風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
~ 海外短編旅行記 第5話 ~

インド入国騒動記

*** ページの目次 ***

~~~ §1、プロローグ ~~~

<1997年2月>

香港国際空港から、デリー経由ロンドン行きのユナイテッド航空UA001便に乗ると、機内はインド一色な雰囲気でビックリしました。
乗客の7~8割はインド人と思われ、男の人はターバンを巻いていて、女の人は色鮮やかなサリー(インドの民族衣装)を着ていてと、なかなかカラフルな機内でした。
さらに機内食も中華料理かインド料理の選択でした。
中華料理はトマト入りヌードルがメインだったので、トマト嫌いの私は選択の余地なくインド料理を選びました。
初めて海外で食べるインド料理らしいインド料理。
機内食だったからかとても不思議な味がしました。

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昨年、私は初海外一人旅としてトルコを訪れ、完全に一人旅の魅力に取り付かれてしまいました。
そして今回の旅は、バックパッカーが一度は訪れる国インドへ照準を合わせました。
その理由は前回の旅で知り合った人々が、口々にインドでの武勇伝を自慢するのを聞いて、負けじと武勇伝を作りに行こうと思ったからです。

彼らの話を聞くと、いかにインドが大変だったかというような話ばかりで、彼らの自慢げに話す口調から「インドを訪れなければ一人前のバックパッカーではない!」といったようなものを感じました。
そんなにインドは凄いのか。
俺も負けてはいられない。
一人前の旅人になってやるぞ。

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もちろん、そういった単純な理由だけではなく、インドという国を調べてみると、色んな文化や遺跡が混じっていて、旅をするには非常に面白そうなところだと感じたからです。
インドの他には、今年の7月にイギリスから中国に返還される香港にも行ってみたい。
どうせなら両方行ってしまおうではないか。日本から見れば同じ西の国だ。

という事で香港とインドに行ける航空券を探すものの、そういう便を出している航空会社がほとんどなく、料金は格安航空券とは思えないほど高いものでした。
どちらかを諦めるかと思ったとき、香港、インドを往復するよりもそのまま西へ進み、世界を一周してしまったほうが安い事が判明。
おまけに世界一周すればマイルが貯まり、アジアまでの無料航空券がもらえるという特典まで付いていました。
これはなんてお得なんだろう。
という事で、飛行機を乗り継ぎながら世界一周をするといった大旅行をすることとなってしまいました。

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まず2月7日の旧正月に合わせて香港を訪れ、その後にインドへ行き、ロンドン、アメリカと回るという壮大な旅行計画を立てると、香港までは面白そうだと友人と後輩がついてくる事になりました。
おかげで香港まではわいわいガヤガヤと修学旅行のような旅をすることができました。
しかしながら毎晩のように楽しく飲んでいたので、これからの旅、とりわけすぐ目前のインドに対してちょっと予習不足な状態でした。
インドといえばカレーだよな。
インドではカレーばかりの食生活って誰かが言っていたな。
でも本場のカレーってどうなの?
実際のところ本場のインド料理というのも食べたことがありませんでした。

それに一つ重大な不安がありました。デリーに着くのが深夜の1時ごろ。
真夜中に着いて、何をどうすればいいのだろう。
市内まで無事に行けるだろうか。それとも空港に泊まって朝を待つか。
治安はどうだろう。色々と心配事がつきません。
今からでも遅くないと、機内食を食べた後は早速ガイドブックを開き、まずはインドに到着してから何をすればいいのかを調べにかかりました。

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ガイドブックを読んでいくと、空港から24時間、バスが市内へ出ているようです。
それに乗れば何とか市内へは行けそうな感じだな。
後は宿か・・・。安宿はどうやらニューデリー駅の周辺に集まっているようです。
その辺りへ行けば何とかなるのかな・・・空港からのバスもニューデリー駅に停まるようだし。
でも、深夜に安宿が電気を明々と照らして客を待っているとは思えないな・・・、やっぱり不安。

きっと何とかなるだろう。何とかなるにちがいない。
今までも何とかなってきたし・・・・。
もし最悪の場合はお金はあるのだから不本意でも高いホテルに泊まっちゃおうかな。
うん、それがいい。とりあえず最悪の場合の逃げ道が用意できたので安心しました。

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しかし安心したのは束の間でした。
チェックインの際にマイレージカードを提出するのを忘れた事に気が付きました。
しまった。どうしよう。カードをチェックインのときに出していないぞ。
マイレージカードなんて物を使うのは今回が初めてだったし、いまいち使い方もよく分かっていませんでした。
成田ではちゃんと提出したのですが、香港で搭乗する時はうっかりと忘れてしまいました。
今回の航路の全てのマイレージが加算されなければ無料航空券がもらえないはず。
そう考えるとかなり重大問題ではないか。
これはなりふりを構っていられない。

私にしては珍しく、すぐに通りがかったスチュワーデスの人を呼び、知りうる限りの英語を駆使してこの事を説明しました。
そして最後に「どうしたらいいだろうか?」と伝えるまでスチュワーデスの人は熱心に聞いてくれました。
それにしても私の英語は下手です。自分でしゃべっていてもどかしく感じるほどなので、きっと周りの人、ネイティブ並に英語をしゃべれる周りのインド人達はこの日本人は何を言っているんだと思ったに違いありません。
それでも私の必死な思いが通じたのか、スチュワーデスの人は「ちょっと待ってください」と言い、私のマイレージカードを持って乗務員室の方へ消えていきました。
これで何とかなるかもしれない。

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しばらく待っていると、日本語で話しかけられました。
え!なんだ?慌てて声のかかった方を振り向くと、アジア系のスチュワーデスの人が立っていました。
もしかして・・・やっぱり。名札を見ると日本人の方でした。
何だ日本人の乗務員が乗っているではないか。
簡単な挨拶を済ますと、「一体どういった御用件でしょう?」と聞いてきました。
うっ、やっぱりさっきの会話では何も伝わっていなかったのか・・・。
「日本語を話せる人はいますか?」と聞けば恥をかく必要もなかったのではないか。
そう考えるとさっきの下手くそな英語のやり取りが恥ずかしい。

顔を赤くしながら一通り説明すると、スチュワーデスの人は「今は確認ができないので、デリーに着いたら空港のカウンターで聞いてみてください」と言いました。
「そ、そうですね。わざわざすみません。」とスチュワーデスの人にお礼を言いました。
駄目なら駄目でしょうがない。
とりあえずは、今やれるべきことはやったので精神的に安心しました。

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再び安心したので、溜まった日記を書き始めました。
旅が始まってまだ一週間なのにもう既に2日も遅れていたりします。
香港滞在中は毎日のように夜は飲んでいたので、日記を書く時間が取れませんでした。
日記はなるべく早く書かないとな・・・。でも香港の滞在は楽しかったな・・・。
思い出に浸りながら1時間ぐらい日記を書くと、目と手が疲れてしまいました。
機内で細かい作業をするのはやはりしんどいものです。

時計を見ると深夜の1時でした。
今ごろ友人や後輩はどうしているだろうか。もう寝ているんだろうな。
明日はちゃんと飛行機に乗って帰れるだろうか。
考えれば考えるほど今までの1週間ちょっとの香港滞在が懐かしく思えてきます。
これからは一人だ。なんて淋しく、不安なんだろう。
新たな旅への期待を裏腹に、ずいぶんと弱気になっている自分がいました。
こんなんではいかん。これからの事を考えよう。
そしてけじめをつける為にも、腕時計の針をインド時間に合わせました。

~~~ §2、飛行場での騒動 ~~~

飛行機は定刻よりも15分遅れてデリーの空港に着陸しました。
着陸の際には大きく機体がバウンドしてびっくり。
まるで漫画のように2、3度機体がバウンドして着地したような感じでした。
もちろん乗っているほうは漫画どころの騒ぎではありません。
結構衝撃が大きく、バタンと音がして天井の荷物入れの蓋が数ヶ所開き、がさがさと荷物が落ちてきました。
さすがにインド人もびっくりしたらしく、機内では不気味な沈黙がしばらく続きました。

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入国審査や荷物の受け取りに時間がかかり、税関を越えた時には午前1時半を回っていました。
税関を出ると、そこには銀行や旅行会社のオフィスが並んでいました。
銀行の窓口は数ヶ所あり、一通り見て回ると微妙に為替レートが違っているし、深夜なので人のいる所といない所もありました。
なんていい加減なんだろう。あからさまにレートが違っていると高いレートのところに行きたくなるもの。
その中の一軒で両替を済ませました。
そしてガイドブックに書かれている旅行会社の窓口で市内までのバスのチケットを購入しました。
料金は20Rs(ルピー)、日本円で70円ぐらい。これがインドでの初出費でした。

両替のときに別の便で来た何人かの日本人の若者達と知り合いになりました。
彼らも今からバスでニューデリー駅に行き、安宿を探すとの事。
なら一緒に市内まで行ければ心強いぞ。コバンザメのように引っ付いていこう。
でも・・・、カウンターに行ってマイレージの確認をしなければならなかったんだ。
今は無料航空券がかかっているので仕方ありません。
目先の利益よりも何とやら。
でももしかしたらバスの出発時間までに用事がパッパと済むかもしれない。
彼らに別れを告げつつも、急いでユナイテッド航空のカウンターに向かいました。

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カウンターのある出発ロビーへは一度建物を出なければならなく、出口から出ると、そこには凄い人垣が出来ていました。
お、おい、この人達は一体何なんなんだ。
深夜に到着する人を迎えに来ている人がこんなに多いのか?
疑問に感じながら花道となっている出口を通ると、あちこちから手が伸びてきて、手や袖を引っ張られました。
な、なんだ。やめんか。

それと同時に「タクシー」「ホテル」とあちこちから声がかかってきました。
って、ここにいる人はみんな客引きなのか。
深夜だというのに凄い数だ。何にしても今は厄介ごとには関わりたくない。
ここに立ち止まっていたら何が起きるか分からないし、何より急いでいるんだ。
伸びてくる手を振り払うようにして脱出しました。

出口に群がっていた客引きを振り払って、出発ロビーがある2階への階段を捜すと、隅っこの暗がりに階段がありました。
階段に近づくと階段の隅っこの暗がりに多くの人が毛布に包まって寝ていました。
うっ。これがインドなのか。ぞっとしてきました。
背筋に寒いものを感じ、一気に階段を駆け上りました。

そして出発ロビーの2階。ここにも多くの人が毛布に包まって寝ていました。
どう考えてもこの人達が飛行機に乗るとは思えない。
どうなっているんだ。インドでは空港にも人が住んでいるのか。
インドに到着して早々恐ろしい現実を見てしまったという感じでした。

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出発ゲートの入り口にたどり着くと、軍服を着た警備の人が立っていました。
その横を通り抜けて入ろうとすると、腕を捕まれて「チケットを見せろ」と言ってきました。
ん、なんだ。「チケットはないけど、カウンターに用があるんだ」と言うと、「何の用だ。」と言われ、一生懸命マイレージがどうのこうのと説明しなければなりませんでした。
しかし私の一生懸命の説明にもかかわらず、警備の人は「ノー、ノー」と言って中に入れてくれません。
なんて物分りが悪いんだ。

しかし無料航空券がかかっている。
ここで引き下がっては・・・粘り続ける事にしました。
しばらくマイレージがどうのこうのと説明し、「Please」と連呼していたら、ようやく係りの人も根負けしたらしく「付いて来い」と言い、カウンターに連れていってもらえました。
もうバスは出発してしまったんだろうな。日本人と一緒に行ければよかったんだけど・・・。
この時点でバスに関しては諦める事にしました。

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カウンターの人もこんな時間に何事だといった感じの対応でした。
ちょうど今私が乗ってきた飛行機はこれからロンドンに旅立ちます。
給油が終わったらすぐに出発するはずなので、まもなくの離陸のはず。
タイミング的にどうやら私のことを乗り遅れた乗客だと思っているような感じでした。

マイレージの事を説明すると、私のチケットを見て、「上にマイレージの番号が書いてあれば登録された事になっているから何の問題もない。
マイレージは一番最初のフライトのときに提出すれば、以降は自動的に登録されるから大丈夫。」とあっさり言われてしまいました。

なんだそうなのか・・・。って、今までの私の苦労は何だったんだろう。
飛行機内でスチュワーデスの人がちゃんとその事を教えてくれればこんなに苦労しないで済んだのに・・・。
スチュワーデスはこんな基本的なことを知らないのだろうか。
それとも私の説明が悪かったのか。いや、今英語でも通じたからそんなはずはない。
全く持ってとり越し苦労だと、スチュワーデスの人を恨めしく思ったのでした。

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入り口の警備の人に「ありがとう。終わったよ。」と言い、早足に元来た道を戻りました。
ずいぶんと時間をロスしてしまったので、市内へ向かうバスはとっくに出発してしまったんだろうな。
次のバスに乗ろう。1階に降り、先ほど出た出口付近に行くと、相変わらず凄い人だかりでした。
う~ん、邪魔だ。その人だかりを掻き分けるように進んでいると、一人のおじさんが私が手に握っていたバスのチケットを見て、「バスはこっちだ。早く」と私の袖を引っ張りました。

おっ、もしかして間に合ったのか。インドには私を待っていてくれる親切なおっさんがいるんだ。
いや、親切の後にはバクシーシ(喜捨)というものを取られるとか言っていたな。
でもまあいい。この場合はそれに相当するぐらいの価値があるぞ。
そう思いながらついて行くと、「このタクシーに乗れ」と普通の車を指差しました。
おい、何言っているんだ。このおっさんは。白タクの客引きじゃないか。
私は慌ててチケットをおっさんの手から奪い取り、再び人込みに向いました。
後ろから「ノーマネー、ノープロブレム」と聞こえてきましたが、もちろん無視しました。

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人込みをかき分けて、再び出口にたどり着きました。
当然の事ながらここにも警備の人がいて、「ここから入る事は出来ない。」と止められました。
またそれか・・・。そりゃそうかもしれないけど、「はい」と引き下がってはバスに乗れなくなってしまう。
私はバスのチケットを見せて、「ここの窓口に行きたい。」と言い続けましたが、「ここから入る事は出来ない」の1点張りでした。
またもや石頭だ~。今回も相手が根負けするまで粘らなければなりませんでした。
なんて疲れる国なんだ。

しばらくしてやっと係りの人が根負けして窓口まで連れていってくれました。
カウンターの人に「バスはもう来てしまいましたか?」と聞くと、「今まで何をやっていたんだ。バスはさっき出発したばかりだ。」とぶっきらぼうに言ってきました。
そして「次のバスは・・・」と聞くと、やはりぶっきらぼうに「30分後。そこで待ってな」との事。
全く踏んだり蹴ったりだな。その様子を見ていた警備の人は私は安全だと判断したようで持ち場に戻っていきました。

もちろんさっき知り合った日本人はもう見当たりません。一人取り残されてしまったか・・・。
一緒に宿まで行ければ楽だったのに。
こんなわやくそな国で深夜に一人で宿を見つけることができるだろうか。
いやできないかも・・・。自信がなくなっていました。

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20分ぐらい待つと、カウンターの人が「バスが来たから表に出ろ」と言ってきました。
この時外に出たのは私とアメリカ人の二人でした。
外に出て、私とアメリカ人は言われた場所に行くものの、そこにはバスはいませんでした。
ここで待てということなのか・・・。

しかし10分待ってもバスは来ません。
バスの姿がなく、並んでいる人もいない状況はおかしい。
なんか変だ・・・と思っていると、アメリカ人がぼそっと口を開きました。
「バスが来ない。カウンターに抗議しに行こう。」
私は「OK」と言い、アメリカ人の後について行きました。

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先ほど苦労した出口でもアメリカ人が係りの人にまくし立てると、すぐに係りの人は中に通してくれました。
うむ、やっぱアメリカ人は強い。
私は前科一犯の身なので後ろで眺めているだけでした。
そしてカウンターに行き、アメリカ人が「バスが来ない。」と強い口調で言うと、カウンターの人は「バスは向こうの一番奥だよ。何度言えば分かるんだ」と、涼しい顔でさっきと違う場所を指差しました。
全くなんてやつだ。この人はアメリカ人よりも手ごわいかも。

「さっきと違いではないか」と抗議するアメリカ人に「そんな事は言わない」ととぼけるインド人。
見ていて面白かったのですが、出発時間が迫っているとの事だったので、むっとするアメリカ人をなだめ、急いで出口から出ました。
思えばここから出るのは3回目だ。
30分の間に3回もここから出た旅行者は私ぐらいだろうか。

~~~ §3、ニューデリー駅での騒動 ~~~

今度は言われた場所にバスは待っていました。全くやれやれだ。
バスに乗り込んでみると外国人観光客は我々だけで、インド人の物珍しそうな視線に迎えられました。
そして我々が席に着くと、すぐにバスは出発しました。
なかなかきわどいタイミングだったようです。

バスは空港を出ると漆黒の道をひたすら走り続けました。
何とも暗い国だ。香港のネオンの海からやってくると、あまりの暗さに驚いてしまいます。
暗くてどこを走っているのかさっぱり分からないけど、でもまあアメリカ人が一緒なので心強い。
さっきの様子だと何か起きても何とかしてくれるだろう。
勝手にそんな期待を抱いていたのですが、彼はYMCAを予約してあるんだと言い、途中のバス停で降りてしまいました。
「あっ、私も・・・」と言いたいところですが、顔を引きつらせながら「さよなら。よい旅行を!」と見送るしかありませんでした。

彼がバスから降りると、また独りぼっちになってしまったという不安感がこみ上げてきました。
何が心細いって、外国人観光客が私一人なのが一番心細い。
国籍は違ってもせめて同じ立場の人がいれば・・・。
心いっぱいに広がる不安を払拭するように車掌らしき人に「ニューデリー駅で降ろしてくれ」と何度となく伝えておきました。
もう頼れるのは自分しかいない。

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そろそろか、もうそろそろか。
そわそわしながら到着を待っていると、車掌らしき人が「着いたぞ。」と言ってきました。
しかし外を見ると・・・、辺りは真っ暗でした。
えっ、まさか。
少なくともインドの首都の駅だから、夜中といえどもそれなりにネオンが灯っている場所をイメージしていたのですが、真っ暗って・・・そんなのあり?

そもそもここは本当にニューデリー駅なのか。
唖然としつつ、念を押すように「ここはニューデリー駅か?」と聞くと、返事は変わらず「そうだ」とのこと。
そ、そうなんだ。それならしょうがない。
ここで降りなければ・・・、それこそ行く当てがなくなってしまう。
バックパックを担ぎ、不安になりながらバスから降りました。
更に不安なのがここで降りたのが私一人という事でした。

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本当にニューデリー駅なのだろうか。
確かに鉄道の独特の臭いがするし、すぐそばに鉄道が走っているのは確認できるのだが、あまりにも人や建物がなさ過ぎるだろう。
もしかしたらニューデリー駅はもう一つあるのでは?
実は貨物駅とか・・・。
辺りにはほとんど灯りがないので、不安が増すばかりでした。

とりあえず・・・まずは現在位置を確認する事から始めなければ。
重い足取りでバスから離れ、ぽつんと立っている街灯へ向かおうとすると、暗闇から5、6人の人がこっちへ向かってきました。
な、なんだ!物取りか!追いはぎか!
逃げる間もなく囲まれてしまいました。
しかしよく見ると、中にはサイクルリクシャーに乗っている青年もいました。
ん!この人たちは客引きか。あ~びっくりした。
ひとまず安心しました。

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彼らは「リクシャー?」「ホテル?」などと声をかけてきました。
顔を伺うと、悪そうな面構えはしていませんでした。
きっと悪いやつらではなさそうだ。たぶん・・・。
インドに着いたばかりなので、いい顔も悪い顔も正直区別がつかないのですが、見た感じと直感でそう納得しておくことにしました。

それにしてもこの現在地のわからない状態を何とかしなければ。
ここは本当にニューデリー駅なのだろうか。
客引きの一人にガイドブックの地図を見せながら尋ねると、どうやらここは駅の裏手になるらしい。
となると、行きたい安宿の集まっているメインバザールと呼ばれる地帯は駅の反対側か。
駅を抜けて行ければ早そうだけど・・・、この時間に駅を突き抜けられるのだろうか。
いや、薄暗い構内を歩くのは怖いかも・・・。
じゃあ回り込んでいくのか。
でもちょっと距離があるしな・・・、それも怖いかも。

う~どうしよう。勝手がわからない。
何より深夜3時前。日本の繁華街のように明るければまだしも、この暗い中歩くのはちょっと危険だ。
リクシャーの客引きに「メインバザールまでいくら?」と聞くと、
「5Rs(約20円)」と返ってきました。
5Rsでメインバザールまで連れて行ってくれるなら安いものだ。
いや、正直値段の問題ではない。
こんな所でうろうろしているのが怖い。
ためらいもなくリクシャーに乗り込みました。

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走り出すと、すぐにリキシャーの運転手が「ホテルは決まっているのか?」と聞いてきました。
正直に「まだだ」と答えると、ツーリストインフォメーションという看板がかかった建物の前で停まりました。
そして何度も「ホテルを予約しないとだめだ。」と言ってきました。
「いらないから早く行ってくれ」と言っても、
「メインバザールは危険だ。ここで予約したほうがいい。」の一点張り。

更には建物の中から援軍が現れ、輪をかけてきました。
「この時間にメインバザールに行くのは大変危険だ。ここは信用のおける政府のツーリストインフォメーションだからここで宿を予約すれば安全だ。」
「そうかもしれないけど、必要ないよ。」と断っても同じ事の繰り返しで埒が明かない。
段々いらいらしてきて「早く行け!」と怒鳴りました。
すると運転者は諦めたらしくリクシャーを動かし始めました。

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しかし向かった先はさっきのバス停でした。
そこで再び運転手とその仲間達が「メインバザールは危険だ」と言い始めました。
少なくともそんな情報は聞いたことがない。
いや実はそうなのか。
もしかしたら最近そうなったのかも・・・。
ここまでみんなから言われると少々自信がなくなってきます。

でもとりあえず行ってみよう。
再び「メインバザールに行きたい。」と言うものの、一向に聞き入れようとしてくれません。
空港といい、インド人というのはかなり頑固な人種かもしれない。
うんざりしてリクシャーから飛び降りて歩き始めました。
もちろん方向が分からないまま。

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歩き出してすぐ別のリクシャーがやって来ました。
しめしめ。作戦通り。まずは軽いジャブ。
「いらないよ」と手を振って断ると、メインバザールまで5RSで連れていくと言ってきました。
ここではこの値段が相場なのか。
軽い牽制球として「ツーリストインフォメーションには行かない。OK」と言うと、「OK」と返ってきました。
よしよし。正直言って、このまま自分でたどり着く自信はありませんでした。
これでメインバザールまでいけるぞ。

リクシャーの運転手に「絶対ツーリストインフォメーションに行くな」と念を押して乗り込みました。
その効果があってか、今度はさっきうと違う道をずんずん進んで行きました。
それにしても辺りには人っ子一人いません。
インドと言うのは寂しい所なんだな。
これが首都の駅周辺だもんな。
人がうじゃうじゃいて歩くのも大変だと聞いていた噂と大違いだ。
まるで人がいない・・・。

そういえば何だってさっきのツーリストオフィスはこんな真夜中にやっていたんだ。
こんなに 人がいないのに。冷静になって考えると怪しい。
だいたい政府のツーリストインフォメーションが真夜中にやっているはずがないではないか。
空港ならまだしも。
それに役人があんなに商売熱心なはずがないではないか。

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リクシャーは鉄道の橋を越えて駅の反対側に向かい、あるホテルの前で停まりました。
ん、どうしたんだ。運転手に尋ねようとすると、その前に「ここはいいホテルだ。」と言い、私の鞄を担いですたすたと中に入っていきましたた。
「お、おい。待て」 慌てて追いかけて中に入ると、運転手は宿の人を起こしていました。
な、なんて余計な事を・・・。かと言って「なんでもない」と帰るのもバツが悪い。
一応値段を聞いてみると「800Rs」と言ってきました。
日本円で2800円。そんなに高いはずはない。きっと寝ぼけているに違いない。
「ありがとう」と言って、私は自分の荷物を担いで宿を出ました。
それなりに高そうな宿には違いないけど、いくらなんでも高すぎる。

しかしいきなりなんなんだ。この運転手も信用できないな。
でもここはどこだろう。さっき線路を渡ったけな。
地図を確認しようとすると、リクシャーの人が「乗れ」と言ってきました。再び同じ戦法でいくか。
私は「安い宿に行く。」と言って方向も分からないまま歩こうとすると、
「安い宿を知っているから、乗れ」と言ってきました。
私は「分かった。本当に安い宿なんだな?」と確認して、再びリクシャーに乗りました。

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次に紹介された宿は450Rsでした。先ほどの半額になったものの、まだ高い。
インドでは一泊500円もだせばそれなりの宿に泊まれるはず・・・・。
しかも翌朝にはチェックアウトするんだから安くないと割に合わない。
しかし・・・、もう既に精魂が尽きかけていました。
日本円で1400円ちょっとか。

ルピーで考えると高くても、日本円で考えると安いものではないか。
深夜の3時にこれ以上宿を探して歩くのは・・・、もう勘弁だ。
第一今自分のいる場所も分からないし、安宿が空いている保証もない。
仮に安宿にたどり着いても、値段や空室の確認をするだけでもいちいち宿の人を起こさないといけないではないか。

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このまま一晩中リクシャーの人と宿巡りをするのも嫌だ。
ここいらで終わりにしよう。
5Rsをリクシャーの運転手に渡し、チェックインする事にしました。
きっと私が消えた後、二人でお金の計算をしているのだろうな。
そんな事は今はどうでもよかった。私の負けだ。
部屋に落ち着くと、疲れがどっと出てきました。
どうやら私はとんでもなく大変な所へ来てしまったようだ。
これがインドなのか。想像以上の世界だ。
一人で使うには広すぎる部屋の、これまた一人で寝るにはむなしくなるような大きなベッドに横になりました。
もちろん敗北感と疲労感を味わいながら・・・。

~~~ §4、インド始動 ~~~

凄まじい騒音で目が覚めました。時計を見るとまだ7時半でした。
何事だ。何でこんなに喧しいんだ。
騒音を分析すると、人のうめき声、わめき声、車のクラクション、動物の鳴き声、何かが爆発するような音などが混ざっていました。
そうだ。インドに来ているんだっけ・・・。
インドはこんなにやかましい国なのか。

それよりも眠い。3時半ぐらいまでデリーの町を徘徊していたんだぞ。
再び目蓋を閉じようと試みましたが、やかましすぎる。
「うるさ~い!」小声で怒鳴りながら、目蓋を閉じました。

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しかし、30分おきに喧しくて目が覚めました。
もう、くそっ。落ち着いて寝ることができないではないか。
昨夜は大変だったんだぞ。
いらいらしていたせいか、目覚し時計を手元に取ろうとした時に、床に落としてしまいました。
目が悪い為、手元に取り寄せないと針が見えないからです。

慌てて拾い上げてみましたが、うんともすんとも針が動きません。
ははぁ~ん、電池が外れたな。
しかし電池を入れ直してみても、動く気配がありません。
インドに到着した早々、目覚し時計を壊してしまいました。

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おかげで目が覚め、ようやく起床しました。
時計は10時半で止まっていました。
という事は、もう10時半か。
それにしても外が騒々しい。何事が起きているんだ。

窓から外を眺めてみると、昨夜誰もいなかった通りを人や車、バイクがひっきりなしに行き交っていました。
あまりの街並みの変貌に驚きました。
まるで砂漠のようだ。砂漠は昼は非常に暑いけど、夜は想像以上に冷え込みます。
それと一緒で昼は人々のパワーが溢れかえるけど、夜は人が住んでいるのだろうかと言うぐらい静かでした。
そうだ、インドは砂漠だ。これが私のインドの第一印象でした。

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メインバザール
メインバザール
デリーの商店街通り
デリーの商店街通り

これ以上こんな高い宿に泊るのはごめんだ。
ひとまず安宿が集まっているメインバザールに向かおう。
チェックアウトをして宿を出ました。

玄関から外に出るとまぶしぐらい日差しが強く、そして熱風が体にまとわり付いてきました。
その日差しの中では、多くの人や物が動いています。
道には車、トラック、バス、オート三輪、バイク、自転車、馬車、牛、ロバ、そして多くの人間。
ありとあらゆる交通手段が入り乱れて動いていました。

おまけに、これでもかというぐらい鳴らされるクラクション。
そして、物が動く事によって大量の砂埃が巻き上がります。
空気が乾燥しているせいで、なんと埃っぽい。すぐ喉や目が痛くなりました。

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辺りの風景の見るもの見るものが新鮮でした。
インドはなんて凄いところなんだろう。
きょろきょろとよそ見をして歩いていると、「ぶ~~」とクラクションを鳴らして私のすぐ目の前をオートリクシャーがかすめました。
危ない。1歩間違えれば引かれていたか、接触していたぞ。
日本の様にのんびりと歩いている場合ではなさそうだ。
常に注意していないと何が起きるか分からない。

私は覚悟を決めました。
覚悟を決めると、周りの風景がよく見えてくるものです。人人人・・・。
それにしても凄い数です。右を見ても左を見ても、人人人・・・。
物売り、客引き、乞食何でも揃っています。
道の脇では、このやかましい中寝ている人もいました。
うらやましいというか、ずいぶんとズブイというか。インドではこれが当たり前なのだろう。
インドは凄い所だと今まで色んな人が言っていた意味が少しずつ分かってきました。

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このわやくそにも思える光景を見ながら、私はインドでちゃんとやっていけるだろうかと不安になってきました。
人の数が多い分、一人の存在価値、言ってみれば自分の存在が薄れてきます。
自分の存在を埋もれさせない為にどうすればいいのだ。
インド人一人一人からは日本とは次元の違う強いパワーを感じます。
みんな必死になって生きているからだろうか。
明らかに学生ですねかじりの私とは違うオーラなのです。

甘っちょろいことをしていたらやられるぞ。
しっかりと前を見て歩き、しっかりと相手の言葉を聞いて対応せねば。
インドでの旅はもう始まっているんだ。しっかりしなければ。
今より一層胸を張って歩く事にしました。
少しでも自分の存在を大きくするように。
そして安宿を探すべく、メインバザールの方へ向って歩きだしたのでした。

インド入国騒動記  ー 完 ー

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<海外短編旅行記 第5話 インド入国騒動記 2000年1月初稿 - 2015年10月改訂>