風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
~ 海外短編旅行記 第7話 ~

ずぶ濡れのアンコール・ワット

*** ページの目次 ***

~~~ §1、カンボジア入国 ~~~

<2000年4月>
ベトナムとカンボジアの国境

香港から始まったユーラシア大陸横断の旅は、中国、ベトナムを経て、カンボジアに突入しました。
今のところ大きなトラブルはなく、順調な旅といえば順調な旅という事になるのでしょうか。
ただ、ベトナムでは予定外にひょんなことから約1ヶ月もの間ホームステイをする事となってしまい、最初に立てた大ざっぱな旅行計画からは随分と遅れている状態でした。
そのベトナムでのホームステイはムイネという田舎の漁村にある普通の民家への滞在でした。
そこでの生活はなかなか楽しくもあり、日本と環境が違いすぎるので苦痛に感じることもありと日々せわしないもので、あっという間に一ヶ月が過ぎてしまいました。
これはこれでいい経験ができたというべきなのでしょう。
しかし・・・、というよりも、やはりというべきか、1ヶ月の月日は長かったようで、その家族との別れが辛かったこと。
おかげでカンボジアに入国するときは、ホームステイ後の別れの悲しみを引きずっての入国だったので、新しい国を訪れる時に感じるはずの高揚感が全くわいてこなく、少し冷めた気持ちでの入国となってしまいました。

途中の休憩所にいた兄弟

カンボジアに入国すると、観光客用の小型バスで首都プノンペンを目指しました。
が、道路が穴ぼこだらけといったものすごい悪路でした。
おかげでバスはたえず上下左右に揺れ、足を踏ん張って何処かにつかまっていないと怪我をしてしまうほどです。
これではリラックスして座っていられないではないか・・・。
乗客が緊張しながら乗るバスっていうのも変な感じですが、こんなところで怪我なんぞしたくないのでしょうがありません。
そうやって揺れに耐えていると、道の脇にいる子供達が突然バスをめがけて水の入ったビニールをぶつけてきました。
な、何事だ。いたずらか、それとも子供なりのテロか・・・。
ま、水爆弾なら窓を開けさえしなければ問題ないけれども・・・、そのうち石とか飛んでこないだろうか・・・。
これって・・・、もしかして外国人は帰れっていう抗議なのだろうか。
内戦が終わった後だから微妙な国民感情があるのかもしれない。
そんなことを思ってしまったのですが、すぐ後ろに座っているカンボジア人が私の不安そうな顔から察して、笑いながら今はハッピーニューイヤーウィークだから、水を掛け合って祝っているんだと教えてくれました。
何やらカンボジアの正月はこの時期にあるようで、おまけに水を掛け合って祝うのが一般的なのだとか。
なんか変わった風習だけど、とりあえず嫌われている訳ではなさそうなのでホッとしました。
その人も正月という事で、ベトナムからカンボジアに戻ってきたそうです。
奥さんを連れていましたが、色の白いこと。
熱帯地域では上流階級の人ほど肌が白かったりします。
それにしても今年は日本、中国の旧正月、そして今回のカンボジア正月と三度も正月を味わえてラッキーだな。
旅人の特権というか、旅人冥利に尽きるかも。

~~~ §2、ポルポト派の傷跡 ~~~

プノンペンの王宮

プノンペンはカンボジアの首都です。
そして・・・ポルポト派の虐殺が行われた町でもあります。
未だに多くの人がカンボジアと聞くと、ポルポト派とか地雷とかといったきな臭い事を思い浮かべるように、首都であるプノンペンでは多くの人が犠牲になりました。
市内にはポルポト派の虐殺、虐待現場をそのまま展示しているツール・スレーン博物館があり、郊外には虐殺が行われた丘、キリング・フィールドという負の遺産が残っています。
戦争関係の悲惨なものはあまり見たいとは思わないし、訪れた事のある旅人からは見学すると気が滅入るよと教えられていたので、そういった場所へは行くのはやめようと思っていました。
しかし、プノンペンに到着してから町を歩いていると、なんか町全体がちょっと元気がないような気がしてきて、これはポルポト派の後遺症なのだろうかといった疑問がわいてきました。
ポルポト派とは一体何者?そしてどういった悪事を行ったんだ。
いや、もしかしたら必要悪といった部類だったのかも・・・。
日本にいるとカンボジア=地雷といったイメージが強いのですが、ポルポト派については近年あまり報道されることがありません。
なんか悪いやつだといった悪名だけはよく聞いてはいるんだけど・・・、実はあまりその実態を知りませんでした。
やはりカンボジアを知る為には行くべきだな。
せっかくカンボジアを旅をしているんだから見ておくべきなのだろう。
いや旅人として目を背けずに見るべきだ!それが今の私の使命に違いない。
って、そんな大袈裟な覚悟は必要ないとは思いますが、ちょっと思い直して訪る事にしました。

まずは市内にある実際に虐殺現場となったツール・スレーン博物館を訪れてみました。
博物館に到着してみると、外壁が刑務所のような高い塀に囲まれているといった物々しい建物でした。
おまけに中からはただならぬ妖気を発している感じ・・・。
うっ、全然博物館という雰囲気ではないぞ・・・。やっぱり入るのはやめようかな・・・。
それまでやる気のあった気分が一気に萎えてきました。
なんか重苦しいな。って、ネオンが灯って「ウェルカム」「ただいまタイムセール中」なんて掲げられているような軽いのりでも困ってしまうのですが・・・。
でもここまで来たのだから覚悟を決めて・・・、って、博物館に入るのに覚悟を決めるなんて全く持って変な話です。

ツールスレーンの展示室
壁に貼られた写真
骸骨の地図
実際に使われていた部屋

門を入ってすぐのところにある受付で入場券を買いました。
受付の人が言うには、展示室と、捕虜の監獄に使われた建物の二つに分かれていて、どちらでも好きな方から入ればいいと教えてくれました。
好きな方と言われてもどちらも好きではないんだけど・・・、まあ最初は展示室から見る方が筋だろうな。
ってことで、まずは展示室みたいな部屋に入ってみたのですが・・・、部屋の中には拷問に使われた道具やその時の様子がパネルで再現されていて、いやはや見ているだけで痛々しく、展示室を進めば進むほど気が滅入ってきました。
お隣ベトナムでもベトナム戦争当時の様子を展示した博物館を幾つか訪れましたが、全く持って人間のやる事は・・・と思ってしまいます。
でも同じ人間のやる事。自分の中にもこういった残忍な一面もあったりするんだろうかと考えると、ちょっと複雑な感じもします。
更に進むと、部屋の中には殺害された人の顔写真が壁一面にびっしりに張ってあり、「うっ・・・」といった気分。
四方から多くの顔に見つめられても・・・。
いや、悪いことはしていないんだけど、やっぱり辛い気分になってしまいます。
あまりこっちを見つめないでといった感じだったのですが、更に進むと強烈な歓迎を受けました。
なんと頭蓋骨でカンボジアの地図が作られていたりして・・・。
何も頭蓋骨で作らなくてもいいのに・・・。
もうこの時点で勘弁してといった状態でした。

実際に捕虜が・・・いや、善良だった市民が収監されていた建物にも入ってみたのですが、こちらは当時のままの様子をといった感じで、何もないがらんとした部屋を見て回るといったものでした。
何もないとはいえ、廊下には脱走しないようにか、有刺鉄線が貼られていたり、内部の壁などを見ると、無造作に書かれた番号があったり、壁に染みこんだ無数のシミなどは捕虜がここで酷い扱いで監禁されていた証にちがいありません。
何もない部屋なんだけど、なんか陰惨な空気が充満していました。
おまけに見学中に誰一人出会うことがなく、一人で薄暗くて狭い監獄などを歩いていると、なんか湿気が体にまとわりついてくる感じがしてきました。
う~ひゃ~、あの~、いや、私は関係ないから取り付かないでね。
単なる小心者の観光客だから・・・。
思わず背筋がぞくってしてしまい、最後は早足で館内から出てしまいました。
なんとも陰惨な空気が漂う博物館でした。
もちろん不愉快指数満点の南国独特の蒸すような気候が影響しているには違いありませんが、実際にまだそんなに年月が経っているわけでもないし、とても悲惨な状況だったからこそ、こういった生々しい雰囲気になっているのも確かなはずです。

キリングフィールド
骸骨の山

翌日はめげずに実際に虐殺が行われたというキリング・フィールドを訪れました。
プノンペンからはちょっと離れた交通の不便な場所にあるようなので、宿が主催しているツアーに参加しての訪問でした。
目的地に到着すると、ガイドの人に連れられて敷地内に入りました。
が、ここには大きな塔が建っているだけで、後はその周辺は穴ぼこが沢山開いているといった簡素で何の変哲もない場所でした。
まず最初に案内されたのが大きな塔でした。
慰霊塔だろうなというのは遠くからでも察しが付いたのですが、近づいて見ると・・・・・・、うっ、なんじゃこれ!と仰天してしまいました。
なんとその塔には大量の頭蓋骨が積んであったからです。
な、な、なんとも恐ろしい光景ではないか。
何人殺したと数だけ聞いてもあまりピンとこないけど、これだけ殺しましたと頭蓋骨を並べられれば、いやでも実感がわいてくる・・・。
というか・・・(絶句状態)。う~ん・・・。合掌。
これはさすがに声が出なくなり、気が滅入ってしまいました。
またっく・・・、昨日から骸骨ばっかりだな・・・。

付近に開いている穴はこの頭蓋骨の主達が埋められていたのを掘り起こした跡だとか。
わざとらしく人骨が落ちていたりもして、ガイドの人がそれを指差し、「多くの人がここで殺されました。まだ土の中に多くの人が眠っています。」と口調を荒くしてポルポト派を非難していましたが、うん、その通りだ。思考力が停止した状態なので、条件反射的に頷いていました。
ふと周りを見ると、全員が同じように張子の虎のように頷いていたりして・・・。
だいたい名前からしてキリング・フィールド(殺人の丘)だもんな。
普段骸骨を見慣れていない私にとって、ここはあまり長居できる場所ではありませんでした。
昨日のツール・スレーンといい、やっぱりプノンペンでは明るくなれない。
これ以上滞在していると気が滅入ってきそうだ。
明日はプノンペンを脱出してシェム・リアップに行こう。
ツアーは半日だったので昼過ぎにプノンペンに戻ると、すぐに明日のバスのチケットを購入してしまいました。

雨宿り
元気な子供達

昼食をとった後、昨日同様にぶらぶらと町を散歩してみました。
ただ今日はなんか空模様がよくない。
そのうち雨が降ってくるかもな。
おかげで昼間だというのに薄暗く、しかもキリング・フィールドの骸骨の山を見た後なので、昨日よりも町が元気なく思えてきます。
この国の将来は・・・。まあ観光客が上辺だけ見て心配してもしょうがないのでしょうが、なんか深刻な気分になってしまいます。
プノンペンの巨大な市場などを見学し、川辺へでも行ってみるかと思い立ち、てくてくと歩いているとスコールのような雨が降ってきました。
やっぱり降ってきたな。
それにしてもこりゃたまらない。
地元の人に混じって木下で雨宿りしました。
同じ場所には警察官も何人かいたのですが、ベトナムで散々警察にいびられたので制服はどうもいい印象がもてなく、ちょっと避け気味。
一種のアレルギーとなってしまったようです。

しばらくすると雨が上がりました。
さて歩くかと思ったら、交差点のロータリー内にはなぜか拳銃のモニュメントがあり、その周りでは子供たちが元気に遊んでいました。
雨に濡れても元気だな。
拳銃のモニュメントというのがちょっと微妙な感じがしますが、でもまあこういう子供たちが笑いながら元気に遊んでいる光景が一番落ち着きます。
どこの国でも良くある光景が当たり前にこの国でもあって欲しいです。
そしてこういう笑顔の子ども達が大人になればこの町も元気になるんじゃないかな。
そう思うと少し安心しました。
そして私の迷いと共に分厚い雲もプノンペンの空から流れていきました。

~~~ §3、監獄ホテル ~~~

泊まった部屋
キャピトルホテルの前

プノンペンで泊まったのはバックパッカーの間では有名なキャピトルホテルでした。
ホテルだけではなく、各種のツアーや移動バスのサービスも行っているので、何かと利用頻度の高い安宿です。
しかしホテルに関してはあまり評判がいいとはいえません。
まずはその狭さ。値段が安いのはいいけど、まるで独房のような・・・といった表現がぴったりの部屋です。
窓はなく、壁も単色で、中にじっといると気がおかしくなりそうな感じがします。
ましてやツールスレーンの拷問部屋などを見てしまうと、この部屋も・・・と変な錯覚を起こしてしまいそうです。
ですから旅行者の間でも監獄ホテルとか、刑務所ホテルといわれていたりします。

ベトナムの国境からプノンペンまでのバスがキャピトルホテルのツアーバスで、プノンペンに着くとこのホテルの前に降ろされてしまいました。
もう暗くなっていたし、悪路での移動に疲れ果てていて宿を探して回る気力がなく、狭いと分かりきっていながらこのホテルに泊まった次第です。
さすがに翌朝起きると目覚めの悪かったこと。
でも、部屋にいては苦痛なので、積極的に町に出ようという気になれたのはむしろよかったのかもしれません。
ホームステイからの脱力感一杯といった状態でプノンペンに到着したので、快適な宿なら昼まで寝ていた可能性大です。
いや下手したら一日中宿にこもっていたかも・・・。
監獄ホテルも使いようによってはいいかもしれないなと、後から振り返ると思えました。

そしてもう一つ有名なのがここのホテルは児童買春をする日本人のおっさんの溜まり場になっている事です。
聞くところによると、郊外にそういった売春村があるとか。
そしてその情報というか、武勇伝というかがここの情報ノートに書かれているそうです。
このホテルの一階部分はレストラン兼ツアーのカウンターになっていて、最後の日はここで夕食を食べてみました。
その時に辺りを見渡すとレストラン内には何人かおっさんがいるものの、はてこのおっさんがその当事者なのか、はたまた普通の旅行者なのかよく分かりませんでした。
そして噂の情報ノートというか、ゲテモノノートをちょっと探してみたものの、誰かが読んでいるのか見つかりませんでした。
ホーチミンで知り合った日本人の若者はわざわざ日本大使館まで出向いて、日本の恥だからあのおっさんどもを何とかしてくださいと抗議したそうですが、その成果でおっさんが逮捕され、情報ノートが証拠品として没収されたのかな。
それならばいいのだが・・・。でも外務省がそこまで真面目に働いているとは思えないし・・・。
というか、彼らは警察ではないで拘束したり、法律的にどうこうするといった難しい事には手が出しにくいのが現状なのでしょう。
もしおっさん達がまだいたら何とかしてくださいと正義感の強い彼に頼まれていたものの、ムイネのホームステイショック、昨日のツール・スレーン、今日のキリング・フィールドとテンションが下がっているのに、更に児童買春ショックが加わってしまうと・・・。
これ以上の深入りはやめておこう。本当にプノンペンは暗い話題ばかりだな。
さすがに今の精神状態だときつい・・・。

~~~ §4、シェムリ・アップの旅人 ~~~

渡川の為の渡し船
途中の村で

翌日、アンコール・ワットのお膝元であるシェムリ・アップへ移動しました。
走り出しは良かったものの、出発して10分も経たないうちにマイクロバスはひどく揺れ出し、その後はひたすら揺れ続けました。
本当にカンボジアの道は最悪で、まるで荒れた海を船に乗って移動しているような感覚です。
道路にあいている穴を避ける為、絶えず左右に揺れ、タイヤが穴にはまると上下に揺れる。
だから何かにつかまっていないと座席から吹っ飛んでしまう状態なのです。
うっかり寝ようものなら、重く不安定な頭は簡単に左右に振られ、窓などに打ちつけてたんこぶだらけになってしまいます。
もちろん肩や足なども座席などに打ち付けうちみだらけ。
しかしながら、道は平坦かつ真っ直ぐだから腹が立ってきます。
何で道路にこんな深い穴が大量に開いてるんだ。
これでは道路といえないではないか。
延々10時間、こんな状態だったので、さすがに不機嫌になってしまいました。

車内には男性1人と女性2人の変わったグループの日本人旅行者がいました。
こういった苦しい状況の時に日本語で会話ができて気を紛らわすことができるのはありがたいものです。
話を聞くと、彼らも私と同じように西へ向かって旅行している長期旅行者でした。
世間話や情報交換などをしたついでに、どういった仲間なのかなと聞いてみると、女性2人の旅行者に途中で知り合った男性が引っ付いているだけでした。
なんだそういうことね。気持ちは分かるけど・・・、まあ馴れ合っていてはいい旅はできないかな。
いや、ちょっとうらやましいかも・・・。
そうだ。私が加われば人数的にちょうどいいではないか・・・うむうむ。
って、やっぱり自分の旅を行うのが今の自分のすべきことだし、ベトナムのように偶然の出会いやホームステイといったいい意味でのハプニングを呼び込むには一人の方が都合よかったりします。
所詮は自分とは違う種類の旅なんだよな。
でもこのようにワイワイと楽しく旅をしている人を見てうらやましくも感じてしまうのは、今の自分の旅が順調でないって事なんだよな・・・。

夕方になると、道がまともになってきて、ようやくシェム・リアップに到着しました。
やっと到着だ。これで拷問のような移動から開放される・・・。
実は途中でうとうと寝てしまったもので頭にたんこぶができ、ちょっと首や足が痛いと散々な状態でした。
そしてマイクロバスから開放された捕虜のように降りると、う~、体が変な感じ。
平行感覚が狂っているようで、ふらついてしまいました。
おっとやばいやばい。
じっとしていてもジェットコースターに乗った後のように体がふわふわするからたまらない。
おまけに節々が痛く、頭のたんこぶもちょっと気になる。
まったくもってカンボジアの道路は恐るべしだな。

バスが到着したのは安宿の真ん前でした。
当然の事ながらここはキャピトルホテルと提携している宿のようです。
さてどうしよう。というより精神的にも肉体的にも疲れ果てていて、今から地図を調べて、宿をまわって、部屋を見て、値段交渉をしてといった煩わしい事をなるべくならしたくないといった気分でした。
宿の値段を聞くと、まあこんなものかなといった感じ。
部屋もそこそこ広く、というよりプノンペンの独房のような最悪ランクの部屋と比べてしまうと、見た瞬間に合格でした。
一緒に乗ってきた3人組の日本人は、今日はもう動きたくないのでここに泊まりますとほぼ即決状態でした。
じゃあ私もそうしようかな・・・、面倒臭いし。
私が迷っているのを見て、宿の人が「君は一人だから特別に安くしてあげるよ。」と耳元でささやき、一気に宿泊費が安くなりました。
「その代わりさっきの3人組には言わないでね。」って付け加えるのですが、そんないい加減でいいのだろうか。
客をだますようにこそこそとやるのはちょっといただけない。
何よりこういうケースだと後で私自身が騙されるといったパターンに陥りそうな気もするのだが・・・、考えすぎだろうか。
経験的にそう警戒するものの、今は卒業旅行シーズンが終わり、雨季が始まって客が少ないといった事情もありそうだし、それにここはおおらかな東南アジア。
まあ何とかなるだろう。他に日本人もいることだし。何より動くのが面倒だ。
ここに泊まることにしました。

部屋に荷物を置き、外に水とかを買いに行ったりとうろちょろしていると、日本人の女性に話しかけられました。
「私○○ちゃんと言うの、アンコール・ワットの見学は広いからバイクタクシーでするのが一般的で1日5ドルでここにいる人たちがやってくれるよ。・・・云々」との事。
「・・・・・?」なんなんだこの人は。
初対面の人に自分のことを「○○ちゃん」なんて言うような人は今までの経験上関わりたくないのだが・・・しかも30前後?
って、ちょっとやばくない。
そういえばこの宿は何人ものカンボジア人の若者がうろちょろしているんだけど、みんなバイクタクシーの運転手なのだろうか。
で、この日本人の女の人は何者?バイクタクシーの元締め?単なる女王様。
なんかよく分からない展開になってきました。
プノンペンに続き、ここでも宿の選択を失敗してしまった予感が・・・。

この女性、どうやら何ヶ月も居座ってバイクタクシーとかを仕切っているというか、勝手にルールを決めているというか、色々と入れ知恵を吹き込んでいるようでした。
実際に私がアンコール・ワットを見学するのにバイクタクシーを頼んだときも、こういうルールだとか言ってバイクタクシーの若者が働かないこと。
おまけにやたらとバイクタクシーをやっている若者が馴れ馴れしいというか、宿泊客に節度がない状態でした。
このままいくときっとジゴロ化していくのだろうな。
実際大使館の人が来て親からの捜索願が出ているからと女の子を連れ戻しに来たとかなんとか。
ほんとあんた一体何やっているのといった感じです。
同じ日に一緒にこの宿に来た三人組の日本人は一週間券を購入してアンコール・ワットを見学するんだと張り切っていたのですが、3日目に別の宿に宿替えしていきました。
理由を聞くと、やはり私と同じような原因でした。
それに他の旅行者もカンボジア人の若者の態度が不愉快だと愚痴っていました。
別に何ヶ月滞在しようがそれは本人の自由だし、どうこう言うつもりはないけど、やはり他人に迷惑がかかるような事を教え込む事はやめて欲しい。
そもそもカンボジアの若者の為にもならないだろうし。
なんかこういう日本人を見ると腹が立ってしょうがありません。

ちなみに・・・余談になりますがこの一年後、ユーラシア大陸を横断して、日本に帰国する途中に一日ほどシェムリ・アップに寄ったのですが、彼女がまだ居座っていてびっくりしました。
さすがに私のことは覚えていなかったようですが・・・。
もちろんこの宿には泊まりませんでした。

またこの宿にはベトナムのハロン湾のツアーで相部屋だったイギリス人のジョンが偶然にも泊まっていました。
夜中私が腹痛で苦しんでいるときにグ~スカと隣のベッドで寝ていた彼です。
って、彼は全く悪くないのですけど・・・。
ここに着いた翌日に宿に戻ってみると、あぁ~君は!てな感じで、感動の・・・といった大袈裟なものではないのですが、突然の再会をしました。
同じ宿に泊まっていたんだ。しかもいつの間にか女の人を連れているし・・・。
って、それよりもまだこんなところを旅してるのが気になるところ。
私が1ヶ月間ベトナムでホームステイしている間何やっていたんだろう?
「君は私並にペースが遅いね。一体どこをまわっていたの?」と尋ねると、カンボジアにあるビーチリゾート地でゴロゴロとしていたとか。
えっ、カンボジアでビーチリゾート???そんなものがあるんだ。
まるで想像がつかない・・・。どんなところなのかを聞くと、人が少なく、ビーチがきれいで本当にいい所だったとしきりに言っていました。
その時にこの女性と知り合ったのかな。いや女性と知り合ったからそっちへ行ったのかな?
まあいいや。突っ込むところではないので聞きませんでしたが、何はともあれちょっと不愉快なこの宿での滞在が少しは面白くなってきた感じです。

その他には日本人の年配の旅行者が私の到着した2日後にチェックインしてきました。
もしかして例のプノンペンでの少女買春をやっているならず者か。
外務省が頑張ってプノンペンから避難してきたとか。
最初は警戒していたのですが、話すと全然違って、定年退職後に産まれて初めてバックパック旅行をしているんだと話してくれました。
そもそもバンコクから来て、これからプノンペンに行くみたいでした。
私がこの宿を去る前日の夕方、宿でブラブラしているとおじさんが遺跡見学から戻ってきました。
感想を聞くと凄いの一言。
やっぱりそうですよね~などとしばらくしゃべった後、一緒に食事に出かけました。
食事をしながら「ここにはどのくらいいるのですか?」と聞くと、「今日1週間券を購入したから多分後1週間はいるんじゃないかな」との事。
「遺跡が好きなんですね」と何も考えずに話を合わせると、「いや、体力がないんですよ。」と返ってきました。
予想していなかった返答に困っていると、「年をとってからのこのような旅はさすがに体にこたえて、毎日精一杯動けないんですよ。暑いし、すぐ疲れてしまうし・・・ほんと君達若者がうらやましいよ。」とのこと。
なるほど。そうだよな。
そりゃツアーで至れり尽くせりの旅行と違って、バックパックの旅は金銭面を体力で補うのが基本だもんな。
年寄りにはきついよな。
でもなんでこういう旅をしているのだろう。体力的にもきついのに。
図々しく聞いてみると、ツアーという囲いが邪魔だし、こういう旅行に憧れていたんだとか。
そうなんだ。身なりがよく、別にお金に困っているようには見えないと思っていたけど、やっぱりそういった事情なんだ。
現に私の食事をおごってくれているし。

このおじさんと出会った事で、今までバックパッカーは若いうちにしかできないと思っていたのが、それはちょっと違うぞと気がつきました。
面倒くさいと単にゴロゴロしている若者もいれば、動き回っている年配の人もいる。
そう考えると、若い時のバックパッカーは若いうちにしかできない。
山登りがそうであるように、早くは登れないかもしれないけど、年をとってもバックパッカーはできる。
これが正しいんだな。目から鱗が出る思いがしました。
それにしてもなんかこの町で出会う旅人・・・、いやカンボジアでとりわけ1週間以上同じ場所に滞在する人は色んな意味で癖のある人が多いような気がする。
いや、そういう人ばかりのような気が・・・。

~~~ §5、大傑作アンコール・ワット ~~~

アンコール・ワット寺院

アンコール・ワットとは・・・、ちょっとややこしいのですが、ふつうにアンコール・ワットというと、東京23区ぐらいの広大な範囲に広がっている遺跡群のことを差し、その中にアンコール・ワット寺院とか、アンコール・トムとか、タ・プロームといった有名な遺跡があります。
これだけ広範囲に散らばっているからバイクタクシーなり、ツアーに参加するなりして見学するのが一般的になっています。
といっても、先に挙げたような有名な寺院の多くは中心地域に固まっているので、それだけを見学するならそこまで移動はきつくなかったりします。
でも歩いて回るのは熱帯という気候もあってちょっと厳しいので、とりあえずアンコール・ワット見学の初日は、土地勘もないし、バイクタクシーを1日チャーターして中心部にある有名な遺跡を回る事にしました。

バイクタクシーの方はどうやら私の担当はひそかに決まっているようで、起きると一人の若者が外で待機していました。
これもあの女の入れ知恵なのか。
ちょっと嫌な感じがしましたが、でもまあその辺で拾うよりも身元が分かっている分、安心は安心かと思い、その辺は気にせずにバイクタクシーに乗り込みました。
そしてしばらく走ると途中でチェックポストみたいな場所があり、そこで入場券を買いました。
1日券、3日券、1週間券と3種類あるのですが、どう考えてもここに1週間も滞在しないので3日券を選択。
入場料はカンボジアの物価から考えると40ドルは馬鹿みたいに高いけど、これはしょうがない。
払わないと入れないし、一応修復費に使われているらしいという話。
とはいえ、これも諸説紛々あって、本当に使われているのか、気持ち程度しか使われていないのか、別のことに使っているんだとか色々と噂を聞きますが、あくまでも噂なのでよく分かりません。
でもまあ遺跡を直すぐらいなら、カンボジアの人々の生活を向上させる方が優先事項のような気もしますが・・・。

まずは定番の日の出ポイントを目指しました。
日の出ポイントとは、アンコールワット寺院のすぐ近くにある丘の事で、ここからはアンコールワット越しに日が昇るとか。
しかし、カンボジアの正月のせいか、朝っぱらなのに遺跡付近はカンボジア人だらけでした。
う~ん、凄い人だ。これでは日の出ポイントは大混雑しているに違いない。
それに空が曇っていてきれいな日の出が期待できないのに、混雑した日の出ポイントへ行くのはちょっと億劫だな。
それよりもすいているうちに遺跡の見学を始めてしまう方が得策ではないか。
丘に登るのも面倒だし・・・。という事で、バイクタクシーに作戦変更を伝え、アンコール・ワット遺跡群の中心であるアンコール・ワット寺院前で降ろしてもらいました。
バイクタクシーの人はそこで待っているからと待ち合わせ場所を教え、すぐさまバイクに乗って消えていきました。まあいいか。
しばらくの間は遺跡の見学をするのだから。

アンコール・ワットの日の出
早朝のアンコール・ワット
アンコール・ワット寺院
壁のレリーフ
寺院の上部

よしっ、見学開始だ。
それにしてもでかい。
アンコールワット寺院は周囲を水掘に囲まれていてまるで城砦といった感じです。
こんなでかい寺って今まで見たことがないよな・・・。
堀の中に作られた道を通って中へ入って行くと、予想通りこっちはそんなに人がいませんでした。それにしても広い。
外から見た感じで中の広さは想像がついていたのですが、改めて中に入ってみてその広さに感嘆しました。
そして参道のような中道を歩いていくと、タイミングよく寺院の後ろから日が登ってきました。
おっ、なかなかいいではないか。
って、もしかして日の出ポイントに頑張って行っていれば感動的な朝日が見れたのか・・・。
ちょっと失敗したかも。
でもこれはこれでいい光景だし、きっとそんなに変わらなかっただろう・・・と無理矢理納得する事にしました。

敷地内に入っただけで感動の嵐だったのですが、近づいてみて更にびっくり。それは一つ一つの石がきっちりと積み上げられていたからです。もちろんこれだけの巨大な建物なのできちんと石が積まれていなければ、すぐに崩壊につながるのでしょうが、場所によってはこれはインカの石組みではないかと思ってしまうぐらいきっちりと組まれていた事にびっくりしました。う~ん。これほどまでに凄い技術とは。しかも寺院の壁などはレリーフが壁一面に彫刻されていました。これがまた凄い。エジプトなどの遺跡も凄いけど、こっちの方がはるかに石が硬くて彫刻が難かしかったはず。しかもびっしりと精巧に・・・。一体どれだけの時間がかかったんだろう。想像がつかない。もしかしたら寺院の建物を造る時間よりもレリーフを造る時間の方がかかったのでは・・・と思うぐらいの凄さでした。

更に進むと寺院内にも入ることができ、尖塔のように聳える部分にも登ることができました。
ただ階段が恐ろしいほど急なこと。
これは健康な若者でも手すりにすがらないと危ないというか、年配の方はちょっとという代物。
しかもボロボロでいつ崩れてもおかしくない状態というのもやばいかも・・・。
見た感じではちょっと修復しているようだけど、それより先に階段が壊れそうな感じでした。
その急な階段を恐る恐る登ると展望できる場所があり、そこからはアンコール・ワット寺院遺跡が一望できました。
なんとも素晴らしい。ジャングルの中にある巨大遺跡。
まるでマヤのピラミッドみたい・・・。壮大だ~。
でも大きさもさることながら、その精巧さが本当の感動を与えてくれているような気もします。
ただ大きいだけではない素晴らしさ。
それはエジプトのピラミッドでも感じたことです。
4辺の長さがほぼ同じで、三角錐の角度も全て同じ。内部にいたっては・・・といった代物です。
大きく且つ、精巧に造ること。
これが古代から現在にまで残る素晴らしい遺跡の条件となっているような気がします。
とは言うものの、果たして古代の人にこれほどの技術があったのだろうか。
まだ訪れたことがないマヤ文明とかインカ文明の遺跡にしても同じです。
クメール人が住む前からアンコール・ワットの遺跡の幾つかが存在していたとかいうミステリーな話を耳にしたことがありますが、果たしてどうなのでしょう。
もしクメール人が一から全て造ったとしたならとても凄いことだと思いますが、私的には今の文明の前に文明があってもおかしくないと思っているので、この遺跡もそういった類のものに違いないと思ってしまいました。

バイヨン寺院

その後は宗教都市跡のアンコール・トムへ。
ここにはでかい顔の像で有名なバイヨン寺院があります。
さすがにアンコール・ワットをあまり知らない私でもこれは見たことがあるといった彫刻がここには多くあり、ある意味アンコールワット遺跡群のハイライト的な存在かもしれません。
でも実際に見てみると、なんかハリウッドの崖に彫られた顔を思い出してしまいました。
って、全然違うのだろうけど、他にいい例えが思い浮かびませんでした。
また同じように顔の形をした門、象のレリーフなどなどとにかく、このアンコール・トムもアンコール・ワット寺院に負けないぐらい凄い。
もうこの時点でアンコールワットに感服といった気分でした。
やっぱり世界的に有名なアンコール・ワットだけはあるな。
世界三大仏教遺跡と言われていたりもするけど、やはり世界一スケールのでかい仏教遺跡という表現が一番ふさわしい気がしました。

その後は小さな遺跡を幾つか見学するとお昼になりました。
よしっ、次は昼飯・・・、いやあまりお腹すいていないな。もうちょっと見学してからにしよう。
「じゃ、次に行こうか。」バイクタクシーの人に言うと、「昼のこの時間は暑いから昼休みした方がいい。」との事。
「いや、元気だからいいよ。次に行こう。」
「いやこの時間は休む決まりになっているんだ。」と埒があきません。
そんな決まりがあるんだ・・・って、聞いたことないぞ。
大体私が遺跡を見学している間、あんたはずっと休んでいるやんけ。
何でこんなに働かないんだ。妙に馴れ馴れしいし。これも・・・あの女の入れ知恵か。
結局働こうとしないので、しぶしぶ戻ることにしました。
次の出発は3時とか。やれやれ、飯食って寝るか。

軽く一眠りした後、再び遺跡に向かいました。
前回見終わった遺跡は中心の遺跡地帯の周回でいうならアンコール・ワット寺院のちょうど反対側付近なので、かなりの距離をバイクタクシーで移動しなければなりませんでした。
バイクに揺られていると、なんか午前中よりもカンボジア人が増えていました。
どうやら遺跡見物に来たというよりも、ここには多くの人が集まるのでワイワイと水掛祭りを楽しみにやってきたといった感じです。
しかもやたらと攻撃的で、路上とトラック、バイク同士、トラック同士などで風船に水を入れて投げ合っていたり、バケツや水鉄砲で攻撃していました。
これって・・・、水掛け祭りというよりも大人の水掛合戦ではないか。
所々で水を補充しつつ、標的を求めて中心の遺跡地帯の周回をぐるぐる回っているだけなのです。
なんとも迷惑な・・・、というか、かなり危険。
アンコールワット見学をするならどうしてもこの道を通らなければならないので、観光客にしてみればなんとも迷惑きわまりない。
当然我々のバイクにもとばっちりが来るわけで、おちおちとしていられません。
常に臨戦態勢にしていないと、いきなり攻撃をくらってびっくりすることも。
これがカンボジアの水掛け祭りってやつか。
車の中とかにいればみんな頑張っているね。とか面白そうだね、といった感じで、笑っていられるのですが、バイクだと・・・悲惨。
さえぎる壁がなければ、二人乗りなので敏捷性もないし、下手に避けようとすれば道が悪いので転けそうだし、おまけに外国人が乗っていると目立つしと、いい標的となってしまいました。

カンボジア人を載せた水掛けトラック
タ・プローム

水掛祭りの噂は他の旅行者に聞いたことがあり、とくカメラを壊したとか言っていたので、私も壊さないように必死でした。
でもまあ、大体すれ違いざまとかにかけてくるので、運転手の背中にぴったりと引っ付いていれば私はさほど濡れなかったのですが・・・。
目的地の遺跡についてみると、バイクタクシーの若者はズブ濡れ。
おまけにベビーパウダー爆弾みたいなものを食らったようで、胸元は白くなっていました。
う~ん、私の壁としてよく頑張ってくれた。
その哀れな姿を見て、思わず笑ってしまいました。
まあこれで私の機嫌の悪いのが治ったので、それはそれでこの若者にとっても良かったのかもしれません。

その後は幾つか遺跡を見学しました。
午前中の遺跡に比べてこちら側は全般的にジャングルに埋まっていたようで、木が遺跡を覆っていたり、破壊している場面に何度も遭遇しました。
そして最後にジャングルに埋もれた遺跡として有名なタ・プロームを見学しました。
さすがに有名だけあってここは木による侵食が中心部の遺跡の中では一番激しい。
木が門と一体化していたり、壁に根っこが絡みついて壁の上に木が立っているようだったりと、まるで木と石の壮絶な陣取り合戦といった感じです。
こういった木の根っこが遺跡を破壊している様子は天空の城ラピュタさながらの光景で、なかなか絵になっているというか、自然は偉大なんだな~といった感動的な光景になるのかな・・・。
最初は凄い凄いと感動しまくって見ていたのですが、よくよく考えると、普段都会に暮らしているので、雑草のたくましさやコンクリートを突き抜けている木の根っこなどを見慣れていたりします。
そういったものの延長ではないかと思い始めてしまうと、長年放置されればこうなるのも当然といえば当然だよなと、次第に淡泊な気分になってしまいました。

ディスコで

夕方、アンコールワットの遺跡見学に大満足して宿に戻ると、イギリス人のジョンに呼び止められました。
「今日はみんなでディスコに行くんだけど、お前も行かないかい。」との事。
う~ん、どうしようかな。疲れているしな・・・。
迷っていると、「カンボジアの若者はハッピーニューイヤーのカウントダウンをディスコで祝うんだぞ。面白そうじゃないか。」と付け加えました。
おっ、そりゃいいかも。夜遅く、ジョンのカップルなどとバイクタクシーの連中とでディスコに向かいました。
そこはジョンの言うとおり若者の熱気であふれていました。
でもなんか・・・変な雰囲気。
生ぬるいというか、蒸し暑いというか・・・言葉に表せない異様な感じがしました。
それはみんな踊るというよりも体を揺らしているだけだったからです。
だからテンポのいいロックが流れても、この空間はゆったりと時間が流れている・・・。
って、この耳から入ってくるテンポと目から入ってくるテンポの矛盾している状況は、あ~~~見てるといらいらしてくる。
慣れるまでは無性にじれったく感じ、不快指数100の蒸し蒸しした状況の中にいる感覚でした。
しばらくすると、ロックから一転してクメール音楽が流れ始めました。
今度は何だ。また一段と独特な雰囲気となり、みんなが踊り始めました。
おっ、・・・・・。これって・・・。
みんな踊りだしたと思ったら、体をくねらせてフィンガーダンスっぽい踊っているではないか。
これにはジョンもびっくり。カンボジアのディスコはとんでもないところかも。
でも、カンボジア人に真似て踊ってみると、なんか・・・これって・・・盆踊りのくねくね版みたい。
そう思うと、なんか踊りやすいかも・・・。
最後はやっぱり同じアジア人なんだなって思ってしまいました。
ジョンはひたすら「インタレスティング(興味深い)」とつぶやいていましたが、恐らくその表情から察するに本当の意味は「変なの」といったところだったのではないでしょうか。

~~~ §6、ずぶ濡れのアンコール・ワット見学 ~~~

前日に一応遺跡の中心部といわれる地域を一通り回ったので、今日は中心部から離れた所にある遺跡に行こうと計画しました。
昨日同様に朝5時に起きると、昨日同様にバイクタクシーの若者が待機していました。
「今日はどこへ行くんだ」と聞いてくるので、「今日はこの離れた場所に行きたいんだ」と地図を見せながら答えると、そこは遠いからとえらい高い値段を言ってきました。
えっ、そんなにするの。
予想外の値段だったので、「それは高くないかい?」と聞くと、「そういう料金になっているんだ」と言ってきました。
そりゃ遠いのは分かるけど・・・、距離にするなら昨日みたいに中心部を2周回るのと変わらないではないか。
それで3倍の値段っていうのはちょっとボリすぎではないか。
これもあの女が変なルールを作るからではないのか。
そして日本人はそういう決まりになっているからとでも言えば納得すると教えられているのだろうか。
昨日も昼間は仕事放棄していたし、やっぱりここのバイクタクシーは使えない。
なんか無性に腹が立ってきて、バイクタクシーは断りました。
もちろんこのけなげな若者というよりも、居座っている女性に対しての苛立ちのほうが大きかったのです。

断ってしまったものの、どうしよう。別のバイクタクシーを頼むか。
いやそれよりもちょっとやってみたい事がありました。
それはレンタル自転車です。
先日町中を散歩したときにレンタル自転車屋を見つけて、自転車で回るのもいいなとチェックしていました。
それに今は正月シーズン。
昨日のような水掛け祭りが自転車だと間近に見れるのではないだろうか。
せっかく正月に滞在しているなら正月にしか味わえないことをやってみようではないか。
遠い遺跡なら明日何とかすればいい事だし。
よしっ、そうしよう。って、それならこんなに早く起きている必要はないよな。
あわよくば今日こそはきれいな朝日を見れるかもと期待していたけど、それも曇り空ではかなわないだろうし、そもそもこの時間に自転車店もやっていないはず。
それに昨夜はディスコに行ったので非常に眠い。
むしろよく起きれたなといったところ。8時までもう一度寝ることにしました。

8時に起きると、町の中心部へ歩いて行き、自転車を借りました。
マウンテンバイク風の自転車なので、ちょっとぐらいの長い距離なら大丈夫・・・のはず。
問題は私の足か・・・いやいや何とかなるだろう。
デポジット(保障)としてパスポートを預け、遺跡へ向かいました。
昨日バイクに乗っていったときにはあまり感じなかったけど、結構シェムリ・アップの町から遺跡まで遠く、おまけに妙に道がまっすぐだし、アンコールワット寺院が見えても正面入り口までは堀を半周しなければならないので、一番近くのアンコールワット寺院に到着した時点でもう既に疲労感を感じていました。
自分の足で進むということは遺跡の大きさ分かっていいかも・・・。
それにしても・・・雲っているというのに朝っぱらから蒸し暑い。
もうしっかりと汗をかいていました。

最初の遺跡アンコール・ワット寺院に到着。昨日朝日を見た場所です。
もう朝日の時間ではないし、まあここは昨日しっかり見たからいいか。
入り口で一旦は停まったものの、スルーして次のアンコール・トムに向かいました。
昨日はアンコール・ワット遺跡初見学だったので、ひたすらバイクタクシーに連れ回されたといった感じでした。
おかげで好きな場所を好きなだけ見ることができなく、ちょっと消化不良。
まあこれはバイクタクシー云々の問題ではなく、遺跡がでかすぎなのと、私の予備知識の不足によるもの。
そもそもバイクタクシーとしてはリクエストがなければ一般的な観光客が訪れる有名な遺跡から遺跡へ移動するだけだろうし・・・。
そう考えると今日は昨日よりも予備知識もあるし、自転車なので好きな場所で好きなだけ滞在できるので思う存分遺跡見学が楽しめます。
とりわけ昨日あまり見ることのできなかった巨大な都市遺跡であるアンコール・トムをしっかりと見たいと思っていました。

バイヨン寺院
象のテラス前の広場
自転車や子供達と

人の像を模った門をくぐってアンコール・トムの場内へ入りました。
まずは中心のバイヨン寺院へ。相変わらずでかい顔が印象的な寺院です。
昨日と違って自転車で徐々に近づいていくのもまた乙なものですが、昨日のような青空の方が顔の表情がいいように感じます。
とりあえずここで自転車を降り、最初の観光を行う事にしました。
しかし、自転車をどうしよう。
自転車は自由にあちこち行けていいんだけど、駐輪場があるわけではなく、停める場所に苦労することに気が付きました。
一応ワイヤーロックみたいなものを持ってきたものの、停める場所が・・・。
その辺の木に寄りかけて停めておくか。盗まれないよな・・・いや、盗まれるかも・・・、う~よく分からない。
どうしようか迷っていると、バイヨン寺院の裏側、象のテラス前の広場には売店などが沢山ありました。
ここなら停められるだろうか。

そっちへ行くと、その辺の売店から水とか本を持った女の子達が寄ってきました。
「ウォーター、ウォーター」っていらないよ。
私が日本人だとわかると、今度は少し大きな子供が英語で日本語のアンコール・ワットの解説書をどうだと薦めてきました。
これって・・・コピー本ではないか。
いくらって聞くと、3ドルとの事。まあ買ってもいいか。
持っているガイドブックはまるで役に立たないし。
「じゃあ2ドルでどうよ」と言うと、あっさりと「いいよ」と返ってきました。
しまった。高かったかな。
でも、なんか彼女達を見ているとあんまり値切っては可哀想に思えたし、ついでに自転車の面倒も頼むことにして、その子の店先に置かせてもらうことにしました。
更についでに自転車と一緒に写真を撮ってもらうことにしました。
聞くと、自転車で回っている観光客は珍しいとか。
そう聞くとなんか鼻が高いな。
この自転車は私のかと聞いてくるので、レンタルだよと言うと、ふ~ん、そうなんだといった感じでした。

象のテラスの壁
祈る子供達
御祓い
土の上の祭壇

アンコール・トムには色々見所が多く集まっています。
昨日はアンコール・トムを都市遺跡と理解していなかったので、バイヨン寺院とその他をちょこっと見ただけでこれは凄いなと観光を終わらせてしまいました。
宿に帰ってから他の人のガイドブックを見せてもらうと、ここが宗教都市跡で王宮跡などがあると知りました。
うっ、しまった。ちゃんと見ていないぞ~。
それがちょっと心に引っかかっていたので、今日再び同じルートでここにやってきたようなもの。
まずは象のテラス周辺に向かいました。
ここは象の彫刻が壁にずらっとある場所です。
昨日も来たのですが、よく分からず象の写真ばかり撮って終わっていました。でもこの奥には王宮跡とかあるようなので、奥へ向かいました。
おまけに今日は先ほど購入した解説書があるので、それを見ながらふむふむといった感じで見学することができるので、なんか為になっている気がする・・・かも。
象のテラスとは・・・全長350mの長いテラスでテラスの壁部分に象の彫刻が施されているから象のテラスで呼ばれているとか・・・云々。
象のテラスの上に登ってみると、簡易的な祭壇が設けられていて、子供達がぎこちなく祈っていました。
一体何を祈っているのだろうか。
それとも大人の真似をしているだけなのかな。象よりもこっちの方が面白いかも。
やっぱり彫刻よりも人が写っている写真の方がいいな。

象のテラスから奥に入っていくと、寺院があり、僧侶がカンボジア人に水を掛けていました。
アンコール・ワットは今でもカンボジア人に使われているんだ。
古い遺跡が健在というのはいいことです。
それにしてもこれはお払いの一種なのかな。
さむそ~・・・いやいや、ここはカンボジアだっけ。
日本的感覚では正月の寒い中の禊ぎといったイメージを持ってしまうので、一瞬そう錯覚してしまいましたが、よくよく考えればここは正月でも夏なんだよな。
では効果があるのだろうかと心配もしてしまいますが、まあここはカンボジア。
日本じゃないので心配御無用といったところでしょうか。
写真を撮らせてくれるようにお願いすると、笑顔でOKとの事。お礼を言って後にしました。

更に奥に入っていくと、なんか黒魔術のような祭壇みたいなものがあったりして、なかなか興味深い。
ここでカンボジア人が正月を祝うのかな。
それとも何かの儀式をとり行ったのかな。
なんか日本でいうなら家を建てる前の地鎮祭みたいな感じです。
よくよく考えればさっきから日本で見かける祭礼に良く似たことばかりだな。
気候の違いなどはあれど、やっぱり同じものが根底に流れているに違いありません。
まあこれはベトナムでホームステイをしている時にも感じたことなので、きっとアジア全体がそうなのでしょう。
アジア人はみな兄弟。う~ん、いい言葉だ。
などと微笑んでいたら、いきなり大粒の雨が降ってきました。
これはたまらない。ちょうどいい事にテントの待合所みたいなものが作られていたので、そこで雨宿りさせてもらうことにしました。
それにしても凄まじい雨量だ。やっぱり熱帯の雨は違う。
実はこれも水掛祭りの一貫で、神様からの贈り物だったりして・・・そう考えると少し幸せな気分になれるかも。

アンコール・トムの門
遺跡内を歩く子供達

ちょっとすると小降りになり、そして止みました。なんと引き際鮮やかな雨だこと。
再び遺跡見学を始めました。
それにしてもアンコール・トム遺跡はスケールがでかいな。
昨日同様にいたるところで感動のしまくりです。
一通り見学すると、自転車を取りにいき、アンコール・トムの城門を見学しに行きました。
アンコール・トムの城門はバイヨン寺院みたいに塔の上部が顔になっているのが特徴です。
なんか巨人の口の中に入っていくというか、腹の中に入っていくというか、御伽噺にでも出てきそうな雰囲気があって好きです。
日本的感覚で言うならこのまま中に入ると胃につながっていて消化されてしまうといったところかな。
そうしたら鬼太郎が助けに来てくれて・・・って、テレビの見すぎだ。
でもカンボジアではそんな妖怪がでてくるような話はあるのかな・・・。
う~ん、どうだろう。ちょっと疑問に感じました。
それにしても雨上がりで周りの緑がくっきりとしている事。
部分的に風景を切り抜くと森の中の遺跡って感じがして、神秘的な雰囲気を感じます。
案外雨の中のアンコール・ワット見学は正解なのかもしれないな。
より自然に近いというか、ありのままというか、雰囲気がいい。
そういえば遺跡を歩いている子供達も、周りの木々同様にずぶ濡れになっていました。
これもまた自然と共存?なわけないか。でも、その方が子供達も可愛らしく見えるかも。

アンコール・トムを後にすると、次の遺跡までは少し間隔があいていました。
何もないような一本道を走っていると、いきなり後ろからビシャ~~~~って、水を掛けられてしまいました。
またこれか・・・・。
後ろからやって来たカンボジア人満載のトラックから掛けてきたようで、通り過ぎた後なんか楽しそうに荷台から手を振ってくれちゃったりしています。
そりゃ掛ける方は楽しいかもしれないけど、少しは掛けられる方の身にもなってくれ。
だいたい自転車だと速度が遅いし、両手がふさがっているし、どうすることもできないんだぞ。
せめて水鉄砲ぐらいで笑える範囲内にして欲しいものだ。
そう心の中で憤るものの、ここはカンボジア。
掛ける方としては幸せを分けている気分なのかもしれません。
それになんか頑張れといった感じで手を振ってくれているので、ここは我慢して引きつった笑顔で手を振っておきました。

遺跡に佇む僧侶
雨の遺跡

次に訪れたのはプリヤ・カンという寺院遺跡。
長い参道がありましたが、雨で地面がぬかるんでいました。
どうしようかな・・・昨日も来たことだしな。
でもまあ行っておくか。
さっきみたいに雨だとまた違って見えるかもしれないし。
ぬかるんだ道を注意しながら歩きました。
やっぱり熱帯だと土壌が泥みたいなので水はけが悪いみたいです。
奥に進むと神殿にたどり着きました。中に入ろうとすると、パラパラと辺りから雨音がしたと思ったら、急に雨がドシャって降ってきました。
先ほどのように強くないのが幸い。
木の下で雨宿りすることにしました。
なんか今日は雨やら水掛祭りやらよく濡れる日だな。
雨宿りしていると、僧侶が傘を差して見学・・・いや見回りなのかな、とにかく遺跡で佇んでいました。
う~ん、なんか絵になってるかも。ここでの雨の日は何もかもが自然に見えてしまう。

しばらくすると雨が上がり、この遺跡を見学しました。
ここはかなり荒れているというか、多くの石材が散乱していました。
多くのパーツがあると言うことは元はかなり大きかったということで、どんなだっただろうと散らかっているパーツと土台とをあわせて想像してみるとなかなか面白かったりします。
雨上がりなので、緑が美しいのもある事ながら土の香りもきつく、なんかジャングルの遺跡にいるんだなと思いながら見学をしました。
そして再びぬかるんだ参道を歩いて自転車のところに戻りました。
その時に失敗したのが、カメラを鞄にしまわずに肩に提げたままで歩いてしまったことです。
自転車に戻ってカメラをしまおうと手に取ると、なんと泥だらけ。
歩いている時に自分のサンダルの泥が跳ねたようです。
だ、大丈夫なのか。スイッチも入ったままだし・・・。
慌てて泥を落とし、オートフォーカスしてみると、げっ!う、動かないぞ。
おまけにエラーマークが液晶に表示されているし・・・。
おいおいどうなってるんだ。
一度スイッチを切って、再びオンにしてシャッターを押すと、カシャッと簡単にシャッターが降りました。
なんだ大丈夫なのか。もう一枚。あ、あれ、やっぱり動かない。
なんか調子悪くなってしまいました。
どうやら接触が悪くなってしまったようで、一度電源を切るか、或いは電池を入れ直すかをしないとシャッターが下りないという変な状態となってしまいました。
まあとりあえず不便だけど写真が撮れるようだからいいか。
いや、そもそもちゃんと写っているのだろうか。
そう考えるとなんとも心配。
何で肩にぶら下げたまま歩いたんだと後悔してももう後の祭り。
楽しかった気分が、ちょっと憂鬱になってしまいました。


遺跡内の道

この後の遺跡は一つ一つが距離があり、移動するのが大変。
そう自転車で移動するだけなら道は平坦なので大した事はなかったのですが、水の攻撃をかわすのが大変でした。
そもそも自転車というのがここでは一般的ではないようで、走っているだけでかなり目立つし、スピードは遅いし、外国人が乗っているということでもういい標的でした。
遠慮して手だけ振ってくれる人、喜んで水をかけてくる人、容赦なくバケツでぶっかけてくる人など様々でした。
しかも曇り空から一転して今度は晴れてきて暑いこと。

ニャック・ポアン、タ・ソムと遺跡を見学し、プラダック村との分岐点に差し掛かると、ここでは若者の集団が待ち構えていました。
さすがに地上部隊に水を掛けられたらひとたまりもない。
ちょうどトラックが通りかかったこともあって上手く避けて通ったのですが、何人かは寄ってきてさすがに外国人に面と向かって水を掛けたらまずいと思ったらしく、顔にベビーパウダーを塗ってきました。
まあこれならいいか。
そう思ったものの、下が濡れた泥の上でハンドルを持ってくるものだからすっ転んでしまいました。
足を少し切り、手をちょっとすりむいてしまい、なんか場がしら~とした雰囲気となってしまいました。
「ごめん。大丈夫?」とすぐに謝ってきたので、「大丈夫だよ。」と言って立ち去りました。
まあわざとじゃないから怒りたくはないけど、なんか水を掛けられっぱなしで、しかもこかされてと、ちょっとストレスを感じつつありました。

恐竜のようなモニュメント

若干不機嫌になりながら次の遺跡に向かいました。
幾つか遺跡を見学していると、なんとカンボジアにふさわしくない恐竜の石像が・・・って、恐竜に見えるけど元はなんだろう。
でも仏像のレリーフばかりで飽き飽きしていたので、ちょっと楽しめました。
こういう想像力をかき立てる像は大好きです。
そして、最後にジャングルに遺跡が埋まっていく象徴のような遺跡タ・プロームを訪れました。
昨日も訪れているのですが、あの木によって侵食された迫力ある光景を再び見たいなと思って寄ってみました。
で、訪れてみると、今日は雨に濡れているせいか、一段と木に迫力があるような気がして、昨日よりもまた一段と遺跡が壊れたように感じます。
雨に濡れた姿こそ自然なのかな。熱帯雨林だけに雨だと木々が生き生きしてくるのかもしれません。
写真を撮っていると、物売りの子供が寄ってきました。
ん、そういえば君は・・・。昨日写真を撮らせてもらった子供でした。
カメラを指差して覚えている?みたいなゼスチャーをしてみたのですが、反応はいまいち。
覚えてくれていないのかな。残念。
まあ多くの人が訪れるわけだし、いちいち一見の外国人観光客を覚えているわけないか。

さて一通り回ったことだし、戻るか。
タ・プロームを後にして、アンコール・ワット寺院の方へ向かいました。
すると、道路脇に子ども達の水掛け部隊が待機していました。
うっ、だめ!水を掛けようか、掛けまいか迷っている雰囲気だったので、ハッキリとゼスチャーで水を掛けるなと伝えました。
もう先ほどの二の舞でこけるのは勘弁です。
でも子供達は私が反応してくれたことがうれしいと見えるのか、やっぱり掛けてこようとするのが怖い。
むしろ知らん顔してにらみ付けるように通り過ぎれば良かったのかな。
もう一度駄目と伝えるといたずらっ子達も完全に諦めたようで投げようと手にしていた容器を下ろしました。
ふぅ~危ない危ない。

水掛合戦
水掛攻撃
待ち構える子供達

その横を通り過ぎようとすると、トラックがやってきました。そして通りすがりながらトラックの荷台に乗っている人達と子ども達の水の掛け合いが行われました。今回は不意を付かれたトラック側の完敗といった感じで、子ども達の勝利。子供達は歓声を上げて、意気揚々と近くの井戸で水の補給を始めました。自転車に乗っていてあの勢いで水を掛けられたらたまらないな。でも、これは面白いかも。近くに自転車を置いて写真を撮りながら観戦することにしました。

しばらく写真を撮りながら見ていると、子供の一人がペットボトルにくんだ水を持ってきてくれました。ん、私も参戦しろということかな。渡しながら水を掛ける仕草をするのでそうに違いありません。仲間に入れてくれるなんて何ともうれしいではないか。よしっ、任せろ。次にトラックが来ると、あれに投げるんだといった感じで子供が私にゼスチャーで伝えてきました。で、水を掛けようとすると、予め向こうも我々を察知していたようで、バケツで水を掛けてきました。私にはかからなかったものの、子ども達の被害は甚大で・・・って、怪我をするわけではないのですが、今回は私が参戦したにもかかわらず敗戦といった感じでした。一番水を掛けられた子供は悔しかったのかすぐに水の補充に向かっていました。私もこのままで帰れないので、子供に頼んで水をくんでもらいました。

次こそは・・・と待ち構えていると、再びトラックがやってきました。今度こそは・・・えいやっ。相手は投げ返す余裕がなかったようで、今度は我々の勝利だ。なんか気分がいいぞ。さっきまであれだけ水を掛けられていたもんな。だいたい大の大人が水を掛け合って何が楽しんだと思っていたけど、実際に水を掛ける方に回ってみると案外面白いかもしれない。これはいいストレス発散だ。こかされた分やカメラが壊れた分も含めて今までのお返しだ。と次のトラックにも水を浴びせ、気分爽快。満足しました。何度も水をくんでくれた子供達に何かお菓子でも差し入れでもしてあげたかったのですが、いかんせん辺りには何もない場所。お礼を言って後にすると、笑顔で手を振ってくれました。いい子達だ。変な気遣いは無用だったかな。

夕時のアンコール・ワット寺院
寺院の塔に登る人々

楽しかった余韻に浸りながら自転車をこぎ、アンコール・ワット寺院まで戻ってきました。まもなく夕日の時間。アンコール・ワット寺院が西日を浴びてなかなかの佇まいをしていました。おまけに多くの人が訪れていて賑やかなこと。ちょっと寄ってみるか。面白い光景が見れるかもしれない。入り口まで行くと、朝はがらがらだった遺跡だと思えないほど多くの人が訪れていました。これって・・・カンボジア人が初詣感覚でお参りしているのではないか。中に入ると、寺院内部は多くの人でごった返していました。仏像が置いてある場所などでは人々が祈っていたり、寺院の中庭などでは説法みたいなことが行われていたり、もちろんツアー客も混在。一番奥の塔の部分にも多くの人がいて、急な階段を慎重にぞろぞろと登っていました。なんか面白い光景かも。 次第に日が傾いていきましたが、あいにくと西の空は雲で覆われていたので、きれいな夕日は見えませんでした。

夕日が見えなくなると、観光客は一斉に出口の方へ向かい始めました。私も暗くなる前に帰ろう。バイクと違ってライトがついていないので夜道は危険だ。それに夕方までに自転車も返しに行かないといけないし。でも今日は感動したな。やっぱり自分の足で観光するに限るな。満足しつつ遺跡を後にしました。そして自転車のところに向かうと、後ろから日本語で声をかけられました。振り向くとプノンペンから一緒に移動してきた三人組の男性でした。あら偶然。後の2人の女性陣は?と尋ねると、あまり体調がよくなくて宿で寝ているとか。そして彼は暇だから一人で夕日を見に来たそうです。そうなんだ。「どうやってきたんですか?」と尋ねてくるので、「この自転車で」とちょっと誇らしげに言うと、「自転車か~」とがっかりした態度。失礼な・・・。更には「乗れませんよね」と聞いてくるので、「どうしたの?」と尋ねると、宿のバイクタクシーは嫌だから外でバイタクを拾ってここまで来たんだけど、帰りのバイクタクシーが捕まらなくて・・・と困っていました。私の自転車も荷台がついていないから無理だな。いや何とかここに足を引っ掛けて乗れば・・・って無理じゃい。

困っていると、今度はイギリス人のジョンが「ヤッホー」と声をかけてきました。あらっ、どうしたのと尋ねると、今日帰った旅行者にチケットをもらって、正月だし夕日を見に来たんだとか。なんか偶然にしては同じ宿の人によく出会うものだ。でもこれはちょうどいい。ジョンに頼んでバイクタクシーの後ろに乗せてもらい三人乗りで帰ってもらう事にしました。で、私はその後ろからチャリで走ったのですが、遺跡からシェムリ・アップへの道はバイクだらけでちょっとした渋滞となっていました。なんかバイクが遅いぞ。えぃ抜いてやれ~。気合を入れてダッシュとばかりにバイクを追い抜いたら、ジョンが追いかけてきて思いっきりベビーパウダーを塗ったくって行きました。この~!と思っても、こうなるとやっぱり自転車は非力。バイクに本気を出されてしまうと追いつけない。おまけに他のカンボジア人もこれはいい標的とばかりに便乗して水やらベビーパウダーを掛けてきました。って、なんでこうなるの。最後の最後でまたしてもずぶ濡れ。せっかく乾いていたのに・・・今日は雨やら水掛祭りやら何回ずぶ濡れになったことやら。

シェムリアップに戻ると、そのまま自転車屋に自転車を返しに行きました。すると、出てきたおばさんは私のベビーパウダー交じりのずぶ濡れの格好を見て、「あらまあ~」と大笑いしていました。そして「カンボジアの正月は楽しかったでしょ」と言ってきたので、素直にうなづきました。自転車を借りて正解だったな。いい思い出ができた。やっぱり旅はありきたりではいけないな。楽しかった今日一日の思い出の余韻に浸りながら宿へ戻りました。

~~~ §7、ダンシングロード ~~~

シェム・リアップからタイの国境まではとうとうバスとか、マイクロバスといった次元ではなく、4WDのトラックでの移動となりました。この間は最強に道が悪いという話です。って、今までも最悪だったのに、どんだけ悪いんだ。期待しつつ4WDの荷台に乗り込みました。この4WDは室内と荷台で値段が異なり、私は安いし、眺めのいい荷台の方を選びました。これが失敗だったのは後述するとして、荷台へ乗ったのは私を含めて7人。欧米人旅行者ばかりでした。荷台といってもそのまんま荷台なので、自分のバックパックを椅子にして座らなければならないというひどいもの。これがなんとも不安定で、座り心地が悪い事。でもカンボジア人が乗っている4WDトラックは人と荷物が満載だということを考えると、まだましかな・・・。

ダンシングロード
泥にスタックするトラック
橋の修復
休憩所で水を売りに来る子供達

最初のうちは道が比較的よかったので、みんなで荷台に乗って移動するなんてなんかピクニックに行くみたいな感じだとか、面白い体験だねと笑っていたのですが、そのうち道が悪くなってきて、しゃべっている余裕もなくなってきました。なんか道が・・・そうモトクロスのレース場みたい。って、そんな幹線道路ありえないだろ。普通に波打っているし・・・。道理でバスが走っていないわけだ。おまけに大部分が未舗装のダートの為、所々雨でぬかるんでいて、さすがにこれでは4WDのトラックしか走れないわけです。もちろんこんな悪路だと運転手も大変ですが、この場合は乗っている方も大変。ボーとしていると荷台から振り落とされかねない。なんか運転手以上に真剣に乗っていたりして・・・。そしてバックパックの上で必死になってバランスをとっている姿はまるで踊っているような感じ。これではまるで「ダンシングロードではないか。」と、誰かがつぶやきました。まさにその通りだ。誰でも踊りだしてしまう道路ってか。上手いことを言うものだ。

道の所々では、あまりにも道が悪く、ぬかるんでいたり、橋が壊れていたりしました。決まってそういう場所には人がいて、車を押したり、道を修理したりしていました。なんて感心なんだと最初は思っていたのですが、よくよく見ていると、ちゃんと運転手からお金をもらっていたりして・・・。なんか通行税みたい。そういえば出国前に読んだ本ではアジアでは道路カットの習慣があるとか書いてあったな。道路カットとは、わざと道を壊して修理しつつ通る車から修理費の名目としてお金を徴収するというものです。これがそうなのかな。でも、そもそもここでは最初から道が壊れているような・・・。なんだか見ていると、自動車専用の落とし穴みたいで、はまってしまったら牽引してもらう為にお金を払わなけらばならなく、はまらずに上手く通り抜ければそのまま通過といった場所も多々ありました。所々かかっている小さな橋もまたいい標的です。板をはめては、車がいなくなったら外しての繰り返しをしているのではと疑ってしまいます。でもまあ私がお金を払うわけではないので、ここは小遣い欲しさにわざとぬかるませたままにしているなとか、ここは真剣に直しているのかなと考えると退屈しのぎというか、なかなか面白かったりします。

それはそうと、今日も水掛祭りは健在で、走り出してしばらくすると、時々道の脇の民家などから水風船が飛んできました。まだやっているんだ。さすがに物珍しさもなくなったので、もういい加減やめようよといった気分でした。特に我々の車は目立つ金髪の欧米人が何人も乗っているので、面白半分で投げとけといった感じで、水風船をぶつけてきます。中には思いっきり投げてくる人がいて、欧米人の顔にビシャって当たり、欧米人は立ち上がって大激怒。日本でいうなら黄色鬼の登場といった感じでしょうか。唯でさえ道が悪くて機嫌が悪いのに、そりゃないよって感じです。といってもまな板の鯉状態で何も成すすべがないのが現状。ひたすら耐えるしかありませんでした。周りが草原になると一安心。さすがに動物は水を掛けてこないだろうし・・・。段々とタイの国境に近づくにつれて水攻撃が少なくなり、もう安心かなと思ったときに今日一番の惨劇が待っていました。なんと家の二階から思いっきりホースで水を掛けてくる輩がいたのです。これはたまらない。人間も荷物もビショ濡れ。ほんと勘弁してよって感じ。常に標的になっている欧米人は怒り大爆発。「クレイジーフェスティバル」と何度も唸っていました。

国境へ着いた時にはみんなくたくた。おまけにずぶ濡れ。荷台から降りると、自然とみんなでお互いよく頑張ったと握手してしまったほどです。そして出国手続きをするためぞろぞろとイミグレに行くと、出国係官がずぶ濡れになった我々の格好を見て、大笑い。「今はお祭りの週間だからね。カンボジア人みたいでいい格好ではないか」と楽しんできたんだろといったような口調で言ってきました。状況を知らないからそんなのんきな事言っちゃってくれて。こっちとら楽しんでいたわけではないんだけどな。道は悪いし、一方的に水を掛けられまくるし、本当に大変だったんだぞ。でも・・・、まあ今となってはいい思い出か・・・。係の人の無邪気な笑顔での質問に答えているとそんな気持ちになってきました。「そう、びしょ濡れになってしまってとんだハッピーニューイヤーだったよ。」 私も自然と笑顔になって応えていました。それにしてもカンボジア滞在中はずぶ濡れになってばかりだったな。入国したときから水掛祭りが始まっていて、いきなり水掛けられたっけな。でもこの時期に訪れることができて本当に良かった。もし普通のときだったら、プノンペンの暗い印象ばかりが心に残ったかもしれない。やはり旅をしていて訪問地に笑顔がないのが一番辛い事です。だからこそカンボジア人と一緒に楽しくずぶ濡れになったこの10日間ほどの体験は深く心に残りました。

ずぶ濡れのアンコール・ワット  ー 完 ー

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<海外短編旅行記 第7話 ずぶ濡れのアンコール・ワット 2008年9月初稿 - 2015年10月改訂>