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旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-11 復活した前歯

1999年5~6月

出来上がった差し歯を差すと、久しぶりにあるべき場所に前歯が復活しました。(*第2章は全17ページ)

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29、前歯の復活

17万もする特注品のセラミック製の差し歯。値段も高いし、物がものだけに、出来上がるまでかなり時間がかかるのだろう・・・と思ったのだが、意外にも1週間でできあがるとのこと。

「次回の予約は1週間以上開けてください。」と言われれば、付けるなら早いに越したことはない!ということで、型取りをした一週間後の予約を入れた。

ATMでお金を下すイメージ(*イラスト:ささくれさん)

(*イラスト:ささくれさん 【イラストAC】

今日がその日。仕事帰りに銀行のATMに立ち寄り、差し歯代の17万円を下ろた。そして、そのお金を鞄に大事にしまい、歯医者へ向かった。

いよいよ前歯が出来上がる・・・。これで前歯が完全に復活する・・・。まるで子供が遠足に行くときのような興奮状態で、歯医者への道のりを歩いた・・・と書きたいところだが、その対価が17万円と高額では、少し冷めた感じになってしまうもの。うれしいにはうれしいが、落ち着いた足取りで歯医者へ向かい、歯医者の自動ドアを開けた。

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名前を呼ばれ、診察室に案内されると、診察椅子の横にあるテーブルに見慣れないものが置いてあった。それは石膏の歯型。よく見ると、上あごの前歯の部分が差し歯になっている。ということは、これは前回の型取りで作った私の顎の全体の模型か。

石膏の歯の模型のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*写真:acworksさん 【写真AC】

これは凄い。自分の歯型が丸々模型になっていることに感激。あれだけ念入りに型取りをしただけあって、本当によくできている。

自分の歯をレントゲンや鏡越しには見たことがあるが、こう立体的で精巧な模型として見るのは初めてだ。というより、こんな状態で自分の歯型を見たことのある人は、ごく少数だろう。

これは記念にぜひ欲しい。後で先生に頼んでみよう。と、最初は思ったのだが、先生が来るまでまじまじと眺めていたら、感動でのぼせあがっていた頭が冷静に戻った。

気が付くイメージ(*イラスト:ネムACさん)

(*イラスト:ネムACさん 【イラストAC】

これはすぐにゴミ箱行きになりそうだ・・・。なにせ私のいびつな歯型がリアルに再現されているので、あまり見た目が美しくない・・・。おまけに前歯の差し歯をとってしまったら、肝心の前歯が歯抜け状態になってしまうので、みっともない・・・。

それにしても、わざわざ歯の模型ごと納品しなくても、奥歯の時のように差し歯だけ納品した方が手間が省けていいのでは・・・。冷静になってみると、そう疑問がもたげてきたが、高級品のパッケージに重厚感や高級感があるように、17万円も支払う差し歯にもこういう豪華な演出があっても悪くないかもしれない。

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先生がやってきた。早速、先生に歯型の模型の凄さに感動したことを伝えると、「前歯の差し歯をつくる時には、口全体の模型を作って、その歯型から口にあったものを推測しながら作っていくので、手間がもの凄くかかっているんですよ。」と解説し、「こういう歯を作っている人を歯科技工士といって、いつも頼んでいるところは優秀な人が多いんですよ。歯に関しては何でも作ってしまうぐらい、もの凄い技術を持っていて、我々も助かっています。」とも教えてくれた。

歯科技工士のイメージ(*イラスト:ありなか本舗さん)

(*イラスト:ありなか本舗さん 【イラストAC】

なるほど。歯科技工士という職業の人が歯を作っているんだ。私のようないびつな歯型だと、担当になった歯科技工士はさぞ作るのに苦労したことだろう。その技工士に感謝しなければな。

話が終わると、椅子が倒されて、治療が始まった。まずは前歯に付けていた応急の被せ物を外し、土台部分を洗浄や消毒をした後に、いよいよ差し歯の取付。でも、いきなり接着剤を付けてがっちりと取り付けることはせずに、まずは仮止めという形で取り付ける。

仮止めにするのは、まだこの段階で完全に神経が安定していないので、とりあえず付けてみて、もし取り付けた事で炎症を起こしてしまったら、すぐに外して神経を取る治療をできるようにするため。

もしそんなことになってしまうと、せっかく差し歯を取り付ける段階まで進んだ治療が、一気に後退。治療期間が確実に数か月延びてしまうので、勘弁して欲しい。

緊張するイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

差し歯の取り付けが始まった。まずはちゃんと土台と合うかの確認。先生が慎重に差し歯を取り付けていく。どうだろう・・・。ちょっと緊張する。ドキドキしながら展開を見守る・・・、いや、自分では見えないので伺っていると、見事に2つともぴったりとはまった。よかった・・・。

先生が「隣り合わせの歯が二つ同時だと、なかなか合わせるのが難しく、片方が合わないことはざらにあるんですよ。」と言っていたが、お見事。本当に作ってくれた人はいい仕事をしてくれた。

一旦外して、今度は軽く接着剤を付けて仮止め。取り付けた後は、噛んだり、歯ぎしりをしながら軽くかみ合わせを調整し、最後に歯の表面を磨いて、今日の治療は終了。

実際に付けてみて、違和感は全くない。本当にすごい精度で造られている。先生も「私が言うのもなんですが、これはいい差し歯です。当たりというやつです。」といい、満足そうな顔をしていた。

歯がそろうイメージ(*イラスト:ごまめさん)

(*イラスト:ごまめさん 【イラストAC】

仮止めとはいえ、久しぶりに前歯が前歯のあるべきところに戻ってきた。先週取り付けてもらった先生の手製の前歯も悪くはなかったが、ちょっといびつな形をしていたし、表面もちょっとザラっとした感じだったので、正規のタイヤとは違う予備のスペアタイヤみたいな感じだった。

でも今日取り付けてもらったのは他の歯と同じようなツルっとした舌触りで、光沢もばっちり。舌で触った感じも心地いい。この感触にはただただ感激。

ピカピカの差し歯のイメージ(*イラスト:mmikさん)

(*イラスト:mmikさん 【イラストAC】

前歯があるっていうのはいいもんだ・・・。他の歯に比べると少し白い前歯をきらりと輝かせながら、歯医者からの帰り道を歩いたのだった。

30、差し歯への不満

差し歯を付けたその日はうれしさしか感じなかったのだが、付けて三日も経つと、少し不満を感じてきた。

差し歯を入れる前は、せっかく17万円もする差し歯を入れるのだから、何か変わるきっかけにしようなどと思ったものだが、実際に差し歯を付けてみたところで、たいして高揚感が湧いてこない。そう、17万のセラミック製の差し歯を装着してみたものの、全てにおいて普通とか、当たり前なのだ。

前歯の歯並びのイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】

なにか世界が変わって見える事もなければ、趣味や見聞が広がったり、ステータスが上がるようなこともない。普通、17万も投資すれば所有欲を満たされたり、世界が変わって見えるようなものを買えるのだが、今回は元の状態に近い形に戻っただけ。

他人から、「お~プラスチックではなく、セラミック製だね。いいもの使ってるね。」といったような事を言われることもなければ、自らアピールする場面もない。

トイレの便器にTOTOとロゴが入っているように、歯にもメーカーのロゴでも入っていれば、「おっ、TOTOの歯を入れたんだ。高いけど、耐久性があっていいよね。」とか、「ナイキを使ってるんだ。今流行ってるよね。センスいいね。」といった話にでもなるのだが、それもない。

一味違う歯のイメージ(*イラスト:きゃなぽさん)

(*イラスト:きゃなぽさん 【イラストAC】

ほんとうに何の変哲もないただの歯。なので、前歯がそろったことには感動したが、17万円もするセラミックの歯を入れたことに対しては、ちょっと不満を感じてしまうのだ。

こんなことなら無理してでも金歯にすればよかったかも。金歯だったらすぐに気付き、「おっ、金歯入れたね。高かったでしょ。」などと必ず聞いてくるはず。って、そんな考えをしまうのは貧乏性の人だけだろうか・・・。いや、そんなことはない。

というより、高すぎるんだよ。セラミックの差し歯。入れた後に言うのもなんだけど、やっぱりそこが強烈に不満に感じる。

31、とりあえず治療終了

仮止めの状態で1ヵ月近く過ごし、神経の炎症が見られなかったので、正式に取り付ける事になった。

「では差し歯を一旦外します。」と、先生が金具とペンチみたいなものを使うと、すぐにポロっと外れてしまった。今までがっちりと付いている気がしたが、仮止めというだけはある。

差し歯を外すイメージ(*イラスト:丑蟻さん)

(*イラスト:丑蟻さん 【イラストAC】

差し歯が外れると、かなりの悪臭が口の中に漂った。一か月間、ずっと履きっぱなしの靴下の臭いといったところだろうか。自分のものとはいえ、なんともひどい臭いだ。

口の中は雑菌の集まりとはよく言う。歯を磨かないと口臭がきつくなったり、ストレスなどで環境が悪くなると、きつい口臭がするというのも、この強烈な臭いを嗅ぐと分かる気がする。

外した差し歯を洗浄し、土台となっている部分も洗い、消毒をした後、接着剤のようなものを入れて、そっとやちょっとでは取れないように固定した。

これで長かった差し歯の治療はほぼ終わり。今回の治療では、強烈な痛さを伴う麻酔を何回か打たれたので、どうも痛い思い出が多い。あの痛い麻酔から開放される事が何よりうれしい。思えば歯を折った時は気持ちよく気絶していたので、一番痛くなかったかもしれない・・・。

現状は、まだ冷たいものを飲んだりすると、若干歯が沁みたりすることがある。それもそのうち治まってくるらしい。そうすれば一件落着・・・、かな。

笑う歯のイメージ(*イラスト:Cranberryさん)

(*イラスト:Cranberryさん 【イラストAC】

最後の治療で、「これで差し歯の治療は終わります。前歯の神経は絶対に大丈夫だといった確かなことは言えませんが、今のところは落ち着いているのでおそらく大丈夫だと思います。ただ何かあったら直ぐに来てください。」と念を押され、差し歯の治療が終わった。

今回も長い治療になってしまったが、大きな口を開けてもみっともないということはなくなったし、食事の際にも前歯が普通に使えるようになった。後は何事も起こらないことを願うのみ。

事故に遭ったのは不幸だったが、考えたところで、前歯が生えてくるわけでもない。ちゃんと歯がそろったことだし、もう考えないようにしよう。

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これでしばらく歯医者へ来ることはないな・・・。名残惜しい気持ちで受付に向かい、笑顔の素敵なお姉さんに最後の診察料を払った。

今日の診察で、診察カードの予約日を書き込む記入欄がちょうど一杯になっていた。受付のお姉さんは、「今日で治療は終了なので、次回の予約はありませんが、新しいカードを作っておきます。」と、新しいカードを新調してくれた。

診察券のイメージ(*イラスト:01さん)

(*イラスト:01さん 【イラストAC】

これって、また来いということか・・・。いや、私にまた会いたいということかもしれない・・・。って、それは甚だしい勘違いというやつだが、新しいカードをもらうと、なにか縁という糸がつながっている感じがしていい・・・。ちょっと勘違い気味のトキメキを感じながら、歯医者を後にした。

でも、現実的には苦しい思いをして歯医者に通っているので、カードが一杯になると一回分無料とか、500円引きなどといった、レンタルビデオ店やクリーニング屋のようなサービスがあったほうがいいかも。例えば受付で売っている歯ブラシをもらえるとか・・・。

レベルアップのイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

何にしても、これで3枚目の診察カードに突入。歯医者に通い始めてからかれこれ2年以上が経っているので、診察回数も診察経験も積み上がってきた。そろそろ歯医者通いの中級者を名乗ってもいいのではないだろうか。

でも、そんな称号や経験値を得るよりも、歯医者にかからないことの方がいい。歯医者にかかると、お金も時間も無駄にかかってしょうがない。いい加減、歯医者から卒業したいな・・・。そう思うものの、まだ卒業っていう気分ではなかった。口の中でまた別の問題も起きつつある。困ったことに、私の歯医者生活はまだ続いていきそうだ。

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