け出して、純粋に自分の欲望に従って移動する行為といった感じで、簡単に言うなら日常からの脱出(脱日常)が旅となります。

だから旅とは日常域から脱出する移動や行動がメインであって、あくまでも観光(レジャー)は二次的なものでしかありません。いや、なかったはずなのですが、文明の利器が発達し、時間的制約の多い現代においては旅の移動は重要ではなくなり、移動した後の観光がもっぱら旅の重要な要素となってしまいました。

苦労して訪れたからこそ観光地の良さや感動が・・・なんて言うのも過去の話。今ではドキュメンタリー番組や写真の多く載ったガイドブックや旅行誌、インターネットのサイトなどで的確な情報収集ができ、行く前から何があるのか、訪れてどこへ行けばいいのか分かっている場合も多かったりします。訪れる事ができるのは当たり前。いかに効率よく訪れる事が全て・・・。長い時間を掛けた移動は退屈なだけ。

いつの間にか旅から移動を楽しむ事が消え、単に「旅=観光」といった図式が出来上がり、旅とレジャーの垣根がほとんどなくなってしまった感じです。このような考え方では当然移動時間がかかる乗り物は敬遠されますし、また移動に無駄な体力を使う事や旅情を求める事もなくなり、寝台列車に魅力を見いだす事ができないはずです。

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タイの寝台列車の写真
タイの寝台列車の写真

タイの寝台列車(上)
同じくA寝台(右)

安いB寝台しか利用したことはありません・・・。

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~ 旅の本当に楽しい部分は移動 ~

こう書くとおこがましいかもしれませんが、現在人は旅が下手になってしまったと感じます。ちょうど決められた定価で買い物をするのになれ、買い物下手というか、交渉下手になってしまったのと同じ事かもしれません。これもガイドブックを手本にして旅を行っているせいというか、ツアー旅行の影響でいいとこ取りの旅となってしまっているというか、誰も彼もが同じように移動して、同じ場所を訪れるといった画一した旅が当たり前になってしまった感じがしてなりません。

言うなら、ゲームがしたくてゲームを買ってきて他人によって作られた価値観に則ってゲームを行うのと、旅がしたくてガイドブックを買ってきたり、ツアーに参加するのが同じ感覚となってしまったかもしれません。旅の楽しさは旅する事であって目的地に着く事ではありません。それに旅の楽しさは自分で見付けるものです。だから極端な話、最初に決めた目的地に着けなくても楽しい旅ができればそれはそれでいい旅と言えるのです。

結局のところ旅というものを突き詰めていくと移動する過程で旅を一番楽しんでいるものなのです。だから本当の旅人は移動にもこだわりを持っているものです。それがバイクや車であったり、鉄道であったり、自力にこだわる人なら自転車や徒歩という人までいます。今まで多くの旅人と出会ってきましたが、やはり輝いて見える旅人というのは移動にこだわっている旅人がほとんどでした。そう、「今自分は旅しています」といった自信に満ちた様子が顔や態度に素直に表れるからです。

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出雲号の写真

今では電車寝台で運行されている出雲号

松風とともに昔は山陰を象徴する列車でした。

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~ 寝台列車廃止の日 ~

私自身、多くの寝台列車が廃止となり、日本の交通手段から寝台列車が消えていく現状にとてもがっかりしています。寝台列車の魅力というのは、旅において重要な「移動」と「宿泊」を兼ね備えているところにあるのではないでしょうか。だから寝台列車と聞くと旅情とか、わくわく感みたいなものを感じるのではないでしょうか。

色々と思うところがあって寝台列車が廃止の日に無理に時間を都合して東京駅を訪れてみると、ホームは凄まじい人であふれかえっていました。まさかこんなに混んでいるとは思わなかったのでビックリ。列車に近づく事すらできない状態にちょっと唖然としてしまいました。集まった人達がどういう思いで見送っているのかは人それぞれでしょうが、それぞれに消えていくブルートレインに対して何らかの感情を持ち合わせている感じでした。

思えばブルートレインというのは新幹線と共に高度経済成長期の象徴でもあり、多くの人の憧れの存在でした。消えていく事にどうでもいいと感じる人、時代の流れだからしょうがないかなと感じる人、鉄道が好きな人で残念でしょうがなく感じる人、今まで利用していて不便に感じる人、夜中の騒音や朝のダイヤの遅れが少なくなるから歓迎という人もいるかと思います。少なからず「走るホテル」として一時代築いた存在なので、それぞれが何かしらの感情を消えていった寝台列車に持っているのではないかと思います。

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東京駅での写真

最終の出発日のごったがえすホーム

驚くほど人が来ていました。

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~ 失いたくない移動での旅情 ~

最後に旅の本質を考えた時、旅において一番大事なのは普段の生活圏から移動するという事になるのですが、あっという間に付くような移動は確かに便利です。でも早過ぎる移動には土地の臭いを感じるといった旅情がありません。不確定要素が魅力な旅に効率や時間の正確さを求めても、それは日常の延長の行為でしかありません。本当の旅には利便性や効率は重要ではありません。不便だからこそそこに旅情が生まれ、他人との交流が生まれるものです。退屈だからこそ隣に座っている人と会話が生またりするものです。そういう意味では寝台列車の移動はちょうど良かったのかもしれません。

でも寝台列車だけが旅情あふれる乗り物ではありません。ローカル線の旅もいいですし、青春18切符を利用して次はどこで乗り継いで・・・などと考えながら移動する旅も面白いかと思います。また離島へ向かう船旅などは更に魅力的なものに感じます。捜せばまだまだ寝台列車に負けないような魅力的な乗り物や移動手段はあります。せっかくなので旅で日常で味わう事のできない不便さを体験してみませんか。観光だけではなく、移動をも楽しむ旅をしてみませんか。消えゆく寝台列車は、本当の意味での旅が消えつつある事の警鐘であるような気がして、寝台列車をテーマに書いてみた次第です。

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<旅や旅人にまつわるエッセイ §14、消えゆく寝台列車から感じる現代の旅 2010年10月初稿 - 2015年12月改訂>