風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

進め若者! 突撃タイ旅行記

~ 第7章 カーペンペ遺跡 ~

*** 第7章 カーペンペ遺跡の目次 ***

~~~ §1、親切な駄菓子屋のおばあさん ~~~

<1996年9月10日>

朝、後輩に起こされました。毎朝の恒例行事というか、この旅行の日課となっていたりします。まったく困った先輩だ。何とかしなければと思いつつも、今日は今まで以上に眠い。昨日自転車に乗って遺跡を周ったせいだろうか。いやふかふかなベッドのせいに違いない。でも年を取ったな。「う~」と言い、また目蓋が閉じてしまいました。しかし、今日の後輩は手厳しかった。なかなか起きない私に「置いていきますよ」と言い、そそくさと出発の準備を始めていました。これは本気かも。いつもとは違う展開にちょっとビックリ。無理やりにでも目を開けざるを得ませんでした。う~眠い。それに何でこんなに元気なんだ。こいつらは・・・。渋々服を着替え始めました。

今日の予定は、午前中に市内にあるカーペンペ遺跡を観光をし、その後カンチャナブリに向けて移動する事になっています。という事で、まずはカーペンペ遺跡に向かうのですが、ここで一つ迷いました。荷物をどうしよう。ホテルに預けるか、それとも持っていくか。ホテルから見ると遺跡があり、更にその向こう側にバスターミナルがあります。そう考えると、一度ホテルに戻ってくるのは効率が悪い。でも荷物を持っていくと邪魔になります。どこか預ける場所があるだろうか。いやあるはず。横着な性格の私は荷物を持って行って、どこかに預ける事を選択しました。

ホテルをチェックアウトし、ホテルの前で暇そうにしていたトゥクトゥクを拾いました。「遺跡までいくら?」と聞くと、思いの他安い値段が返ってきました。バンコクや有名な観光地と違って、このような田舎町では観光客からボルといった感覚がないのかもしれません。言い値で交渉成立となりました。しかしトゥクトゥクに乗り込もうとすると、妙に狭い。なんかこのトゥクトゥクはバンコクのに比べて微妙にシートの幅が狭いような。おまけに今回は3人乗った上にバックパックがあるし・・・。とりあえず無理矢理乗ってみたものの、体が動かせない現状と動き出したらもっと大変になるだろうという状況にたまりかねて、「きつすぎるよ。これは。タクシーにしようか。」と後輩に言うと、後輩の返事より先に運転手は私の意思を察したのか、それとも喜んでいると勘違いしたのか、「大丈夫」といった感じで笑顔でうなづきながら車を走らせ始めました。走り出してみると、加速、減速、カーブの度に重力がかかり、体が痛いし、関節もみしみしときしんでいる感触がします。遺跡に着く頃には関節の一つでも外れてしまっているのでは。これは拷問だ・・・。しばらく激痛に耐えていると、運転手が「着いたぞ」と車を停めました。何とか限界に達する前に到着してよかった。全くひどい移動だった。降りると、まず背筋を伸ばしました。背骨がゴキゴキと鳴り、関節も無理な圧力から開放されて気持ちがいい。横を見ると、後輩も同じ事をやっていました。もう荷物がある時は絶対にトゥクトゥクはやめよう。トゥクトゥクの運転手も降りてすぐ体操を始める我々を見て、あきれた表情をしていました。

辺りを見渡すと、特に目立った建物はなく、閑散とした場所でした。ここが遺跡?疑いの眼差しで運転手のほうを見ると、この道を行けば着くと、小さな川沿いの砂利道を指差しました。遺跡というよりもまるで農村にやってきてしまったといった感じの場所でした。もしかして違う場所に連れて来られてしまったのか。それともマイナーすぎる遺跡だったのか。少なくとも我々の思惑では、遺跡の入り口にはバス停やお土産物屋があって、少しは活気があるはずでした。そして、どっか荷物を預けられそうなところで荷物を預けて、遺跡見物をしようと思っていました。しかしこれでは荷物を預かってくれそうな施設がありません。せめて入場ゲートや入場券売り場でもあれば頼み込むのだが・・・、それすらない。困ったぞ。バックパックを背負って遺跡を回りたくはないし・・・我々は途方にくれてしまいました。こんな事だったら横着をせずに、ホテルに預けてくればよかったな。

しかし、嘆いていても仕方ありません。後輩がすぐそばに建っている一軒の駄菓子屋を指差して、「ここで預かってもらいましょうよ。」と言いだしました。中を覗くと、人のよさそうなおばあさんが一人で店番をしていました。どう見てもお土産物屋ではないし、観光客相手の商売をしている人でもなさそうです。ぶしつけなお願いを聞いてくれるだろうか。いや、聞いてくれないかも。あまり自信はなく、気が進みませんでした。とりあえず中に入ってみると、雑貨と駄菓子ばかりが並べられていました。そして、おばあさんはいらっしゃいといった感じで、店の奥に座っていたのを立ち上がって寄ってきました。言うなら今しかない。私は思い切って英語で、「荷物を預かって下さい」と言ってみました。しかし、おばあさんは首をかしげています。当たり前の事ですが、英語はまるっきり駄目のようです。私は背負っている荷物を降ろし、荷物を指差して「ここに置かせてください。遺跡を周ったら取りに来ます。」と、身振り手振りで伝えました。最初は何事だといった表情で聞いてきたおばあさんでしたが、私の言いたいことが分かったらしく、笑顔で隅っこを指差してくれました。ありがたい。我々は荷物を預かってくれることになったのと、意思が通じたことでとてもうれしくなり、満面の笑顔になりながら礼を言ったのでした。

~~~ §2、消化作業的な遺跡見学 ~~~

かくして我々は身軽になりました。これで心置きなく遺跡見学ができるぞ。よしっ、出発するか。しかし、さすがに何も買わないのはまずいような・・・、店を出る時には各々手にアイスクリームを持っていました。そしてそれを食べながら教えられた小さな川沿いの道を歩きました。どう見ても遺跡に続いている感じではなく、畑に続いていそうな道です。トゥクトゥクの運転手や店のおばあちゃんに教えてもらわなければ分からないような道です。これでは普通の観光客は分からないだろうに。案外どうでもいい遺跡なのかも。ちょっと不安になりながら歩くと、しばらくしてようやく遺跡らしきものが見えてきました。さっきから畑ばかりだったので一安心しました。

カーペンペ遺跡の仏像
カーペンペ遺跡の仏像

遺跡に近づいてみましたが、なんかものすごくボロボロでした。確かに今までと同じように周囲はきれいにしてあるのですが、遺跡自体がいつ崩れてもおかしくないような状態でした。スコータイ遺跡よりも古い遺跡なのか。それとも修復作業が進んでいないのか。というより、この遺跡自体、規模が小さいというか、貧弱というか、なんかぱっとしません。一応ガイドブックに載っているような遺跡なのに・・・。なんか変な感じだ。とにかく下手に触ると崩れそうなので、登るなんていうのは言語同断。一気に崩れてしまい、管理事務所の人に怒られ、ユネスコの人に怒られ、新聞に日本人の観光客のマナーのなさを思いっきり書かれ、大学名が載ってしまえば帰国後大学で怒られ、親に小言言われて、保険会社の人から保険の事でグチグチと言われと、思い付く限りろくな事がなさそうだ。登るのはやめておこう。それに遺跡を周るのもかれこれ4回目。もうアスレチック気分は抜けきっていました。

小さくボロボロの遺跡を3つ通過しました。遺跡というよりは残骸といった感じで、特に感動はありませんでした。後輩も同じといった顔をしていました。こんな遺跡はさっさと見てしまったほうがいいや。さっさと一回りしてカンチャナブリに行こう。そう決めると、歩むスピードも速くなります。しかし進めど進めど、時々小さな遺跡の残骸があるだけ。なんてしょぼい遺跡なんだ。それに別れ道がなく、ひたすら一本道でした。こんな遺跡の造りは今まで経験したことがありません。ちょっと変だなと思っていると、遺跡を突き抜け、大通りに出てしまいました。唖然。どうなっているんだ。まだ遺跡に入ってから10分しか経っていなというのに。たったこれだけで終わり?後輩が「向こうに続いていますよ」と声を上げました。車線の向こう側を見ると、確かに遺跡らしきものを発見。しかも向こうのほうが大掛かりのようだ。今までの前菜というやつか。それにしても遺跡の真中に道路を作ってしまったというのか。なんかしっくりしない気分で道を渡りました。

受付のお姉さんと
受付のお姉さんと

道路を隔てた側の遺跡へ来てみると、誰がどう見てもこっちの遺跡の方が中心部でした。しかも、ちゃんと入場券売り場までありました。さっき降ろされた場所は遺跡の端っこ、もしくは裏口だったようです。という事は、トゥクトゥクのおっちゃんは横着をして距離の近い裏口に停めたのか。こっちで降ろしてくれれば荷物の心配をしなくて済んだのに。まったく・・・トゥクトゥクのおっちゃんを恨めしく思いました。そして、チケット売り場に行くと、入場料金は80円弱でした。タイに来て遺跡でお金を取られるのは今回が始めてです。まあ安いからいいか。それに受付に座っていた人も綺麗だし。鼻の下を伸ばしながらチケットを購入し、ついでに「写真を一緒に撮っても良いですか。」とお願いまでしてしまいました。すると、うれしい事に「もちろん」と返ってきました。きっと誰も来ないで退屈していたに違いありません。うらやましがる後輩に写真を撮ってもらい、お姉さんにお礼を言って遺跡に入場しました。

カーペンペ遺跡1
カーペンペ遺跡2
カーペンペ遺跡で

曇り空の天気でしたが、歩くだけで汗ばんできます。異様に湿度が高い。肌にまとわりつくような湿った空気には閉口してしまいます。なんて蒸し暑いのだろう。太陽からの直射がない分だけましと言えばましなのですが、なければないで、太陽が出ていないのに何でこんなに暑いんだと腹が立ってきます。暑いといらいらしてくるので、ぶつぶつと勝手な解釈ばかりしていました。汗をハンカチで拭きながら遺跡を歩き出しました。相変わらず遺跡内は緑が綺麗で、整備が行き届いています。感心なことだ。よほどタイの人は遺跡を大切にする民族なのだろう。しかしその作業労力を考えると、更に汗が滴り落ちてきます。本当にご苦労なことです。

こっちの遺跡は先ほど歩いた遺跡のようにお粗末ではありませんでした。しかし全体的に見ると、他の遺跡に比べると朽ち果てている感じがしました。それでいて金を取られるのは変な感じですが、きっとこれから力を入れて直すという事なのかな。遺跡自体は今まで見たものと比べて目新しいものではありませんでした。どうやら同じ系統のもののようです。今までと同じだね。遺跡の価値の分からない我々は、終始そんな感想しか出てきませんでした。

今日は今までと違って徒歩での見学でした。前の日は自転車、その前の日はスクーターだったので、段々と遺跡を周る手段が原始的になっています。その分疲れも増してくるもの。さっきから汗が滴り落ちていました。それに今日は覇気が全くありませんでした。今までは遺跡によじ登ってまで写真を撮っていましたが、今日はそういった事をほとんどしていませんでした。歩いているせいもありますが、何より遺跡に飽きていました。アユタヤ遺跡、スコータイ遺跡、スィ・サッチャナーライ遺跡、そして今日のカーペンペ遺跡とどれも系統が同じで、しかも順を追って小規模になっていました。順番を間違えたかな。いや同じ遺跡を訪れるにしても違った年代のものを織り交ぜるべきだったな。そもそも遺跡よりも別の場所を選んだほうがよかったかもしれません。もはや作業的感覚で遺跡を眺めている感じでした。

一回りして受付のある入り口へ戻りました。受付のお姉さんはまだ座っていて、手を振ると笑顔で手を振り返してくれました。美人だし、しかも愛嬌があって明るい。いい子だ。未練がましい顔をしていたのか、後輩が「好みのタイプですか?」と聞いてきました。「う~ん、そうかもしれない」と答えると、「デートしてきてもいいですよ」と突っ込まれてしまいました。おっ、それも悪くないかな。ふと頭をよぎりましたが、あまり現実的ではないのですぐに打ち消しました。通りに出るとトゥクトゥクやタクシーが何台か停まっていて、「タクシー?」などと声をかけてきました。ぜひとも乗りたい。そしてバスの発着場まで行きたいと思ったのですが、預けた荷物を取りに行かないといけません。こんな事だったらここまで荷物を背負ってきて、さっきのお姉さんに預かってもらえばよかった。今となっては後の祭りです。そもそもあのトゥクトゥクの運転手が悪い。ここまで連れて来てくれれば何も問題なかったのに。再び恨めしく思いながら我々は横断歩道を渡り、もと来たしょぼい遺跡を通り抜けて行きました。

荷物を預けた駄菓子屋に着く頃には全身汗でビショビショでした。我々が店に入ると、おばあさんはよく戻って来たといった感じで迎えてくれました。そしておばあさんは笑顔で鞄のほうを指差しました。恐らく鞄は無事だよと伝えたかったのでしょう。しかし、今は全身汗まみれ。すぐにはバックパックを背負う気にはなれませんでした。とりあえず水分を補給しなければ。ちょうどいい、店の売り上げにも貢献しよう。冷たいジュースを買い、グビグビと飲み干すと当然のことながら一気に汗が吹き出てきました。こうなる事は分かっているのですが、飲まずにいられませんでした。足も疲れているので、落ち着くまで店先に座らせてもらおう。しばらく休むと、脱水感がなくなり、少し小腹も空いてきました。今度はパンやらお菓子などを購入して食べました。そして20分ぐらいすると、ようやく心身とも落ち着いてきました。よしっ、行くか。荷物を背負うと、まだ汗が乾いていないので、背中が冷たく気持ち悪い。でも我慢だ。おばあさんにお礼を言って、我々は店を出ました。言葉は通じませんでしたが、とてもやさしいおばあさんだったのはよく分かりました。やさしい、親切というのは笑顔と一緒で言葉は要らないものです。

~~~ §3、カンチャナブリへの道のり ~~~

駄菓子屋を後にした我々は近くで乗り物を拾おうと試みたものの、タクシー、トゥクトゥクともに通りかかりそうな気配がありませんでした。こりゃ駄目だ。やむなく先ほどの遺跡の入場口付近の大通りまで歩いていく事にしました。結局こうなるんだ・・・。再び朝ここまで送ってきたトゥクトゥクの運転手を恨めしく思ったのでした。そしてたむろっている中からタクシーを拾い、カーペンペの小さなバスの発着場へ向かいました。バスの発着場に着いてみると、空き地の延長というか、なんともローカル的な雰囲気が漂う広場でした。当然英語表記で「カンチャナブリ」と書かれている乗り場があるはずもなく、またバスも行き先が英語で書かれているはずもなく、自力でバスを見つけるのは無理でした。ということで、暇そうに客引きしている車掌の人たちに「カンチャナブリに行きたい」と聞くと、最初に予想した通りここからはカンチャナブリ行きのバスは出ていないとの返答でした。そうなれば乗り継いで行くしかない。いろんな人に聞いて回った結果、ナコーン・サワンからカンチャナブリ行きのバスが出ているとの情報を得ました。地図でナコーン・サワンを確認すると、ここから南に少し行った鉄道の駅もある大きな町のようです。それなら確実だろう。我々は係りの人に教えてもらい、ナコーン・サワン行きのバスに乗りこみました。

ナーコン・サワンには順調な道のりでした。このままだと比較的早い時間にカンチャナブリに到着する事ができるかもしれない。しかし到着してみると、このバスターミナルからはカンチャナブリ行きのバスは出ていなく、別のバスターミナルへ行きなさいと言われてしまいました。どうやらそんなに離れていないようですが、歩くのにはちょっときつそうな感じです。それに全くガイドブックにも載っていないような町なので、右も左も分からなく、途中で迷子になったら大変。これはタクシーを拾った方がいいな。そう思っていると、「乗りな」とやってきたのが、三輪自転車のアンちゃんでした。俺が連れて行ってやるといった表情をしています。でもこれって自転車タクシーだよな・・・。三人も乗って、更には荷物まであるけど壊れない・・・。そもそもちゃんと前に進むのだろうか。値段交渉をすると恐らく妥当な値段のような感じです。物は試しだ。それに目の輝いているアンちゃんのやる気を見ると断る理由はありませんでした。しかし乗ってみるとトゥクトゥクよりも狭いし、我々の体重でなんだか壊れそう。本当に大丈夫だろうか。我々が乗ったのを確認してアンちゃんはこぎだしました。しかし、3人の体重と荷物の重さのため、非常にゆっくりとした出だしでした。その後もスピードが出ません。なんとのんびりとした乗り物だろう。その反面こいでいるアンちゃんは大忙し。汗が滴り落ちていました。しばらく頑張っていましたが、途中、橋の上り坂でダウン。さすがに自転車を降りて押していました。それもかなりきつそう。気のいい後輩は「俺も押しますよ」と飛び降り、後ろから押していました。

運転手のお兄さんと
運転手のお兄さんと

しばらく走るとダウンしたのか、それとも予めこうする予定だったのか、トゥクトゥクの溜まり場で停まりました。そして、恐らく知り合いだと思われるトゥクトゥクの所に行き、こっちに乗り換えなとトゥクトゥクに乗り換えさせられました。このほうが安心なのですが、なんか変な感じです。でも悪そうな人ではないし、まあいいか。追加でお金を取られるわけではないし。さて乗り換えるか。おやっ、よくよく見るとここのトゥクトゥクはバンコクのとはちょっと形が違っていました。ここのはバイクに荷台を付けているだけの物。バンコクのように車体とバイクが一体型になっているものではありませんでした。でも狭いのは一緒。荷物を抱え込み、うまくスペースを作りながら乗り込みました。そして出発する直前、先ほど坂道で後ろから押していた後輩が「記念に一緒に写真を撮りましょうよ」と言い出し、自転車のアンちゃんと一緒に写真を撮りました。一緒に押した仲。何となく情が移ったのかもしれません。

~~~ §4、各駅停車の長距離バス ~~~

バスチケット
バスチケット

さすがにトゥクトゥクは速く、すぐにバスターミナルに着きました。そしてその運転手に連れられてカンチャナブリ行きのバスを探しました。そして見つかったバスは、どう見ても長距離バスといった感じではなく、この町を一回りするボロボロの路線バスといった雰囲気のバスでした。本当にこのバス?もしかしたら勘違いかも?心配になって乗りこむ前に運転手に「カンチャナブリ」と聞くと、一瞬ためらってうなずきました。なら大丈夫か・・・。かといって他に方法があるわけではないので、我々は料金を払い、荷物があるので一番後ろに座りました。どうも運転手の一瞬ためらった返事が気になります。単に私の発音が聞き取り難かっただけだったらいいのだが・・・。全く知らない町に着いたらどうしよう。心配になると、よけいに車内が怪しい雰囲気を持っているように思えてくるものです。もしかしたら銀河鉄道みたいに童話の世界に連れて行かれるのでは・・・。しかし、現実に戻ってこの汚い車内を見渡すと、そういう綺麗なイメージとはあまりにもかけ離れていました。

我々が乗り込んでからしばらくしてバスは走り出しました。出発しても車内の乗客はまばらでした。こんなんで大丈夫なのか。赤字路線では?ちょっと心配になってしまいましたが、それは無用の心配でした。走りだすと、しばらくは町中を客を拾いながら走りました。できればカンチャナブリまで一気に行ってもらいたいのですが、この閑散とした車内から察するに地元の事情ってやつがあるに違いありません。よそ者の観光客は黙って我慢しなければ。最初はそう思っていたのですが、あまりに頻繁に停留場に停まり続けるので、段々と何か変だと気づいてきました。なぜならどんどんと客が乗ってくるだけならいいのですが、さっきから乗客が乗ったり降りたりと、まるで市バスと同じ状態だったからです。一体どうなってるんだ。長距離バスではないのか。こんな調子でいくとカンチャナブリには一体何時着く事やら。ちょっと不安になってきました。現在午後3時。乗る前はカンチャナブリに5時ごろに着くかもしれないと期待をしていたのですが、このままでは何時になるか分かったものではありません。せめて6時か7時ぐらいまでに着いてくれれば宿も探しやすいのだが・・・。これからの道中が暗雲立ち込めた旅路になりそうな予感がしてきました。

学校の下校風景
学校の下校風景

車内の席が大方埋まった頃、ようやく市街から郊外に出ました。ずいぶんと時間がかかったものです。郊外に出ると、バスの外の景色は田舎ののどかな景色に変わりました。小学校だろうか、親に連れられてぞろぞろと下校していたりします。最初のうちはそういった風景もなかなか趣きがあり、楽しく眺めていました。それにしてもよく停まる。スピードに乗って走り出したと思ったらすぐに速度が落ち、停留場へ。市内も郊外も所構わず停まるバスだったようです。それで運転手が乗る時にためらったような返事をしたのだろうか。しかし他の選択肢はなかったはず。あまりにも頻繁に停まるし、長距離バスのようなちゃんとした椅子ではないので寝るに寝れず、我々はいらいらしながら耐え続けました。

外の景色にも飽きてきた頃、バスは幹線道路から細い道に入っていきました。どっかの町に寄るのだろうか。しかし着いた先は・・・、なんと学校でした。そして学生がぞろぞろ乗ってきて、あれよあれよ思っているうちにバスの中は学生でいっぱいになってしまいました。そして再び幹線道路へ。このバスは学生達の通学バスにもなっているようでした。学生達も一番後ろに普段見なれない日本人が座っているからびっくりしたらしく、我々を見つけるとおしゃべりしながら入ってきた学生も一瞬固まっていました。今度は停留場に着く度に学生達は少しずつ降りていきました。その為停まる回数が今まで以上に増えます。中にはバス停のない所で降ろしてもらう学生もいました。きっと毎日の日課となっているのでしょう。のんびりとしていて、まるで日本の田舎のバスに乗っているような感じでした。

通学の様子
通学の様子
バスの車内で
バスの車内で

しばらく走り、大きなバスの停車場に着くと、学生はみんな降りていきました。車内はやっと静かになって落ち着きました。「ローカルバスって感じだったね。」「こんなバスもたまにはいいっすね。」などと賑やかな車内を振り返りながら話していると、バスは再び幹線道路を離れ、細い道に入っていきました。もしかして・・・、やっぱり。停まった先は再び学校でした。そして学生達がどやどやと乗りこんできました。またか~。さすがに二回目はうんざりでした。ここでも乗ってきた学生達も、普段見慣れない我々を見ると物珍しそうにしていました。乗ってきた学生を観察すると、彼らのシャツの色はピンク、水色、レモン色、白といろんな色がありました。大半が白でしたが、何か区分があるのだろうか。それとも単にお洒落なのだろうか。赤いシャツなんて日本だったら不良が着ていそうですが、ここではそうでもなさそうです。

バスは再びぐるぐると回りながら学生を降ろしていきました。そして同じように大きな停留場に着いたらみんな降りていきました。やれやれとんだ回り道をしてしまったと、後輩と話していると再び細い道に入っていって学校の前に停まりました。2度ある事は3度あるというか、なんなんだこのバスは。さすがに顔が引きつっていました。イライラを通り越すと無言になってしまうもの。この頃はお互いあまり会話がありませんでした。何時になったらカンチャナブリに着くんだ。早くカンチャナブリに到着して、宿を探さなければいけないのに・・・。結局4校ぐらいまわって、学生達が乗ってくる事はなくなりました。しかし、外はもう真っ暗、時計を見ると6時を回っていました。

しばらく静かな道中が続き、ふと時計を見ると7時を回っていました。もう辺りが暗くなってきたので停留所に停まる頻度は下がったものの、まだいらいらするほど停車していました。もう学校に寄る事はないので、その点に関しては幾分気が楽でした。後はひたすら早くカンチャナブリに到着する事を願うだけ。しかしなかなか着かない。再び時計を見ると8時を回っていました。果たして今日中に着くのだろうか。カンチャナブリにちゃんと着くのだろうか。宿を捜せるだろうか。段々不安になってきました。イライラから今度は不安に耐えていると、やっと8時半ごろ賑やかな町に入りました。ここはカンチャナブリかも。どんどん乗客が降りていき、乗っているのが我々と数人の客だけになった頃、ようやくカンチャナブリのバスターミナルに到着しました。なんて長い道中だったのだろう。もちろん始発から乗っていたのは我々だけです。疲れたよっといった感じで運転手に片手を上げ、後ろの出口から降りました。今から宿を探さないといけない。さあ大変だ。

~~~ §5、カンチャナブリのゲストハウス ~~~

カンチャナブリに到着した我々は、ガイドブックを開いてよさそうな宿を探しました。どうやらクワイ川沿いに幾つかのゲストハウスが並んでいるようです。その辺りに行けば何とかなりそうだ。ただ、歩いていくには少し距離があるし、この暗さだと迷子になりそうです。よしっ、タクシーで行くか。トゥクトゥクだと狭いし。そう思ったのですが、トゥクトゥクのお兄さんが熱心に勧誘してきました。狭いからいいよと断っているとどんどん値段が安くなっていきました。これはお買い得かも。しかし荷物のある状態で乗っては朝のように体が痛くなります。やっぱり高くてもタクシーかな。どっちつかずで迷っていると、後輩が熱心な勧誘に負けたのか、「二台で行けばいいじゃないですか?」と提案してきました。それもそうだな。割り安感はなくなったけど、タクシーでも同じぐらいはかかるかもしれない。後輩二人と、荷物と私の二台体制で乗り込み、クワイ河のゲストハウスに向かいました。

まずはガイドブックにお勧めと書かれていた宿に行ってみると、満室だと断られてしまいました。仕方ない。次を捜そう。外に出ると先ほど我々を乗せてきてくれたトゥクトゥクのお兄さんが待っていました。こうなる事を予期していたのだろうか。とりあえず「満室で空いていなかったよ」と言うと、「乗りな。100m先にいい宿がある。お金はいいから」と言ってきました。自分の客は最後まで面倒を見るぞといった感じなのだろうか。そうだとしたらなんていいやつなんだろう。でも100m程度なら狭い中によっこらしょと乗り込むより、歩いた方が楽だったりします。断ると、こっちだよとトゥクトゥクをゆっくりと走らせながら案内してくれました。

宿のカード
宿のカード

100mちょと歩くと、「P.S.Guest House」という名のゲストハウスがありました。受付に行ってみると、3人部屋はないけどシングルとダブルの2部屋なら空いているとの事でした。それでも構わないからと値段を聞いてみると、かなり安い値段でした。部屋を見るかと言われましたが、少々の汚さだったら我慢できるし、何よりもこの時間他のゲストハウスに行く気はなかったので、すぐにここに泊まる事を決めました。心配になって着いてきてくれたトゥクトゥクのお兄さんにありがとうと言って握手をし、我々は鍵をもらい教えられた部屋へ向かいました。もしかして宿の人にコミッションをもらっているのかな。だから運賃が安かったのだろうか。ふと頭をよぎりましたが、親切なお兄さんのままの方がいいや。いらぬ詮索はしないことにしました。

敷地内は暗くてよく分からなかったけど、各々の部屋が独立して建っていました。カッコよく言えばバンガローとか、コテージとでも言うのでしょうが、ここの建物はわらぶきの、言うなれば弥生時代の食料庫みたいな建物でした。すぐ側が川のせいか、やたらと虫が多い。所々にある外灯の周りには恐ろしいほど虫がぶんぶん飛んでいました。それも半端ではない数です。見るだけで痒くなってきました。今晩は虫除けを大量に塗らないとひどい目にあいそうだ。ひとまずは二人部屋の後輩達の部屋に行きました。部屋自体は広く、一応シャワーとトイレが付いていましたが、汚くて使うには辛いものがありました。とりあえず荷物を降ろし、一服する事にしました。「失敗しましたかね。」と後輩が言い、私は「そうだね・・・」と力なく頷きました。見ずに決めてしまったけど、なんだかえらい場所に泊まる事になってしまったようだ。何はともあれ無事宿を確保できたからよしとするか。明日別の宿に移ってもいいし。とりあえずは一晩の我慢だ。何事も経験。これも修行のうちだと後輩を励ましました。

一服すると、気分が落ち着きました。鍵をもらう時、「ゲストカードは落ち着いてからでいいよ。お腹が空いているんだったら、ここで食事が出来るよ。」と言われていました。そういえばお腹がすいたな。今日は朝からろくなものを食べていない。よっ、飯にしよう。受付にゲストカードを記入するついでに食事をする事にしました。ぞろぞろと受付に行くと、受付の前には机が並べられて食事ができるようになっていました。宿のおばさんにメニューを見せてもらうと、予想以上に多くのメニューがありました。何にしよう。せっかくタイに来た事だし、タイらしい料理を食べてみようではないか。迷った末、私はタイ式グリーンカレーにひかれて、ライスと一緒に頼みました。カレーが緑?なんか気色悪い感じがします。それに材料の中にココナッツミルクと書いてあったのが気になりましたが、何事も挑戦する事が大事。宿の宿泊帳を書きながら待っていると、注文した料理がやってきました。テーブルに置かれた時点でぷ~んと香辛料の匂いがしてきました。おまけに緑色の液体。やはり不気味な食べ物でした。恐る恐る食べてみると、まずはココナッツ風味が強烈にしました。味は甘いような、やっぱり後味は辛いような・・・。日本で食べ慣れているカレーとはまるで違う味でした。感想としては普段ココナッツミルクを食べ慣れていない私にはココナッツの風味がきつすぎました。食べれなくもないのですが、いまいち口に合わないかなといったところ。なんとも不思議な食べ物でした。

食事をしていると、日本人の旅行者が何人か入ってきました。ここに泊まっているのかな。カンチャナブリの観光情報でも教えてもらおう。話しかけてみると、この近くの宿に泊まっていて、食事をしにやってきたとの事でした。どうやらここの食事は定評があるらしい。みんなでカンチャナブリの事、タイの事、旅の事などをしゃべりました。お互いグループなので、しばらくすると会話がグループごとに分かれつつありました。必要な情報は得たし、引き上げるとしよう。切りがよくなったところでお礼を言い、部屋に戻る事にしました。

そして後輩の部屋に戻り、先ほどの人たちの話を参考に明日の予定を立てました。明日は自転車を借りて一日がかりでカンチャナブリを回ろう。そして明後日の朝、最終目的地パタヤへ向かおう。無難な予定で決まりかかっていたのですが、後輩が「明日のうちにバンコクに戻るのはどうでしょう。」と提案してきました。先ほどの人達がバンコクにあるカオサン通りの事を言っていたのを聞いて、どうしても行きたくなったみたいでした。カオサン通りは旅行者ばかりの通りで、タイらしいというよりはインターナショナル的というか、まあ旅行者によって成り立っている場所なので、色々と変な店も多く、変な雰囲気のする場所です。私的にはあまり行きたくはなかったのですが、今回の旅行のルートはほとんど私が決めたもの。せっかく後輩が提案してきたのを退けるのはよくない。しかし、明日中にバンコクに行くというのはかなりハードな行程です。暗にほのめかして大変さを強調してみたけど、カオサン通りにどうしても行きたいとの事。ここは後輩の提案を素直に受け入れ、明日はなるべく昼過ぎまでにカンチャナブリの観光を終わらせて、バンコクへ向かう事にしよう。

明日の予定が決まった事だし、後輩達に別れを言って自分の部屋に向かいました。私の部屋はとても狭く、まるで囚人の監禁小屋といった感じでした。そして部屋の真中に置かれたベッドには蚊帳がかけられていました。蚊帳をかけて寝るなんて・・・今までこんな部屋には泊まった事がないな。まるでジャングルでの生活体験だな。ベットに入ろうとすると、人の気配に気が付きました。誰かいる。聞き耳を立てると、隣の部屋からの寝息でした。暗くて分からなかったのですが、よく見ると壁は竹で編んだ簡素なもの。風通しはよさそうですが、隣の部屋とはほぼ筒抜けでした。女の人が着替えていたら最高の部屋だな・・・いやいや何考えてるんだ。起こさないように気をつけながらベッドに入りました。ベッドに横たわると川のせせらぎが聞こえるだけで、耳の痛くなるような静寂が待っていました。

第7章 カーペンペ遺跡  ー 完 ー

第8章 「クワイ河の鉄橋」に続く

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<進め若者!突撃タイ旅行記 第7章 カーペンペ遺跡 1999年12月初稿 - 2015年10月改訂>