風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
~ 海外短編旅行記 第4話 ~

ネパールツーリング97’

*** ページの目次 ***

~~~ §1、プロローグ ~~~

1997年2月、今年の7月に返還となる香港、そしてバックパッカーの聖地であるインドに向けて旅立ちました。
最初の訪問地の香港へは大学の友人と後輩と一緒に行き、一週間ほど滞在しました。
旅は道連れってなやつで、旧正月真っ只中の香港滞在はワイワイガヤガヤと賑やかで楽しいものでした。
その最終日、友人たちに見送られ、香港からインドへ旅立ちました。

ここから孤独な一人旅が始まったのですが、最初に友人たちと楽しく旅をしていたので一人旅の辛いこと。
追い討ちをかけるように日々続くインドのひっちゃかめっちゃかな日常と、カレーだらけの食生活に精神と胃袋が疲労困憊。
う~、もう限界だ。早くこの状況を抜け出したい。

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カレー以外のものを腹一杯食べたい。
もうカレーは嫌だ。胃が痛い。
スパイスにやられたのか、胃がカレーを受け付けなくなっていました。
きっと食欲さえ戻れば少しは元気になるはず・・・。
ネパールはチベットや中国の影響が強く、食事も日本人の口に合っているとか。

途中から駆け足で観光を行い、 東の大都市カルカッタへ急いで向かいました。
そして辿り着くと、まずはチャイナタウンに行き中華料理を食べました。
やっぱり中華料理はいい。
けど・・・、脂っこいんだよな。
それにインドで毎日中華料理食べていてもしょうがない。
ということで、すぐにダージリン経由でネパールへ向かう事にしました。

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そしてカルカッタから夜行列車に乗ってダージリンへ。
その列車の中で4人の日本人大学生と相席になりました。
話してみると、彼らは団体で旅行しているのではなく、カルカッタで同じ宿だったり、偶然同じ席になった個人の旅人達でした。
お~仲間だ。うれしい。
各々が一人旅をしていているような旅人はやはり個性があり、そして一緒にいても楽しい。
列車の中で会話が弾み、意気投合しました。
そしてみんな行き先が同じダージリンで、その後はネパールへ抜けて行くということなので、しばらく一緒に旅をすることにしました。
これを機にようやく孤独とカレーから開放され、やつれていた私の顔に生気が戻ってきました。

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ネパール地図
ネパール地図

山国ネパールをバイクで旅してみたい。
ヒマラヤの山々を見ながら走ったら気持ちいいだろうな。
それは日本を出る前から考えていました。
地図を見ると、首都カトマンズから観光地ポカラまでの距離は約200km。
幹線道路だし、この程度の道のりを往復するというのは、さほど心配することもないはず。
もちろん前回のトルコ旅行中にバイクを借りて、トラブルに遭ったり、楽しい思い出がたくさんできた事が自信の裏づけとなっていました。
それに今回はゆとりを持ってというか、少しステップアップして5日間ぐらいといった長い期間バイクを借りる予定にしていました。
だから時間に追われる必要もなく、心ゆくまで異国のツーリングを楽しめます。
今回の旅行の中で、訪れる国ごとに何かしら目標というか、大きなイベントを考えていたのですが、ネパールではこのツーリングがメインイベントの予定でした。

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カトマンドゥに着くと、早速レンタルバイクを手配する事にしました。
私のネパールツーリング計画を知って、夜行列車で知り合った旅人の一人のタカさんが、
「ぜひ私も連れて行ってください。お願いします。」と頼んできました。
前回のトルコではトラブル続きだったので、いざという時の事を考えると相棒がいるのはとても心強いし、正直言って一人で行う事に不安がないわけはなかったので、この申し出はちょっとうれしかったりします。
「こちらこそ同行してもらえれば心強いです。」
とタカさんとツーリングを行う事になりました。

ただ問題なのはタカさんが国際免許証を持っていないことでした。
免許がなければダメだというなら諦めるしかありません。
無免許で捕まったら・・・・、どうなるのだろう。
日本じゃ洒落にならないよな。でもここはネパールだし・・・、大丈夫かな。
いやいや、タカさんはこの春から教員になるので、それが取り消しとかになってしまったら本当に洒落にならない。
まずは確かめないと。

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早速レンタルを行っているバイク屋に行き、予約を兼ねて聞いてみると、免許の有無は特に問題ないみたいでした。
本当に法律的に必要ないのかな・・・、よくわかりません。
まあ後進国ではバイクは免許の要らない国は多いし。乗ってしまえばこっちのもの・・・なのかな。
何かあれば賄賂で・・・。いやいや。

とりあえず明日から5日間借りる約束をしました。
これで準備万端。障害も取り除かれたし、一安心。
今日は明日からの冒険に備えてカジノで休養する事にしよう。
マカオで負けた借りを今のうちに返しておかないとな。
負けたままでは喉に小骨が刺さっている気分だ。

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相棒と一緒にそのまま張り切ってカジノを訪れたものの、またもや敗北。
気合が空回りしてしまったというか、こういうのは儲けようとするから駄目なんだろうな・・・。
遊ぶとか、楽しむとかいった大人の余裕がないと。
相棒の方へ行ってみるとトントンといった感じ。
先生になるだけあって掛け方も堅実。
う~ん、初めてだと言うのになかなかやるな。

ここでやめるのが吉だぞ。
そう助言し、カジノを後にしました。
カジノで勝手気分よくツーリングをしたかったけど、まあしょうがない。
今日もまた私の日ではなかった。
バカツキして運を使い果たしてしまい、交通事故を起こしても嫌だしな。
そうだ。そうに違いない。と納得しておくことにしました。

~~~ §2、カトマンドゥ盆地 ~~~

朝早く出発したいところだけど、バイク屋が開くのを待たなければなりません。
ここカトマンドゥからポカラまでは約200kmなので、午前中に出発すれば余裕でその日のうちに着くことができます。
でも急ぐ旅でもないし、慣れないのに初日から時間を気にして飛ばすのも危険。
第一せっかくのネパールの美しく雄大な風景を堪能せずに突っ走るなんていうのはもったいなさ過ぎる。
それに初めて海外でバイクに乗るタカさんは不安で一杯に違いない。
って、昨日のカジノの様子からすると、そうでもないのかな。
冷静で熱くならず淡々とこなすタイプだから、普通にこなしてしまいそうだな。
私の方が熱くなって飛ばし過ぎて事故ったりして・・・。気をつけよう。

昨夜タカさんと立てた計画では、一日目は朝早く出発できないし、余裕のある行程にしようという事で、ちょうど中間地点にある宿場町ムグリンで宿泊する事にしました。
これなら初日はバイクや交通事情に慣れたり、風景を堪能できるようにゆっくりと走る事ができます。
二日目にポカラに到着し、三日目はポカラ観光など、四日目はカトマンドゥに戻り、そして最終の五日目は予備日。
元気があるならカトマンドゥ周辺を日帰りで散策してもいいかな・・・といった感じの大雑把で隙のない完璧な計画です。

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バイク屋の近くの通りで
バイク屋の近くの通りで

開店時間の朝9時に合わせてバイク屋を訪れました。
予約しておいたので、バイクは準備してあり、すぐにレンタルする手続きを行いました。
書類を書いて、借りる5日分の料金とデポジットとしてパスポートを預け、手続きは完了。
前日に確認した通り、国際免許証の提示なして借りることができました。
よしっ、すぐに出発の準備をしよう。もう9時半を回っている事だし。
まずはエンジン始動。いい感触だ。
久しくバイクに乗っていないので、エンジン音を聞くだけで気分がうきうきしてきます。

出発する前にこれだけはしておかなければ。
各部のチェックをすると、両方のバイクとも調子はいいようでした。
大丈夫そうだ。 少なくとも初期トラブルは起こりそうにないな。
しょうもない故障でせっかくのツーリングを台無しにはしたくはないし、何より自分の身の安全も関わってきます。

では出発するとするか。
相棒に確認すると、いいよとの返事。
相棒の方はちょっと緊張気味のようで、少し顔が硬直していました。

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混雑したカトマンドゥ市内
混雑したカトマンドゥ市内

さあ出発だ。
ワクワクしながらバイクにまたがり、そして慎重にバイクを走らせました。
ポカラはカトマンドゥの西方200km。
これからひたすら西へ向けての旅路です。
急がないついでに、まずは歩いて行きにくい市内の西端にあるスワヤンブナートに立ち寄る事にしました。

まずは商店街。人通りがあるのでゆっくりと。
そしてわかりやすい大通りに出て、後は道なりに・・・・。
そう思いながら大通りに出たのですが、な、な、なんだこれは・・・と少々顔が引きつってしまいました。
いきなり交通渋滞に巻き込まれてしまったのです。
うっ、車が多い。バイクも多い。自転車も人も。
おまけに車の間を縫って歩行者や自転車が容赦なく道を渡ってくるし、更にはリヤカーや水牛車なども道路の障害物になりつつ走っていたりします。
なんだか凄い世界だ。路上がひっちゃかめっちゃかだ。
いきなり大都市で乗るのは結構危険でした。
しかし、幸いな事にネパールは左側通行。
慣れるまでは車の流れの中で車と同じように大人しくしていると、徐々にネパールの煩雑な道路事情に慣れてきました。

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長い階段
長い階段

目的地のスワヤンブナートは、カトマンドゥの西の外れの丘の上にある寺院で、特徴のある目玉が描かれている事で有名な仏塔です。
キンピカに輝く仏塔は遠くからでも目標となり、おかげで迷うことなく到着できました。
しかしバイクでは麓までしか行けなく、仕方ないので適当にバイクを停めて、天まで続いているような長い階段を登り始めました。
予定外のハードな運動となり、タカさんは先に登っていいよとすぐにダウン。
まあ男同士で一緒に仲良く登るほどの階段でもないかなと、相棒を見捨てて先に登ることにしました。

ネパール人の家族と
ネパール人の家族と

一人ではぁはぁと息を切らせながら階段を登っていると、途中で家族連れの地元観光客と仲良くなりました。
英語を話せる人で、聞くとネパールの田舎からカトマンドゥの観光に来たとか。
そしてここに来るのを楽しみにしていたんだとか。
やっぱりネパール人にも憧れの寺院なんだな。ここは。
成り行きで子供と一緒に手をつないで登りきると、日本人が珍しいのか、一緒に写真を撮ろうと誘われました。
まあよくわからんけど、私でよければ・・・と 快く応じた後は三つ目の仏塔の見学を始めました。

美しい仏塔
美しい仏塔

ここの仏塔はすらっとしていて、なかなか美しい。
やっぱりネパールといえばこれだよな。
エジプトのピラミッドと同じで、独特の姿はとてもインパクトがあります。
そしてその塔の周りを多くの信者がマニ車に触れながら回っていました。
今なお信仰が根付いている場所なのです。
この仏塔には様々な伝説が残っていて、恐らくヒマラヤ最古の寺院だろうと言われているとかなんとか。
映画リトル・ブッダや漫画のサザンアイズなどを見て予習してきたので、ちょっと感慨深いものがありました。

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田園風景
田園風景

スワヤンブナートを後にすると、ポカラを目指してカトマンドゥ盆地をひたすら西へ向いました。
道はまっすぐで単調そのもの。
おまけに辺りは田んぼや畑だらけ。
カトマンドゥ盆地は辺り一面平坦なので、田んぼの向こうにヒマラヤの山々が見えなければ、自分がヒマラヤ山脈を走っていることを忘れてしまいそうです。
交通量は混雑していた市内を抜けると、多くもなく、少なくもなくといった感じで、バイクの運転にもゆとりが出てきました。

カトマンドゥ盆地
カトマンドゥ盆地

だんだんと単調な気分になってきた頃、道の前方に山が見えてきました。
あれがカトマンドゥ盆地の西端に違いない。
そして平坦だった道が山道になり、どんどんと山を登っていきました。
振り返るとカトマンドゥ盆地が良く見えます。
眺めのいい場所にバイクを停めてカトマンドゥ盆地を眺めると、楕円形の大きな窪地になっていることが良く分かりました。
なるほどな。かつてこのカトマンドゥ盆地が湖だったとか伝説で言われているのも納得できる。
伝説は真実を伝えている事もあるし、それが真実かもしれない。
もしそうだとすると、これだけの大きな湖が決壊したならインドでは大洪水に違いない。
ノアの方舟伝説も或いはインドでの話かも・・・、なんて想像したら結構楽しかったりします。

~~~ §3、トラブル発生 ~~~

山肌を縫う道
山肌を縫う道
子守をする少女
子守をする少女

カトマンドゥ盆地を後にすると、ひたすら山道が続きました。
山肌をぬうように造られた道は良くなったり悪くなったりと、あちこちで工事をしていました。
どうやら道の整備が急ピッチで進んでいるようです。
これはいわゆるODAってやつで、きっと日本の援助にちがいない。
青年海外協力隊らしき若者達が宿の近くのレストランでたむろっていた事から勝手に想像したので本当かどうかはわからないけど、きっとそうに違いない。
そんなことを考えながら走っていると一人の少女が道端で幼い子供を背負って佇んでいました。
一体こんなところで何をしているのだろう。
物を売っているわけでもなく、辺りには人家もありません。
ちょっと先で工事をしているので、工事関係者の子供かな。
写真を撮っていい?と聞くと頷いてくれ、写真を撮らせてもらいました。
素朴な風景と素朴な少女。
写真を撮る私の心まで澄み通っていくような感じがしました。

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その後は食堂で飯を食べたり、風景がいい所で停まって写真を撮ったりしながら、ひたすらと西へ向かいました。
適度に軽快なコーナーが続くので走っていて退屈しないし、時々道が極端に悪くなるので気が抜けなく、色んな意味で楽しいツーリングでした。
そのうちだんだんと日が西に傾いてきました。
もう夕方か。冬だし、山間だし、日が沈むのは早そうだ。
今日の宿泊予定地まではもうすぐ。無事に暗くなる前に到着できそうだな。

全てが順調で、トラブルなんていう言葉が全く脳裏になかった時、お決まりの・・・トラブルがやってきました。
突然、後輪がぶれ始め、あっという間にタイヤの空気が抜けてしまいました。
げっ、パンクだ。なんてこった悪夢再来ではないか。
前回のトルコに引き続いて今回もパンクしてしまうとは・・・なんて幸運・・・じゃなくて、付いていないんだ。
あと少しで目的地だったというのに・・・。
おまけにこんな山の中で、しかも間もなく日が暮れるというのに・・・。
一人だったら泣きべそをかいて途方にくれていたかもしれません。

しかし今回は心強い相棒がいました。
今来た道には修理できそうな店はなかったはず。
というより、ここのところ集落らしい集落を通過した覚えがないので、相棒に先に行ってパンクの修理ができる場所を探して来てもらう事にしました。
近ければそのまま押していけばいいし、遠ければトラックで来てもらうか、修理屋の人に来てもらえばいい。
最悪ムグリンまで行けば何とかなるはず。そんなに遠くないはず。
吉報を期待しつつ、何もない山の中でぼ~と待つ事にしました。

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参ったな。本当に。何でパンクするんだ。
一人で待っているとブツブツと文句が出てきます。
かなり待たなければならないのだろうな。
こんな山の中の寂しい場所で・・・・。
下手したら1時間ぐらい待たなければならないかも・・・。
ふぅ~。自然とため息が出てきます。

頼むぞ相棒。何とか頑張ってくれ。
といってもこんな山の中では期待できないよな。
どうにでもなれといった感じで覚悟を決めていたのですが、相棒は10分もしないうちに戻ってきました。
えっ、どういうこっちゃ。いくら何でも早過ぎないか。
ちょっと不安になりながら話を聞くと、1kmぐらい先に村があり、そこでパンクの修理ができるとの事。
よかった。運がいいぞ。1kmなら押していける。
よっこらしょとバイクを押して歩き始めました。

が、最初は平坦でよかったんだけど、だんだん登り坂がきつくなり、ギブアップ。
よくないのは分かっているけど、直線だけならと時々バイクに乗ってその村にたどり着きました。
村は道の両脇に数十件の家が並ぶような簡素なところ。
本当にこんな村でパンクの修理ができるのだろうか。
それに英語が通じそうにない村でよく状況を伝えられたものだ。
相棒を疑うのは悪いと思いつつも、ちょっと不安に感じていました。

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しかしバイクを停めると、近づいてきた若者はちゃんとタイヤを外す為の工具を持っていました。
うっ、 相棒恐るべし。
私のほうが旅の先輩だとリーダーシップをとっていたけど、実は私よりも旅の巧者だったのかも。
とりあえず事の成り行きを静観する事にしました。

「こっちに座りなよ」と英語で勧められるままに、近くの雑貨屋の軒先に置いてある椅子座りました。
ん!あれ、英語をしゃべっている!
失礼な言い方だけど、ちょっとびっくりしました。
座ると若者がちゃんとした英語で話しかけてきたのです。
色々と話を聞いていくと、ここはラフティング(カヌーでの川下り)の基点となる村で、外国人相手に仕事をする機会も多く、この村には英語を話せる人が多いんだとか。
なるほど。これで全て納得しました。

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修理中のバイク
修理中のバイク

そうこうしていると、バイクの修理に取り掛かっていた若者がタイヤのチューブを取り出して持ってきました。
「これを見なよ。」と見せてくれたチューブは、見事なまでにパンクの修理跡だらけでした。
これは凄い。チューブ全体がまるで芸術的なほどツギハギで埋め尽くされていました。
道理で簡単にパンクするわけだ。さすがはレンタルバイクだけあるな・・・。
苦笑いするしかありません。

そして若者は、「これは穴だらけで駄目だ。別のに換えたほうがいい。」と笑いながら言ってきました。
確かにその通りだ。
今回応急処置をしたとしても、いずれまた別の場所がパンクして立ち往生するに違いない。
頷いていると、若者は「これはインド製だから良くないんだ。それに比べて日本製は最高だ。なかなか破れないんだ。ちょっと待ってろ。」と、どこかへ行き、別のチューブを持ってきました。
自慢そうに見せてくれたのは日本製との事。
でも、よく見ると、これも何箇所かツギハギがありました。
破れていても日本製は日本製といったところなのだろう。
まあとにかくパンクが直って、無事に5日間走れればいい。
それによく考えると、私のバイクではないのだから中古でも一向に構わない。
いや、むしろ安い中古歓迎といったところか。

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村の子供達と
村の子供達と

しばらく子供達と戯れていたら修理が無事に終わりました。
辺りは闇が支配しつつありました。先を急ごう。
完全に暗くなるとネパールの道は何があるかわからないから危険だ。
修理代を払い、仲良くなった子供達と一緒に写真を撮り、子供達に見送られて出発しました。
なんか素朴な村で良かったな。ここは。
子供たちの笑顔がいいからそう感じるのかな。

若者が「英語を話せると、いい稼ぎになるんだ」と力説しているのが心に残りました。
きっと村の小さな子供達にもその考えを広め、実践していくのでしょう。
そうすればこの村は裕福になるに違いありません。
人々の表情が明るく感じるのはそのせいなんだろうな。いい村だった。
パンクしなければ訪れることはなかった村。
パンクしたからこそ生じた出会い。数奇な縁というべきなのだろうか。
本当にめぐり合わせというのは考えれば考えるほど不思議なものです。

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夜のネパールの道は、日本のように街灯が立っていないので暗く、バイクのヘッドライトの光も暗く、そして道には何が落ちているか分からないといった危険な道なのです。
急ぎつつも慎重にムグリンに向かいました。

そして10分ほど走ると、明々と照明が灯る光のオアシスのような場所に到着しました。
ここには道の両脇に雑貨店、ホテル、食堂などが何軒も並んでいました。
どうやらここが今日の目的地である宿場町ムグリンのようだ。
ホテルの看板もたくさんあり、どこに泊まろうかと迷うほどです。
さてどこに泊ろう。選べないのもつらいけど、選択肢が多すぎるのも旅行者には困ってしまいます。
おまけにどこも似たような感じだし・・・。
結局、相棒と相談して雰囲気のよさそうな宿に決めました。

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宿場町ムグリン
宿場町ムグリン(翌朝)

宿に荷物を置き、ぶらぶらと散歩に出かけました。
食堂も沢山あるので、どこで食べようかな。何を食べようかなと見て回りました。
ぶらぶらと歩いていると、何台かのバスが到着しました。
ここムグリンは交通の要所になっていて、カトマンドゥとポカラを結ぶ道と、南のナラヤンガートに抜ける道が交差しています。
簡単に書くと、カトマンドゥから西へ向かうバスのほとんどがここを経由するというぐらいの交通の要所です。
そのため昼夜を問わず、ひっきりなしにトラックやバス、乗用車が通り過ぎていきます。
しかもここにはチェックポイントがあり、通過する車両は通行税を払わなければなりません。
その為必然的にゲートで一回は停車しなければならなく、停まった瞬間に物売りがバスに殺到するという光景が繰り広げられていました。
今来たバスもゲートで停まり、窓から客が物売りから色々と買っていました。
もちろんここで休憩や食事にする車も多く、村全体が高速道路のサービスエリアといった感じなのです。

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さて何を食べよう。ここには色んな店があります。
ネパールのカレーはインドほど香辛料が効いていないので食べやすいといえば食べやすいけど、インドのカレーで胃を壊した私にはやっぱり同じカレーなのです。
幸いなことにここには私の好物であるモモ(チベット風の餃子)を売っている店が多く、その中からよさそうな店を選んで食事をしました。

食後は紅茶を飲みながら少し話し、宿に戻りました。
心地よい疲れと満腹感が眠気を誘ってきます。
まだ早い時間だけど寝るか。特にすることがないし・・・・。
疲れたのもあって早めに寝ることにしました。
ベッドに横になると今日一日のことが頭の中に浮かんできます。
今日はパンクしたけどちゃんと直ったし、色々あったけどなかなか楽しい一日だったな。
明日はポカラか・・・今日一日の出来事を思い出しながら何時しか夢の世界に旅立っていました。

~~~ §4、荒れる街道 ~~~

朝7時ごろ、目が覚めました。
泊まった部屋が通り沿いだったのはちょっと失敗。
ここは一日中通行が途切れないので、夜中も夜行バスの行き来が多く、到着するたびにクラクションや人の声などが聞こえ、ちょっと落ち着きませんでした。
なんか眠り足りない感じもするけど、起きなければ。
さむっ・・・。眠い目をこすりながら起きると、結構冷える。
さすがに山間なのでカトマンドゥよりも朝晩の冷え込みが厳しいようです
そして顔を洗いに行くと、更に実感。
水が凍っているような冷たさでした。う~冷たすぎる。
一気に目が覚めました。

宿のおじさんと娘
宿のおじさんと娘

さて朝食を食べておこう。
今日もハードな一日になるからな。
ちょうどいいことに泊まっている宿は日中だけ喫茶店を営業していました。
わざわざ他へ行く理由もないので、ロビーで温かいチャイと朝食を食べました。
温かい食事を取れば体も温まってくるというもので、体の方のエンジンの調子が徐々に上がってきました。
さあ出発しよう。ポカラに向かって。
出発前には仲良くなった宿の人と一緒に写真を撮りました。
宿の人は一緒に写真を撮ってくれと頼む宿泊客は初めてだったようで、ちょっと戸惑っていました。

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宿を出発すると、まずはムグリンのチェックポイント。
いくら払うのだろう。そんなに高くはないと思うけど払うのは嫌だな・・・。
なんて思いつつゲートへ行くと、そのまま通れと合図され、通過することができました。
バイクだと払わなくていいのか。よかった。
そして昨日同様に国道を西へ走り出しました。

橋の上で
橋の上で

走り出すと、冷たい風が体に染み、ちょっと寝ぼけていた目を覚ましてくれました。
ちょっと寒いけど、気持ちいい。
すがすがしいといった感じかな。これは。
しばらく走ると南に向かう街道との分岐点があり、それを越えると比較的立派な橋がありました。
この橋からの眺めが素敵でした。
川と山があって・・・、要は雄大なネパールってな風景なのです。
バイクを停め、お互い写真の撮りっこをしました。
それにしても朝の空気はすがすがしいな。

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その橋を出発してから10分後。
快走していた我々に思わぬ障害が発生しました。
なんと山の中でいきなり大渋滞にはまってしまったのです。
何でこんなところで渋滞しているんだ。
最初は今までも何回かあった工事の片側通行で渋滞しているかと思ったものの、あまりにも動かな過ぎる。
何より対向車が一台も来ないのがおかしい。
なんか変だ。この渋滞。
もしかして山崩れとかあったのか。

横転したトラック
横転したトラック

ここはバイクの機動力をいかして対向車線を進んでいきました。
そして長い渋滞の先頭に辿り着いてみてビックリ。
なんと無残にもトラックが横転して道をふさいでいました。
ありゃ~大変なことになっているぞ。
これじゃ大渋滞になるのも納得。
狭い道をふさぐように横転しているのでバイクですら通れない状態でした。

野次馬が沢山集まってあ~じゃ、こ~じゃ言っているけど、どうするんだ。
どうにかする方法はもう決まっているのだろうか。
今考えていますってな事はないよね・・・。
見た感じ怪我人がいなさそうなのが幸いといったところか。
この状況では どうすることもできないな。
迂回路もわからないというか、迂回路があればみんなそっちに行っているだろうしな。
先に進むのは諦めて、我々も多くの野次馬に混ざって状況の推移を傍観する事にしました。

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トラックを引き起こたところ
トラックを引き起こたところ

しばらくすると一台のトラックがやってきました。
そしてロープを倒れたトラックにどんどん繋いでいきました。
どうやら引っ張り起こす作戦のようです。
うまくいくのだろうか。
力加減をうまく調節しないと、反対側に倒れてしまったり、ガソリンがもれて火花で引火してしまったりと二次災害的なことが起こるかもしれません。

慎重に作業が進められていきました。
そして我々が到着してから30分後。
何度か失敗した後で、ようやくトラックを起こす事ができました。
周りにいた人たちから「おぉ~」といった歓声と拍手が起こりました。
ようやく進める。見物人は自分の車に戻り始めました。

我々も準備しておかなければ。一番前にいるわけだし。
しかし、まだトラブルは続いていました。
横転した トラックの運転手は何度もエンジンをかけようとするものの、エンジンが掛かりません。
さっきからセルが虚しくキュルルルとうなっているだけ。
プラグがガソリンで濡れているからしばらくはダメだろうな。
このままではバッテリーも上がってしまう。
これは無理だと諦めたようで、牽引ロープを使って道の片側に寄せることになりました。
これでとりあえず片側だけでも通れるようになり、まあ一応解決だな。

そして我々が先陣を切って反対側へ。
もちろん反対側も大渋滞していて、長い車の列の横を颯爽と通り抜けていくのはなかなか気持ちのいいものでした。
そういえばタカさんと同じくして夜行列車で知り合った他の人達は今日のバスでポカラに行くと言っていたな。
朝一番のバスならこの渋滞にはまってしまうかも。
こんな山の中で渋滞にはまったら何事だと思うよな。

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通行止めが解除になったばかりなので、しばらくは前にも後ろにも車がいない状態が続きました。
ペースを乱されることがないので、なかなか快適。
しかし、昨日に比べて道の舗装具合はよくありません。
道のあちこちに穴が開いていたり、アスファルトがひび割れていたり、車二台がやっとすれ違えるほど狭かったりと、なかなかひどいもの。
これがネパールを代表する幹線道路かと疑ってしまうほどです。
恐らくカトマンドゥ~ムグリン間の工事が終わったらムグリン~ポカラ間も重点的に工事が始められる事でしょう。

道をふさぐ巨木
道をふさぐ巨木

道路がひどいのはしょうがないとしても、前方で何か障害物が道路をふさいでいるなと思ったら、大木が道をふさいでいることがありました。
痕跡から少なくとも二、三日前からこの状態のままだったようです。
なぜこんなところに木が。おまけに子供達が遊んでいるし・・・。
周りにそれらしい木がないので、トラックが落としたのだろうか。
まさか風で飛んでくることはあるまいし。
ネパールでは道の落下物を処理するお役所がないのだろうか。
日本の感覚からすると色々と不思議です。

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横転したバス
横転したバス

道路の穴ぼこを避けながら進んでいたら、急に道が良くなりました。
やはりちゃんと補修してある道は振動が少なく走りやすい。
スムーズに走っていたら道の両脇に背筋が凍るようなものを発見しました。
事故を起こしたバスが放置されていたからです。
さっきも事故を起こしていたし、昨日も路肩に突っ込んで放置されているバスを見たし、ここネパールの運転は相当危険なようです。
実際バイクで走っていても、勢いよく曲がってくるバスや、対向車線にはみ出すほど荒い運転をするダンプなど、たまに身の危険を感じることがあります。

事故の第一原因はスピードの出しすぎ。
そこどけとばかりに大型車が飛ばしまくっていること。
ネパールの道ではでかいものがえらいといった風潮があります。
それと無理な追い越しも原因の一つです。
ブラインドコーナーの手前でも追い越しをかけてくるから、どういう神経をしているんだといった感じ。
コーナーの向こうから車が来ないと思っているのだろうか。
熱くなり過ぎというか、 全くもって信じられません。
何にしても乗客を乗せたバスが峠道でカーチェイスまがいのバトルをやるとは、乗っている乗客にしてみればたまらないだろうな。
いや、ネパールでは乗客も楽しんでいるとか。
或いは乗客が運ちゃん負けるな~。抜かれたら料金払わんぞ!なんてけしかけていたりして・・・。
いやいや、まさかな・・・。何にしてもネパールでバスに乗るのが怖くなってしまいました。

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川で洗車中のバス
川で洗車中のバス

道は良くなったり悪くなったり、そして工事中だったりとめまぐるしく変わる道路コンディションを楽しみながらポカラを目指していました。
最初のうちは深い山中を走っていたのですが、昼前には辺りの地形が平坦になりつつありました。
ポカラまではもうすぐかな。
今日は朝早く出発したし、事故車で足止めを食らったけど、それ以外はペースよく走っているので。早く着きそうだ。
そんなことを考えつつ、橋を渡ったときにふと川を見ると、なんと川にバスが落ちているではないか。
な、なんだ。またもや大惨事か。思わず急停車。
バイクを降りてよく見ると、川の中でバスの洗車をしていました。
なんとも紛らわしい。
今日は散々事故などの場面を見てきたから心配してしまったではないか。
まあネパールらしい光景だし、写真を撮って、先を急ぎました。

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ポカラ手前から見たヒマラヤ
ポカラ手前から見たヒマラヤ

しばらく走ると完全に平坦な道となり、ポカラはもう間近。
前方にうっすらとヒマラヤの山々が見えてきました。
あれが有名なマチャプチャレ山か。
この感動を写真に撮っておかなければ。
それに後ろを走っていた相棒よりも速く走っていたので、ちょっと差がついていました。
路肩に停って写真を撮りつつ、相棒が追いつくのを待つ事にしました。

今日はトラブルもなく到着かな。タイヤの空気は抜けていないだろうな。
なんとなくバイクを点検していて唖然としました。
うっ、ない。ないぞ。テールランプのカバーがない・・・。
なんてこった・・・・。どこかで落としてしまったようだ。
せっかくヒマラヤも見え、トラブルフリーだと喜んでいたのに。
うきうきしていた気持ちが一転。今日もトラブル発生か。
修理代がかかると思うと憂鬱な気分になってしまいました。

そして相棒が追いついてきました。
「またパンク?」縁起でもない。
「いや君を待っていたんだけど、いつの間にかテールランプがなくなっていたよ。気が付かなかった?」と尋ねてみるものの、相棒もいつ取れたか気が付かなかったそうだ。
まぁ、ないものはしょうがない。
とりあえずもうすぐ市街地だ。
お互い迷子にならないようにゆっくり走る事にしました。

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ポカラ市街に入るとガイドブックの地図を見ながらホテルが密集している地区へ向かいました。
そしてガイドブックでよさげに紹介されている宿を探しました。
ちょっと奥まった場所に宿はありましたが、バイクなので問題ありません。
値段の割には部屋は明るく、きれいなのでよし。
チェックインし、顔を洗ったり、シャワーを浴びたりして落ち着きました。

そういえば昼過ぎ。腹減ったな。身支度をして昼食を食べに行きました。
ここポカラは安くておいしい日本食料理屋が多いので有名です。
迷うことなく日本食店に行き、久しぶりに好物のカツ丼に舌鼓を打ちました。
やっぱ日本食はうまいよな。
一度この味覚を取り戻してしまうと、もうインド料理なんて食べれないな・・・。
まあそれはそれ、大満足して一旦宿に戻りました。
さて飯食ったしどうしよう。いや眠いな。少し寝るか。
その後は心地よい疲れを癒すために気持ちよくお昼寝にいそしみました。

~~~ §5、ポカラの夕暮れ ~~~

「痒い!なんだこれ。」
なんとも不思議な叫び声で目が覚めました。
え~と、ここはどこだっけ。そうかポカラか。
ポカラに着いてから飯食って、そうだ昼寝していたんだっけな。
寝ぼけながら声のするほうを見ると、隣のベットで相棒が泣きそうな顔をしながら体を掻きまくっていました。
なっ、なんだ。何やってるんだ。

今度は私が驚いて「どうしたの?」と声をかけると、「ちょっとこれ見てよ!」と見せられたのはたくさんの虫にかまれた跡でした。
これはダニかな。それとも南京虫かな。
見るだけで気持ち悪いし、こっちまで痒くなってきます。
そういえば私は・・・体を見回しても特にかまれている箇所はありません。
あれっ、私は平気だ。持参の寝袋で寝たのが良かったのかな。
そうなってくると幾分申し訳ない気分になってきます。

「大丈夫?」と気を使いながら聞いても、「しゃれにならん」とかなり不機嫌。
「宿変わろうか。それとも部屋を換えてもらう?」と提案するものの、「いやいい。殺虫剤と新しいシーツをもらってくる。」と部屋を出て行ってしまいました。
さてどうしたものか。
当然この状況で再びベッドに入る気はしないし、今から殺虫剤散布が始まるに違いありません。
とりあえず目が覚めた事だし・・・、う~ん、何をしよう。
考えているところに殺虫剤を持って相棒が戻ってきました。部屋とベットにまくようです。
ここにいてはたまらない。
「バイクで散歩しに行くけど、終わったら一緒に行く?」と遠慮気味に誘うものの、ぶっきらぼうに「行かない」との返事。
触らぬ神に祟りなし。手伝うこともなさそうなので一人で出かける事にしました。

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ポカラはペワ湖のほとりにある町。
ポカラの象徴であるペワ湖を一周してみるのも面白いかもな。
宿を出ながら思いつきました。
こういうどうでもいいことをやりたくなってしまうのが真の旅人なんだよな。
なんて思いつつ、人がやらないようなことをやろうとするのはやっぱり楽しいものです。
そして少し心弾ませながらバイクを置いているのところに行ったものの、停まっているバイクを見て一気に気分が萎えてしまいました。

そうだ・・・。テールランプのカバーを落としたんだった。
これを直さなければいけないな。今のうちに直しておくか。
明日に持ち越すと厄介だし・・・。
相棒は虫刺され、私はバイクのトラブル続きと、なかなかいいコンビだな。
お相子と思えばまあ少しは気分も落ち着くというものです。
とりあえずペワ湖に行くのは夕日に間に合えばいい。
まずは町の中心部へバイク屋を探しに行くことにしました。

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修理の様子
修理の様子

町をうろちょろする事もなく、普通に道を走っているとバイク屋はすぐに発見できました。
部品があればすぐ直るけど、なければ他をあたろう。取り寄せている時間があるはずもありません。
バイク屋の人に話しかけると 、英語は全く駄目でした。
でもテールランプがない部分を指差すと、「OK」と頷いて奥に行きました。

そして新品のパーツを持ってきて、今度は「OK」と笑顔で聞いてきました。
私が頷くとすぐに作業を開始してくれました。
なんてことはない。
ネパールでは走っているバイクのほとんどが同じ型のバイクなので、どこでもパーツは揃っているというわけです。
同じ形ばかりというのは個性はないけど、凡庸性や利便性には長けているといったメリットがあるんだと実感しました。

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田んぼだらけの湖岸
田んぼだらけの湖岸

修理は10分もしないうちに終わりました。
予定外の出費でしたが、さほど高くなかったので忘れる事にしました。
バイク屋の人に礼を言って、出発。
宿の近くまで戻り、そして先ほどの計画通りペワ湖の周りを走り始めました。

しかし5分も行かないうちに道が未舗装になってしまいました。
これはどうみてもあぜ道といった感じ。
このまま進めば一周できそうな感じだが・・・微妙に不安。
またタイヤがパンクするのではないか・・・一度パンクするとまたパンクするのではないかといった不安が脳裏から離れません。
しばらくは慎重に進むものの、やはり心配。
こんな場所でパンクしたらひたすら未舗装の道を押して帰らなければならないよな・・・。
それはとんでもない労力を要するのは考えなくても分かります。
やはり昨日の修理が新品のチューブだったらよかったな。
中途半端な中古だとやっぱり不安だ。今更ながら思ったのでした。

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高台から見た風景
高台から見た風景

目の前に丘が見えました。
よし、あそこまで行って引き返そう。
半分も回っていないけど、これはこれでよしにしよう。
完全に弱気になっている私がいましたが、まあとりあえず目標が決まったので、後は何も考えないようにしました。
田んぼの中を走り続け、丘に到着。
なかなか眺めがいいところだけども、 まずはタイヤの点検だ。
よし大丈夫。テールランプも付いているな。
よく頑張ったぞ。タイヤちゃん。帰りも頼むぞ。とタイヤに話かけている私がいました。

バイク好きな青年達
バイク好きな青年達

辺りを見渡すと周りは田んぼだらけでした。
走っているときは気が付かなかったのですが、一つ一つが小さく区切られているのでパッチワークみたいです。
なかなか面白い。一服しながら風景を眺めていると、地元の青年と少年2人があぜ道をやってきました。
青年は片言の英語を話すことができ、バイクに興味があるようで、しきりにバイクの質問をしてきました。
そしてお願いがある、ぜひ乗らせてくれと頼んできました。

ペワ湖の夕暮れ1
ペワ湖の夕暮れ
ペワ湖の夕暮れ2
ペワ湖の夕暮れ

大丈夫だろうか。そのまま持っていかれでもしたら大変だぞ。
ちょっと不安でしたが、彼の目はバイクが好きでたまらないといった目をしていたので、信じる事にしました。
まあ私のバイクではないし、元々傷だらけだし、土の上で転んでも特に問題はないだろう。
「いいよ」と応えると、うれしそうにバイクにまたがり、あぜ道を走り出していきました。
私と少年二人が見守る中、彼はその辺りを一周回って戻ってきました。
信じていたけど一安心。きっとお金を稼げるようになったら、彼はバイクに乗るんじゃないかな。
彼の態度や眼差しを見ていてそんな気がしました。

その後お決まりのように一緒に写真を撮り、家路につく青年達と別れました。
もうそろそろ山に日が隠れる頃、私は写真を撮るのにいい構図の場所を探し、写真を撮りながら宿へ戻りました。

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宿に戻ってみると相棒は寝ていましたが、私が帰ってきた音で目を覚まし、起き上がってきました。
話を聞くと、あの後、宿の人と殺虫剤をばら撒いて、シーツを換え、薬屋に行ってかゆみ止めの薬を買ってきて、薬を塗って、再び寝ていたそうです。
とりあえず機嫌が悪いのは治っていて安心しました。
「これからどうしようか?そろそろ夕飯の時間だし、外を散歩してみる?」と聞くと、「そうしよう」と一緒に出かける事になりました。
時々痒いとぶつぶつ言う相棒をなだめつつ、お土産物や衣服の店などを物色して歩き続けました。
昼間泥がはねてズボンが結構汚れてしまったのが気になるところ。
着替えのほとんどをカトマンドゥに置いてきたので、今着ている汚れたズボンを洗濯したら、明日着るズボンがなくなってしまいます。
とりあえず安物のズボンを購入する事にしました。

そろそろお腹が空いてきたな。夕食を食べる店を決めよう。
ずらっと並んだレストランを物色していると、懐かしい顔と再会しました。
夜行列車で相席となり、カトマンドゥまで一緒だったナベさん達です。
彼らも今日ポカラに来たそうで、一緒に夕食を食べる事にしました。
夕食の席では、別れてからのことなどを面白おかしく話し、とりわけ私のパンク話と相棒の虫さされの話題で盛り上がりました。

~~~ §6、ヒマラヤの山々 ~~~

ポカラはペワ湖の畔にある小さな町で、ここからはマチャプチャレ山やアンナプルナ山を中心とした美しいヒマラヤの山々を見れることができます。
この雄大かつ美しい風景を見に多くの観光客が訪れることから、近年大観光地として発展していきました。
また観光地や保養地であると同時に登山やトレッキングの基点ともなっている町です。

我々もせっかくポカラに来たのだから美しいヒマラヤの山々を見に出かけようではないか。
山を見るのには空気が一番澄んでいて、雲がかかりにくい早朝がベストです。
それに朝日を浴びてくっきりと浮かび上がる山々はとても美しいとか。
そう聞くと、何が何でも朝早く起きなければといった気持ちになります。
ということで、朝早く起床して相棒とポカラの外れにある眺めのいい事で有名な丘にバイクで行く事にしました。

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本来なら暗い時間に出発して、丘の上から日の出を浴びる山々を観察するのがいいのですが、暗い中、悪路を走るのは危険だし、道がわからないので、完全に明るくなってから出発する事にしました。
目覚ましで6時に起きて、外を見るととてもいい天気でした。

早朝のヒマラヤ
早朝のヒマラヤ

よし出発だ。外に出ると、寒いけど、ヒマラヤの山々がくっきり見えていました。
運がいい。今日は絶好のコンディションだ。
走り出してすぐ日が昇ってきました。うっ、まぶしい。
丘に登らなくても麓から眺めるヒマラヤの山々もいいもので、 しばらくは丘に向かいつつもいい写真が撮れそうな場所を探し、そして停まって写真を撮ったりしました。
それにしても美しい。本当にポカラに来てよかった。

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雄大な風景と記念撮影
雄大な風景と記念撮影

しばらく走った後、展望が美しいことで有名な丘に登り始めました。
山道を登っていくとどんどん景色がよくなっていきます。
絶景だ。これが世界の屋根と呼ばれるヒマラヤの山なんだ。
ネパールに来たんだ。ひたすら感動の嵐。
やっぱりこういう景色の中に自分がいるということは、百聞は一見にしかずといった感じで、テレビや写真で味わえない感動があるものなのです。
よさそうな場所でバイクを停めてバイクと一緒に写真を撮りました。
これでネパールでツーリングした記念となるいい写真が撮りました。
これぞ至福のときなのでしょう。
よしもっと上に行こう。行けるところまで行ってやるぞ。

そう思い出発しようとするとトラブル発生。
相棒のバイクのエンジンがかかりません。
セルばかりがキュルルルルと虚しく回るだけです。
おかしい。ガソリンか?ガソリンタンクを覗いてみると残りわずか。
やれやれガス欠だ。
しかし全くゼロという訳ではないので、下り坂だったらタンクをうまく傾けながら走ればしばらく走れるはず。
とりあえず大きな通りに戻り、スタンドを探せばいい。
相棒はあまり自信がないようだったので、バイクを交換して相棒のバイクを私が運転する事にしました。

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エンジンオイルの補充
エンジンオイルの補充

しばらくは下り坂なのでエンジンをかけずにゆっくりと下りました。
そしてちゃんとした道に出るとエンジン始動。
無事にかかったものの、オイルランプの表示が消えない。オイルもないのか。
ちょっと危機感を感じつつも、なんとかスタンドへ辿り着く事ができました。
横のカバーを外してみるとやはりオイルの残量が残りわずかでした。
私はガソリンを、相棒はオイルとガソリンを入れてもらいました。
入れ終わるとオイルランプも消え、正常な状態に戻りました。

さてどうするか。なんか一区切りしてしまったな。
「もう一度さっきの丘の上に登る?」相棒に尋ねると、帰りたいとの事。
まあちゃんとした記念写真を撮れたし、山には少し雲がかかってきたし、そうするか。
何より今ので精神的にちょっと疲れたし、私も一人で行くだけの気力が湧いてきませんでした。
一緒に宿に戻ってバイクを停めると、朝から動いたせいかお腹が空いてきました。
このまま 朝食を食べに行こう。
二人の意見は一致して、近所のレストランへ。
そして定番のチャイと軽食を食べ、満足。さぁ今日はどうしようかな。
ポカラの町でも観光しようかなといった程度しか決めていませんでした。
それよりも・・・、満腹になったらなんだか眠くなってきました。
まだ朝早いし、もう一度宿で寝よう。
相棒も同じ事を考えていたようで一緒に宿に帰って寝る事にしました。

~~~ §7、悪夢再来 ~~~

ドアをノックする音で目が覚めました。
誰だ。相棒か。いや隣のベッドで寝ているぞ。
起きてドアを開けてみると、ナベさんたちでした。
へぇ~これが南京虫の部屋ね~と皮肉を込めて登場。
暇だから遊びに来たようです。
時計を見ると10時。2時間ほど寝ていたようだ。
今日はどうするの?さっき山を見に行ってうんぬんと話すと、彼らも同じ丘に行っていたようです。
同じ宿に泊まっている旅行者がタクシーをチャーターして行くというので一緒に乗せてもらったらしい。
上には土産物屋があったり、眺めがすごくよかったと教えてくれました。
ただ、ナベさんたちは 同行した人が急いでいたからすぐに戻らなければならなく、お土産物屋を見れなかったのが心残りとの事。

へぇ~そうんなんだ。そんなに眺めがいいんだ。頑張って行けばよかった。
今からでも山が見えるかな。
窓の外を見ると、ちょっと雲がかかっているけど、まだ大丈夫そう。
よし行ってみようかな。でも一人で行くのは面倒だな。
そうだ。みんなで行かない?と提案すると、みんな特にすることがないようでみんなで一緒に行く事になりました。
これが不幸の始まりとも知らずに・・・。

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後ろにナベさんを乗せて坂道を上りました。
あまりパワーがないバイクなので、二人乗りだと思うように前に進みません。
早朝に写真を撮った場所を過ぎてしばらく行くと、おみやげ物やが数件並んでいました。
その店先や道端には色鮮やかなテーブルクロスや反物がずらっと並べられていました。
ナベさんが言っていたお土産屋というのはこの事か。
帰りにすればいいのに停まって物色し始めてしまいました。
ごちゃごちゃした宿の近くにある土産物屋よりも落ち着いて買い物ができるのがいい。
そして気に入ったテーブルクロスなどを購入しました。
各々買い物が済むと、更に登る事にしました。

パンクしたバイクを押す
パンクしたバイクを押す

しかしここからが大変でした。
途中から道の舗装がなくなりダートに。道はかなり凸凹な状態でした。
なんかやばい気がする。二人乗りだし、パンクしないだろうか。
昨日直したばかりだからいくらなんでも大丈夫だろう。
でも心配だな。
ナベさんとまたパンクするかもと話をしている正にそのときに、「プシュー」という変な音と共に後輪の空気が抜けてしまいました。
まるででかいスカしっぺみたいで思わず笑ってしまったのですが、事態は少々深刻です。
こんな山の上に修理屋があるはずがない。
悪夢再来だ。やれやれどうしよう。
とりあえず昨日同様に一人じゃないのが心強いところ。
展望台までもうすぐらしいので押してそこまで行く事にしました。

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ちょっと雲がかかったヒマラヤ
ちょっと雲がかかったヒマラヤ

展望台に着くと残念ながらヒマラヤの山々は雲がかかってはっきり見えませんでした。
しかし今はそれどころではありません。
ここから町まで押して戻るのはしんどい。
そうだバイク屋の人を呼んでこよう。
私が相棒のバイクに乗ってバイク屋に行き、バイク屋の人を連れてくればいいではないか。
そう提案すると、相棒がいいよ僕が行くよと一人で行ってくれる事になりました。
トラブルが発生すると頼りになる相棒です。

相棒が去った後はしばらくはすることがないので、ぼーと待つ事にしました。
それにしても二回目のパンクとはついていない。
それにこれで借りた3日間中3日間連続トラブル発生というすごい記録を達成。
私はトラブル大明神に愛されている男かも。
いやネパールのレンタルバイクがぼろいだけだ。
そうに違いない。

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修理中のバイクと泣く図
修理中のバイクと泣く図
子供と戯れる
子供と戯れる

30分ぐらい待っていると、相棒がバイク屋の人を乗せてやってきました。
うっ、私と同じズボンをはいている・・・。
まずそこにみんなの視線が行きました。
彼は昨夜私が露店で安く購入したズボンと同じズボンをはいていたのです。
思わずお互い目が合ってニヤリ。
なんだか気が合いそうです。
その彼はちゃっちゃと後輪を外しはじめました。
なかなか手際がいい。
外し終わるとすぐにその後輪を持って相棒のバイクにまたがり、山を下って行きました。
再びすることがなくなって退屈。
ナベさんたちは地元の子供達と遊んでいます。
なんか普通になじんでいるし・・・。

修理後の記念撮影
修理後の記念撮影

更に待つこと30分。直った後輪タイヤを持って相棒とバイク屋のお兄さんが戻ってきました。
やれやれようやく直るぞ。手際よくタイヤをはめて修理完了。
同じズボン記念に、いやパンク記念にみんなで記念撮影をして一件落着。
さて戻るか。ここにこれ以上長居はしたくない。
しかしバイク屋の人を含めると我々は5人。
どうしよう。最初にバイク屋の人だけでも送って行くべきか。
バイク屋の人に聞くと、あっさりと3人で乗ればいいとの事。
なるほど、気が付かなかった・・・。ここは日本ではないんだよな。
って、大丈夫か。こんな山道で。
まあゆっくり進めば問題ないか・・・たぶん。

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ということで、日本ではやることのない3人乗りで坂を下っていきました。
でも3人も乗ったらまたパンクするのではと少々不安。
いや修理屋の人が乗っているから安心なのか。
それよりも急な坂での三人乗りは結構きついぞ。
ブレーキがかかりにくい上に、かけると後ろに乗っている二人の体重が自分に寄りかかってきます。
5分走っただけでハンドルを支えている手が疲れてきました。
なんだか腕立て伏せをしながら走っている感じ・・・。

やっとの思いで坂を下りきり、バイク屋にたどり着きました。
やれやれといったところ。これで本当に一件落着だな。
パンク代の料金を払い、同じズボンをはいたバイク屋のお兄さんとしっかり握手をして別れました。
それにしてもお腹空いたな。もう 昼をだいぶん過ぎてしまっています。
なんか中途半端な時間だけど食事する?
そう尋ねると、そうだねと意見は一致。
みんなで食事をしに行く事にしました。

こんな憂鬱なときはうまい日本食でも食べなければやってられない。
昨日の昼に食べに行った日本食料理屋に向かいました。
大変だったねとナベさん達が好意で私と相棒の分の勘定を払ってくれました。
おかげでちょっと落ち込んでいた私も徐々に元気を取り戻していきました。

~~~ §8、ポカラ最後の夜 ~~~

遅い昼食を食べた後は、それぞれやりたいことがあるようなので、夕食までの間は自由行動になりました。
私は予定通りポカラ市内の観光に出かけました。
といっても、そんなに見所はなさそうだ。
ガイドブックを見る限り、古き良き時代の面影を残した旧市街とか、とっても深い地溝ぐらいか・・・ん、地溝って何だ。

底の見えない地溝
底の見えない地溝

まずは一番興味がわいた地溝に行ってみる事にしました。
ガイドブックによると橋の上から見るのが一番いいとのこと。
その橋に行って下を覗き込むと、恐ろしく深そうな地割れになっていました。
これが地溝か。なんかすごいぞ!いや、しょぼい気もする。
なんだかいまいちよく分からないけど、とんでもないほど深いのはよく分かりました。
これではおむすびを落としても神様はすぐに出てこないだろうな・・・。
せっかく来たので証拠に写真を撮って次の目的地に移動しました。

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ポカラの旧市街
ポカラの旧市街

次は旧市街へ。
ここはちょっと変わった雰囲気をかもし出していました。
町全体が赤茶けたレンガ色をしていたからです。
これがネパールの伝統的な家屋なのかな。
旧市街というからにはそうだろう。
いまいち勉強不足なのでよく分かりません。
なんかネパールらしい感じがするので、写真を何枚か撮っておく事にしました。
その後は適当に町を走らせました。
路上のバザーや繁華街、異国の町を当てもなく走るのも面白いものです。
たまに降りて写真撮ったりしていると、日が傾いてきました。そろそろ宿に戻ろう。

宿に戻ると相棒は寝ていましたが、私が戻ったのに気が付くと起きてきました。
ナベさん達は6時頃我々の部屋に来るので、それまではちょっと暇。
相棒とこれからの事を話し合う事にしました。
バイクを借りて今日で3日目。後2日で返さなければなりません。
期間を延長するのはお互い飛行機の予定があるので無理だし、ポカラでこれ以上することもない。
渡辺君たちは明日のバスでインドへ戻るらしいし、我々も移動しようか。
とりあえず明日一気にカトマンドゥに戻って、明後日は日帰りでどこかに行こうということで話がまとまりました。

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6時頃ナベさん達がやってきました。
その手にはアンモナイトの化石を持っていました。
「どうしたのそれ?」と尋ねると、「チベット人のおばさんと物々交換したんだ」との事。
物々交換か。なんか面白そう。プレゼント交換みたいで。
詳しく聞くと、使い古した靴下や下着などと交換でいるらしい。
いいな。私も・・・と思ったけど、荷物の大半をカトマンドゥに置いてきてしまった事を思い出して、断念。
交換できるものがない。ん、まてよ。ボールペンやノートは余分があるぞ。
ボールペンでも大丈夫かな。ナベさんに聞くと、たぶん大丈夫じゃないとの事。
まだ外にいると思うからいってごらんとの言葉に、すぐさまボールペンを握り締めアンモナイトの化石と交換してもらいました。
ぼろぼろに崩れていてあまり質はよくないけど、まあ記念になるし。満足しました。

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明日にはナベさんたちはインドへ、
我々はカトマンドゥへ。お互い今日でお別れです。
夜行列車で出会ってからかれこれ一週間も経っているので、なかなか別れにも感慨深さがあります。
今日は盛大に飲もう。
そうみんなで決めたものの、昼が遅かったから、まだお腹の空き具合がいまいちでした。
夕食の前に時間をつぶしを兼ねて繁華街でもぶらつくか。
ネパールが今日で最後のナベさんたちに付き合って、お土産物屋を物色し始めました。

お土産物屋で
お土産物屋で

ネパールは小物などハンドクラフトの種類が豊富で安いのです。
というか、日本で売られているのが高すぎるだけなのか。
目移りしながら いろんな店で小物を物色していましたが、とある店で我々は引き止められてしまいました。
かわいい女の子が二人で切り盛りしていたからです。
「ここの店で買う事にしたよ」って、すでにナベさんの鼻の下が伸びているし・・・。
まあ値段が一緒ならどこでもかまわないけど。
そしていつものお決まりの展開。
一緒に写真を撮る事になり、イエ~イと写真を撮りました。
これで値段が安くなったかどうかは不明。
楽しく買い物ができれば値段は二の次といった感じでした。

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買い物を終えると、外は完全に暗くなっていました。そろそろ食事にしようか。
レストランを探しつつ歩いていると、向こうのほうで何やらパンパンと音がし、盛り上がっていました。
何事だろう。好奇心旺盛な我々はすぐに向かいました。
近づくと、中心では火をたいてみんなが何かを燃やしていました。
ん!なんだかゴムを燃やすような臭いがしているぞ。
まさかプラスチックやゴムといった化学製品を燃やしているのか?
火の周りに行ってみると、タイヤのチューブが散乱していて、みんなそれを投げ込んでいました。

チューブの焚き火
チューブの焚き火

な、何やってるんだ。不思議な光景です。
お祭りといった類になるのか。それともただふざけてやっているだけ?
何にしても面白そうです。
横からナベさんが、「これはきっと君の為に用意してくれたものだよ。二回もパンクしてチューブに恨みがあるんでしょ」とニタついた顔で言ってきました。
おっ、そうだった。ふつふつと怒りがこみ上げてきました。
これは私の為のお祭りに違いない。
足元にあるチューブを投げ込みました。
自転車用のチューブでしたが、火の中でパ~ンと破裂して気持ちがいい。
ざまあみろ。しかしあたりに漂っているのは有毒ガス・・・だよな。
周りにあまり人がいないというか、観光客があからさまに避けて通っているのに納得。
少しはストレス解消になりましたが、ほどほどにしてその場を立ち去りました。
その後は洋風のカフェ風のレストランに入り、夜遅くまで飲み、日本での再会を約束しつつ、ナベさん達と別れました。

~~~ §9、尻切れトンボの結末 ~~~

昨日と同じ時間に目覚ましで起きました。
今日はカトマンドゥに戻る日。
その前に一人で昨日と同じように丘に登ってみましたが、残念ながら曇っていてヒマラヤの山々は見えませんでした。
仕方なく宿に戻り、相棒を起こして出発の準備をしました。
今日は一気にカトマンドゥまで走りぬけるつもりです。距離にして200km程度。
大した距離ではないのですが、三日間トラブルが続いているバイクでは何が起きるか分かりません。
トラブルが起きないことを願うのみ。それだけが心配でした。

疾走する相棒
疾走する相棒

いざカトマンドゥへ出発。
いつものように私が前を走り、相棒がそれに続きました。
最初のうちは相棒のペースに合わせていましたが、そのうち思いっきり飛ばしたくなってきました。
一度走っている道だしお互いのペースで走っても大丈夫なはず。
時々停まって相棒がちゃんと来ているか確認するという事で、自分のペースで走る事にしました。

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よし!エンジン全開。マナーの悪いトラックやバスに活を入れてやる。
次々と暴走トラックやバスを追い抜きにかかりました。
さすがに飛ばしまくっているバスがそれ以上のスピードでバイクに抜かれると思っていなかったらしく、追い抜いたときの運転手や乗客の驚いた顔が忘れられません。
私も立派にネパール交通社会の一員になれたかな。
そんな馬鹿なことをやりつつ走っていると、あっという間にムグリンに到着してしまいました。
ここで小休止。今のところバイクは二台とも健在。
ただ微妙に私のバイクはクラッチが伸びつつあって、シフトチェンジがしにくくなっていました。
でもパンクなどに比べると些細なこと。許容範囲内でした。

再び出発。相変わらず飛ばしまくる私と、マイペースで走る相棒。
時々相棒が来ているか停まって待ちつつ走り、カトマンドゥまであと少しのところまで来ました。
そしていつものように相棒の来るのを待っていましたが、今回はなかなかやって来ません。
ちょっと飛ばしすぎたか。いやそれにしても遅い。ちょっと戻ってみよう。心配だ。
もしかしたらパンクでもしているかもしれないと不安になりつつ後戻りしていると、向こうからゆっくり相棒がやって来ました。
おっ、無事か。良かった。
でもなんか走り方がおかしいな。

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停まって話を聞くと、アクセルが自然に戻らなくなったとの事。
エンジンを止めて試してみると、確かに開いたら開きっぱなしになってしまいます。
点検してみると、どうやら中の針金が折れてしまっているようです。
それにアクセルワイヤーも今にも外れそうな状態。これはいかんな。
とうとう相棒のバイクにもトラブル発生してしまった。
カトマンドゥまではそんなに距離はないし、この先はカトマンドゥ盆地の平坦な道。
バイクに乗り慣れた私が相棒のバイクに乗ってカトマンドゥに向かい、借りたバイク屋に行って修理をしてもらう事にしよう。
きっと 借りたバイク屋ならただで修理してくれるに違いない。

そうと決まれば出発だ。ただし、ゆっくりと。
実際に相棒のバイクで走ってみると、かなり運転しづらい状態になっていました。
おまけに後輪のタイヤの空気までも抜けかかっている感じです。
これはパンクの前兆か。恐らくこのバイクのチューブもつぎはぎだらけなんだろうな・・・。
そう考えるといつパンクしてもおかしくない。
でもこの状況でパンクだけは勘弁してほしい・・・。

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しばらく走ると、カトマンドゥ盆地に入り、道は平坦になりました。
さすがに飛ばせる状況ではないので、適度なスピードで市内へ向かいました。
そして市内に入り、なんとか借りたバイク屋に到着しました。
我ながらよく頑張ったものだ。
出てきた店の人に「壊れたから直してほしい。できれば夕方までに」と私と相棒のバイクを預け、荷物を預かってもらっているホテルに戻る事にしました。
やれ疲れたな。本気で飛ばしまくったので疲労もなかなかのもの。
相棒は仲良くなったネパール人のところへ遊びに行くとの事なので、私はひとりで寝る事にしました。

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どれだけ寝ただろうか。相棒が戻ってきた音で目が覚めました。
相棒は泣きそうな顔で、バイク屋に寄って修理が直ったかと聞いたら、「どこまで行ったんだ」と聞かれ、「ポカラまで行ってきた」と答えたら、「あんな遠くまで行くとはけしからん。もうお前らには貸さない」と言われたと、ぼそぼそと話し出しました。
まあしょうがないか。十分バイクを堪能したしな。
それに他の修理屋に持っていったとしても、それなりに修理代がかかったはずだし。
突き返されたらしいパスポートを申し訳なさそうに渡す相棒に、「ちょっと尻切れトンボみたいになってしまったけど、楽しいツーリングだったからいいじゃないか。バイクは諦めよう。」というと、「そうだね」とまだちょっと暗い感じ。
それならば特効薬はこれしかない。
「よしっ、気晴らしにカジノに行こう。今度こそ勝つぞ。」と誘うと、相棒の顔が少し明るくなりました。
そして一緒に夜のカトマンドゥの街に繰り出したのでした。

ネパールツーリング97’  ー 完 ー

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<海外短編旅行記 第4話 ネパールツーリング97’ 2006年6月初稿 - 2015年10月改訂>