風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ 異文化や歴史についてのエッセイ ~

§5、トルコ人ってどんな人種?

東西文明の交差路と呼ばれるトルコ。一般的な日本人にとっては、名前ぐらいは知っているけど、はるか西方のイスラム圏にある未知の国といった感じでしょうか。以前では・・・、といってもかなり古く昭和の話ですが、トルコ風呂(ソープランドのような風俗の意味)とか、オスマントルコの国といったイメージしかなかったのですが、近年では旅行番組や紀行番組、02年のワールドカップなどの対戦などにより、日本人もトルコについて知る機会が多くなりました。

そして、テレビなどで紹介されているトルコ人というと、「日本人によく似ている」、「トルコ人は親日派だ」、「トルコ人は日本人よりも親切だ」といったような紹介のされ方をしています。恐らくトルコに関する番組をご覧になった方や、トルコに興味を持った方なら似たような事を耳に挟んだ事があるのではないでしょうか。

私自身もトルコを旅してきて、このような言葉もまんざら嘘ではないなと思いました。その根拠は一体なんでしょう?ちょっと興味があったし、ワールドカップの対戦が決まった後で、「トルコとは?トルコ人とは?」といった質問が何通も届いたので(その当時「トルコに片思い」というトルコについてのページを公開していたので)、私自身の体験と調べた事を元にトルコ人について書いてみました。

line
オールド・ワンの子供達の写真

オールド・ワンの子供達

人懐っこい人たちが多いです。

line

ーーー トルコ人の起源 ーーー

イスタンブールなどの大都市を歩くと、様々な顔立ちの人を見かけます。その顔立ちは、日本人にどことなく似たような人から白人と区別の付かない人まで多種多様。さすがは東西文明の十字路と言われる国だなと感心してしまいます。実際にトルコで見かける人の容姿は、ユーラシア大陸の全てを網羅していると言っても過言ではありません。そうなってくると一体どの顔が本来のトルコ人の顔なのだろうか?といった疑問がわいてきます。

トルコ人は中央アジアの遊牧民族が起源と言われているから、モンゴル人っぽい顔立ちが本来の姿なのだろうか。それにしてはそういう顔立ちの人は少なすぎます。どちらかというとアラブっぽい顔立ちをした人が多いようです。結局、多くの顔立ちを見かけるし、これがトルコ人だといったサンプルがないので、この人がトルコ人の顔立ちだといった事を判断できませんでした。

それは日本に帰って調べてみると、東洋と西欧の境目にある地理的要因だけではなく、歴史的要因が絡んでいる事がわかりました。まずはトルコ人とは一体何者なのか、トルコ人の概念について歴史的側面からみてみましょう。

トルコの国が位置するアナトリア半島は、古代ギリシャ語のアナドレ(東方)に由来します。トルコ族がやってくる前にはビザンチン帝国やローマ帝国、ヒッタイトなどの大帝国がこの地を支配していました。そして8世紀頃、ようやくアナトリア半島の歴史にトルコ人が登場してきます。

8~10世紀にかけて少しずつトルコ民族はアナトリア半島に入り込んでいきました。その動機は、アラブとビザンチンの戦いの傭兵部隊としてでした。そのうちユーラシア内部のステップ地帯から、指導者に伴わた部族が次々にやってきて足がかりを作り始め、11世紀末にはセルジュークトルコとして国を興すまでになりました。

その後は、オスマントルコが続き、騎馬系遊牧民のトルコ族がローマ人やギリシャ人などのヨーロッパ系の人種を追い出し、アナトリア半島を完全に支配するようになってしまいました。そして、徐々にアジア的なトルコ文化が浸透し、それまでのヨーロッパ的なローマの流れを組む文化を上書きしていきました。

国家を興したとはいえ、トルコ民族はアナトリア半島では少数派でした。そのトルコ民族が国家を形成するにあたって行ったのは民族同化でした。従属関係にある異質民族、征服した民族をまとめる為に、生活習慣や価値観をイスラム教やイスラム文化に融合させ、それを守る事で同じ民族として扱いました。言うなれば、血統的には違っていても、特定の支配地域に暮らし、政治的な違いがあるなしにかかわらず、共通の言語を使用し、共通の生活様式と風習、文化を持ち、ムスリム(イスラム教徒)としての集団感情から逸脱しない種類の人々をアナトリア半島のトルコ人と定義したのです。

強力な権力を持ち、広大な支配地域を誇ったオスマントルコ帝国時代には、他民族との混血がどんどん進んでいきました。その結果、混血が繰り返され、現在トルコに暮らす人々の体内には本来の中央アジア人であったトルコ族の血はほとんど流れなくなってしまいました。それで中央アジアやモンゴルっぽいような顔立ちの人をほとんど見る事がなく、土着っぽいアラブ人顔の人々が多いのです。それと共に広大な支配地域での混血が進んだので、トルコでは色々な顔立ちの人々を見かけるのです。

line
ビレジッキの川原での写真

オスマンスタイルの演奏

軍隊の行進曲などを演奏していました。

line

ーー 親日派のトルコ人 ーー

トルコ人は親日派が多いと言われています。ガイドブックにもそう書かれ、トルコをテーマにしたテレビ番組でもそう紹介される事が多いです。しかし、日本人がトルコ人に親近感を抱いているかというと、そうでもないし、あまりトルコについて知らないのが実際のところです。歴史的に見ても、トルコと日本が接点持った事など学校で習った覚えがありません。近年でも経済共同体とか、軍事同盟といったような強力なパートナーシップを結んでいるわけでもありません。では一体なぜトルコ人は親日派が多いのでしょう。

トルコ人が親日的な根源は、同じような歴史的境遇を持っている事にあります。日本は明治時代に江戸時代の徳川封建制や鎖国から抜け出そうと、「文明開化」の名の下で日本の伝統的文化を犠牲にして、近代化を推し進めました。第一次大戦での敗戦後、トルコの建国の父アタテュルクも同じように政治からイスラム教を廃し、近代化を推し進めていきました。

その時に手本にしたのが日本で、その改革を実行した明治天皇を尊敬し、アタテュルクの寝室には明治天皇の肖像画が飾ってあったと言われています。日本の江戸時代文化がトルコではイスラム文化や封建的なオスマントルコ帝国の支配体系にあたり、アタッチュルクの近代化はトルコ版文明開化とでも言うのでしょうか。

同じ敗戦国だというのもその根底にあるようです。トルコの大学生と話したときの話ですが、日本はどうして敗戦の後、こんなにまで経済が成長したのかを一番熱心に聞いてきました。トルコ人にとって、日本は文明開化のお手本であり、また経済発展のお手本国ともなっているようです。その根底にはヨーロッパとの境にあるために生じる民族的コンプレックスも混ざっているように感じました。ヨーロッパと対等に張り合えるアジアの国。そういった尊敬と憧れを日本に抱いているのではないでしょうか。

また、歴史教科書的な過去の話になりますが、トルコは過去に何度もロシアと戦争をしています。日露戦争(1904年)の時も状況は同じで、当時では日露戦争でロシアを破った日本の事を尊敬、もしくは親しみを持っていたみたいです。これは大分昔の話ですけど、もしかしたら学校で習ったりして心の根底にあるのかもしれません。

これも古い話ですが、1880年9月18日に和歌山県の串本町の沖合いでトルコ軍艦エルトゥールル号が遭難し、乗組員656人中587人が帰らぬ人となる事件が起きました。懸命に救助にあたった串本町の人々のおかげで69人の命が救われたという話もあります。日本ではあまり一般的ではない事件ですが、トルコでは意外と知っている人が多かったりします。尚、今でも串本町はトルコとの友好に力を入れていて、トルコ関係の店や行事が多いです。

最近の話では、イスタンブールのボスポラス海峡に第二ボスポラス大橋を架けるのに協力した事などで、親日感を持っている人も多いです。また観光客相手に暮らすトルコ人に聞くと、日本人は信頼できるから好きだと言う人が多いです。

彼らが言うには「日本人はフレンドリーだ。他の国の人はそうではない」との事です。その理由は、日本に帰った後にも手紙をくれたり、写真を送ってくれたりするからだそうです。その一方、「交渉で断るのが下手だし、お金を持っているから好きだ。」と言いきる絨毯屋や、「日本の女はすぐ落とせるから好きだ。」と言う人もいました。これもまた正直な親日となるでしょうか。

色々と親日の理由を挙げる事ができますが、真の意味での親日かというとどうなのでしょう。個人的にはトルコを旅していたときよりも東南アジアを旅していたときの方が親日的な感じがしました。日本のことをよく知っているし、町には日本の文化が溢れているし、人々と話しても日本人と分かると好意的になったりといった感じです。

そういう点ではトルコには日本的なものはほとんどありませんし、一般のトルコ人が日本人のことをよく知っているわけでもありません。お互いよく知らないのに親日とか、親トルコといったレッテルを貼ってしまう事にはちょっと疑問に感じます。個人的な価値観や経験によるのが大きいのでしょうが、国と国の距離を考えるとお互いあまり悪い印象がないというのが本当のところかもしれません。

そもそもお互いすぐ隣にある国とは歴史的に仲が悪いので、親しいといった感情を持つ国に過敏に反応してしまう節があるのかもしれませんね。とりあえず私の経験的に言えるのは、実際にトルコを旅する際はトルコ人は親日だと思い込まない方がいいと思います。

そういう思い込みから油断してだまされたり、ぼったくられたり、レイプされたり、色々と事件に巻き込まれる事があります。海外では日本と同じような行動をしていては駄目だといいますが、親日ということで油断してしまうのです。いや、本当に多いので気をつけてください。

line
ビレジッキの家族の写真

ビレジッキの家族

家に招待されました。

line

ーークルド人についてーー

現在のトルコに暮らす人種を多い順に分類すると、ダントツでトルコ人が多く、それ以外ではクルド人、アラビア人、ギリシャ人、アルメニア人、チェルケス人、ユダヤ人といった順番になります。クルド人以外はほんの少数派ですが、クルド人は人口に占める割合が3割と大きく、トルコを語る上で無視できない存在となっています。

クルド人とは日本でニュースなどで聞いた事があると思いますが、国を持たない民族としては世界最大の規模の民族です。トルコに限らず周辺のシリア、イラク、イランなどの国に暮らしていますが、国力、話題性、人口に占める割合などトルコがダントツでトップなので、クルド人=トルコといったイメージを持つ人も多いはずです。そして日本で聞くクルド人のニュースは、独立だ!革命だ!といった過激な思想によるテロの報道が多く、クルド人=悪者のイメージを持っている人も多いかもしれません。

最近では幾分理解が進んできたものの、私が若い頃にトルコに行くと言えば、クルド人には気をつけろよと言われるほどでした。クルド人としてもクルド人としての独立国家を切望していますが、勝手に人の国の領土で旗揚げなんてすればイスラエルの二の舞になってしまうのは明白であり、その過程はとてつもなく厳しいのが実際です。

line

実際にトルコに行ってみると、私の目にはクルド人とトルコ人の区別が付きませんでした。顔立ちも似ているし、インドのように宗教ごとに独特のサリーとかターバンを巻いているわけでもないし、文化や宗教感も大して変わりがないので、観光客には区別のしようがないといったところです。おまけにクルド人とトルコ人との混血も進んでいるようで、外観で判断するのはお手上げでした。

一緒じゃないか。そう思ったものの、当然のことながら当事者達には重要な事です。西部にいる時には特に意識をする事がなかったのですが、東部を旅行していると、よく俺はクルド人だと自己紹介してきました。君があの悪名高いクルド人か。一番最初に聞いた時は日本のニュースで植えつけられたイメージをそのまま頭に描いてしまいましたが、実際に話をしていくと、クルド人としてのプライドを持ち続けているだけで、一般の人はトルコ人もクルド人も大して変わらない事がわかりました。幾分クルド人のほうが人懐っこい印象を持ちましたが・・・。

line

逆に知り合いになったトルコ人にクルド人の事を聞いてみると、「クルド人は悪いやつではない。」「一部の過激派がテロを起こしているだけだ。」との意見が多いようでした。なんていうか、日本でおける在日外国人みたいなものでしょうか。悪い事件が続くと感情が悪くなり、何もないと話題にもならないし・・・。私も色々な人種の人と話すようになってから特にそう感じるのですが、クルド人だからとか、イスラム教だからとかは、言い訳に過ぎません。人種や宗教、身分、性別など関係なく、悪いやつが悪いのです。

日本人は基本的に単一民族なので、とかく何人だからとか、何教だからとか、悪人に自分達とはかかわりのないレッテルを貼って、自分たちと区別しようとする傾向が強いように感じます。しかしそれは偏見であって、差別に過ぎません。

line

ビレジッキの市場で

なんか色々果物をもらいました。

line

ーー 宗教感 ーー

戦後、トルコが民主化の道を歩み始めた時、「国教をイスラム教にしない。」と憲法上で制定しました。いわゆる政教分離というものですが、イスラム教の世界では異例の出来事でした。中近東、北アフリカ一体にイスラム教を浸透させた本人であるトルコが、一番最初にイスラム教を国教としないと宣言するのはちょっと無責任な感じもしますが、トルコ建国の父アタチュルクはトルコが西欧諸国に対抗する力をつけるためには、神をも恐れない政策が必要だと感じたに違いありません。

現在のトルコでは、統計上では99%がイスラム教を信仰しているとなっています。しかし私が訪れて感じたのは、日本人の大半が仏教(神道)を信仰しているのと同じで、親が信仰しているからとか、周りが信仰しているからなど、特に深い宗教心もなくイスラム教を信仰している人が多いということでした。特に若者と話しているとそう感じました。

line

例えば、女の人の頭に巻くスカーフも宗教上の理由よりもファッション、もしくは習慣的というか、民族衣装といった感じでまとっている人が多いですし、実際にはイスラム教の宗教上(厳密には宗派による)は禁止されている飲酒もそれなりに許容されていますし、赤線地帯もあります。恋愛に関しても比較的(同じ民族内では)自由に行われているみたいでした。とりわけ若者などは俺は罰当たりだからといった感じで、あまり宗教上のご法度には気にしていないようでした。

しかしトルコの若者には宗教や神よりも怖いものがあり、親父の前ではタバコを吸えなかったり、宗教に反するような事ができないという人も多く、日本で言う地震、雷、火事、親父はトルコでは健在なんだなと感じました。

line

その一方、東の地域の田舎、厳密に言うとクルド人に多いのですが、熱心なイスラム教の信者も存在します。地域によっては女の人が全身真っ黒な服を着ていて、まるで魔女のようだったりします。目だけしか見えないから、慣れないとすれ違うだけで怖いものです。田舎というのは都会に比べてかたくなに風習を守る傾向にあります。イスラム教の集会所に若者が集まって宗教について話すような事も行われていたり、今尚イスラム教が根付いているんだなと感じ事も多かったです。

しかし田舎でも脱イスラム文化というか、イスラムとヨーロッパの融合というか、そういった傾向が都会ほどではないにしても徐々に進んでいるなと感じることは多々ありました。ヨーロッパなどから多くの観光客が訪れる国なので、宗教にしがらみのない人たちの行動を目にする事が多く、そういった影響を受けるのはしょうがないことなのかもしれません。

そして日本と同じように形式だけの宗教感を持った人間がどんどん増えていき、文化の根底には宗教観があるけど宗教的には形式的といった国家になっていくような気がします。このあたりの宗教感も日本とそっくりだと感じました。

line

エディルネのモスクで

オスマンスタイルの正装をする子ども達
七五三みたいなものでしょうか?

line

ーー トルコ語について ーー

トルコではトルコ語が使われています。たまにミミズのはったようなアラビア語を使っていると思っている人もいますが、トルコ語はアルファベットに近い文字で表記されます。例えば「こんにちは」は「Merhaba(メルハバ)」です。そしてトルコ語と日本語は言語学的に似ていると言われています。それは主語、述語などの構文上の体系が似ているからです。

英語や中国語などでは主語の後に述語がくるので、慣れないとしゃべるのに「私は」「食べる」「食事を」と主語、次が動詞・・・と頭の中で考えなければならなく、こんがらがってきます。そういった意味ではトルコ語はとっつきやすいかもしれません。ただ頭の中で外国語=主語+動詞と出来上がっている人にとっては、逆に混乱してしまうかもしれませんが・・・私です。

文法も似ていますが、発音もよく似ていると思います。英語では「a」は「ア」とか、「エ」とか、「オ」とか様々な発音をしますが、日本語をひらがなにすると、「は」と「へ」を除くと全て1通りの読み方しかありません。トルコ語も日本語と同じで、例外がほとんどなく表記された通りに読めむことが出来ます。

それならば簡単にトルコ語が覚えられるのでは・・・、と思ったのですが、正直似ていても難しいです。特に動詞の活用は複雑すぎ。まるで日本語並み・・・ってやっぱり似ているんですね。ヨーロッパがいい例ですが、言葉が似ていれば文化も似てくるものです。日本とトルコが似ている一因は言葉によるものもあるかもしれませんね。

line

マルディンの子ども達

塀の上から呼ばれて、おもわず一枚。

line

ーー 若者の文化 ーー

時代の流れを反映しているのは若者の考え方です。トルコの若者と話して思ったのは、イスラム教の古い教えよりも、西欧の新しい文化にあこがれている事でした。ちょうど日本人の若者がアメリカの文化に憧れるのと同じように。そして日本で日本の良さがだんだん損なわれていくように、トルコでもトルコ文化が西欧文化に飲みこまれ始めています。

特にイスタンブールなど西岸部の大都市では顕著に感じました。その一方でトルコという国は日本と同じように伝統のある文化を持った国です。古来からの文化を重んじる傾向もあり、女の人が西欧風のスカーフを頭に巻いていたりと不思議な融合をしている部分もありました。このような現象や考え方も日本人と似ているのではないかなと思いました。

line

オイルレスリング

トルコといえば力比べです。

line

ーー トルコ人の性格 ーー

今まで色んな国を旅してきて無愛想だなと感じる民族には出会ったことはありますが、不親切な民族には今のところ出会ったことはありません。トルコ人も確かに親切でしたが、他の民族よりも特別に親切かといわれると困ってしまいます。なんて表現したらいいのかわかりませんが、普通に親切でした。親切というのはわざわざ他人のために手間をかけるような行為だと思います。

例えば道を尋ね、口で説明するだけではなく、自分が行きたい方向と逆なのに目的地まで送ってくれるような行為が本当の親切だと思います。そういった経験はトルコで何度もありました。例えば、バイクを借りていてパンクした時に、わざわざトラクターに乗せて修理屋まで運んでもらった事や、お祭りなどの情報をわざわざ役所に電話して聞いてくれたことなどです。

かといって他の国に比べて多いかというと、そうでもありませんでした。それよりも日常的に何度もお茶をご馳走してもらったり、タバコをよく薦められたり、バス代を無料にしてもらったりした事は多く、とても印象に残っています。もちろんそれはある程度物価水準が高いからできることで、それは親切というよりも、もてなし好きな性格といった区分になるのかなと思っています。ですから私の中でのトルコ人は、親切というよりも、とってももてなすのが好きな人種という認識になっています。

では日本人はどうでしょう。日本人は親切だと聞くこともあるし、逆に知らない人が道で困っていても進んで助けようとしなかったり、日本を旅した外国人からあまり親切とはいえなかったと言われたこともあります。とりわけ外国人には閉鎖的な感情を持っているような気がします。言葉が出来なかったり、恥ずかしがり屋だという部分を差し引いても、目の前で困っている人を進んで助けないというのはやはりあまり親切といった感じはしません。

その一方、何かの縁で知り合ったり、よく知ったお客さんにはもてなすのは好きだったりします。そう考えると、日本人も親切というよりはマナーは良かったり、もてなし好きといった感じではないでしょうか。そう考えるとトルコ人と似ているのかもしれません。そういった感覚的な部分でもトルコ人と波長が合い、お互い嫌な感情が生まれにくいのかもしれません。

また、トルコ人は腕相撲やレスリングなど力比べが好きな人種です。レスリングはオリンピックでメダルを取るほど盛んで、トルコには伝統的な競技オイルレスリングが今尚根付いています。そういったことを考えると、トルコ人の遠祖は中央アジアの遊牧民だったんだなと感じますし、日本の相撲や柔道に通じる部分があるように感じます。

その一方、他の中東の国とは違って空手などにはあまり興味を示しませんでした。とにかく真っ向から力勝負というのがトルコ人の気質のようです。そのせいか滞在中何度かレスリングや腕相撲をやらされました。その感想はトルコ人は腕力があるといったところ。完敗とまではいかないものの、ほとんど負けました。トルコでは、性格はやさしくて、力持ちの男の人が理想の男性像らしいです。私はトルコではもてそうにない・・・。涙

・風の結晶 INDEXに戻る↑

<異文化や歴史についてのエッセイ §5、トルコ人ってどんな人種? 1999年11月初稿 - 2015年12月改訂>