風の結晶 ~風の旅人エッセイ集~

~ バイクツーリングやレースについてのエッセイ ~

§7、日本の端っこ(東西南北)

灯台とブラックバード
灯台とブラックバード

「日本最北端の地」・・・なんて響きのいい言葉なんだろう。「最○端」といった言葉を聞くと、無性に行ってみたくなるのは私だけではないはずです。少なからず、「バイク乗り」、「自転車乗り」、「旅人」といった種類の人間なら、その言葉の響きに憧れるのではないでしょうか。

日本の端っこ。実際のところ半島の付け根でしかない場所なのですが、強烈に惹きつける何かがあります。それは何かと突っ込まれると正直言って困ってしまうのですが、同じ駅でも最果ての終着駅にどことなく哀愁が漂っているように感じるのと同じで、日本の最果ての岬にも不思議な空間が出来上がっている場所もあります。もちろん何も感じないただの岬である場合もありますが・・・。

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私は思うに、「最○端」というのは半島や岬自体の興味よりも、その地を訪れる事による「征服心」、「冒険心」、「収集心」、「自己満足」といった部類のものが大きな割合を占めているように感じます。分かりやすく書くと、旅人(バイク、自転車、あるいは徒歩なども)などが特に当てもなく北を目指して旅をした場合、目指す目的地は自ずと決まってきます。それは最北端です。

なぜなら行くことのできる最も遠い場所であり、行ける限界、言ってみれば今自分の出来る最大限の大きな目標であるからです。だから自然と最北端が目標であったり、ゴールとして定義されるのです。そして苦労しながら「ここより先は誰もいけない」というゴール(目標)に到達する事で、一つの旅が終わり、個人的な感情の区切りを付けるのです。

そして本当の旅とは辿り着く事よりも辿り着くまでの経過が楽しいものであって、苦労して辿り着いた岬。その岬がどうであれ、辿り着くまでの経験がその場所を神聖化するのです。登山でいう山頂がそうであるように。だから旅好きな人間は「最北端」という言葉を聞くと、自然と言語外にそこへ辿り着くまでの旅(経緯)を想像して、心躍らせ、その言葉に魅了されるのかもしれません。

実際にバックパッカーの間では、ユーラシア大陸の東の端にある日本を出発して、とりあえずユーラシア大陸の西の端にあるポルトガルのロカ岬を最終目的地にして旅に出る人が多いのも事実です。たとえ辿り着かなくても、別の目標ができたり、いい旅ができていればその旅は失敗でもないのです。それが旅なのです。

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こういった日本の端っこを訪問するといった行為は、一部の旅人やライダー(特に自転車)の間ではステータスになっていたりします。なぜならこういう場所は一般の観光地と違って、基本的に「最○端」の案内板が見えたから訪れたという事はありえなく、その場所を訪れる意志がなければそこに辿り着く事ができないからです。つまりついでに寄ったということがありえなく、誰でも気軽に訪れる事ができない貴重な場所だからです。

それに島国日本といっても、どうしてなかなかでかい。隅から隅まで訪れるのも結構大変な事です。だからパスポートに押されたスタンプの数を自慢するのと同じで、「自分は日本の四端の全てを訪れた」という事はかなりの自慢話になるはずです。もちろん冒険心や自己満足といった部類のものでしかないのかもしれません。でも少なくとも四端を制覇すれば胸を張って日本を制したと宣言できるはずです。

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日本の四端マップ
日本の四端西
日本国領土の四端択捉島
北緯45度33分
沖ノ鳥島
北緯20度25分
南鳥島
東経153度59分
与那国島
東経122度56分
本土の四端宗谷岬
北緯45度31分
佐多岬
北緯30度59分
納沙布岬
東経145度49分
神崎鼻
東経129度33分
本州の四端大間埼
北緯41度33分
潮岬
北緯33度26分
トドヶ崎
東経142度04分
毘沙ノ鼻
東経130度51分

*ちなみに一般人が訪れる事のできる最南端は波照間島(北緯24度02分29秒)です。

*** 日本国領土の四端 ***

いわゆる学校の地理で習う日本の東西南北の四隅の事で、日本政府が我々の領土はここまでですと宣言している領土の事です。微妙な書き方をしたのは、実際のところは最北端である択捉島は北方四島の一つで事実上ロシアに占領されているからです。その他の端を見ても島国らしく、その全てが島。それもかなりの広範囲に広がっている事が分かります。

南北の差は約2800kmで、熱帯から寒帯の気候を持ちます。東西は約3500kmで、時差にすると2時間もあります。そう考えるとちっぽけな島国という表現をする人もいますが、領海を含めて考えるとそれなりに大きな国だという事ができるのではないでしょうか。実際領土面積だけでも約240か国中80位と上位3分の1に入っていますし。

しかしながら旅やバイクなどのツーリングという観点から見ると、この四端、先に書いたように択捉島はロシア領となっているし、沖ノ鳥島は満潮時にかろうじて2つの岩が出ているだけだし(日本最小の島)、南鳥島(マーカス島)は観測所と軍事施設しかない島で、唯一島らしい島というか一般人が行く事ができるのは与那国島だけだったりします。ここに自分のバイクを持ち込んでツーリングをする事もできますが、そこまでの運搬の手間を考えると・・・という事で、私の行っているバイク旅にはあまり関係ない四端ですが、雑学として調べてみました。

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< 最北端の地:北海道 択捉島(エトロフ) >

全く返還される気配が感じられない北方四島のうちの一つで、もちろん一番北にあるやつです。あまり知られていないのですが、もし返還されたなら日本で一番大きな島になります(現在は沖縄本島)。中国では中国領で一番大きな島は台湾島であるとしっかりと教育されているのに比べると、あまり知られていないのが日本の国民性というやつなのかもしれません。

それはさておき、もし返還されたなら北海道ツーリングの目的地はどうなってしまうのでしょう。現在は猫も杓子も・・・といった感じで宗谷岬を目指しているのですが、時間に余裕のある人は「真の最果ての称号」を得るために択捉島を目指し、オホーツク海を渡る事は想像に難くありません。返還された年などは大キャンペーンなどが催されて、我こそは最北端ライダーだと自負する人々が大挙して行く様子が目に浮かんできます。

でも実際のところ・・・私的にはかなり意外な事実だったのですが、緯度的にみると宗谷岬とたった02分しか違わなかったりします。って、たった4キロほど北なだけ・・・。でもそういったこだわりを持つのが自我の強い旅人であり、ライダーであり、チャリダーなのです。そんな事を想像していたら無性に行ってみたくなってきたりして・・・。そんな世界が早く訪れるように政治家の人、努力してください。お願いします。

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< 最東端の地:東京都小笠原村 南鳥島 >

日本国領土の四端の中で一番知名度がないのは南鳥島ではないでしょうか。東の端というと北海道の東部かと思っている人も多いかと思いますが、太平洋上にあるこの島になるようです。この南鳥島は別名をマーカス島と言い、第二次大戦中に軍事基地になっていた島だったので、マーカス島のほうが馴染みのある人もいるかと思いますし、私のように南鳥島=マーカス島だと知らない人も多いかもしれません。

位置的には東京から東南へ約1950kmに浮かんでいます。島自体は珊瑚礁でできた小さな島のようで、特徴的なのは島の形がほぼ正三角形に近い事です。一辺の長さはおよそ2kmで、面積は1.1k㎡。標高は最高地点で20mほどで、写真で見ると思わず見とれてしまいます。

現在、この南鳥島には一般の人が行く事はできず、気象庁の職員と海上保安庁や海上自衛隊員が合わせて数十人駐在し、様々な観測業務や海難救助などの支援を行っています。一般人が行く事ができないおかげで、島の周りは自然の環境が綺麗な状態で維持されていて、その珊瑚が綺麗な事と、島に大戦中の残骸が残っているといったアンバランスなところがこの島の魅力となっています。

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< 最南端の地:東京都小笠原村 沖ノ鳥島 >

東京から南に約1740㎞。沖ノ鳥島といってもピンとこない人でも、満潮時に岩が二つ出るだけの島と聞けば、「あのお金をかけて防波堤で囲んだ島でしょ!あれが沖ノ鳥島っていうんだ。」と返答が帰ってくるはずです。そう、この島が日本の最南端に位置している島です。

この島は珊瑚礁に囲まれていて、満潮時の時点でかろうじて2つの露岩が70cmほど覗くだけでした。これではいつ波によって岩が砕けてもおかしくない。このままでは島が水没してしまう。漁業権が・・・という事で、早急に大掛かりな防波堤工事が施されました。

その初期工事費用は285億円。その後補修工事として50億かけて補強され、今では8億円のチタンの蓋を被せて自然環境にさらされないように防護されていたりします。まさに至れり尽くせりのお岩様。日本各地にある御神体の岩どころの騒ぎではありません。もっとも最南端であるこの島があることにより日本の領海がぐっと広がり、そのことで得られる利益の事を考えれば当然の事だと思います。

こういった島なので人が訪れる事はできませんが、ちゃんと日本最南端の碑というか、チタン製のプレートが添えつけられているようです。何も知らない外国船がこの付近を通って、この島を見たら「なんだコリャ」とたまげる事だけは確かです。実はもう海の観光名勝になっていたりして・・・。ぜひ一度実物を見てみたい。そのうち温暖化の影響とか、プレートの移動とかで海没してしまいそうな気もするし・・・。

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< 最西端の地:沖縄県 与那国島 >

この中では唯一観光客が訪れる事のできる島で、海を隔てたすぐ先は台湾です。島自体に見所は特にないのですが、近年では付近の海底で発見された超古代遺跡で脚光を浴びていたりします。遺跡大好きの私が遺跡について書き出すと恐ろしく長くなってしまうので遺跡については省きますが、ダイビングをやる人はぜひ見てください。古代世界の価値観が変わるかも知れません。

地図を見ると分かるのですが、この辺りの中心は石垣島で、石垣島の西に自然が豊かに残り、山猫で有名な西表(イリオモテ)島があり、その西がこの与那国島、そして石垣島の南西には一般人が行ける最南端の波照間島と見所の多い島が散在しています。

という事は、石垣島までバイクを持って行ければ最南端と最西端をセットで訪れる事ができるではないか!与那国だけにバイクを持ち込んで最西端ツーリングと言うのは非現実的ですが、実質的な最南端ツーリングも同時にできるのなら、それだけの価値はあるかも。そう思い立ち地図を眺めるものの、やはり、遠い・・・。東京から沖縄本島までも遠いのに、さらにそこからフェリーで9時間。

一体いくらかかるのだろうと調べてみると、名古屋と大阪から石垣島に行くフェリーが出ていて、二輪だけの運賃が約15000円。石垣から与那国までが約3500円。合わせると18500円。意外に安いではないか。それに人間の乗船券が25000円と3500円で、全て合わせると47000円か。最果ての地に行くのだからしょうがないか。しかし忘れていた。これが片道の料金だと。とたんに高く思えてきました。しかも大阪から石垣島までは約2日半の船旅です。

普通に考えてみても自転車ならまだしも、バイクを持ち込んでツーリングというのは時間のある学生か、お金に余裕のある社会人がバイクだけ積み込むなどの手段を講じるか、いやその両方を兼ね備えている退職者などにしかできないツーリングではないでしょうか。どうしても与那国や波照間でバイクに乗りたいというのでしたら、現地でレンタルする方が手っ取り早いような気がしました。

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*** 日本本土の四端 ***

日本本土とは日本列島の核をなしている本州、北海道、四国、九州の事です。この4つの島での端っこはどこだろうと選ばれたのが、この日本本土の四端です。日本領土の四端が政治色が強いのに対してこの本土の四端は現実的というか、よく知られている地名が多いです。しかし本土という言い方も微妙な言い回しのような気が・・・。何で本土の四端といった定義が生まれたのでしょうか。

本土に全く含まれない沖縄県の立場は・・・。船を使わないと車では行く事ができない北海道は本土なのだろうか・・・。本州とも四国ともしっかりと橋でつながっている淡路島は本土にならないのだろうか?色々と突っ込みたくなってきますが、それはその定義のあいまいさで微妙に端が変ってしまう場合があるからです。もっとも言葉通り素直に主要な四島のみで考えればいいのですが・・・これは屁理屈っぽい私の性格の問題なのかもしれません。

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< 本土最北端の地、北海道稚内市 宗谷岬 >

宗谷岬の写真
宗谷岬の写真
最北端の碑のある岬公園とモニュメント
(写真2点、落合氏より寄贈)

稚内とか、宗谷岬と聞けば、「寒い」とか「流氷」とか、「最果ての地」とか連想してしまいます。北海道をツーリングで訪れる人の多くが、とりあえず宗谷岬を目指すといったような「最果ての地」の代名詞であり、「最果ての地」の王様といった感じかもしれません。

それに現在北方領土が返還されていない状態では、本土最北端であると同時に、事実上の日本の最北端でもあります。そういう意味でもここは旅人・・・とりわけライダー、チャリダーにとっては聖地と呼べるような場所になっています。宗谷岬崇拝伝説ってなものでしょうか。ここには「最果てグッズ」が揃っていて、売店では最北端到達証明書などが売られています。

とりわけ象徴的なのが、自転車の人などが誇らしげに最北端ステッカーをサドルバックなどに貼っていたりする事でしょうか。自力で最北端の地、いや聖地に辿り着いたぞ!といった気分とともに、これでいっぱしのチャリダーの仲間入りをした感じなのでしょう。バイクの場合はちょっと微妙。とりあえず北海道を走っている時だけは張っておこうかなといった控えめだったりします。誰でも時間さえあればそんなに苦労せずに行けてしまいますからね。そのへんがガソリンエンジンに頼っているのと自力との差かもしれません。

さて、この最北端の地は岬公園になっていて、ここには「日本最北端の地」の碑が建てられています。碑の三角錐のデザインは北国のシンボルである北極星の一稜をモチーフにしているそうです。そして塔の中央にあるNの文字はNorthのNで北を表し、台座の円形は平和と協調を表現しているそうです。そして碑の近くには間宮林蔵の像があります。北海道からオホーツク海を渡り、樺太(サハリン)を探検をした人です。

あまり知られていないのですが、世界的に有名な探険家としての扱いを受けています。例えば日本国外である樺太島とユーラシア大陸との海峡が間宮海峡と名付けられているのがいい例です。その功績を称えて、昭和55年に生誕200年を記念して建立されました。ちなみに出航した場所はここから3kmほど西に行った場所にあります。興味があればついでに寄ってみるといいでしょう。

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< 本土最東端の地、北海道根室市 根室半島 納沙布岬(ノサップ) >

日本はユーラシア大陸の東端に浮かぶ島。日本自体が東の果ての代名詞みたいな感じでありながら、日本の東の端というのはあまり知名度が高くなかったりします。最北端の宗谷岬は知っていても、本土の東端、北海道の東端が納沙布岬だと知っている人はぐ~んと少なくなります。どちらかというと、すぐ北にある知床半島や網走といった地名のほうが名の通りが良かったりします。

ここ納沙布岬は北方領土と目の鼻の先。「北方四島を返せ!」といった建て看板が並び、宗谷岬と違って政治色が強い場所だったりします。中学校の社会の先生だったかが、北方領土が返還されたら地元のペンキ屋が倒産するかもしれないと授業中に言っていたのが妙に頭に残っているのですが、昔ほどではないにしろそんな光景が繰り広げられているようです。

本土の東の端なので単純に考えると離島を除けば日本で一番早く日の出が拝める場所になります。個人の旅行記などを読むと、ここで朝を迎えた人などが「今日は日本で一番最初に日の出を拝んだ。感動!」と書かれていたりするのが印象的です。

しかしながら季節によっては緯度の関係で南の方が日の出が速くなり、例えば初日の出は関東の最東端である犬吠埼の方が納沙布岬よりも早かったりします。その銚子にある犬吠埼ですが、ここにはポルトガルのロカ岬との友好の碑が設置されています。ロカ岬とはユーラシア大陸の西端にあたる岬で、ユーラシア大陸を西に向かって旅する人が目指し、憧れる地となっています。これからロカ岬を目指す人、または目指した人は抑えておくといいかもしれません。それなりに感動があるようです(両方行った人の自慢話では・・・)。

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< 本土最南端の地、鹿児島県 大隈半島佐多岬 >

佐多岬の写真
佐多岬の写真
佐多岬の展望台と
ロードパーク途中の31度線のモニュメント
(*写真2点、南大隅町のHPより)

北の宗谷岬に対を成すのが鹿児島の大隈半島にある佐多岬です。しかし、南の果てといっても北の果てのような「極寒」「流氷」といった自然の厳しさというか、悲壮感というか哀愁といった類なものはなく、辺りは南国のトロピカルな雰囲気であふれています。

ただ、灯台付近はかなりの絶壁で、自然の海岸線という点ではなかなかのものです。でもこの光景何となくどこかで見たような・・・そう伊豆半島の先端の石廊崎に雰囲気が似ている感じがしました。石廊崎にはジャングルパークがあるし(今はつぶれてしまいました)、同じように灯台付近は絶海で、駐車場からかなり歩くし・・・。

それはさておき、ここの展望台からは晴れていれば遠くに屋久島や種子島が見え、眺めはなかなかのものです。この光景を見れば遥々最南端までやってきたんだなといった実感がわいてくる事でしょう。もし曇っていたらあまり感動がないかも・・・。その時は本土最南端佐多岬の看板の前で写真を撮って満足するしかないと思います。

その他、岬には1200年という長い歴史のある御崎(みさき)神社が建てられていますが、それはまあそれなりといったところ。それよりも岬に向かう佐多岬ロードパークの途中に建てられている31度線のモニュメントの方に惹かれました。同じ緯度にある都市が書かれているのですが、「カイロ」「ニューデリー」「ニューオーリンズ」「上海」「カラチ」って、「上海」以外微妙にずれているような気がするけど・・・。「カラチ」にいたっては「ラホール」の間違いでは・・・かなりいい加減。

それとこの佐多岬に続く佐多岬ロードパークは自動車専用道路で、自転車では走れないみたいです。安全上の何かしらの理由だと思いますが、頑張ってここまでペダルをこいで来た人には気の毒に思います。いたって普通の道だし(路肩は狭いかも)、交通量も少ないし、天気のいい日だけでも許可してあげてもいいのではないかと思ってしまいました。それともうちょっと朝早くからゲートを開けて欲しい・・・。町が民間から買い取って何とか運営しているみたいだから仕方のないことかもしれませんが・・・。

ちなみに鹿児島にはもう一つ大きな半島、薩摩半島がありますが、そちらは指宿温泉や知覧などの有名な観光地があり、比較的開けた半島という感じでした。一方、この大隈半島には根元に桜島があるだけで、訪れる人も少なく、自然の荒々しさが残る半島です。結構雰囲気が違ってビックリしました。

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< 本土最西端の地、長崎県 佐世保市小佐々町神崎鼻>

神崎鼻の写真
神崎鼻公園
神崎鼻の写真
海岸にある本土最西端のシンボル塔
神崎鼻の写真
四極交流広場のモニュメント
神崎鼻の写真
日本本土最西端の地の碑

島国日本のなかでも島国の王様は長崎県。日本には海岸線が100m以上ある島が6,852ありますが、その約14%の971もの島があるのが長崎県になります。

その長崎県に本土の最西端の地があります。その場所は佐世保市の北西にある小佐々町の神崎鼻で、東経129度33分18秒、北緯33度12分51秒に位置し、西海国立公園の一部に当たります。地図で見るとすぐ西に大きな平戸島があるので、ちょっと微妙な位置です。

平戸島は橋でつながっていて、24時間いつでも渡る事ができます。橋でつながった島は本土に入らないのだろうか。半分島だからこれぞ本当の半島?などと余計なことを考えてしまうとちょっとモヤモヤとした疑問を感じてしまいます。

ちなみに橋を渡って平戸島に渡った場合の最西端は宮之浦になるようです。一応ここには「橋で結ばれた日本最西端の港」の碑だか、看板があるようです。こちらは平戸市で、神崎鼻は佐世保市。自治体が違うと微妙なんだろうなと思ってしまいました。

さて神崎鼻ですが、細い道を通り、小さな漁村を越えてたどり着くことができます。ここは駐車場完備の神崎鼻公園として整備されていて、駐車場からはそんなに歩くことなく、最西端のモニュメントにたどり着くことができるようになっています。海岸にあるモニュメントだけ訪れるなら、海岸沿いを歩く方が楽です。

モニュメントのほかには、丘の上に四極交流広場といったものもあります。ここには地面に日本地図が描かれ、日本の四端が記されています。立体的でなかなか立派なものなのですが・・・、ちょっと見にくい。こんなに大きくしなくても良かったのでは・・・と思ってしまいました。でもまあ九州らしいオブジェでしょうか。この広場には最西端の石碑もあります。

最西端ということで夕方に訪れたのですが、やっぱりというか、西には平戸島がでんとあり、本土最後の夕日を水平線に沈む夕日というのは無理でした。でも眺めがいいので夕日にあわせて訪れてみるのもいいかと思います。

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*** 本州の四端 ***

本州の四端とは名前の通り、本州の四隅の事です。かつて橋もトンネルもなかった時代には本州に住む人の地の果てはこの四端って事になるのでしょうか。しかし、南と東を除けば、その先に九州や北海道が見えているので、あくまでも本州の最果ての地といった意味合いの場所だと思います。

東以外は少なくとも本州の四端の県がどこなのかはほとんどの人が答えられると思いますが、その場所となると全て答えられる人はいないのではないでしょうか。知っていて北の大間崎か南の潮岬のどちらかといった感じ。かなりマニアックな四端だといえると思います。

しかしながらその端っこを持つ幸運な自治体にとっては絶好のピーアールの材料である事は確かで、この四端の自治体が協力して「本州四端踏破ラリー」などという企画を催していたりします。

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< 本州最北端 青森県 下北半島大間埼 >

大間崎の写真
竜飛岬の写真
(上)大間町の本州最北端の碑
(下)竜飛岬と北海道
(大間町のHP)

北の果て・・・。私の場合、北の果てという言葉を聞くと、不思議と北海道よりも青森の下北半島や津軽半島を思い浮かべてしまいます。かつては青森からは青函連絡船で北海道に渡るのが当たり前で、北の終着駅が青森。そして船で渡ると別世界の北海道といったイメージが私の脳裏に植えつけられているのかもしれません。それは小学校ごろに大ヒットした「津軽海峡冬景色」がテレビやラジオから頻繁に流れ、それを耳にして育ったせいかもしれませんが・・・。

それはさておき、青森には二つの半島があり、それぞれが北の果てといった風情を持っています。緯度的には下北半島(右側の方)が最北端になりますが、どちらの半島からも北海道が見え、その距離はほとんど変りません。

下北半島の先端はマグロで有名な大間崎で、ここには本州最北端の碑とすぐ隣にマグロ一本釣りのモニュメントが建てられています。端っことしては珍しくすぐ目の前が車道で、写真を撮るには都合が良かったりします。大間からはフェリーが北海道に出ているので、本州の終着駅といった雰囲気でした。その他下北半島には恐山、仏ヶ浦などがあります。

もう一つの半島は津軽半島で、こっちの先端は竜飛岬です。前述した「津軽海峡冬景色」の歌詞に出てくる岬で、大間のようにフェリーの発着点になっていないため、まさにどん詰まりの辺境の地といった感じです。ただ、最近では青函トンネルの入り口がここにあることから、それをモチーフにした道の駅やら、風が強いので風力発電をテーマにした公園やらと観光に力を入れているようでした。

とはいえ辺境の地に大勢の人が訪れるはずもないのでそういった施設も閑古鳥が・・・。そもそも津軽半島といえば、太宰治の小説「津軽」の舞台であったり、ストーブ列車で有名な津軽線、そして小さな漁村の数々。人情風情が有名な場所なので、バイクで旅するよりもローカル線で旅する方が風情があるような気がしました。

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< 本州最東端の地 岩手県 宮古市重茂半島 トドヶ崎 >

トドヶ崎の写真
トドヶ崎の写真
トドヶ崎と本州最東端の碑
(*写真2点、宮古市のHPより)

全く知らなかった本州最東端。しかも岩手県にそんなものがある事すら想像だにしていなかったので、近くを通っているのに立ち寄っていません。しかも「トドヶ崎」ってなんか変った名前がついていたりします。

カタカナって事はアイヌ語?それともトドってあの動物の鯔のこと?アシカというか、セイウチというか、そういった種類の「トド」のことなんだろうか。しかしちゃんとした地図で調べてみると、「魚」偏に「毛」と書いてありました。これで「トド」と読むらしい。しかし実際にタイプしようとしても出てきません。それでカタカナでトドヶ崎と表記しているホームページがほとんどのようです。

で、このトドヶ崎は岩手県の三陸海岸にあります。地図で盛岡からの東にたどると宮古市があります。ここは浄土ヶ浜で有名な町ですが、ここから下に目をやると重茂(おもえ)半島があり、その最東端がトドヶ崎です。訪れた人の体験談を読む限りでは近くまで行ける車道がなく、姉吉キャンプ場から約4kmほど歩かなければならないようです。

ここには白いトドヶ崎灯台があり、昭和32年に発表された映画「喜びも悲しみも幾歳月(木下恵介監督)」は、このトドヶ埼灯台の灯台守の話だそうです。灯台守の妻であった田中キヨさんの手記をもとに製作され、灯台の南側にある本州最東端の碑の文字もこの田中さんによるものだとか。

何にしてもこの最東端はマイナーな場所であり、かなり歩かなければなりません。行けばそれなりに自慢できるとは思いますが・・・トドヶ崎の名前、もしくは本州最東端の地の存在を知っているのは地元の人か、よほどの旅好きな人だけではないでしょうか。それに三陸海岸のどの半島が最東端でもあまり変わりがないような・・・。むしろ銚子の犬吠埼が東端だったら端っこ巡りももっとメジャーな存在になっていたのかも・・・なんて思ったりもします。

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< 本州最南端の地 和歌山県 串本町潮岬>

潮岬の写真
潮岬の写真
潮岬の写真
潮岬の写真
本州最南端の地と最南端の碑
橋杭岩で記念撮影
橋杭岩で記念撮影

和歌山県の最南端というか、紀伊半島の最南端が潮岬です。あまり関東などでは知名度がないのですが、ここは台風の通り道で有名です。四国の室戸岬と共に台風ニュースで「こちら潮岬です。現地ではご覧のように・・・」とレポーターがお決まりのように突風の中で傘を飛ばされそうになりながら中継している場所です。日本に台風が近づくと必ず何かしら影響が出るような場所といえるのではないでしょうか。

その潮岬がある紀伊半島は私にとって鬼門でした。三重までは何度も行く機会はあったのですが、その下となるとなかなか行く機会に恵まれませんでした。というより紀伊半島はでかい。でかすぎる。地図で見ても明らかに半島のレベルを超えた大きさではないでしょうか。ついでに一回りしようかといった大きさではないのは確かです。改めて日本地図を眺めて見ても、こんな大きなものを半島と名づけてはいかん!中国地方も中国半島でもおかしくないではないかなどと思ってしまいます・・・。

ってそんな私のやっかみはいいとして、ようやく2007年に熊野古道とセットで最南端を制覇してきました。ちなみに私にとって和歌山県は47都道府県中46番目の訪問となりました。残りは沖縄だけ・・・。

さて、そのばかでかい紀伊半島の先端が串本町の潮岬というわけで、ここが本州の最南端となります。最南端の地はキャンプが出来る場所もあるような広々とした芝生に覆われた公園となっていました。一応展望タワーのような建物がありましたが、夕方に訪れたせいで閉まっていました。きっと眺めがよく、最南端グッズとか証明書を売っているのでしょう。

そして芝生を海のほうへ歩くと、本州最南端と書かれたモニュメントがあり、岬のほうには本州最南端と書かれた変わった形の売店がありましたが、こちらも閉店。夏休みだというのになんか活気がないように感じました。売店を通り過ぎると目の前は一面太平洋。地球が丸く見えます。そして大きな船が何隻か行き交っています。思えば日本の西と東を結ぶ船は必ずこの沖合いを通っていく事になります。時間帯や季節などにもよりますが、多くの大型船が行きかう様子を見ると、本州最南端というよりもとてつもなく大きな運河に面している公園にいるんだとも思えるかもしれません。

この地は船の通り道と台風の通り道がが重なるために海難事故が耐えない場所だったようです。とりわけこの串本町を有名にしているのは、1890年に沖合いでトルコ軍艦エルトゥールル号が遭難した事です。この事故で乗組員656人中587人が帰らぬ人となる事件が起きましたが、懸命に救助にあたった串本町の人々のおかげで69人の命が救われました。これ以降、串本町とトルコとの友好関係が生まれ、慰霊碑やトルコ記念館というのもあります。現在でも町中にはトルコ関係の店が多く、串本町=台風=トルコといった不思議なイメージが出来上がっています。後は海岸に天然記念物の橋杭岩といった変った岩が乱立している事も有名でしょうか。

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< 本州最西端の地 山口県 下関市毘沙ノ鼻 >

毘沙ノ鼻の写真
最西端の地の公園
毘沙ノ鼻の写真
最西端の地の菜の花
毘沙ノ鼻の写真
展望台と案内板
毘沙ノ鼻の写真
本州最西端のモニュメント
毘沙ノ鼻の写真
本州最西端の夕日

本州最西端が山口県というのは、地理に明るい人や山口県周辺に暮らしている人なら即答できると思います。でもその場所がどこかとなると答えられる人は少ないはずです。私自身もてっきり最西端は下関市内というか、関門海峡の辺りにあると思っていたのですが、下関市から北に20km弱にある毘沙ノ鼻が本州の最西端になります。

ちなみに下関市の西側にある出っ張った部分は彦島と島になります。本州から九州に渡る時、時間があると関門海峡フェリーを使うのですが、その発着場があるのが彦島。仮に彦島が島じゃなかったとしても毘沙ノ鼻が最西端になるようです。毘沙ノ鼻の存在を知るまでは彦島の辺りが本州の一番西なんだろうと満足していたので、この事実を知ってちょっとがっかりしてしまいました。

話を戻すと、毘沙ノ鼻はかなり交通の不便な場所にあります。公共の交通手段はなく、少なくとも自前の交通手段がなければ訪れるのは厳しいです。そういう意味では彦島よりも端っこらしい場所ともいえるかもしれません。

現在では本州最後の夕陽が見える丘として駐車場完備のきちんとした公園として整備されています。ただこれはあくまでも丘の上であって、実際の端っこである海岸付近には行けません。現状ではこの丘の部分が最西端として満足するしかないようです。でも訪れたときは下の方へ行く道を造っていたので、今後もっと端に近い部分に行くことができるようになるのかもしれません。

最西端部の本州最後の夕陽が見える丘は下関市が管理しているようで、朝8時半から日没までしか入れないようです。駐車場付近からは北九州の工場地帯がよく見え、また春には菜の花が咲き、とてもきれいです。桜の木もあったので、上手くタイミングが合うととてもいい景色になるはずです。

駐車場から約2百メートルのところに展望台のある広場があります。ここには灯台の形をした本州最西端のモニュメントと案内板があります。展望台からは雄大な日本海の風景を見ることができます。最西端だし、本州最後の夕陽をと思って夕方に訪れたのですが、目の前にはそこそこ大きな蓋井島があって水平線に沈む夕日は見ることができませんでした。春分の日で駄目だったので、夏至とか、冬至の日付近だったら水平線に沈む夕日が見えるのかもしれません。

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最後に付け加えておくと、一般の人が行く事ができる日本の四端は
・最北端 北海道 宗谷岬(本土最北端)
・最南端 沖縄県 波照間島
・最東端 北海道 納沙布岬(本土最北端)
・最西端 沖縄県 与那国島(領土最西端)

となっています。このうちバイクで簡単に行けるのは北海道にある最北端と最東端。そういう意味合いでも北海道ツーリングが人気になっているのではないでしょうか。逆に最南端と最西端は離島巡りの旅。もちろんバイクでも行けますが、自転車やリュックを背負った姿の方が似合いそうです。

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こうして調べてみたり、実際に訪れてみて思ったのですが、隅っこの価値というのは、特別な場所ではないと真の価値がないんだろうなと思いました。例えば青森の津軽半島と下北半島、その両方とも本州の最北端といった雰囲気を持っていますし、逆に本州最東端のトドヶ崎。この辺りの半島ならどれでもいいといった感じがします。本州の西の毘沙ノ鼻も関門海峡付近にあればその価値が増すのでしょうが、それ以外ならその辺りの半島のどれでもいいといった感じです。

結局のところその場所が持つ文化的価値、例えば海峡に面しているとか、この先に何があるといった事が潜在的にあるのかなと思います。そういう事を考えると、きちんと東西南北の端でなくても360度どの方向に端があってもいいように感じます。

四端にはふくまれていませんが、韓国領の最前線にある対馬なども立派な日本の果ての地ではないでしょうか。そう思いつつ対馬の観光案内を開いてみると日本の北西端という碑が建っているとか。これは韓国に占領される前に訪れておいた方がいいかも・・・、って、もっと日本政府は領土に関して真剣に取り組んでもらいたいものです。調べていて思ってしまいました。

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<バイクツーリングやレースについてのエッセイ §7、日本の端っこ(東西南北) 2006年12月初稿 - 2016年4月改訂>