風の足跡 〜風の旅人旅行記集〜
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ミニリアルタイム旅行記 風の寄り道
第5章、「ペルー観光 (1/13〜1/22)」
ー 2012年1月改訂版 ー
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*** 「アジアのようなペルー」 ***

1月13日(火) 晴  <キト → リマ(ペルー)>
アンデスの山々
飛行機から見たアンデスの山々
  とうとうキトともお別れ。予定よりも長く滞在してしまった。仲良くなった旅行者も多く、毎晩毎晩夜遅くまで話したり、飲んだりしたっけな。そういう思い出を振り返るとちょっと旅立ちが寂しかったりします。でもまあこれはいつもの事。それに現実的に航空券を無駄にするわけにはいきません。先日乗りそびれてしまったバスのチケットとは値段が一桁違うんだから・・・。何にしても時間があまりない身としては先を急がねば。午後、仲良くなった人に見送られて空港に向かいました。そして空港でチェックインし、飛行機に乗ってみると乗客はたった7人でした。バスじゃないんだから・・・いやバスだってもっと乗ってるぞ。そんな感じなのでスチュワーデスの人もやるきなし。やっぱり今回の旅行は飛行機運に見放されているような感じがする・・・。

  安い航空券だったのでリマへは夜の到着でした。空港を出ると熱気と沢山の客引きが待っていました。まるでアジアだ。人々の顔立ちもアジア人っぽいし。これが私のペルーの第一印象でした。それにしても客引きがしつこい。更に夜だから怖い。客引きを振り払いながら空港の外にいるタクシーを拾いました。空港内のタクシーよりも安全だと思ったからです。後は無事にタクシーが宿に着いてくれ。そう願ってタクシーに乗るしかありませんでした。タクシーは暗い夜道をひた走り、不安になった頃繁華街に到着。そしてちゃんと目的の日本人宿の前で降ろしてくれました。治安が悪い国というのはやはり怖いものです。かなり冷や冷やした道中でした。一体ペルーはどんな国なんだろう。とりあえず今までになく蒸し暑いのは確かでした。
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*** 「ペルーのオアシスで」 ***

1月14日(水) 晴  <リマ → イカ>
イカのオアシス
イカのオアシス
  じっとしていると孤独に苛まれそうなので、早速行動開始。朝早く宿をチェックアウトし、地上絵で有名なナスカの手前にあるイカに向かいました。ここイカに寄りたかったのは、ここにでっかい砂丘があるからです。砂漠好きな私としては見逃せないポイント。砂を見に行って何が楽しいという意見もありますが、それはそれ。私の好みだからしょうがありません。バスに揺られイカに着いてみると、町中からも砂丘が見えるような風光明媚なところでした。その郊外にはオアシスがあり、今日はそこで宿を取りました。やはり砂丘といえば砂漠気候。日差しが強く、埃っぽくて、くそ暑い。砂丘を歩き回っていたら一気に日に焼けてしまいました。

  夕方には一日の締めくくりとして夕日を眺める為に砂丘に登りに出かけました。しかしこれが大変でした。当然足場はもろい砂。なかなか前に進まない・・・・。それに暑い・・・。足が棒のようになり、しかも汗だくになってなんとか砂山を登頂。苦労したおかげでいい夕日を見ることが出来ました。とまあ一日中砂丘を満喫したわけなのですが、夜には異様に喉が痛く、頭も熱っぽくなっていました。あまりの気温や埃っぽい環境に体がついていかなかったようです。う〜しんどい。ベットに横になっても、脳みそが煮立つような暑さです。何なんだこのサウナのような気候は。それに部屋の中は蚊がブンブンと飛び回っています。たまらんな。一度マラリアの症状を体験した事がある身としてはちょっと海外の蚊に対して用心深くなってしまいます。蚊帳というバリアの中に退散。そしてベッドでボーとしていると、ふと部屋の壁を這う虫を発見。なんだこのたて込んでいる時に。ゴキブリか。いや違う。なんか変な形をした虫だな。近づいて見ると、げっ、サソリではないか。こんなのに刺されたらかなわない。スリッパでパチン。ほんと、たまらんな。早くここから脱出したい・・・。
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*** 「ナスカの地上絵」 ***

1月15日(木) 晴  <イカ → ナスカ>
ナスカの地上絵
ナスカの地上絵
  しんどい。朝起きても頭痛がし、ちょっと熱っぽい状態でした。とりあえず動かなければ。ここにいてはひどくなるだけだ。朝早く宿をチェックアウトして、次の目的地ナスカに向かいました。ナスカといえば地上絵。ペルーがどういう国か知らない人でも、地上絵を知らない人はいないほど有名です。日本にいる友人に自慢するためにも、地上絵は何がなんでも外せません。しかし、ナスカに着く頃には頭はふらふら。どうやら完全に風邪を引いてしまった感じです。こんな状態でセスナ機に乗って大丈夫だろうか。明日にしようかな。ちょっと迷ったけど、明日の夜は夜行で移動する予定にしています。夜行バスに乗る前にセスナ機に乗ったなら、間違いなくバス酔いをしそうだ。無理してでも今日乗ったほうがよさそうだ。病体に鞭打って飛行場に向かいました。

  飛行場に行ってみるとうまい具合に人が揃い、そんなに待つことなく飛行機に乗ることができました。飛行機は運転手を入れて6人乗りのセスナ機。今までセスナ機には乗ったことがないのでちょっと楽しみでもあったりします。しかし乗ってみると、このセスナ機は評判通りよく揺れました。右に旋回、左に旋回と繰り返しているうちにとうとう私も吐いてしまいました。前に座っている人と横に座っている人がすでに吐いていることを考えると順当な順番だったに違いありません。とにかく後半は外を見る余裕はなく、ただひたすら着陸してくれと願うだけ。結局、飛行機が着陸したときの喜びがこのフライトで一番の感動でした。そしてふらふらの足取りで宿に戻り、そのまま寝込んでしまいました。風邪と飛行酔い。動けない・・・。
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*** 「体調不良」 ***

1月16日(金) 晴  <ナスカ → 夜行バス>
地上にある観測塔
地上にある観測塔
  朝起きても調子はいまいち。やはり本格的に風邪を引いてしまっているようだ。特に喉がひどく、痛いし、咳がとまりません。どうやら軽い気管支炎を併発している感じです。埃っぽい砂丘に行ったのが一番の原因に違いない。などと今更ぼやいても仕方ありません。とにかく今出来る最善のことをしよう。今日は3時の夜行バスでクスコに向かうとして、それまでは体を休める為にゆっくりと過ごすことにしました。しかし動いている方が気分的に落ち着くというのが私の性分。午前中はゆっくりしていたものの、午後からは気分は良くなったし、延長料金を払うのもなんだしと、宿をチェックアウト。そして改めて地上絵を気持ち悪くならずに見ようと、地上に建つ観測塔に行ってみました。高さ20mの観測塔に登ってみると、すぐ近くにある地上絵が良く見えました。実際のところ飛行機に乗らなくてもこれで十分かな。昨日の気持ち悪さを考えるとそう思えました。その後はインカ文明の知恵、渦巻状の井戸などを見学しました。これも何度かテレビで見たことがあり、そういったものの実物を見ると感動の度合いも違います。

  そして夕方になるとクスコ行きのバスに乗りました。クスコは標高3300mの山の中にある町。インカ文明の色合いが強く残る町として有名です。しかし標高差約3千メートルの移動はきつかった。ナスカを出発したバスはどんどんと山を登り続けました。それとともに気温がどんどん下がっていき、車内が寒くなってきました。やっと暑さに体が慣れ始めたというのに、今度は寒さか・・・。ただでさえ風邪を引いているのに・・・。無事にクスコに着けるだろうか。体を丸めて寒さに耐え続けなければなりませんでした。
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*** 「とうとう病院へ」 ***

1月17日(土) 雨  <クスコ>
クスコの町
ペンション花田から見たクスコの町
  朝9時頃クスコに到着しました。頭はふらふら。頭痛もするし、喉は痛い。食欲は全くないと、かなり調子が悪い状態でした。とりあえず日本人宿に行こう。話し相手もいるだろから。バスターミナルでタクシーを拾おうとするものの、めちゃくちゃ高い。いくらふらふらの状態でもそれぐらいの分別はつくぞ。空港のときのようにバスターミナルの外に出てタクシーを拾いました。そして向かった先は「ペンション花田」という花田さんが経営する日本人宿。しかしタクシーの運ちゃんが道を間違えて、かなり坂道を歩く羽目に。これがきつかった。さすがは標高3300mの町。酸欠の魚のようになりながらペンション花田に到着してみると、なんと宿泊客は私一人。日本人宿に行き、一人ぼっちというのも空しい。どうやらもう一軒別の日本人宿ができて、今ではそっちのほうが人気があるようです。とにかく調子が悪い。とりあえず今日は寝よう。花田さんに言って、ゆっくりと休ませてもらうことにしました。やっと休めるとベッドに入るものの、なんだか急に寒気がしてきて、毛布を五枚かけてもなんか寒く感じる状態。大丈夫だろうか。昼間は寝つづけ、夕方に目覚めてみて、仰天。一層体調が悪くなっていました。特に頭痛がひどい。これはいかん。風邪は万病の素。このまま死んじゃうかも。せっかく海外旅行保険に入っていることだし、精神的にも落ち着かせるためにも、病院に行くことにしました。

  花田さんに病院の場所を聞き、医者の診察を受けると、高山病と風邪が合わさったものだと言われました。高山病って、今までもキトで2800m、メキシコで2200mとずっと標高の高いところにいたからかからないはずでは。医者に尋ねると、「普通の状態なら大丈夫だっただろうけど、風邪を引いているのに、こんな高度の高い場所に来たものだから、高山病になってしまったんだよ。」とあっさりと言われてしまいました。安静にして薬を飲めば治るよと薬を処方してもらい、病院を後にしました。これが高山病というやつか。人生初の高山病。なんてしんどいのだろう。宿に戻り、薬を飲んで再び寝る事にしました。
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*** 「土砂崩れ」 ***

1月18日(日) 曇り  <クスコ>
クスコのソカロ
クスコのソカロ(中心の広場)
  早朝、ドタバタと騒々しくて目が覚めました。なんだか分からないけど、花田さんがバタバタと走り回ったり、電話をかけたりと忙しそうにしている感じです。何か騒動が起きたに違いない。私に関わるような緊急事態ではないよな。これ以上のトラブルは勘弁してほしい。気になるものの私の部屋に入ってこない事から、私には無関係の事のようです。再びまぶたを閉じました。

  9時頃ようやく起床。薬が効いたのか、病院に行って精神的に落ち着いたのか、体調のほうは大分回復していました。食堂に行き、テレビを見ながら簡単な朝食を食べていると、花田さんがやってきました。なんか騒々しかったですねと話すと、ここのところの長雨で土砂崩れが起き、マチュピチュ行きの列車が運休になったらしい。花田さんはツアーも手がけている事からえらいこっちゃと朝ドタバタとしていたようです。それは大変ですねと話すものの、よく考えるとそれは人事ではないではないか。私もいずれは空中都市と呼ばれるマチュピチュに行く予定にしています。運休が長引けば行けなくなってしまうかも。遥々ここまで来て南米観光のハイライトと呼ばれるマチュピチュに行けないというのはあまりにもむごすぎる。これは重大な問題だ。

  いてもたってもいられなくなって、昼過ぎになると調子もだいぶん良くなってきたことだし、散歩を兼ねて駅まで行ってみました。駅は混み合っていて明日から復旧する見通しとの告知が掲示板に貼ってありました。大きな土砂崩れではなかったようです。よかった。そしてついでだからチケットを買って帰ろうと窓口に行くも、駅員は少々混乱気味。番号札を渡され大分待たされました。明日は今日の客が優先的に乗るので満席とのこと。どのみち明日体調が治っているか怪しいので、明後日のチケットを購入して、宿に戻りました。さすがに動き回ると、頭痛がひどくなってきます。当然の事ながら風邪と高山病が一晩でいっぺんに治るはずがありません。すぐに宿に戻り、宿でゆっくりと備え付けの日本の漫画を読んで過ごす事にしました。こういう時には日本人宿っていうのは助かります。それにしても今日も客は私一人。なんとも寂しい・・・。っていうか、こんなはずでは・・・といった気分でした。
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*** 「復活の兆し」 ***

1月19日(月) 雨  <クスコ>
市場で
市場で
  今日も起きると雨。天気は相変わらずのようですが、体調の方は頭の重さが取れ、かなり良くなった感じです。起きると、朝食を食べに食堂へ。そして衛星放送のNHKを見ながら朝食を取るのが最近の日課です。なんだか妙に日本のことに詳しい自分が、不思議。牛丼がなくなるとか、狂牛病みたいなものが発生したとか、なかなか日本も大変なようです。午前中はテレビを見たりして過ごし、午後から町を散歩する事にしました。ようやく観光をしようといった気力が戻ってきたようです。行き先は私の大好きな市場。当てもなく歩き回るには最高の場所です。そしてぶらぶらと歩いていると肉売り場へ。しかしここは凄かった。リャマだか、アルパカだかの頭が並べられ、臓物などが無造作に置かれていました。そして辺りは凄まじい悪臭。うっぷ。吐きそうになりながら退散。せっかく治りかけたのに再び気分が悪くなってきました。ちょっと奥に入りすぎてしまったようです。

  辺りも暗くなりかけてきたので、途中の商店でパンやら米やらを購入して宿に戻りました。そして自炊。明日はマチュピチュに行くのでおにぎりでも作っておこうかな。やっぱり調子悪い時は日本食に限る。多めにご飯を炊いたのですが、出来上がったとふたを開けてみてビックリ。ちゃんと炊けていないではないか。おかしいないつも通りに炊いたのに・・・そうか!ここは富士山と同じ高さなんだ。その事をすっかり忘れていました。水を足して炊き直したら、今度はお粥のようになってしまい、今日の夕食はシーチキン粥となってしまいました。これはお米の高山病かな。結局おにぎりどころではなくなってしまいました。
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*** 「空中都市マチュピチュ」 ***

1月20日(火) 晴  <クスコ(マチュピチュ)>
マチュピチュ遺跡
マチュピチュ遺跡
  朝5時半に起床。そして昨日頼んでいたタクシーに乗り、駅へ向かいました。今日は南米観光のハイライトとも言える空中都市マチュピチュに行く日です。遺跡好きとしてはかなり楽しみでした。しかし実際のところこのマチュピチュ見学はかなりのお金がかかります。まず鉄道代。行くには鉄道を利用するしかなく、安いクラスでも往復60ドル。そして駅から遺跡までのバス代が9ドル。遺跡入場料が20ドルと合計で約100ドルかかる計算になります。ペルーの物価から考えると結構な値段なのですが、鉄道の座席は狭かったりと乗り心地は最悪でした。途中の駅で降りて、伝説のインカ道を歩いてマチュピチュへ向かう人もいましたが、当然今の私には無理な事。大勢の観光客と同じように駅からバスに乗ってマチュピチュへ向かいました。

  遺跡内は観光客だらけ。でも結構広い遺跡なので、うまくタイミングを見計らえばそれなりにいい写真は撮れる感じでした。遺跡の奥にはワイナピチュという山があります。ここから見る遺跡が格別だと教えられていたので、頑張って登る事にしました。が、やはりしんどい。いつもなら山登りで他の人に抜かれるような事はないのですが、今日は全くペースが上がりませんでした。まだ高山病を引きずっている感じです。頂上に登ってみると、そこからはマチュピチュが一望できてなかなかのもの。写真のまんまの光景でした。その後はぶらぶらと散歩。今まで多くの遺跡を見てきた人間の感想としては、景色が素晴らしいというか、遺跡の背景が素晴らしいといった感じです。遺跡自体は正直、ありきたりなもの。普通の場所にあったならこれだけ多くの人が訪れないに違いありません。

  再び列車に乗ってクスコに戻ると、もう夜の9時近くなっていました。夕食は・・・、疲れすぎたようであまり食欲もなく、そのまま宿へ戻りました。そして宿に入ると日本語での話し声が聞こえてきました。もしや・・・。部屋に行くと、数人の旅行者がいて、ドミトリー(相部屋)は満室となっていました。久しぶりの話し相手に高山病の事、マチュピチュのことなどを夢中になって話していました。しかし夜中、気が緩んだせいか、今度は強烈な下痢に苦しむ事に。なんなんだこれは。やっと高山病が治ったというのに・・・。話していてもちょっと失礼と、トイレに・・・。結局朝方までまともに寝れませんでした。
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*** 「歯車の合わない旅」 ***

1月21日(水) 曇り  <クスコ>
インカの石組み
インカの石組み
  昨夜は下痢に苦しみ、あまり寝れませんでした。時間も押している事だし、今日にでもクスコを離れようかと思っていたのですが、眠さに負けて午前中は寝て過ごしました。一体なんだったんだあの下痢は。せっかく調子が上がってきたと思ったらこれだ。風邪→飛行機酔い→高山病→下痢とペルーに来てからずっとトラブル続きです。いくらなんでもなんかおかしい。どうも歯車が合っていない感じです。ただ高山病の方はすっかり良くなったようで、頭の方はすっきりとし、気分の方はまずまず。下痢の方も出すものがなくなったのか、今は落ち着いていました。それに食欲はあるので、体調の方はもう大丈夫だろう。何にしてもこの後ボリビアに行こうと計画していたのですが、時間的にちょっと厳しくなってしまいました。

  結局今日は昼前に町に繰り出し、ぶらぶらと散歩。そういえば絵葉書を出さなければ。一昨日書いた葉書をまだ投函していませんでした。まずは郵便局に行き、その後インカの石組みを見に行きました。これはかみそりの刃を通さないほどビッチリと詰まれていることで有名です。町中石垣だらけのクスコ。有名な石垣はどこだろうと捜すまでもなく、そこだけ観光客が取り囲んでいました。なんだかちょっと興醒めしてしまう光景でした。団体さんがいなくなるのを待って写真を撮り、まあこんなもんかと後にしました。そして夕方昼間出した洗濯物を洗濯屋に取りに行きました。今までの旅行では洗濯物は自分で行うといった習慣だったのですが、ここのところ雨や曇り続きで洗濯しても洗濯物がさっぱり乾かない状態でした。こりゃ自分で洗濯しても駄目だと安いし洗濯屋に頼む事にしました。段々と生活までもずさんになっていく感じがします。
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*** 「落ち目、弱り目・・・」 ***

1月22日(木) 曇り  <クスコ>
ソカロのレストラン
ソカロのレストラン
  ボリビアに行かないのなら時間が余るな。そう考え始めたら一気に気合が抜けてしまいました。宿はようやく日本人宿らしく日本人旅行者が増えて話し相手には困りません。動くのが面倒だな。でもこれではいかん。移動しなければ・・・思えば今日でクスコは6日目。こんなに長居する予定ではありませんでした。それに長居しすぎて腰が重い状態でした。明日は必ず移動しよう。ちょうど同じ方向に移動する二人組みの旅行者がいたので、一緒にバスターミナルに行き、明日のチケットを予約しました。これで明日は必ず旅立てる。なんだか一人で旅立てない旅人になってしまったようです。メキシコを縦横無尽に旅していた頃の面影は今は全くありませんでした。これもトラブル続きのせいに違いない。と、トラブルのせいにしていることから、気分的にもかなり後ろ向き。う〜ん、落ち目だ。

  で、今日は仲良くなった旅行者などとバスのチケットを取った後、たまにはとソカロに面したお洒落なレストランに入り食事をしたりしました。サービスはいいけど、味の方はまあこんなものかといった感じ。観光客用の店はやはりチップ期待といったところなのでしょう。こういうところで落ち着いていると、なんだか普通の観光客になった気分がします。宿に戻ると、一人高山病らしい症状で寝込んでいました。聞くと、無理な移動が続いていたらしい。私と一緒だ。体が弱り目な時は高山病にかかりやすいそうだ。例えば日本から飛行機を乗り継いで、クタクタになってクスコに来た場合とかよく高山病になっていると花田さんが言っていました。少々パニック気味だったので、病院に行く事を薦めました。その後病院でちゃんと診察を受けた事から安心して、夜には動き回れるほど回復しました。ちょっと前の自分とまるっきり症状が一緒なので、自分もこんな感じだったんだなと見ていると面白かったりします。
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第5章 ペルー観光  ー 完 ー

第6章 「ペルー大撃沈」に続く
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