風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ ぶちぶち歯医者日記 ~

***  第1章 はじまりの虫歯  ***

私はしみじみと感じるのですが、我々人類が誕生して以降一番の宿敵は虫歯ではないでしょうか。日常的な歯医者体験をブチブチと綴った歯医者日記なのに、いきなり人類の歴史に挑戦するかような壮大な文章から始まってしまうのですが、これもかれも歯医者にかかるようになってから虫歯、そして歯に関わる病気や歯の役割の重大さを身にしみて実感したからです。

そもそも歯は動物にとって捕食する重要な部分です。それが使えなくなるとどれだけ苦労することか。また、歯は脳に近い場所にあるので、ちょっとした痛みでもストレスに感じるし、ひどくなると頭痛まで併発し、まともに生活することが出来ません。更に悪いことに歯に関わる病気のほとんどは自然治癒されることはなく、ほっておくとどんどんひどくなるばかり。治そうとするなら歯医者で歯を削るなどの荒治療が必要です。本当に歯に関わる病気は厄介極まりない。

ほっておいてもタケノコみたいに次から次へと歯が生え変わってくれるのならどれほどいい事か。虫歯が出来ても歯を一生懸命磨いて治るものだったらどれだけ気が楽な事か。もっとも普段から真面目に磨いていれば虫歯なんて出来ないのでしょうが・・・。残念ながら私は普段からあまり歯を磨かない生活を送っていたので、とうとう奥歯に大きな虫歯ができてしまいました。

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歯医者か~。その言葉を聞くだけで憂鬱になってきます。だいたい歯医者と聞いて、胸を躍らせる人はいないでしょうし、まして喜んで行く人はいないはず。それはやっぱり歯を削る痛い思い出とか、何度も通院しなければならないといった手間など、楽しいという思考が働かないからに違いありません。

後は歯を磨かなかったという後ろめたさが後押しして、更に行きたくなくなるというものです。中には変わり者もいて歯医者の女医さんに恋をしてわざと歯医者にかかるといった漫画のような・・・というか、奇特な人もいるかもしれませんが・・・、もちろん私の事ではありません。

私も大部分の人々と同じで、歯医者に行くのが嫌な種の人間でした。だから虫歯ができても、なんか痛むけどひどくなったら歯医者に行けばいいや、といった感じでほったらかしにしていました。悪いことにそのうち痛みが和らいでしまったものだから、まあ面倒だし、痛みも引いたし、なんかよくない気もするけどいいか・・・といった状態。

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しかしある日、大学の講義中にあまりのむず痒さにペンで奥歯を突っついていたら、ズボッとなんかいやな感触が・・・。な、な、なんか今、歯に穴が開いたような・・・。慌てて舌で触ってみると、ポコッと歯の横側に穴が開いているような感じがするし・・・。こ、こ、これはまずいかも・・・。いや、間違いなくまずい。でもこれって治るのものだろうか。

歯医者に行ったら「これは駄目ですね。大変な事態ですよ。もう手遅れで歯を抜くしかありません。今すぐに!」などと言われ、否応なしに歯を抜かれ、部分入れ歯とかになってしまうのでは・・・。現在の状況と歯医者でどんな治療が行われるのかといったことが全く想像できないので不安がどんどん大きくなっていき、徐々に顔が青ざめていきました。

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この後、講義に集中できるはずもなく、終わるとトイレに直行しました。そして鏡で奥歯を見てみると、やはり奥歯の外側に大きな穴が開いていました。あちゃ~、穴が開いているよ。しかも結構でかい。さすがにこれは・・・、まずい。非常にまずい。すぐに歯医者に行かなければ。いくら歯医者が嫌いとか、面倒だからといっても、これをほっておくほどの度胸はありませんでした。いや度胸とか、歯医者が好きとか嫌いとか言っている場合ではない。このままでは噛むことができなくなってしまうかもしれない。

学校が終わると、何はともあれ保険証が必要なので直ぐに家に帰りました。そして保険証を母親に受け取る際に歯医者に行く旨を伝えると、「私が行っているところはそこそこ評判がいいのよ。」と近所の歯医者を紹介してくれました。適当に近所の目に付いた歯医者に行こうと思っていたので、それは助かる。早速予約の電話を入れてみると、1時間後に来てくださいとのことでした。

そして1時間後、意を決した顔で歯医者の自動ドアの前に立っている私がいました。いざ勝負・・・・、じゃなくて、歯を診てもらうだけなんだよな。大丈夫。評判がいいという噂だし・・・。心に言い聞かせてみるものの、やっぱり不安。いきなり歯を抜かれることはないよな・・・。えいっ、覚悟を決めなければ。少々顔を引きつらせながら自動ドアを開けたのでした。これから二十年もこの歯医者に通い続ける事になる最初の扉だと知らずに・・・・。

歯医者に入り、受付で電話で予約した旨を伝えると、「今日はどういった症状でしょうか?」と、質問をされ、「あの~虫歯ができてしまいまして・・・、なんか奥歯に穴が開いてしまったような・・・。」と、歯切れ悪く答えなければなりませんでした。

虫歯が出来て、歯医者に行くと「歯を磨かないだらしない人間」というレッテルを貼られてしまうような気がして、えらく腰が引けてしまいます。だから歯医者の人のやさしい笑顔の裏にも、「この人は歯を磨かないようなだらしない人間だ。」などと、見て取れてしまうのは私だけでしょうか。その為、どんなに言い訳しても、歯を磨いていなかった事を見透かされているようで、自然と腰が低くなってしまいます。

要はこの後ろめたさが私にとって重要で、歯医者への道のりを遠くしている原因の一つとなっていました。堂々と虫歯ですと威張って入ってくる人もあまりいないとは思いますが、このような感覚が他の医者と一番違う点だと感じます。もっともこういう能書き以前に普段から私は歯を磨かない生活を送っていたので、なんとも言い逃れができませんでした。

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受付で診察カードを書いた後は、あまり待つことなく診察室に通されました。診察室に入ってみると、病院独特の消毒のにおいがまず鼻につき、室内を見渡すとロボットアームが沢山ひっついているような歯科独特の診察椅子が5つも並んでいました。そこそこ大きな規模の歯医者のようです。それに一つをのぞいてどのイスでも患者さんが診察を受けているといった繁盛ぶりです。これだけ繁盛しているのなら腕の方もいいに違いない。何より他に患者がいるというのは心強いかも。少し緊張が和らいだ気がしました。

空いていた最後の椅子はもちろん私の分で、係の人がその椅子の前まで案内し、座るように言ってきました。でもこの椅子、なんかいかにも歯を削る気満々といったオーラが漂っているような・・・。思わず座るのにためらってしまいました。座ったら手足、腰が固定され、身動きができなくなったところを見計らって電気でビリビリと・・・、まるで死刑に使われる電気椅子に座らさせられる死刑囚といった感じかも・・・。ってな事はないんだけども、不安な気持ちからか嫌なことを想像し、なんか恐る恐る座っている私がいました。座るとエプロンを掛けられ、診察準備完了。少々お待ちくださいと係の人は他へ行ってしまいました。

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そういえば歯医者にイスに座るなんて子供の時に歯医者へ行って以来だな。一体何年ぶりだろう。懐かしいといえば懐かしい気もするけど、やっぱりこれからの治療のことで頭がいっぱい。確か昔も痛い思いをしたっけな。今回はひどそうだから痛さも倍増かも・・・。そんなことを思い出しながら周りをきょろきょろと眺めていると、男の先生がやって来ました。年は30後半ぐらいだろうか。「始めまして」「こんにちは」といった社交的な挨拶を交わし、診察が始まりました。

そして問題の患部を診察すると、すぐさま、「どうしてここまでほったらかしにしていたのですか?」と、お決まりの小言を言われてしまいました。「歯医者が嫌いですから」とか、「歯医者に来るのが面倒臭いから」などとはさすがに言えず、「忙しくて・・・へへぇ」なんてお茶を濁すように答えるしかありませんでした。恐らくほとんどの人が同じように答えているのではないでしょうか。でも、やっぱりばればれだよな。余計に気まずい。というか、こういう皮肉交じりの質問はしないというのが礼儀ではないでしょうか。返答のしようがないじゃないか。

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その後、すぐレントゲンを撮る事になりました。レントゲン室に連れて行かれ、顔の周りをウィーンとまわる変な機械で撮影。頭の中をなんか光線みたいなものが通過している感じがして、ちょっと気持ち悪い代物です。レントゲンを取リ終わると、写真が出来上がるまで椅子で待たされました。

写真の現像は45分ぐらいかかるんだろうな。その辺の写真屋さんのスピード現像45分というのがすぐに頭に浮かび、しばらく待たされる覚悟をしていましたが、意外にも早くレントゲン写真が出来上がってきました。一体どういう仕組みなのだろう。もしかして5分間証明写真と同じ原理?まさかな。ちょっと興味を持ったのですが、まあそれはそれ。あまり初対面の人に変な質問をするのもなんだし、診察とは全く関係ないこと。それにすぐ先生の説明が始まったので疑問のままとなってしまいました。

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先生がレントゲン写真をさしながら説明するには、問題の奥歯はあまりにも虫歯が進行していて神経の大部分がなくなっているとか。なるほど。道理で重症なのにあまり痛くないわけだ。ここまでほっておくのも無神経なら、ほっておかれた歯も無神経だったんだ。うむ。我ながら納得してしまいました。

この歯はあまりにも虫歯がひど過ぎるので、かなりの荒治療が必要との事でした。先生が「まず歯を小さく削って、それから残りの神経を取り除いて、最後に上から銀歯を被せて治します。」などと深刻そうに述べるものの、歯医者なんて小学校以来久しく通ったことがないし、歯に関する知識なんて全くないのでさっぱり想像がつきません。

まあ虫歯の治療といえば削って銀の詰め物をするもの。それが少し大がかりになるのかな。とりあえず歯を抜かないで済むことにホッとしたので、治ってくれるというか、元に近い状態になってくれるのなら何でもいいというのが正直なところでした。

といった感じで説明の半分ぐらいしか理解できていませんでしたが、「おまかせます」と返事をすると、早速治療の準備が行われ、すぐに麻酔を虫歯となった奥歯の歯茎に打たれました。奥歯への麻酔はそんなに痛くなく、徐々に感覚がなくなるというか、なんか腫れ上がった感覚というか、変な感覚になっていきました。

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麻酔が効いた頃、先生が他の患者の所から戻ってきて、治療が再開されました。先生はあっちを見たり、こっちを見たりとなかなか忙しそうです。椅子が倒されて、「じゃ、削りますね。口を開けてください。痛かったり、苦しかったら手を挙げてください。」と言われました。

いよいよ歯を削るのか。もの凄く痛いかも。いやもの凄く痛いに違いない。そう考えると自然と手に力が入ってしまいます。目をつむって覚悟を決めていたら、「大丈夫ですから、もっと力を抜いてください」と優しい声で注意されました。ちょっと入れ込みすぎたようです。少し力を抜いて口を開けると、口の中にドリルが入れられました。そしてキュイ~ンといった甲高い音と共に歯が削られていきました。最初は手に力が入ったものの、痛くないと分かると少しずつ気持ちが落ち着いていきました。

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それにしても感覚がないというのはとても変な感じです。ドリルで削られていても、何かをやっているとしか感じません。痛くないのはいい事ですが、どうせなら耳障りなキュイ~ンというドリルの音も消音タイプってな感じで何とかして欲しいところ。そういった事を考えられるほど精神的に余裕が出来てきたものの、今度は何時までも続くドリルの音に不安を感じてきました。さっきからガリガリとたくさん削っているような・・・。一体どんな感じで削っているのだろう。麻酔が効いて感覚がないのでさっぱり分かりません。なんか嫌な予感が・・・。

顎が疲れ、息が苦しくなってきた頃、ようやくドリルの音が止まり、「お疲れ様です。終わりました。うがいをしてください」と先生が声をかけてきました。やれやれようやく終わった。結構苦しかったな。歯を削られることよりも、患部が一番奥の歯なので、めいいっぱい口を大きく開け続けていなければならなかったことが辛く、ちょっと涙目になっていたりしました。

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歯を削った後、口の中がの嫌な臭いが充満していて気持ち悪い。これはたまらない。椅子が起されると直ぐにうがいをしました。そして舌で問題の奥歯を触ってみてビックリ。原形をとどめないほど小さく削られていました。こ、こ、こんなに削っていたんだ・・・。結構大変なことになっていたんだな。この時点でようやく事の重大さを実感しました。

これはちょっと削って、銀の被せ物を詰めて、終わりといったものではないぞ。被せ物は被せ物でも歯全体を被せないと駄目ではないか。ようやくさっき先生が説明した銀歯を被せて治すといった治療が理解できました。どうやら簡単に書くと差し歯になるらしい。差し歯といっても目立たない奥歯だし、荒治療はある程度覚悟していた事だし、もう削ってしまったことだし・・・、まあいいか。入れ歯よりもずっとましだ。

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その後は削ったところに、白いパテみたいなものを被せました。そして、「今日のところはとりあえず仮のものを被せておきました。こっち側であまり物をかまないようにしてください。それから、麻酔が切れた後、凄く痛むかもしれないので痛み止めを付けておきます。」と、恐怖の言葉で治療が終わりました。ふぅ~、やれやれ疲れた。歯医者は疲れるところだ。疲労感を感じながら帰路につきました。そして、まだドリルの余韻を奥歯に感じながら誰しもが思うことでしょうが、これからはちゃんと歯を磨こうと心に誓ったのでした。

2回目の診察は、まだかろうじて残っている神経を完全に抜く作業でした。神経を抜く時にも、当然麻酔をするのですが、神経を抜く時の麻酔だけは特別に強力なようで、歯医者の先生が「少し心臓がちくりとするかもしれませんよ」と言ってきました。さすがにそう言われると不安になってきます。どのくらい強烈なのだろうか。そのまま心臓が止まってしまったらどうしよう。でも待てよ。その間に神経を抜いてしまえば痛くないか。死んでいることだし・・・。

ん!チクッ。うぐぅ~(声になっていない)。大口を開けて、馬鹿なことを考えていたら、容赦なく歯医者の人が注射針を奥の歯茎に刺していました。今回は結構長くて、痛いぞ。でも今のところは心臓は止まっていない。生きてるぞと思っていたら、心臓が少しチクリとしてきました。お~このまま止まってしまうのか、私の心臓は。少々不安になってきましたが、すぐに痛みは治まり、安堵しました。

目におできができて、まぶたに麻酔を打った時には精神的に恐怖を感じたけど、今回はまともに心臓にきたのでちょっとたまげました。そういえば熊蜂に刺された時も心臓がちくっとしたな。その後全身がしびれて・・・あの時は死ぬかと思ったけ・・・。きっとこの麻酔は熊蜂の毒なみの強さを持っているにちがいない。変な例えがすぐ頭に浮かんで、一人で納得していました。

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麻酔が完全に効いているのを確認した後、神経を抜く作業が始まりました。しかし、麻酔が効きすぎていて、前回以上に何をやっているのかさっぱり分かりませんでした。私の乏しい知識では、ピンセットでミミズのちっちゃいやつというか、糸くずのようなやつをひょいと抓み上げると思っていたのですが、全くもって見当違いでした。削ったり、薬で溶かしてしまうらしい。

「はい、神経を抜きましたよ。」と、生きている神経がシャーレー上でのた打ち回っている場面を期待していた自分の知識の幼稚さに呆れてしまいました。コウノトリが赤ちゃんを運んでくると信じているのと同じレベルかもしれません。悔しかったので、後日後輩に、「この前神経抜いたんだけど、俺の神経は元気が良くて抜いた後もしばらく動いていたよ。」と、からかってみると、「えっ、神経ってそうなっていたんですか」と、真顔で信じていました。少なくとも私みたいに考えている人が一人はいて安心した次第です。

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治療の方は神経を取り除いた後、前回同様に仮のものをそこに被せて終わりました。今回も「麻酔が切れた後痛むかもしれませんよ。」と、恐怖の言葉を告げられました。前回は全然痛まなかったので、今回もまあ大丈夫だろうと気にしていなかったのですが、帰ってからしばらくするとズキズキとこめかみが脈打つような感じがしてきました。神経を抜くというのは楽じゃないなと思いながら、痛み止めを飲んでしばらくすると、ジンジンとした感触はなくなりました。

ただ、痛みが完全になくなったわけではなく、いかにも痛みが抑えられているといった変な感触。夕食後にもう一度薬を飲み、その後は早く寝てしまうのが一番の解決方法に違いないと、子供の寝る時間に床につくことにしました。もちろん歯医者の夢は見ませんように・・・、起きたら痛みがなくなっているように・・・・と願いながら。

神経を抜いた後は、消毒という作業が待っていました。それが1回だけではなく、2週間に1回の割合で何度も歯医者に通い、消毒をしてもらわなければなりませんでした。行く度にプラスチックの被せた物を外し、ちょこまかと得体の知れない液体を塗って消毒。そして、再び被せるといった作業が続くのですが、これが退屈この上ありません。

「ちゃんと消毒をしておかないと、後で膿んで大変な事になりますから」と念を押されていても、4~5回も2ヵ月に渡り消毒を繰り返していると、だんだん歯医者に行くのが面倒臭くもなってきます。ただでさえ歯医者に通う足取りが重いというのに・・・。見た目には進展のない治療の為に歯医者へ通うのは憂鬱そのものです。何でこんな拷問のような治療を受けなければならないのだ。通うのだって時間を割いているんだぞ。貴重な青春を返せ。などと不満に思っても、結局のところ自業自得なのです。

歯医者に当たるわけにもいかなく、フラストレーションも溜まる一方。膿んでもいいから早く銀歯を被せて治療を終えてくれと思うものの、膿んだらどういう結果になるのか全く想像が付きません。またあの強烈な麻酔を打たれて、最初からやり直しですってな双六のような展開は嫌だしな・・・。結果がわからないだけに、いらいらしながらも素直に耐えるしかありませんでした。

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そして、とうとう忍耐の消毒が終わり、やっと型を取って銀歯を被せることになりました。型を取る前の日、九州へ後輩達とツーリングに行き、その帰り道で広島の祖母の家にいました。夏休みだしゆっくりしていくか。いや何か忘れているぞ。バイトはしばらく休みをもらっているし・・・、そうだ歯医者だ。診察カードを見ると、予約が明日の朝9時半になっていました。すっかり忘れていた。今は昼だから、夜に高速を飛ばして帰れば間に合うな。ばたばたと慌てて帰るはめになってしまいました。

よく考えれば電話一本入れて断れば済む問題なのですが、何故だかこの時だけは今までにない使命感が働いてしまったのです。夜中の高速をひた走り、朝、東京に到着。よく頑張った。バイクから荷物を降ろし、自分の部屋で一息入れるまではよかったのですが、気がゆるんだせいか急激に睡魔が襲ってきました。眠くてしょうがない・・・。いつでも瞼が閉じて夢の世界へ旅立ってしまいそうだ。

困ったことに約束の時間まで2時間と微妙にあったりします。もう少しゆっくり走ればよかった。う~、どうしよう。といっても起き続けている自信はない。よ~し、1時間ほど仮眠をとるか。と布団に入ったものの、今度は目覚ましが鳴ろうとも起きられませんでした。

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「う~ん。駄目だ。」再び夢の世界に戻っていると、親にたたき起こされました。「歯医者に行くために帰ってきたのでしょう」と言われれば、「そうだ。もっともな事だ」と寝ぼけた頭で納得して、歯を磨き、服を着て、歯医者へ惰性で向かいました。そして歯医者に威勢なく入り、診察カードを出すと満足感一杯で眠くなってきました。

名前を呼ばれ、診察椅子に通されるものの、いつもは恐怖のイスと感じる診察椅子が今日はリクライニングシートに思えるほど眠い。今日は型を取るとか言っていたからドリルでガリガリと削ることもないし、痛い目に遭うこともないはず。ってことは、気合を入れて座っていなくてもいいか。半分まぶたが閉じた状態で治療が始まり、まず歯を掃除され、型を取るためにピンク色の粘土みたいな物を噛まされました。

その後は「固まるまでそのまま噛み続けてください」と言われ、ほったらかし状態。一人でぼ~と待っていると、とうとう睡魔に襲われました。授業中の時のように、こっくり。いや寝てはいかん。最初は頑張って葛藤していましたが、そのうち意識は夢の世界へ。歯医者の人に起こされるまでの事は記憶にないので省略するとして、歯医者の人も診察イスで寝るふてぶてしい輩は珍しかったらしく、奇妙な生物を眺めるような目つきで私を見つめていました。もしかしていびきでもかいていたのだろうか。何にしても歯医者で寝るなんて私もなかなかふてぶてしくなったものです。自分の成長に微笑ましく思いつつ、この日は何事もなく治療は終わりました。

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そして10日後。今日は銀歯が出来あがる日。これを小さく削った歯にはめれば長かった治療も終わりです。いつになくウキウキしながら歯医者を訪れ、診察イスに座ると、横のテーブルにちゃんと私の銀歯が用意されていました。これが奥歯にはめられ、今後私の歯となるのか。といってもなんかブリキでできたミニチュアの岩といった感じです。

なんか変なの・・・。まじまじと見ているといつの間にか先生がやってきていて、「珍しいですか」と聞いてきました。うっ、見ていたのか。照れ隠しも含めて素直に頷きました。そりゃ普段から見慣れている先生には当たり前の物でも、私にとっては珍しいものだし、それに今後付き合っていかなければならない大事なものです。

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そして診察が始まり、仮の被せ物を外し、掃除をして、さて銀歯をはめる段階になって問題が発生しました。「あれ、おかしいな・・・」 さっきから何度となく歯医者の人が銀歯をはめようとするものの、きちんと土台にはまらないのです。お、おい、どうなってるんだ。向きが逆とか・・・。上下逆とか・・・って、そんな事はないか。相手はプロなんだし。何度かはめているとグキッとはまった感じがしましたが、さすがにこれはきつすぎ。それにあんまり無理に押し込んだり、いじり回されても、こっちとしても痛い。

うぐぅ~、たまらずうめき声を上げると、歯医者の人も諦めたようで、「こりゃ、だめです。申し訳ありませんが、もう一度型を取らせてください。」と、また型を取り直すこととなってしまいました。そして再びピンク色の粘土のような物をかまされました。しかも今回は念を入れて、2回も。もちろん今回の治療代は無料でしたが、全くもって迷惑な話。貴重な時間を割いて来ているわけだし・・・。こんな事なら前回一生懸命帰ってくる必要がなかったな。「藪医者だな、面倒をかけやがって」とぶつぶつ思いながら歯医者を後にしました。

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しかしながら帰り道、ふと前回の診察で寝ていたことが頭を過ぎりました。もしかして私が寝ている間に型がずれてしまったのかな。そういえば何度かカックンカックンって船をこいでいたからな・・・、その時にずれちゃったという事もあり得るぞ・・・。うむ、そういう可能性もあるな。いや、そうかも・・・。考えれば考えるほどそんな気がしてきました。もしそうだとしたら私の方が悪いかもしれない・・・。申し訳ないことをしたというか、これも自業自得なのだろうな・・・と思い直したのでした。

次の治療で私の奥歯には無事に銀歯がはめられ、その後の治療で高さの調整と、かみ合わせの確認をしてもらい、約4ヵ月の月日にもわたった治療が終了しました。かなり時間がかかりましたが、一番奥というやり難い場所だったのと、神経を取り除くといった重傷だったことを考えれば、致し方ないのかもしれません。治療している時は、とろとろと時間をかけやがってと思ったりもしたけど、今となってみれば差し歯だと分からない状態になっていることを考えると、いい仕事をしてくれたなと感謝している次第です。

やっぱり丁寧にやってくれる・・・、というよりも親身になってくれている歯医者は、さっさとやってくれる歯医者よりも安心感があっていいのかな?他の歯医者に行ったことがないので何とも言えないのですが、とりあえずちゃんと完治し、違和感なく生活を送れている現状を考えると今回はそう思えたのでした。

~~~ 第1章 はじまりの虫歯  完 ~~~

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<ぶちぶち歯医者日記 第1章 はじまりの虫歯 1999年6月初稿 - 2015年9月改訂>