風の足跡 〜風の旅人旅行記集〜
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ミニリアルタイム旅行記 風の寄り道
第6章、「ペルー大撃沈 (1/23〜2/3)」
ー 2012年1月改訂版 ー
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*** 「運命が変った日」 ***

1月23日(金) 晴  <クスコ → プーノ>
  運命の日がやってきました。今回の旅での一番の山場であり、思い出したくない忌々しい出来事でもあります。しかしながらこの事によって後日素晴らしい出会いもあったので、一概に全てがマイナスではないのが難しいところ。巡り合わせというものは不思議なものですね。とにかく私の旅、そして人生において忘れられない日となってしまいました。

  今日はようやく重い腰を上げての移動日。朝早く二人連れの日本人と一緒にバスターミナルまでタクシーで行き、そしてバスに乗車しました。移動先はチチカカ湖の畔にあるプーノ。移動時間は約6時間と長距離ですが連れがいるので気が楽です。もちろん昨日までと同じで気合が入っていなければ気も緩みっぱなしな状態でした。自分の座席に腰掛け、カメラバックを隣の空いた席に置きました。走り出すとすぐに検札があり、車掌らしき人にチケットを見せると、空いた座席に置いていたバッグを親切にも頭上の荷物入れに置いてくれました。言葉が通じないので、善意でやってくれたんだ。いや、この先で他の乗客が乗り込んでくるので邪魔なのかも。ともあれ何も気にせずにその行為を見守りました。通路を挟んだ座席には一緒に乗った日本人の二人組みもいることだし。何も警戒していませんでした。しかし長い道中を終え、バスから降りるとき、バッグを取ろうとすると、・・・あるにはあったのですが、持ち上げると軽い。な、な、なんなんだこの軽さは!!!慌てて中を開けると空っぽ。やられた。しかし被害はカメラだけでは済みませんでした。朝急いでいて身に着けるのが面倒だったので、貴重品袋をバッグに入れっぱなしにしたままでした。それすら忘れているとは。一人で移動していればこんな失態をやらかすことはなかっただろうに・・・。少なくともパスポートやらT/Cや現金の入った貴重品に限っては・・・。

  その後は警察に行き、盗難届けを書いてもらったりと大変でした。しかも田舎町のせいか、その作業の効率の悪いこと。盗難届けも明日にならないと発行されないし、あっちへ行き、こっちへ行きとたらいまわし。せっかく高山病が治り、これからだと思った矢先だったのに・・・。いや、昔の旅行中に盗難にあったときも弱り目、落ち目のときだったな。気合が入っていないときこそこういうことになってしまうんだ。一番の原因は自分の弱さにあると納得できてたので、そこまで落ち込むことはなかったのですが、やはりやるせない気持ちであるのには変わりありませんでした。物を盗まれたときにはよく人間不信になると言いますが、やはりこの場合もあてはまり、寄って来るペルー人が全て悪者に思えてしまうから嫌なものです。
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*** 「気を取り直して・・・」 ***

1月24日(土) 晴  <プーノ>
チチカカ湖
チチカカ湖の浮き島で
  悪夢の盗難事件から一夜明けました。朝早く一緒だった二人組の旅行者は旅立って行き、また独りぼっちになってしまいました。なんて心細いんだろう。いや、孤独に浸っている場合ではない。まずは三人部屋から一人部屋へ引越し、やるべきことを片付けはじめました。ここで一番必要なのは警察の盗難証明書。これさえあれば保険である程度の損害はカバーできますし、これからの旅を考えてもT/Cの再発行は必要不可欠です。午前中のうちに警察署を訪れたものの、えらい人のサインをもらわないといけないからと発行は夕方になるとか。またしても無駄足。なんでこんなに時間がかかるんだ。とりあえず今日中には確実に発行できるそうなので、その足で明日のリマ行きの飛行機のチケットを購入しに旅行代理店を訪れました。昨夜、海外保険の規約書を読むと、パスポートが盗難あった場合は大使館までの交通費は保険で下りると書いてあり、なら飛行機に乗っていこうと思ったからです。お金はキャッシュカードがあり、いくらかは隠し金を作っておいたので助かりました。こんなところで無一文になったら・・・たまらないだろうな。

  午後は暇になったので、せっかくだからと気を取り直してチチカカ湖を訪れてみました。ここは葦の草で作った島が浮かんでいることで有名です。浮き島というようですが、実際に島に上陸してみると、足が地に付いていないというか、飛び跳ねたらズボッとはまってしまいそうというか、なんか変な感触でした。大きな風車みたいなものを取り付ければ動いたりして・・・。なんかそんなメルヘンチックな光景が似合いそうな風景でした。しかし標高が高い場所なので、紫外線の強いこと。肌は痛いし、目はチカチカするし・・・だからチチカカ湖なのか・・・?いやいや、現実的に考えると住みにくい場所なんだなと実感しました。そして観光を終えた夕方、再び警察署を訪れると無事に盗難証明書を発行してくれました。
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*** 「双六のような旅」 ***

1月25日(日) 晴  <プーノ → リマ>
ペンション沖縄
  朝一番の飛行機に乗るために空港へ向かいました。交通費は保険で下りるといえども、現在の手持ちのお金には限りがあるので、いつものように料金の安い乗り合いタクシーでの移動でした。そして空港に着いてみるとビックリ。さすがに地方の空港とあってとても小さな・・・というか、牧場のような空港でした。そしてプロペラ機に乗り、リマへ。普段は国際空港での乗り降りばかりなので、こういう飛行機の旅もいいもんだなと思いました。

  リマへ到着すると、前回同様に日本人宿「沖縄」に向かいました。昨夜電話して確認したところ、エクアドルのキトで一緒だった佐藤君が滞在しているのが分かっているので、旅仲間に再会できるという楽しみなチェックインでした。やはりいくらか気心の知れている人がいるのは精神的に安心するものです。よく旅人の行動は双六に例えられます。この場合で言えば、私は大きな数を出して先に進んだものの、途中でリマへ戻るのマスに止まってしまい、ずっと1とか2しか出なかった佐藤君と一緒のマスになってしまったという感じです。何にしてもまだまだこれからパスポートやT/Cの再発行やらと片付けていかないといけないので、その間の話し相手や相談相手がほしいところ。やられてしまったよと久しぶりの再会に会話が弾んだような、落ち込んだような変な感じでした。そして早速夕食は佐藤君や他の旅行者の案内で近所のおいしい定食屋に食べに行きました。なんだか久しぶりに楽しく食事ができたという感じでした。
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*** 「パスポートの再発行」 ***

1月26日(月) 晴  <リマ>
リマの中華街
  とにもかくにもパスポートがないことにはどうにもなりません。朝の開館時間に合わせて日本大使館へパスポートの再発行をしに出かけました。訪れるとガードマンに身分証明書を提出してくださいっていわれましたが、それがないから困ってるんじゃ。内線電話でこれこれこういう事情でやって来ましたと大使館の人に確認してもらうまでなかなか中に入れませんでした。そういえば大使公邸で立てこもり事件がおきたのはペルーだったよな。それでこんなに警備が厳重なんだろうか。中に入ると申請用紙をもらい、念のためにと日本から持ってきていた写真と一緒に提出して終了。出来上がりは明後日との事。思っていたよりも早く出来上がるようで安心しました。でも、帰国の数日前とかだったらやばかったに違いありません。ツアー客や短期旅行者はパスポートをなくすと辛そうです。被害にあった状況とかを聞かれ、話しついでにやはり盗難事件は多いのですかと聞いてみると、あっさりと「そうです」との答え。実際のところ大使館に被害届けを出す人は少ないけど、保険会社に届くスリなどの盗難事件の件数は相当な数のようです。

  その後は一旦宿に戻り、暇なのでぶらぶらとリマの町を散歩しました。とはいえ、あまり気合が入らないし、何かあったときにパスポートがないというのも新たなトラブルの素になりかねません。宿の近くをぶらぶらと歩く程度にする事にしました。そして歩いていると中華街のような市場を発見。でもなんかえらく中途半端な中華街といった感じでした。昼食は中華にしようかなと食堂を探していると、沖縄うどんの看板を発見。これは・・・中華を食べている場合ではない。早速注文してみると、ラーメンとうどんのあいのこのようなものが出てきました。味付けは日本っぽい感じでまあ満足。それにしてもペールはフジモリ大統領を筆頭に日本からの移民が多いと聞いていたけど、あちこちで移民が頑張っている光景をみかけます。でも、実際に面と向かうと本家の日本人としてはどう対応していいのか微妙に困ってしまいます。
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*** 「リマでの暇な一日」 ***

1月27日(火) 晴  <リマ>
リマの市場
  パスポートが出来上がるのは明日だし、あまり観光意欲もわいてこないし、今日は特にすることのない日でした。何をしよう・・・。他の旅行者が言うには、盗難品が出回っているらしい市場があるとの事。さすがに私のカメラがこんな短時間でリマの市場に並んでいることはないだろうけど、そこに行けばいいカメラが安い値段で売っているかもしれない。暇なついでに出かけてみることにしました。確かにそれなりに中古のカメラがずらっと並んでいたのですが、世の中はそう甘くはなく、それなりの物にはそれなりの値段がついていました。旅ももう終盤だし、今更中途半端な値段を払って中途半端な一眼レフを買う気も起こりません。まあ今まで通り予備として持っていたコンパクトカメラでいいかなといった感じ。マニュアルカメラではニコンのF3などが安く売っていたのですが、ちゃんと動く保証もないし、レンズまでそろえるとそれなりの値段がするので諦めました。

  夕食は宿にいる日本人達とちょっと離れた場所にあるペンション田村に日本食を食べに行きました。かつては日本人宿として名をはせていたそうですが、付近の治安が悪くなり、今では閑古鳥が鳴いている状態。しかしここの女将さんの日本食が美味しい事はまだ知れ渡っていて、比較的治安のいいペンション沖縄に泊まり、何人かでタクシーに乗ってペンション田村に夕食を食べに行くというのが最近の旅行者の傾向となっているようです。訪れてみると本当に寂れていました。安全のためか看板も出ていなく、女将さんの顔も曇りがちでした。その姿を見ていると気の毒に感じますが、我々旅行者がどうする事もできません。でも本当においしい食事が食べれるのならそれを情報ノートなどで他の旅行者に伝えることができます。で、味のほうは久しぶりの和食ともあってなかなかおいしく感じました。飛び切りというわけではなかったのですが、値段とペルーの土地柄を考えると十分に合格点を上げれると思いました。
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*** 「次の障壁」 ***

1月28日(水) 晴  <リマ>
ペンション沖縄の談話所
  今日はパスポートの出来上がる日。T/Cの再発行は毎日同じような内容の電話ばかりで一向に再発行される気配が感じられないけど、パスポートさえ手に入ればまずは一段落といったところ。そう思うとうれしくなります。で、大使館に受け取りに行くと、新品ほやほやのパスポートを渡してくれました。中を開けてみると、発行地が外務省でなく、ペルーの大使館になっているのが今までと違いました。これはなかなかレアかも。しかし喜んでばかりもいられません。このパスポートを持ってペルーの入国管理所に行き、入国スタンプを押し直してもらわないと出国できないとか。一体どこにあるんだ。手続きに何日もかかるなんて事はないよな。大使館の人に聞くと、入国管理所の地図を渡してくれ、手続きは申請書を買ってそれに記入して提出すればその日に済むとの事。それなら今日行って終わらせてしまおう。早速タクシーに乗って行ってみると、かなり混みあっていました。まあどこの国でも入管は混んでいるもの。しかしどこへ並べばいいんだ。英語が通じにくいし、しかも私自身もこのような場所で使う英語単語の知識もないので、かなり苦労しました。そしてなんとか申請書が買える窓口に並び、順番が来て窓口の人に用件を言うと、渡されたのは4枚つづりの申請用紙でした。うっ、これ全部書くの・・・汗。今ここで書く気力も英語力もなく、宿に持って帰ることにしました。

  宿に戻ると、ちょうど何人かの旅行者が昼食に出かけるところでした。どこへ行くの?と尋ねると、マックとの事。そういえばペルーに来てマックは食べていないな。一緒についていくことにしました。ペルーのマックは、というよりリマの旧市街にあるマックは町並みに景観を合わせるために地味な茶色をしていました。なんかマックっぽくないマックでした。ただメニューはマックそのもの。外観だけに物珍しさを感じたマック昼食会でした。その後は一人で宿に戻り、申請書の記入に取り掛かりました。一応英語で書かれているものの、何じゃこれ?という単語ばかり。でも今日中に仕上げないと、週末も近いことだし厄介なことになりかねません。手がつる思いをして何とか夕方には書き終えました。本当に盗難に遭うとろくな事がない。
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*** 「たらいまわし」 ***

1月29日(木) 晴  <リマ>
旧市街のアルマス広場
  昨日苦労して書いた申請書を携えて、入国管理所に出向きました。昨日の混み具合からかなり時間がかかるだろうと早めに行って正解でした。昨日申請書をもらった窓口に並び、書類を提出すると、別の窓口を言われ、そこに行くと、上の階のなんとかという窓口に行きなさいと言われ、二階にに上がって探すもののそういう窓口が見つかりません。困ったな。もしかして三階のことか、上の階としか言わなかったもんな。で、3階に上がるものの見つかりません。仕方なく開いている窓口で聞くと、個室のような部屋を指差されました。窓口ではなかったんだ。で、何人か並んでいてしばらく待つと私の番に。ちょっと無愛想なおっさんに申請書とパスポートを出すと、書類を眺めてこれはここじゃない。上の階だとの事。いい加減にしてくれ。げんなりした私の顔を悟ってか、近くの係りの人を呼び止め、この人について行きなさいといった感じで指示を出してくれました。で、連れていかれた先はまた個室の部屋でした。今度は太った貫禄のあるおっさんに書類を提出すると、「お〜日本人かい。しばらく待っていなさい。」と妙に愛想だけはよかったのですが、なんやかんやと1時間ぐらい待たされてしまいました。結局終わったのは昼過ぎでした。パスポートを開いてみると、記念すべき1ページ目になんかスペイン語で文字が書いてあり、どうやらパスポートが変わったよということが書かれているようです。とりあえずこれで無事に出国できるぞ。やれやれだな。

  これでパスポートの手続きは全て完了。しかしあっちこっちとたらいまわしにされるは、かなり待たされるはでえらく疲れてしまいました。宿に戻ると、ちょっと休んでから食材を調達しにぶらぶらと町に出かけました。最近の散歩コースは旧市街の中心であるアルマス広場まで行き、商店街を歩き、ちょっと古い町並みを歩いて帰ってくるといったもの。今日はちょっと足を伸ばして、アメリカ系の巨大スーパーにまで足を伸ばしてみました。なんか普段食べなれているようなものが食べたい。そこでチーズやら食パンやらジャムなどを買って帰りました。そして夜になると、再びペンション田村へ日本食を食べに出かけました。最近、午前中は大使館などに行き、午後は散歩、夜はみんなで夕食と生活パターンがマンネリしているような・・・。
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*** 「カタコンベの骸骨」 ***

1月30日(金) 晴  <リマ>
カタコンベの骸骨
  やっと盗難の後処理から開放されたので、さて観光をとなるはずなのですが、飛行機の出発が月曜日なので、あまり遠出もできない状態です。本当なら飛行機の値段が安いので一気にアマゾンに行き、2泊して帰ってこようかと思っていたのですが、それもちょっとできなくなってしまいました。そもそも手持ちのお金もあまりない状態です。キャッシングもそろそろ限度額に到達しそうだし・・・だいたいT/Cの再発行が一向に進んでいないのが腹ただしく感じます。毎日のようにアメリカンエクスプレスに催促の電話を入れているのですが、いつも同じような応答の繰り返し。本当はダメックス・・・、いや、アメックスは嫌いなのでシティーバンクのT/Cにしようと日本でわざわざシティーバンクに足を運んだのですが、そこで売っていたのはアメックスのT/Cでした。それならばしょうがないとアメックスにしたのでしたが、やはり思ったとおりのダメックスぶりを発揮してしていました。

  午前中は宿の人にまたかといった迷惑そうな雰囲気の中、アメックスにいい加減にしてくれと抗議の電話を入れ、暇になった午後からは近くのサンフランシスコ教会のカタコンベなどを見て回りました。カタコンベとは地下墓地のこと。ミイラ化した遺体が並べられているイタリアのカタコンベなどが有名ですが、ここのカタコンベはずらっと骸骨が並んでいました。思えばカンボジアのポルポト派に殺された人が祭られている場所も骸骨が並べられていたな。これだけの人が無残にも殺されましたよってな感じで・・・。骸骨=殺された人ってなイメージがこびりついていて、いくらきれいに並べられていてもあまりいいイメージがわいてきませんでした。
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*** 「懐かしの水掛け祭り」 ***

1月31日(土) 晴  <リマ>
水を掛け合っている子供達
  リマ滞在も残すところ二日。もうリマから出ないことに決めたので、のんびりとリマ滞在を楽しむことにしました。今日は午前中から近くの博物館などを回ってみることにしました。が、宿を出て歩き出すと、いきなり目の前の人をめがけて上から何かが飛んできました。な、なんだ。テロか、暗殺か。それは人をかすめて地面へ。そしてバシャッと破裂しました。どうやらビニールに水を詰めたものだったようです。なんてひどいいたずらだ。頭上に気を付けつつ通り過ぎ、しばらく歩いていると再びバシャッと・・・。今度は大分前の人でしたが見事に足に命中。な、なんなんだ。この状況は・・・。よく見ると、みんな頭上などを警戒しつつ、建物の陰とかを歩いています。もしかして・・・、昔経験したことがあるぞ。これは水掛け祭りというやつではないのか。カンボジアを旅行した際に水掛祭りを経験しているので、すぐにひらめきました。まさか南米でもやっているとは・・・。やっぱりペルーに降り立ったときに感じたアジアみたいというのは的を得ていたようです。

  午前中はそこまでひどくはなかったのですが、午後になると暇な人や子供たちが通りの人めがけて水をかけていました。これは危ない。東南アジアみたいにバケツやホースで容赦なく掛け合うことはなかったのですが、ビルの上からの水爆弾が一番厄介でした。これはよけにくいというか、近くの地面に落ちても足が濡れるし、何より当ったら痛そう。最初は面白がっていたのですが、そのうち歩くのが大変な状況に嫌気が差してきて、宿に避難することにしました。一回宿に帰ってしまうと、気合の抜けまくっている今の私が二度と外出することはなく、後は暇な旅人たちとおしゃべりをして一日が終わってしまいました。段々とエクアドルで一緒だった旅人たちが南下してきて、ここリマで集結しつつあるのもその原因だったりします。
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*** 「リマのサンバ」 ***

2月1日(日) 晴  <リマ>
パレードの様子
  いよいよ明日でペルーともお別れ。風邪から始まって高山病やら盗難やらといい思い出があまりないけど、明日で去らなければならないとなると、ちょっと心の焦りみたいなものが芽生えてくるものです。今日はだらだらしないで真面目にリマの観光というか、リマを歩こう。そう思って朝から町を歩き始めました。今日も水爆弾が降ってくるのではないだろうか。かなり警戒しながら歩いたのですが、心配をよそに一向に水爆弾が降ってきません。それはそれでいいのですが、そうならそうではっきりとしてもらいたいものです。

  ただ、水爆弾が降ってこないものの、いつもとちょっと街の雰囲気が違っていました。これは何かあるにちがいない。旧市街の中心アルマス広場に行くと、道は封鎖され、道に沿ってずらっと人が並んでいました。何かが始まるようです。そういえば南米ではそろそろサンバカーニバルが始まる時期です。もしかしてここでも・・・思ったとおり、小規模ながらパレードが始まりました。これはラッキーだ。ブラジルのリオのカーニバルなどを見たいと思っていたのですが、今回は時間の都合がつかなかったので、ここでパレードを見れるとは本当に幸運です。最前列に陣取りパレードを眺めていると、次から次へと民族衣装というか、変わったコスチュームを着た人々が踊りながら通過していきます。女の子が多いのでなかなかいい眺めです。上半身はきらびやかでも、下半身はなかなかえぐかったりします。これがこっちの人々の文化なのだろうか。男としてはうれしいのだけど、パレードに参加している女の子は恥ずかしくないのだろうか。それにしてもちゃんとしたカメラがあれば・・・。それが何より悔やまれました・・・。
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*** 「再び高地へ」 ***

2月2日(月) 晴  <リマ → キト>
  いよいよペルーともお別れ。色々な事がありすぎて、やはり飛行機に乗ると名残惜しいというよりもなんかホッとしたような気分でした。メキシコから一緒だった佐藤君ともここでお別れだし、エクアドルから仲良くなった旅行者ともここでお別れ。私の旅はもう帰国に向けて進んでいかないといけません。やっぱり二ヶ月は短かったな。短かったけど色んなことがあったな。いや、もうすでにだらけている事を考えれば、長すぎたのかもしれない。色んなことを考えながらキトへの道中、そして帰国への第一歩を踏み出したのでした。

  夕方、キトに着くと、再び前回停まった安宿スクレに向かいました。前回滞在したときに仲良くなったクモ頭の中村君がまだいるはずなので、なんとも懐かしく、そして心強くもあります。前回の滞在中に買ってしまった大量のお土産を預かってもらっているので、さっそく部屋をノックすると、相変わらずのクモ頭が現れました。ただ、大分髪が伸びてきたので、ちょっとあしらったクモが崩れかけつつあるのが時の経過を物語っていたりします。その後は一緒に外出し、ペルーで盗難にあったことなどを話しながら夕食を食べ、宿に戻りました。久しぶりに標高の高いところに来たので、やっぱり歩くと息が切れます。今日のところはあまり激しく動かないようにしよう。一度高山病になると高地に苦手意識が芽生えてしまうものです。
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*** 「変わった旅人達」 ***

2月3日(火) 曇り  <キト>
サン・フランシスコ教会と広場
(左奥に見えている建物がホテルスクレ)
  メキシコに戻る飛行機は明日です。念のため、一日予備日を作っておいたのですが、やはり暇な日となってしまいました。さすがに前回キトに来た時には飛行機がキトに到着せずにグアヤキルに到着するという体験をしたので、一日予備日を作っておこうと考えたのはやむを得ないことでした。とりあえず朝早く中村君がガラパゴスに向けて出発するというので、色々お世話になったことだしと宿の外まで見送ると、後は暇な時間が待っていました。さて何をしよう。行きたい場所は前回の訪問であらかた行っているので、ぶらぶらと町の散歩をするぐらいしか思い当たりません。でも宿でじっとしているよりはいいだろう。まずは宿の前のサンフランシスコ教会を参拝し、その前の広場にあるカフェで休憩。後は気ままに旧市街を一回りして宿に戻りました。

  宿に戻ってボーとしていると、宿に泊まっている日本人数名と出会いました。昨日は一人しか見かけなかったので、こんなに泊まっていたとは驚きです。まずはキトでスペイン語を勉強している二人組み。前回の滞在の時にもいたのですが、あまり話す機会がなかったのでそんなに面識はないのですが、一人になっていました。あれっ、相棒はと聞くと、タイ人の彼女からメールで別れ話を持ちかけられ、慌てて地球の裏側のタイに飛んで行ったとか。なんのこっちゃ。そのほかにはとてもかわいい女の子がいて、日本では看護婦をしていたとか。何だってこういう人が一人旅をしているんだろうと思ってしまうのですが、立ち入った事を聞くのも野暮なので、疑問のまま。元小学校の教師をしていたおっさんがバイクで旅をしていたり、なんか不思議な人が多かったりします。夜みんなで話していると、懐かしい顔がチェックインしてきました。メキシコのペンションアミーゴの管理人をしていた人です。あれっといった感じ。ブラジルのカーニバルを見に行くので、管理人をやめて旅人に戻ったとか。明日メキシコに戻る私には色々とペンションアミーゴの予習ができてよかったのですが、彼もまた不思議な旅人の一人でした。
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*** 「戻ってきた旅人の巣窟アミーゴ」 ***

2月4日(水) 曇り  <キト → メキシコシティー>
  朝早い飛行機でキトを後にしました。行きと同様にパナマで乗り継ぎ、メキシコへ。そして懐かしのペンションアミーゴにやってきました。なんだか南米から逃げ帰ってきたというか、滅多打ちにされてきたというか、すがすがしい気分での到着ではないのは確かでした。チェックインしてみると、昨夜元管理人が教えてくれた通り管理人の一人は無愛想な女の子に変わっていました。何やら彼女も盗難にあって苦労しているとか。私も盗難にあっているので人間不信になる気持ちは分からないでもないけど・・・。でもまあ、盗難にあったもの同士が馴れ合っても愚痴の言い合いになるだけ。あまりその事には触れない事にすることにしました。

  預けていた荷物を引き取った後、メールをしに出かけたり、久しぶりに食材などをスーパーに買いに行きました。たまには自炊しておいしいものが食べたい。なんだか我が家に帰ってきた気分です。そう思って外出しようとすると、もう一人の管理人は私の料理の腕を覚えていて、「何作るのですか?」って・・・。結局みんなの分を作ることになってしまいました。一人分作るのもみんなの分を作るのも手間はあまり変わらないからいいんだけど。

  それにしてもこれからのメキシコ滞在はどう過ごそう。帰国の飛行機までは後一週間ちょっと。T/Cの再発行がうまくいっていない以上、手持ちのお金も心細いし、ずっとメキシコシティーにいようかな。メキシコはそれなりに物価も高いことだし。そうだ。料理で小銭を稼ぐのもありかな。「レストラン風の旅人」のペンションアミーゴ店の開店もいいかも。そうすれば滞在費が浮くぞ。お金が余りないせいもありましたが、何やらよからぬ方向へ旅が進んでいきそうな感じがしてきました。
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第6章 ペルー大撃沈  ー 完 ー

第7章 「メキシコ大沈没」に続く
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