風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

進め若者! 突撃タイ旅行記

~ 第2章 アユタヤ観光 ~

*** 第2章 アユタヤ観光の目次 ***

~~~ §1、パンダバスツアー ~~~

<1996年9月5日>

「ピピピ~」 けたたましく鳴る目覚ましの音で目が覚めました。
時刻は午前7時。う~ん、眠い。
今日はアユタヤ遺跡とチャオプラヤ川のクルーズがセットになったツアーに参加する日だったな。
集合時間が決められているので、起きなければ・・・。
でも眠い。
サボっちゃおうかなと頭を怠惰な考えがよぎるものの、まず後輩が許してくれないだろう。
なにしろ私と違って今日が旅始まって最初の朝だもんな。
当然ながらやる気満々な状態ってなわけで、重い瞼を開けてみると、さっさと起きて仕度を始めていました。
私も起きなければ・・・なんでこんなに眠いのだ。
昨日からかなり寝ているはずなのに。
もしかして・・・、今更ながらこれって時差ぼけってやつなのか。

今日参加するツアーは「パンダバス」といって、日本人を専門に扱っているツアー会社によるものです。
バンコクで直接頼むとむちゃくちゃ高いようですが、日本で頼むと3日間のツアーで1万円ぐらいでした。
3日間頭を悩まして後輩を連れまわすことなく、しかも日本語で観光案内してもらえるし、食事付きとは楽チン。
恐ろしく高い定価や日本人を相手にしている事を考えると、かなり高級ツアーに違いない。
安っぽいツアーと違って食事や移動、ガイドもデラックスではなかろうか。
それならこの値段は安いぞ。
それに・・・もしかしたらかわいい女子大生の集団もいるかも・・・。
とまあ、色々と期待しつつ日本を出る前にツアーに申し込みました。
もちろん個人旅行者がツアーに参加するなんて邪道だといった気持ちもありましたが、旅の後半のだらけやすい時期だし、私自身何の気兼ねもなくトルコ旅行をしたかったので、日本語ツアーに参加するというのはむしろ好都合でした。

パンダツアーのカード
パンダツアーのカード

約束の時間の7時半ちょうどにホテルの1階ロビーに降りました。
間に合った。なかなか上出来だ。
いやいや、10分前行動が旅の基本。
あまり褒められたものではないのは確かです。
やれやれ、とりあえず座って待つか。
どうせならロビーに設置されている豪華そうなソファーのほうがいいな。
朝からデラックスな気分になれるし。
空いているソファーに腰掛けようとするや否や、一人のタイ人の男性が我々に近づいてきました。
そして、「おはようございます。パンダバスに申し込まれた方ですよね?」と聞いてきました。
なかなかすばやい対応だ。
男3人という特徴ある目印があったかもしれませんが、「目印にこれをつけてください」とクーポンと一緒に同封されていたかっこ悪いパンダのデザインがされたバッジを付けていたのですぐにわかったに違いありません。
「そうです。」と答えると、簡単な自己紹介と身分証を見せ、「表に車が待っていますからついてきてください」と言ってきました。
相手はタイ人とはいえ、日本語でしゃべれるのは楽チン。
それになかなか対応もいいぞ。
やはり今日のツアーは期待できるかも。
案内されるままホテルの外に出ました。

しかし、期待を裏腹にホテルの前に停まっていたのは高級とはいえない、いやむしろかなりくたびれたミニバンでした。
もしかしてこれ・・・。
案の定、「この車に乗ってください」と言ってきました。
これでアユタヤまで行くのだろうか。
結構距離があるはずだし、かなり窮屈だぞ。
これでは期待していたデラックスなツアーとは程遠いかもしれない。
リムジンとまでいかないにしても、もう少しまともな乗り物はなかったのだろうか。
もしかして失敗したか?ちょっと不安になっていると、それを察してか、係りの人が「このミニバンはホテルのお客様の送迎用で、アユタヤまでは大型バスに乗り換えて行きます。」と、言ってきました。
そ、そうなのか。そうだよな。ははは。
ちゃんとしたツアーに参加する事に慣れないのでいまいち勝手がわかっていませんでした。

しばらく走り、大通り沿いに停めてある大型バスのところで停まりました。
降りてみると、ずらっと何台もバスが並んでいました。
えっ、もしかして修学旅行並みに大人数で行くのか?これまた不安な展開になってきました。
しかし近づいてみると、バスごとに「アユタヤツアー」、「水上マーケットツアー」などと案内板がかけられていました。
なるほどそういうことか。一安心しました。
係りの人に教えられたバスに乗り込むと、外装はなかなか立派なバスでしたが、内装の方はいまいち。
そして車内はがらがらでした。
きっとこの後また送迎用のミニバンが到着してゾロゾロと乗ってくるに違いない。
なんせアユタヤへのツアーはバンコクでも1、2を争うほどの人気だから。
そう思い前の人と間隔を開けずに真ん中付近の座席に陣取りました。
そして出発を待つものの、誰も乗ってこない・・・。
結局、その後誰も乗り込むことなく、午前8時、バスはアユタヤに向けて出発しました。
50人は乗れるバスなのに、乗っているのは私達を含めて15人ぐらいでした。
なんとも寂しい。ここのツアーは失敗だったのかも・・・と嫌な予感がしてきました。
でもまあツアーはツアーと割り切ればいいや。
バスは広々としていてくつろげるし・・・。
走り出すと、すぐタイ人のガイドの人が「おはようございます」と挨拶をし、流暢な日本語でバンコクについて色々説明し始めました。
が、眠い!最初のうちはなんとなく聞いていたのですが、何時の間にか寝てしまっていました。

~~~ §2、アユタヤ遺跡で ~~~

「起きてください!」 「ん!?なんだ。もう着いたのか」
後輩に起こされてみると、そこはもうアユタヤ遺跡でした。
こりゃいかん。慌てて起き、一番最後にバスから降りました。
バスを降りると、目の前には緑に囲まれた遺跡がありました。
なんて南国的な光景だろう。その素晴らしさに圧倒されてしまいました。
もちろんこれは寝ている間にいきなりこういった場所に着いてしまったので、あらまあビックリといった感動が多分に含まれていました。
これが熱帯なんだな。テレビで見た光景と同じだ。
しかしテレビとは違って、実際の現場は南国独特の匂いが強烈にしてきます。
おまけに異様に湿度が高く、むしむしします。
この感覚的な部分がテレビでは味わえない贅沢と言うものだろうか。
何にしても、バンコクでは日本に似ていると感じていたのですが、ここは明らかに異国の地でした。

アユタヤ遺跡1
アユタヤ遺跡2
アユタヤ遺跡

私達がそろうのを待って、添乗員の人が遺跡について説明し始めました。
「アユタヤは1350年にウトン王によって建国されたアユタヤ王国の首都であり、<中略>1767年にビルマ軍の侵攻によって破壊された。・・・」と話が終わりました。
その後は自由時間で、「40分後にはバスに戻って下さい。」と添乗員の人が念を押した後に解散しました。
みんな適当にうなずくだけで、誰一人「分かりました。」などと声を出して返事をしませんでした。
その為、添乗員の人も本当に分かったのだろうかといった感じで、張り合いがなさそうな表情をしていました。

遺跡の中に入って行くと、辺り一面、とんがったタケノコのような塔が乱立していました。
このとんがったスタイルはタイの文化なのだろうか。
そう言えばタイの民族衣装の頭にかぶるのもとんがっていたっけな。
きっとそうだろう。
他に何も思い付かなかったので、勝手にそう解釈して遺跡をぶらぶらし始めました。
それにしても遺跡内はきれいに整備されています。
芝生という緑のじゅうたんで囲まれた遺跡はまるで公園のようでした。
観光に力を入れているからなのかな。
それともきれい好きな日本人がよく来るからこうなっちゃったのかな。
いや、いくら日本人が来るといっても、一時的にきれいに造る事はできるだろうけど、ずっとこの状態を保ち続けるのは無理だ。
タイの人の遺跡に対する思いやりとか、信仰心とか、道徳観がそうさせているに違いありません。
微笑みの国と言われる所以はこういう事にあるのかなと思いました。

仏塔の上で
仏塔の上で

ぶらぶらと一通り回ると、ちょっと手持ち無沙汰になってしまいました。
物珍しいとはいっても、シンプルな仏塔は石を積み上げて造っただけのもの。
精巧なレリーフや壮大な造りをしているわけではないのですぐに飽きてきます。
無教養の私達にとって遺跡見学は眺めるよりも地元の人同様にアスレチック気分で立体的に楽しむべきもの。
その方が印象に残るし、石の材質、積み上げ方などが感覚的に身に付くというものです。
ピラミッドに登ってから変な癖がついたようで、近くの登っても良さそうな仏塔に登ってみました。
後輩の一人も続いて登り、もう一人の後輩は、「いいんですかね」と辺りを気にしてあたふたとしていました。
せっかくだからと、下に残った後輩に写真を撮ってもらうと、満足。
ここは微笑みの国。きっと仏様も腕白な我々を笑いながら見ててくれていることだろう。

何枚か写真を撮り、約束の時間前にバスに戻りました。
遅れるまでして熱心に遺跡を見る好奇心がなかったというのが正直なところかもしれません。
しかし、時間になっても一組戻って来ませんでした。
やれやれ、熱心な人もいるもんだ。
そう思いながら待っていると、10分ぐらいして小走りで戻ってきました。
「すみません。・・・」と、その人が言うには、迷子になってしまったとの事。
まあここは微笑みの国だ。笑って許そう。
全員揃ったところで、バスは出発しました。
今の光景を見ていて、ふと高校時代の修学旅行の事を思い出してしまいました。
当時、誰もやりたがらなかった修学旅行委員というものを仕方なく引き受けてしまい、ちょっとしたポカをやらかした事があります。
この委員の主な役割の一つに、寺などの見学の後に点呼というものを取ってからバスを出発させるのですが、段々と面倒臭くなり、「みんないるね」「・・・」騒がしくて返事が返ってこない。
・・・ちょっとは協力しろよ!!きっといるだろう。いなくてもしらんぞ。
「はい、全員います」と運転手に告げてバスを出発させました。
しかし、走り出してすぐバスの後方を走ってくるクラスメイトを発見。
まじ~。車内にいる人間は大笑い。
置いていかれたほうはたまったものではありません。
「なんで出発したのよ」と怒られてしまいました。
ただそれ以降は置いていかれたら大変だと、みんな点呼などに協力的になった事だけは幸いでした。
私みたいにいい加減な人間が添乗員なんてやったら大変だと、その時に悟った次第です。

アユタヤ日本人町の碑
アユタヤ日本人町の碑
(*2000年に側を通った時には、
博物館らしきものが建てられていました)

話を戻すと、添乗員の人は「遺跡はどうでしたか?」などと、ありきたりの言葉を述べた後、次の目的地を告げました。
「次は日本人町と言いまして、かつて山田長政が・・・・」
日本人相手なので喋る口調が少し誇らしげでした。
後輩に「山田長政って知っている?」と聞いてみると、「いやなんか聞いた事があるような、ないような・・・」 
そんなに誇らしげに言っても、このようなレベルの日本人を連れてきても喜ぶはずもありません。
その日本人町は同じアユタヤにあり、10分程度で着きました。
そしてバスを降りて、ぞろぞろと日本人町とやらに入って行きました。
が、敷地内はうじゃうじゃと日本人ばかり。
どのツアーでもここには寄るのだろうか。
しかし肝心の中身はというと、綺麗な公園になっているのはいいのだけども・・・、いかんせん何もない。
「アユタヤ日本人町」と書かれた石碑が一つあるだけでした。
なんなんだ。何も無いではないか。
本来ならつぶしてもよさそうな場所だけど、日本人観光客が多いので、無理やり綺麗にして残している感じがします。
ジャパンマネー恐るべしって感じだな。
退屈な時間をつぶしながら思ったのでした。
それにしても暇だ。周りを見ても退屈そうにしている人が多い。
「日本人町」と日本の名がついているだけで、こんなところに連れてこられるのは迷惑な話だ。
他の国の観光客がいないのも分かる気がする。
というより、欧米人などは入りにくいだろうな。
この狭い公園内に日本人だらけという異様な空間に・・・。(*現在では博物館ができたようです。)

やっと自由時間が終わり、やれやれと言いながらバスに戻りました。
戻ってみると、またも一組足りませんでした。
こんなところで遅れるとは・・・一体何をしているんだ。
しばらく待っているとあたふたと女性二人が戻ってきました。
今度の人はトイレに行っていて遅くなったの事。
「遅れないように戻ってきてください」と、添乗員がいらいらした口調で言いました。
明らかに不機嫌そうでした。

~~~ §3、日本人ツアーについて ~~~

全員そろったので、バスは出発しました。
先ほどと同じように添乗員が次の目的地をアナウンスしました。
バン・パイン離宮が次の目的地らしい。
勉強不足の私は再び後輩に聞いてみました。
「バン・パイン離宮とはなんだい?」
「さあ?あっ、コウモリ宮殿ですかね。」
「そりゃ、バンパイア(コウモリの英語読み)だろ!ドラキュラ城ではあるまいに」
これではまるで漫才です。
少しは日本で私の分までも予習してきてくれればよかったのに・・・。
って、もしかしてこの旅行を楽しみにしていなかったのでは・・・。
私ならガイドブックを読みまくるだろうに・・・。
そう考えると別の意味で不安になってきます。
そして1時間ぐらいバスに揺られると、そのバン・パイン離宮に到着しました。
バスを降りると、「私の後に付いて来て下さい」と言う添乗員に連れられてぞろぞろと敷地内へ入っていきました。
しかしここで小さな揉め事が発生。
遅刻者続発で時間が押しているのか、それともだらだらするなといった不快感を持っているのか、添乗員の人が後ろの方でゆっくりと歩いている人に「もっと速く歩いて下さい」と注意しました。
かなりガイドの人はいらいらしているようです。
一方、注意された人も小声で「なんだあの添乗員」と不機嫌な様子。
なんか段々とツアーが険悪な雰囲気になってきた感じです。

バン・パイン離宮
バン・パイン離宮

カルガモ状態で、この離宮のメインの建物の前にやって来ました。
そして、ガイドの人の説明が始まりました。
しかし、みんな聞いている様で聞いていないといった感じ。
ヒソヒソとおしゃべりしている人もいれば、他のほうを見ている人もいます。
という私もあまり興味が沸いてこなかったので何となく聞き流していました。
その時、一人のおばさんが説明の最中に輪から離れて写真を撮り始めました。
さすがにこれはあからさま過ぎました。
侮辱されたと感じたのか、とうとう添乗員の人がキレて、「人が説明している時はちゃんと聞いて下さい」と怒り出しました。
おしゃべりをしていた人も静まり、なんとも気まずい沈黙が流れました。
なんとも変なツアーに参加してしまったものです。
こういう事があるからツアーは嫌いなのです。
まとまりの欠片がない。
そもそも、まとまるつもりがないなら個人で来ればいいのに。
個人で来る勇気を持ち合わせていないのなら集団に合わせて大人しくしているべきではないか。
ツアーに参加しておいて俺は客だなんてふんぞり返っているような旅行者、団体行動と自由行動の区別も出来ない協調性のない旅行者は最悪です。
特に日本人のツアーにおいてはそういう人が多いように感じます。
ただこの場は、おばさんは非を認めたのか、無言で引き下がりました。
そして再びガイドの説明が始まりました。
息苦しいというか、念仏を聞いている感じというか、なんとも重い雰囲気での説明でした。
私はみんなの顔色が気になってしまい、説明が耳から入ってこなく、さてどうなる事やらとずっとツアー客の顔色を観察していました。

そして長い説明が終わると、待ちに待った自由時間。
重い空気から開放され、やっと肩の荷が下りた気分でした。
楽しいはずのツアーが台無しだ。
いちいち注意するガイドが悪いのか。
はたまたわがままなツアー客の方が悪いのか。
これはそれぞれの価値観によって意見が分かれそうですが、旅行だからといって何もかもが自由ではないし、ツアーという集団に所属しているならそのルールに従わなければなりません。
それにガイドの人もサッカーの審判で例えるなら、選手より目だってイエローカードを連発するのは問題です。
私自身、人の事をとやかく言えるようなマナーのいい旅行者ではないので、あまり大きなことを言えないのですが、この場合は幾分ガイドの方に利があるような気がしました。
そもそも日本人は日本の日常社会においては規律や思いやりを重んじる傾向があるのに、なぜか海外に出ると羽目を外してしまうのでしょうか・・・。
日本では建造物に落書きをしないような人でも、海外では落書きをしてしまったりといったようなことを耳にする度に思ってしまいます。

さて何をしよう。
喉が乾いたし、なんだか異様に肩もこったぞ。
まずは野外カフェに行き、ジュースを飲みながら一休みするか。
なんともやる気が感じられない我々ですが、何となく聞いていた説明ではあまりこの離宮を積極的に見て回ろうといった興味がわいてきませんでした。
時間もあるしのんびりしよう。
ちょうど目の前の池では地元の学生達が鯉と戯れていました。
日本と一緒でパン屑みたいなものをやると、鯉が一斉に口を開けて群がっていました。
楽しそうじゃないかと眺めていたら、我々に気がついたようで、「あれは日本人だよ」とでもいっているのでしょうか、我々の方を見てヒソヒソと話し合っていました。
ここは日本人である事をアピールしておこう。
「イエ~イ」とピースをすると、同じようにピースが返ってきました。
なかなか明るい子供達だ。
しかしどこが日本人としてのアピールだったのかは、やっている本人も疑問でした。

見晴らしのいい塔の上で
見晴らしのいい塔の上で

カフェのベンチにずっと座っているのもなんなので、歩き始める事にしました。
敷地内はアユタヤ遺跡同様に綺麗に整備がいき届いていました。
やはりタイ人はきれい好きな民族のようです。
しかし、ここの建物は歴史の古さを感じさせるような面白味が全くなく、少々退屈に感じました。
見ようによっては、なんだか映画の撮影用に造られた建物のようにも見えます。
いやいやそんな安っぽい場所ではない。
ここは由緒あるんだ。
しかし先ほどの説明を聞き流していたので、どこの部分が由緒あるのかがよくわからなく、見所を絞る事ができません。
どこか一度に眺められる場所があったらな。
そんなだらずな事を考えながら歩いていると、小さな塔がありました。
なんだろう。監視塔に使われていたのかな。
あの上に登れば眺めがいいかも。
中に入ってみると誰もいなく、一番奥に階段がありました。登っていいものか。
階段は狭く、おまけに暗く登ってはいけませんといった雰囲気を醸し出していました。
ちょっと迷いましたが、登ってはいけませんと書いていない以上、きっとこれも観光用の施設に違いない。
後輩の一人が、「やばいっすよ」と引き返したがっていましたが、「大丈夫。立ち入り禁止の札がないから」となだめて、登り始めました。
狭くて暗い階段なので手探りといった感じで登ると、中二階のような場所にたどり着き、更に上に通じる階段がありました。
ここまで登ったなら、更に登っても怒られるとしたら一緒。
気にせずにずんずんと登りました。
そして階段を登りきると、そこはベランダになっていて、辺り一面を眺める事ができました。
これは眺めがいい。おまけに誰もいない。絶好の穴場でした。
ドキドキしながら登ってきたかいがあったというものです。
しばらく眺めを満喫していたら、他の観光客に見つかり、次から次へと登ってきたので撤収することにしました。

時間通りバスに戻ると、またもや遅刻者がいました。
本当に日本人のツアーはまとまりがない。
たった15人程度の集団なのに。なんなんだろう。
私も呆れていましたが、ガイドの人はそれ以上だったようで、怒りの頂点を越えてしまったのか、ムッツリと黙りこくっていました。
真面目に仕事に取り組んでいる姿勢を考えると、なんだか気の毒に思えてきます。
ふと、もしこれが日本人の添乗員だったらどうだったのだろうか?といった疑問がわいてきました。
相手がタイ人だから、「まあいいや」とこの人たちは思ってはいやしないだろうか。
彼らの態度を見るとそんな感じがしてきたからです。
しかし、私がどうこうする問題でもありません。
どう考えても我々が一番年下だし。もう忘れよう。
次は楽しみにしていたチャオプラヤ川のクルーズです。
船旅を楽しみながら、船内での昼食とはなかなか洒落ています。
パンフレットには豪華クルーズ船と本場タイ料理のバイキングと書いてありました。
これは期待できるぞ。朝食を食べていないので、お腹のほうもペコペコ。
船着場までの30分の移動がとても長く感じました。

~~~ §4、味気ないクルーズ ~~~

クルーズ船の中で
クルーズ船の中で

船着場に着くと、桟橋には豪華?な船が停まっていました。
言葉通りのデラックスな船を想像してはいなかったので、まあこんなもんだろうといった感じです。
そして乗船してみると、ここからは他のツアーと合流するようで、ツアー客の人数も倍に増えました。
もちろん日本人だらけ。
まあそんなことはいい。とにかく腹が減ったぞ。
添乗員の説明が終わると、すぐに台に並んでいる本場タイ料理とやらを皿に盛り始めました。
しかし見た目がいまいち。
料理につややかさというか、鮮やかさがなく、なんかモサッとした感触。
タイ料理云々ではなく、料理としてなんかあまりおいしそうな感じがしませんでした。
タイ料理はこんなものなのか。
いや、もしや・・・嫌な予感がするなと思いながら、席に戻りました。
後輩達もお腹が空いたらしく、皿を山盛りにして戻ってきました。みんな揃ったところで、よしっ、食べよう。「いただきます!」 「・・・」 「まずい!!!」
一斉に手が止まり、顔を見合わせてしまいました。
パンフレットに書かれている通り、確かにここは本場?タイだけども、この料理は不味すぎる。
不味いけどお腹が空いているので、一番ましなタイ風?焼きそばを大量に持ってきて食べる事にしました。
これではその辺の屋台で食べた方がましではないか。
昨夜の屋台の方が確実にうまかったぞ。
唯一の救いは、まずくないデザートとコーヒーでした。
やはりツアーは最悪だな。期待を裏切られた分、ツアーに対する怒りがこみ上げてきました。
二度と参加するか。日本人を馬鹿にしすぎているぞ。この料理は。
食い物の恨みは怖いとはよく言ったものです。

船の甲板で
船の甲板で

食事も終わり、一服しながら窓の外の風景を眺めました。
川の水は茶色く濁り、周りの風景は近代的な家と緑とが混ざり、なんだか中途半端な感じです。
もう少し緑が多ければ南国的かなとか、もっと民家が多ければ渡し舟などが行き交って情緒がある南国の運河なのになどと無理な注文をしたくなってきます。
正直言って御世辞にもあまりいい景色とは言えませんでした。
ぼんやりと風景を眺めていると、我々のクルーズ船が漁船を追い抜いていきました。
文明の利器の勝ちというか、生活のスピードが違うというか、世界が違うというか、明らかに見えない壁がある感じがしました。
漁船の人達は我々と目を合わせようとしません。
またクルーズ船かといった感じなのでしょう。
せめて漁船の人が手を振ってくれれば、その壁の高さも一気に低くなるのですが、そういう気配すらありませんでした。
所詮、我々はよそ者。この船に乗っている限り、その域からは脱出できないと感じました。
それにどう見ても、漁船の方がこの川にはふさわしい。
なんだか鉄できたスピードのでるこの船が、恐ろしくかっこ悪い乗り物に思えてきました。

バンコク市内付近
バンコク市内付近

窓の景色が賑やかになるとバンコク市内へ到着。
川辺に建っている高級ホテルの立派な建物が目に付き始めました。
そしてガイドブックに写真入りで載っている暁の寺院が対岸に見えたところで、桟橋に到着してクルーズが終わりました。
桟橋からホテルまでは、朝と同様のバンでツアーの人に送ってもらい、初日のツアーは終わりました。
チャオプラヤ川を船でクルーズするのもいい経験になったと思うものの、正直言ってあまり面白くありませんでした。
お決まりの観光ルートすぎて、地元の人と同じ視線になる事が全くないではないか。
と言うより、日本人しかいなく、聞こえてくるのは日本語での不平不満ばかり。
これは旅なのか?旅の醍醐味はもっと別の領域にあるはず。
クルーズにしても普通のタイの人が使っている船便があれば、次回はそれに乗ってみたい。
その方がタイやそこに暮らす人々を理解できるはず。
バンコク滞在の後の自由行動は、地元の人とのふれあいを求めての旅をしようではないか。
今のままでは本当の旅の楽しさを後輩達に伝える事ができない。
私の心の中でバンコク滞在後の行動プランが着々と練られていきました。

~~~ §5、チャイナタウンへ ~~~

ホテルの部屋に戻り、しばらく休憩した後、今夜の計画を練りました。
特に計画を立ててきたわけではないので、その場その場で次の行動を考えなければなりません。
場合によっては、時間のロスなど効率の悪い面もありますが、気分、状況によって次の行動に移れるのは大きな利点です。
現状もそうでした。夕食においしい物を食べたい。
昼の食事が不味かった分、三人とも思いは同じでした。
では、どこかおいしいものを食べれるところへ行こう。
タイ料理?いや昼間のタイ料理が不味かったので、できれば他のものがいい。
それならと、すぐひらめいたのがチャイナタウンでした。口に出して提案してみると、すぐに意見が一致しました。よし、チャイナタウンへ行こう。
地図で調べてみると、現在いるホテルからは結構遠い。
昨日使ったバンコク中央駅よりも更に向こう側でした。
となると、歩いては行けないな。バスにするか。それともタクシーにするか。
タクシーは確かに便利でいいけど、今日のツアーみたいに味気ないしな。
そんな事を考えていると、後輩がバンコクを走る独特のトゥクトゥク(オート三輪タクシー)に乗ってみたいと提案してきました。
私もその愛嬌ある乗り物に一度は乗ってみたいと思っていました。
よしっ、この機会にタイの風物詩トゥクトゥクに乗ってみよう。
しかし、タクシーと違ってメーター制ではないので、乗る前に料金を交渉しなければならないのが厄介なところです。
相場や土地勘のない観光客にとっては、交渉する乗り物ほど厄介なものはありません。

町中でのトゥクトゥクの交渉の図
町中でのトゥクトゥクの交渉の図

ホテルの下の道路でトゥクトゥクを拾い、タイに来て初めての値段交渉を開始しました。
後輩の手前ぼられるわけにもいきません。
まずはむちゃくちゃ安い値段から始めてみましたが、1台目は交渉決裂に終わりました。
安すぎたのかな。
でもこの交渉で、なんとなく最低ラインがわかったような気がしました。
2台目は微妙に値段を上げて交渉してみると、ある程度納得のいく値段で交渉が成立しました。
そんなにボラれてはいないはず。
満足して乗り込むものの、狭い後部座席に3人で座ると、かなりきつく、座っているだけで腰が痛い状態。
こりゃたまらんな。でもこれぐらいは我慢。
しかし走り出すと更に状況が悪くなりました。
車のサスペンション(バネ)が悪く、路面の振動が直に伝わってきて尻まで痛くなってきました。
なんと乗り心地の悪い乗り物だろう。
少なくとも大の大人が三人で乗るものではないと痛感しました。
ただ、小さな車体は渋滞にはまった場合、タクシーよりは小回りが利くので、車の間をぬって走ったりとちょっと得した気分になります。
でもここバンコクではもっと速い輸送手段がありました。
それはバイクタクシーというものです(*現在ではありません)。
街の至る所でゼッケンを付けたバイクタクシーのお兄さんが待機していて、お客さんが来るとバイクの後ろに乗せて運搬していました。
私自身バイクに乗り、バイクの怖さがよく分かっているだけに、よくもまあこんな危ないタクシーが公けになっているなと、初めて見たときにはびっくりしました。
でもここバンコクでは渋滞がひどく、安全にゆっくりと走ってもバイクの方が断然速かったりします。
身の危険は自己責任でといったところなのでしょうが、バイクタクシーの機動性は少々の危険よりも魅力あるに違いありません。

トゥクトゥク乗車記念
トゥクトゥク乗車記念

夕方のバンコク市街をトゥクトゥクは快調に走り、中国語で書かれた看板がひしめき合うチャイナタウンに入りました。
派手な看板を掲げた貴金属店が多いせいか、他の地域よりもネオンが華やかで、通りが明るく感じます。
何にしてもこの一角は妖しいお金の匂いがぷんぷんとしていました。華僑恐るべし。
まあ我々には関係ないか・・・。
ぼーと辺りの景色に見とれていると、チャイナタウンのどこで降りるのかと運転手が聞いてきました。
チャイナタウンといえば、日本のようにある特定の一角だけ中華料理店が並んでいる、いわば商店街的なものだと思っていたので、どこで降りるかなど全く考えていませんでした。
ぱっと見る限りでも、地域全体が中華街となっている感じです。
とりあえず考えている時間もないので、一番賑やかな所で下ろしてくれと頼みました。
そして、もう少し走った後、屋台が並ぶ通りでトゥクトゥクは停まりました。
道の両脇に露店が並んでいて、祭りの縁日みたいです。なんだか楽しそう。
祭囃子が聞こえてきそうな雰囲気にワクワクしてきました。
しかしその前にっと。
降りる前に運転手の人に頼んでトゥクトゥク乗車記念として写真を撮ってもらいました。
これはバンコクに来たいい記念になりそうです。
そして気持ちチップを上乗せした料金を払い、親切で愛嬌のあった運転手と握手して別れました。

夜のチャイナタウン
夜のチャイナタウン

吸い寄せられるように露店がたくさん並ぶ道へ向かっていました。
歩道には屋台が切れることなく並んでいて、とにかく色々なものが売っています。
露店を見て回るだけでも楽しい。
やはり祭りの縁日を歩いているみたいな気分になってきます。
とりあえず当初の目的である美味そうなものを探しつつ、この界隈を一周りしてみることにしました。
露店の種類では、やはり手軽な主食である麺類が圧倒的に多い感じ。
しかも中華街とあってか種類が豊富です。うまそうだ。こ
れだけ見せ付けられたら今日は麺類にするしかありません。
その他では肉や魚介類などの焼き物、揚げ物、ぶっ掛けご飯、果物、中には焼き鳥もありました。
食べ物以外では、雑貨店に混じり、ジャッキー・チェンのプロマイドを売っている屋台もありました。
後輩が自慢げに言うには、ジャッキー・チェンはタイのチャイナタウン出身とか。
それでここでは人気があるのかな。彼も苦労して世界的な有名人になったようです。

威勢のいい親父とあんちゃんが切り盛りしている店もあれば、おばさんとその娘であろう小学生ぐらいの子でひっそりとやっている店もありました。
我々はそんな中から無口で頑固そうなおじいさんが切り盛りしている一軒の小汚い屋台に入ることにしました。
なんとなくその雰囲気に惹かれたからです。
しかし、いざ注文をしようにも言葉が通じないし、麺の種類やら、スープの種類やらが複雑で、困ってしまいました。
ごまかすように愛想笑いをしながら、欲しいものを指差してみるものの、屋台のおじいさんは顔の表情一つ変えませんでした。
ちょっとやり辛い・・・。
注文の仕方がわからないなら来るなといった感じで、迷惑だったのかもしれません。
何とか注文をし終わると、何時の間にか汗が吹き出ていました。
暑いうえにかなり緊張して会話を行っていたようです。

何が出来上がってくるのだろうかと楽しみに待っていると、私の頼んだものがやってきました。
見た目はまずまずイメージした通りのもので、まずは一安心。
後輩たちのもやってきましたが、各々満足したものを注文できたようです。
私の頼んだものは、塩味のような色のスープをしていました。
実際食べてみると、日本の味の濃いラーメンを食べ慣れているせいか、味が薄く感じました。
こんなもんかなとしばらく食べ続けていると、舌が慣れてきてちょうどいい薄味に感じてきました。
これはあっさりとしているので何杯でも食べれそうだ。
しかし、昨日同様に屋台の横では汚い水で食器を洗っていたりします。
火を通したものだから、お腹を壊すことはないとは思うけど、あまり精神的にいいものではありません。
この食生活を続けていたら、いつかは腹を壊すだろうな。
安い分そういったリスクは仕方ありません。

屋台の前で記念撮影
屋台の前で記念撮影

食べ終わると、お金を払い屋台を出ました。
お金を払う時も屋台のおじいさんは無言でした。
サービス業をしているならもっと愛想良くしてもよさそうなものですが、単なる頑固爺だったのか、それとも観光客が嫌いだったのか、あるいは日本人が嫌いだったのかもしれません。
もしかして、このおじいさんは戦時中日本軍にひどい目に合ったのだろうか。
そんな事まで考えてしまいました。
その後は屋台のラーメンだけでは足りないので、その辺の屋台で幾つか食料を調達して帰ることにしました。
まずは後輩のリクエストで、はんぺんみたいなものを焼いたのを買いました。
その他、磯辺揚げみたいな物や唐揚などなど。
よく観察していると、ここで売られている食べ物は日本の食べ物に似ているようで、どこか違います。
その違いは、形が違ったり、微妙な味付けが異なっている程度のものです。
中東や西欧では根本的に食べ物が違いますが、アジアでは微妙に違うところが面白く感じました。

行きはトゥクトゥクで来ましたが、あの狭い空間に再びすし詰めになるのは勘弁だと、帰りはバスで帰る事にしました。
バスの路線をガイドブックで調べ、そのバスを停留所で待ちました。
そんなに待つことなくバスはやって来て、乗り込んでみると、夜遅いこともあってか車内は座れるほどすいていました。
座席に着くと、すぐ卒業証書いれぐらいの筒を持った車掌がやってきました。
さすがに2回目だとびっくりしません。
後輩の前で慣れたようにチケットを3枚買ってみせると、目を丸くして驚いていました。
えっへん。なかなか鼻が高い。
昨日一人で色々と苦労したかいがあったというものです。
バスは中華街から市内の中心へ入っていきました。
デパート前などでは、夜も遅いというのに大勢の人が乗ってきて、車内は徐々に混雑してきました。
暇なので、興味深く車内の様子を観察していると、車掌は慣れたもので、乗ってきた客と既に乗っている客とをちゃんと見分けて集金しています。
たいしたものだ。かなり経験を積まないとできそうにありません。
人を覚えるのが苦手な私には向いていない職業に思えました。

車掌を観察していたら、あっという間にホテルの前に着いてしまいました。
ホテルの前にコンビニがあり、部屋に戻る前に最後の仕上げとしてビールやらつまみになりそうなお菓子を買いました。
そして部屋に戻ると、屋台で買ってきたものを広げて宴会を始めました。
やれ今日は疲れたな。明日もツアーがあるから、また朝7時には起きていなければならないのか。
これではまるでサラリーマンのような生活だな。
観光に意欲的でないと義務的な感じがして、仕事に行くような気分になってしまいます。
これは問題だ。後輩達の温度差をなくさないと・・・。みんなで飲みながら思ってしまいました。

第2章 アユタヤ観光  ー 完 ー

第3章 バンコク市内観光に続く

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<進め若者!突撃タイ旅行記 第2章 アユタヤ観光 1999年12月初稿 - 2015年10月改訂>