風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 旅や旅人にまつわるエッセイ ~

§6、旅人の通信簿

~ 旅人の評価って? ~

長旅から帰国した後、ぜひ土産話が聞きたいという友人のおごりで飲みに出かけました。そして海外でこんな事があったぞ。こんな文化もあったぞ。どこの国は美人が多かったぜ。途中で睡眠薬強盗に遭ったときには参ったよ・・・などと自慢気に話をしていきました。

一通り話し終わると、友人が「なんかおまえは普通の人がやらないような凄いことをやったようだけど、こういう旅の評価というか、旅人の評価は何処で判断するのだろう?」と聞いてきました。あまり旅をしない友人にしてみれば旅や旅人の良し悪しをどこで判断するのだろうと疑問に感じたようです。

とはいえ、いきなりそう問われても返答に困ってしまいます。そもそもそんな考え方を今までした事がないし、旅人の評価表や通信簿なんて聞いた事がありません。旅というものは世間では金持ちの道楽であったり、娯楽、レジャーの一部といった認識だろうから評価もしようがないのかな。それともやはり何かしら評価すべき部分もあるのかな。今まで気にもした事がなかったのでこういう発想は新鮮であり、旅人としてもちょっと興味がわいてきました。これはなんか面白いかも。普段旅をしない友人と一緒にあれこれと考えてみました。

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旅人の写真

旅人スケッチ11

佐藤君と河村君と

(04'/2月 ペルー リマ ペンション沖縄にて)

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~ 目に見える評価と見ない評価 ~

何事でも他人に評価されようと思えば、それなりに目に見える結果を残さなければなりません。旅に関して世間一般に認められる結果を残すにはどうすればいいのでしょう。まず真っ先に頭に浮かんだのが、行ける国に全て行く事です。昔、全国の全ての路線を制覇するチャレンジ2万キロといった鉄道ファンのキャンペーンをやっていたのをふと思い出しました。

全国に鉄道マニアな人は多いはずです。でもやってのけた人は少なかったのではないでしょうか。鉄道マニアな人から見れば、そんなのはばかばかしいよと言うかもしれませんが、第三者から見れば鉄道に関してはあいつは凄いと5段階評価の5をあげたくなるものです。旅の世界でも同じ事で、パスポートに行ける国、少なくとも100ヶ国以上のスタンプが押してあれば、5段階評価の5の評価をあげられるのではないでしょうか。

行った国の数だけ判断するのは、偏差値で人を判断するようなものです。たまたまトランジットで寄った国や1日だけしかいなかった国までカウントされては不公平かもしれません。中には、ニューヨークへ100回も行っているけど、1ヶ国の評価しかされないのという異議申立てもありそうです。このようなある特定の国や地域、街の事なら誰にも負けないと言えるほど極めた人の評価はどうなるのでしょう。

こういった旅行スタイルは世間で例えるなら職人技というべきでしょうか。旅をした事のない友人の評価はなかなか高かったのですが、私としてはちょっと微妙なところ。最初は友人のように高評価、4ぐらいを付けてもいいかなと思ったのですが、よくよく考えると暮らしてしまえば旅人ではなくなるし、旅人の基本はやはり色々な場所を歩き回る事です。

このへんの旅の哲学が旅をした事のない友人にはわかり辛い部分のようですが、海外に出る事が旅というわけではなく、旅をしてこそ旅でなのであって、旅は留学や海外赴任とは違う種類のもの。だからこういったケースは旅として考えるなら少し評価を下げて5段階評価で3とか・・・、いや更に下げて2ぐらいでしょうか。やっぱり新しいものを見たいとか、冒険心というのが旅心であり、行きつけの場所をつくるような安定思考は日常の延長でしかなく、本来旅の対を成すものと考えるべきですね。

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旅人の写真

旅人スケッチ12

大学の友人の落合氏と

(97’/2月 香港にて)

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~ 旅の質と内容 ~

当然の事ながら行った事よりもやったことで判断してくれという声も聞こえてきそうです。例えばユーラシア大陸を歩いて横断したとか、自転車やバイクで世界一周をしたとか、目に見えて困難に立ち向かった旅人はどういう評価になるのでしょう。私としては何も考えるまでもなく、5段階評価の5だと思っていたのですが、今度は友人から「それって旅なの?」という物言いが・・・。ツアー旅行しか知らない人から見ればそれは旅を遙かに超越して宇宙旅行レベルとまではいかないまでもとんでもない冒険といった領域だったようです。

旅じゃないのかな。でも旅といえば旅とも言えなくもないし、冒険と言われればそうかもしれない・・・。あれこれと考えてみると、江戸時代は東海道を歩いて旅していたことだし、移動手段が自分の足というだけで、これも同じ旅というものに違いありません。

そう思ったものの、再び物言いが・・・。「今は江戸時代ではないし、歩いて旅するなんて普通じゃないよ」との事。要は歩いて世界を旅することは凄いと思うけど、その意味がわからないとの事。普段あまり旅をしない友人にとっては、ユーラシア大陸を歩いて横断するといった行為はまさに冒険であり、苦行を伴った修行のようでもあり、旅とはまるでかけ離れた事にしか思えなかったようです。

そう言われてみると、旅とは目的や意義が微妙に違っている気もします。でも、あれこれと旅について考えた結果、やはり旅には変わりないと確信しました。なぜなら本来旅とは到達する事よりも到達する過程を楽しむものだからです。だからこのような移動手段にこだわった旅も立派な旅であり、そのこだわった努力、常人離れした精神力に対して5の評価をつける事にしました。

その他、私から見れば、世界の色々な国にペンフレンドを持っている旅人や、旅人の友人を沢山持っている人は凄いと思います。旅を終えた後に形として成果が残っているからです。こういった後に財産となるものを残せる旅をした人の評価も高いのではないでしょうか。その点は友人も一緒で、海外に人脈が出来れば・・・とあくまでも現実的な意見。

その他では、旅人はある意味エンターテイメント的要素を持っていると思うので、旅に出ていない人に各国を旅をして周った体験談を面白く話せる人も凄いと思います。こういった事は私自身が苦手としている部分なので、凄く見えるだけかもしれません。その他、世界中の遺跡を回っている人や、料理や風習といった何かテーマを決めて実地調査をしながら旅している人、釣りや写真などといった趣味をテーマに個性的な旅を行った人などなど、上げれば切がないのですが、その内容によってそれぞれ高い評価が与えられるのではないでしょうか。

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旅人の写真

旅人スケッチ13

石井君と

(97'/2月 インド ダージリンにて)

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~ 旅の評価の難しさ ~

色々と旅の評価すべき点について考えてきましたが、やはり旅というのは漠然としていて、形がないように思えます。それ故に評価をどこですればいいのか難しく、表面的に見える部分で、あいつは何ヶ国行ったから凄いとか、ユーラシア大陸を横断したとか、アフリカをぐるっと回ったといった壮大なスケールの旅をしたから凄いとか、あいつはどこそこにしか行っていないから大した事ないと世間では思われがちなようです。

そもそも旅の道中の事は本人しか知らないので、営業の外回りみたいに、数だけ伸ばせば評価が上がっていきそうです。そう考えていくと、他人の旅の評価をつける自体間違っているように思えてきました。それぞれ設定したハードルの高さが違うわけですから。

という事で、私自身の旅について考えてみる事にしました。自分なりに自分の旅を振り返ってみると、それなりによくやっていると思っています。自画自賛してもしょうがないのですが、自分なりの信念を持って旅をしているつもりですし、何より旅に対して真面目に取り組んでいるつもりだからです。だから評価は5・・・いや、ちょっと控えめに4にしておこうかな。いや無難な線で3ぐらいにしておくか・・・といったようないい加減な通信簿ではやっぱりまずいですね。

でもやっぱり自分の評価というのは難しいもので、いくら素晴らしい信念や理論を持っていても、それを正しく実践できていなければ何もなりませんし、いくら真面目に取り組んでいても見当はずれの事や違法な事を行っていてはどうしようもありません。

結局のところ単なる自己満足の世界から脱出するには、やはりホームページなどを読んでくれている人や友人などといった第三者の評価が重要という事になります。さて、このホームページをご覧になった方はどういった感想をお持ちになりましたか。少しでも旅人としてうらやましいとか、憧れのような感情が生まれたのなら、それは私の旅に対するプラスの評価となるのですが、いかがでしょう。

例えどんなつまらない旅にしても 、後にホームページに載せれるような旅をしてきた事だけは、私が他人に対して胸を張れる部分だと思っています。それは自分なりに目標やこだわりを持って旅をし、自分なりに何か掴んみ、そして自信を付けて帰ってきた事の証ですから。

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旅人の写真

旅人スケッチ14

高田さんと宿のオーナーと

(01'/3月 シリア ラタキアにて)

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~ 自分らしい旅をするのが一番の経験と財産 ~

色々と旅の評価を考えてきましたが、つまるところは後で振り返った時に、例えその旅が短くても、例え他の人にありきたりの旅をしてきたねと言われた旅でも、その人にとって何か得るものがあった旅だったなら、その旅は成功であり、大きな財産となっているはずです。

例えば学生時代の部活の場合、大会でいい結果を出せなかった人はその部活をやっていた事が失敗と考えるでしょうか。大会で結果という目に見える成果はなかったとしても、そこで学んだ物事に取り組む姿勢とか、手に入れた友人関係といった事はとても貴重な経験や財産となっているはずです。

同じように旅の価値というのもその人が旅で得てきたものであり、簡単に他人に見えるものではありません。だからこそ他人が評価し難いのです。だからといって目に見える結果を求めて冒険まがいな事をして他人の評価を無理にあげる必要はありません。まずは自分の旅の価値をあげるように努力すべきだと思います。

その結果、目に見える形でその人の人格が立派になったり、博識になったりすれば、他人の評価も後からついてくるものだと思います。旅は自己満足の世界。その殻を簡単に破りたければ他人の評価の上がる事をするのもいいでしょう。誰も行った事のない場所や誰も行きたがらない紛争地域を訪れるなどすればすぐに世間は旅の猛者と認めてくれるかもしれません。

しかし、時間はかかっても、まずは自分らしい旅を完成させながら魅力ある旅を形成していくほうが、その人の人格が磨かれていき、旅以外のことでも魅力ある人間を形成していくような気がします。そう、旅の本当の魅力は監督、脚本、演出、主演を自分でこなしていく事。すなわち旅は小さな舞台なのです。その舞台で自分の身丈にあったシナリオを演じながらレベルアップしていけば、そのうちブロードウェイの舞台で演じる日がやってくるかもしれません。

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<旅や旅人にまつわるエッセイ §6、旅人の通信簿 2002年4月初稿 - 2015年12月改訂>