風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ その他のエッセイ §2 ~

とある旅人として感じた介護1

~~~ 旅人としての経験 ~~~

このページから私のサイトにやってきた人にはわからないと思いますが、私は世界のあちこちを一人で旅をしてきた旅の上級者・・・と自負しています。ジャングル、砂漠、山奥などインフラの不便な場所などを好んで旅をし、1ヶ月間日本人に出会うことがないこともありました。体中を虫に刺されたり、睡眠薬強盗や置き引きで物を盗まれたりと、厄介なトラブルも多々経験してきました。

またホームステイも数多くこなしてきたので、文化の違いで困ったり、食べ物の好みで苦しんだりと多くの修羅場をくぐってきました。困難があればあるほど面白いのが旅ではないか。自力で困難を乗り越えるから楽しいんだ。困難がないのは単なる旅行なんだ。と信じて旅をしてきました。

こういった旅の経験を他の人にすると、「よくそんな旅ができるね。そんな状況は私だったら3日ももたないだろうな・・・」などと言われます。確かに衛生面、言葉が通じないこと、治安や病気など様々な外的不安、そして一人旅の孤独に耐えられるかといった内面的不安、人それぞれ不安に感じる部分は違うでしょうが、日本で普通に暮らしていたらこういった旅に憧れる部分もあるけど、それ以上に不安を感じるのは当然かと思います。

そういった不安を乗り越えて一歩踏み出す度胸もいることかと思います。一歩踏み出せば人間適応力といったものがあるのでまあ何とかなるものですが、一年以上そういった環境に身を置くのは結構疲れるものです。精神力が強いんだねとよく言われるし、まあ登山とか、ジョギングとかも好きなので忍耐とか、根性とか、そういった部類のことには人よりも強いんだなと勝手に思っていました。

実際、ストレスを感じることがあっても一時的なことでしかなく、ストレスというものは心の弱さがそうさせているものだと感じていたほどです。しかしながら親の介護を一人でしなければならなくなり、実際に介護を行ってから今までの認識は間違っていたんだとわかりました。いや悟る事となりました。

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~~~ 日本の介護の現状を簡単に ~~~

高齢化が進む現在の日本。いや世界でも先進国では日本と同様に人間の寿命が延び、晩婚化が進んでいるので、世界的な問題ともいえます。人口の多かった団塊の世代が高齢になる何年には何人の若者で一人の老人を支えなければならないといったことは、昔からテレビや国会などで議論されてきました。

ただそれは年金や健康保険などといった金銭的な問題が中心でした。このままでは若者が働いたお金の多くはお年寄りのために搾取されてしまうのでは。このまま年金を払い続けても自分が将来老人になったときに年金がもらえないのでは。特に年金問題が浮上したときには活発に議論されていたものです。ただ現在はそれ以上に深刻化しているのが、認知症の患者が増えていることです。

実際問題、年寄りが増えるだけなら、まあ暇な人が増えだけです。その中で元気な人は高齢者の雇用促進、地域ボランティアなどといった様々な対策を行い、人材活用といったことができますが、介護を必要とする認知症の人間が増えていることはとても厄介です。とはいうものの、それは現実問題として我が身に降りかかってくるまでは人事としか考えていなく、特に深刻な事態とも思っていませんでした。

介護なんて誰かがやって、やる家族などがいなければ老人ホームへ入れればいいではないか。が、介護職のなり手不足、特別養護老人ホームの入所待ちが50万人といった現状が示しているように、その現実を知ってからようやくその深刻な事態を認識することとなりました。更には家族が認知症になった場合、自宅で介護してくださいといって誰でも彼でも簡単に介護ができるものではないということも。

介護とは・・・、これは介護される人の症状(段階)や性格によって違いますし、介護する人の立場、性別、家族構成、そして経済状況や生活スタイルや性格によって違うので一言でこうだと言うことができるものではありません。

世の中に老老介護といった言葉をよく聞くように、高齢になった人が更に高齢の親を、あるいはもっと高齢になった配偶者の介護が一番多いです。介護するほうが高齢者になると精神的な融通が利きにくく、自分もそう長くないしといった諦めの境地に陥りやすかったり、体力的にも参ってしまいやすく、社会的に悲惨な事件も多々起こっています。

また比較的若い世代が親の介護をする場合も増えてきていて、中には子育てをしながら親、祖父母の複数人介護といった悲鳴を上げたくなるような状況に陥っている人もいます。結婚していればまだ何とかなることもありますが、独身者が介護者を抱えると仕事と介護の両立が難しいといった事態にも陥ります。

金銭的な余裕があれば月20万だして好きな施設に預けるといったことができますが、そうでない場合は料金の安い特養といった施設になるのですが、先に書いたように入所待ちが多くてなかなか入れません。金銭的、また親孝行といった理由で介護のために離職するといったケースもよく聞くようになりました。晩婚化が進んでいる現状では20代、30代での介護が今後増えていくと考えられ、もっと悲惨な状況が生まれてくるかもしれません。

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~~~ 私の場合の介護と介護認定制度 ~~~

さて私の場合は30代後半から母親の介護を一人でしなければならなくなりました。それまでは父親がいたので、といってもその父親もまたアル中の少しぼけた状態で病院へ掛かりっぱなしでしたが、なんとなくお互いを補完する様な関係でなんとかやっていたようです。そんな父が亡くなってから母親の認知症の症状が一気に進行していきました。一人でいる時間が増えたことでうつ病もひどくなり、それが認知症の進行を早めてしまったようです。

こりゃ一人にさせていたらまずい。そもそも一人にしていたら何をするかわからんぞ。仕事や外出がままならなくなってきました。親戚などとどうしたものかと困っているときに、地域の包括支援センターの人がやってきました。

それはあの家で阿鼻叫喚の図が繰り広げられているといった事で来たのではなく、地域の今年65歳になった方の家を回っているといったものでした。どういう健康状態なのか。今後も健康で、認知症にならないように過ごしてもらうために区がどういったサービスを行っているかといった説明をしにきたのですが、もう既にうちの母は認知症です・・・。となり、ここで初めて介護認定を受けると色々なサービスを使え、家族の負担が減ることを知りました。

現在の介護区分は比較的症状の軽い「要支援1、2」があり、その上に症状の重い「要介護1~5」があります。包括支援センターの人が言うには、この状態だと確実に要介護の認定が出るから様々なサービスが使えるとのこと。介護度が上の方がサービスを使える量が増えるけど、その分値段が上がってどうこう説明を受けるものの、いまいち実感が湧かないというか、介護制度自体今日はじめて聞いたのでちんぷんかんぷんでした。

後日医者に意見書を書いてもらったり、保険所の人が来たりして介護認定が届くと、いきなり要介護2。基本的には65歳未満で発病したした場合は若年性認知症といったことになるようですが、もう65歳になっているので、若年性で発病した一般の認知症患者となるそうです。まあそういうのはどっちでもいいけど、65歳で要介護2とは・・・。普通の人よりもかなり早いです。

現在の介護制度では要介護者に認定されると専属のケアマネージャーが付きます。ケアマネージャーというのは、面倒な各所との連絡をしたり、事務手続きをしてくれたり、家族へのアドバイスや本人のケアサポートをしてくれ、月に一回、家に面接にやってきてケアプランを作成してくれる介護者にとっては頼もしい存在です。どの方にしますかと言われても???何もわからないので、とりえず支援センターの人が紹介してくれたケアマネージャーにお願いすることにしました。

とても優しそうな方でその点では安心。介護認定を取って、ケアマネージャーも付いたし、さてどうしたものか。いやどうすればいいのか。全くといっていいほど知識がないのでケアマネージャーと相談するしかありません。こんな介護初心者にケアマネージャーの人が色々な種類の施設を教えてくれ、一人にさせておいたらうつ病がひどくなるし、認知症の進行を遅らせるトレーニングを受けたり、お風呂に入れてもらうためにもデイサービスへ通うのがいいという事になりました。

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~~~ 通所介護デイサービス ~~~

デイサービスというのは日帰りの介護施設で、朝、夕の送迎付きです。町中、住宅街で施設の名称が書かれ、障害者用のマークが張られた介護用の車がお年寄りを車から降ろしたり、乗せたりしているのを見かけると思います。あれがだいたいデイサービス、あるいは宿泊用のショートステイの車になります。

こういった施設では頭の体操、健康運動や入浴などを行ってくれます。昼食代は掛かりますが、利用しても介護保険が適用されるのでそんなに費用が掛からないのがうれしいところ。そりゃいいやと施設を探してもらうと、これが結構沢山あり、肉体的なトレーニングに力を入れているところや脳トレに力を入れているところ、アットホームな環境を目指しているところなどそれぞれの施設によって特徴がありました。

更にはここ三ヶ月でできたばっかりの施設がいくつもありました。デイサービスの建設ラッシュだな。やっぱ高齢化社会なのかな・・・と思いつつ、新しい方が施設もきれいだし、いいに違いない。ケアマネージャーも新しいほうが変な人間関係ができていない分楽かもしれませんよとアドバイスをくれました。

こういった施設はどこも一日体験入所ができ、よさそうな施設を中心に体験させたのですが、新しい施設は他に人がいなく、これから人が増えますよと言われても現時点で人がいないと母親は行く気がしないと言うし、古くて人が一杯いるところは年寄りばかりで行く気がしないと言うし、なかなか決まらないこと。

本人は認知症だとわかっていないし、若いつもりでいるので年寄りと一緒にしてくれるなと怒り出す始末。なかなか手に負えない。実際どこの施設でも同年代というか、60代はほぼいませんでした。母親としては自分の母親のような年代の人ばかりが行くところへなぜ行かなくてはならないのだといった気持ちが強かったようです。

結局、ケアマネージャーの人と一番合いそうな施設の所長さんがやってきてボランティアといった形で来てくれませんか。といった誘い方をしてまずは週一度通わせ、そしてすぐに週二回と増やしていきました。最初はあまり行く気ではなかった母親も徐々に行くのが楽しみとなり、まあ一週間と単位で考えれば、行く日と行かない人でメリハリができた分、生活リズムも安定したかなといった感じでした。

私自身もその間は完全に母親から隔離されるので、安心して外出や用事ができると言うもの。ただ問題なのが、東京のデイサービスは一人の利用者は入浴は週一回までとか。週二回通っているのだから二回入らせてくれてもよさそうなものですが、利用者が多いし、人手が足りないし、例外を作ると他の利用者からも言われるから無理だとか。

現時点で家で一人で風呂に入らすとまるで幼稚園児が風呂場で遊んだ時のような状態になってしまいます。お湯は出しっぱなし、本人は何をつけて体や髪を洗うのかとかわからないので、泡立ちの悪いリンスはこの石鹸泡がたたないとばかりに丸々一本使うことも。誰かが見ていないと基本的な行為ができないのです。転倒などの危険もあるので家での風呂は禁止にすることにしました。

といっても現状ではお風呂が週一回だけでは不衛生だし、暑いと臭いも出ます。残りの手段としてはヘルパーの人に来てもらって入浴の補助をしてもらうしかないのですが、自宅に他人を呼んで風呂に入ることを母が納得するだろうか。まだ介護の始まり。変なところでプライドがある母親なので嫌がりそう。幸いなことに妹が比較的近くに住んでいたので、少なくとも週一回風呂に入れさすために時々来てもらうことになりました。

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~~~ 介護のストレス ~~~

とまあこの状態でなんとなく時間が過ぎていくのですが、一般的な病気と違って何かが改善されるわけではなく、現状が維持されるわけでもなく、どんどんひどくなっていくのが認知症の厄介なところです。一応薬や頭の体操などで進行を遅らせることはできますが、進行を止めることはできないのです。日に日に目に見えて悪くなるわけではないのですが、気が付くと一ヶ月前にはできていたことができなくなっているといったことはよくあることです。

よくやらせないとどんどんできなくなるからやらせなさいと言うけど、例えば皿洗いなどはなんとなくできるけど、洗剤を付けて洗えないし、汚れがちゃんと落ちているかもわからず、ただ水をひたすら流してじゃぶじゃぶしているだけ。そばについているとまあなんとなくはできるのですが、それでも後で私が洗い直さなければなりません。もちろんいつもそばについていられるわけではないし、そもそもそばについているのも大変です。

それでも本人のためにやらせなければと他人は言うけど、そばについていないとできないことを本人がわかっていないので、私が外出しているときに勝手に一人でやる場合も多々。そうなるとひたすら何時間も水道が流しっぱなしになるので、水道代が月3万、その他の光熱費をあわせて10万に届きそうになったことも・・・・。

こんな状態で笑顔になれません。いない間に皿を洗ってくれて「ありがとう」なんて笑顔で言えるはずもありません。一日中噴水に水を垂れ流しても苦にならない億万長者の家なら問題ないのでしょうが、普通の家では無理です。毎月の請求額が届くのが怖くなります。そう他人の意見は現実的に当てはめると無責任で、理想論なのです。

「何で外に出ちゃいけないのよ。私の勝手でしょ。」「あんたお金取ったでしょ。」「早く死ねばいいと思っているのでしょ。」と日々暴言の雨あられが降り注いできます。こんな生活が楽しいわけがなく、苦難の日々が続きます。昔ドリフのコントで志村けんがボケたおばあさんを演じてそれを笑っていた覚えがありますが、今見たら笑えません。コントで見るから面白いのであって、日常がそうだと本当に笑えません。ただただ疲れます。そしてストレスが溜まります。

旅も介護も困難なもの。様々な困難を乗り越えてきた旅人なのだから介護も・・・と思っていたのですが、なかなかそうもいきません。なんていうか、困難の種類が違うのです。旅と違って自分が強くあれば何とかなるといったものではないのです。今まで旅では自分の範疇で自分で判断して自分の力量に合わせて困難を乗り越えてきました。あまりにも無謀な事は避けてきましたし、困ったら人に頼り、最後は何とかなるといった開き直りや、それ相当のホテルに泊まって体を休めたりといったことができました。自分のペースで行える困難は自分で色々と調節が利くのでまだいいのです。

しかしながら介護というのは自分のペースでできないというか、ペースを保てないというか、振り回されます。そういった行為にストレスを感じるのは当然ですが、問題行動を起こしている母親の様子を見ていることにもストレスを感じます。昔はこんなんじゃなかったのに、まるで行動が幼稚園児です。自分の中の母親像がどんどんと消えていきます。

人それぞれ感じるストレスは違うと思いますが、私の場合は自分のペースが崩されることに強くストレスを感じました。それに加え夜に安眠できないのが拍車をかけます。いきなり夜中に徘徊したりするので、次第に些細な物音でも目が覚めてしまうといった神経過敏になっていきました。そしてトイレの失敗が日常的なことになると、悪臭も加わり、五感全てでストレスを感じるようになっていきました。

いつまで続くのだ。この介護は。先が見えない事も厄介で、ストレスの原因になります。旅の場合だと、いつまで我慢すれば都市部に着けて日本食にありつけるとか、何か決まった日にちがあれば、そこまでどう過ごすか、どこで踏ん張って、どこで休もうかといった長短様々な計画が立てられるのですが、介護は先が見えないので長期的な計画も立てられません。

もちろん出口が見えなくはないのですが、非常に見えにくいというか、考えてはいけない存在なのです。なぜならその漠然と見えている出口は介護からの開放に他ならなく、それは本人が死んだ場合、介護している私が死んだ場合、施設に預けた場合の三通り。この出口を安易に考えてしまうと、いっそのこと、早く死んでくれればいいのにな。そうすれば終わる。そう思うようになると母親の存在がストレス以外何者でもなくなり、今まで以上に強力な爆弾のようなストレスとなっていきます。

ストレスを感じるからそういった発想が生まれるのでしょうが、そういった思考になってしまうと徐々に精神の安定が保てなくなります。私の場合は胃酸の分泌が多くなって胃が痛いし、夜中徘徊するので音に敏感となり、寝れなくなるし、下痢はするし、体調不良が頻発するようになりました。そして最後は動悸がひどくなり、精神科へ直行。精神安定剤をもらって何とか収まりました。

うむ、いらん事を考えるから罰が当たったんだ。とまあそうも言えますが、介護ではこういったマイナス思考というか、短絡的に考えては余計にストレスが溜まるだけなのです。まあこれは人間関係全般に言えることでしょうが・・・、こういう思考に陥る前に介護者を助けてあげないと悲惨な事件が起きてしまう場合があります。

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~~~ 介護と忍耐力 ~~~

その後、少しおばさんの家で母親を預かってもらい、しばらく考えました。これだけ忍耐強い私でも介護は乗り越えるのには高すぎた壁だったのかもしれない。そもそも私は介護というものに不向きなタイプの人間なのではないか。根が旅人だから協調性がないし、自我が強いし、行動力があるし、計画的に行動するのが好きだし、やっぱり母親のスローで不規則なペースに合わせて生活するのは無理があるような気がします。諦めて施設に預けるか。それが一番の解決方法かな。兄弟、親戚、みんな入れる時は反対しないと言っていたし。今度こそ私自身が介護疲れで倒れて死んでしまうかもしれない。

そう思うものの、困難を乗り越えていくのが旅人であり、まだまだ旅の途中だ!この困難をどう乗り切る?真の旅人なら諦めるな!といった気持ちも心の中にあったりします。根が負けず嫌いっていうのもあるけど、旅は困難があればあるほど面白く、それをどう乗り越えるかを考え、行動するのが楽しいものです。

人生も困難があれば面白いはずなんだけど・・・。昔なら困難歓迎と強がって言っていたのですが、さすがに今は精神的に少し参っているせいで弱気です。やっぱ旅人には介護は無理なのかな。もしかして旅人というより私の問題なのか。

少し前から仏陀(お釈迦様)の教えが頭の中を過ぎる時がありました。実は私の仲間内には坊さんが多いです。坊さんといっても大学のときから一緒にバイクのツーリングへ行ったり、飲みに行ったりと普通に付き合っています。昔はよく坊さんが肉食ってとか、酒飲み過ぎだろ!とからかっていたものです。そう言うと宗派によってはそういった制限や苦行とかあるけど、そもそもこういった制限や苦行を仏陀が否定しているからいいんだよと一生懸命言い訳していました。

そういうもんなんだ。まあ自分が坊さんになるわけではないし、一緒に飲みに行ってあれが駄目、これが駄目だと言われてもややこしいしといった感じでその時は気にもしていませんでした。再びこのことを思い出したのはストレスが溜まって疲れている時、忍耐強くならなければ、いや忍耐ってなんだろうと考えたときでした。

ストレスを感じるのは自分の精神が弱いからだ。イライラするのを抑えてやさしく接するには自分が強くならなければならない。そうに違いない。とジョギングの量を増やしたり、精神的に強くあろうとしても、一時的にストレスは軽減するだけで徐々にストレスを感じる頻度が高くなっていきました。なんか逆効果というか、何か違うぞ。この辛さを耐えるにはやっぱり忍耐強くならなければ・・・。いや違うぞ。これでは介護自体が苦行になっているぞ。その時に頭に浮かんだのがこの苦行を否定したブッダでした。

そして思いました。自分に強くあろうとすればするほど他人への理解が薄くなっているのではないだろうか。苦行や修練、忍耐というのは自分の内面を強くしているだけのもの。それは単に今ある自分の価値観を強めているだけで、周囲との関係に目を背けているのではないのか。自分が試合で緊張しないとか、失敗しないとか、そういった自分の内面の弱さ、あるいは精神的強さを鍛えるなら修行のようなことや猛特訓を行うのもいいけど、他人との関わりが必要な介護では何も解決しないばかりか、徐々に大きくなっていくストレスで自分がつぶれてしまいます。そうならないためにも逆に自分が弱い存在だと自覚することの方が大事なのではないのかと。

そう、ブッダでいう肉を食べない強さよりも、肉を食べさせてもらい、自然の断りの中での弱さというか、様々な人や事柄に支えられていることを認識し、多くのことに対して感謝の心を持つ方がいいのではないかと思えてきました。つまり自分が弱いから助け合って生きていく必要性を感じ、そのことから他人を助ける事に対する意識を変えていかなければならないのです。

介護は忍耐を必要とする修行の部類ではないのです。もちろん折れない心や精神力は必要ですが、あくまでも対人関係の問題です。目をつぶって耐えたり我慢するよりも、現実をしっかりと見て、こういう状態なんだと把握し、それを受け止める努力をすることの方が大事だとわかってきました。

そう、今までは自分、そして自分の中の自我を鍛えて自分の価値観をゆるぎないものとし、それを基準に介護を行い、その範疇を超えたことに関しては耐えていただけだったような気がするのです。ストレスが大きくなると更に自分の価値観を高めて・・・。それでは精神が持ちません。それを逆に弱いものだと考えることで、周囲の人の協力をもっと引き出せたり、ボケているとはいえ母の事が見えてきたような気がしました。

なんていうか、ストレスになっている部分を耐えるのではなく、自分を変えてストレスに感じないようにすればいいだけのことなのです。今まではあくまでも自分のペースで介護を行っていたけど、母の立場になって母のペースに合わせて介護を行えばいいのではないか。耐えるよりも自分が変わる勇気を持てばいいんだ。少し目の前が開けた感じがしました。

とは言っても、そう簡単に人間は変われるものではありません。まして長年同居している親の接し方を簡単に変えられる息子がいるわけがない。いや、いるのかな・・・。とまあ、まずは少々意識をそういった方向へ向けてみることにしました。そうすることで以前よりはストレスを感じる度合いというか、深さが減りました。徐々に変えていけばいい。いい方向へ進んでいるのは確かなんだから。

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~~~ 母性愛と介護 ~~~

そうやっていくうちになんだか現実が少しずつ広く見えてくるようになってきました。介護をやっている人と私とは何が違うのだろう。ちょっと考えてみました。介護職の人は・・・、仕事だから、生活のためだからと割り切ってやっている人もいれば、なんか恐ろしく面倒を見てくれる人もいます。淡々とこなしている人もいれば、責任感の塊のような人もいます。基本的にはみんな笑顔を大事にしています。私の無理やり作った引きつった笑顔とは大違いです。

そういった人を少し観察したり、話を深く聞いてみると、他人に尽くすことに生きがいを感じ、それがごく自然のことのように考えている人が多いのです。相手を尊重し、いつくしんだりするのが当然といった感じなのです。特に凄まじいオーラを放つおばさんたちです。どこからそんな力や精神力が湧いてくるのかというぐらい面倒を見てくれます。私のように考えなければできないのではなく、それが自然体だから驚いてしまいます。絶対に自分はこんな風にはなれないと思えるようないい意味での化け物です。

昔のことですが、インドに行った時にマザーテレサのマザーハウスを見学しに行った事があります。そして施設でボランティアを行っている日本人のおばさんとも話しました。その時は何でこの人は身銭を削ってボランティアのためにこんなところに来ているのだろう。それよりもせっかく海外へ来ているのだから旅していた方が楽しいだろうに。全くその行動が理解できませんでした。

でもこういった介護のおばさんたちの話を聞いていると、なんかあの時のおばさんの気持ちが少しだけわかった気がしました。こういった人たちは他人の面倒を見ることが好きであり、生きがいにしている人もいます。だから他人の面倒を見ることにストレスを感じず、認知症の問題行動に対してもおおらかに接することができるのです。私のようにあれこれと屁理屈を考えなくても自然とそういったことができるというか、根本的な精神構造が違うのです。でもこういった人たちのほとんどは女性といったことを考えると、おそらく母性愛といった類になるような気がします。

なぜなら根本的に男のボランティアなどは理由とか、屁理屈が混ざったものばかりです。町内会の活動にしても、地域の活動にしても、男が決めると地域の活性化とか、地域交流がどうのこうのとかまず理由ありきです。理由もなく他人に奉仕できること、もちろん介護では給料が支払われているので無料奉仕ではないにしても、素直な気持ちで他人に尽くせることができるのはやっぱり女性の方だと感じました。だとしたら男の私ではやっぱり介護は無理じゃないか。ってな結論に至りました。

そういった広大な海のような母性本能を持っていない人間はどうしたらいいのだろう。こればかりは諦めるしかないのか。せめて精一杯の愛情を注ぐような子育てをした経験があればちょっとは違うのかもしれませんが、独身の男には難しいところです。やっぱり無理かな。最初はそう思ったのですが、自分が状況に応じて変われるといった柔軟性を持ってすれば近づけるかもしれないなと思うようになりました。

介護で必要なのは相手を思いやる愛情だったり、寛容さとなります。他人を理解すること。理解しようとすること。他人に何かしてあげようとする気持ち。自分が何をしてあげられるかと考えるより、何をして欲しいのかを考えられる気持ち。こういったことは状況状況に合わせて自分を変えることのできる柔軟さがないと独りよがりになってしまいます。

独りよがりの介護は相手のストレスにもなり、上手くいかないことで自分へのストレスにもなります。これができればあのおばちゃんたちに近づける。うむ。なるほどと言葉で理解はできるけど実践するのはちょっと難しい。でも私の場合には寛容な心や包容力はあまりないけど色んな国を旅してきたことで培ってきた柔軟さや精神力は人一倍あるので、その部分で何とかやっていけたるかなと少し前向きに考えられるようになりました。

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~~~ 旅人と介護 ~~~

結局のところ世界を旅してきた百戦錬磨の旅人だからといって介護に耐えれるかというとそうでもなく、介護とは旅の範疇を超えた大変さがあり、旅以上のストレスを感じるものです。そもそも協調性がなく、一人で何でもしようとするような自我が強く、行動力や計画性を持つ旅人といった人種は介護には不向きなのです。

例えば今日はここまで行き着こう。今日はこの三箇所を回ろう。日々その連続なのが旅です。介護ではあれしてこれしてと考えていても必ず途中でつっかえます。スムーズに事が運ばないのです。自分で計画したことが上手くいかないことがストレスになりやすいのが旅人ですし、他人のペースに合わせるのも苦手です。

現在の旅の事情は知りませんが、昔長旅をしているときに介護職の旅人に出会ったことがありません。就職の求人倍率の高い介護職だと離職して、再就職がしやすいといった理由から仕事と旅を繰り返しやすいはずなのですが、そんなに多くないのではないでしょうか。そもそもこの仕事には強い責任感がなければ勤まりませんから、そんな適当な生き方をする人自体が少ないはずです。

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・・・・と、旅人は介護には向かないぞ!といった結果ありきで書き始めたエッセイだったのですが、他のサイトなどを見ていると介護と旅を両立している人もいて、うむ、違ったのかな・・・と自信をなくしてしまいました。単にそう自分を納得したくて書き始めただけだったのかもしれません。まあ旅人も様々いますし、旅人全てがこうだとは思いませんでしたが、他の旅人の介護の話を少し読ませてもらうと、自分に足りないことがまだまだあり、改善の余地がありそうです。

というよりも私自身の人間性の問題なのかもしれません。昔なぜ旅をするのか?と聞かれたときに、人が好きだからと答えていました。世界には多くの人がいて、様々な価値観を持って暮らしています。そういった人たちと出会えるのが旅の醍醐味だと思っていました。

でも本当に人間が好きだったのかと今自問するなら、あまり関わりを持たずにただ観察するのが好きだっただけかなと感じます。様々な場所で様々な価値観を持った人が暮らしている様子を無責任にただ見て回ることが好きなだけだったんだなと最近気がつきました。

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といったことで、旅人は介護に向いていないというのは、ちょっと強引過ぎる結びつけだなと考えを改めました。そして、とある旅人、そう私のようなタイプの旅人には介護は不向きでした。まあ現時点で介護は続いているわけで、他の旅人ができるなら、私ももっと変われるのかも・・・と思ったりもしますが、そうなったら旅人から単に普通の人に降格?してしまうような気もしないでもありません。それはそれでいいのかもしれませんが、この介護で私が何を得たのか、そして何を失ってしまったのか、まだよくわかっていません。なんか旅と一緒で日々経験値だけはどんどん溜まっていくような気はしています。

まあこれは介護が終わって一段落したとき、いや自分が介護される側になったときにまた色々と見えてくるのかもしれません。その時に改めてまたつづってみたいなと思っています。旅は困難が多ければ多いほど振り返ったときに楽しかった旅といえます。人生もしかり。私の人生も振り返ったときにそうであるといいのですが、さて今後どうなっていくことやら。現在要介護3。まだまだ私の苦難で楽しい日々は続いていくのです。

とある旅人として感じた介護2へつづく

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<その他のエッセイ §2、とある旅人として感じた介護 2015年9月初稿 - 2015年10月改訂>