風の足跡 ~風の旅人旅行記集~

進め若者! 突撃タイ旅行記

この旅行記は1996年に大学の後輩2人とタイを旅行したときのものです。単に一緒にタイへ行ってきましたといった話ではなく、トルコを旅行して帰国途中の疲れきっている私と日本を出国してやる気満々の後輩が登場し、内容的にも1~4章まではバンコクで日本人ツアーに参加して感じた事を中心に、5~8章はツアーから開放されタイ中部の遺跡をのびのびと周った体験を中心に、9~11章はバンコクのもう一つの一面やリゾート地での変わった体験と、一つの旅行の中でも様々な旅行スタイルを経験しているので色々と心境面の変化と共に楽しめるかと思います。

~ 第1章 バンコクに降り立つ ~

*** 第1章 バンコクに降り立つの目次 ***

~~~ §1、プロローグ ~~~

<1996年9月4日>

私の乗っているイスタンブール発、バンコク行きの飛行機はほぼ満席でした。
今回の旅行の目的地は高校時代から行ってみたいとあこがれていた国、トルコでした。
イスラム教というか、オスマントルコ的というか、強烈な個性を持つトルコ文化に興味を持ったからです。
そしてトルコまでの格安航空券を旅行代理店で頼むと、席が空いていて一番安かったのがタイ航空でした。
もちろんタイ航空が日本からトルコまでの直行便を出しているはずはなく、タイのバンコクでトランジット(乗り継ぎ)をしなければなりませんでした。
今はその念願のトルコ旅行を終え、バンコクに向かっている途中というわけです。
往路は空港から出ずにそのまま飛行機を乗り継いでトルコに向かったのですが、復路はせっかくだからタイにも寄ってみるかと思い付きました。
出発前に大学でその話をすると、
「トルコは行きたくないけど、タイだったら行ってみたい。ぜひ連れて行って下さい。」と、
2人の後輩がタイ旅行に志願してきました。
それならばちょっと長めにタイで途中下車して、タイ旅行をしようという事になりました。
とはいえ、お互い違う方向からタイへ向かう事になるので、現地で集合となってしまいます。
海外旅行で現地集合というのは珍しいというか、なんか危険な感じがしますが、私のほうが先にタイに着いて後輩達を空港で出迎えれば問題ないはず。

すでに日本を出発してから1ヶ月半が過ぎていました。
初めての海外一人旅にしてはちょっと長すぎたかな。
疲労感と満足感を感じつつ思いました。
この後バンコクに着いたら10日間のタイ旅行が待っています。
正直言ってかなり疲れたし、十分に旅をしたし、このまま飛行機を乗り継いで日本に帰りたいといった気分でもありました。
日本に帰れば心置きなく日本食を食べるしな・・・。
トマト嫌いな私にとってはトマトをふんだんに使うトルコ料理は結構苦痛だったのです。
後輩たちには後で中東のなんちゃらふんちゃらトマト病にかかってしまい、そのまま帰国することにしたとでも言っておこうかな。
でも彼ら2人にとっては初めての海外旅行。
私がいないと大変なことになりそうです。
このまま帰って後輩達を見放すというのもいいかも。
それはそれで彼らにとってはいい経験になるはずだし。
私のいない状況を思い描いて微笑んでみるものの、あまりに酷というものです。
とはいえ、ちょっと楽しみにしているのも事実でした。
今までは一人旅だったけど、これからは一人ではありません。
もちろん、これまでも現地で知り合った人達と旅をしたりしていましたが、今度は日本で毎日のように顔を合わす気心の知れた後輩達です。
修学旅行のようにのんびりとできるぞ。
毎晩のように楽しく酒が飲めるぞ。
面倒な事は勉強の為だ!、いい経験になるぞ!とか言って全部後輩にやらしてしまおう。
うん、それがいい。
こういった事が再び冷めかかった旅の情熱を心の奥底から呼び戻してくれました。
もう一度頑張ろうではないか。果たしてどんな珍道中になることか。
そんな事を思いながらバンコクに到着するのを待ちました。

*当時の為替レートは1バーツ=約4円でした。
*この旅行記に掲載している写真は、基本的に当時の旅行のものを使用していますが、よりイメージをつかみ易いように後年の旅行時に撮影したものを使っているものもあります。

~~~ §2、バンコク到着 ~~~

バンコク国際空港の写真
バンコク国際空港

徐々に高度が下がり、飛行機が着陸態勢に入りました。
何回乗ってもこの瞬間は少し緊張してしまいます。
このまま滑走路に突っ込むのではなどと最悪な場面を想像してしまうからです。
しかし私の心配を裏腹に、飛行機は静かにバンコク国際空港の滑走路に着陸しました。
窓の外に目をやると、どんよりと曇っていました。
時期的に現在のタイは雨季の始まりです。
曇っていて当たり前なんだとぼんやりと思いました。
飛行機はしばらく滑走路を移動し、やがて停止しました。
やっと到着だ。
それと同時に慌しく乗客が降りる仕度をし始めました。
時計を見るとまだ朝の6時前。
こんな朝っぱらに到着してもする事がないなと思いながら、1回背伸びをしてから頭上の荷物入れから荷物を取り出しました。

タイの出入国スタンプ
タイの出入国スタンプ

急いでいないので、乗客の大半が降りた後でゆっくりと飛行機を降りました。
そして前をぞろぞろと歩く人の流れについて行くと、最初の関門イミグレーション(入国審査)がありました。
早朝ともあってかガラガラ。
すぐに順番が回ってきて、機内で書いた入国カードとパスポート、エアーチケットを提出しました。
「いつ帰るのか?」とか、「帰りの航空券は持っているのか?」とか聞かれるのが面倒なので、典型的な観光客らしく先に全て提出するようにしているのです。
予定通り無言で全て返され、パスポートには四角の入国スタンプが押されていました。
これがタイの入国スタンプか。
初めて押されるスタンプにちょっと感激。
そして「サンキュー」と言い、ターンテーブルに荷物を取りに行きました。

ターンテーブルではいつもいらいらさせられます。
それはなかなか自分の荷物が出てこないからです。
今回もずっと待たされ続け、もしや・・・鞄だけトルコに取り残されてしまったとか・・・、或いは世界一周の旅に出てしまったとか・・・などと不安に思った時、ひときわ汚いバックパックが流れてきました。
「誰のだ。持ち主の顔が見てみたい。」と、誰もが思うほど汚い。
我ながら恥ずかしかったので、目の前に来るまでは知らん顔をして、手元に来た時にさっと取り、その場をさっさと離れました。
旅の終盤とはいえ、少しはきれいにしておかないとな。
これでは品格まで疑われてしまいそうだ。

税関を通過して外に出ると、まずは両替を行いました。
出発時に比べると貴重品入れの中もずいぶん軽くなったものです。
残り少ない札の中から1万円を取り出し、カウンターに出しました。
受付の人はその札を透かしてみて、本物だと確認した後、タイのお金をどっさりくれました。
お札には全て同じ人が描かれていました。
これがタイの王様かな。
まあいいや。実際問題、使えれば何でもよかったりします。
レシートに書かれた金額ともらった金額が同じであるのを確認して、その場を離れました。
さて、どうするか。
辺りを見渡すと近くのベンチがありました。
とりあえずそこに腰掛けて考えよう。
まだ7時前か・・・。
後輩達が到着するのは午後6時すぎ。
あと11時間以上もあるからこのまま座って待っているというわけにはいきません。

今晩泊まるホテルは、予め日本で予約しておきました。
しかも我々貧乏学生にはふさわしくなく、星が4つもついていたりします。
飛行機が飛ばなかったり、遅れたりするなどのハプニングなどが起き、もし後輩と会えないような事態になったとしても、大きなホテルなら素人2人でも無事に行けるだろうと思ったからです。
何よりもシーズンオフの3人部屋。
4星ホテルでも一人あたり3000円もしませんでした。
3人で相談して、めったにない機会だしと、少し背伸びをしてみる事にしました。
という事で、、今晩の泊まるホテルはもう決まっています。
だったら、とりあえずそのホテルに行って、邪魔な荷物をフロントに預けて身軽になろうではないか。
その後、街をぶらぶらとしながら時間を潰せばいい。
空港でも預ける事ができるけど、お金がかかるだろうし、結局また後で重い荷物を担がなければならないことを考えると、元気な今のうちに運んでしまったほうがよさそうだ。
よしっ、まずはホテルに荷物を預けに行こう。それがいい。

さて、市内へはどうやって行けばいいのだ。
トルコを旅行中に荷物になるので、タイのガイドブックは後から来る後輩に任せ、バスの路線図と市内の地図のコピーを1枚ずつ持って来ているだけでした。
で、持って来たコピーを眺めるものの、白黒のコピーだと路線図がごちゃごちゃしてなんとも見難い。
う~ん、ちょっと失敗。
奮発してカラーコピーにすればよかった・・・。
でもまあ急ぐ必要はないので、ゆっくりと市内まで行く方法を考える事にしました。
調べると、どうやらバスの他には鉄道とタクシーという選択肢もあり、全部で3通りの行き方があるようです。
まあタクシーは金銭的に遠慮するとして、残る選択肢はバスか鉄道の2択。
バスには高い空港送迎バスと一般の路線バスがあり、値段は段違い。
更に調べると、路線バスの中にはホテルの下のバス停を通るやつがある事がわかりました。
これに乗れば楽にいけるはず。
経費も節約。よし路線バスで行こう。
空港の外に出て、バスの停留所を探すことにしました。

~~~ §3、市内への遠い道のり ~~~

空港の外に出ました。
トルコやエジプトのように空港を出た瞬間にタクシーの客引きに囲まれるのではと覚悟をしていたのですが、誰一人寄ってきませんでした。
落ち着いてバス停を探せていいやと思う反面、肩透かしを食らったような気分でちょっと寂しいものがあります。
気を取り直し、深呼吸をしてみると、土の香りというか、植物の香りというか、熱帯の香りがしました。
それにしても、このヌト~とした感触は何なんだ。
恐ろしくジメジメしているぞ。
今まで行っていた国が乾燥していたので、特にそう感じてしまうのかもしれません。
朝っぱらからこんな不快感を感じるなら、昼間は一体どうなる事やら。
バックパックを背負った背中に早速汗を感じつつ、ちょっと心配になってきました。
でも今はそんな事よりもバス停を探さなければ・・・あっ、あれかな。
バス停はすぐに見つかりました。
空港の目の前を大通りが走っていたからです。
しかしバス停は見つかったものの、どっちが上りでどっちが下りかまでは分かりません。
逆方面に行くと大変だ。
バス停にいたおじさんに「バンコク?」と、この停留所を指差して聞いてみると、こっくりとうなずいてくれました。
よしっ、方向はあっているぞ。
後は自分の乗りたい番号のバスが来るのを待つだけ。
ここまでは順調だな。

バス停で待っていると、バスが次から次へとやってきました。
しかし、やって来るバスは全てすし詰めの満員でした。
もしかして・・・、もしかしなくても通勤ラッシュの時間でした。
これにバックパックを背負って乗らなければならないのかと思うと気が滅入ってきます。
せめて自分の乗るバスだけは空いていればなと思いながら待っていると、やっとお目当てのバスが到着しました。
が、やっぱり、満員でした。
う~ん、乗れそうにもない。
もう1台待つことにしました。
しかし、次ぎのバスもやはり満員でした。
これにも乗れそうにもないし、あまりの混雑ぶりに乗る勇気もわいてきませんでした。
まいったな・・・。
しばらく待ってから来た3台目もすし詰め状態でした。
このままでは埒があかないぞ。
覚悟を決めるしかないか。
よし、突撃だ。
無理やり乗り込むことにしました。
が、あちこちから押されて中に入れない。
それにしてもバックパックが邪魔だ。
無理やり乗ろうとしたところ、「○△×◇・・・」と、地元のタイ人に何か言われ突き飛ばされました。
???。なんでだ・・・。
バスの扉は締まり、無情にも私を残して出発していきました。
なんなんだ。くそっ。
バスに乗る事は諦めました。
また同じ結果になりそうな気がしたからです。
それにしても悔しいというか、悲しいというか、惨め。
みんな不親切だ。
ぶつぶつ言いながら、仕方なく道路を挟んだ所にある鉄道の駅へ向かいました。

鉄道の切符
鉄道の切符

歩道橋に登り、道路、そして線路と横切り、プラットホームへ到着しました。
切符を買わないでもプラットホームへ入れるというのは、日本の感覚でいうと不思議です。
まして線路を人が歩いている光景には驚いてしまいます。
さてどうやって乗るのだろう。
とりあえず駅舎の方へ行ってみると、英語で「チケット オフィス」と書かれた切符売り場がありました。
英語が通じそうな感じです。
何とかなりそうだ。
窓口に行き、「バンコク」と言うと、当然のように英語で「ファイブ バーツ」と返ってきました。
よくぞ外国人だと見破った。
というか、バックパックを背負っていたら当たり前か。
さっき両替したばかりのお金から10バーツコインを出すと、分厚い厚紙でできた切符と5バーツのコインを渡してくれました。
昔の日本でもこんな切符を使っていたな。
なんか懐かしく感じるような切符でした。
駅員の人に列車の来るホームを確認すると、「2番線で次に来る列車に乗りなさい」と親切に教えてくれました。
よかった。今度はうまくいきそうだ。
それにしてもさっきのバスは何だったんだろう。
教えられたホームに行き、列車の到着をぼーと待っていると、さっきの事が頭をよぎってきます。
何で突き飛ばされなくてはならないんだ。
考えれば考えるほど悔しくなってきました。

空港前の駅
空港前の駅

しばらく待っていると列車がやってきました。
段々と近づき、目の前で停まりました。
あれっ、列車がでかく感じるぞ。
それもそのはず。
ここでは日本のように列車の出入り口とプラットホームの高さが同じではなく、プラットホームが極端に低く造られていました。
だから車両を下から見上げなければならなく、そのせいで大きく感じたようです。
大きく感じるだけならいいのですが、これでは列車に乗るのが大変。
なんでこんなにプラットホームが低いのだ。
バックパックを背負って、何段も急な段を登らなければなりませんでした。
ただ、バスと違って混んでいないのは救い。
乗る時も押される事はなく、車内も広々としていました。
それでも座席は全て埋まっていたので、窓辺にバックパックを置き、その上に腰掛け外の景色を眺める事にしました。
やがて汽笛が鳴り、列車が動き出しました。
走り出すと、バンコクの街並みが次々と私の目の前に現れては消えていきました。
アジアの国を訪れるのは今回が初めてです。
西欧にしても中東にしても、日本とは全く違う風景の連続です。
そういった中では自然と日本との類似点を探してしまうのですが、ここではあまりにも日本との類似点が多く、自然と相違点を探していました。
似ているようで、ちょっと違う。
見た目と、食べた時の味が違う感覚というか・・・なんだか言葉で表せない不思議な感じがしました。

しばらく乗っていると、だんだんと窓の外の風景が都会っぽくなってきました。
家の数が増え、それと共に踏切を通過する回数も増えました。
どの踏み切りでも車が列を作って並び、その合間にバイクや自転車、歩行者が埋め尽くしています。
なかなかの大混雑ぶり。
通勤ラッシュなのかな。
人事なので列車から見ていると面白いものです。
それにしてもバンコクというのは恐ろしく人が住んでいる大都会なんだな。
おまけに並んでいる車列などはぐちゃぐちゃ。
暑いし、湿度が高いし、人が多いし、不愉快指数300%のひっちゃかめっちゃかなイメージが頭の中で出来上がってきました。

バンコク中央駅直前
バンコク中央駅直前

そうこうするうちに列車が速度を落とし始めました。
そしてポイントが多くなり、列車の速度も一段と遅くなりました。
窓の外に顔を出して前方を眺めてみると、まもなくバンコク中央駅に到着するようです。
あれっ、人が飛び降りている。
な、な、なんなんだ。
気の早い人は駅に到着する前に、線路に飛び降りていました。
路面電車ではあるまいに・・・。
バンコクは日本よりもせっかちなところなのか。
いや、幾らなんでもこれは気が早すぎだろう。
ここで降りた方が便利だからといった感じなのかな・・・。
やっぱり路面電車みたいだ。
あっ、だから低い位置まではしごが付いているのか・・・。
途中で乗り降りがしやすいように。
って、違うよな。
これはおかしいし、危ないぞ。

~~~ §4、4星ホテル ~~~

夜行列車の清掃
夜行列車の清掃

列車が到着したのは、バンコクの鉄道の玄関フォアランポー駅でした。
なかなか大きな駅で、ポーターやら乗客やら清掃員やらがせわしくなく動いていました。
駅に着いたとはいえ、まだバンコク市内に到着しただけの事。
ここからホテルに行く方法を考えなければなりません。
バスに乗っていればホテルの目の前に着いたんだろうなと思うと、再び悔しくなってきました。
もうその事を考えるのはよそう。
持ってきた地図で確認すると、ホテルまではさほど遠くなさそうだ。
時間もあるし、バスには乗りたくないし、タクシーに乗るのはお金が掛かりそうだし、貧乏旅行者としてはここは気合を入れて歩くか。

う~ん、暑い!重い!どうなってるんだ。
背中のバックパックが肩に食い込んできます。
実はかれこれ30分以上も歩いているものの、未だにホテルに着く気配がありませんでした。
ここはどこだ?困ったことに迷子な状態。
持ってきた地図に縮尺が載っていなかったのが、そもそもの失敗でした。
大都会バンコクがそんなに狭いはずがないのだ。
よくよく考えれば当たり前の事ではないか。
私のやろうとした事は東京駅に着いて、重い鞄を背負って六本木や渋谷まで歩くのと同じような事だったのです。
これは大失敗。
かなりの距離がある事実に、更に汗が噴き出してきました。
それにしてもここはどこだろう?あるはずのない線路が目の前にありました。
どこかで間違えたに違いない。
考えても始まらないので、近くの人に聞くことにしました。
しかし、どうも聞きにくい。
今までトルコやエジプトでは気軽に聞けたのに、なぜか抵抗がある。
同じアジア人なので少し照れ臭いのだろうか?
それとも、朝のバスでの事が未だに脳裏から離れないのだろうか?

覚悟を決めて、近くの人に声をかけると親切に道を教えてくれました。
道が分かったのもうれしかったのですが、タイの人に親切に教えてもらえたことのほうがうれしく感じました。
やっとバスでの出来事が脳裏から薄らいでいきました。
しかし、かなりの距離を引き返さなければならない事実にはうんざりでした。
背中の荷物が重い。
汗が吹き出てきます。
何度かタクシーを拾おうかと迷いましたが、初志貫徹。
ここまで歩いたなら最後まで歩いてやるぞと意地になって歩き、結局、駅から2時間近くもかかってホテルに到着することが出来ました。
朝から汗まみれ。
とんだ重労働となってしまいました。

ホテルカード
ホテルカード

時計を見ると、もう10時を大きく回っていました。
空港を出てからずいぶんと時間を消費してしまったのですが、後輩が到着するまでは、まだ8時間もあります。
やれやれまだ先は長いな。
とりあえず荷物を預けよう。
4星ホテルにバックパックで入ってくる人も珍しいのか、それともうさん臭く見えるのか、ホテルのロビーに入ると警備の人の視線が気になりました。
それでもかまわずロビーの椅子に腰掛け、荷物の整理を始めました。
預ける荷物と、今から外出するのに持っていくのに必要な荷物とを分けたかったからです。
とりわけ汗を拭うタオルが必要に感じました。
荷物を分け終わるとフロントに行き、「バウチャーチケットは今は持っていないけど、今日から3泊泊まる予定の者ですが、荷物を預かって欲しい。」と伝えると、パソコンで私の名前を確認した後、「今チェックインしますか?」と聞いてきました。
えっ、いいの?思ってもいない事でした。
念のために聞くと、追加料金もなく、バウチャーのチケットも後でいいとの事。
これは予想外の出来事。
ラッキーだ。「お願いします」と言い、すぐにチェックインする事にしました。

4星ホテルなので、部屋まではきちんとした制服を着たボーイが荷物を運んでくれました。
他人が自分のものを担ぐと、普段使い慣れているものでも新鮮に見えてくるものです。
それにしても私の汚いバックパックを背負った制服姿のボーイは、実に様になっていない・・・。
まるでゴミを捨てに行く途中といった感じです。
少なくともタオルで拭くなりしなければ・・・。
改めて自分の鞄がみっともないほど汚いと実感したのでした。
そして案内された部屋は、汚いバックパックを背負った人が泊まるのにはふさわしくないほど綺麗でした。
一通り部屋の説明が終わると、「今はベッドが二つしかないが、後でベッドを持ってくる。」と言い、ボーイは笑顔で待っています。
うっ、そうか。こういう状況ではチップというものを渡すんだよな。
面倒な西洋文化にも困ったものだ。
で、一体いくら渡せばいいのだろう?
星の付いたホテルに泊まる事がほとんどないし、そもそも今タイに来たばかりなのでよくわかりません。
からかい半分に「みんないくら払っているの?」と聞いてみると、「お客様の好意の金額をもらっています」との答え。
なかなかしっかりと教育されているようだ。
さらに、「平均するといくらぐらい?」と聞くと、さっきと同じような答えが返ってきました。
金額を言わないところが賢い。
ちょっと前までいたエジプトだったら間違いなく普段よりも多い金額を言ってきたに違いない。
このボーイが気に入って、恐らく相場より少し多めに渡すと、誉め言葉を多く残し、笑顔で部屋を出ていきました。

ボーイが出て行くと、やっと自分だけの空間が出来ました。
部屋は冷房が効いてきて涼しいし、テレビなんていうものもある。
ベッドに横たわると、ふかふかで気持ちがいい。
こんなベッドに寝るのは何年ぶりだろう。
日本でも布団を敷いて寝ているので、ベッドに寝ることは滅多にありません。
疲れたな~。空港からの出来事を思い出しながら思いました。
そして疲れが溜まっていたのか、そのまま眠りについていました。

~~~ §5、再び空港へ ~~~

はっと目が覚めると、午後5時前でした。
なっ、な、な、なんと、これはやばい!
瞬時に目が覚めました。
6時に到着する後輩を空港まで迎えに行かなければ・・・。
やばい。どうしよう。
前後不覚にも熟睡してしまったようです。
今から空港に行って間に合うのか。
後輩には空港の出口で待っていると伝えています。
それと共に、もし探してもいない場合には自力でこのホテルに行くようにとも伝えています。
最悪自力でここまでたどり着いてくれると思うけど・・・、恐らくしばらくの間私を探し続けるに違いない。
間に合わないにしても行ったほうがいい。
後1時間か。こりゃまずい。慌ててホテルを飛び出しました。
今から駅に行き、鉄道に乗っている時間はありません。
ここから直接バスかタクシーで行かないと間に合わんぞ。
タクシーが一番確実なのだが・・・、空港までは結構距離があったのでとんでもない金額がかかりそうです。
可愛い後輩のために・・・、いや、却下・・・。バスで行こう。
幸いな事にホテルを出ると、目の前がバス停でした。
確か空港からこのバス停を通る路線があったはず。
それなら逆もあるはずだ。
なりふり構っている場合ではありませんでした。
バス停でバスを待っている人に英語で「空港に行きたい」と言いまくりました。
かなり必死。その効果があってか、空港の前を通るバスが来ると、これに乗れと何人かの人が教えてくれました。

バスの中は混んでいました。
その合間をぬって、お金が入っていると思われる筒を持った人物がやってきました。
人ごみの中なのでよく見えません。
何者だ。
お金の入った筒をジャラジャラと振りながら来るので、今までの経験上、物乞いがお金をせびりに来たなと思ったら、前にいた人がその人から切符を買っていました。
どうやら切符売りの車掌のようです。
いきなり私のところへやってこなくてよかった。
「ノーマネー」などと言って、バスからつまみ出されていたかもしれません。
切符を買う時に、一応車掌のおばさんにこのバスが空港へ行くことを確認しました。
ミスが許されない状況だし、これも経験上たまに意思が通じなく変な方向へ行ってしまうことがあるからです。
が、英語が通じませんでした。
しょうがないので、手で飛行機の真似をして、「ジャパン」と言ってみたら今度は通じました。
困ったときはボディーラングイッジに限りますが、周りの乗客は笑っていました。
案外、コントっぽくて面白かったのかもしれません。

市バスの車内
市バスの車内

しばらく走ると、車内は空き、座席に座れるようになりました。
改めて車内を見ると、床が木製なのに気が付きました。
今時木製の床のバスが走っている事自体驚きです。
何でも西欧風に変わっていく世の中で、ここだけはアジア魂を持ち続けているのかも。
なかなかレトロチックで懐かしさを感じさせてくれました。
周りの風景は都会からどんどん田舎の風景と変わっていき、前方に空港の建物が見えてきました。
時計を見ると6時少し前。
何とか間に合ったか。
最初のうちは渋滞していて、ハラハラしていたのですが、
予想外に早く着いたものだ。
空港の前の停留場に停まり、さて降りようとしたのですが、何か雰囲気が違う。
ここは朝降りたところとは微妙に違うぞ。
そうだ隣に鉄道の駅がない。
分からない時は聞くに限る。
車掌さんに「ここかい」と再びジェスチャーで尋ねてみると、首を横に振りました。
どうやら違うらしい。
席に戻って待っていると、また停留場に停まりました。
ここかな。車掌の方を見ると、また首を横に振られてしまいました。
前に座っていたおじさんが見かねて、後二つだよと指を二本立てて教えてくれました。
ここは貨物や国内線などのターミナルとの事でした。
そして言われた2つ目のバス停に着きました。
ここは紛れもなく、朝バスに乗れなかった停留所の反対側。
隣には鉄道の駅もある。
やっと国際線の空港に到着したようです。
車掌さんに笑顔で見送られ、バスを降りました。
きっと厄介な客が降りてほっとした事でしょう。

空港に急いで入ると、ちょうどアナウンスで後輩達の乗った便は間もなく入国審査を終えて出てくると流れました。
どうやら間に合った。
時計を見ると6時15分。
飛行機は定刻よりも少し早く到着したようです。
何にしても無事に着いたようで何より。
出口に陣取って、後輩が出て来るのを待ちました。
そういえば私も朝はここから出てきたんだっけな。
寝ぼけて到着した朝の事を思い出しました。
そしてしばらく待っていましたが、なかなか出てきません。
まあ最初の海外旅行だし、迷いながら預けた荷物を待っていたりしているのだろう。
アナウンスがあってから30分が経ちました。
もしかして飛行機に乗り遅れたのかな。
まさかな。きっと中でもたもたしているのだろう。
45分が経ちました。
それにしても遅い、遅すぎる。本当に乗り遅れたのだろうか。
ちょっと不安になってきました。

とうとう1時間が経ってしまいました。
これは確実に変だぞ?中で捕まってしまったのか?そんなはずはない。
英語がしゃべれなくても、顔が悪くても捕まりはしないし、まして日本のパスポートを持っていれば見せるだけで素通りできるはず。
もしかして飛行機の中でパスポートをなくしたとか・・・。
他にはどういうことが考えられるだろか。
色々と考えてみました。
航空券は私と一緒に買っているし、ホテルのバウチャーも・・・おい、ホテルのバウチャーは後輩が持ってるんだっけ。
おまけにガイドブックも。それはまずいぞ。一体どこにいるんだ。

更に10分が経ち、アナウンスをしてもらうか、それともホテルに戻ろうかなどと考えていると、背後から後輩がやってきました。
えっ、なぜ後ろから???。
二人とも泣きそうな顔をしていました。
かなり必死になって探していたみたいです。
「変な出口から出たんだろう」と私が言うと、
「普通にみんなと同じ出口から出たんですけど、出ても姿が見えなくてどうしようかと思いました。」と、後輩がまだ落ち着かない様子で答えました。
変だな。そういえばこの出口から日本人らしき人々がほとんど出て来なかったな。
ふつふつと疑問がもたげてきました。
調べてみると、どうやらこの空港には第一ターミナルと第二ターミナルと出口が二つあったみたいです。
これは私の調査ミスでした。
そもそも待っているこの出口から日本人がほとんど出てこない事に私がおかしいと思うべきだったんだよ。
でもまあ・・・、とりあえず会うことが出来たからよしとするか。
笑ってごまかそう。ははは。
それにしても幸先の悪いスタートだ。この先が心配になってきました。

二人とも両替は済ませていたので、そのまま外に出ました。
さて市内へ向かおう。
しかし、後輩は着いたばかりなので大きな荷物を持っています。
この状態でバスに乗ると朝の二の舞になりかねません。
でも今は通勤時間じゃないから大丈夫ではないか。
いや後輩の手前、再び乗れなかったらかっこ悪いぞ。
朝と一緒で安全な鉄道で市内に向かうことにしました。
海外に来て、いきなり地元のローカル列車に乗る。
そういった事に慣れていない後輩達には、スムーズに事を運ばせる私が凄く見えたようで、事あるごとに凄いですねと感激していました。
もちろん朝、かっこ悪くバスに乗れなかったことはしゃべっていませんでした。

~~~ §6、バンコクの屋台 ~~~

フォアランポー駅に着くと、ここからはタクシーに乗ってホテルに向かいました。
もう辺りは暗いし、3人で割ればタクシー代も割安。
ホテルの名前と住所の書いてあるカードを渡すだけで、「OK」と運転手に通じました。
さすがは星が四つ付いているだけはあるな。
車内はエアコンがよく効いていました。
やっぱりタクシーは快適だ。
おまけに運転手の人が親切で、「ここは何通りだ。」とか、「あれは誰の像だ。」とか道中色々と教えてくれました。
いかにも今バンコクに着きましたよといった格好をしていたのかもしれません。
道はそんなに混んでいなく、比較的スムーズにホテルに到着しました。
着くと二人は「こんなすごいホテルに泊まるんですか」とビビッていました。
こんなに素直に喜んでもらえるとは、このホテルを選んだ私も鼻が高いというものです。

朝渡せなかったバウチャーをフロントの人に渡し、部屋に向かいました。
部屋に入ってみると、まだ三つ目のベッドは置かれていませんでした。
しばらくまったりとしていると、後輩たちも落ち着いたらしく、「腹が減った」と言い出しました。
そう言えば私も朝から・・・いや機内食から何も食べていないではないか。
我々は外に散歩がてら屋台を物色しに行く事にしました。
フロントに鍵を預け、ベッドを持ってきてくれるよう頼み、夜のバンコクの町に繰り出しました。

川沿いの屋台
川沿いの屋台

バンコクの夜は生暖かい風が吹いていました。
いかにも熱帯の夜といった感じです。
むんむんとする中、アジアの夜にふさわしい屋台を探してみる事にしました。
しかしその作業は驚くほど簡単でした。
さほど歩くことなく、路上の至るところで屋台が並んでいる事実に気がついたからです。
種類も豊富で、麺類や魚介類、肉、フルーツなどなど。
ここは屋台天国だな。
日本で屋台といえばお祭りをイメージしてしまいます。
ここバンコクで暮らせば毎日がお祭り気分だな。
なんと幸せな土地なのだろう。多くの屋台に目移りしながら思いました。
まずはビールが飲みたい気分。
という事で、つまみになりそうな魚介類の置いてある屋台に腰を下ろすことにしました。
魚介類はちょっと危険な感じがしましたが、その魅力には勝てません。
ちゃんと火を通せば大丈夫だ。そう信じて食べれば大丈夫なはず。
屋台のお兄さんに幾つかの貝や海老を焼いてもらい、タイのシンハビールで再会を祝しました。
飛行機の中はどうだっただとか、私が今回の旅で経験した事などを話し、しばし盛り上がりました。

麺の屋台
麺の屋台

しばらく飲んだ後は、次は食事ができる屋台へ行く事にしました。
飲んだ後は喉越しのいいものが食べたくなるものです。
幸いな事にここは麺類の屋台がたくさんありました。
恐らく一番多い屋台は麺関係のものではないでしょうか。
どの屋台でも表示されている値段は10バーツ(40円)ほどで、麺は店ごとに色んな種類のものがありました。タイ語で書かれているので何がどうなっているのかはよくわかりませんが、とりあえず注文しやすそうな屋台に座り、地元の人が食べているものと同じものを注文しました。
安いからと期待していなかったのですが、食べてみるとあっさりしていておいしい。
南国の味といえば、どれも激辛とか、香草バリバリの味ばかりかと思っていたのですが、こういったあっさりとした味もあるんだなと、新たな発見でした。
この旨さ、屋台もあなどれないぞ。
これからの滞在での主食は屋台飯で決まりかな。
そう思ったものの、屋台の横の方を見ると、幼い子供が汚い水で食器を洗っていました。
後で腹がおかしくならなければよいが・・・。

山積みのドリアン
山積みのドリアン

飲んだし、食ったし、満足、満足。
さてホテルに戻るか。
まだバンコクに着いたばかりなので、あまり遠出はしないでおこう。
ホテルに向かって歩き始めました。
今は全てが物珍しい状態。
屋台を色々と物色しながら歩きました。
歩いていると、後輩が、「見てください!ドリアンがありますよ」と怖いことを言い出だしました。
果物の王様と言われているドリアン。そのトゲトゲの姿よりも匂いの臭さが有名です。
話によると、大量にドリアンを食べながらアルコールを飲むと、腹の中でドリアンが醗酵していき、下手をしたら死んでしまうとか。
とにかく噂の絶えない果物です。
トゲトゲのものを買っても食べられないのですが、切って小さくしたのがパックで売られていました。
後輩が熱く語るところには日本で買うと5千円ぐらいするのだとか。
それがここでは百円程度。
「安いですよ。買ってみましょうよ。」と目を輝かせながら後輩が言いだしました。
きっと日本を出る前から目を付けていたに違いない。
という私も食べた事がないので、ちょっと興味がありました。
果物の王様とはどんな味がするのだろう。
日本で5千円払うだけの価値があるのだろうか。
物は試しだ。我々は果物の王様ドリアンを手に入れました。

ホテルに着いてから食べようと最初は言っていたのですが、あまりにも気になってしょうがないので、歩きながらドリアンを食べることにしました。
ラップしてあるビニールを外すとなんだか得体の知れない甘い匂いが漂ってきました。
なんか腐りかけのバナナっぽいぞ。
口に入れるのにちょっとためらってしまう様な匂いで、食べる気満々だった気持ちが一気に萎えてしまいました。
ここは最初に提案をした後輩に人柱になってもらおう。
言いだしっぺの後輩は覚悟を決めて勢いよく口に入れましたが、なんか微妙な顔つきで食べています。
もう一人の後輩と「どう?」と尋ねると、「まぁ・・ス、スウィートポテトみたい・・・」と、なんだか顔が引きつっている感じ。
あまり美味しそうではないのは確かです。
でも食べてみないことには分かりません。
もしかしたら私の味覚には合っているかも。
ものは試しだ。
いざ。覚悟を決めて食べみると、「・・・・」 なんだかよく分からない味がしました。
よく分からない味だけど、私の味覚には合っていない事ははっきり分かりました。
最初に食べた後輩に、「どこがスウィートポテトだ!」と文句を言うと、後輩も、「そう言わないと誰も食べないと思って・・・」と反撃。
この後誰も手をつける事なくホテルに到着してしまいました。
このまま部屋に持って帰ると、部屋がドリアン臭くなってしまう。
どうせ誰も食べないのなら今すぐ処分したほうがいい。
ちょうどロビーの隅っこにごみ箱がありました。
ホテルによってはドリアンは持ちこみ禁止らしいと後輩が言っていました。
このホテルも私の捨てたドリアンのせいでそうなったりして・・・。
いや、もしかしたらもう既にそうなのかもしれない。
エレベーターに乗りながら罪悪感を感じつつ、この事は無理矢理忘れる事にしました。

ホテルの部屋
ホテルの部屋

部屋に戻ると、3つ目の補助ベッドが用意されていました。
でもそんな事はいい。
真っ先にした事は、口直しとして後輩がお土産に持ってきてくれた梅干を食べることでした。
これぞ日本の味。
懐かしいすっぱさが口の中に広がり、ドリアンの甘ったるい後味から開放されました。
後輩達も歯磨きをしたりして各々口の中の不快感を取り除いていました。
ドリアン恐るべし。このことは強烈に脳裏に記憶されました。
その後、しばらくしゃべったりしていましたが、すぐにみんな眠くなってきました。
慣れないドリアンとシンハビールがきいたのかもしれません。
明日はツアーでアユタヤに行くことになっています。
明日の行動予定をあれこれと考えなくいていいのはうれしいけど、朝7時半にホテルの前に行かなければいけないな。
起きれるだろうか・・・。
そんなことを考えている内に私も夢の中に旅立っていました。昼間あんなに寝たはずなのに・・・zzz。

第1章 バンコクに降り立つ  ー 完 ー

第2章 アユタヤ観光に続く

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<進め若者!突撃タイ旅行記 第1章 バンコクに降り立つ 1999年12月初稿 - 2015年10月改訂>