風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 旅や旅人にまつわるエッセイ ~

§2、旅や留学の利点と弊害

~ 若いうちに旅に出よう ~

「若いうちに旅に出ろ!」などと書かれた本を目にする事があります。実際に旅で出会った旅人(=バックパッカーや長期旅行者)のほとんどが若者でした。旅は日常の生活と相反するものなので、日々目新しいことの連続で精神力を使います。

それにバックパックを担いで旅をするような貧乏旅行の場合は快適さをお金で買う旅ではなく、体力で快適さを補うものなので、衛生面や健康面を含めて体力勝負な部分が多くなります。「一人旅は若い頃にしておかないと年を取ると出来ないぞ。」とよく言われるのも、実際に旅をしてみて分かる気がしましたし、私自身の経験からいっても確かにその通りだと思います。

そもそも家庭を持つと旅どころではなくなります。1ヵ月も2ヵ月も仕事を休んで旅に出ていたら、それこそ家庭が崩壊してしまいます。更に家庭を持ち子供が出来ると、自分の人生が子供を育てるための人生に変わってしまいます。比較的自由に時間を使えるという面、また旅に出ている間に親が日本にいて荷物等を預かってくれたり手続きをしてくれたりといった面、色々なことに挑戦する好奇心旺盛な精神状態といった事からもやはり旅は若者の特権なのでしょう。

しかし、ただ闇雲に旅や留学に出るのはどうかと思います。旅や留学は短い時間に得る事の出来る経験が多い反面、自己破滅の道も用意されている諸刃の剣でもあるのです。そういった事をちゃんと認識していないと、帰国後に後悔する事になりかねません。その辺の事情を理解して欲しくて少し書いてみました。

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ベトナムでの葬式の行列の写真

旅の情景スケッチ8

ベトナムの葬式行列

盛大な行列で死者を墓まで運びます。

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~ 旅に出るメリット ~

所持金いくらで世界を周ったとか、今までに何ヶ国訪れたとか、何年も海外を旅したとか、海外に留学していたとか、ワーキングホリデーに行っていたなどと自慢する人もいますが、本当に大事な事は旅や留学で何を学んだかという事です。功名心を上げるためだけに紛争地帯へ行くなど無茶をして人生を駄目にしても詰まりません。たとえ短い旅や留学にしてもそこで自分なりの目的を持って行動をしていれば必ず自分の為になります。

では、どういった事が旅の利点として挙げられるのでしょうか。やはり一番の利点として挙げられるのは、自立心が養われるという事です。旅とは自分でプランを決め、そして自分で行動する。言ってみれば、脚本、演出、主役を全て一人でこなす舞台みたいなものです。描いたシナリオ通りに事が運ばれなければ、その場で臨機応変にシナリオを書き換えなければなりません。その繰り返しが自己鍛錬のいい機会にもなります。

なぜなら壁にぶち当たったりした際に自分自身の能力の限界を知り、またある程度自分の性格を把握していないと、ちゃんとした判断や今後の計画をたてられないからです。もちろんその国の事情もある程度知っておく必要があるだろうし、自分が騙されていないかというような判断力や人間の観察力も必要です。だから様々な内部要因、外部要因をきちんと判断して、自分自身の判断で行動する事。その積み重ねが経験値となり自分自身を逞しくし、場数を踏むことで精神的に強くし、また実行力ある人間に育ててくれる事でしょう。

もちろんボラれたり、騙されたりといった失敗を積み重ねる事で更なる上積みとなるかもしれません。当然こういった経験は日本での生活にも役立ち、今後の自分にとって大きな財産となります。「青春を旅する若者よ、君が歩けばそこに必ず道ができる。」長井雲龍さんの「道標ない旅」の歌詞の一部ですが、自分が今まで踏み出したことのない場所に足を踏み入れるのには勇気が要ります。その勇気をだして歩けば、そこには必ず何かしらの道ができています。人生に無駄な経験はないのです。

しかしながら誰でも旅に出れば自立心が養われ、行動力ある人間になるとは限りません。目標や目的のない船は舵が定まりません。うまく流れていく場合もあるし、悪い方向へ流れていく場合もあります。旅によって自分を変えようとか、自分を成長させようと思うのなら、旅の目的が必要だと思います。ただ、闇雲に行って帰って来たのより、当然目的を決めそれに向かって旅をしてきた方が積み上げられるものも多く、後で自分の為になります。

シルクロードの研究と題してシルクロードを歩き続ける人もいますし、世界の山を登りながら旅をしている人、動物に興味があり世界中の変わった動物を写真に収めている人、建築を仕事にしている人で建物をテーマに写真を撮り続ける人、歴史を追い続ける人、世界中の食事や食材を研究しながら食べ歩いている人、語学を実践に生かしながら文化に触れる人々など様々な旅人がいます。

もちろんどの目的が一番いいかなどは他人が決める事ではありません。その人の趣味や個性で決めるべき事です。そしてどんな目的だろうと自分なりの確固とした目的を持って旅をしていけば、だらだらと旅をするよりも困難や壁は多くなり、それに対して努力したなら成し遂げた後に人に自慢できる何かが必ず残っているはずです。それが自分にとっての自信につながり、今後の人生にプラスとなる何かを与えてくれるはずです。

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ガンジス川での沐浴の写真

旅の情景スケッチ9

ガンジス川で沐浴をする人々

祭礼日には多くの人が沐浴場に集まります。

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~ 自分探しの旅の弊害 ~

旅が好きだから旅をしている人は旅に何かを求める事はないでしょう。その人にとっては旅は旅であって、それ以外のものではありません。娯楽の一部なのです。だから今後の人生を・・・とか、旅で自己鍛錬を・・・などといった余計な事を求める事はありません。それは簡単に言うなら日常の延長としての趣味、単に余暇の過ごし方だからです。そういった事が分かって旅をしているのなら目的がなくても何の問題も起きません。その後に続く日常生活のために何をすればいいのか、何をすべきなのかをしっかりと認識しているはずですから。

しかし一番厄介というか、扱いに困ってしまうのが、「自分探しの旅をしています」といった部類の旅人です。なぜならそういった旅の場合、旅をしたいのか、旅に身を置きたいのかが明確ではなく、旅の目的も曖昧で、そこに旅を行う必然性を感じない場合が多々あるからです。だらだらと当てもなく旅をしていてもそれは単なる「放浪」でしかありません。

自分が放浪に向いているといった自己発見はできるかもしれませんが、それ以上の自己発見はあまり期待できないそうにありません。とりあえず旅に出ては見たものの、特に何がしたいわけでもないし、みんなユーラシア大陸を横断しているから私も・・・というような人は、あっちの誘惑、こっちの誘惑に流され、楽な方へ楽な方へ船が流れていくような旅になる傾向があります。

結局のところ「自分探しの旅」というのは失恋旅行のような感じで、旅に逃げ込むための言い訳でしかないような気がします。やはり自己発見とか自己鍛錬といった目的を旅に求めるなら、まず何かしらやりたい事やテーマを見つけ、その上で旅を自己鍛錬の場として活用するべきだと思います。そういったきちんとした背骨があれば旅の目的のために楽な方へ楽な方へ流れる事はなく、必然的に困難を突き進んでいく旅となるからです。

目標がなければ単なる旅行です。ある程度真剣に取り組まなければ何も見えてきません。そういった旅では想定外の事ばかり起こり、その時に自己発見や更には応用力までも身に付くかもしれません。場合によっては異国の知識に異国の友人なども手に入り、一石三鳥にもなったり・・・というのはあくまでも理想論ですが、そのように旅を活用して人生を成功している人もいるのも事実です。そもそも自分自身を探すなら極限の状況に身をおかなければ何も見えてこないものです。

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インディオのダンスの写真

旅の情景スケッチ10

インディオのダンス

頭に独特の羽飾りをつけて踊ります。

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~ 理由なき留学の非勧め ~

留学に関しても同じような事が言えます。きちんと何を学びたいのか、将来何をしたいと決めて留学を選択した人、もちろん専門的に海外で学びたいといった人は何も問題ないですし、快適な日本よりも進んで言葉の不便な海外へ出るだけのやる気と根性は立派だと思います。こういった挑戦という言葉がふさわしいような留学は仮に最初に決めていた事とは別の道に進むことになったとしても、きっと人生的には成功といえるものとなるのではないでしょうか。

しかしながらテストも受けずに入れるような大学への留学とか、英語がしゃべれるようになるための語学学校への留学といった中途半端な留学には疑問を感じます。留学する以前からやる気が感じられないからです。向うに行ってから頑張ろうと言っている時点で結果はほぼ決まっているものです。そこにはこじつけたような理由しかないからです。

これはワーキングホリデーでも同じ事が言えますが、そもそも海外に出て語学学校に通うメリットは何でしょう。現地の4年生大学に進むのにまず専門的な言葉を学ぶため語学学校に通うとか、海外赴任になってしまって語学を学びたいからといった事は理解できるのですが、とりあえず英語がしゃべれれば何とかなる的に海外留学して語学学校に通う事には疑問を感じます。もし本当に英語を勉強する気があれば、日本でもある程度は出来るはずです。どこかの英会話スクールのキャッチフレーズの「駅前留学」とはよく言ったものです。

言葉はコミュニケーションの道具でしかありません。基本的な事さえ覚えれば、わざわざ学校で学ばなくとも経験で身につくものです。だから語学学校に通う事のメリットというのはほとんどなく、むしろ同じような立場の日本人となれ合う事のデメリットの方が大きいような気がします。日本人となれ合っていていても語学は上達しないだろうし、日本語でコミュニケーションがとれる環境に身を置く事が、わざわざ海外に出て真剣に語学を学ぶに相応しい環境とは思えません。

それに多くの日本人が通っているからとか、まず語学学校に通うのが一般的だからなんていう考え方をしているようではやはり覚悟が足りなかったり、目的のない人間がとりあえず・・・といった保険的な考え方でしかないような気がします。そういった人間が大勢集まってしまえば・・・、どういう結果になるかは容易に想像が付くのではないでしょうか。

仏陀の言葉に、「旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分に等しい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならぬ。」とあります。愚かな者というのは覚悟のない人間と考えるべきで、もし本当に自分がやりたいことを決めているのなら、周りがどうだからという事は考えず、自分が進むべき最善の道をまっすぐ進んでいくべきです。

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ミャンマーの伝統芸能の写真

旅の情景スケッチ11

ミャンマーの伝統芸能

インレー湖周辺の踊りです。

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~ 安易な逃げ場となる海外 ~

ワーキングホリデーで英語の勉強をしてくると言い、遊び癖を身に付けて帰ってくる人、旅に出て見聞を広めて来ると言い、麻薬に溺れてしまう人。このような例をあげれば切がないのですが、海外へ出て出国時よりも駄目になって帰ってくる人の共通点は、きちんとした目的とそれに突き進む覚悟がなかった事が一番多い理由のような気がします。

ただ遊びたいだけで海外に行くのなら、最初からその国を車で一周するとか、ダイビングの免許を取ってダイビングスポットを制覇するとか、遊びでもこだわった目的を一番の目的にすべきです。中途半端に英語の勉強のためだとか、語学留学が・・・なんて理由を付けない方がいいと思います。海外に行くのなら語学留学でなければと体裁がつかないなんて考えているようでは、やはり覚悟が足りない場合が多いですね。気持ちは分からないでもありませんが・・・。

そもそも海外へ出てその国に溶け込んだ生活しているだけで語学、厳密に言うなら会話程度の語学は身についてしまうものです。逆にせっかく海外へ出ても語学学校などに通って日本人ばかりと生活していては、現地に溶け込まない生活をしているようなものなのでなかなか語学は上達しません。それに本当にやりたい事があるのなら自然と必要とする語学を身につける努力をするはずです。

言葉ができないと面白さや楽しさが半減してしまい自分自身が歯がゆい思いをする事が多いからです。だから中途半端に語学学校に通って時間をつぶすよりも遊んでいる方が・・・、という言い方は微妙ですが、一生懸命というか、真面目に遊ぶ事の方が自分自身の為になる事もあるのです。もちろんそれなりの覚悟や信念を持っている場合の事ですが。

結局のところ、理由も目的もなく旅や留学に出ている人の事を冷静に考えてみると、本来快適なはずの日本を旅立つという事は現実に何かしらの不満を持っている人という事になるのではないでしょうか。旅や留学を隠れ蓑にして現実逃避するのは簡単なことです。まさに旅や留学は現実から逃げるには最適な場所だと思います。

しかし、人生で難しい事は答えを得る事ではなく、現在直面している問題を正しく認識し、解決することです。ヘミングウェイの「あちこち旅をしてまわっても、自分から逃げることはできない」という言葉にあるように、旅や留学に出ても問題を解決するのは旅や留学ではなく、自分自身なのです。現在の自分にとって何が問題となっているのかを正しく直視し、それを解決するために行動しなければなりません。問題から逃げていると、後からより大きな問題となって自分に降りかかってくるのが世の常です。

それに現実から逃げてばかりいると、問題を直視する事が出来なくなり、常に安易な方向へ選択肢を求める生き方になってしまいます。だから日本がつまらないとか、なんとなくといった安易な理由で旅立とうとか、留学をしようなどと思わないで欲しいです。何かきちんとした目的や目標を持たないと、これは旅や留学に限らないかと思いますが、何事も中途半端になってしまいます。長期で海外に出るような特殊な場合には殊更自分が何をしたいのか、そのために何をすべきなのかを考えるべきです。そして他人がこうだからとか、一般的にこうだからといった考え方はするべきではありません。

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インドネシアの伝統芸能の写真

旅の情景スケッチ12

インドネシアの伝統芸能

インドネシアは伝統芸能が盛んな国です。

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~ 本当にやりたいことをやる覚悟をもつこと ~

せっかく旅や留学をしようと決断したのなら、自分の足で自分の決めた道を歩いてみませんか。そして人がうらやむような充実した旅や留学を行いませんか。長期の留学や旅というのは一生に何度も経験できる事ではありません。後で中途半端なことをしたなと後悔するのはとてももったいない事なのです。そのためには自分が本当は何をやりたいのか、旅や留学を隠れ蓑に自分の気持ちに嘘をついていないのかを真剣に考えるべきです。

そして自分なりの目的や目標を決めたなら、そのために単身で頑張る覚悟を持つ事が大事です。他にも同じ境遇の人がいるだろう。誰かの真似をすればいいや。向こうに行けば誰かが助けてくれるだろうといった事が前提の計画では簡単に計画は崩壊してしまいかねません。

多くの人が歩む道を歩くのは楽な事です。しかしそこには心から満足する達成感がありますか。ありふれた経験しか手に入らないのではないでしょうか。その一方、ほとんど人が歩かない道を手探りで歩くのは困難や苦労が伴います。まず歩き始めるところから勇気がいることでしょう。でもその両者が同じ場所に辿り着いた時、どちらの方が達成感を得られた顔をしているでしょうか。

他人には歩んだ過程は見えません。でも目に見えなくともオーラとか雰囲気でわかるものです。重ねた苦労の分だけその人は成長しているのですから。それに多くの困難に立ち向かった事などが自信となって顔に表れるものです。多くの人が進む道を歩く事は簡単ですが、自分自身の成長もそれなりのものにしかなりません。長期旅行にしても長期留学にしても、本当に自分がやりたい事に全力投球してこそ、自分の力となったり、後でかけがえのない思い出になるというものです。そのことをぜひ心に留めてもらいたいです。

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<旅や旅人にまつわるエッセイ §2、旅や留学の利点と弊害 1999年6月初稿 - 2015年12月改訂>