風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

進め若者! 突撃タイ旅行記

~ 第5章 スコータイ遺跡 ~

*** 第5章 スコータイ遺跡の目次 ***

~~~ §1、早朝の駅 ~~~

<1996年9月8日>

再び目が覚めました。というよりも、何度も目が覚めては再び意識が遠のいていく事を繰り返していました。効き過ぎる冷房と狭い空間、そして何より異国での夜行列車の為、どうも落ち着いて寝られません。隣に座っているタイ人のおじさんが時々もたれかかってくるのも気になる一因でした。財布をすられるのではないだろうか。あるいは誰かに網棚の荷物を持っていかれてしまうのではないか・・・などと気になり出すと切りがありません。気にしないようにしよう。いや、それでは何かが起きてからでは後の祭りになりかねない。かといって、このままでは寝れないではないか。そういった葛藤が続いていました。後ろの座席を覗いてみると、相変わらず子供を抱いた状態で母親が寝ていました。今だったらリクライニングの椅子を倒してもあまり問題がなさそうだ。リクライニングのレバーに手をかけてゆっくりと倒そうとするものの、後ろに倒れていきません。ん?故障か。いや、母親の足でつっかえているような感触だ。これ以上無理に倒せば起こしてしまうに違いありません。我慢するか~。思いとどまる事にしました。それにしても今どこを走っているのだろう。外の様子を見ようと窓に下ろされているブラインドを少し開けてみましたが、外は暗くて窓に自分の眠そうな顔が映っているだけでした。ブラインドを閉め、もう一度寝ようと試みました。

再び目が覚めると、今度は車内が慌しくなっていました。時計を見ると、到着予定時刻のちょっと前でした。もう到着するのかな。でも終点で降りるのだから慌てる必要はない。そういえば後輩はどうしているだろう。前に座っている後輩を覗いてみると、二人とも起きていました。彼らもほとんど寝れなかったようで、相当眠そうな顔をしていました。「眠れた?」と聞くと、予想通り「いいや、寒くて」と返ってきました。段々と車内の慌ただしさが増してきて、気の早い人はもう既に荷物を持って出口の方に向かっていましたが、我々は急ぐ必要が全くないので到着するのをのんびりと座席で待つ事にしました。そして次第に列車のスピードが落ち、定刻よりも10分遅れてピンサヌ・ロークに到着しました。ブラインドを開け、窓から外を眺めると、人影のない閑散とたプラットホームがそこにありました。深夜の駅といった感じで、ちょっと不気味。しばらくすると車内の乗客のほとんどが降りて、混雑のピークが去りました。さて降りるとするか。ゆっくりと荷物を網棚から下ろし、そして列車から降りました。

列車から降りるとひんやりとした空気が我々を迎えてくれ、眠さが引いていきました。辺りを見渡すと、東の空が気持ち程度薄っすらと明るいだけで、ほぼ真っ暗。今日はピンサヌ・ロークの寺を見て、スコータイに移動する予定ですが、この暗さでは動き回る事ができません。何よりも開いている店もなければ、見たいお寺も開いていないはず。とりあえずホームに設置されているベンチに腰掛け、この後どうするかを考える事にしました。何だってこんな朝早く到着する列車に乗ってしまったんだ・・・と後悔しても、しょうがない事。ここピンサヌ・ロークはバンコクに比較的近いため、朝一番遅く到着する夜行でもこの列車だったのです。宿代と時間を惜しんだ結果、こうなるのは仕方のない事。さてどうしたものか・・・椅子に座っていると、睡魔が襲ってきました。列車の中ではほとんど寝れなかったから当然といえば当然のこと。後輩の「どうします?」という問いかけに、半分目蓋を閉じながら「しばらく寝よう」と答えました。

誰かに体を揺さぶられ、目が覚めました。辺りはうっすらと朝日が差し始めていました。誰だ起こすのは?起こした相手を見ると、きっちっと制服を着た人でした。え?なんだ!驚いて相手をちゃんと見ると、制服から察するに駅員の人でした。駅員の人はタイ語で我々に何か言って、次は隣のベンチで寝ている他の人を起こしにかかりました。しかし、眠い。駅員が去った時点で、片方の目蓋は閉じていました。閉じかけた眼で駅構内を見渡しても、相変わらず閑散としたホームである事には変わりない。これなら邪魔にはなるまい。起こさないでくれ。眠いんだから。私は何も言わず、再び横になっていました。

再び誰かが体を揺さぶり目が覚めました。目を開けると今度は後輩でした。なんだ後輩か。しかしその横にはまたもや駅員の人がいるではないか。恐らくさっき起こしに来た人なんだろう。この状況から考えるに、まず後輩が起こされて、慌てて私を起こしたのかな。さすがに2回目はまずいと思い、すぐにバックパックを背負いこの場を後にしました。タイの駅はなかなか規則が厳しいようだ。それとも、この駅員の人がお節介だっただけなのだろうか。どちらにせよ我々は駅を追い出されることとなってしまいました。

~~~ §2、水上の家と美しい仏像 ~~~

時計を見ると7時すぎ。ぼちぼち町が始動する時間帯です。特にこのような田舎は朝が早いはず。ガイドブックによると、ここピンサヌ・ロークのワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート(寺)にはタイで1、2を争うほど美しいと言われる仏像が安置されているそうです。仏像自体にはさほど興味はないけど、「タイで1、2位を争う」と聞けばどんな仏像だろうかと興味が沸いてくるというものです。まずはそこに行ってみよう。寺だったら間違いなくこの時間でも開いているはず。歩きながら駅員の人が起こしてくれなかったらいつまで寝ていただろうか?と考えてみると、ちょうどいい時間帯に起こしてくれた駅員の人に感謝するべきなんだろうなと思い直しました。とりあえず急ぐ必要もないのでどこかで朝食を取るのも悪くないなと商店街を歩きながら思ったのですが、まだ朝が早いのでほとんどの店が閉まっていました。結局、朝食を食べれそうな店は見つからなく、商店街を抜けてしまいました。

川に浮かぶ家
川に浮かぶ家

商店街を抜けると、土手にぶつかりました。どうやら川辺にでたようです。そして、その土手を登った瞬間、我々は一瞬固まってしまいました。な、なんじゃこれ!川に無数の家が流れているではないか。目の錯覚か。寝ぼけた眼をこすってよく見ると、流れているのではなくちゃんと岸に固定されていました。なるほど。水上の家か。仕組みは理解できても普段見なれない光景なので、ただただ唖然。なんとも異様な光景です。何で川に浮かんでいるんだ。昨日見た水上マーケットやその近辺の建物は少なくとも水上の上に建っていました。それがここでは船のように浮かんでいるだけ。これでは桟橋につないだ船と同じではないか。後輩も「大雨が降ったらどうするんですかね?」などと首をかしげています。本当にその通りだ。しかし、何だってタイの人は水の上に家を建てるのが好きなんだろう?橋を渡るため、川に沿って歩き続けましたが、一向に川に浮かんだ家は途切れませんでした。土地のない人が川に家を建てているのだろうか?それとも昔からの文化なのだろうか?色々と疑問が浮かんできましたが、疑問のままで解決しませんでした。

ワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート寺院
ワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート寺院
美しいといわれる仏像
美しいといわれる仏像

橋を渡り、しばらく歩くとワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート寺院にたどり着きました。境内は朝早いのにお祈りをする人が結構訪れていました。朝とはいえ結構蒸し暑く、バックパックを背負って歩いて来た我々は、もう既に汗だくになっていました。特にバックパックを背負っている背中はびしょびしょで気持ち悪い状態でした。まずはバックパックを下ろそう。境内には売店があり、そのベンチで一息つくことにしました。そして売店でジュースを買い、荷物番を決めて交代で参拝する事にしました。

本殿に入ると、入り口には寄付金を入れる透明の大きな箱がデ~ンと置いてありました。その中には早朝だというのにお金が箱の6~7割も入っていました。朝からこんなに金が入る訳がないよな・・・。常にある程度お金を入れておいて、金の入りをよくしているに違いありません。そもそも透明に作られているのが怪しいではないか。これって生活の知恵ってやつかも。やはり日本と一緒でタイの仏門も生臭なのかな・・・。そんな事を思いながら奥に入っていくと、本殿の中ではお祈りをしている人が何人かいて、祈っている先に噂の仏像が安置されていました。これがタイで1、2を争うと言われるほど美しい仏像か。とりあえず写真を撮っておこう。信者の邪魔にならないように、静かに写真を撮りました。しかし、私に仏像の美しさなんて分かるはずもなく、これが美しい仏像かと知ったような顔でその場を後にしました。でも一体仏像の美しさはどこで判断するんだろう?確かにきれいに光っていたけど・・・。う~ん、実は心だったりして・・・って美しさが見えないではないか。売店に戻ると待っていた後輩が、早速「どうでしたか?美しかったですか?」と聞いてきたので、「酒井法子みたいだった」と答えると、勇んで見学に出かけていきました。

寺の見学を終えた我々はスコータイ行きのバスに乗るべく、バスターミナルに向かう事にしました。ガイドブックには歩くと30分はかかると書いてあります。バックパックを背負ってその距離を歩くのはちょっとしんどい。それに、これ以上汗をかくのも勘弁です。ということで、後輩のリクエストにより便利なタイ名物トゥクトゥクを拾う事にしました。こういう時は3人いると割り勘できるので安上がりです。もし一人だったなら貧乏性の私のこと、頑張ってでも歩いていたかもしれません。寺のすぐ側の大通りに立ち、トゥクトゥクが来るのを待ちました。しかし、しばらく待っていてもお目当てのトゥクトゥクがやって来ません。なぜだ。タクシーはさっきから頻繁に通っているのに、トゥクトゥクは一台客を乗せたのが通っただけでした。バンコクとは違ってここではあまりトゥクトゥクが走っていないのではないか。もしそうならトゥクトゥクを待つのは時間の無駄というもので、タクシーを拾う方が利口ではないか。「タクシーにしようよ」と、後輩に声をかけてみましたが、「タクシーは高いすっよ。もう少し粘りましょうよ。」と返ってきました。仕方ない。待つか。5日目にしてなんか変な私の貧乏性が後輩に移ってしまったような感じです。しかしそれから10分経ってもトゥクトゥクはやってきませんでした。さすがに限界だと感じ、「タクシーに乗ってもそんなに値段は変わらないから」と、無理矢理タクシーを拾いました。

歩いて30分の距離なので、タクシーに乗るとすぐにバスターミナルに着きました。道中はさすがに快適。居住空間も広いし、冷房も効いていてトゥクトゥクとは比べ物になりません。やはりタクシーは移動手段の王様です。後は値段が安ければ言う事がないのですが・・・。タクシーのトランクに入れた荷物を取り出し、料金を払おうとすると、意外にも料金が安くてビックリ。タクシーも安いではないか。これだけ安ければわざわざ狭いトゥクトゥクに乗る事もないのでは。ここで我々が得た結論は、トゥクトゥクもタクシーも値段にするとあまり差はないという事でした。二人までならトゥクトゥクで値切れば安く済むとは思いますが、三人だと快適性と値段を考えるとタクシーのほうが断然お得。特に大きな荷物を持っているときはその差は明らかです。バンコクの渋滞などではトゥクトゥクは小回りが効いて速い時もありますが、狭くて振動が多いという難点があります。タクシーは渋滞に巻き込まれる分だけメーターの料金が上がり割高な感じがしますが、快適な事には変わりありません。渋滞のない所では、渋滞に巻き込まれない分だけタクシーが割安になり、トゥクトゥクとの差がなくなるといった感じです。さっきまで「タクシーは高いからやめましょう」と言っていた後輩が、「やっぱタクシーっすよね」と言い始めていました。

~~~ §3、スクーターをレンタル ~~~

バスに乗った我々は、朝十時前、スコータイ市に到着しました。今夜泊まる宿を決めるには少し早すぎる時間ですが、早めに確保しておいて損はありません。まずは宿を探す事から始めました。このスコータイ市街からスコータイ遺跡までは15kmもあります。バスで行くのが一般的な方法なのですが、私は日本を出国する前からバイクを借りる事に決めていました。我々3人は大学のツーリング仲間。どうせなら一回はタイでバイクを借りて走らせたいと思っていたからです。と言う事で、バイクを借りる事ができる宿というのが一番ベストでした。ガイドブックに拠ると「Friend House」という宿ではバイクをレンタルを行っているそうです。よしっ、ここにしよう。この宿を第一候補にして、我々はガイドブックの地図を見ながらゆっくりと歩き始めました。

ホテルカード
ホテルカード

日が差してきて、いっそう暑くなってきました。立っているだけで暑い。早いところ背中に背負っている荷物を宿に置いて身軽になりたい。汗をかきながら川に沿って少し歩くと、お目当ての宿がありました。早速中に入り、空き部屋の確認とバイクのレンタルの事を尋ねると、宿の主人は申し訳なさそうに「部屋は空いているが、バイクは修理中でないんだよ。」と言ってきました。安い部屋はあっても、バイクがないのは残念。さてどうしようか。これ以上バックパックを背負って歩くのは嫌だしな。「どっかレンタルバイクをやっているところは知りませんか?」と尋ねると、町中にバイク屋があるとその場所を教えてくれました。そんなに遠くないので、そこに借りに行けばいいか。他にバイクをレンタルしている宿はなさそうだし、この宿を断る理由もないので、ここの宿に泊まる事にしました。チェックインしようとすると、三人部屋はなく、二人部屋と一人部屋を借りる事になりました。二人部屋のほうは今から掃除するとの事なので、一人部屋の方に荷物を置いて、早速教えてもらったバイク屋に向かいました。背中の荷物がないと同じ道のりでも足取りが軽いものです。

表通りから一本中に入った通りにバイク屋がありました。ちゃんと営業しているようで、店の前にはバイクが並べられていました。ここか。英語が通じるだろうか。中に入り、片言の英語でバイクを借りたい旨を伝えると、料金表を見せてくれました。日本出国前の計画では排気量の大きなバイクを借りて、ちゃんとしたツーリング気分を味わおうではないかと計画していたのですが、料金表に書かれている大型バイクの値段の高さにおののいてしまいました。これはちょっと高すぎる。何日分の滞在費になるのだろうか・・・。すっかりとタイの物価に慣れてきてしまったので、遺跡見学を兼ねた小ツーリングに大金をかける気がしなくなっていました。それに大きなバイクは小回りも利きにくいし、実用的でないのも確かです。中型のバイクも・・・それなりの値段がしていたので、結局当初の計画とは裏腹に一番安いスクーターのカブになってしまいました。おまけにいざ乗ろうとすると、3台しかない1台が調子悪く、エンジンがかかりません。どうなってるんだ。バイク屋のおじさんに見てもらうと、こりゃ駄目だと首を横に振る始末。仕方ないので2台借りて、片方は二人乗りで使うことにしました。予算的には安く収まったのですが、せっかくタイまで来たのに3人で走れなかったのはちょっと残念でした。

借りたスクーター
借りたスクーター

店のおじさんに注意事項を聞くと、料金は1日あたりの値段で、明日の同じ時間に返せばよいとの事。明日の朝も使えるのが嬉しい。そしてヘルメットはかぶらなくてもいいようで、ガソリンは満タン返しではなく、なくなったら入れてくれとの事。うまくガソリンを入れないと損をするシステムです。案の定、タンクの中は二台とも既に空っぽ同然。まずはガソリンスタンドを探すことから始めなければなりませんでした。

よしっ、出発だ。スコータイまでは真っ直ぐ大通りを行けば着くので、まず迷う心配はありません。意気揚々と走り出してみたものの、後ろには後輩の一人を乗っけているのでいまいちスピードが出ませんでした。う~ん、こんなものなのか。なんてパワーのないバイクだ。古いせいか、それともタイのバイクだからか。アクセルを回しても思うようにスピードの出ないバイクに少々ストレスを感じました。やっぱりスクーターは失敗だったかな。でもまあ安全が第一。慣れない環境なので、スピードが出ない方がいいかも。とりあえずガソリンスタンドを探しつつ走っていると、後ろを走る後輩が並びかけてきて、「タイヤの空気がないですよ。」と大声で教えてくれました。後輪を覗いてみると、ほぼタイヤがぺちゃんこになっていました。なんとひどい。道理でスピードが出ないはずだ。バイク屋のおじさんもいい加減だな。こんな初歩的なこともできていないなんて・・・。こんな整備不良なバイクで最後まで壊れずに走れるだろうか。ちょっと不安になってきました。少し走ると、後ろに乗っている後輩が「ガススタがありますよ。」と背中越しに言ってきました。前方にそれらしき看板が見えます。おっ、なかなかいいタイミングだ。スタンドに入ると若いお兄さんがガソリンとタイヤの空気を入れてくれました。なかなかてきぱきしていて気持ちがいい。ガソリンスタンドは世界中こうでなくてはと、後輩とうなずきあっていました。常に笑顔を絶やさない店員に気分よくお金を払い、挨拶をしてガススタンドを後にしました。

その後は順調にスコータイ遺跡に向かって走りました。空気を入れてもらったおかげでバイクの調子がよくなったこと。俄然スピードが出るようになり、遅い車を抜けるほどに。こうなればこっちのもの。抜けるものなら抜いてみろといった感じで遺跡へ続くまっすぐの道を疾走しました。タイの若い子にバイクは人気あるらしく、道中、道の脇にバイクを停めてたむろっている姿をよく見かけました。大体2ストロークの50~80ccと思われるレーシングレプリカっぽいバイクでした。日本のメーカー製ですが、日本では見かけない型ばかり。きっとタイの工場で作られているものなのに違いありません。日本のバイクと比べるとあまりにもおもちゃみたいで、少なくとも日本では売れそうになさそうでした。

~~~ §4、スコータイ遺跡の見学 ~~~

アクシデントもなくスコータイ遺跡に到着してみると、そこに広がっていたのは遺跡群というよりも芝がきれいに敷かれているような公園でした。石造りの仏塔が見えたから遺跡と分かったのですが、もし見えなければ広い公園と間違えていたかもしれません。アユタヤの時といい、タイの遺跡は本当に素晴らしい。見学する前から感動してしまいました。遺跡の敷地内には地元の高校生ぐらいの人達が何をするでもなくたむろっていたりと、どうやら地元の人達にとってもいい遊び場であり、公園の役割も担っているようでした。

ガイドブックを開くと、ここはタイの人にとって歴史的に重要な遺跡と書かれていました。というのも、1238年にクメール族の支配から独立して、タイ民族最初の独立国家を建国した場所だからです。なるほどそんなに重要な場所だったのか。なんとなく選んだスコータイだったのですが、遺跡に到着して初めてその重大な意義を知りました。更に読んでいくと、スコータイ王国はインドから仏教を取り入れ、中国から陶芸を学び、クメール文字を改良してタイ文字を考案したりと異文化を取り入れつつ、現在のタイ文化の基礎を作り上げたようです。しかしその歴史は短く、1378年に新しく興ったアユタヤ王国に破れ、その支配下に入ったそうです。ってことは、この前見たアユタヤ遺跡の一つ前の時代の遺跡ということになるようです。見る順番が逆だけど、関連性があるというのは遺跡見学のモチベーションが上がるというものです。

スコータイ遺跡1
スコータイ遺跡2
スコータイ遺跡3
スコータイ遺跡中心部で

さてどこから見学しようか。スコータイ遺跡は、南北1600m、東西1800mの三重の城壁で囲まれていた都跡を中心に広大な範囲に遺跡が散らばっています。現在我々がいるのは都跡の中心付近。まずは中心部を歩いて見て周ろう。その後、バイクを使って徐々に周辺部に移動していけばいいか。ということで、スコータイ遺跡の中心部にある王宮寺院であったワット・マハート寺院から見学を始めました。訪れてみると高さ8mの仏像が微笑みかけてくれました。この仏像は何かで見たことがあるぞ。勉強不足ながらも知っているものがあるというのはうれしいものです。しかし、よくは分からないけどこの仏像は国宝級の価値があるものでは・・・野ざらしに放置してあっていいのだろうか。それともレプリカ。いや実はどこにでもあるような仏像なのか・・・色々と疑問に思いました。タイではあまり他人の物を盗むような輩はいないということだろうか。それにしても無防備のような気がしました。

広い遺跡内には、よじ登る壁や橋などがかかっていて、まるで幼い頃に行ったアスレチックのような感じでした。それにどの遺跡も直に手で触れることができるので、とても楽しく見学ができました。我々観光客にとってはとてもありがたい事です。直接遺跡に触りながら見学すれば、ただ眺めているよりもずっと記憶に残るからです。その一方で、大事な遺跡が我々のような観光客のせいで壊れる恐れもあります。もともとは滅びた文明の遺産。このまま壊れて土に返るのもまた儚くていいのかもしれません。

中心部の遺跡を一通り見終わると、太陽は一番高い位置にありました。暑い。それに日差しが強烈だ。木陰に入り、小休止。さてどうしようか。よく考えると朝から何も食べていないではないか。遺跡見物も切りがいいし、一旦昼食休憩にしよう。でも食堂なんてあったけな。スクーターの所に戻り、食べ物屋を探し始めました。しかし、辺り一面遺跡だらけ。バスの発着場に幾つかの屋台があるぐらいで、めぼしい食堂はありませんでした。仕方ない。屋台で我慢しよう。という事で、屋台を色々と物色する事にしました。先ほどまでのアスレチック気分が抜けきらないのか、どうも駄菓子を買っている感覚で、知らず知らずと大量に買っていました。しまった。こりゃ食べきらないぞ。でもまあ、余ったら後輩にやればいいか。しかし、後輩のほうを見ると、彼らは私以上に大量の食材を購入していました。残したらもったいない。昼間から大量の食材と格闘しなければなりませんでした。

スコータイ遺跡4
スコータイ遺跡5
スコータイ遺跡周辺部

食後、再び遺跡を周り続けました。今度は中心から少し離れた遺跡を見て周る事にしました。中心部の遺跡はそれなりに密集していましたが、それ以外は一つ一つが少し離れていて、歩いて周るには大変そうでした。バイクを借りていて良かったと実感しました。と言うことで、食後はひたすらバイクで移動して、到着したら遺跡を見学してというのを繰り返していきました。どの遺跡も直に触れて周れるのでなかなか楽しいこと。あるものは4層の高さになっているので上まで登り、あるものは洞窟のようになっていて中を探検。我々は子供のようにはしゃぎまわりながら遺跡を周り、写真を撮り続けました。ここは童心に返れるとてもよい場所でした。バイクでの移動を楽しみ、そして遺跡見学も楽しみ、遺跡の大半を見終わった頃には夕方になっていました。もし大きなバイクを借りていればもっと遠くの遺跡まで行けたかもしれないけど、スクーターでも十分に満足できる遺跡見学となりました。よしっ、ここらで切り上げよう。暗くなる前に戻った方がいい。切りがいいところでスコータイ市街へ戻る事にしました。

行きに走ってきた道を市内へ向けて戻っていると、先ほどまですぐ後ろを走っていた後輩がバックミラーに映っていないのに気が付きました。あれっ、どうしたんだ。慌てて止まり、振り返ってみると、かなり後方で路肩に停まっていました。一体どうしたというんだ。事故ではなさそうだ。故障か。Uターンして後輩のところへ行くと、「バイクから何か変な音がして、どうもスピードが出ないんですよ。」とのこと。試しに乗ってみると、やはり何かおかしい。一通り点検したものの、目に付く異常はありませんでした。残るはエンジンの中とか、ギアーボックスの中とかといった内部の問題になるけど、こればっかりは素人にはどうしようもない。第一工具もないので問題がわかったとしても対処もできない。諦めよう。案外プラグのせいで単に出力がダウンしているだけかもしれない。なんせタイヤの空気もろくに入っていないような整備しかしていないのだから。スピードを落としてゆっくりと帰ることにしました。しかしタイでは大通りをゆっくりと走るというのが怖いこと。なんせとんでもないスピードで容赦なくバスや車が後ろから追い抜いていくので、その風圧に巻き込まれて倒れそうになるからです。なるべく路肩の方を走りながら風圧に耐え、バイクも壊れないようにだましだましといった感じでなんとか宿まで帰りました。

バイクは夜ちゃんと休ませれば治るだろうと安易に考え、宿の駐車場にしまっておきました。そもそも全く走れないわけではないし、転んだわけでもないので、このままの状態で返しても問題はないはず。バイクの事はひとまず忘れる事にしました。宿に入ると、おばさんが出てきて掃除の済んだ部屋の鍵をくれました。部屋割りは後輩二人と私一人。私の一人部屋においておいた荷物を後輩が持って彼らの部屋に行ってしまうと、久しぶりに一人の空間を持てた気がしました。それにしても疲れたな。タイに来てから一向に疲れがとれない。むしろどんどん蓄積されているような気がするぞ。やれやれ。大きなため息とともにベッドに横になると、そのまま意識が遠のいていきました。いや、いかん。起きていなければ。一度は起き上がったものの、すぐに凄まじい眠さに襲われました。幸いな事に今日はやかましくて元気な後輩とは別の部屋だ。しめしめ。私の眠りを妨げるものは何もありませんでした。その後、後輩が夕食を食べに行こうと呼びに来たようですが、ベッドでなまこのように横になっている私を見ると諦めて二人で出かけていきました。今の私には食事よりも睡眠のほうが大事でした。

第5章 スコータイ遺跡  ー 完 ー

第6章 「スィー・サッチャナーライ」に続く

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<進め若者!突撃タイ旅行記 第5章 スコータイ遺跡 1999年12月初稿 - 2015年10月改訂>