風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 風の軌跡 ~サイト運営記~ ~

***  第2章 リアルタイム旅行記への挑戦  ***

~~~  風の旅人の軌跡2 (リアルタイム旅行記計画)  ~~~

ホームページを制作し始めて、一つ大きな野望がもたげてきました。それはリアルタイムで旅行記を制作しながら旅を行う事です。ユーラシア大陸横断は昔からの夢でした。出発の準備をしていたのですが、少々トラブルが発生してしまい現在は出発を長期間延期している状態だったのです。今のうちに作り方を学んでおけば、出発できる時にはそういったことが可能になっているかもしれない。

その当時はリアルタイム旅行記でインターネット検索しても十個程度のサイトが出てくるだけでした。それも質がよくなかったり、リアルタイムとはいえないようなものまで様々。せっかくサイトを公開しているならこれはやってみるべきだろう。来客者がわんさか来て、雑誌などにも取り上げられて、一躍旅のトップスターへ駆け上がれるぞ。などといった下心もありましたが、人がほとんどやらないことに挑戦するほど楽しいものはありません。

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それに制作しながら旅を行うとなると、旅をしながらリアルタイムで情報収集をしたり、原稿を書いたりしなければならないので、旅の質、モチベーション、知識の向上といい循環が生まれそうです。更には長旅を行っている最中は比較的時間があるので退屈しのぎにもなりそうです。そう考えると色々と面白そうだし、なんか色んな可能性も広がってきそうな感じもするし、これは一石・・・何鳥、いや何十鳥にもなりそう。このモチベーションの高さが私のホームページ制作初期にどんどんと知識を吸収し、ページを大量に作っていけた要因でした。

しかしながらWEB制作とインターネットの仕組みというものがわかってくると、その試みが素人にはとても難しいものだということがわかってきました。その方法を色々調べてみると、まずノートパソコン自体がとても重くて値段の高い存在でした(1999年時点)。もちろんモバイルみたいなものもありましたが、それは文字しか打つことができませんでした。素人が頭でデザインをイメージしてHTMLのプログラムを打ち込んでページを制作するのは・・・まず無理です。やっぱり実際の画面でデザインを確認しながらでないとページは作れません。

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となると選択肢は小型パソコンとなるのだけど、小型といいながらバックアップ用のCDなどの備品を含めるととんでもなく荷物になります。当時はメモリーカードなどといった便利なものはなかったのです。それに持ち歩くには高価な貴重品であり、宿での管理等を気にしなければならないし、精密機械なので衝撃、高温多湿といった悪環境などにも注意しなければなりません。旅のお供に連れて行くにはとても面倒な相棒となってしまいます。ただでさえ一眼レフに大量のフィルムを携えているのにでかいパソコンまで携えていたら、町から町へ移動するのが引っ越しをするような感じになってしまいそうだ。移動するのが旅人なのに荷物が多くて移動するのが億劫になっていては話になりません。

そしてもう一つ重大な問題がありました。パソコンを持っていってもインターネットカフェがどこにでもあるとは限らないし、回線も非常に遅いといった状態。今のようにどこでも無線ランでつながれるといったものではないので、専門的な知識、それも高度なSE的な知識がないと自分のパソコンをネットカフェのサーバーにつなげることができませんでした。それを説明する語学力なども必要です。

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ということはパソコンを携えて旅行したとしても制作は何とかできるとしても、制作したものをサーバーに送ることができなければ何にもならないではないか。もしくは一旦フロッピーに制作したデーターを入れて、メールで日本の友人に送るといった方法もあるけど、写真とかファイル構造とかきちんとしておかないとおかしなことになってしまうし、回線が遅かったらそれこそ途中で切断されたりと大変そう。そんな状態でわざわざ持って行く価値はあるのだろうか・・・。今のようにインターネットカフェが世界中にあり、ブログで簡単に更新できたり、あるいは高性能で小型の携帯端末がない時代なので、まず一番基本的なことから悩まなければなりませんでした。

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結局、苦労してパソコンを持って行っても、その苦労の割には重く、扱いが大変で、電気等の心配、直接自分で更新できないとメリットが感じられないということで、パソコンの携行はあきらめました。そして別の手段というか、原始的な手段を用いることにしました。それは友人にお願いして、私が海外から日本に手紙で原稿を送るからそれをタイプしてページにするといったものです。現地のインターネット事情がどうなっているかは現地に行ってみないとわからない状態ではこうするのが一番確実でした。

そしてその補助として更新履歴みたいなものは日本語が打てないならローマ字にしてでもメールで送り、日本語の打てるインターネットカフェがあれば現地から私も日記などをタイプを行うという取り決めをして、困惑する友人に見送られ意気揚々と日本を旅立ちました。後は任せたぞ。成せばきっと何とかなる。うむ。

~~~  風の旅人の軌跡3 (リアルタイム旅行記の制作)  ~~~

こんな感じで始まったリアルタイム旅行記。いきなり上手くいくはずがないのですが、ただ、最初の10日間は香港の隣のシンセンで暮らす友人のところへ宿泊していたので、そこで彼のパソコンを使用して日記を書いてメールで送ることができました。メールを送って翌日にはリアルタイム旅行記が更新されていると、なんかこれってリアルタイム旅行記になっているじゃないか。今俺香港にいますっていうのが伝わってくるぞ。と喜んでいたまではよかったけど、友人の家から旅立った後はなかなかインターネットカフェが見つからず、日記が溜まっていきました。

そのうち出さないといけないんだけど、移動が多いし、旧正月で開いている店が少ないし・・・。結局そのたまった日記は次の訪問国ベトナムのハノイに着いてから郵送しました。日記が溜まっている分、リアルタイムでの更新が遅れているわけで、更にここから郵送して届くまでの時間、友人がタイプする時間を入れると一ヶ月遅れどころではないな。リアルタイムには程遠い・・・。二回目の更新にしてリアルタイム旅行記の限界を悟ることになりました。

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とはいっても現状ではベトナムでインターネットが気軽にできる状態ではなかったのです。そういった施設がないし、あってもえらく高い。これはどうにもならん。と再びノートに日記を書き続けていきました。日記を書くのも移動が続くと溜まるし、宿に落ち着く時間が多いと進むし、書くのも意外と大変。それに送るタイミングも重要です。なるべく2週間分ぐらいの日記を送ろうとするけど、そのぐらいのときに偏狭の田舎を巡っていたりすると、こんなところから届くだろうか・・・到着するのに一ヶ月とか掛かったりしないよねといった不安があるので、なるべく大都市の中央郵便局で出すようにしていたのも日記が遅れる原因となりました。そんな感じで進んでいったリアルタイム旅行記だったので、常に一ヵ月半ぐらいの遅れが当たり前といった状態でした。

状況が改善したのはバンコクに到着してからです。安宿街のカオサン通りに行くと、日本語入力できますと書かれたインターネットカフェが沢山あること。これはいい。友人にメールであれして、これしてと催促し、日記も少しこちらからタイプして送りました。そしてバンコク滞在中に日記だけではなく、床屋体験記とかも増やしたいし、訪れた遺跡の感想や写真も載せたい。とまあ色々欲が出てきました。メールで友人にこんなページを作ってと催促。送信した瞬間になんかパソコンから「えぇ~~~~」という声が聞こえたような、聞こえなかったような、気のせいだろう。と、自分勝手に日記以外にも新たにページを増やしてしまうことにしてしまいました。しかしこれは大失敗でした。

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バンコクを出発し、シンガポールで高校時代の友人と会い、その後、自転車でバンコクへ向かったのですが、なんと初日に盗難。結局予定を変更してインドネシアへ向かうことにしました。ここからが大変でした。インターネットカフェがなかなか見つからない。あっても日本語が入力できなかったり、日本語を入力できるようにお願いしても係員がわからなかったり、インターネットで日本語IMFを更新するにしてもえらく時間が掛かって待たされたり、こんなにインターネットの環境が悪いとは・・・。

なんとか居場所だけはローマ字で送ったり、日本語入力ができる場所では日記などをタイプして送るものの、それはごくたまにといった状態。後は仕方ないので郵便で送っていくのですが、タイプするほうもやっぱり大変。場合によってはどっさりと原稿が入っているし、字は汚いし、もうちょっと何とかしてくれと苦情が送られてきました。う~んすまない。何とかせねば・・・。

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旅の途中で私があれも載せたい!これも載せたい!と最初の予定よりも項目を増やしすぎてしまったことで、私の文章を書くスピードや日本でタイプ打ちと製作してくれる友人の処理能力を超えてしまった事が原因でした。シンプルにしておけばいいものを、下手な物好きというか、素人の典型で自分の能力を超えてまでも欲を出した結果というわけです。普段タイプしたことのない人が文章をタイプするというのはすごく時間がかかる作業です。肩はこるし、指も疲れます。おまけに送られてきた原稿の字が汚いときたら、苦痛の作業に他なりません。何とかしなければ。そうだ別の友人や後輩にタイプ打ちの応援を頼めばいいや。そうすれば少しでも友人の負担が少なくなるし、やる気も上がるだろう。とまあまた私の身勝手でリアルタイム旅行記に付き合わされる人が増えてしまいました。

この後はミャンマー、シリアなどまったくインターネットがつながらない国を旅行し、連絡がないぞ!行方不明か?などと心配をされることもありましたが、まあなんとか目標のトルコまで到着。ここでノートパソコンを持った日本人旅行者に出会い日記の更新分を大量に送れたのは大きかったです。あればやっぱり便利だなと思うパソコンだったけど、やっぱりその旅行者の荷物が多くなっているところを見ると、なくてよかったと思えてしまいました。

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結局リアルタイム旅行記とうたいながらも、なるべくマメにメールで情報を送っていた渡航履歴を載せたページ以外はリアルタイムというには時間のずれが大きく、しかも更新作業がなかなかはかどらなかった為、旅日記などの内容も一ヶ月に一回ぐらいの更新となってしまいました。友人と精一杯頑張って制作した割にはなんとも中途半端なリアルタイム旅行記となってしまたのは残念ですが、その当時のアジアのインターネット事情と我々の知識や技術ではこの程度の作品が限界でした。

海外のインターネット状況が日本出国前に考えていたよりも悪く、大都市にしかインターネットカフェがなかったり、送る際にも日本語が打てない事がほとんどだったのも更新作業がうまくいかなかった原因の一つです。連携作業がうまくいかなかったのも予定外でした。私がインターネットにつなぐ回数が少なければ少ないほど、管理人代行ともコミュニケーションがとれなくなり、発案からページに反映されるまでに時間がかかります。その間にまた修正などしたときにはお互いパニックになったり、何でこうしてくれないの~といったストレスが溜まったりと大変でした。今考えると友人にはえらく大変なことを頼んでしまったものです。普通の人ならきっと途中で投げ出していたことでしょう。一年と九ヶ月、本当によく頑張ってくれたと思います。

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現在ではブログといったものが簡単に作れる世の中なので、特にこだわらない限りリアルタイム旅行記を製作をするのはさほど難しくなくなったようです。現地のパソコンで直接入力し、写真を送って完了って感じでしょうか。私のときはデジカメもなかったし、SDカードといったものもなかったし、本当に大変でした。今の世の中だったら友人をここまで巻き込むこともなったんだろうなとしみじみと感じてしまいます。何はともあれこのような挑戦を行ったことは、友人の尊い犠牲と私の負担も大きかったけど、私の旅を引き締めたのは確かだし、終わってみると非常に達成感があるものでした。

~~~  風の旅人の軌跡4 (リアルタイム旅行記を達成した後)  ~~~

帰国後はリアルタイム旅行記を中心に更新を行っていきました。一世一代のリアルタイム旅行記を行った割には訪問者は少なく、その点ではがっかり。あわよくば帰国したら取材を受けて・・・といったもくろみも合っただけに残念・・・。まあしょうがないか。確かにリアルタイム旅行記という意味では中途半端だったし、内容も読み返してみるとなんかいまいちだよな。って、文章を書いた自分がそう思っていたら話になりません。

でもせっかく友人と作ったものだからちゃんとした形で残しておこう。友人から原稿を取り寄せてタイプミスしたところや抜けている部分を確認しようとすると、なんと文字が汚いこと。誰だこれ書いたのは!と、うなりたくなるほど字が汚い。本当に汚い字をよくタイプしてくれたものです。これではタイプミスが起こるのも無理がないなと思いつつ、やっぱり凄い量を頑張って作ってくれたんだなと改めて思ってしまいました。

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色々と手直しをしつつ、年明けにはサイトのリニューアルを行いました。気がつけば技術の進歩が凄まじく、今までの横幅では画面が小さくなってしまいます。そういった環境の変化に合わせて今時風なデザインに変更し、今回の旅で得た知識を元にページを拡充していきました。

それでもやっぱり人が来ません。旅のサイトだからそんなに人が多くやってくるものでもないけど、もうちょっと何とかならないかな。せっかくリアルタイム旅行記といった他の人がやらないことをやったんだし。旅行記などを書き直したりしながら思うものの、やっぱり他人の旅行記って面白くないよな。私がそう思うのだから他の人もそうに違いない。もっと読んでいて面白いものを書かなければならないのではないか。だから人が来ないのではないか。心配になってきました。

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とりあえず写真が沢山あるし、人が訪問してくるのには何かしらメリットがあるからだと考え、旅で撮った写真を利用してデスクトップの壁紙を作ったり、旅で購入した雑貨のお土産のページを作ったりと幅広く作っていくことにしました。そういった旅の事を色々やっていますといった感じがよかったのか、その後ヤフーのカテゴリーに登録されることとなりました。

今ではそう大したことではないかもしれませんが、当時ではどのサイトもヤフーのカテゴリーに登録されることを目標にやっていたものです。やっぱりやればできるではないか。これで「風の旅人」も有名サイトの仲間入りだ。インターネットの海外旅行の分野で「風の旅人」が少しだけ有名になった時期です。

第3章 漂う閉塞感と個人サイトの意義へ続く

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