風の足跡 〜風の旅人旅行記集〜
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ミニリアルタイム旅行記 風の寄り道
第3章、「メキシコ南部観光 (12/26〜1/6)」
ー 2012年1月改訂版 ー
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*** 「孤独な旅立ち」 ***

12月26日(金) 晴  <メキシコシティー → オアハカ>
夜のオアハカの繁華街
夜のオアハカの繁華街
  ようやくメキシコシティを脱出。思わないことで足止めをくらってしまったものです。でも、それはそれで楽しくもあり、有意義でもあったから良かったかな。本当に気まぐれの旅は面白い。何にしても、ペンションアミーゴにちょっと長居しすぎたようで、去るのがちょっと寂しい状態でした。長居をするとこれが一番辛い。会うは別れの始まりとはよく言ったものです。どの道ここには年明けには戻ってこなければならないからあまり考えないようにしよう。何とか取れたバスは昼過ぎの出発の便だったので、宿で食事をしてからバスターミナルへ向かいました。ターミナルへ着いてみると相変わらず凄い人ごみで、まさに人だらけな状態でした。前よりも増えているのでは・・・。これは日本の帰省ラッシュといい勝負だなと感心してしまうのですが、逆に考えるとその時期に日本を旅行する外国人観光客も大変なんだろうなと少し同情してしまいました。

  さて、今日の移動時間は約7時間と長いもの。バスに乗り込んでみると、何とか取れたチケットだけあって、バスはぼろく、座席も一番後ろといったものでした。贅沢は言っていられないな・・・、時期が時期だけだものな。しかし、走り出してみると乗り心地が悪い上に座席の場所的に排気ガス臭いという不快な道中でした。最近のバス酔いの傾向を考えると、簡単な方程式通りといった感じで今日も気持ち悪くなってしまいました。これ以上気持ち悪くならないようにと考えれば、さらに気分が悪くなってくるもので、ひたすらしんどい道中でした。このバスに酔う癖を早く治さないと、これからバスでの移動が続くので困るぞ。かといって、どうやったら治るものだろうか・・・。気持ち悪さに耐えながらなんとか無事にオアハカに到着すると、いつも通りタクシーで宿に行き、チェックイン。当然の事ながらペンションアミーゴのように話し相手がいない・・・。夕食を捜し求めてぶらぶらと夜の町を散歩するものの、旅行者や地元の人で賑わう繁華街ではかえって孤独を感じてしまうものです。
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*** 「自分製のツアー旅行」 ***

12月27日(土) 晴  <オアハカ>
モンテアルバン遺跡
モンテアルバン遺跡
  この帰省ラッシュのような状態をどうやって打破しよう。昨夜考えた結果。これから移動する全ての長距離ルートのバスチケットを先に購入してしまえばいいではないかという結論に至りました。考えれば当たり前のことなんだけど、バスターミナルへ行き、取れたバスに乗るというのが私にとっての理想の旅なのです。観光が終われば立ち去り、長引けば延泊する。観光に関してはあまり時間に束縛されたくないので、今まではバスの予約をしてきませんでした。しかしそんな事をいっていたら、時間が限られた今回の旅では行きたい場所の半分しか行けなくなってしまいます。ということで、年明けにメキシコシティー近郊まで戻らないと飛行機に間に合わないので、昨夜からそれまでのルートとスケジュールを綿密に立てました。そして午前中に銀行に行ってある程度まとまったお金を両替し、その後バス会社のチケットオフィスに行き、バスチケットを購入しました。一部予約が取れなくて修正しましたが、ほぼ行きたいルートを確保することができました。これでなんとかなりそうだ。これからは自分製のツアーというか、スケジュール通りの旅行しかできないけど、時期と時間を考えると贅沢は言ってられません。それにしても・・・、さすがにまとめて買うと結構な値段がしました。バス代って結構するものなのね・・・とちょっと驚いてしまいました。

  チケット購入後はオアハカ近郊にあるモンテアルバン遺跡に出かけました。ここもメキシコを代表する遺跡で、世界遺産にも登録されています。しかし訪れてみると、休みに入ったせいか、人気のある遺跡のためなのか、遺跡内は観光客だらけでした。次から次へとメキシコ人団体客が来るので、なかなか落ち着いて見ることができないし、写真を撮るのも一苦労。それに彼らのガイドはスペイン語で説明するので、隣で聞いていてもさっぱり分からないしといい事なし。でもまあこれで9個目の世界遺産ゲット。順調に世界遺産を消化している感じです。
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*** 「大変だった一日」 ***

12月28日(日) 晴  <オアハカ>
ミトラ遺跡
ミトラ遺跡
  今日は朝早く起きてオアハカ近郊の景勝地や遺跡に少数民族の村などを見学して回りました。今晩の夜行のバスのチケットを押さえてあるので、一日で何が何でも回らないといけない。まして乗り遅れたりなんかすると、今後の全ての予定が狂ってしまいます。いやそれどころではない。昨日買った高いバスチケットが無駄になってしまいます。それだけは是が非でも避けなければならない。と観光を始めたものの、今日は日曜日。どこを訪れても地元の観光客だらけでした。ここオアハカはメキシコ人に人気のある観光地だとかメキシコに暮らす人が言っていたのがよくわかりました。更に追い討ちをかけて、ここメキシコでは日曜日には遺跡などの入場料が無料になります。但し、それはメキシコ人だけっていうのが意地悪なところ。学生にしても国際学生証では遺跡が無料にならなく、メキシコの学生証がなくてはなりません。国民性をあらわしているのか、ちょっと嫌な感じ。そんな事情なので、こっちはお金を払っているのにと、うじゃうじゃいる地元の人がうっとおしく思えてなりません。あ〜邪魔。写真が撮れない。いらいらしながら遺跡めぐりをした一日でした。

  夕方には北米大陸最大の木があるという教会にも行ってみました。この〜木なんの木〜気になる木♪日立製作所のCMソングを口ずさみながら行ってみると、教会の敷地内に囲いがしてあって、そこに普通の大きな木が一本生えているだけでした。なんかもっと壮大な光景を期待していたのに・・・ちょっと期待はずれ。そのあとはまだ時間があるぞと頑張って少数民族が多いという村へ行ってみました。しかしこれがよくなかった。もう夕方ともあって、あまり少数民族が見られなかったうえに、バスがなかなか発車しなく、オアハカに到着したのがなんとバスの発車20分前。これはやばい。マジでやばい。慌ててタクシーを拾い荷物を預けている宿へ。そして荷物を拾って長距離バスターミナルへ。タクシーの運ちゃんに「頼む!急いでくれ〜」とお願いしてバスターミナルに到着してみると、ちょうどバスの出発時間でした。間に合ってくれ。ダッシュでターミナルに駆け込むと、まだ私の乗るバスはそこにいました。よかった・・・。それにしても本当に危なかった。今後の予定が全て狂うところだったな。汗だくになりながらバスに乗って、ほっと胸をなでおろしたのでした。
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*** 「サンクリの原住民」 ***

12月29日(月) 雨  <サンクリストバル>
町中の風景
町中の風景
  朝7時前にサンクリストバルに到着しました。バスを降りると、辺りは霧というか、靄がかかっていました。霧のサンクリストバル。朝の町並みを宿に向かって歩くと、コロニアル調の町並みが幻想的に思えました。しかしそれは天気が悪いだけの事でした。昼前に一度晴れたものの、その後は曇り空。そして2時ごろからは土砂降りの雨。今回の旅で初めて雨に降られた一日となりました。ここサンクリストバル近辺は原住民の村があったりと、原住民が多く住んでいることで有名な場所です。しかし現実は厳しいもので、民族衣装を着ている原住民の人は物売りで生計を立てていたりする状態でした。一般のメキシコ人よりも所得が少ないのは明らかでした。観光客がここへやってきてよかったのだろうか。観光客が押し寄せない方がここに住む人たちにとって良かったのでは。町中で観光客を見つけると金魚の糞のようにおみやげ物を売って歩く彼らを見ていて思いました。世界各地、先住民の村と呼ばれる地域の状況はみんな同じような状態です。ピエロ役のような彼らを見ていると胸が痛い。何かもっといい共存方法はないのだろうか。なんかと考えさせられてしまい、心も天気と同じように曇ってしまいました。
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*** 「パレンケ遺跡」 ***

12月30日(火) 曇  <サンクリストバル → パレンケ>
パレンケ遺跡
パレンケ遺跡
  サンクリストバルを朝一番のバスで出発し、パレンケへやってきました。ここには世界的に有名なパレンケの遺跡があります。早速訪れてみると、ここも人、人、人の山。何だってこんなに観光客がいるんだ。いい写真が撮れないではないか。まったく・・・。自分も観光客だということをほったらかして憤慨。当たり前のことですが、メキシコ人も休みを利用して長距離の旅行するようです。やっぱり訪れる時期がまずかったなと改めて思いました。この遺跡は今まで訪れた遺跡と違ってジャングルというか、森の中に散在していました。緑の中にある遺跡というものはなかなか様になっていていいものです。遺跡が木によって崩れていたりと、まさにカンボジアのアンコールワットってな感じで、雰囲気もよく似ていました。もちろん遺跡自体も素晴らしいの一言。とりわけ一つの町といった感じで多くの施設が残っていて、見るほうとしても遺跡の価値観などがつかみやすかったです。ここも当然ながら世界遺産なので、これで記念すべき10個目の世界遺産をゲットです。

  今日はまたもや夜行でメリダに移動するので、それまでは暇。かと言って特にすることがないので、ゆっくりと遺跡を周りつつ時間をつぶし、夕方にパレンケの町へ戻りました。今のところはまとめて買ったバスチケット通りスケジュールを頑張ってこなしています。一つでも狂うと後のスケジュールがめちゃくちゃになるので、なかなか気が抜けません。こういった旅は慣れていないので、一枚ずつバスのチケットが減っていく度にホッとしてしたりします。ただ一つ問題が発生してしまい、遺跡を見学していて気が付いたことなのですが、右足を虫に大量にかまれていました。一体何処でかまれたのだろう。サンクリの宿?移動したバス?遺跡見学中?何にしても痒い事このうえありませんでした。
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*** 「マヤ文明の象徴」 ***

12月31日(水) 晴  <メリダ(チチェン・イツァ)>
チチェン・イツァ遺跡
チチェン・イツァ遺跡
  朝6時前にメリダのバスターミナルに到着しました。予定よりも1時間以上も早い到着でした。こんな早い時間に着いても宿は閉まってるだろうしな。どうしよう。バスターミナルでぼーと考えながら備え付けのバスの時刻表を眺めると、6時半出発のチチェン・イツァ遺跡行きがありました。今すぐ行ってしまおう。でも空いてるかな?尋ねてみると空席があるとの事。早速チケットを購入してバスに乗り込みました。

  バスは遺跡の入り口に到着しました。なんて便利なバスだろう。しかも遺跡の入り口の建物も今までと比べ物にならないほど立派なもの。ある意味メキシコで一番有名な遺跡だから遺跡の施設からして気合が入っていました。受付にある荷物預け所に荷物を預けて中に入ると、まだ入場時間が始まったばかりだというのにすごい観光客の数でした。見学中は時々日本語も聞こえ、振り返ってみると日本人のツアーということもよくありました。日本からもかなりの団体が訪れているようです。そうか正月休みを利用して来ているんだ。すぐ近くにカンクンという大リゾート地があるもんな。そう考えると納得。遠路はるばるご苦労さんな事です。こんな状態でいい写真を撮ろうなどというのは無理な話なので、今日は写真に関しては諦めることにしました。

  ここの遺跡はよく歴史番組などで紹介されているので、普通に歩いていると見たことのある遺跡がたくさんあって感激しました。やはりマヤ文明の象徴とも呼べる遺跡なのでしょう。満足。ここも世界遺産に登録されているので、11個目の世界遺産をゲットです。しかし遺跡を見学していると、背中が非常に痒くなってきました。ちょっと前からなんとなく痒い気はしていたのだが・・・、触ってみるとひどくかまれている感じです。一体どこで・・・?遺跡を見学した後はメリダに戻って、宿にチェックイン。鏡で背中を見ると、気持ち悪いほど虫にかまれていました。かなりショック。足の次は背中だ。何でこんなに虫に好かれるんだ。しかもどこでかまれたのか原因がわからないから不安。何にしても体中が痒くてしょうがない状態でした。

  そして忘れてはならないのが、今日は大晦日。かといって、一緒に過ごしてくれる人もいません。一人正月を迎えるか・・・。宿にチェックインした後、町に買出しに行き、チキンを一羽とビールなどを買ってきて一人で乾杯しました。これでは誕生日の時とまるっきり一緒です。なんか虚しいぞ。しかし今回はちょっと違いました。アルコールが入った為に血のめぐりが良くなって、虫にかまれたところが強烈に痒くなってくるというおまけ付。何も考えずに一人で宴会なんてやるんじゃなかった。大失敗。おまけに食後からは原因不明の下痢が夜中までずっと止まらなくなってしまいました。なんでこうなるの。虚しいし、痒いし、下痢で苦しいし、まったく散々な大晦日となってしまいました。
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*** 「元旦の遺跡巡り」 ***

2004年1月1日(木) 晴  <メリダ(ウシュマル)>
ウシュマル遺跡
ウシュマル遺跡
  年が明けてしまいました。旅行中に年を越すというのは人生で二回目の体験です。しかし今回は一人で寂しく過ごしたし、痒さと下痢に苦しんでいたので、あまり実感がありませんでした。さて、年始めは何をしよう。なんて考えるまでもなく、日程がビッチリの私には予定が入っていました。今日は遺跡巡りツアー。いや、新年初遺跡参りとでもいうのでしょうか。朝から遺跡を回るバスに乗り、夕方までひたすら遺跡の見学をしました。今日一日で5つの遺跡を見学・・・いや消化しました。正直言って似たような遺跡をひたすら回っていると段々と飽きがくるというものです。その中でも一番よかったのは、世界遺産に登録されているウシュマル遺跡でした。ここにあるピラミッドは今までメキシコで回った遺跡の中でも・・・、いや世界でも一番形が美しく思えました。というのも今まで見たピラミッドは全て四角形で角張っていたのですが、ここのピラミッドは楕円形をしています。曲線美が美しいと言うか、それが非常に気に入ったポイントでした。何はともあれこれで12個目の世界遺産をゲット。正月から世界遺産見学とはなんだか気分がいい。一年の計は元旦にあり。遺跡を5つ回ることで始まった2004年はいったいどういう年になるのだろうか?それにしても体中が痒い。遺跡見学後は薬局に行き、かゆみ止めを購入し、宿に帰ると服やら鞄やらをひっくり返して、念のため虫を追い払っておきました。
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*** 「たかが寝違い、されど・・・」 ***

1月2日(金) 晴  <メリダ → カンペチェ → 夜行バス>
カンペチェの町並み
カンペチェの町並み
  朝起きると、異様に首が痛い。無理に回そうとしても痛くて首が回らない。一体どうしたというのだ。虫に刺されすぎた影響か。それとも遺跡見学できょろきょろしすぎたとか。色々考えてみるものの、どうやら単純に寝違いのようでした。まだ正月2日目だというのに今度は寝違いって・・・、本当に今年の正月はついていない。さて今日の予定もぎつぎつ、起きるとまずは昨日閉まっていたメリダの博物館を見学しに出かけました。ここには昨日訪れたウシュマル遺跡などといった周辺の大きな遺跡で発掘されたものが展示されているので、どうしても外せないスポットでした。実際訪れてみても水晶で造られた髑髏などの展示品が素晴らしく、とっても満足しました。

  それが終わるとすぐさまバスに乗り、次の目的地の町カンペチェへ向かいました。それにしても首が回らないというのは不便です。まず第一にスリとかが恐い。たまに後ろを振り向いて警戒したいのですが、首が痛いとかなかそれも大変。それに案内標識や建物の上部を見るのも辛い。そしてもっと恐いのが、交差点などでの車。マナーがなっていない国なので、どっから車が突っ込んで来るか分かりません。左右の確認は非常に大事なのですが、それも首が痛いとしんどくていい加減になってしまいがち。危なく車に引かれそうになったりも。たかが寝違い、されど寝違い。寝違い一つでも命の危険に関わってくるから旅は大変なのです。そんな状態で周ったカンペチェの町は城壁が残るコロニアル調の町並みとして有名です。さすがにコロニアル調の町並みを散々見てきたから、これは素晴らしい!というような感動はなかったものの、ここも世界遺産に指定されているので、これで13個目の世界遺産をゲットしたことになります。しかしまだまだ今日の予定は終わらず、夜にはベラクルス行きの夜行バスに乗り、カンペチェの町を後にしました。バスの中が安息の場所か〜。これだけ疲れていれば熟睡でき、バス酔いもしないだろうな。きっと。でも盗難には気をつけなければ。バスのスリも多いらしいからな・・・。
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*** 「終日移動日」 ***

1月3日(土) 晴  <ベラクルス → ハラパ → パパントラ>
ハラパのバスターミナル
ハラパのバスターミナル
無造作に置かれていた石像
  今回のメキシコ旅行で一番バスでの移動距離が長いのが、カンペチェからベラクルスへの移動でした。バスの料金も5千円近くもし、所要時間も15時間ぐらい。昨夜カンペチェから乗り、ひたすら退屈に耐え続け、朝の10時前にようやくベラクルスに到着しました。これだけ長い時間バスに乗っていると疲れるもので、到着するとやれやれといった感じでした。ベラクルスに着いたら観光。最初はそう思ってチケットを取ったのですが、長いバスの道中で気が変わってしまいました。先にパパントラにあるエルタヒン遺跡を見てしまうのがいいのでは・・・。今回の滞在では時間の都合上全ての見所を回ることが出来ませんでした。ペルーに行った後でメキシコに戻ってきた時に続きを見ることにして、その時に効率がいいようにするには一箇所ぽつんとあるエルタヒン遺跡を今のうちに見てしまったほうがいいと思ったからです。それにベラクルスからメキシコシティーまでのバスは帰省と逆方向だから空いているだろうと思ってチケットはまだ取っていません。よしっ、そうしよう。

  決めたらすぐ行動だ。というより、バスチケットはとれるだろうか。バス会社のカウンターに行くと一時間後のバスチケットが取れてしまいました。って事は観光なんてしている時間はないな。バスターミナルを出ずに、次の町へ移動する事となりました。途中ハラパを経由して、パパントラに着いたのは夜の8時前でした。思えば昨夜からバスに乗りっぱなしだ。疲れたぞ。すぐに宿を捜しにかかったのですが、宿がない。というより、安宿だけが満室でした。こんなに疲れているというのに・・・。早く休ませてくれ。しばらく探し回ったものの、ギブアップ。仕方ないので、良さげなホテルにチェックインすることにしました。料金は3千円。今まで泊まっていた宿の約3倍の値段です。たまにはいいか。良く考えるとまだ正月三が日。自分のお年玉ということにしようではないか。快適な部屋でケーブルテレビを見ながら思ったのでした。
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*** 「14個目の世界遺産」 ***

1月4日(日) 晴  <パパントラ → メキシコシティー>
エル・タヒン遺跡
エル・タヒン遺跡
  ちょっといいホテルに泊まっているし、今日の朝は急ぐ用事がないので、朝寝坊することにしました。たまにはこういう生活も悪くないものです。しかし早起きの習慣が身に付いてしまうと、なかなか落ち着いて朝寝坊ができないのが実際のところ。目覚めた後は開館時間に合わせて、世界遺産のエルタヒン遺跡を見学しに出かけました。今日は日曜日。メキシコ人の遺跡入場料が無料の日です。またうじゃうじゃとメキシコ人がいるんだろうなと覚悟をして行くと、そこまで多くありませんでした。この遺跡はあまり有名な遺跡ではないなのだろうか。見学した感じでは今まで見た他の世界遺産の遺跡に比べると地味な形をしているように思えます。でも遺跡は形ではなく、歴史そのもの、文化的価値にあるんだと、あまりマヤやアステカの歴史に詳しくない私が言っても説得力は皆無。とりあえず空いているに越した事はないというのが正直なところでした。何にしてもこれでメキシコの世界遺産に登録されている遺跡部門は全て制覇。メキシコに来て14個目の世界遺産をゲットしました。

  見学後はバスの時間までパパントラの町を散歩し、夕方のバスでメキシコシティーへ。しかしUターンラッシュ真っ盛りなのか道が非常に混んでいて、メキシコシティーに着くと夜の10時半でした。この時間に地下鉄に乗るのは危険なはず・・・。でも大丈夫かな?今のところ危険な目にあっていないし。いやいやその過信が命取りだ。フィルムも結構溜まっているし、盗まれでもしたら大変。それが決定打となり、高いけどタクシーに乗り、懐かしのペンション・アミーゴに戻る事にしました。そしてアミーゴのドアを久しぶりに開けると、他の場所を回ってアミーゴに戻ってきている仲のいい旅人などに「おかえり」と迎えられました。なんとも懐かしくもあり、うれしい事です。どこ回ったの?などと会話が弾み、再会を祝して夜遅くまで飲み続けたのでした。
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*** 「メキシコで作る酢豚」 ***

1月5日(月) 晴  <メキシコシティー>
ペンションアミーゴのキッチン
ペンションアミーゴのキッチンで
  今日は休養日。朝は溜まった洗濯物にいそしみました。といっても、ここペンション・アミーゴには洗濯機という便利なものが置いてあるので、洗濯機に服をほおりこんで、後は干すだけ。その後はインターネットカフェに行き、メールのチェック。さぞかしメールが溜まっているだろうなと期待して開いてみたら、あまり来ていなくがっかり。ん!そういえば年賀状のことを書いてあるメールが一通も来ていないぞ。16日にモレーリアから出した絵葉書が届かなかったということか。せっかく頑張って書いたのに。いやまだ届いていないだけかもしれない。何にしてもがっかりしてしまいました。

  そして夕方からはみんなのために料理人となり、夕食に酢豚を作ることにしました。タスコなどを一緒に旅行したサイトウ君が私の帰りを待っていてくれたので、こっちも礼を尽くさねばと食べたいものを聞くと酢豚との事。メキシコで酢豚か。うまくいくかな。ちょっと自信はなかったけど、どうせ作るならとみんなの分も作ってしまへと8人分を作ることとなりました。問題はタレ。試行錯誤しながら、適当にそれらしい物を混ぜ合わせたら、まあそれなりにうまく作れました。さすがは元料理人。料理もみんなから笑顔がもれるぐらいの出来でした。私の料理でも人を幸せにできるもんなんだな。そう考えるとちょっとうれしくなります。今日はメキシコ最終夜。当然の事ながらみんなでワイワイと飲み明かしてすごしました。
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*** 「さらばペンションアミーゴ」 ***

1月6日前半(火) 晴  <メキシコシティー>
  とうとうメキシコを去る日がやってきてしまった。と言っても、また一ヶ月後戻ってくるので、メキシコを去ること自体にはそんなに感慨深いものはありません。荷物もいらないものは預けていけばいい。ただ仲良くなった旅行者と別れるのがつらい。私も長旅なら再会を誓って、またどこかで再会するかもといった可能性が残されるけど、私の旅は短いのでそうもいきません。元気でね。みなに見送られ、宿を後にしました。旅で一番大きなものは人との出会い。とりわけ同じ国籍の日本人旅行者との出会いは、かなり大きな要素に違いありません。今後住所交換をした何人と再会できるだろうか。空港に向かいながらしんみりと思ったのでした。
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第3章 メキシコ南部観光  ー 完 ー

第4章 「エクアドル観光」に続く
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