風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 旅や旅人にまつわるエッセイ ~

§12、旅の相棒、ガイドブックについて考える

~ ガイドブック論 ~

ほとんどの旅行者が旅のお供に持ち歩いているもの。それは鞄やカメラなど色々あったりしますが、「旅ならでは」と考えるとガイドブックを挙げる事ができます。最近では日本でも旅のスタイルに応じた個人旅行者向けのガイドブックの種類が色々と増えてきました。選択肢が増えたのはいい事ですが、旅の初心者にはどのガイドブックを持って行ったらいいのだろうといった悩みの種になっていたりもします。

それは自分の旅のスタイルや旅の勝手が分からないので、どれが自分に合っているのかを判断できないからです。そして、どれも一緒だよね。これが写真が多いし、小さく持ち運びに良さそうだからこれにしよう。などと安易な理由で選んでしまっているの実際のところのようです。でもそんないい加減でいいのでしょうか。ガイドブックというのは場合によっては旅を大きく左右する重要なアイテムなのです。

一方、旅の上級者の中には新聞と同じで○○派といった感じで好みのガイドブックを必ず使っている人もいれば、訪れる国や滞在日数などの状況に応じて使い分けている人もいます。そして旅行者が集まる宿では、よくガイドブックやその書かれた内容について話題にあがります。ここ最近はどうか知りませんが、私が旅行していた2000年前後に出会った個人旅行者の多くは昔からの定番である「地球の歩き方」というガイドブックを持って旅行していました。

よく会話の中で登場していたのもその「地球の歩き方」で、地図がめちゃくちゃだとか、情報が古すぎて使えないだとか、写真がよくないだとか、これは地球の迷い方だといった大概不平不満を爆発させるような話題が多かったのですが、本当に使えないガイドブックだったのでしょうか。ここでは地球の歩き方を例に挙げてこのようなガイドブック批判やガイドブックのあり方、ガイドブックの使い方といった事を考察してみました。

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地球の歩き方

地球の歩き方の新旧

92-93年版の香港と03-04年版のメキシコ
10年も経てばデザインも・・・
変わったといえば変ったし、
変っていないといえば変っていないような

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<地球の歩き方を持ち歩く旅行者に関して>

これは地球の歩き方だけではなく他のガイドブックを携えている旅行者にも同じような事が当てはまるとは思いますが、私が旅していた頃に「地球の歩き方」を持って旅行している人を観察してみると、大雑把に分けて三通りのタイプに分類できるように感じました。

まず一つ目の分類としては、「地球の歩き方」に書かれていることを聖書の様に信じ、書いてある事を基準にして行動する崇拝派の人達です。これは旅の初心者に多いと思います。私も最初の一人旅では「地球の歩き方」を聖書の様に持って歩いていた覚えがあります。一人旅に慣れてないと、何を信じて旅をすればよいのか分かりません。周りは英語、現地語が氾濫していて日本語はありません。そうなると信じれるものは日本語で書かれているガイドブックだけ・・・といった感じになってしまいます。

ですから自然と「地球の歩き方」が聖書のような位置づけになってしまいます。しかしこのような旅では、ガイドブックに書いてある所だけが行動範囲になってしまい、書かれていない町や遺跡へは足が重くなってしまう傾向があります。もちろん旅の応用が効かないというのが欠点となるのですが、初心者にとってはいきなり応用もへったくれもなく、とりあえずガイドブックに書かれた事を実行するのが精一杯といった感じかもしれません。旅に慣れてからそういった人達を見ると、ガイドブックにしがみついて旅行しているといった表現がぴったりに思えます。

次に、「地球の迷い方」と言って馬鹿にしている人達です。「地球の歩き方」に書いてある通りに行動すると迷ってしまうというのが、彼らの持論です。数多くの旅を経験した人に多いのですが、厳密に言うと「本格派タイプと」「八つ当たりタイプ」の2種類のタイプに分けられます。

「本格派タイプ」というのは旅慣れて、秘境とか旅行者のあまり訪れないルートを好む旅行者のことです。「地球の歩き方」に限らず日本のガイドブックは、有名な場所の記載は必要以上にあり、あまり旅行者が訪れない場所については記載が少なく、陸路の国境の越え方などもいい加減なものが多いのが実際です。

日本人の場合、欧米人のように長い休みが取れないし、仮に長く休めても同じ場所に滞在することはあっても長い時間旅をするといった事はあまりしません。といったわけで、少ない時間で有名な所だけを効率よく旅行する事が一般的で、旅もガイドブックもいわゆる「いいどこどり」といった日本の文化を象徴している感じです。

こういう事情によってより深く旅行をしようとする旅人にとっては、さも正しいように書かれたいい加減な国境の越え方に迷わされたり、秘境などを訪れるときにまったく役に立たなかったりと、「地球の歩き方」の誤った情報によって迷ってしまうことがあるというわけです。私自身も国境を越えた後に危うくバスに乗り遅れかけるといったひやひやした経験があるのですが、さすがに時差などの基本情報が堂々と間違っているのはガイドブックとしてどうかと思ってしまいます。

もう一方の「八つ当たりタイプ」ですが、こちらは旅の初心者から準中級者、そして世間でいう沈没タイプの旅行者に多いようです。典型的なの例でいうと、地図が間違えていて目的地にたどり着けなかったとか、情報が古すぎて迷ったとか、記載されているバスの便がなくて途方にくれたといったような事で、「地球の歩き方」のせいで迷った、「地球の迷い方」だと騒いでいます。

実際地球の歩き方の地図は大雑把でわかりにくかったり、情報が古かったり、間違っているといった事も多いのですが、情報というのは生ものなので、常に新しい情報を手に入れる心がけをしていなければなりません。そういった努力をしないで、迷ったのを「ガイドブック」のせいにするというのは、八つ当たり以外何事でもありません。きっと他のガイドブックでも迷う事でしょう。旅の上級者なら、道を一言地元の人に聞いたり、前日にバスターミナルに発車時刻などを確認しに行く努力をすると思います。

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本棚の写真

我が家にたまっている歩き方

旅に夢中だった頃は
本棚に並んでいるのがうれしかったものです。
訪れた国だけではなく、古本屋で100円とかで
売っていると思わず買ってしまうことも。

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最後は「地球の歩き方」というか、ガイドブック自体をそんなに重要視しない「どっちづかず派」です。「地球の歩き方」を昔から使っていて愛着があるので持ち歩いている人や、他のガイドブックよりもこの部分がましだと理解して使っている人などと、こういった人は「地球の歩き方」を使っているものの、自分の旅のスタイルが既に確立されていて旅の中でのガイドブックの位置づけは高くありません。だから「地球の歩き方」に特別な感情は持ち合わせていなく、これといった批判もなく、使っている感想もガイドブックとはこんなものでしょというような割り切った感じになります。

私自身も旅を重ねていくにつれて、いつしか私の中でガイドブックの重要性が低くなっていました。町歩きにしても、頻繁にガイドブックを開いて場所を確認するような事をせず、感覚で歩くようになりました。変に迷子になってしまうのですが、逆にそれが楽しいと思えてしまいます。困ったら地元の人にでも訪ねれば、お茶の一杯でも誘われて・・・と色んな出会いにつながっていきそうですし、地元の言葉を話す努力にもつながります。

もちろん迷子になる事に問題ないような時間的にも精神的にも余裕がある旅人にしか勧められませんが・・・。そもそも一番いい方法は町に着いたらまず観光案内所に向かって観光パンフレットや地図を手に入れたり、お勧めの場所を聞いたりするのが一番いい方法だと思います。そうすればガイドブックに載っていない旬な情報やイベント情報などが手に入り、人とは違った旅をする事ができる事でしょう。

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旅行人

旅行人のバングラデシュ版

旅行人は結構マニアックなガイドブックですが、
バックパッカーのみをターゲットにしているので、
愛用している人も多いです。
ただ観光情報に関しては今一歩です。

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<地球の歩き方の考察など>

日本人の個人旅行者にとって「地球の歩き方」は古くからのメジャーなガイドブックとして重要な位置にありますが、現地で日本人の旅行者を受け入れる側にも重要な本になっていたりします。みんな持っていくから持っていこうというのがちょっとした落とし穴なのかもしれません。

なぜなら「地球の歩き方」を持っていると一発で日本人だと分かり、駅前や宿街で開いているとカモにしやすい日本人が来たとばかりに客引きが寄って来ます。その時に「うちの宿は地球の歩き方に載っている」などと、うまい話を持ち掛ければホイホイとついてくる日本人は多いはずです。こういった事も「地球の迷い方」と言われる原因の一つです。

一概に悪い客引きばかりではありませんが、悪い奴が多いのも事実です。中には、地球の歩き方に載せてもらおうと良心的にやっているところもありましたし、地球の歩き方にすばらしく親切な宿だと紹介されていながら、ぼったくってくる宿もありました。読者の投稿形式を取っているので情報の新旧や行った人の主観が入っていて実際に書いてある通りだと限りません。旅に慣れてくると危険な臭いを嗅ぎ分ける事も出来ますが、ガイドブックにしがみついて旅をしているような旅の初心者はどうしても引っかかり易くなってしまいます。

地球の歩き方は、我々日本人のガイドブックであると同時に、現地の受け入れ側の日本人用客引きマニュアルであるという事も理解できれば、少しはトラブルに遭う事も少なくなるはずです。だからちょっと賢い人はガイドブックにカバーを掛けるなどの工夫をしていたりします。但し、昔は本に使用している紙が青かったので、カバーを掛けようがすぐばれてしまっていましたが・・・、懐かしいですね。

実際に「地球の歩き方」はどういうガイドブックでしょう。昔の「地球の歩き方」はバックパッカーをターゲットにしたガイドブックだったのですが、最近ではツアー客や普通の個人旅行者をもターゲットにしたマルチなガイドブックに変わってしまいました。多く載っていた安宿情報や難しい国境の越え方などの情報が減り、高級ホテルや現地発の高級ツアー、エステやショッピングといった貧乏旅行者にはどうでもいい情報がでかでかと写真入りで紹介されています。

これも世の中の流れというやつで、最近では若者がバックパックを担ぐような旅に出なくなったとか・・・。それに対して、定年退職者が余暇を利用して海外へといったバックパッカー以外の個人旅行者は増えています。そういった人達も取り込んで読者層を広げて利益を上げようとするのはガイドブックとしては当然の事かと思います。

またガイドブックに書かれている通りに行動して命を落としたり、危険な目に遭ったといった苦情も多く、安全面の配慮を意図した結果とも噂で聞きました。まあ実際のところ貧乏旅行者というか、お金をあまり落とさない旅行者の相手をしていても面倒ばかり増えて収益につながらないはずです。これは旅行会社でも同じ事がいえますが・・・。

といった感じで、現在の「地球の歩き方」はバックパッカーをターゲットにしつつも、基本的には個人旅行者向けのガイドブックになってしまいました。バックパッカーにとっては格安情報などが減り、より中途半端なガイドブック。或いは他の個人旅行者向けのガイドブックと大差ないガイドブックになってしまったのは事実です。

その一方、バックパッカーの同人誌的な位置づけだった旅行人が発行するガイドブックを使う人などが増えてきました。バックパックを背負って旅したことがある人が編集している本なので、旅人目線で書かれているのが人気となっています。ただ観光に関してはちょっと・・・といった部分があります。このように自分の旅のスタイルに合わせて必要な情報が載っているガイドブックを選ぶという意味では、当然の流れかもしれません。

また近年では世界中のバックパッカーに一番使われているロンリープラネットの日本語版が発行されました。さすがその情報量たるや世界一かもしれませんが、中身を開いてみると欧米人好みの店ばかりが載っていて、和食の店や日本人御用達の店などが載っていないというのが難点といった感じかもしれません。

昔、英語版を持って旅行した事がありますが、日本人の旅のルートや使用する店や宿から外れまくって、えらく孤独な思いをした事があります。ただ、こだわった旅を行う人や辺境の地を訪れようとする旅の上級者にとっては日本のガイドブックの比ではない情報量は利用価値が高いはずです。

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ロンリープラネット

ロンリープラネット
英語版のイスタンブール~カイロ
日本語版のインド

本の大きさが一律ではないのが
国際的なガイドブックらしいのかもしれません

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<ガイドブックというもの考察>

ホームページ製作の為に色々と観光地や遺跡の情報が欲しかったので図書館に行って幾つかのガイドブックを眺めてみました。そして思ったのが、「地球の歩き方」は他の日本のガイドブックより小さい都市の市街地や安宿街の地図が載っている分、まだバックパッカー用のガイドブックとしては抜きん出ていると思えました。

バックパッカーという貧乏旅行者にとって一番欲しい情報は、安くて良い宿が何処にあるかという事です。ツアーに参加したり、日本でホテルを予約していくような個人旅行者には必要ないこういった地図も、街に着くごとに宿を探す個人旅行者にはありがたいものです。

最近では世界でもっとも使われているロンリープラネットの日本語版が発売されました。英語版と同じで写真は少ないものの、情報量は日本のガイドブックの比ではありません。より深く旅行しようと思っているのなら、こちらのほうがお勧めです。

しかし遺跡などの解説は詳しく書かれているのですが、写真がほとんどありません。 欧米人と一緒に旅行していて、ちょっとガイドブックを見せて欲しいと言われ、「地球の歩き方」を見せると、大概「なんてすばらしいガイドブックだ。写真がたくさん載っていてわかりやすい」と言われます。何が書いてあるかは分からないけど、写真で行きたい場所のイメージがわいてくるのが素晴らしいようです。

中には困ったら日本人を捜してガイドブックを見せてもらうんだといった欧米人もいたりするほどです。遺跡が好きな人なら活字でも行く気は起こるのですが、そうでない人にとっては遺跡の写真は重要な判断要素です。そういったことを考えると、写真入りのガイドブックもいいものです。

実際のところ、その人の趣向もありますが、短期で旅行する人にとっては写真入りのほうが行く場所の選別しやすいのでいいのではないでしょうか。個人的には・・・、本当に個人的な話ですが、ロンリープラネットの写真は数少ないけど、あれこれと想像を掻き立てられて好きです。歩き方の10枚の写真よりもロンリープラネットの1枚の写真の方が魅力的に感じるほどいい写真が揃っているように感じます。

それに写真でイメージを湧かせて訪れるよりも、文章や歴史的背景からイメージを膨らませて訪れる方が、実際に訪れた時の感動が大きくなるというものです。って、遺跡マニアでもないとそうは感じないでしょうね・・・。

それぞれのガイドブックの書かれている内容にも注目してみると、歴史や遺跡の解説に関しては結構いい加減なようで、読み比べてみるとどれが本当の事を書いているのか分からないものもいくつかありました。それに同じ都市について書かれているページを開いても、「地球の歩き方」に書いてある名所が他には書かれていなかったり、逆に他には書いてある事が「地球の歩き方」に書かれていなかったりといった事も多いです。もちろん他のガイドブック同士で比べても同じ事です。全てを網羅させるには何冊か持っていかないと駄目なようです。

しかしそれはさすがに重くてたまりません。できれば一冊で済ませたいものです。選ぶ際には会社名などで決めず、一通り眺めてみて自分の行く都市や観光地が詳しく載っているガイドブックを選ぶのがいいと思います。そして必要に応じて他のガイドブックの必要なページ、レストラン情報やショッピングセンターの地図などを図書館でコピーして持参するなどといった事をするとより完璧になるかもしれません。

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地図

究極のガイドブック

地図だけを携えてという旅も乙なものです。
私は大きな地図に自分が旅をした軌跡を
書き込むのが長期旅行中の楽しみでした。

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~ ガイドブックについてのまとめ ~

最後にガイドブックについて簡単にまとめさせてもらうと、結局のところガイドブックがどうのこうのと言ったところで、実際に旅をするのは本ではなく人間なのです。あくまでもガイドブックは旅のパートナーでしか過ぎなく、パートナーのいう事をハイハイと聞いてばかりいても自分らしい楽しい旅は出来ませんし、ガイドブックに書いてある場所をガイドブック通りに訪れることが楽しい思い出になるとは限りません。

ましてガイドブックに書いてある通りに行動してうまくいかなかったと、失敗をガイドブックのせいにして騒いでいる人を見かけると、この人は旅をしたいのか、ガイドブックの真似をしたいのだろうかと考えてしまいます。

旅というものは誰しもが同じような条件で進行していくテレビゲームではありません。十人十色、人それぞれ好みや行動パターンは違うし、季節や気候を含めて周囲の状況もその時々によって異なります。だからガイドブックはそういったゲームの攻略本と同じ位置づけにはなれないのです。事件は現場で起きているといった台詞が流行った事がありますが、旅も正にその時々で色々なことが起き、自分なりに状況を分析して最善の方法を判断しなければなりません。

旅とはガイドブックに載っていることを確かめに行くことではありません。自分自身の独創的な好奇心を満たす機会なのです。旅をするのは自分、計画を立てて行動するのも自分、さまざまな選択肢を判断したり、決断するのも自分。その中から楽しさを見いだすのも自分。そしてそれを補助してくれるのがガイドブックなのです。そこのところをしっかりと認識してうまくガイドブックと付き合うのが旅を楽しいものにする秘訣ではないでしょうか。

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<旅や旅人にまつわるエッセイ §12、旅の相棒、ガイドブックについて考える 1999年11月初稿 - 2015年12月改訂>