風の足跡 ~風の旅人旅行記集~
~ 海外短編旅行記 第3話 ~

カッパドキアツーリング日記

*** ページの目次 ***

~~~ §1、プロローグ ~~~

<1996年7月>
トルコ地図
トルコの地図

トルコの中央部、アナトリア高原の奥深くにきのこ岩や数々の奇岩で有名なカッパドキアがあります。
ここカッパドキアの大地にはきのこ岩の他にも岩をくり貫いて造られた多くの教会跡、とてつもなくでかい地下都市跡、雄大なウフララ渓谷などといった見所が広い範囲に点在しています。
世界遺産にも指定されていることから世界的に名が知れる観光地となっていて、世界中から多くの観光客が訪れています。

この地にこのような奇岩の多い景色ができたのは、カッパドキアの大地全体が石灰質の岩盤で形成されていて、その石灰岩が風化したからです。
その為、華やかな観光地である反面、とてもやせた土地なので地元の人たちの生活は今も質素なのです。
そんなカッパドキアを訪れたのは1996年の夏。
私にとって記念すべき人生最初の海外一人旅に挑んでいる最中でした。

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きのこ岩の家
きのこ岩の家

この魅力的なカッパドキアの大地をどうやって観光しよう。
ツアーと違って個人旅行の場合は自分の足で訪れなければなりません。
しかしながらカッパドキアの場合は広大な大地に多くの観光スポットが点在していて、便数の少ない乗り合いバスに乗って一つずつ訪れていてはとんでもなく時間がかかってしまいます。
数日といった限られた時間しかないのに、ちまちまと観光をしていては非効率ですし、せっかくの世界的な風景や遺産を見逃しかねません。

でも心配ご無用。
ここは黙っていても次から次へと観光客がやってくるような世界的な観光地なのです。
現地には大小様々な旅行会社が軒を並べ、様々な種類のツアーが出ていました。
それに参加すれば、移動の心配もなく、おまけに要所要所でちゃんと解説してくれるので効率よくカッパドキアを回れてしまいます。 しかし楽な観光ほど後で旅として残る思い出も薄くなるというものです。
せっかくのトルコ旅行のハイライトと呼べる場所なので、何か特別なことをして思い出に残るような事がしたい。

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それは日本を出る前から考えていて、色々と調べながらどうしようかと悩んでいました。
その一つの方法がバイクでした。
ただ、初めての海外一人旅なので海外でバイクに乗るということの勝手が全く分かりません。
もしかしたら無謀な挑戦なのだろうか。
それとも意外と簡単にできてしまうものなのか。どうなのだろう。
とりあえず準備だけしておいて現地に着いてから状況を見て判断しよう。
そういう心づもりでカッパドキアにやってきました。

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きのこ岩の家
ペリパジャ(妖精の煙突)
きのこ岩の家
地下都市
きのこ岩の家
ウフララ渓谷

現地に到着すると、とりあえず一日目はカッパドキアの大地のハイライトをぐるっと回るツアーに参加する事にしました。
代理店の人が言うには、ビュースポット、ペリパジャ(妖精の煙突)、地下都市、ウフララ渓谷、キャラバン・サライ、古い洞窟教会などといった有名どころを一日がかりで見て回るこのコースが一番人気があるとか。
まずはこれで予習をしよう。
そして細々とした場所や気に入った場所は後から自分で訪れればいい。

と言ったわけで、ツアーに参加したのですが、実際に回ってみるとテレビや雑誌で見るのと違い、そのとてつもない雄大な風景に感動しました。
これは本当にスケールがでかい。
まるで大地全体がキャンパスになっている芸術品のようです。
ツアーに参加してこんなに感動したのだから、自分で回ったらもっと感動するに違いない。
そう、この雄大なカッパドキアの大地を自分の感性のまま歩いてみたい。
自分のペースで味わってみたい。
カッパドキアの風を浴びながらバイクで走りたい。
ツアーに参加してそういった思いが強くなりました。

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よしっ、バイクをレンタルするぞ。
そういった強い思いが背中を押し、迷っていた心が固まりました。
ツアーから戻ったらすぐ代理店でバイクのレンタルを申し込みました。
一応、こういう事もあるかと思って国際免許書はあらかじめ用意してきたけど、借りるに当たっては特に必要ないとか。
結構いい加減なんだな・・・。
バイクのほうも面倒というか、何も考えずに同じツアー会社で頼んだのですが、後で人に聞くと直接バイク屋に行って借りればかなり安かったらしい・・・。
まあ知らなかったので、それはそれでしょうがない。
どうせなら高かったことも知らなければ幸せだったのに・・・と、自慢げに教えてくれた人を恨めしく思ったのでした。

~~~ §2、きのこ岩 ~~~

いよいよ海外でのバイクツーリングデビューだ。
それにしても海外ツーリングって・・・・、なんといい響きがいいのだろう。
バイク好きなら一度は経験してみたい事です。
それを今から行うと思うと、不安もあるけどやっぱり心がワクワクしてきます。
いや~楽しみだ。足取り軽く宿から代理店に向かいました。
もちろん慣れない異国の地でバイクに乗るというのは・・・、正直言って不安でもあります。
右側通行でちゃんと走れるだろうか。交通マナーとかは大丈夫だろうか。
考えれば考えるほど不安になってくるというものです。

でも昨日ツアーで回った感じでは、カッパドキア全体の交通量はめちゃくちゃ少なく、耕運機や農業用の作業車も沢山走っていて、不慣れな人間がトロトロ走っていても何とかなりそうでした。
いきなり交通量が多く、信号や交差点が沢山あるような場所を走るわけではないからきっと大丈夫だろう。
それに日本ではほぼ毎日のようにバイクに乗っているような生活を送っているので、それなりに運転に関しては自信があったし、何よりしばらくバイクに乗っていないので、乗りたくて体がうずうずしている状態でした。
まるでバイク中毒ってな禁断症状のようです。
実際のところ、カッパドキアに到着する前からバイクをレンタルするぞ!と心に決めていました。

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代理店の前で
代理店の前で

代理店に到着すると、店の前にバイクが置いてありました。
きっとこれが私の乗るバイクだろうな。
200ccの短気筒、車種は・・・不明。
今まで聞いた事もない名がタンクに書いてありました。
どこの国のメーカーが作ったバイクだろう。
聞いたことのないメーカーのものなのでちょっと頼りない感じがするけど・・・まあ一日だけだから大丈夫だろう。

代理店に入って「おはよう」と挨拶をすると、すぐに顔見知りの人が外に置いてあるバイクを指差して「あれが君のバイクだぞ。もう準備万端だ。」と教えてくれました。
書類にサインするなどの手続きをしていると、代理店の人が「バイクは乗った事とがあるのか?」と聞いてきました。
私は「日本では毎日乗っているんだ。それに大学ではバイクのクラブにも入っているから、ノープロブレムだ。」と自信満々に答えると、
代理店の人は満足そうに頷いて、カッパドキアの見所が載っている地図をくれ、その地図に書かれているお勧めの場所に印をつけてくれました。

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さて出発するぞ。半日のレンタルなので、もたもたしていては時間がもったいない。
昨夜漠然と立てた計画通り、まずはここから近い「きのこ岩」を最初の観光ポイントに決めました。
さっそくまたがりエンジン始動。
久しぶりにまたがるバイクというものは、とても気持ちいいものです。
単気筒エンジンの振動を体に感じると、懐かしさで感激の雨嵐。
やっぱりバイクはいいな・・・。
異国の地なので少々緊張するけど、慣れればどおって事ないはず。
車みたいに左ハンドルとかではないのだから。
よしっ、いざカッパドキアの大地へ。

代理店の人とは仲が良かったので、みんなで見送ってくれました。
自信満々にバイククラブに入っていると言ってしまった手前、いきなりエンストとか、立ちゴケなんて無様な出発はしたくはない。
ちょっと格好をつけて、慣れないバイクで勢いよく出発しました。
が、走り出して5mもしないうちに、リュックに引っ掛けておいたヘルメットが落ちてしまいました。
みんな爆笑。
受けを狙ったのではなかったので、なんとも恥ずかしい。
代理店の人が拾ってくれ、かっこ悪いけどとりあえずかぶる事にしました。
ここではかぶってもかぶらなくてもいいので、暑ければ後で脱げばいい。

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今度は順調にスタートしました。
ミラーを見ると後ろで代理店の人が手を振っていました。
本当に明るい人達だ。
道路を走り出してすぐに対向車とすれ違いました。
あれっ、あっそうか。
左側に対向車がいるのはどうも変な感じです。
右側通行なんだと頭の中では分かっていても、なかなか感覚がついてこないのが実際なのです。
真っ直ぐ走っている分にはさほど問題はないのですが、交差点で左折する時には慣れないと少々パニックになったりも。
曲がった時にとっさに左車線に入ってしまいそうになるからです。
交通量がほとんどないからいいものの、いきなり大都市で乗ったら大変だっただろうなと思いました。

一本きのこ岩
一本きのこ岩
(別名○○○岩・・・笑)

代理店でもらった地図は簡単でわかりやすくカッパドキアの大地と観光スポットが載っていました。
そのおかげで迷う事なく最初の目的地きのこ岩に到着しました。
そこにあったのは一本のきのこ岩。
ほぉ~これがきのこ岩か。
本当にきのこの形をしているから面白い。
でもなんか・・・変な形。
男としては体の一部に普段から見慣れたものが付いているような・・・、いやいや下品な想像はやめておこう。
これはきのこ岩なんだ。うんうん。
それよりも道の脇になんの気なくポツリと佇むきのこ岩は、なかなか風情があっていい。
近くの駐車場とかないところをみると、多分ツアーでは通りすぎるだけで訪れないのかな。
これはバイクを借りた特権かも。
実際はどうか分かりませんが、そう考えるとちょっと気持ちがいいものです。
満悦感に浸りながら写真を撮りました。

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第一チェックポイントを無事に通過。
実際に走ってみると交通量がほとんどないので余裕といった感じでした。
道も単純だし、この後もどうって事なさそうだな。
最初に感じていた不安はほぼなくなりました。
そして自信を持って、次ぎの目的地「三本きのこ岩」に向けて出発しました。

三本きのこ岩
三本きのこ岩
きのこ岩の群生?
きのこ岩の群生?

今度のは観光パンフレットなどの表紙を飾るようなカッパドキアの象徴とも呼べるきのこ岩です。
その為到着してみると、大駐車場や土産物屋があるほど大きな観光地となっていました。
なかなか賑やかだなと観光バスを避けながら駐車場の隅の方にバイクを停めて、お目当ての煙突のように聳えている三本きのこ岩を目指して歩きました。

近くに行ってみると、あら不思議。
本物のきのこのように、きのこ岩が地面から生えているではないか。
おまけに枝分かれしているので、まさに本物のきのこそのもの。
まるで本物のきのこをイメージして彫刻したかのようです。
これぞ自然の神秘ってやつだな。凄いぞ。
更に奥の方に行くと大量にきのこ岩が生えて?いました。
品種でいうならこれはシメジかな。
自分が巨人になれば、きのこ狩りができそうだ。
そういった想像がすぐ頭に浮かぶので歩いていて楽しいこと。
なんて面白い観光地なんだろう。カッパドキアは。

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きのこ岩の置物
石灰岩で出来た
きのこ岩の置物

一通り見て駐車場に戻ると、数人の子供達に囲まれてしまいました。
彼らは小学生か中学生ぐらいの子供達で、露店の土産物屋を開いていました。
「何か買っていってよ」と見せてくれたのは、石灰石で作られたきのこ岩のミニチュアや灰皿、そしてトルコ名物の目玉の形をした魔よけのペンダントなどでした。
全て手製で、この辺りで取れる天然の物を加工して作ったもののようです。
これはお土産にいいな。欲しい・・・。
おそらくこういう元値がただの物は値切れば値切るほど安くなるはず。
とはいうものの、まだ一日が始まったばかり。
今買っては背中の荷物が増えて大変な思いをするだけ。
こういうのを買うとしたら宿周辺とか、最後の目的地になるかな。
とりあえず後で交渉するときのために値段だけでも知っておくのも悪くない。

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魔よけの目玉
トルコ名物魔よけの目玉

特に買う気はなかったけど曖昧に断りつつ、値段を探っていると、どんどん安くなるというか、値段は下げないのですが、品物がどんどん増えていきました。
最初は3個で千円と言っていたものが、いつの間にかスーパーのビニール袋いっぱいで千円になってしまいました。
これだけ安ければ買ってもいい・・・。だけど・・・。どうしよう。
ものすごい誘惑です。
安いし、トルコらしいし、これだけの量があれば 友人に配るのにちょうどいいだよな。
だけど・・・、やっぱり今買っては邪魔になるだけだ。

そんな事を考えながら雑談していると、更にペンダントなどの小物が増えました。
お~、とどめの一撃。
ここまで増えては我慢できない。
よし買った!買ってやるぞ。
でもこれだけの量はリュックに入り切らない。
大き目の置物は小さなペンダントなどに換えてもらって、交渉成立。
まだ観光を開始したばかりなのに、随分とかさばる買い物をしてしまいました。
ツアーだったら荷物の心配をしなくて済むのに・・・。
この時ばかりはバイクで来なければよかったと思ったのでした。

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買ったものを何とかリュックに押し込めました。
が・・・、う~ん、鞄がはちきれそう。これではガイドブックやカメラを出し入れするのが大変。
背負ってみても鞄が金平糖のようになってしまったので、背中部分がごつごつして嫌な感じです。
これから一日この荷物につきあうのはやはり問題ありだよな・・・。
仕方ないのでここは一旦荷物を置きに宿へ戻ろう。
そう決めかけましたが、地図を見ると次の目的地はちょっと奥まったところにあり、宿に戻るにしても次を見てからの方が効率が良さそうだと気がつきました。
しょうがないもうちょっとの我慢だ。
よっ、次の目的地は決まったので、出発しよう。
「じゃあね。」と明るく元気な子供達にさよならを言ってバイクのところに戻りました。
そしてそしてバイクにまたがろうとすると、さっきの子供達がどっと見送りに来ました。

ん!なんて律儀な子供達だ。と思ったのは束の間、バイクで訪れる外国人は珍しいみたいで、
「なぜ、バイクに乗っているの?このバイクはあなたのか?」との質問攻め。
「いや借りたものだよ」と言うと、「いいバイクだ」としきりに言ってきます。
う~ん、どうやら乗ってみたいだ・・・。
しかし私のバイクではないので壊されでもしたら大変。
弁償代をいくら取られるか分からない。
先を急ぐと笑いながら言い、物欲しそうな顔の子供達に見送られながらこの場を去りました。

~~~ §3、1回目のトラブル ~~~

カッパドキアの大地
カッパドキアの大地

次ぎの目的地はここからちょっと離れたゼルべ屋外博物館でした。
幹線道路からちょっと脇道にそれた場所にあるので、曲がる場所を見落とさないようにしなければ。
そう思いながら注意深く走るものの、カッパドキアの道はシンプルでほとんど交差点がないのが実際です。
曲がる場所は簡単に分かり、後はひたすら一本道でした。
交通量は少ないし、道路の舗装もそんなに悪くありません。
空気は澄んでいて、景色は雄大だし、空も青い。
なんて気持ちがいいのだろう。バイクを借りて本当に良かったな。

そんな事を思いながら気分よく走っていると、急にバイクの調子が悪くなってしまいました。
不思議な事に前輪のブレーキが勝手に締まってしまい、アクセルを開けてもうまく前に進まないのです。
車で例えるなら、サイドブレーキを引いた状態で走っているようなもの。
しかしもっと悪い事に締まっているのが前輪なので舵も思うように効きません。
これではまともに走れません。
一体どうしたというのだ。何も壊れるような走りはしていないけどな・・・。
それでも無理にアクセルを開けて走ると、焦げ臭いにおいが・・・。
まずい。一回停めよう。

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バイクから降りて調べてみると、ブレーキ自体が高熱を持っていて、なんか焦げたような匂いがしていました。
とてもじゃないけど触れる状態ではないな・・・。
それにドラムブレーキなら工具がなくても緩めるぐらいなら出来るけど、あいにくとディスクブレーキでは素手でどうにかなるものではありません。
もちろん工具なんて持っているはずもありません。
あるのは鞄がはち切れそうなほどのお土産。
さすがにこれは役に立たない・・・。
と言うよりお土産なんていらないから工具が欲しいと心から思ってしまいました。

やれやれ全くのお手上げ状態だな。
おまけに助けを借りたくても辺りには民家がないし、車の通行も全くといっていいほどありません。
「は~電話もない。家もない。車も通らない。おらこんな村嫌だ~東京さいくだ♪」などと子供の時に流行った歌の歌詞が頭をよぎりました・・・。
まいったな・・・。どうしよう・・・。やれ、どうしよう・・・。
って、誰もいなければどうしようもないではないか。
途方にくれてしまいました。

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ここでのんびりとしていても無意味に一日が終わってしまうだけ。
とりあえず何とかしてギュレメに戻ってバイクを交換してもらおう。
ここからギュレメまではそこまで遠くないので、とりあえずブレーキが利いたままの状態でも無理やり走ってみることにしました。
時間がかかってもなんとかなるだろう。
そう思って走り出したものの、少し走るとアクセルを開いても前に進まないほど堅く締まってしまいました。

うっ、これで完全にアウト。
前に進まないバイクなんていうのは・・・、シャレにもならない。
ただの重い鉄くずです。
バイクから降りてみると、ブレーキが異常に熱を持っていました。
参ったな。これでは走れない。
助けを呼びたくても 日本のように電話ボックスもない。
ヒッチハイクして戻るというのも手だけど、相変わらず人が通りがからないし・・・。
道ばたで途方にくれて座り込んでしまいました。

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一服したり、直れ~とブレーキを蹴飛ばしたりして時間が過ぎていきました。
なんとかしたくても誰も通らなければどうしようもないし・・・。
勝手に直ってくれたらうれしいけど・・・。
ふとブレーキを触ってみると熱がだいぶん引いていました。
もしかしたら・・・とタイヤを回してみると、うっ、回るぞ?
回るではないか。よくわからんけど直ったのか。

やっぱり蹴ったのがよかったのかも・・・。
いや単に熱が引いたからなのか・・・。
よくわからないけど、もうこんなバイクは嫌だ。代理店に一旦戻るぞ。
と再びバイクにまたがり運転を再開したものの、またすぐに同じ症状が出て進まなくなってしまいました。
きっとブレーキを引きずりながら走っていて、そのため高熱になりブレーキかオイルが熱で膨張してしまうといった症状のような感じです。
どうみても整備不良ではないか。まったく・・・。

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ブレーキを冷やし、タイヤが回るようになると走り出すといった事を繰り返しました。
そして何回か繰り返した後、今度は強くアクセルをひねっていたので、アクセルのスロットルが壊れてしまいました。
本当に踏んだり蹴ったりです。
これも工具がないと直りそうにありません。
しかしアクセルが壊れたら走らないと考えるのは素人の発想。
アクセルワイヤーを無理矢理引っ張ればまだ走れます。
今度は右手でアクセルのワイヤーを引っ張りながら走りはじめました。
しかし前輪は未だにブレーキが利いた状態。
更に知らない道で、右側通行。
しんどい思いをしてなんとか昼前に代理店にたどり着く事ができました。

~~~ §4、再出発 ~~~

あまりにも早く私が帰ってきたので、代理店の人は驚いて近づいてきました。
「どうしたんだ?」という問いに、私はうなるように「ブロークン(壊れた)」と言いました。
代理店の人は慌てて「クラッシュしたのか」と聞いてきました。
今度は「違う。故障した。」と唸りました。
どこにも転んだ跡もないので、代理店の人は私の話を信じたみたいでした。
普通に走って壊れたんだから 「修理代を出せ!」なんて言われたらシャレにもなりません。
ひとまずは安心しました。
代理店の人は「壊れてしまったのか。それはすまん。別のをもってきてやる。」と、急いで代わりのバイクを取りに行ってくれました。

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その間、店先で座っていると、「まぁ、飯でも食っていけ」と、代理店の他の面々が出来たばかりの大皿トルコ料理を持って来ました。
時計を見るとちょうど昼時。
戻ってくるタイミングだけはよかったようです。
これは思わぬ幸運。時間を無駄にした分の正当な報酬だ。
遠慮なくご馳走になる事にしました。

これが思いの他うまい。
お腹が空いていたせいか、料理屋で出される料理よりもおいしいと感じるほどでした。
おかげで食べているうちに、さっきまでのいらいらがどこかへいってしまいました。
うまい料理は人を幸せにする作用があるもんだな。
食後にはトルコの定番チャイ(紅茶)が出てきました。
トルコ人はこれを飲まないと何事も始まらないという代物です。
チャイを飲むと少しお腹が落ち着いてきました。

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食べ過ぎたかな。
しかし、ぼーとしていてもしょうがない。
ただでさえ時間を無駄にしてしまったんだ。
さあ再出発だ。
途中で購入した大量の土産は代理店で預かってもらう事にして、早速新しく持ってきてもらったバイクにまたがりました。
まずはブレーキを握り、次ぎはアクセル。
一通り点検して、壊れそうにない事を確認して再出発しました。
もちろん今度はヘルメットを落とすようなヘマはしませんでした。

~~~ §5、カッパドキアの大地 ~~~

再びゼルベ屋外博物館を目指しました。
すべてにおいて今度は調子がいい。
でも、さっきのバイクも最初だけは調子がよかったな。
またいきなり壊れるんじゃないか。
一度トラブルを経験するとトラウマになって不安が付きまといます。
走りながらお守り代わりにペンチなどの工具を借りてくればよかったなと思いました。
現実問題、壊れた時にどんなお守りよりも役に立ちます。
そんな心配をしながら走っていると、あっという間にゼルベ屋外博物館に到着しました。

駐車場に入った時点で、ここは簡素であまり活気がありませんでした。
団体客があまり来ないのだろうか?
物売りの姿もほとんどいません。
入場料を払って中に入って見ましたが、中もやはり観光客がまばらでした。
昼過ぎの時間帯だからツアー客なんかはランチをとっているんだろうな。
きっと。欧米人は一度座ると長いし・・・。
まあ人は人。私は私。早速見学を開始しました。

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ゼルベ屋外博物館1
ゼルベ屋外博物館
ゼルベ屋外博物館2
集合住宅?

ここゼルベはカッパドキアに暮らしていた修道士の村だったようです。
日本で例えるなら比叡山などの修行寺みたいなものだったのだろうか。たぶん・・・。
異文化の事なので、いまいち当時の事を思い描く事が出来ません。
ただ岩肌をくり抜いて造った礼拝所や、数々の建物は堅い宗教のイメージよりも愛らしいメルヘンチックなイメージで、童話に出てくる小人とかがひょっこり出てきそう雰囲気でした。
なんか見ているとほのぼのとした気分になってきます。

しかし現実的に考えると、岩と砂しかない簡素な場所での修行は厳しかったに違いありません。
今は夏だからいいけど、冬はどうなんだろうか。
あれこれと想像すると、関係ないのに色々と心配になってしまいます。
一番奥には集合住宅というか、崖一面に多くの穴が掘られていました。
どう見ても動物や昆虫の巣にしか見えません。
こんなところへ人間が住んでいたのか。
まるで蟻の巣のようだな。
そう考えると、人間という生き物が奇妙な生き物に思えてきました。

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一通り見て周り、駐車場に戻りました。
これからどうしよう。
漠然と行きたい場所は決めていましたが、ここは奥まった場所なのでちょうど区切りがよく、次ぎの目的地や今後のルートは実際にバイクに乗ってみた感じで決めようと思っていました。
あまりにも大変だったらギュレメ村に戻って、周辺の教会などをちょこちょこ見ようと思っていたのですが、その案は当然却下。
かといって遠くの観光地を回るのも・・・、なんか今の心境でないかな・・・。
なんていうか、もっと雄大なことがしたい。
ぱらぱらとガイドブックをめくったり、もらった地図を眺めるものの、どの観光地もいまいち今の心境と違う気がします。

それよりもどうせバイクに乗っているならカッパドキアの大地を一周してやろうではないか。
ちょっとした冒険をしてみようではないか。
そういった発想が頭の中で渦巻いていました。
ちょこまかと観光するよりもこの方が思い出深いものになるに違いない。
由緒ある教会の一つや二つ見なくたって、この方が面白いはず。
そう自分に言い聞かせ、バイクにまたがりました。
先ほど故障して大変な目に遭ったのはちょっと気になる部分だけど、もう既に一度起こっているから今日はもう起こらないだろう。
性格が楽天家なので、こういう時はプラス思考に物事を考えてしまうのです。

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カッパドキアの道1
カッパドキアの道2
カッパドキアの道3
カッパドキアの道

カッパドキアの道は起伏に富んでいると思えば、ひたすら真っ直ぐだったりと様々な景色があり、走っていて飽きませんでした。
その雄大なカッパドキアの大地を快走。
ヤギが集団で道を横切っていて待たされたり、トラクターと併走してトラクターの荷台に乗っている子供達に手を振り合ったりしていると、自分がトルコを旅しているんだなと幸せな気分になってきました。

やっぱりバイクの旅はいい。
途中バスを追い抜いていきました。
トルコではバイクがバスを抜いていくことなどめったにありません。
バスに乗っている乗客も驚いて手を振ってくれます。
東洋人頑張れといったところだろうか。
何にしても気分がいい。
調子に乗って乗用車やトラックなども抜いていきました。
日本では当たり前の事もトルコでは当たり前ではないらしく、追い抜くとなんだこのバイクはと驚きの眼差しを浴びました。
少なくとも喜んでいるのは私と抜かれた車に乗っている子供達だけ。
他の人は呆れていたに違いありません。

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時計回りに順調に走り続けました。
ただ、事故だけは怖い。
スピードを出しているとはいえ、山道や集落がある所では慎重に走っていました。
言葉が通じないので、事故でもしたならどういう事になるか分かったものではありません。
しかしそんな憂いもなんのその。道中はいたって順調そのものでした。
順調に慣れてくると、だんだんと冒険心が出てきて、近道だと農道なども走り始めました。

しかし農道は危険でした。
道が濡れている。
変だと思ったら、急に散水用のスプリンクラーがまわり出して、ずぶぬれになる事も・・・。
まぁとんだ天気雨ということで、それはそれでいい笑い話になりました。
この頃になると、バイクの故障の事などすっかり頭の中から消えていました。

~~~ §6、2回目のトラブル ~~~

ある村を走り抜けようとしていた時、急に後ろの方で「パァ~ン」と破裂するような音がしました。
なんだ!その直後、バイクの後輪がぶれ、舵が効かなくなり、慌てて路肩にバイクを停めました。
バイクを降りて後輪を見るとタイヤがぺちゃんこになっていました。
うっ!パンクだ。なんでこうなるの・・・。
これは自力で直しようがありません。
そういえばさっきガソリンスタンドの前を通り過ぎたっけな。
振り返るとスタンドまで約300mぐらいでした。
運がいいぞ。何も無いところだったら大変だった。

本来ならバイクの為によくないけど、自分のバイクではないし、またトラブルかといった憤慨もあってガソリンスタンドまでパンクしたまま乗っていきました。
ごく普通にスタンドに入ったものだから、店員も普通に寄って来て、「ガソリン?」とトルコ語で聞いてきました。
私は難しいトルコ語はわからないので、まいったよといった感じで後輪を指差してパンクしている事を伝えました。

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うれしい事に店員のお兄さんは英語が通じました。
パンクしている事を説明すると、「このスタンドでは直せない。
ここから500m行った所に修理屋があるから、そこに行けば良い」と修理屋の場所を教えてくれました。
この道をまっすぐ行って、看板を右に曲がって・・・なんとなく分かったのですが、不安。
紙に書いてもらおうとしていたところに、ちょうど給油に来ていたトラクターのおじいさんが話に加わってきました。
そして話を聞き終わると、「通り道だから載せて行ってやろう」(店員の通訳)と言ってくれました。
妙な展開になってしまいましたが、これも何かの縁。甘える事にしよう。
みんなでよいしょとトラクターの荷台にバイクを載せ、店員のお兄さんにお礼を言い、トラクターの助手席?に座りました。

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このおじいさんはトルコ語しか話せないので、会話がいまいち弾みません。
私のトルコ語のレベルは日常会話程度なので、すぐ自己紹介程度の会話は終わってしまいました。
幸いな事に気まずい沈黙が流れる前に、修理屋に到着しました。
修理屋のおじさんが出てきたものの、やはりトルコ語しか話せません。
まあこういう場合は、ごちゃごちゃ説明するよりも現物を見せるのが手っ取り早い。

バイクの後輪を指差そうかなと思ったところに、トラクターのおじいさんが修理のおじさんに状況を説明してくれました。
今度はみんなでよいしょと荷台からバイクを降ろしました。
バイクを降ろしてトラクターのおじいさんにお礼を言おうとしたら、もうトラクターに乗り込んでいました。
慌ててお礼を言うと、軽く手を上げてあっという間に行ってしまいました。
なんか日本人の頑固親父に似ているなと去っていく背中を見て思いました。

~~~ §7、修理工場で ~~~

修理屋のおじさんは人のよさそうな顔をしていました。
私の中でのトルコ人らしいトルコ人の顔がこのおじさんに当てはまります。
そんなことを思っているなど露知らず、おじさんは早速タイヤの取り外しにかかっていました。
私はただ眺めているしかすることがありません。
う~暇だ。することがないから、近くで遊んでいたこのおじさんの子供に話し掛けてみました。

名前は?いくつ?私は日本から来たんだよ?などと初級トルコ語レベルの会話です。
しかし10分もするとネタが尽きてしまいました。
もっとトルコ語を勉強してくれば良かった。
買い物や挨拶などは困らないのですが、こういう場合にうまく話せません。
次回来る事があれば、ちゃんと話せるようになって来よう。
って、再び来ることがあるのだろうか。

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修理中のバイク
修理中のバイク

修理は意外に手間取って、なかなか終わりませんでした。
タイヤのパンク自体は比較的簡単に修理できたのですが、取り外したドラムブレーキがはまらないようです。
ここに来てからもう1時間が過ぎました。
まだカッパドキアの3分の1程度しか走っていないのに・・・。
戻る時間を考えると、今から一周するのはちょっと無理だな。
とんだハプニングに見舞われたもんだ。
少々気落ちしながら今後のことや今日の出来事を振り返っていました。

それにしてもよくバイクが壊れるな。
私の乗り方が悪いのか。それともバイクが悪いのか。単に運が悪いのか。
せっかく借りたのに、まともに走っている時間があまりなく、これではトラブルを体験するためにバイクを借りているようなものではないか。
バイクを借りないほうが楽しい旅ができたのかもしれない。
くそっ、ボロバイクめ。
それにしても修理が終わらない。一体どうなっているんだ。
私の不満を感じたのか、おじさんが子供に何か言い、子供はどっかに走っていきました。

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しばらくすると一人のおじさんと共に戻ってきました。
おっ、援軍の登場か。
想像通りあれこれおじさんと一緒にいじり始めました。
これで直るぞ。最初っからいてくれよ。まったく。
そう安堵したものの、無情にもまた部品を外し始めました。

おいおい、何しに来たんだ。
今日中に直るのだろうか・・・。ちょっと不安になってきました。
きっと普段はトラクターやトラックの修理ばかりしていて、バイクの修理なんてする事はないんだろうな。
慣れない手つきというか、手つきは慣れているんだけど部品に戸惑っているような仕草からそんな感じがしました。

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援軍のおじさんはチャイをいれてくれて、私の横に腰掛けました。
そして片言の英語で日本の車の事とか聞いてきました。
とりわけヨコハマゴム(タイヤメーカー)が好きらしく、俺はヨコハマが好きだといっているのが印象的でした。
子供も倉庫からおもむろにダンボールを持ってきて、横に書いてあるMade in Japanの文字をうれしそうに指差してくれたりもしました。
私が日本で作ったわけではないので対応に困ってしまうのですが、まあ悪い気はしません。

更に30分が過ぎた頃、やっとドラムブレーキがはまり、まもなく修理が終わりそうな状態となりました。
修理屋のおじさんも一安心したみたいで、笑みがこぼれます。
その10分後やっとバイクが完治しました。
修理屋のおじさんが親指を立てて「終わったよ」と合図してきました。
私も真似をして「ありがとう」と親指を立てて答えました。

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修理工場の親子と
修理工場の親子と

問題は修理代。一体いくらかかるのだろう。
日本ではパンクの修理に6000円ぐらい取られます。
2000円ぐらいかかるのだろうか。
時間を無駄にした上にこれは痛い出費だ。
トルコ語で修理代を尋ねると、私の心配の裏腹に70円ほどでした。
な、な、なんて安いんだ・・・・と仰天してしまいました。
このおじさんの約2時間の労働の代金は70円ほどなのか?
いやそんなに安いはずはない。
恐らく好意からその値段を言ってくれているのではないだろうか。
私は一生懸命やってくれたお礼にチップ込みで多めに渡しました。
そして写真を一緒に撮り、「ありがとう、さよなら」とトルコ語で言い、この場を後にしました。去りながらなんだかとてもすがすがしい気分というか、安らかな気分になっていました。

最初は一体全体どうなっているんだといった憤慨や修理がなかなか終わらない事にいらだちを感じていたのですが、今ではパンクして良かったとまではいかないにしても、これはこれでありかなと思えるような心境になっていました。
トルコ人の暖かさに触れ合うことが出来たし、普通ではできないような体験をすることが出来たからです。
旅にトラブルはつきもの。
そしてこういう形でトラブルが解決する時こそが、旅をしていて本当に旅をしているなと思える瞬間でもあるのです。

~~~ §8、絨毯屋とレスリング ~~~

パンクの修理屋を後にすると、バイクを返す時間も迫っていることだし、急いで宿などがあるギュレメ村に戻ることにしました。
結局一周する予定が三分の一で終わってしまったけど、まあこれも運命ってやつだな。しょうがない。
特に後悔や心残りはありませんでした。
飛ばしに飛ばしてギュレメに帰ると、返却時間までまだ1時間ぐらいありました。
近くの教会ぐらいなら行ける時間だけど、どうしよう。

さすがにもう二度トラブルが起きているので、三度目はないはず・・・。
いや、二度あることは三度あるというからまた起こってしまうかも・・・。
う~ん、ありえる・・・。
そう考えると、ちょっと億劫に感じてしまい、ガソリンを入れてそのまま返すことにしました。
スタンドに入りガソリンを入れてもらうと、ガソリン代が日本とあまり変わらない値段でびっくりしました。
何でこんなに高いんだろう?日本みたいにガソリン税が高いのだろうか?
さっきの修理代の安さから考えると異常に高く感じました。

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代理店に戻ったものの特にすることがなかったので、代理店の人達と話していました。
そうこうしていると、代理店の人が今夜料理を作るから一緒に食べないかと誘ってきました。
これは願ったり。昼間の食事は美味かったもんな。
「もちろん」と即答したら、材料が足りないので買ってきてくれと言ってきました。
何が足りないんだと聞くと、どうやら肉がないらしい。

うっ、はめられた・・・。思わず苦笑いしてしまいました。
まあ昼もただで食べさせてもらったし、何度もただ飯を食べようというのも虫がよすぎるか。
代理店の人と肉屋に材料を買いに出かけました。
まさかトルコで羊の肉を買う事になるとはな・・・。
そんなに高くなかったのが幸い。まあこれもいい経験か。
とりあえず代理店の人に肉を渡して、1回宿に荷物を置きに帰ることにしました。

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宿に戻る途中、夕食の約束までまだ時間がある事だし仲良くなった絨毯屋に遊びに行くことにしました。
宿から村の中心部に通じている道沿いにあるので、どうしてもその前を通らなければなりません。
2日前にカイセリで絨毯を買わされてしまい、もう 絨毯を買う気はなかったので、最初は敬遠していたのですが、何度も顔を合わせているうちに仲良くなってしまいました。
カッパドキアの滞在も明日まで。
明日去るからねといった感じでちょっと挨拶がてら寄ったつもりでしたが、少し長話になり、そこの息子とレスリングをやるはめになってしまいました。

今はちょうどオリンピックの最中。
とりわけトルコではレスリングが盛んで、トルコの選手がレスリングでメダルを取った事は新聞やテレビで華やかに報道されていました。
どこかの食堂でそのテレビを見ている時に、知らないおじさんがトルコはレスリングは昔から強いんだと誇らしげに話してくれたのが印象的に残っています。
そんなわけで今トルコではレスリングブーム真っ盛り。
トルコはレスリング、日本では柔道が盛んだといった話をしていて、私はレスリングをやったことはないが、柔道は得意であると言ってしまった事が今回の発端でした。
どこでやるかという事になり、とりあえず店先に店の絨毯を大量に持ってきて引く事にしました。

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絨毯屋の面々と
絨毯屋の面々と

そうこうしているうちに、いつの間にかギャラリーが増え、なんだか厄介なことになってしまいました。
日本とトルコの親善試合といったところ。
日本代表として頑張らねば・・・って大袈裟なものではないのだけど、スポーツ選手の気持ちが少しわかるような気がしました。
一応屈伸なんぞして、手首を回して、首も回して準備体操は終了。
眼鏡を外して絨毯の上で絨毯屋の息子と向かい合いました。
背は同じぐらいだけどガタイがいい。腕力はありそうだ。

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そして絨毯屋のおじさんの掛け声で試合開始。
しばらくは組み合ったままでこうちゃく状態。
柔道なら足払いなどで相手の態勢を崩すのですが、レスリングでは力でゆすぶって相手の態勢を崩します。
だから腰を引いて組むのが基本。
これでは相手の体位が低いので投げることが出来ません。
柔道の試合なら「指導」とペナルティーが与えられることもレスリングでは当たり前。
かといってもこのままでは防戦一方になってしまう。
ここは一気に勝負だ。
相手の下に潜り込み、無理やり一本背負いを狙ってみましたが、失敗。
引き起こされないように亀のように小さくなるのが精一杯。
しばらく耐えていると終了の声。

形としては引き分けでしたが負けたのと同然でした。
まあ柔道とレスリングでは分が悪いからしょうがないかな。
無様にあっけなく負けなかっただけでも良かったのかな。
終わると絨毯屋の息子と握手して、記念写真を撮りました。
これもまたトルコでのいい思い出だ。
絨毯屋の人々に明日去るからとお別れを言い、一度宿へ荷物を置きに戻りました。

~~~ §9、カッパドキア最後の夜 ~~~

代理店の人々
代理店の人々

夕方遅く、代理店を訪れるといい匂いが漂っていました。
どうやら無事に私の買った肉が夕食になったらしい。
次々と代理店の人々が仕事から戻り、揃ったところで夕食を食べ始めました。
うまい。昼飯といい、ここの料理は本当においしい。
出来たてのほやほやだからか、やっぱり料理屋の料理よりもおいしいと感じました。
これでこそ肉を買ってきたかいがあったというものです。

楽しく夕食を食べていると、 昨日のツアーの添乗員をやっていた女の人が遅れて戻ってきました。
が、ちょっと機嫌が悪い。ん、なぜだ。
他のガイドの人が言うには、 どうやら昨夜は私のことを待っていたらしい。
ん?一体どういう事なんだ?そんな約束をした覚えがないんだけど・・・。
おかしいいな。
聞くと、どうやらツアーの最中、私が何か聞いた時に単語を間違えてしまったようで、夕食の約束をしてきたと勘違いしちゃったようです。
なんかよく分からないけど英語で口説けちゃったってこと?
案外私って英語だと大胆なのかも?
しかし美人だったのに・・・もったいない事をしてしまった。
じゃなくて、申し訳無い事をしてしまった。

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料理を食べ終わるとケーキが出てきました。
私の為に(多分)代理店の人の母親が作ってくれたらしい。ちょっと感動しました。
本当に今日はすばらしい一日だ。
なんだかカッパドキアを去るのが嫌になってきました。
もう1日延ばそう。明日も今日のように楽しい一日になるかもしれない。

そう思いましたが、延ばしたところで余計に別れが辛くなるだけ。
出会いがあれば別れもある。辛いが旅はその繰り返しだ。
これも旅人の宿命。
写真を送る約束をして、宿に戻ることにしました。
明日は朝早く、アンカラへ出発しなければなりません。
それにしても今日は色んな事があった1日だったな。
充実感いっぱいでベッドに横になると、すぐに心地よい夢の世界に旅立っていました。

カッパドキアツーリング日記  ー 完 ー

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